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植 民 地 論 お よ び 重 商 主 義 批 判 の 結 論
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理
、、
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ス
易
植 民 地 論
〔1)
\lノ一植民地獲得の動機と植民地繁栄の原因
ft
\ 重商主義においては︑貿易差額論にもとづいて利潤は流通過程で獲得され
るものと主張された︒貿易差額論によれば一者の得るところは他者の失うと
ころであり︑対等の強国間では互に厳しい貿易制限がなされ︑その結果は必
然的に国際対立にみちびかれるのであった︒これが二大国︑英仏の関係を激
化対立せしめた経済的な理由であり︑また対等の国家聞で獲得できぬ有利な
貿易差額を弱国の犠牲において追求するのであり︑弱国にたいする独占的な
通商条約の一典型が︑あの対ポルトガルとのメシユエン条約であった︒そし
てこのような重商主義政策の行きつくべき帰結は植民地政策であった︒すなわち植民地においては政治的な支配によって無制限な独占的利潤をあげえた
のであり︑実に植民地は重商主義的独占政策の最後のまた最適の舞台であった︒したがって第七章の﹁植民地論﹂はたんに植民地に関してばかりではな
く︑スミスの重商主義批判の結論ともいうべきものであり︑先行の諸批判の
重要点のすべてがここに総括集約されているのである︒植民地論をあっかう本章は︑第一節・新植民地建設の動機︑第二節・新植民地繁築の原因︑第三
節・それによるヨーロッパ諸国の利益︑の一二つの節から成り︑その分量も第
四篇全体の約三分の一をおおう相当な量である︒またこの植民地論のみを独
立の論文としてみても﹁圏富論町一全五篇のうち最も首尾一貫した個所であると
いえる︒いまこれを逐一検討することは小論のなしえないところであり︑主
淡路
・ア
ダム
・ス
ミス
の植
民地
論お
よび
重商
義批
判の
結論
論
︵ 下 ︶
淡
路
憲
治
として貿易論に焦点をすえて考察しよう︒
註︵
1︶
﹃国
富論
いの
楠民
地論
を重
視す
るの
は︑
内面
︑水
田氏
等に
見ら
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﹁植
民地
論﹂
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漢裕
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﹁ア
ダム
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ミ
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地論
︑重
商主
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﹂︵
同氏
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ギリ
ス重
商主
義研
究﹄
所収
︶が
あ
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弘中
稿は
それ
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うと
ころ
が多
い︒
まづ︑アメリカおよび西インドにおける植民地設定の動機については︑古
代のギリシャ・ロ!マのそれのごとく単純明白ではなかった︑とスミスはい
う︒古代ギリシャの植民の動機は本国の過剰人口の解決のためであり︑ロー
マは本国の土地不足の解決のためであった︒これに対してヨーロッパの植民
地設定の動機は︑少くともその初期においては︑本国製造業の市場獲得のためではなく︑金銀の供給源としてであった︒その点は単にスペイン・ポルト
ガルのみではなく︑他のヨーロッパ諸国も金銀の獲得︵
FC
己EmR
お 吋
m o 尽
き弘田口語るがその目的に他ならなかった︑とスミスはいう︒
次にスミスは︑植民地繁栄の原因について論じる︒文明国民が原始蒙昧の
荒蕪地帯に植民すると︑その発展は急速であるが︑その原因としてスミスは
大別して二つをあげる︒第一は︑ヨーロッパ先進国の植民行為そのものであ
り︑第二は︑植民地の特殊な自然的社会的環境である︒すなわち︑植民地に
は広大な土地が豊富に存在し︑しかもそれがヨーロッパにおけるごとく封建
的地主によって占有されてはいない︒このような広大な土地が移民に廉価
で獲得され︑それがヨーロッパ先進国の発達した農業技術をもって耕作され
るのである︒ここでは移民にとっては土地生産物を分たねばならぬ地主はな
富山大学紀要
経済
学部
編集
(?〉
く︑元首の取分も僅少である︒かくして生産物の大部分はあげて彼の所有に
帰するのであるから︑移在農民の生産意欲は旺盛である︒しかし彼の土地は
広大であるから︑労働者なしでは全所有地を経営することはできない︒した
がって労働者逮を懸命に狩り集め︑彼等に対して高額の賃銀を支払う︒一方
労働者の方は高賃銀と土地の豊富低廉の故に︑早急に一雇主を見捨てて自ら土
地所有者となり︑彼自身また労働者を求めて高賃銀を支払う︒しかし︑この
後者もまた時を経ずして独立していくのである︒誠にスミスの指摘するごと
く﹁他の諸国においては地代と利潤とが賃銀を蚕食してしまい︑二つの優越する階級の人々が劣等な階級の人々を圧迫す会のであるが︑それに反して
植民地においては︑広大な未耕地がわづかな金額で移民の手に入り︑良好な
土地の豊富と低廉とは︑改良を促進し︑高き労働賃銀は人口増加を奨励する
のである︒この急速な農業の発達を前提として︑富める農民のたの消費物資
と農業生産のための工業製品とに対する豊かな需要がつくられ︑そのための
工業生産がまた急速に発達する︒そしてこの農・工を媒介するものとしてお
のずから商業が発達する︒かくして植民地全体の遣しい急速な発達がとげら
れるのである︒スミスによってこのように描かれている自由にして独立な自
営農民を基礎とする農←工←商の植民地の発展図は︑まさに彼の﹁自然の経
路 ﹂
EZ
﹃ag号のめとしての経済発展の理想像が遣しく実現されつつある姿
なのである︒そしてこの植民地の﹁自然の経路﹂にそう発展﹇l特にイギリ
スのアメリカ植民地の発展図が︑彼がヨーロッパの歴史および現状を批判す
る根拠をなしている点は︑すでに強調したところである︒
ところで︑ここで問題となるのは次のことである︒すなわち︑スミスがア
メリカ植民地発展において︑歴史発展の理想像の実現されつつある姿を見る
のであるが︑このアメリカの発展は﹁悪しき制度﹂である人為の制度と全く
無関係に︑自然の発展そのままにこのような急速な発展をとげているのでは
ない︒アメリカはヨーロッパの植民以前は︑なお全くの野蛮蒙昧な発展段階にあった︒野蛮蒙昧な段階にあったアメリリカがヨーロッパからの植民を動
機として︑彼のいう﹁自然の経路﹂にそって最急調な発展をとげたのである︒ したがってスミスがアメリカ植民地において﹁自然の経路﹂の急速な実現を力説するとき︑それはアメリカにおいて封建的所有下にない広大な土地の存在が前提されていた︒すなわち︑ヨーロッパにおいては長い歴史の帰結としての︑封建的土地所有を基軸とする封建的諸束縛の廃除が︑アメリカ値民地にあっては︑まさに歴史の出発点として前提されていたということであ
UV
封建的土地所有が全く存在せず︑したがって自由な土地所有と経蛍は当然の
ことであり︑その上に発達せるヨーロッパの農業技術が適用されたというこ
とである︒それ故にアメリカにおける各国植民地の発展の程度も︑封建的土
地所有およびその他の封建的諸束縛からの断絶と植民地が母国から許されて
いた政治経済的な自由に比例しているのであり︑その点は同じくアメリカ植
民地であるイギリス・フランス・スペイン等の各植民地の発展速度の差とし
て現われていることは︑スミス自身強調しているところである︒
註︵2
︶巧
︒・
2・
︒田
口口
出口
・同ヨ叶・大内訳・第三分冊二五七頁o a
︵3
︶高
島善
哉編
集﹃
国富
論議
義﹄
4・ 七
Ol
七一
真︑
内田
義彦
・﹃
経済
学の
生誕
﹄
一四
四頁
参照
‑106‑
さてスミスは︑右のような植民地発展の理想像を提示1︑次に各時代︑各国の植民地の繁栄を比較検討し︑その原因を追究する︒古代ギリシャの植民
地は︑土地が豊富で︑かつ本国からの独立を与えられていたが故に︑右のよ
うな理想的発展をとげた一例であった︒ローマの植民地は土地少く︑本国に
強く従属させられたが故に︑充分な発展を見るに至らなかった︒
註︵5
︶﹃
悶富
論﹄
の随
所に
おい
て︑
古代
ギリ
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場合
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特に
︑第
五篇
にお
いて
顕著
であ
る︒
植民地としてのアメリカ︑西インドは土地豊富な点において︑ギリシャの
植民地に類似するが︑母国に従属する点においてロlマのそれに類似してい
る︒ところがヨーロッパ植民地は母国からの遠距離のために従属の度は緩和
され︑それが植民地を助長したと主張されている︒
アメリカおよび西インドにおけるヨーロッパの植民地のうち最大の発展を
(3)
とげたのはイギリス植民地である︒イギリス植民地の急速な発展の理由と
してスミスは︑良好な土地の豊富と移民達が与えられた植民地処理の政治的
自由であった︑という︒ーかも彼はこの両者のうち政治的制度こそがより
重要であると見倣し︑スペインやポルトガルの植民地がイギリスのそれより
も土地が広大潤沢であったにかかわらず︑その政治的制度の劣っていたが故
に︑その植民地発展はおくれた︑という︒イギリス植民地の優れた政治制度
として︑彼は次の四つの条件をあげる︒すなわち︑ω未耕地独占の制限︑ω
封建的相続制度︵長子相続︑限嗣相続︶の禁止または制限︑ゆ比較的軽微な
租税
母国による商業独占の緩慢︑であった︒このように北アメリカのイ︑ω
ギリス植民地は他の植民地に比して︑ある程度の経済的自由と政治的自治が
与えられていた︒しかし︑なおかっその剰余生産物の輸出入には航海条例に
よる厳しい制限があった︒ただスペイン︑オランダ等の植民地のごとく︑そ
の貿易が特権的な一独占会社に完全に支因されていない点において︑具って
いたのである︒ともあれスミスによれば︑母国による植民地の貿易制限また
はその自治の干渉制限は悪しき人為の制度なのである︒しかしスミスは︑植
民地は﹁良好な土地が豊富で廉価であることが有力な原因となるから︑最悪の支配といえどもその土地の作用を阻止することができ勺い﹂︑と強調して
いる︒すなわち︑スミスは植民地繁柴の原因として︑母国による政治的支配
︷|政治的原因を自然的原因よりも重視しながらも︑しかしいかに悪しき人
為の制度といえども︑それは歴史の発展を査がめ︑または停滞させるにすぎ
ない︑それは発展の経路や速度は変えることはで矛たとL℃も︑決して歴史
の発展そのものを阻止することはできないというのである︒われわれは︑こ
こにまた第三篇において一不された執搬なまでの歴史発展に寄せるスミスのオ
pv
eu
プチミズムを見るのである︒
註︵
6︶
巧 −
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・8・
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同3
N
大内
訳第
三分
冊︑
二六
六頁
︵7
︶こ
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ミス
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農主
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四篇
︑第
九章
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この
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つい
て︑
内田
・前
掲書
・一
二O
五頁
参照
なおまた注意すべきは︑母国による貿易の独占干渉も植民地発展の初期に
おいては︑植民地産業発展の決定的な障碍にはならない︑というスミスの主
張である︒なぜならば︑植民地発展の初期においては︑豊かな農業を基礎と
して工業生産はなおまいに組生生産物を生産する段階であり︑精巧な生産物ま
たは高級脊修口聞を製造するには至っていないのであり︑精巧な生産物に関し
ては母国と植民地とは競争関係にはなりえないのである︒したがって︑精巧
な生産物の母国からの輸入を強制されたとしても︑それは植民地の生産の
発展を阻げるものとはいえない︒この段階においては︑貿易の自由があたえ
られたとしても︑植民地生産はなおかつ生産の発展序列の最後に来る精巧生
産物または者修品生産には至っていないからであり︑両者の競争関係はあり
えないのである︒このスミスの主張は︑ヨーロッパの先進国は工業製品を︑
植民地は原料を供給し︑有無相通じ相互に利益をうる国際分業論の考えであ
り︑それはあの第一篇第一章の分業論の発展であるともいえよち 08じかしこ
の点は︑むしろ﹁自然の経路﹂にしたがって理解さるべきであり︑すでにア
メリカの発展が粗生々産物工業から精巧な生産物を製造する段階に立ちいた
ったスミスの時代においては︑母国による貿易干渉は耐えがたき重圧であ
り︑アメリカ植民地が母国の支配を離脱しようとする斗いを見せはじめてい
るのである︒スミスによれば嵐長←工←商の﹁自然の経路﹂をたどり最急調の
発展をとげてきたアメリカの独立意欲は強固であり︑ゆがめられた顛倒した
発展経路をたどるヨーロッパはアメリカのこの運動を阻止することは不可能
であると指摘するのであり︑にで﹂にわれわれは彼のアメリカ発展に対する偉大な予見を知りうるのである︒
註︵
8︶
この
よう
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際分
業論
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例と
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前掲
︑張
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論文
があ
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漢裕
・前
回向
者二
一七
l
一二
八頁
参照
︵9︶
アメ
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富山大学紀要
経済
ー学
部編
集 (4)
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小林
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︑内
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スミ
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参照
ニ ︑ ノ
fi︑ ︑
右のごとくスミスは︑植民地繁栄の原因を検討し︑ついで植民地本国の利
益に論及する︒この節において︑スミスの貿易論は最もまとまった形で展開
されているので︑われわれもその点を中心として考察しよう︒
スミスは植民地本国の利益を大別して︑付ヨーロッパ全体の利益︑∞植民
各国の個別的利益のごっとする︒一般的利益とは︑植民地貿易によって新市
場が創造され︑ヨーロッパと植民地の双方に利益を与える点である︒すなわ
ち植民地貿易という新市場の創造によって生産および消費が増大し︑また国
内市場および分業が拡大深化し︑生産力が発達する点である︒この一般的利
益は︑直接間接にアメリカ貿易に参与する聞のみでなく︑全然それに関係せ
ぬ国にも程度の差こそあれ利益を与える点が指摘されている︒ところがこの
ような一般的利益も独占貿易の故に︑自由貿易の場合にえられるであろうと
ころの利益をあげえない︑とスミスは批判する︒すなわち︑各国の植民地貿
易の独占によって︑植民地の商品がヨーロッパで高く販売されることによっ
て︑ヨーロッパでの消費量を減少させる︒それが植民地の輸出産業の発展を
停滞させる︒またその逆に︑ヨーロッパの商品が植民地で高く販売されるこ
とによって︑植民地での消費量を減少させ︑それが植民地向商品の生産の発
展を停滞させるのである︒かくして植民地貿易の独占政策の結果︑一般的利
益はそのあるべき程にはもたらされない︑という︒ 植民地設定によるヨーロッパ!の利益
註︵
叩︶
当・
︒・
2・8
・園
田︾
S1 8
大内
訳︑
第三
分冊
一二
O七l
八頁
参照
ではヨーロッパ各国が自国の植民地から引出す個別的利益とは何か︒スミ
スはこの点をも二大別する︒すなわち︑付財政的軍事的な利益︑同独占貿易
による利益︑である︒第一の財政的軍事的利益については︑アメリカにおけ る植民地のうち本国に貢献したのは︑ただスペイン︑ポルトガルの植民地のみにすぎず︑他の植民地は何んら本国に貢献しなかった︑という︒そしてこのスミスの主張が彼のアメリカ植民地放棄論の一つの伏線をなしているのである︒第二の植民地貿易の独占政策による利益については︑独占貿易より排除される他の諸国にとって不利なのは当然であるが︑独占利益を獲得する本国そのものにとっても結局は有利でない点を︑スミスは力説するのである︒以下︑その理由を彼の紋述をおって検討しよう︒北アメリカ植民地に対するイギリスの独占貿易は︑一般的に外国資本をその部門より排除し︑植民地の生産物を安く買い︑他国に高く売りつけることにより︑独占的利潤を獲得する
もの
であ
る︒
植民地貿易の独占は︑外国資本の排除によ勺て外国資本との競争は減退
し︑また権民地商品の価格を不当につり上げることによって︑この部門の利
潤率は上昇する︒この貿易部門は外国資本を排除したが放に︑新たな資本を
必要とするが︑自国の他の貿易資本は植民地貿易の上昇した高利潤率を目指
して流込む︒ところが植民地貿易資本のこのような集中は︑この部門の競争
を激化させ︑利潤率はある程度低下せざるをえない︒一方︑他の貿易部門は
資本減少の結果︑競争は減退し︑利潤率は上昇する︒かくして今や︑全貿易
部門を通じて一つの新たなる利潤率﹇|l自由貿易の場合に落着くであろう利
潤率よりも高水準の利潤率が成立するのである︒この新たな高利潤率の故に
輸出される自国生産物の価格は騰貴し︑その結果有利な独占をもたない植民
地以外の他の貿易市場においては︑他国に比して競争力が弱わまるのであ
る︒スミスはいう︑﹁独占権をもたぬ貿易部門︑すなわちとくにヨーロッパ
貿易および地中海治岸諸国の貿易から︑あるいは撤去され︑あるいは駆逐さ
れたのは人々の正しく指摘する﹂ごとくである︑と−これはまさしく︑右の
ごとき植民地貿易の独占政策による一般利潤率形成の結果なのである︒﹁わ
が国の商人達はその製造品が外国で売りたたかれる原因とLてイギリスの労
働の高賃銀について不平をこぼすが︑資本の利潤については何も云わない・:
・:しかしながらイギリス資本の高利潤はイギリスの製造品の価格を引上げる
~ l08ー
(5)
ことにおいては︑イギリスの労働の高賃銀に比較して多くの場怜においては決して劣ることなく︑時としては︑優るものがあるかと思われる﹂︑と主張
し︑また﹁独占により商業の利潤率は高くなるであろう︒そしてそれによっ
てわが国の商人の利得は何ほどか増加するであろう︒けれどもそれは資本の
自然的増加を妨げるから︑それはこの国の住民総宮本の利潤からうるところの収入の総額を増加させないでむしろ減少させる﹂とスミスはいう︒このよ
うに植民地貿易の独占に勾る一部の荷人の利益は国民の犠牲によってえたものである点を強調している︒
註側
︑側
︑巧
・ 0・z・8・E
f
国3 0 0
大内
訳︑
第三
分冊
︑一
二三
一i
三二
三頁
側︑
当・
0・
z・0司
w−同n x
司区
・大
内訳
・第
一二
分冊
一ニ
四四
頁
さらにまた︑植民地貿易は遠距離貿易であるが故に︑また植民地における
一般的な資本不足の故に︑資本凹収がおくれる︑という︒その上︑植民地貿
易は一般に迂回貿易や仲介貿易であり︑それは直接の消費口聞の外国貿易より
も不利である︒このように植民地貿易はスミスの貿易理論よりすれば︑あら
ゆる観点よりして不利であり︑ここにわれわれは︑第五章の対仏貿易論にお
いて︑対アメリカ貿易に比して対仏貿易の優越を力説したスミスの叙述を想
起すべきである︒
独占的な植民地貿易の結果生じた他の外国市場における競争力の減退は︑
ますますイギリス貿易の方向を偏せしめ︑唯一の貿易市場としての植民地貿
易にしばりつけることになるのである︒スミスは主張する︑﹁今日の状態で
はイギリス王国は︑その急所のあるものが肥大しすぎて︑そのため各部がう
まく比例のとれている身体には決して起りそうもない多くの危険な病気にか
かり易い一種の不健康体に似ている︒:だから︑植民地との決裂が来ると
いう予感のためイギリス国民が仰天した有様は︑かのスペイン艦隊やフラン
ス侵入のときの比ではなかった﹂と︒もってスミスが︑いかに植民地政策の
悪影響を痛感していたかが知れよう︒
要するにスミスによれば︑植民地貿易は独占貿易の結果成立する高利潤率
により商品価格を騰貴せしめ︑有利な独占権をもまたぬ他の外国市場におい
淡路
・ア
ダム
・ス
ミス
の植
民地
論お
よび
重商
義批
判の
結論
てほ売りたたかれ︑イギリス貿易の方向を偏せしめる︒それは近隣の多数国
との貿易を否定して︑遠距離の植民地を唯一の貿易市場たらしめる︒それは
遠距離の故に資本回収をおくらせ︑危険度を高める︒さらにまた多数国との
消費物の直接貿易を︑迂回または仲介貿易に代えることによって︑圏内にお
ける生産的労働の維持を減少せしめ︑国内生産力の発展を遅延せしめるので
ある︒このようにして﹁棟民地貿易の独占は︑自然の成行を超えてより大き
い割合の資本をその方向に向わしめるものであるから︑これは︑こういうこ
とがなければイギリス王国の産業の各部門を通じて起る筈のかの自然的均衡
口忠
異色
E E
5 0
を完全に打破った﹂のである︒しか本︼このような独占維持
の目的は︑ただ一つ特権的な一部の人々の利益のためであった︒スミスはい
う﹁これを要するに独占が一つの階級の人に∞
E m H O R a q
えB
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にえ
さ
せる一つの利益が︑いろいろな道を通勺てその国の一般的利益
m o ロ R m H E H m e
B巳を害するのである﹂と︒かつ植民地は本国に対して軍事的財政的に何ん
ら貢献しなかった点は︑すでにふれたところである︒事情かくのごとくであ
れば︑まさにスミスをして﹁植民地に対する統治によってイギリス王国のう
るところは損失のみだといわねばならない﹂︑と断定せしめるのも当然であ
るといえる︒かくてスミスの植民地に対する結論は次のことくである︒すな
わち︑﹁ィげリス王国はよろしく自発的にその植民地に対する一切の権威を放棄すベしL
︑と
︒
倒︑
師︑
司・
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z・8・n−f困
3 0
日大
内訳
・第
三分
間三
三二
頁
岡 山 ︑ 巧
・
0・2
・8n F
同2
早大
内訳
・第
三分
冊︑
ゴ一
四七
頁
刷︑
岡司
︒−
Z−
O H ︼ − af
園2
5
大内
訳・
第三
分間
三五
一一
氏
しかしスミスは︑イギリスにとって有益な植民地独占の放棄というこの提案がイギリスにおいて︑またはイギリス以外の他のいかなる国においても︑
かつて採用されたこともなければ︑また今後とも採用されうる望のない提案
であることは認めている︒なぜならば︑それは国民の利益に合致するもので
はあっても︑閏民の誇を害うからである︑否︑より重要な理由は︑それは一
国の支配階級
m O 4 q
巳口問宮えの私的利益に反するからだ︑と鋭くもスミス
註
富山
大学
紀要
経済学部編集
(6)
は指摘している︒植民地は放棄さるべきではあるが︑それは現実には実行される見込のないものであろう︑というこのようなスミスの論調に︑われわれ
は改良主義者または漸進主義者としてのスミスを見るのである︒しかしなが
ら︑現在のままの独占的な植民地政策を固執する限り︑封建的土地所有の桓
桔なく︑農業を起点として園内市場の豊かな形成がおこなわれ﹁自然の経路
﹂にそって急速な発展をとげているアメリカが︑本国の独占政策に頑強な抵
抗を一不し︑遠からず本国から離脱する必然性をスミスは見透している︒しか
もその時のアメリカの頑強な反抗は﹁パリ市がその最善の国王に対して頑強
に抵抗したように︑恐らくはかれらの母国とlては最良の母国に反抗して自
分を防衛するにいたると思われる﹂そして﹁:・:事態がかくなっているとき
に当って︑われわれの値民地をただ力づくで易々の征服できると自惚れてい
る人はあまりにもおめでたい﹂︑とスミスは断定するのである︒人はここ
に︑スミスがいかに正しくアメリカ発展の動向を認識していたかを知るであ
ろう
このようにスミスは︑﹁自然の経路﹂にそって急速な発展をとげる植民地 ︒
アメリカの本国より独立せんとする動向は︑いかなる人為的な力をもってし
ても阻止しえぬことを強調しているのである︒しかも植民地放棄の現実に実
行されえぬことを認識していたスミスのこれに対する政策は︑経済的には独
占を漸次に緩和することであり︑政治的にはイギリス議会へのアメリカ代表
を認めるという︑改良主義的な政策であった︒スミスにあっては﹁自然の経
路﹂はいかなる人為的な障碍にもかかわらず早晩は貫徹されるというのであ
り︑ただその差は急速であるか︑または停滞的であるかだと見ている︒この
ようなスミスの思想を貫くオプチミズムに支えられて︑現実を批判している
のであり︑重商主義に対する激しい憎悪にもかか伶りず︑スミスの処方策は現実の変革ではなく︑改良である点は注意を要する︒員0・z・8・a
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大内
訳・
第三
分冊
三六
三頁
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大内
訳・
第三
分間
三六
二頁
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右のごとく北アメリカにおける植民地問題を論じ︑ついでスミスは︑アメ
リカ貿易と東インド貿易の両者を比較検討する︒スミスは︑アメリカ発見と
希望峰を経由する東インド航路の発見は人類史上最大の出来事であった︑と
いう︒それは世界の最遠距離の地を結びつけ︑相互に有無相通じ︑生産と消
費を増大するが故に︑一般的傾向としては有益であった︒しかし︑一般的傾
向としての利益も独占貿易のために充分の成果をあげていない︑という︒つ
いで︑この両大陸に対する独占貿易を︑一特権的東インド会社がすべての貿
易を専一的に独占するオランダの東インド貿易の場合と︑外国に対しては独
占権を主張するが︑園内商人に対しては独占ではないイギリスのアメリカ貿
易の場合の︑両者を比較する︒この両者は︑独占貿易である固では︑自由貿
易の場合に形成されるだろうところの社会全体の資本の合理的かつ有利な配
分と国内市場の方向を混乱させる意味において不合理かつ有害な政策である︒
この点において両者はともにスミスの批判をうけている︒しかし︑国内市場
の自然の方向と均衡を乱す︑その混乱のさせ方は異る︒一独占会社がすべて
の貿易を支配する東インド貿易の方がより不合理かつ有害である︒スミスは
この場合︑一独占会社の支配する東インド独占貿易が︑一方︑主権者の収入
を減じ︑他方︑土地および年々の労働の生産物の増大を阻害して人民の利益
に反すると批難し︑主権者の利益H人民の利益という立場から特権的独占商
人を厳しく批判している︒すなわちここでは︑一特権的東インド会社によっ
て専一的に独占支配される東インド貿易と︑そのような一特権会社に支配さ
れない北アメリカ貿易を︑独占という固においては共に批難しながら︑しか
もスミスのより厳しい弛判の眼は前期的特権商人の支配する東インド貿易に向けられているのである︒そして︑スミスは植民地論を次の文章で結んでい
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