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中国の介護市場化における民間事業者 : 規制と支 援の方向性を考える

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(1)

中国の介護市場化における民間事業者 : 規制と支 援の方向性を考える

著者 史 邁

雑誌名 評論・社会科学

号 122

ページ 61‑83

発行年 2017‑09‑30

権利 同志社大学社会学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016809

(2)

要約:近年の中国において,政府が介護領域に市場化戦略を積極的に導入した。その結果,

多くの民間資本が介護市場に参入し,サービス提供の主力になった。施設サービスの供給 量も著しく増加している。しかし,実際に現場をみると,サービスの質の低下や,急速に 整備されたサービスが効率的に利用されていないなど,多くの問題が生じている。問題解 決の方向性と具体性を明らかにするために,筆者は事例調査を行なった。結果として,民 間事業者は画一的なものではなく,介護市場に参入する動機付け,初期投資の規模,出資 者の形態などのてんによって,大まかに「個人出資型」と「法人出資型」に類型できるこ とがわかった。本研究は,①2種類の民間事業者それぞれの特徴と問題構造を整理し,② その上で,今後のサービスの量的整備に伴う質的向上に向けて政府にどのような規制策・

支援策が求められるのか,について考察している。

キーワード:中国福祉,介護サービス,福祉市場化,民間事業者

目次 1.はじめに

1-1.問題の所在 1-2.本研究のねらい

2.なぜ民間事業者像からみるのか 3.民間事業者への聞き取り調査

3-1.調査の概要 3-2.倫理的配慮 3-3.調査の分析結果 3-4.カテゴリー間の関係性 4.民間事業者の具体像

4-1.民間事業者像の類型化を試みる 4-2.「個人出資型」事業者の具体像 4-3.「法人出資型」事業者の具体像

5.民間事業者はどのように規制・支援すべきなのか?

5-1.「個人出資型」事業者はどのように規制・支援するのか?

5-2.「法人出資型」事業者は圧倒的に優れているのか?

────────────

同志社大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程

2017626日受付,査読審査を経て2017721日掲載決定

論文

中国の介護市場化における民間事業者

──規制と支援の方向性を考える──

史 邁

61

(3)

6.市場環境はどのように健全化すべきなのか?

6-1.競争は現実的なものなのか?

6-2.選択には情報が与えられているのか?

6-3.「いいとこ取り」が防止されているのか?

7.おわりに 7-1.結論 7-2.今後の課題

1.はじめに

1-1.問題の所在

介護サービス供給の整備が模索段階にある中国は,近年サービスを急速に整備するた めに,高齢者福祉領域に市場化戦略を導入し,民間資本による施設介護サービス市場へ の参入を促している。しかし,サービス供給量の急成長と同時に,整備された介護施設 が効率的に利用されていないという問題が,多くの新聞記事や調査研究において指摘さ れている。というのは,多くの民間施設は開業してから,利用者が集まらないため常に 赤字の状態にあり,運営面で苦闘している現実がある。

この問題が生じた要因について,「介護職の専門性が低い」「ハード面の整備の不足」

「経営管理の効率の低下」などの点にもたらされた「サービスの質が悪い」という点が こ れ ま で の 多 く の 研 究 に 指 摘 さ れ て い る(呉

2011,姚 2011,白 2001,董 2013,翟 2014

等)。問題解決には,民間事業者自らの力だけでは限界があり,政府による支援体 制と規制強化が必要だ,という方向性も提示されている(中国全国高齢者福祉事業委員

会課題組

2010)。ただし,具体的にはどのような規制・支援体制が必要とされるのか,

市場のどの部分をどれくらい規制・支援すべきなのかについては,ほとんどの先行研究 において明確にされていなかった。

しかしながら,中央政府の視点から直接に具体的な規制を設定するのは難しいと思わ れている。何故ならば,中国は地域差異が大きく,地域によって実践の場面が相当に異 なっているからである。「上から」画一的な規制が定められても一部の地域に適応しな い可能性がある。その一方で,実践面からみると,介護施設の質的向上の問題が,全国 ほとんどの地域に共有されている。つまり,地域差異が激しく,地方政府ごとの施策も 異なっているにもかかわらず,どの地域であってもその実践から生じた問題はほとんど 共通している。そのため,今後の規制の具体性を提示するために,「実践面に注目する」

という「下から」問題解決をアプローチしていく必要がある。

1-2.本研究のねらい

本研究は,現在中国の介護供給の最前線にある民間事業者に焦点を当てる。それらの

中国の介護市場化における民間事業者 62

(4)

具体像を明らかにすることを通して,今後の介護市場に対して,具体的にどのような規 制・支援の体制が求められるのか,について提示する。ここでの「民間事業者像」と は,単なる民間事業者の基本属性という静態的なものだけでなく,事業運営にある問題 が生じた構造という動態的な側面も意味している。

本研究は具体的には,①現在中国の介護市場においては,どのような民間事業者があ るのか,それぞれにはどのような特徴があるのか,それらのパフォーマンスはどうなっ ているのかについて事例調査から明らかにする。②調査結果を踏まえて,民間事業者の 運営上の問題が生じた構造を分析する。とりわけさまざまな実践には,なぜこうした同 じ問題が生じているのか,問題が生じた過程において,どのような部分が共通してお り,どのような部分が異なっているのか,について明確にする。③さらに,調査の分析 結果から中国の介護市場の性格を窺いながら,これからどのような規制と支援の体制が 求められているのかについて提示する。

2.なぜ民間事業者像からみるのか

本研究が「民間事業者像からみる」という「下から」のアプローチを選んだもう一つ の理由は,中国の社会政策の形成過程の特徴と関係している。

中国は中央集権が強い国だと考えられているものの,実際,公共政策形成の過程にお いては「因地制宜」を強調している。というのは,中国の国土が広く,地域差異が激し いため,地域の特徴に応じた公共政策が望ましいということである。ここでの地域差異 とは,経済的格差の側面だけでなく,社会に共生している多民族それぞれの宗教,生活 習慣,家族形態などという客観的な差異もあり,さらに「都市−農村」戸籍制度のよう な人為的に形成された差異も含んでいる。

こうした激しい地域差異の中で,福祉・介護のような国民が共有する普遍的なニーズ に関わる政策であっても,その形成の最初の段階では,中央政府が全国を統一的な規制 を設定するのは非常に難しいと考えられている。

その代わりに,現在一般的な政策形成方式として,中央政府が最初の方向性だけを提 示し,地方政府がその方向性を貫き,地域の実情に応じて具体的な施策を模索する。一 定の時間を経て地方の施策が何度もの軌道修正を行い,ある程度定着してから,中央政 府は改めて,よりパフォーマンスの良い地域の実践を規範モデルとして制度化し全国に 押し広げていく。このような政策形成の過程はある意味で非効率的だと考えられるが,

地域差異が激しい中国の実情にふさわしいと言える。

例えば,本研究が扱っている介護市場政策に関しては,中央政府(国務院)は『社会 養老服務体系建設規画』『中国高齢事業発展十二五規画』に基づいて

2013

9

月に『高

中国の介護市場化における民間事業者 63

(5)

齢者福祉サービス事業の発展を加速に関する意見』という戦略的な方針を打ち出した。

その中で,民間活力が強調され,市場原理の運用を今後介護サービス整備の主要手段と していく方向性が定められている。その後,各省政府はそれに基づいて実施の具体性を 広げ,各省自らのバージョンの『実施意見』を打ち出した。

以上の『意見』は,いずれも方向性や実施意見だけを提示したものである。民間団体 の参与条件,補助金の基準,サービスに対する定価基準,ないし監査の頻度などの,具 体的な介護市場に対する規制に至っては,住民のニーズに詳しい市レベルの地方政府が 定める。しかし,市レベルの地方政府は介護サービス供給の市場規制のような,やや複 雑な公共管理課題を処理する際には,財務面や管理ノウハウ蓄積の限界がある場合は少 なくない。また,行政の業績がほとんど事業の件数,ベッド数などのような数値化でき る指標で評価されている。そのため,サービス供給体制を整備する初期,いわゆる現在 の模索段階では,量的整備が比較的に重視されている傾向があり,市場規制がより緩和 されていると考えられている。つまり,この意味では,現在の介護市場は一般的な自由 市場に近いとも考えられる(史

2016)。

このように参与条件が緩和されているため,さまざまな民間団体が積極的に参与で き,サービスは量的に急整備ができた。そのうち,民間事業者が参与するルートが

2

つ ある。1つは,民政部門で登録し,非営利民間団体(正式な法人名称の中国語表記は

「民弁非企業単位」)として参与する。もう

1

つは工商部門で登録し一般企業として参与 することも可能である。両者の構成割合について国レベルの統計は不明だが,これまで の一部の地域に限定した研究で行われた調査によると,前者の方が圧倒的に多いと見ら れている(中国全国高齢者福祉事業委員会課題組

2010)。その状況になった背景として

は,いずれの団体として登録しても事業内容の中身が変わっていないものの,非営利民 間団体の方は政府からのベッド数や利用者人数に当たる補助金がもらえるからである。

しかし,同じ非営利民間団体の中であっても,参与者の動機づけ,融資の方法と規 模,行政との関わり,対象としている利用者像などの要素の違いによって,かなり性格 のバラツキがあると想像できる。さらに,上述したサービスの質の低下という問題が生 じた構造,及び各民間事業者がそれぞれ問題やリスクに対応する方式も違ってくるであ ろう。

したがって,現在模索段階にある中国の介護市場の問題にとって,規制の具体性を考 える前に,ひとまず民間事業者の具体像を明らかにする必要があると考えている。

中国の介護市場化における民間事業者 64

(6)

3.民間事業者への聞き取り調査

3-1.調査の概要

以上の検討を踏まえて,中国の民間施設介護サービス事業者を対象に事例調査を行っ た。調査は主に以下の

2

つの目標をもった。それらは,①現在施設介護サービス市場に 参与している民間団体にはどのようなものがあるのか,それぞれどのような特徴をもっ ているのか,という民間事業者の静態的な具体像を把握すること,②先行研究において 指摘された「サービス質の低下問題」が生じた構造,いわゆる動態的な具体像を明らか にすること,である。

今回の調査は,2014年

8

12

日〜9月

12

日の一か月間,中国の東沿岸部にある山東 省の省庁所在地である済南市(以下「J市」)で行った。調査を行った時点においては,

J

市の総人口が

613.2

万人であり,その内,60歳以上の高齢者数は

111.6

万人(人口に 占める割合は

18.2%,中国全国の 14.9% より高い)である。

J

市を調査地に選定した理由は以下の

2

点がある。1つは,これまの研究には,主に 北京,上海などのような超大都市で行われたものが多い。それらが得た知見は貴重であ るものの,地域格差の大きい中国にとって限界がある。今回の調査はこのような超大都 市を避けるようにした。もう

1

つは,本研究は介護市場に参与する民間事業者だけを対 象とするものであるため,できる限り公営施設や,公設民営施設などの複数種類の事業 者が共に競争している市場環境を避けたい。J市の施設介護サービスを提供している

100

カ所の事業者のうち,民間事業者が

96

カ所,そのほかの

4

カ所は救貧を目的とす る公的施設(日本の養護老人ホームに相当するもの)である。つまり,市場構造の側面 からみると,J市は本研究が扱っている課題に対して理想的な調査地だと言える。

より効率的かつ適切に調査対象施設を選定するために,本調査は実施した直前(2014 年

8

10

日)に,J市の民間介護事業の有識者である

X

さん(=元

J

市政府民政局社 会事業課長)に事前訪問を実施した。Xさんは,J市施設介護サービス整備のこれまで の展開及び全体状況を紹介してくださった。また,Xさんを通して代表的な民間事業 者に聞き取り調査を行うことを依頼した。結果として,7カ所の施設に聞き取り調査を することになった。7カ所の調査対象施設の基本属性,選定理由は以下の表

1

に示して いる。

3-2.倫理的配慮

なお,本調査は倫理的配慮を行なった上で実施した。調査の実施に際しては,事前に 各施設事業者の運営担当者に連絡を取って調査の意図を説明し,面接の了解をいただい

中国の介護市場化における民間事業者 65

(7)

た上で,聞き取り調査を実施した。調査は,それぞれの施設事業者の経営担当者に

1

時 間ほどの面接を行った。会話の録音が調査対象者全員に拒否されたため,面談内容のポ イントをメモし,その後,メモ内容に基づいて,調査結果分析に影響を与えない程度で 調査の内容を復元した。

倫理的配慮事項を調査の対象者に,口頭または文章にて以下のような事項を説明し た。①協力を拒否したり,あるいは途中でやめたりしても不利益が一切生じないこと。

②支障のないことのみを話していただく。ご都合の悪いことは話していただかなくても 良いこと。③インタビュー内容は研究目的以外には一切使用しない。論文や報告書を作 成する際には,匿名にしたり,本人とわかるような内容を修正したりして,プライバシ ーを厳守すること,である。

3-3.調査の分析結果

本研究では分析に際しては,佐藤(2008)の『質的データ分析法』,田垣(2008)の

『質的研究入門』を参考にした。7カ所の施設に対する調査において聞き取った内容か らコード化・カテゴリー化を行った。その結果,表

2

に示したように合計

22

の概念コ ードと

9

のサブ・カテゴリーが生成され,「動機」「資金」「サービスの質」「事業運営」

「市場構造」の

5

つのカテゴリーに集約させた。以下の文章では,カテゴリーを【 】,

サブ・カテゴリーを〔 〕,概念コードを〈 〉で示す。

3-4.カテゴリー間の関係性

調査の分析結果が示しているように,現介護市場における民間事業者は,画一的なも のではなく,市場に参与する【動機】,提供する【サービスの質】,【資金確保】に対す る方法,【事業運営】の状況及び【市場構造に関する要素】という側面においてはバラ

1 調査対象施設の基本属性・選定理由

対象施設 開設年度 定員数 インタビュイー 選定理由

A 2008 100 aさん (施設長) 地域に密着,周辺環境が良い,家族経営 B 2009 518 bさん (マネージャー) 規模が最も大きい,高齢者大学が進駐

C 2003 480 cさん (施設長) 規模が比較的に大きい,運営年数が最も長い,評 判が良い

D 2007 100 dさん (マネージャー)台湾の宗教福祉団体に投資・設立され,ユニック な存在

E 2007 160 eさん (マネージャー) 地域に離れているが,経営状況が意外に良い F 2011 360 fさん (マネージャー)民間施設の中のモデルと評価され,施設長は地域

施設協会会長を担当

G 2013 55 gさん (施設長) 国内大手NPOに投資され,介護職は 全 員 看 護 師,最も先進的

(出所:筆者作成)

中国の介護市場化における民間事業者 66

(8)

2 民間事業者像を表す概念 カテ

ゴリー サブ・

カテゴリー 概念コード テクストからの引用(〔 〕は補足・(アルファベット表記)は対象者を表す)

地域社会への貢献 故郷の人々に恩返しをしたい(DE)/高齢化社会に自分の力を貢献したい(ABCFG)

利益を追求する シルバーサービスにもたらされた商機をつかみたい(ABCFG)

初期投資

個人や家族による

投資 自分あるいは家族の貯金を出した(ABC)/ほとんどは寄付者からのお金(D)

会社による投資 自分あるいは家族が併有する会社から資金をもらっている(EF)/本社が投資した

(G)

初期投資の規模 業界の平均レベルくらい(ABCE)/業界の平均レベルより多い(DFG)

営業中の財務リス クへの対応

ほとんど併有するビジネスから資金をもらう(ABE)/友達からお金を借りる(負債)

(C)/本社からもらう(DG)

人的資源へ の投入

従業員の能力 従業員はほとんど専門訓練を受けない農村の出稼ぎの婦人(ABCDE)/外省から専門 的な管理チームを雇っている(DF)/従業員はみんな看護師資格を持っている(G)

OJT

政府が定期的に集中講義を行なっているから,職員を参加させている(ABCE)/介 護職員の離職率が高いからOJTに投入しても無駄になる(ABCE)/社内研修制度は ある(F)/政府の集中講義があまり基礎だから,施設内部の研修を中心に職員の技 術を向上させている(G)

応答性

利用者を限定する 場合が多い

自立できるや要支援程度の利用者を中心に(E)/多様なニーズに対応できるような サービスを提供したい(ABCDF)/要介護度の高いお年寄りを優先的に受け入れてい る(G)

困難事例への対応

入居する事前にうちの健康診断を受けなければならない,精神疾病を抱えている方 や,重度の認知症の方に対応できない場合は,断る場合もある(ABCEF)/入居希望 者を基本的に断らないが,うちの利用料が比較的に高いし従業員数も少ないから定員 数が少ない(G)

継続性

営利状況

〔利益が〕少ないが長い時間を経てやっと営利できるようになった(AC)/まだ赤字 で,シルバーサービスの投資回収期が長くて仕方がない(BFG)/いつ営利モデルが できるのか自分でもわからない(FG)/事業から利益を得ることを主な目標としない が,できる限り〔今の事業を〕長く続けたい(ED)

利益配当 自分がもうけた利益は当然自分に配当する(ABCFG)/事業から得られた利益はほと んどまた施設の改造工事に投資した(ABCE)

業務リスク への対応

リスク防止に慎重 法的保障の仕組みが不十分(ABC)/子どもに捨てられ,利用料が納付きでない利用 者がいった,仕方がなく最後まで付き合った(A)

事業者の権益が守 られていない

施設の中でいかなる事故が起きても,責任を負わなければならない(ABF)/業務事 故や以外のリスクに適用できる仕組みが欲しい(ABCF)

参入

市場参入のハード ルは低い

施設の新規参入が〔行政に〕非常に歓迎されている(ABCF)/設立当初には手続き には問題があって,政府の方は解決してくれた(D)/政策面では優遇されている

(G)

行政による手続き 管理がゆるい

すべて許可証を備えていることに自慢している(A)/消防,衛生などの許可証は開 業してから申請してもよい(A)

退出 退出のメカニズム がない

一番困難な時期,やめようと考えたことがある(ABC)/そのままで退出したら何も 取り戻せない,損があまりにも高くて最後まで苦闘しかない(A)/〔かつて失敗した 事業者は〕利用者と職員を手放してうやむやのうちに終わった(A)

競争

競争が実感できる 場合は多い

事業者の間に互いに見学して模倣することや,介護職員を奪うことは珍しくない

(ABCF)/競争が激しくて,いつでも注意しなければならない(ABCF)

競争を実感しない 場合もある

うちのサービスに比べられる事業者はほとんどないから競争の実感が薄い(G)/営 利は目的としないから,競争のことをあまり考えていない(DE)

価格競争

物価が高まっているが,いまの定価ではもう足りなくなる(ABCDF)/現在の料金で も,高いと思う利用者が少なくない(ABCDF)/料金を調整すると,必ず一部の利用 者は他の施設に転居する(ABCF)

選択

利用者には十分な 選択がある

毎日たくさんの人が見学に来ている/みんなは何カ所の施設を十分に比較してから決 める/〔利用者となる〕高齢者自身が見学にくる場合もあるし,家族と一緒に来る場 合もある/ほとんどの高齢者は自分の意志で決めている(ABCDEFG)

「渡り鳥」利用者 家には暖房がない高齢者は冬だけ施設で越し,春になるとまた実家に戻る(B)/冬 は暖房設備費用もかかるから,経営が一番厳しい時期だが仕方がない(BF)

(出所:筆者作成)

中国の介護市場化における民間事業者 67

(9)

ツキがある。これらの差異によって民間事業者が多様化している。その一方,5つの側 面(カテゴリー)はいずれの民間事業者にも共通している要素であり,それらの具体像 を表す概念となっている。ここで,民間事業者像を構成する要素(カテゴリー)間の具 体的関係性を図

1

に示すように整理している。

1

から言えることが以下の

4

点のように説明できる。

1

に,図

1

の中の「関係性①」の部分に示すように,〈利益追求〉という動機の有 無に関わらず,いずれの民間事業者にとっても,一定の〈営利状況(能力)〉が必要で ある。営利能力がなければ,事業が継続的に運営することができない。

例えば,民間事業者が介護市場に参与する【動機】について,〈地域社会への貢献〉

という点がいずれの調査対象にも共通しているが,〈利益を追求する〉かどうかという 点においては異なっている。主に「故郷の人々に恩返し」を動機として設立された施設

D

E

は,利益を追求する動機がないとみえるが,「事業から利益を主な目標としない が,できる限り(今の事業を)長く続けたい」と表明している。つまり,どのような民 間事業者であっても,【事業運営】の[継続性]を確保する能力が必要である。

2

に,図

1

の中の「関係性②」の部分に示すように,継続的な事業運営は,施設が 提供する【サービスの質】と「試行錯誤の余裕(時間)」という

2

点に同時に決められ ている。つまり,従来の研究に提示されている【サービスの質】以外に,「時間」も一 つの決定的な要素であることがわかった。ここでの「試行錯誤の余裕(時間)」とは,

民間事業者が開業してから継続的な事業運営が実現するまでの段階を指す。換言すれば

1 カテゴリー間の関係性

(出所:筆者作成)

中国の介護市場化における民間事業者 68

(10)

【事業運営】の〔継続性〕をうむためには,民間事業者に一定の「試行錯誤の余裕(時 間)」を与える必要がある。

例えば,介護職として配置される全員が看護師資格を有しており,最も良いサービス 提供を目指している施設

E

は,「開業してからずっと赤字」「いつ営利モデルができる のか自分でもわからない」という状況に陥っている。逆に【サービスの質】は平均程度 であるが,より早く市場に参与した施設

A

C

は「長い時間を経てやっと営利できる ようになった」。したがって,継続的な事業運営ができたまでの「試行錯誤の余裕(時 間)」が

1

つの決定的な要素だと考えられる。

3

に,図

1

の中の「関係性③」の部分に示すように,【サービスの質】を向上させ たり「試行錯誤の余裕」を作ったりするためには,十分な【資金確保】の能力を備えな ければならない。今回調査した民間事業者の中で,完全に〈個人や家族によって投資さ れた〉4カ所対象施設は,「投資者が併有する他のビジネスから資金をもらっている」

という方法で〔運営中の財務リスクに対応〕している。残った〈会社に投資された〉3 カ所は,「本社」から直接的に資金をもらっている。したがって,民間事業者の〔初期 投資〕と〔財務リスクに対する能力〕の両方が高いほど,質の良いサービス提供や,事 業継続の可能性が高いと考えられる。

最後に,図

1

の中の「関係性④」の部分に示すように,継続的な事業運営,営利モデ ルができるかどうかは,また民間事業者の投資動機に影響を与える。このように,すべ てのカテゴリー間の関係性が最終的に一つの循環に成り立っている。

4.民間事業者の具体像

前章では,J市にある

7

カ所の民間事業者への聞き取り調査について紹介した。調査 結果から抽出した民間事業者像を表す概念(カテゴリー)を明確にし,そして,それら の概念間の関係性を整理してきた。本章は,以上の整理結果を踏まえて民間事業者の具 体像をより詳しく描き出していく。

4-1.民間事業者像の類型化を試みる

カテゴリー間の関係性を分析した結果,【資金確保】は,民間事業者の具体像を決め る根本的な要素であり,事業の継続性に最も影響を与える要因でもあることがわかっ た。では,民間事業者による【資金確保】の能力はどのような要素に決められているで あろうか?

この点について,単に調査結果から見ると,事業に出資する投資者の「形態」が一つ の決定的な要素だと言える。つまり,だれによって出資されるのか,すなわち,個人や

中国の介護市場化における民間事業者 69

(11)

家族に出資されたのか,あるいは会社に出資されたのかという点によって,民間事業者 による【資金確保】の能力が異なっている。そういった理由が調査結果の中の多くの項 目から見られるが,以下,代表的な

2

点を例として挙げる。

1

に,事業の〈初期投資の規模〉は投資者の形態によって異なっている。〈個人や 家族によって投資〉された事業は〈会社によって投資〉されたものより〈初期投資の規 模〉が低い,という結果が今回の調査からわかった。例えば,〈初期投資の規模〉に対 する自己評価(1ベッドあたりの平均投資規模に対する事業者からの主観的な評価)の 項目においては,〈個人や家族によって投資された〉施設

A, B, C, E

は「業界の平均レ ベルくらい」と述べているが,〈会社によって投資〉された施設

D, F, G

は「業界の平 均レベルより多い」と述べっている。

2

に,事業における〈人的資源への投入〉も投資者の形態によって明らかに異なっ ている。〈個人や家族によって投資〉された事業は〈会社によって投資〉されたものよ り〈人的資源への投入〉が低い,という結果も今回の調査からわかった。例えば,〈個 人や家族によって投資〉された施設

A, B, C, E

は,雇っている介護職員の構成につい ては,「ほとんど専門訓練を受けない農村の出稼ぎの婦人」と述べている。その一方,

〈会社によって投資〉された施設

G

は「従業員はみんな看護師資格を持っている」と述 べている。そして,施設

D, F

は「外省から専門的な管理チームを雇っている」と述べ

3 民間事業者にある2つタイプの具体像

民間事業者像を構成する要素 「個人出資型」 「法人出資型」

(代表事業者) A, B, C, E D, F, G

資金確保

(基準)

投資・設立 個人(あるいは家族) 法人(会社あるいはNPO)

損益 投資者本人が負う 本社が負う

財務リスク対応 自分・家族が併有する

他のビジネスから資金を調達する 本社からもらう 初期投資規模 「業界の平均レベル」 「平均レベルより多い」

動機 地域社会貢献

短期利益追求 長期利益追求

サービスの質

管理職 投資・設立者が事業の運営管理職も

直接に担当 専門的な管理チーム

介護職

農村からの出稼ぎの婦人,都市部 4050代の女性失業者・無職者

の場合が多い

より質の高い人材を雇っている OJT投入 少ない,政府のプロジェクトに依存 人材蓄積のために,社内研修重視

応用性 対応できなければ拒否するのは一般的 ノウハウ蓄積のために,

困難事例も拒否しない

事業運営

業務リスク対応 「相当なストレスを持っている」

利益配当 「あり」

継続性 数年を経て継続的な営利モデルが

できた事例がある 赤字の場合が一般的

(出所:筆者作成)

中国の介護市場化における民間事業者 70

(12)

ている。

このように,投資者の形態が,民間事業者の性格を区別する最も分かりやすい基準だ と考えられる。なお,今後の議論の便宜のために,本研究は,今回の調査対象とした

7

カ所の民間事業を事業の出資者の形態によって,「個人出資型」「法人出資型」という二 つのパターンに分けている。両者の具体像を表す概念と相違は表

3

に示すように整理し ている。

以下の

2

節は,表

3

に整理した内容を踏まえつつ,2つのパターンの民間事業者像は それぞれ具体的にはどのようなものなのか,そしてどのような課題をもっているのかに ついて明確にしていく。

4-2.「個人出資型」事業者の具体像

前節では,施設

A, B, C, E

のような,主に〈個人や家族によって投資〉された事業 は「個人出資型」というパターンに類型ししている。

このパターンにおいては,事業の投資者あるいは設立者が一般的には,事業の運営管 理職も直接に担当している。彼らは事業の損益を自ら負っているため,事業の運営に心 血を注いで継続的な運営を目標としている。そして,彼らは「民弁非企業単位」という 非営利団体の法人格で登録しているが,事業からの利益配当が実質的に禁じられていな い。

調査の分析結果からみると,「個人出資型」事業者には以下の

3

点の課題がある。

1

に,「個人出資型」事業者は通常,事業運営によって生計を立てており,損益は 自己責任となっている。そして,運営中に生じた〈財務面のリスク〉に対しても,自分 あるいは家族が併有する他のビジネスから資金を調達しなければならないことになる。

2

に,今現在,市場の公平性が十分に確保できない,とりわけ彼らのような民間事 業者に対する「法的保障の仕組みが不十分」である状況の中で,彼らは〈業務にあるリ スク〉にも非常にストレスをもっている。ほとんどの場合,「施設の中でいかなる事故 が起きても,責任を負わなければならない」と,彼らが述べっている。

3

に,「個人出資型」事業者は事業運営コストの大部分を占める人件費をできるだ け抑えている傾向がみられる。調からみると,彼らが雇っている介護職員は,ほとんど が農村からの出稼ぎの婦人,都市部にいる

40

代や

50

代の女性失業者・無職者である。

「介護職員の離職率が高くて

OJT

に投入しても資金を無駄になる」と,彼らが思ってい る。そのため

OJT

については,主に従業員を「政府が定期的に行なっている集中講義 に参加させている」。このように,人的資源に多くの資金を投入できず,しかも介護職 員の離職率が高い「個人出資型」事業者にとっては,サービスの質的向上は言うまでも なく,今現在の水準の質を確保することすらなかなか難しい。

中国の介護市場化における民間事業者 71

(13)

しかしながら,人的資源に多くの資金を投入し,サービスの質が高まっても,運営コ ストの増加によってサービスの単価も上昇してしまう。そもそも〈価格競争〉が激し く,「現在の料金でも,高いと思う利用者が少なくない」という状況では,「料金を調整 すると,必ず一部分の利用者が他の施設に転居する」ことになり,さらに事業継続性が 悪くなり,悪循環になってしまう可能性がある。

このように,「個人出資型」事業者にとって,収支のバランスをとるのは難しく,経 営の継続性に苦闘せざるを得ない。そのゆえに,業務リスクにストレスを強くもってい る彼らは,入居者の選定にも非常に慎重である。

例えば,入所希望者と契約する際には,入居希望者個人の原因(認知症,疾病など)

で,日々の入所生活の中で事故が発生するリスクが高い場合,入居希望者を直ちに拒否 することが珍しくない。この点からみると,現在の介護市場では,利用者が一方的にサ ービスを選択するではなく,サービス提供者も利用者を選択している,いわゆるクリー ムスキミングという現象が普遍的に存在している。

まとめてみると,「個人出資型」事業者の具体像が以下のよう定義できる。つまり,

「個人出資型」事業者とは,個人や家族によって投資され,事業の投資者あるいは設立 者が一般的に,事業の運営管理も直接に担当しており,事業の損益を自ら負っているパ ターンをいう。彼らは,事業の運営に心血を注いで継続的な運営を目標とし,短期の利 益を追求している。このような事業は,ある程度の継続性をもっている一方,サービス の質(介護従業員の専門性,サービスの応答性)が低いという特徴がみられる。

4-3.「法人出資型」事業者の具体像

「個人出資型」に対して,本研究は,施設

D, F, G

のような,主に企業や

NPO

などの 法人によって投資・設立されたものを「法人事業型」というもう

1

つのパターンとして いる。このパターンの介護事業に投資した会社は,短期間の利益を狙っておらず,シル バービジネスに長期的な見通しをもっている。このパターンの事業は前者に比べて,資 金基盤が豊かであるため,短期的な損益に対するストレスが小さいことや,業界内の競 争に対する実感が低いことが特徴的である。

「法人出資型」事業者は,その裏には強力な資金基盤があるため,人的資源への投入 において前者より高いとみられる。例えば,施設

G

は介護職に全て看護師資格を有す るものを配置しており,施設

D, F

は全国から職員を募集し,外省の専門的な管理チー ムを雇っている。このような「贅沢な投入」は,強力な資金基盤がなければ実現できな い。

また,彼らが事業に多くの資金を投入するのは,将来の事業拡大のための一種の戦略 だと考えられる。つまり現段階において彼らは,人材,介護技術,管理ノウハウを蓄積

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(14)

し,一旦市場規制や制度環境が定着されれば,短時間で事業が拡大できるように準備し ている。そのため,このパターンでは入所者を選定せずに,できる限り多くのタイプの 利用者に対応している。この意味では,「法人出資型」事業者が提供するサービスの質 は,前者のパターンの事業者より高いと言える。

しかし,「法人出資型」事業者の現在の事業展開はあくまで一種の「実験」に過ぎな い。彼らはサービスの質を向上する,または高い応答性を維持するために多くの資金を 投入ししている。その結果,彼らの経営の継続性は非常に悪化している。例えば,施設

G

は,開業してから今まで赤字を負っており,「いつ営利モデルができるのか自分でも わからない」。彼らにとって,収支バランスの良い営利モデルが発見できるまでの段階 では,長年の赤字を負い続けなければならない。ただし,彼らのような「ノウハウの蓄 積」「人材育成」を目指す事業に対して,三,四年という短い期間より,十年,二十年 という長期間の視点で評価することが相応しいかもしれない。

このように,「法人出資型」事業者の具体像が以下のように定義できる。つまり,「法 人出資型」事業者とは,主に企業や

NPO

などの法人によって投資・設立され,専門的 な管理チームをもち,事業の損益が本社(出資社)に負われているパターンという。彼 らは,シルバービジネスに長期的な利益を狙っているため,現段階ではあくまで実験段 階であり,利益追求というより人材・ノウハウ蓄積をメインとしている。前者の「個人 出資型」事業者に比べて,「法人出資型」事業には,資金基盤が豊かで,サービスの質 がより高いが,継続性が悪いという特徴がある。

5.民間事業者はどのように規制・支援すべきなのか?

以上,調査結果を踏まえて介護市場における民間事業者の具体像を明らかにしてき た。事業の投資・設立の経緯によって民間事業者には,「個人出資型」と「法人出資型」

という,性格が全く異なっている

2

つのパターンが存在することがわかった。それと同 時に,民間事業者像の構成要素間の関係性に対する分析を通して,今後の介護市場を健 全化するためには,多様な方向性もあると考えられる。

本章では,ここまで検討してきた

2

つのパターンの民間事業者の具体像に即して,今 後の介護市場においては,具体的に,どのような規制・支援体制が求められるのかにつ いて考えていく。

5-1.「個人出資型」事業者はどのように規制・支援するのか?

まず,図

1

に示す要素間の関係性からみると,民間事業者,とりわけ「個人出資型」

事業者にとって,その事業運営にある財務のリスクと業務リスクに対する対応能力を強

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化することが,事業の継続性を高める一つの方向性になると考えられる。

財務リスクとは,民間事業者が事業を設立・運営する際に,資金不足によってもたら されたさまざまなリスクである。「個人出資型」事業者がこのリスクを普遍的に抱えて いる原因は,初期投資規模が小さい,しかも経営者が事業運営を通して生計を立ててお り,損益を自ら負わなければならないことにある。つまり,施設が長い赤字状態になる と,事業運営だけではなく,経営者自身の生活も厳しくなる。したがって彼らは,初期 投資の回収や事業の継続性に非常にプレッシャーがあるわけである。

ここで,仮に「個人出資型」事業者の初期投資の規模を人為的に拡大し,いわば資金 の回収期間(試行錯誤の余裕)を延長すれば,彼らの「財務リスクに対応する能力」が 高められるであろう。

調査結果からみると,「個人出資型」事業者は「財政リスクに」対応するためには,

自分や家族の併有するビジネスから資金をもらう場合もあるし,負債を抱える場合もあ る。しかし,このような個人融資行為は新たなリスクを招く可能性があるし,どの事業 者でもこのようなルートがあるわけでない。したがって,彼らに対する最も重要な支援 体制として,普遍的かつ安全な融資ルートの確保だと考えられる。

例えば,政府は,「個人出資型」事業者に金融機関との積極的な連携関係を構築させ たり,その事業の初期融資,あるいは運営中にある財政リスクに対して低利子ローン・

保険・基金などの金融サービスを開発したり,担保したりするのは,1つの支援策のア イデアだと考えられるであろう。

「財務リスク」に対して,もう

1

つの「業務リスク」がある。「業務リスク」とは,民 間事業者が介護サービスを提供する際に,業務規範の不足によってもたらされたリスク である。例えば,調査から,「個人出資型」事業者は入居者の選定に対して非常に慎重 な態度をもっており,認知症などの入居希望者個人の原因によって日々の入所生活で事 故が発生するリスクが高い場合,入居希望者を拒否する事例が少なくないということが わかった。こうした一つの原因として,一旦事故があったら,一般の人々が弱者である サービス利用者に同情する傾向があるため,提供者が不利な立場になりがちである,と いうことが挙げられる。それは,福祉サービス提供の取引のなかには,一般に,サービ ス提供者(民間事業者)は情報上で有利な立場にあると思われているからである。

したがって彼らが抱えている「業務リスク」を減らすために,政府は,①業界の標準 業務規範を作成,②事故責任が明確にできる仕組み作り,③地域住民組織や医療機関な どとの連携強化,をする必要がある。つまり,政府が公平的かつ対等的な市場環境を作 らなければならない。

以上,事業運営にある財務リスクと業務リスクそれぞれについて,予防と解決の両面 から選択肢を考えた。1つの注意点としては,すべての目的を同時に満たすことは常に

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可能なわけではないため,複数の目的の間にバランスを取ることも大事である。つま り,どの選択肢を優先するかについて「トレード・オフ」という考え方が必要である。

そもそも,サービスの質,効率性,公平性などの複数の目標を同時に達することは不可 能である。したがってできる限り多くの選択肢の存在を認識し,また,それらの関係性 を明確にしつつ,漸次的にアプローチすべきだと考えている。

5-2.「法人出資型」事業者は圧倒的に優れているのか?

調査の分析結果からみると,民間事業者像を構成する複数の要素の中,資金確保は決 定的な要素である。つまり,初期投資規模が大きいほど,提供されるサービスの質が良 くなり,事業の継続性もよくなる可能性が高いことが分かった。例えば,事例施設

F, G

はより豊かな資本金をもつため,より高い質の介護人材を雇うことや利用者を選別 せずに受け入れることができている。この意味では,豊かな資金をもつ「法人出資型」

民間事業者は「個人出資型」事業者より圧倒的に優れていると言えるかもしれない。で は,今後の民間資本の市場参入に関する誘導政策は,「法人出資型」民間事業者だけを 対象とすれば良いであろうか。

筆者はそう思わない。その

3

つの理由は以下の通りである。

1

に,「法人出資型」事業者にとって,継続性のある営利モデルが本当にあるかど うかは未知である。調査からみると,施設

G

のような「法人出資型」民間事業者は,

確かに長期的な市場戦略をもって損益を問わずに人材と技術を蓄積している。しかし,

今現在は営利モデルを探索している段階にすぎず,「継続性の高い経営モデル」が本当 にできるかどうかは未知である。つまり,運営資金が消耗し尽し,事業が最終的に破綻 してしまう可能性がないことはない。

2

に,「法人出資型」事業者にとって,専門性の高い介護人材を継続的に確保する ことも難しい。周知の通り,介護サービスは典型的な労働集約型産業として,生産コス トが,技術進歩によって低下せず,増加することが特徴である。「法人出資型」民間事 業者にとって,専門性の高い人材配置によってもたらされた運営コストと高いサービス 単価は,どのように軽減するのか,という点には懸念がある。

3

に,「法人出資型」事業者だけを重視するのは「個人事業型」事業者にとって不 公平である。しかも,「法人出資型」民間事業者は「少数派」として,中国の介護サー ビスの供給にどのくらい貢献できるのかに懸念がある。そもそも中央政府が介護に市場 化戦略を導入するのは,効率的なサービス供給を実現することだけではなく,これを通 して地域社会を活性化し,民間の力を生かすことも意図している。「法人出資型」だけ を誘導対象とするのは,「地域社会に貢献したい」「故郷の人々に恩返し」をしたいな ど,情熱をもって社会事業に参与してきた「個人事業型」事業者にとって不公平であ

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る。さらに,地域社会の活性化を損ねてしまう可能性がある。

本研究は,民間事業者の具体像を描き出すために,だれによって投資・設立されたの か,いわば投資者の形態という視点から民間事業者を

2

つのパターンに分けている。こ の基準はあくまで現象を解釈するためのものであるが,今後の誘導政策の基準にはなれ ないと考えている。

ただし,ここで注意しなければならないのは,どのような民間団体でも介護事業に参 与することが適切であるわけではない,という点である。というのは,サービスの質的 向上,あるいは継続的な事業モデルの形成という視点からみると,どのような形態に投 資された民間事業者でも,一定の初期融資能力と,運営中の財務リスクに対応する能力 が求められる。つまり,社会事業に対する情熱だけがあるが,それなりの能力をもって いない民間団体が市場に参入しても,結局は良いサービスが提供できず,利用者の権益 を害してしまう可能性がある。したがって,根本的に言うと,政府が「資金投入の規 模」という側面から民間団体の市場参入の基準に対して規制を強化する必要がある。

6.市場環境はどのように健全化すべきなのか?

より良いサービス供給を実現するために,サービスの提供者に対する規制と支援以外 には,市場環境あるいは市場構造を健全化することも必要だと考えられている。今回の 調査は,どのような民間事業者があり,彼らはどうなっているのかを明らかにしてきた 以外に,現在の市場構造について彼らがどのように考えているのかについても聴取して いる。表

2

5

番目のカテゴリーに示すように,【市場構造に関する要素】が具体的に は〔参入〕〔退出〕〔競争〕〔選択〕という

4

つの側面から表れている。

本節は,中国介護市場の構造に評価する上で,今後市場構造に対する規制の方向性と 実現条件を考えていきたい。

なお,本研究は,中国の介護市場環境への規制を考察する際に,ルグランが提示する 評価視点(2010 : 67-77)を参考にしている。公共サービスに市場的要素が機能するこ とができるために何が必要なのかついて,ルグランは以下の三つの点を提示している。

すなわち,①競争は現実的なものなのか,②選択には情報が与えられているのか,③

「いいところ取り」が防止さているのか,である。

この視点は,そもそもルグランが「準市場」という文脈から提示したものである。す なわち「サービスが国家によって支払われるのであり,しかもバウチャーや,使途が特 定された予算や資金提供方式などの形式を通じて」(ibid. : 38)実現するという前提と したものである。しかしながら,この評価視点は,①「準市場」メカニズムにある公的 要素ではなく,競争や選択などのような市場的要素,②「準市場」メカニズムが機能す

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(18)

るプロセスではなく,それの導入よってもたらされたサービス供給全体のパフォーマン スの変化,に焦点を当てている。

つまり,この評価視点は,「準市場」の文脈から生まれたものだが,実際市場的要素 が存在するあらゆる場面でも使える普遍的なものだと言えよう。したがって,バウチャ ー制度も公的保険制度も導入してなく,一般市場に近いと考えられる中国の介護市場の 場合においてもこの評価視点が適用できるではないかと,筆者が考えている。

以下,ルグランが提示している三つの視点から中国の介護市場環境への規制を考察し ていきたい。

6-1.競争は現実的なものなのか?

まず,市場要素が機能するためには競争が真正ものでなければならない。ルグランは この条件を満たされる条件として,さらに以下の

3

点のように提示している。すなわ ち,「資金が選択に伴って動く」「他の供給者が存在する」「新しい供給者を参入させ,

失敗した供給者を退場させるような適切なメカニズムが機能する」が必要である。

今回の調査からみると,の現在の介護市場では,3点の条件のうち,「資金が利用者 の選択に伴って動く」「複数の供給者の存在」が確かなものだと言える。

例えば,民間事業者,とりわけ数的に多く占めている「個人出資型」事業者は,〔競 争〕について「事業者の間に互いに見学して模倣することや,介護職員を奪うことは珍 しくない」「競争が激しくて,いつでも注意しなければならない」と言い,「物価が高ま っているが,いまの定価ではもう足りなくなる」「現在の料金でも,高いと思う利用者 が少なくない」「料金を調整すると,必ず一部の利用者は他の施設に転居する」と言っ ている。というのは,バウチャー制度や介護保険制度などの公的給付制度のない,しか も価格規制や取引制限の少ない中国の介護市場は,事業者間の競争が真正のものであ り,特に価格競争が徹底されていると言えよう。

その一方で,「適切な参入・退出メカニズムが機能する」とは言えない。〔参入〕につ いて前節でも検討したように,資本金の少ないほど,事業者が失敗する可能性が高いた め,市場参入に対して一定の規制を定める必要があると考えられる。

それと同時に,適切な退出メカニズムの欠如は,問題となりつつある。例えば,今回 の調査で伺った対象者の中にも,「一番困難な時期,やめようと考えた」と云った話は 何件かあり,「そのままで退出したら何も取り戻せない,損があまりにも高くて大きく て最後まで苦闘しかない」「〔かつて失敗した事業者は〕利用者と職員を手放してうやむ やのうちに終わった」という話もあった。

適切な退出メカニズムを整備するのは,事業者,介護労働者,利用者それぞれの利益 を守るためだけでなく,長期的にみると,市場の継続性を維持する正常な「新陳代謝」

中国の介護市場化における民間事業者 77

(19)

を確保する必須手段とも言える。何故ならば,誘導政策の影響で参入してきた民間事業 者はすべて成功できるわけではないからである。失敗した事業者の退出メカニズムを確 保することは,質の高い市場参入,公平的な競争・選択にとって不可欠になる。

6-2.選択には情報が与えられているのか?

次に,選択の際に,適切な情報が与えられなければならない。それは,介護のような 公共サービスに固有する情報不対称の問題を克服するためからである。

調査結果からみると,利用者には〈十分な選択肢がる〉と言える。例えば,ほとんど の施設は,「毎日たくさんの人が見学に来ている」「〔利用者となる〕高齢者自身が見学 にくる場合もあるし,家族と一緒に来る場合もある」。そして利用者がサービスを選択 する際にも,「何カ所かの施設を十分に比較してから決める」「自分の意志で決めてい る」。

しかし,このような選択に伴う十分な情報が与えられているとは言い難い。

何故ならば,まず,サービス利用に関して参考になる認定基準がないからである。中 国では,日本の介護保険制度下の介護認定制度のような透明で,統一された認定基準が なく,施設が利用者を受け入れるときに各自の認定基準を使っている。その結果,ある 施設に認定された基準が他の施設に認められない,同じようにみえる認定基準が実際施 設によって微妙な違いがある可能性がある。次に,公的部門を含む第三者からのサービ ス評価の仕組みがないからである。利用者がサービスを選択する際に,参考になる客観 的な情報がなければ,自らの判断に依存せざるを得ないことになる。

このように,判断能力が明らかに不十分な高齢者の利用者にとっては,十分な選択肢 があるとみえるものの,実際このような十分な情報が与えられない場合,情報の不対称 性が逆に選択の多様化によって拡大されている。選択に適切な情報を与えられるために は,統一された認定基準と,第三者による客観的なサービス評価の仕組みが必要でる。

6-3.「いいとこ取り」が防止されているのか?

最後に,「いいとこ取り」の防止が必要である。「いいとこ取り」いわゆるクリームス キミングの防止は確かに重要であるが,現在の模索段階においては実に困難である。そ の難しさには以下二つの側面が含まれている。

一つは,我々第三者(評価者あるいは観察者)の視点からみれば,「いいとこ取り」

問題が発生する原因はいったい,サービス提供者が本当に主観的・意図的にそうしてい るのか,あるいはそもそも彼らが提供するサービスの対応性が客観的に不十分している のか,をはっきり区別することが難しい。例えば,今回の調査では,民間事業者が「多 様なニーズに対応できるようなサービスを提供したい」と言いながら,「精神疾病を抱

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えている方や,重度の認知症の方に対応できない場合には,断る場合もある」としてい る場合もある。

もう一つは,今回の調査結果からみると,提供者だけではなく,利用者がサービスを 選択するときにも「いいとこ取り」をしている場合がある。例えば,「家には暖房がな い高齢者は冬だけ施設で越し,春になるとまた実家に戻る」という「渡り鳥」のような 利用者がいる。しかし事業者側にとって,「冬は暖房設備費用もかかるから,経営の一 番厳しい時期」である。

この二つの側面を克服するためには,市場構造の視点からみると,サービス供給の多 様性をさらに充実しなければならないであろう。つまり,同質的なニーズをもつ市場区 分を導き出すプロセス,いわゆる市場細分化(マーケット・セグメンテーション)によ って市場の全般的な対応性を高めることが求められてくる。ほぼ当たり前のことだが,

上述したような「いいとこ取り」──例えば,認知症・精神疾病など複数の課題を抱え ている場合,あるいは冬季だけ入所したい場合──を根本的に解決するためには,それ らのような個別的なニーズに対応できるようなサービスを整備することで済ませるであ ろう。

しかし,市場細分化を実現するためには行うにはさらに複数の要件が満たさなければ ならない。例えば,サービス供給の量が一定の規模に達していること(実質性),細分 化された市場はセグメントの規模や購買力を測定できること(測定可能性),経営資源 が備わっていること(実施可能性),などの点が挙げられる。つまり,ここでの「いい こと取りの防止」という課題は人為的に解決できるものというより,市場の成熟度が高 まる,あるいは市場構造の健全化に伴って自然に改善されてゆくものだと言えよう。

7.おわりに

7-1.結論

本研究は,現在介護供給実践の最前線にある民間事業者像を明らかにすることを通し て,今後の介護市場に対する規制・支援の具体性を提示することを目的としている。研 究目的を達成するために,中国の

J

市にある

7

カ所の施設介護事業に対する調査を通 して,現在の介護市場に参与する民間事業者の具体像の把握を試みた。そして,民間事 業者の具体像を踏まえて,今後民間事業者及び介護市場環境全般に対する規制・支援の 方向性を考察してきた。

本研究の結論は以下のようである。

1

に,事例調査を分析した結果,民間事業者像が具体的に,市場に参与する【動 機】,提供する【サービスの質】,【資金確保】に対する方法,【事業運営】の状況及び

中国の介護市場化における民間事業者 79

(21)

【市場構造に関する要素】という

5

つの要素で構成されている。そのうち,【資金確保】

という点は,事業運営の継続性の有無と,サービスの質の良否など点に影響を与えてい る。つまり,資金の多寡が民間事業者の性格を直接に決めていることがわかった。

2

に,本研究は民間事業に対して類型化を試みた。事業の投資者の形態によって,

民間事業者像がさらに「個人出資型」と「法人出資型」という

2

つのパターンに分けら れている。「個人出資型」事業には,ある程度の継続性をもっているが,サービスの質

(介護従業員の専門性,サービスの応答性)が低いという特徴がみられる。それに比べ て,「法人出資型」事業には,資金基盤が豊かで,サービスの質がより高いが,継続性 が悪いという特徴がある。

3

に,両種類の民間事業者それぞれにある具体像及び課題を踏まえて,今後民間事 業者対する規制・支援の方向性を考察してきた。民間事業者の「初期融資能力」「運営 中の財務リスク」への対応能力を高めるために,政府は,民間団体による新規の市場参 入に対して規制強化をしながら,既存の民間事業者に金融機関との連携関係を構築させ てゆく必要がある。その一方で,彼らの「運営中の業務リスク」への対応能力を高める ためには,政府は,サービス事業者と利用者の間の平等的かつ公平的な取引環境を構築 しなければならない。なお,本論で考察してきた,具体的な規制・支援の方向性に対す る提案は以下の表

4

に示すように整理している。

最後に,介護市場環境の全般を健全化するために,本研究は現在の介護市場を評価し た上で,今後市場構造に対する規制の方向性と実現性の条件を考えてきた。その結果,

①適切な参入・退出メカニズムの整備,②統一された入所認定基準,③第三者による客 観的なサービス評価の仕組み,④個別的なニーズに対応できるような市場細分化などの 点が,今後の市場構造を健全化するための規制方法として取り上げた。

4 民間事業者に対する規制・支援の方向性の提案

リスク 予防策 対応策

方向性 具体策 方向性 具体策

初期投資規模を規 制し,事業者が継 続的な事業運営ま での「試行錯誤の 余裕」を拡大する

融資ルートの安全性を監督する

民間事業者の対応 能力を高める

専門的な経営研修を行う 政府は低利子ローンの金融サー

ビスを担保する

民間事業者に向ける保険?基金 などの金融サービスを開発する 初期投資規模に関する参入規制

を設定する

民間事業者に金融機関との積極 的な連携関係を構築させる

公平的な取引環境 を整備する

事業協会の機能性を強化する

事業者の業務能力 を高め,標準化を 推進する

介護職員研修を強化する 事業者と,地域住民組織や医療

機関などとの連携関係を強化す ること

契約の様式,入所標準,業務規 範を作成する

事故責任が明確にできるような 仕組みを作る

(出所:筆者作成)

中国の介護市場化における民間事業者 80

表 2 民間事業者像を表す概念 カテ ゴリー サブ・ カテゴリー 概念コード テクストからの引用(〔 〕は補足・(アルファベット表記)は対象者を表す) 動 機 − 地域社会への貢献 故郷の人々に恩返しをしたい(DE)/高齢化社会に自分の力を貢献したい(ABCFG) 利益を追求する シルバーサービスにもたらされた商機をつかみたい(ABCFG) 資 金 確 保 初期投資 個人や家族による投資 自分あるいは家族の貯金を出した(ABC)/ほとんどは寄付者からのお金(D)会社による投資 自分あるいは家族が併有する会社

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