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日本経済のグローバル化の下での中小企業問題

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(1)

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題

著者 吉田 敬一

雑誌名 同志社商学

巻 60

号 5‑6

ページ 17‑45

発行年 2009‑03‑15

権利 同志社大学商学会

ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007398

(2)

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題

吉 田 敬 一

はじめに

新型複合不況の構図

日本型グローバリゼーションの特徴 グローバル化の下での中小企業問題

むすびにかえて

2008年12月1日にアメリカの有力シンクタンクである全米経済研究所(NBER)

は,アメリカ経済は2007年12月から景気後退(リセッション)局面に入ったと,正式 に宣言した。発表時点で既に11ヶ月が経過しており,前回の景気後退局面の期間(2001 年3月から11月までの8ヶ月)を超えており,このままでは戦後最長の1年4ヶ月(1981 年7月から82年11月)を超す恐れが強い。他方,日本経済に目を転じると,民間調査 会社の帝国データバンクが12月3日に発表した11月の景気動向調査によれば,企業の 直近の景況感を示す景気動向指数(50以下は「悪い」)は前月比2ポイント減の24.5と 9ヶ月連続の低下となり,過去最低の指数(これまでの最低は2003年1月の26.1)を 下回り,景況悪化の厳しさが示されている。とくに地域別では,これまで好調であった 東海・南関東も過去最低の水準に落ち込み,不況局面は全地域・全業界を覆いかぶさり つつあ

1

る。

そこで以下,アメリカ型市場原理主義の破綻に由来するするグローバルな金融不況の 構図と中小企業に与えている影響および,経済のグローバル化に起因する新たな経済的 諸条件に規定された今日の中小企業の存立上の危機打開の方向性と課題の整理を行なお う。

新型複合不況の構図

ソ連を中心とする社会主義体制の崩壊により,1990年代以降,世界は市場経済を唯 一の経済原理とするグローバリゼーションの時代へと突入した。そして世界のリーダー となったアメリカは,基軸通貨国の特権をフルに活用し市場原理主義に基づくグローバ

────────────

1 『日本経済新聞』2008122日夕刊,帝国データバンクのHP公表資料を参照。

209)1

(3)

ル化・自由化を世界各国に要求しつづけてきた。その際,金融工学とIT技術の成果に 基づき金融・証券市場に活路を見出したアメリカは世界中から資金を集め,地球レベル でのバブル経済を主導し,市場原理主義万能の風潮を世界中にばら撒いてきた。しかし 実体経済から乖離した金融資本主義に依拠したバブル経済は,ねずみ講と同じ仕組みで あるため,永遠に持続することは不可能である。

アメリカ主導のグローバリゼーション崩壊の序曲は,2007年8月に顕在化した信用 力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)を軸にした証券化商品の暴落と国際 的な金融不安の発生で始まった。アメリカ政府は不況対策で金利を07年9月に5.25%

から4.75% に引下げた後も,相次いで引き下げを続け08年8月時点では2% となっ

た。こうして大量に市場に供給された過剰な資金は,原油や穀物市場に対する投機資金 となって異常な原油・穀物価格の上昇を見た。すなわち08年に入って世界経済を大混 乱に導いた原油・資源・食糧価格高騰もアメリカ主導の金融グローバル化の失敗の帰結 であった。この点に関して2008年版の『通商白書』では「原油の先物取引が行われて いるニューヨーク商品取引所では,現物の取引に比べ1,000倍以上のペーパー取引(現 物を伴わない先物取引等)が行われてい

2

る」と分析され,様々な商品の先物市場が実需 に基づかない投機市場に変質してしまっていることが示唆された。

いわゆるアメリカ型のマネー資本主義の潮流は,新たな価値を生み出す経済ではな く,「奪い合う経済」「カジノ経済」と特徴づけられる。そして,サブプライム問題に端 を発したカジノ経済の破綻が実需に依拠する国民経済の基盤に大きな綻びをもたらすと いう悲劇的幕開けが,リーマンショックであった。アメリカ発の金融危機は世界中に波 及し,国際的に協調して対応策を協議するため,2008年11月15日にワシントンで金 融サミット(G 20)が開催された。

今回の不況は日本経済にとって複数の要因が重なり合った「複合不況」の様相を呈し ている。かつてバブル経済の発生と崩壊を分析した宮崎義一氏は,バブル崩壊不況を

「単に在来型の有効需要不足によるフローのリセッションと把握するにとどまらず,そ の背景に金融の自由化による不良資産の調整過程(クレジット・クランチ)が先行し,

やがて重なり合い連動する複合不況(combined recession)であ

3

る」と特徴づけた。今回 の不況は90年代の複合不況と比べて,規模がグローバルに展開していること,また実 体経済に与える打撃が質的に拡大していること,市場原理主義と金融資本主義の限界が 白日の下に晒されたこと,さらに日本については小泉流構造改革政策以降のグローバル 化・規制緩和・自由化路線の下で中小企業や国民のセーフティネットが解体されたこと などの要因が加わり,「新型複合不況」の様相を強めている。

────────────

2 『通商白書 2008』24ページ。

宮崎義一『複合不況』中公新書,1992年,iiiページ。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

8(210

(4)

そこで次に,この新型複合不況の構図について,要点をまとめてみよう(第1図参 照)。

第1の要因は,金融バブル破裂が実体経済に及ぼす否定的作用である。サブプライム 問題の発生により,日本にとって最大のお得意先であったアメリカ経済を支えてきた内 需拡大要因は崩壊した。その後の大手証券・保険会社の相次ぐ破綻により,景況は悪化 の一途をたどり,大量の倒産や失業が発生し,採算条件の悪化により株価が大幅に下落 するなど経営体質の衰弱化が進み,ビッグ・スリーも経営破たんの危機に瀕している。

実体経済の危機はリストラに直結し,アメリカ労働省が発表した08年11月の雇用統計 では,非農業部門の雇用者数は前月比で53万3千人減少した。これは74年(60万2 千人)以来,約34年ぶりの大幅な落ち込みであり,失業率も6.7% と前月比0.2% の上

1 新型複合不況の概念図−地獄のサイクル−

注:筆者作成

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 211)1

(5)

昇をみ

4

た。

日本でも自動車工業では,生産調整が進み,08年は前年比で189万台(海外100万 台,国内89万台)の減産が見込まれ,派遣社員や期間従業員などの非正規雇用だけで 少なくとも1.4万人の大規模な人員整理が発表された。雇用削減の動きは非正規労働者 に留まらず,日本IBM で1000人規模の正社員の年内削減を始め,東証などに上場し ている企業が4月から11月末までに決めた希望退職者数は6064人に達しており,正社 員にも及び始め

5

た。こうした傾向は全産業に波及し,10月の有効求人倍率は0.8倍と4 年5ヶ月ぶりの低水準に落ち込み,失業率もじわじわと高まる傾向にあり,内需が大き く縮減し始めてい

6

る。

輸出依存度が高いわが国では,08年10月の輸出総額は前年同月比で7.7% 減の6兆 9261億円となり,7年ぶりの大幅な減少をみた。なお,貿易収支全体では639億円の赤 字で,10月としては1980年以来,28年ぶりの赤字を記録した。また日本の主要な上場 企業(比較可能な396社)の海外売上高は,4−9月期に前年同期比1% 減の67兆400 億円で戦後初めて減少に転じ

7

た。さらに巨額の投機資金損失は株価下落と重なり,金融 機関の自己資本比率の悪化をもたらし,中小企業への融資を絞り込む傾向が顕著になっ た。90年代に大問題となった「貸し渋り」「貸し餝がし」が,よりシビアに雇用の8割 近くを支える中小企業を直撃している。08年には中小企業の資金調達が急激に困難に なり,倒産増加につながった。商工中金が公表した11月の調査では,中小企業の景況 判断指数は前月比2.5ポイント低下の35.1(指数が50を下回れば景況の悪化を意味す る)で,1985年の調査開始以来で最低の指数となった。また政策公庫総合研究所の11 月の中小企業景況調査によると従業員を減らそうと考えている企業の割合が10月の9.6

%から14.3% へと跳ね上がっており,中小企業を巡る経営環境の悪化は深刻の度合い

を急速に増しつつあ

8

る。

第2の要因は,実体経済の苦境が金融システムの危機を深める作用である。これまで 景気の二重構造(一方での大都市圏とグローバル大企業の好況と,他方での地方経済・

中小企業の景気低迷)の中で,地域金融機関(地銀・第二地銀・信金・信組)は安定し た貸出先の確保が困難になり,余裕資金の運用先として止むなく証券を購入してきた

(第2図参照)。しかし,株価低落傾向と投機証券の消滅により,地域経済・中小企業の 危機の深化は地域金融機関にとって資金運用面で今まで以上の困難に直面することにな り,小規模金融機関の生き残りを賭けた統廃合の再現が危惧される。

────────────

4 『日本経済新聞』2008126日を参照。

5 『下野新聞』20081129日,127日を参照。

6 『日本経済新聞』20081128日夕刊,29日を参照。

7 『日本経済新聞』20081120日夕刊,127日を参照。

8 『下野新聞』20081129日を参照。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

0(212

(6)

77.9 80.8

70.2 75.2

23.2 19.1

9.2

28.3 28.5

15.6 19 23.4 57.5

55.8 73.9 76.2

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90

預貸率 預証率

1989年3月 2008年3月

こうした世界各国が共通して打撃を受けるアメリカ発の金融危機的要因に加えて,日 本の場合には特殊な構造的要因が加味される。第1は,グローバル化に伴う産業空洞化 の影響である。中小企業の地域的集積は,大企業のグローバル戦略の下で縮小傾向を歩 んできた。第2の要因は,市場原理主義に基づく「構造改革」政策の影響である。規制 緩和・撤廃路線と民活政策は,地域密着型の中小商工業の存立基盤を大きく掘り崩して きた。とくに労働政策の規制緩和は不安定雇用を拡大し,また福祉政策の混乱・改悪は 生活不安をあおり,内需基盤を損なってきた。これに不況促進要因として,第3に政治

・政策不況の側面が指摘される。小泉政権以降の自公政権は短命政権が続いており,タ イムリーで効果的な不況対策が打ち出せず,倒産・廃業・失業の増大などの危機をいっ そう深める方向に作用している。安定した持続可能な自律的国民経済の基本は内需の比 重を高めるものでなければならない。そのためには国民の購買力の向上が目指されるべ きである。選挙目当ての一過性の「定額給付金」などは本末転倒の施策といわざるを得 ない。内需拡大の大前提は安定した雇用の確保であり,雇用の担い手の主力は中小企業 である。日本経済の苦境と中小企業危機の根源をしっかりと認識し,内需に軸足を置い た持続可能な自律的国民経済の構築に向けた政策づくりが求められている。

日本型グローバリゼーションの特徴

1 グローバル化の進展と産業空洞化問題

1985年のプラザ合意を契機にわが国の生産の海外移転は急速度で進んだが,2000年 時点の海外生産比率を見ると,わが国(13%)はアメリカ(30%)やドイツ(47%)と 比べて未だ低水準にあり,経済のグローバル化に関して依然として立ち遅れているとい

2 地域金融機関の資金運用実態

資料:『経済』200812月号,21ページより作成。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 213)2

(7)

22

50.1 48.7

0.7 25

16.9

14.1

46.4 47.3

17.5

0 10 20 30 40 50 60

世界

進国

EU

ドイ

フラ

カナ

オー

日本

う見解が政府や財界に見られた。しかし,いわゆるグローバル化の問題を考えるに際し て,欧米諸国では日本と異なり,進出国と受入国との間での資本の相互乗り入れが活発 である点が見過ごされてはならない。例えば,同時点の世界の対内直接投資残高に占め る比重を見ると,EUは37.6%,アメリカは19.6% であるのに対して,日本はわずかに 0.9% に過ぎない。また国内総固定資本形成(住宅投資・設備投資・公共投資の合計)

に占める外国資本の投資の割合(第3図)を国際比較しても,日本の実績(0.7%)は EU平均(50%),世界平均(22%)および先進国平均(25%)を大きく下回ってい

9

た。

しかも,最近活発になっている外資の対日投資の中身は金融・証券・保険や大型小売 店などの第三次産業に集中しており,製造業の対日進出は微々たるものである。なぜ製 造業の対日投資は停滞したままなのか。第1の理由は,メーカーが先進国で現地生産に 踏み切る目的の一つは市場確保にあるが,北米やEUと比較すると日本市場は狭隘であ り,外資にとって日本での現地生産・現地販売のメリットは大きくないことである。第 2に,円高の持続の下では対日販売戦略としては現地生産よりも対日輸出の方が有利に 作用する。第3に自動車・家電に代表される量産型の機械工業では日本企業の国際競争 力が極めて高く,日本市場で競争力に劣る外国メーカーが日本企業と競合することは無 意味である。製造業で対内直接投資が進まないのは,政府・財界やマスコミが唱えてい るように規制緩和が遅れているからではなく,日本の製造業の国際競争力が強すぎるか らである。

以上の考察から明らかなように,現在進行中の日本経済のグローバル化は,外へ向か っての一方通行型の生産機能の海外移転であるため,海外生産比率の数値の高低によっ ては計り知れない悪影響を国民経済に及ぼす。主要な問題点は,以下のとおりである。

────────────

9 『ジェトロ貿易投資白書 2002年版』78ページ,92ページ,『通商白書 2003』112ページ参照。

3 総固定資本形成に占める対内直接投資(2000年)

資料:『通商白書 2003』112ページ。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

2(214

(8)

一つには,欧米先進資本主義国の場合とは異なり,雇用と技能・熟練の源泉が海外に流 出する一方である。この傾向が続くと,日本経済の基盤である製造業の開発力・モノづ くり力が枯渇する恐れがある。また二つには,日本に進出している外国企業はほとんど すべて金融・流通関係の巨大外資であるが,それらは製造業と違って固定資本投資が少 ないので安易に撤退するタイプであり,地域経済の持続可能な発展の可能性を掘り崩し かねない。最悪の場合,国民の汗と涙の結晶である約1500兆円の個人金融資産を吸い 尽くして撤退するというシナリオが懸念される。

2 グローバリゼーションと日本経済の構造転換

グローバリゼーションの進展は日本経済の構造を根本的に変えつつある。これまでは 国民経済の根幹をなす製造業は研究開発と生産の拠点を国内に配置し,高品質で低価格 な製品を内外に供給するという国内生産拠点配置・輸出指向型構造であった。この構造 は90年代中盤に日本のリーディング・カンパニーがアジアを軸にした企業内国際分業 戦略を構築することにより根本的に転換され,市場・コスト・技術力を見据えた形での 世界レベルでの最適地生産・販売体制が基本戦略となった。その結果,日本の地域経済 は大企業にとってグローバルな経済構造の中の重要ではあるが,企業内国際分業を構成 する一部分へと格下げされた。こうした構造転換の実態は,90年代以降におけるグロ ーバル化の下での貿易構造の質的変化から読み取ることができる。

まず第1に,生産の海外移転に伴いアジアとの貿易関係が,垂直的貿易(原材料を輸 入し,完成品を輸出する)から水平的貿易(得意分野の完成品の輸出入)へと移行して きた。アジアからの輸入総額に占める製品輸入の比率は91年度の32.2% から95年度

には41.5% に達し,アメリカ(25.6%)およびEU(21.2%)からの製品輸入比率を大

きく上回った。また輸入全体に占める逆輸入金額(海外展開している日本企業の日本向 け輸出)の割合は,92年度の6.5% から「価格破壊」という用語がマスコミに登場し始

めた94年度には14.3% へと急速に高まった。マスコミはその理由について「日本企業

によるアジアでの現地生産が本格化し,機械・機器を中心に逆輸入が増えているため」

と報じ

10

た。

第2に,経済産業省の「海外事業活動基本調査」によると,96年度には製造業の海 外現地法人の売上高が47兆円に達し輸出総額(44兆円)を初めて超えるに至り,逆輸 入比率はその後16% の水準で高止まりしている。さらに2006年度の海外現地法人の売 上高は99.7兆円へと増加の一途をたどり,輸出金額(75.2兆円)を3割以上も上回 り,日本は多国籍企業が主導する国民経済へとその構造を根本的に転換した(第4図参 照)。

────────────

0 『日本経済新聞』96515日夕刊を参照。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 215)2

(9)

38.8 43 40.5 44.7 50.6 51.7 65.1

8.8 17.6

26.2 25.1 34.5

47.4

56.2 87.4

41.4

75.2

34.3

99.7

50.7

8

18 21.8

24.5 24.2

4.7

31.2

14.5 14.8 11.3

30.6

7.9 6 5.8

2.9

16.7 18.1

11.8 10.4 11.6

0 20 40 60 80 100 120

1985 88 90 92 94 96 98 2000 05 06

兆円

0 5 10 15 20 25 30

35

輸出金額(兆円) 現地法人売上(兆円)

海外進出企業ベース 国内全法人ベース

以上のような特徴を伴いながらバブル崩壊不況後に急速に進んだ生産機能の海外移転 は,単に量的な拡大に留まらず質的な高度化を伴っている。すなわち,今日では高級品 分野においても,素材生産から完成品組立までの工程が中国に軸足を置いた形での,東 アジア地域内の国際分業システムの枠内で構築されている。さらに生産の海外移転は最 終段階に突入しつつあり,研究・開発などの最先端機能の現地化が一定の製品タイプに よってはアジア地域でも可能となってきている。

しかし,多様な部品を相互にきめ細かく調整しながら目的とする製品機能を実現す る,「擦り合わせ型」の設計構想を基本とする産業(自動車・精密機械など)を土台と してきた日本経済にとって,国内での工業集積の綻びは致命傷となりかねない。なぜな ら擦り合わせ型産業の場合,開発・試作段階と生産現場が密接にリンクしてはじめて競 争力を発揮するからである。最近,一部の大企業が生産機能の国内回帰戦略に舵を切り 替えつつあるのは,この点に留意した結果でもある。それゆえ,マスコミが流布する

「生産は海外で,開発を国内で」という主張は机上の空論にすぎず,最悪の場合には

「開発も生産も海外で」という事態の到来が懸念される。

第3に,中国を中心とした東アジア諸国への生産の海外移転が日本国内の製造業に与 える影響は,欧米への生産移転とは質的に異なった意味を持っている。先の経済産業省 の調査を手がかりにして2006年度の製造業現地法人の製品の販売先を進出地域別に見 ると(第5図参照),日本企業はアジア,北米,欧州の3つの進出地域において異なっ た経営戦略を採っていることがわかる。すなわち,アジア現地法人の場合には現地と周 辺域内に対する販売割合は69.9% で,北米(93.5%)と欧州(91.9%)を大きく下回っ ている。他方で,日本への輸出(日本にとっては,いわゆる逆輸入)はアジアの場合は

4 生産の海外移転の推移

資料:経済産業省「海外事業活動基本調査」各年度版より作成。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

4(216

(10)

22085

74999413 3521

9073 8038

526 989

27615

2530 1093 999 0

5000 10000 15000 20000 25000 3000010億円

アジア 欧州 アメリカ

現地 域内 日本 その他

22.1% で,北米(3.4%)および欧州(2.8%)と比べて一桁違っている。換言すれば,

欧米の現地法人は進出先の国(とくに北米で顕著)ないしは周辺の域内諸国(欧州で顕 著)での販売市場拡大が基本戦略(現地生産・現地販売の戦略)となっている。これに 対してアジアの場合,現地・周辺市場の確保・拡大とともに日本向け(22%)を主と し,欧米向け(6.3%)を従とした形での迂回輸出のための生産拠点という性格をも併 せ持っている点が重要である。それゆえアジアへの生産移転が国内製造業に対して与え る影響は,輸出向けの仕事の海外移転に留まらず,完成品の逆輸入や部品の海外調達と いう形で内需向けの生産基盤をも掘り崩す方向に作用している。

第4として,大企業の多国籍企業化による企業内国際分業の進展は,製品・部品・素 材のグローバルな調達を推進するので,企業内国際貿易の比重が進む。その結果,貿易 は国と国との間での財の取引という性格が弱まり,日本企業による企業内国際取引の比 重が大きく高まってきた。第6図を見ると,1993年度の日本の輸出に占める日本企業 の海外現地法人への販売額の割合は11.3%,輸入総額に占める現地法人からの調達額の

比重は12.7% と一割強に留まっており,貿易黒字全体(15.38兆円)に占める企業内貿

易黒字(1.42兆円)の割合は9.2% に過ぎなかった。しかし,その後の猛烈な海外進出 の結果,2006年度の企業内貿易の比重は大幅に高まり,輸出全体の30.4%,輸入全体

の17.5% に達し,同年度の貿易黒字(10.51兆円)を上回る11.33兆円の黒字を企業内

貿易が生み出すという驚くべき事態に立ち至っている。

以上のような日本経済のグローバル化の到達点を踏まえて,財界総本山である日本経 団連は2003年元旦に2025年度を目標にした新しいビジョン「活力と魅力溢れる日本を めざして」を公表した。この奥田ビジョンの「第1章 新たな実りを手にできる経済を 実現する」において,地域経済と中小企業の存立にとって重大な影響を及ぼす戦略課題

5 海外現地法人の地域別売上高(2006年度)

資料:経済産業省「海外事業活動基本調査」2006年度版より作成。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 217)2

(11)

38.36

4.33

73.63

22.36 22.98

2.91 15.38

1.42

63.12

11.03

10.51 11.33

0 10 20 30 40 50 60 70 80

貿易総額 対現法貿易 貿易総額 対現法貿易

93年度 06年度

兆円

輸出 輸入 貿易収支

が提示されている。それは「MADE BY JAPAN」戦略の推進という課題である。

グローバル化時代の今日,企業競争力の根源は,どこで造られたか(メイド・イン・

ジャパンに競争力の源を有する戦略)ではなく,誰が造ったのかが大切であり,日本企 業の製品ならもっとも有利な条件の備わっている地域で生産されればよい(例えば,メ イド・バイ・トヨタであれば,生産地は日本でもアメリカでもよい),という発想であ る。

その狙いは国内外を問わずに徹底的なコストダウンを実現することによる日本企業の 生産・販売能力の強化を目指すことであり,多国籍企業支援を経済政策の根幹に据える ことに他ならない。こうした財界のビジョンがどのような結果を日本経済に招くのか。

最大の問題点として,地域経済や中小企業はアジア・中国との際限のないコスト競争に 全面的に巻き込まれることになり,地域密着型の地場産業や中小企業の存立基盤は,根 こそぎ掘り崩される危険性がある。

先に見た日本経団連の奥田ビジョンは多国籍企業を指向する大企業の立場からの目指 す新しい日本の国づくりの方向を指し示している。そのフレームの中に地域密着型中小 企業の安定した発展の展望は残念ながら見られない。政府・財界にとって,普通の中小 企業は非効率であり,自らの利潤追求・市場開拓にとって利用価値がないばかりか,そ れを妨げる要因として位置づけられている,といっても過言ではない。

日本経済のグローバル化は,これまでの経済発展過程とは異なり,多国籍大企業の利 潤拡大が国内での様々な領域・分野での貧困と格差の拡大を不可欠な要因として内包し ている点も大きな問題点となっている。

第7図は戦後最長の景気回復過程の時期における企業規模別売上高利益率の推移を見 たものだが,一般的に大企業として分類される資本金10億円以上の企業とそれ以下の

6 貿易に占める多国籍企業の比率の増大

資料:経済産業省「海外事業活動基本調査」1993年度,2006年度版より作成。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

6(218

(12)

3.7

5.5

3.2

2.2

0.5 0.5

-0.4

0.6 3

3.7

4.1

4.8 5.2

2.3 2 2.3

2.7 2.9 3

1.9 1.6 1.6 1.7 2.1 2.4

0.8 0.9 0.9

-1 0 1 2 3 4 5 6

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

年度

10億円以上 10億円未満 1億円未満 1千万円未満

企業との間には,大きな格差の進行が見受けられる。上場大企業がバブル期を上回る好 決算に沸いていたのに対して,とくに中小企業(1億円未満)と小零細企業の利益率の 推移は非常に低迷しており,経営環境はむしろ悪化していったといわざるを得ない。さ まざまな領域・分野において貧困と格差の拡大をメイン・エンジンとする経済成長路線 への転換が「構造改革」の旗印の下で整備・推進されてきたのであった。

グローバル化の下での中小企業問題

1 中小企業数の大幅な減少

今日の日本経済の苦境と活力低下の実態を象徴しているのが,日本経済の裾野を形成 している中小企業の衰退傾向である。中小企業の企業数はバブル景気に突入する時期の

1986年の532.7万社をピークに,一貫して減少傾向をたどっている(第8図参照)。と

くに市場原理主義の政策が前面に押し出されてくる90年代末以降に減少の速度は急激 に増した。第9図は21世紀に入ってからの主要な業種の中小企業数の推移を見たもの だがが,サービス業を除いて中小企業の存立基盤は急速に悪化していることがわかる。

統計では未だ把握できないが,今回の新型複合不況の影響で中小企業の数はさらに大き く減少することは確実である。雇用の7割以上を支える中小企業の危機の深化は雇用減 に直結するものであり,国民生活に深刻な打撃を与えるであろう。逆に考えると,中小 企業を大切にする政策の重要性が浮かび上がってくるチャンスでもある。

さて以上で見た中小企業数の減少傾向を少し詳しく見てみると,地域密着度がより強 い小規模事業所の減少が注目される。第10図を見ると21世紀に入ってからの規模別減 少傾向は50人未満の企業,とりわけ自営業を中心とする10人未満の小零細企業での営

7 企業規模別売上高経常利益率の推移

資料:『経済』20082月号,19ページ。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 219)2

(13)

525.8 532.7 520.4 507.3

483.7 469

432.6 419.8

0 100 200 300 400 500 600

81 86 91 96 99 01 04 06 年

54.3 50.7 48.9

54.9 48.9 45.6

105.4 90.887.8

79.3 76.3 75.8

0 20 40 60 80 100 120

万(企業)

建設業 製造業 小売業 サービス業

2001 2004 2006

11 5.9

1.6 1.8 -6.7

-8.3

-1.2 -0.9 -3

-10 -5 0 5 10 15

300人以上 300人未満 200人未満 100人未満 50人未満 30人未満 20人未満 10人未満 5人未満

8 中小企業数の推移

資料:『中小企業白書』2008年版より作成。

9 主要業種での中小企業の減少

資料:『中小企業白書』2008年版より作成。

10 従業者規模別事業所数の増減率(01〜06年:民営)

資料:総務省統計局「平成18年事業所・企業統計調査(速報) 同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

8(220

(14)

5.4

4.5

3

3.8 6.1

3.6 5.6

0.8 1 2

1

1.6 5.3

6.4 5

4.4

5.5 5.5

0 1 2 3 4 5 6 7

75〜78 78〜81 81〜86 86〜91 91〜96 96〜99 99〜01 01〜04 04〜06 年

開業 廃業

3.2 2.6

3.5 5.6

3.5 4.6 4.6 4.9

3.9 5.7

7.1

6.6

4.3 6.2 6

4.1 4.5

6.4

0 1 2 3 4 5 6 7 8

75〜78 78〜81 81〜86 86〜91 91〜96 96〜99 99〜01 01〜04 04〜06

開業 廃業

業破壊の深刻さが浮き彫りになってくる。これらの小零細企業では事業主にとって,営 業と生活の場が一体化している場合が多く,地域コミュニティのコアとしての役割を果 たしてきた営業主体であり,今後さらに地域コミュニティの空洞化が進む恐れがある。

小零細企業の減退の傾向を開廃業件数の推移から確認してみよう。第11図は「会社」

単位での開廃業率の推移を見たものである。廃業率は確かに市場原理主義的政策が強ま る90年代以降に増大しており,開業率も変動はあるものの相対的に活発であり,04〜06 年では開業と廃業は拮抗状態にある。これに対して「個人企業」についてみると,第12 図が示すように「会社」よりも10年以上も早く80年代前半から廃業率が開業率を上回 っていたこと,さらに一貫して廃業率が開業率を上回っており,その差も広がる傾向に

11 開廃業率の推移(会社のみ)

資料:『中小企業白書』2008年版より作成。

12 開廃業率の推移(個人企業のみ)

資料:『中小企業白書』2008年版より作成。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 221)2

(15)

19441 19458

16255

13679 12998 13245 14091 10959 9351

7905 6547 6029

527827.1 6551

33.7

40.3 44.1

60.8

70.6

77.8

0 5000 10000 15000 20000 25000

2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 件数

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 法的整理比率%

倒産件数 法的整理 法的整理比率

あることが注目される。

2 企業倒産の新傾向

そこで次に倒産の動向を手がかりにして,国際化・規制緩和・価格破壊・金融危機と いう4 K現象の否定的側面のしわ寄せを集中的に受けている中小企業破壊の実態と新 たな特徴を整理することにしよう。なぜなら倒産は企業にとって最悪の事態であり,そ の原因と特徴はその時々の経営環境の問題点を典型的な形で反映しているからである。

今日の長期にわたるデフレ不況下の倒産について,まず第1に目に付くのは法的整理 の増大である。周知のように倒産は処理の仕方のよって大きく2つのタイプに区分され る。一つは,破産法,民事再生法,会社更生法などの法律を適用した倒産処理であり

「法的整理」としてまとめられている。もう一つは法律の適用を用いない倒産処理形態

(例えば銀行取引停止処分や大口債権者との話合いによる「内整理」など)で「任意整 理」と呼ばれている。東京商工リサーチと帝国データバンクの調査結果によると,90 年時点では倒産件数の92.4% を任意整理が占めていたが,2007年には22.2% にまで減 少しており,今日では法的整理が倒産に占める割合は13件に1件から2.5件に1件へ と大幅に高まっている(第13図参照)。

こうした任意整理の減少傾向は不況の長期化に伴い信用収縮が強まり,手形取引が急 速に低下する中で「手形関連倒産」が抑制されていることに起因している,といわれて いる。中小企業の資金調達・資金繰りの二本柱は金融機関からの借り入れと企業間信用

(売掛金・買掛金や手形など)である。中小企業金融の両輪のひとつである企業間信用 の重要な構成要素としての手形取引の縮小化が90年代以降の長期不況下で急速に進ん だ。例えば全国銀行協会の資料によると,手形交換高は90年の4797兆円から2000年

13 法的整理の増大

資料:帝国データバンク,東京商工リサーチのHPの公表資料より作成。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

0(222

(16)

6468 15108

18769

16255

13679 12998 13245 14091 19087

19164

7.2 12.4

21.3

26.4 27.1 25.9 26.3

26.8 26 24.3

0 5000 10000 15000 20000 25000

1990 95 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 倒産件数

0 5 10 15 20 25 30 老舗倒産比率%

倒産件数 老舗倒産

には1052兆円へと激減した。その理由として,第1に企業が不況下において互いの信 用リスクに対して非常に厳しくなっていること,第2に金融システム改革の下で自己資 本比率の改善を強要されている金融機関からの借り入れ環境の悪化が進み,資金繰りが 厳しくなった企業は手形決済という形での取引先への信用供与を減らす必要から(受け 取った手形を銀行で割り引いたり,現金化される期日までのつなぎ資金を借り入れる必 要が生じるが銀行の貸し渋りが深刻化する中では資金繰り悪化の原因となるので),手 形取引減少傾向が90年代以降強まった,という指摘がなされてい

11

る。こうして不良債 権処理の加速化が中小企業に対する直接的な貸し渋りに留まらず,企業間信用の縮小を も条件づけることにより,中小企業の資金繰りは厳しさを増すばかりとなっていった。

第2の特徴は,業暦の長い老舗タイプの倒産が大幅に増えている点である。第14図 はバブル崩壊以降の倒産動向の業暦別構成であり,一見して明らかなのは倒産全体に占 める業暦の長い企業の比率の90年代の「失われた10年」における急激な増大と21世 紀に入ってからの高止まり傾向である。

中小企業の財務体質の脆弱性が倒産に至る具体的要因として,急激な経営環境の転換

(東アジアに重点を置いたグローバリゼーションに伴うアジア単価を基準にした価格破 壊,長期継続取引や系列化などの既存の受発注関係の根本的な見直し,100円ショップ に象徴される超低価格指向とブランド指向への消費の二極化という市場ニーズの激変,

急激な技術革新に起因する主力取り扱い製品・サービスの陳腐化や代替製品の登場な ど)に対する機動的な対応能力の欠如が指摘されねばならない。業暦が長ければ長いほ ど,過去の経験やこれまでの対外的信用力に依拠した経営方針に頼る傾向が強く,経営 戦略の機敏な転換・再構築が遅れがちになることが少なくない。市場経済の枠組み・ル

────────────

1 『日本経済新聞』20021214日,『国民生活金融公庫 調査月報』20031月号(No. 501)16〜19 ページ参照。

14 老舗型倒産の増大

資料:帝国データバンク,東京商工リサーチのHPの公表資料より作成。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 223)3

(17)

ールが根本的に変わりつつある今日(変化から転換へ),過去の経験則や企業間関係の 有効性と限界性を冷静に分析することが重要性を帯びつつある。一般的に強靭な経営体 力づくりの条件といわれている経営指針(経営理念−経営戦略−経営計画)に基づいた 戦略的経営の重要性が考慮されねばならない。

さらに第3の特徴として,倒産原因の中で「放漫経営」の比重が著しく低下している 点があげられる。事業資金の本業外への流出,サイドビジネスへの傾倒,ずさんな経理 体質などの内部的諸要因に原因を有する「放漫経営」が主因となった倒産の割合は90 年の約32% から2000年には11.2% へ,さらに2007年には6.6% へと急速に低下して いる一方,不況型倒産の典型的事例である「販売不振」の割合は2001年の55.2% から

07年には64.9% へと大幅に増えている。不況型倒産の増加傾向に追い討ちをかけてい

るのが原燃料・素材価格の高騰問題であり,08年9月時点での帝国データバンクの調 査によると,原燃料価格の高騰を原因とした倒産は8月までで364件を数え,昨年1年 間の229件を凌駕し

12

た。カジノ経済の主役である国際的投機マネー(虚業)が実業・実 体経済の土台を掘り崩している構図が示唆されている。

また今回のアメリカ発の金融危機に起因する第4の特徴として,大型倒産と黒字倒産 の増大が指摘される。08年の上場企業の倒産は11月末時点で30企業を数え,02年の 29件を上回り,戦後最多記録を更新した。しかも,そのうちの15社は前期末決算では 当期純利益で黒字を計上していた「黒字倒産」であった。アメリカ発の金融危機で信用 収縮が進む中で,金融機関の融資姿勢が厳格化し,キャッシュフロー管理が十分でない と,今や黒字企業でも安心して経営できない状況が生まれつつある。東京商工リサーチ 調べでは,「運転資金の欠乏」による倒産は08年の1〜10月で818件となり,前年同期

比で31.3% 増えており,原因別倒産要因では最高の増加率を示してい

13

る。

3 中小企業の金融問題

政府はアメリカ発の金融危機の影響が日本経済に及ぶ中で,中小企業対策として,地 銀などの金融機関の経営が悪化する前に公的資金を注入する金融機能強化法の改正,信 用保証協会の保障枠の拡大や法人税の軽減措置の一時拡大,セーフティネット保証(緊 急保証制度)の拡大などを打ち出した。しかし,11月5日に対象業種が698業種に拡 大されてようやく中小企業全体の約8割をカバーするようになったが,それ以前には対 象外の中小零細企業の割合は4割に及ぶと言われており,決して十分な対応策とはなっ ていなかった。また,この制度は「別枠」とうたってはいるが,実際に使われているの は既存の制度であり,対象外の業種の場合,景気後退の中で既に保証枠を使い切ってい

────────────

2 『中小企業白書 2008年版』365ページ参照。

3 『エコノミスト』20081118日号,『日本経済新聞』20081115日を参照。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

2(224

(18)

る企業は,原則として売上高がいくら大きく落ち込んでも,枠以上の補償は受けること ができない状況がある。この結果,例えば足利銀行の破綻を受けて資金繰りに苦しんだ 栃木県の中小企業の多くは既にセーフティネット保証を利用していたため,役に立たな い制度となっており,現場では混乱が生じ

14

た。加えて,資金繰りに苦しんでいる中小企 業に必要な資金がタイムリーに融通されるためには,金融機関の融資審査基準の大幅な 改善がなければ中小企業に資金が回ることにはならない。しかし,すでに一部の銀行で は「早めに貸出先の債務者区分を引き上げて回収する」(第二地銀幹部)という融資姿 勢が定着してお

15

り,中小企業金融の仕組みの抜本的な改革が求められる。

とくに2007年に導入された信用保証協会の保証付融資において,金融機関が保証割

合の20% 相当を負担する「責任共有制度」(全額保証から部分保証制度への改悪)は見

直されるべきである。理屈の上では,これによってリスク負担を義務づけられた金融機 関による中小企業への経営支援が期待されるが,現実には不況が深まる状況下では貸出 審査の厳格化や選別融資,貸し渋りなどの悪影響が懸念される。帝国データバンクが07 年9月に行なった調査(回答企業数9863社)では,「責任共有制度」の導入による借入 懸念が「ある」と回答した企業は71.9% の高率であった。具体的な懸念事項は「融資 利率の上昇」が73.4%,「融資の縮小」が73%,「融資の打ち切り」まで懸念する企業 が21.7% にも及んでい

16

た。

事実,日銀の調査では国内銀行ベースの中小企業向け貸し出し残高は9月末時点で 179兆円となり,前年同月比で3.2% 落ち込んだ。6大銀行の中小企業向け融資合計は4 月から9月までの半年間で約2兆6千億円減少した。とくに3大メガバンク(三菱

UFJ,三井住友,みずほ)にりそな銀行を加えた4大銀行グループの中小企業向け貸し

出し減少額は1年間で約3兆7千億円,2年間で約5兆7千億円の達することが08年9 月中間決算で明らかになった。この間に大企業や個人向けを含めた貸出残高は1.6% 増 えていることから,中小企業融資が絞り込まれた。ある大手銀行の幹部の発言として

『日本経済新聞』は「貸し出しを増やすといっても,業績悪化で貸倒引当金の積み増し につながりかねない中小向けは慎重にならざるを得ない」という本音を紹介している。

「銀行は資金需要がないと言うがそれは自分たちが貸したい企業に需要がないというだ け。うちには見向きもしてくれない」という建設資材会社の社長の言葉が身につまされ る。北関東では08年9月以降,中小企業の資金繰り悪化が拡大する一方だが,その発 端の多くはメガバンクにある,と言われている。メガバンクは財務情報などをコンピュ ータで分析する審査手法であるスコアリングモデルを導入し,中小企業への無担保融資

────────────

4 『日本経済新聞』20081122日,126日を参照。

5 『エコノミスト』20081118日号参照。

6 「TDK景気動向調査20079月,特別企画,『責任共有制度』の導入に対する企業への影響調査」参 照。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 225)3

(19)

を一時急速に推し進めた。しかし金融危機の拡大により,資金の引き揚げ(貸し餝が し)や従来よりも高い金利の提示など,事実上融資を大幅に縮小し始めている(貸し渋 り)。ある地銀の幹部は「あれほどメガは逃げるのが早いと警告したのに。目先の低い 金利にみせられて借りた企業が今は『融資を断られた』と次々と駆け込んでくる」と証 言してい

17

る。

具体的な事例では,「9月に融資を頼んだら,担当者が承諾した後に『決済がおりな い』と言ってきて金利を0.7% 上げられた」(東京都江東区のプラント会社社長),「経 営が成り立っている証明として注文書の定時が融資条件になった」(大田区の金属加工 会社社長)など,中小企業金融の悪化が鮮明化している。他方で,中小企業金融面で

「官から民へ」の流れを加速させるために行なった政府系金融機関改革であったが,日 本政策金融公庫の4〜9月期の中小企業事業部門の融資実行額は5000億円弱で,前年同

期比で5% 増加し

18

た。経済性・効率性のみを基本に据えた金融制度では,中小企業に必 要な資金が必要な時に回らないことが明白になった。グローバルに活動する直接金融活 用型の多国籍大企業と,地域密着で間接金融に大きく依拠する中小企業とでは異なった 基準とルールの設定が必要である。

また政府は,信金・信組の競争力向上を目的にして,08年3月に金融審議会におい て信用金庫・信用組合制度の改革に手を付け始めた。この問題の本質は,経済性・効率 性の観点から,株式会社制度の銀行と協同組織の信金・信組の同質化を推し進めるもの で,地域密着型の中小企業にとっては資金調達面で,よりいっそう厳しくなる恐れがあ る。新自由主義的構造改革政策の帰結としての地域経済・地場産業・中小企業の存立危 機が深まる中で,地域金融機関である信金・信組の数は08年3月時点で445であり,10 年前と比べて約4割も減少してい

19

る。

加えて,多様な経営タイプにあわせた公的金融機関として戦後中小企業発展に貢献し た国民生活金融公庫や中小企業金融公庫は08年10月から譁日本政策金融公庫に統合さ れ,商工中金は民営化された。中小企業の現場から見ると,「小さな政府」「民でできる ことは,民で」という民間活力の活用政策の結果としての公的中小企業金融システムの 市場原理主義に基づく改組・転換という名の「改悪」といえよう。

さらに新たな中小企業金融問題として,金融サービサー(金融機関から債権譲渡を受 け,債権を回収する企業)の過酷な債権回収問題が浮上してきた。機械加工業者が倒産 した後,ある信金への債務残高1500万円が東京債権回収会社に譲渡された事例では,

同社は金利14.6% で5000万円(30年間)の返済を要求してきた。自営業者のナショナ

────────────

7 『日本経済新聞』20081114日,126日,1224日を参照。

8 『日本経済新聞』2008124日を参照。

9 『日本経済新聞』2008328日,327日夕刊を参照。

同志社商学 第60巻 第5・6号(29年3月)

4(226

(20)

ルセンターである全国商工団体連合会は,こうした問題で11月13日に法務省交渉を行 い,漓債権売買価格を債務者への開示を義務付けること,滷売却価格に応じた債権回収 の上限を設けるなどのルール整備,澆連帯保証人に対する回収の禁止などのほうの改正

・整備を要請した。その際,監督局担当者は「大臣認可の企業でこのようなことが起き ていることは遺憾。問題性については検証したい」と答え

20

た。金融機関のコンプライア ンス,CSRの確立・向上を抜きにした民活・規制緩和路線は地域経済の裾野を支える 小零細企業の駆逐促進要因にしかならない。地域経済や中小企業の現場の資金繰りを見 てみると,これまで以上に諸矛盾は深刻化している。地域経済や企業タイプの多様性に あわせて,金融システムも多様性を確保していく必要がある。

また本稿では詳しく触れないが,金融と並んで重大な問題として税制が挙げられる。

この間の税制改定の動向は,中小企業に負担を強いる差別的内容を含んでいる。典型的 な事例は07年度の税制「改正」で,「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入」の導 入である。簡単にいうと,ファミリー・ビジネスの経営者の給与の一部は損金ではなく 利益と見做して課税する,ということである。逆に「役員賞与の損金算入」が認められ たが,中小企業の場合には事前に税務署長に支給内容の届出義務があるのに対して,上 場企業などの大企業の場合には事前届出は不要である。中小企業の経営者は脱税してい る,利益隠しをしているなどの誤った発想に基づいた税制「改正」といえる。

さらに家族経営にとって営業を圧迫し増税効果に繋がっている所得税法第56条に基 づく「自家労賃否認」問題が指摘される。同じ仕事を雇われて行なえば給与がもらえる が,家族で行なうと配偶者や子どもの給与は認められないという税制は地域密着型営業 の事業継承にも否定的な作用を及ぼしている。他の先進国では程度の差はあるが,家族 従業員の賃金は経費として認められる傾向が強い。営業と暮らしを守るという観点か ら,自営業者の所得税法56条廃止の運動は広がりを見せ始め,07年10月には高知県 議会で廃止を求める意見書が採択され,各地の市町村でも同様の決議・意見書を国に提 出している。また過半数の税理士会が「所得税法56条廃止」の意見を公表してい

21

る。

金融と税制の問題は中小企業経営にとって大問題である。国民経済の土台を形成する 中小企業の安定を損なうような金融・税制システムは本末転倒である。ある政策を政府 が行なう場合,その影響が小規模企業にどのような影響を与えるのかを十分に考慮して 政策を企画・立案・執行するという欧州小企業憲章の基本精神(Think Small First)

を,日本でも定着させる必要がある。

────────────

0 『全国商工新聞』2008128日を参照。

1 『全国商工新聞』200749日,2008519日,728日,929日を参照。

日本経済のグローバル化の下での中小企業問題(吉田) 227)3

参照

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