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権力保持者の自己利益と憲法

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Academic year: 2021

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! 合衆国憲法における自己利益的な振る舞いを抑制するルール

近代立憲主義の歴史の初期に自己利益への問題意識を示したものとして もっともよく知られたもののひとつが,マディソン(James Madison)の 手になる『ザ・フェデラリスト』第10篇であろう。とはいえ,その後のア メリカ合衆国の憲法学において「権力保持者の自己利益」に着目した議論 は,それほどみられなかったように思われる。しかし,21世紀になって, 合衆国憲法における「意思決定者の側での自己利益的な振る舞いを抑制す るルール」の存在を意識し,分析する研究が,ヴァーミュール(Adrian Vermeule)によってなされた*5。本章では,このヴァーミュールの議論に 沿って,アメリカ合衆国憲法をみていく。ヴァーミュールは,そのような ルールとして,利益相反のルールと無知のベール・ルールを挙げ,前者を 更に適格ルール,回避ルールの二つに区分している。 利益相反のルール 利益相反のルールとは,意思決定者の決定が,自分自身に利益をもたら さないようにすることによって,公益よりも権力の担い手の自己利益が優 先されることがないようにするルールである。ヴァーミュールはこれには 適格ルールと回避ルールの2種類のルールがあるとする。 1 適格ルール 適格ルールは,意思決定者を,関連する決定が便益の存在や程度に影響

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する場合には,公職の当該ポストに就く資格がない――すなわち便益を得 られない――とするルールである。 アメリカ合衆国憲法における適格ルールの例としては,「上院議員およ び下院議員は,任期が満了するまで,その期間に新設されまたは増棒され た合衆国の文官職に任命されることはできない。」とする,いわゆる報酬 条項*6を挙げることができる。この報酬条項のために,「立法者たちは, 立法府以外の職の権限を増やしたり俸給を上げたりすることに賛成票を投 じることは,議員である間は,自分自身に直接的で個人的な便益をもたら さないことを知っている」*7 ヴァーミュールはまた,歴史上に現れた適格ルールの例として,新憲法 の起草を任された1791年のフランスの憲法会議が,新憲法の下で招集され る最初の議会選挙に憲法会議のメンバーは立候補の資格がないとしたこと を挙げている。もし,憲法会議のメンバーがごく近い将来の議会の議員に なることができるのならば,憲法会議のメンバーたちは「それに不適切に 広い権限を賦与するだろう」*8という懸念があったと Vemeule は指摘する。 2 回避ルール 回避ルールとは,適格ルールを補完するものであり,意思決定者を「置 き換える費用が低くて適格ルールやベール・ルールの費用が高いときに, 意思決定者を丸ごと置き換えるものである」*9。例えば,合衆国議会上院 の議長は副大統領であるが*10,上院が大統領の弾劾を審理するときには, 副大統領ではなく,連邦最高裁首席裁判官が議長を務めるものとされる*

6 U.S. CONST., art. I, §6, cl.2.7 Vermeule, supra note 5, at 406.8 Id. at 406.

9 Id.

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それは,大統領の弾劾に副大統領が利害を有する――大統領が罷免されれ ば,自分が大統領に就任する――からである。ここでもし適格ルールを採 用するならば,それは,「大統領が弾劾により辞任する場合には,副大統 領は大統領に就任できない」といったものになろうが,それでは,別に大 統領を選出するという多額の費用が発生することになる。そこでこの場面 では,適格ルールではなく,回避ルールが採用されるのが確かに望ましい だろう。 無知のベール・ルール 利益相反のルールでは,意思決定者が自らの利害について知っているこ とが前提とされるのに対して,無知のベール・ルールにあっては,「決定 から生ずる便益と負担の配分に関して意思決定者を不確実な状態に置くこ とによって」*12,意思決定者の側での自己利益的な振る舞いを抑制しよう とする。すなわち,ある決定が自らにどのような便益ないし負担をもたら すかを確信できるのであれば,意思決定者は,そのことを考慮して,社会 全体の利益を犠牲にしてでも,自らの便益を増加させ負担を減少させる選 択肢を選ぶ誘因をもつ。しかし,確信できないのであれば,意思決定者は 自らの利害に左右されずに,社会全体の利益にとって最善である(と考え る)選択肢を選ぶことが期待される,というわけである。 無知のベール・ルールとして働くものの属性として,ヴァーミュールは, 不遡及性(prospectivity),一般性(generallity),継続性(durability),効

力発生を遅らせること(delay)の4つを挙げている*

2 Vemeule, supra note 5 , at 404.

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1 不遡及性 ルールの決定者を自らがした決定が自らにどう働くか不確実な状況に置 くための「最も単純な方策は,ルールが不遡及的であるという憲法的要求 をエントレンチすることである」*14。なぜならば,逆に,遡及立法におい ては,誰が費用を負担し誰が便益を受けるかについて確実な情報を立法者 が得ることができるからである。 合衆国憲法の事後法条項* は刑事法が不遡及的であることを求めてい るが,ヴァーミュールはこれは「射程は限られているが,無知のベールと して最も良く説明される」*16とする。もっとも,事後法条項が民事立法に は適用されないことは,無知のベールからは説明できないようにも思える が,ヴァーミュールは,刑事と民事の相違は表面的なものであり,合衆国 憲法の他の条項には,財産権のような特定の憲法上の利益を民事で遡及的 に害することを禁じているものがあると指摘する*17 2 一般性 一般性もまた,ルールの決定者を不確実な状況に置くことに仕える。「も し立法者が,一般的な文言で制定法を起草しなければならないならば,実 際には小さくとも,立法者自身(あるいはその友人)がその法に服すると *4 Id. at 408.

5 U.S. CONST. art. I, § 10, cl. 1.

6 Vermeule, supra note 5, at 409. ヴァーミュールは,「不意打ちの防止」という 一般的にいわれる論拠は,循環論法であり(遡及処罰があることを市民が知ってい ればそれに不意を突かれて驚かされる人はいない),道徳的にも魅力がないと主張 する(supra note 5, at 410)

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いういくらかのリスクがある。そのリスクは,嫌われている個人や団体へ の立法者の敵対心や無関心を和らげるだろう」* 。 一般性を要求する憲法上のルールとして,合衆国憲法には,連邦にも州 にも適用される私権剥奪条項*19があり,州憲法には,特定の個人や団体 や地理的領域に特別な負担を課すことや便益を与えることを禁じたり難し くしたりする「個別立法」条項*20がある。また,合衆国憲法は連邦議会 に対して,「すべての関税,輸入税,消費税が,合衆国全土を通じて均一」 であること*21「帰化の規則」と「合衆国全土に適用される破産に関する 法律」が統一的であること*22「通商または徴税の規制により,一州の港 湾に対して他州の湾湾よりも有利な地位を与え」ないこと*23を,求めて おり,そして,平等な保護の要求は,「特定された個人やクラスを標的と した過剰に思える連邦や州の公務員の行為を吟味するために持ち出される 憲法上の歯止めとして仕える」*24 3 継続性 ルールが有効な期間が長くなればなるほど,ルールを決定した本人の利 害にそれがどう影響するのか,不確実となる。すなわち,「設計者は,短 期の効果同様長期の効果を考慮に入れなければならなくなり,長期的な利 害の内在的な予測不可能性は,設計者が偏りがないものを選ぶよりよいこ とはできないということを意味している」*258 Id. at 412.

9 U.S. CONST. art. I, § 9, cl. 3.

0 See Robert F. Williams, Equality Guarantees in State Constitutional Law, 63 TEX. L. REV. 1195, 1196(1985).

1 U.S. CONST. art. I, § 8, cl. 1.2 Id. art. I, § 8, cl. 4.3 Id. art. I, § 9, cl. 6.

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このような効果を有するものとして,ヴァーミュールは,合衆国憲法第 5編が定める憲法修正の面倒な手続きを挙げている。それがベール効果を 有すると言われる理由は,「憲法修正者は,憲法修正の時点で予測できな かった遠い将来の環境において当該憲法修正に不本意であっても従わなけ ればならないからである」*26 ヴァーミュールはまた,「システム内部の意思決定者によってなされた 憲法解釈の継続性を律する規則のセット,主に,憲法問題の先例拘束法理 がよりはっきりとした例である」*27とする。 4 効力発生を遅らせること もっとも,意思決定者が自らの短期的な利益をよく知っており,そして 将来の自分の利益に重みを置かない――時間選好の割引率が高い――なら ば,意思決定者が長期の不確実性を無視することは合理的であり,継続性 のメカニズムはあまり有効ではないとヴァーミュールは認める。 このことへの対応策の一つは,決定の効力発生を時間的に遅らせること である。これによって,意思決定者が長期の不確実性をより重視せざるを 得ないようにされる。ヴァーミュールは,そのようなルールの例として合 衆国憲法の第27修正と俸酬条項*28とを挙げている。 第27修正は,「上院議員および下院議員の職務に対する報酬を変更する 法律は,次の下院議員の選挙が行われた後でなければ,その効力を有しな い。」と定めている*29。そうであれば,「次の選挙で議席を維持できるか5 Id. at 415.

6 Id. at 416(citing Michael A. Fitts, Can Ignorance Be Bliss? Imperfect Information

as a Positive Influence in Political Institutions, 88 MICH. L. REV. 917, 967 n.173

(1990); John O. McGinnis, The Inevitable Infidelities of Constitutional Translation :

The Case of the New Deal, 41 WM. & MARYL. REV. 177, 209(1999)).

7 Id.

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確信できないわずかな得票差で当選した立法者は,現在の投票が自分自身 を利するのか,代わりに,おそらくは自分の選挙区からの政治的ライバル である自分の後任の将来の立法者を利するのかについても,また,確信で きない」*30。そうであれば,議員が自らの短期的な利益によって判断を偏 らせることが抑制されると期待してよいであろう。 俸酬条項は,「上院議員および下院議員は,任期が満了するまで,その 期間に新設されまたは増棒された合衆国の文官職に任命されることはでき ない。」と定めるが,「無知のベール」という視角からは,俸酬条項は次の ように働くものと説明される。すなわち,議員が,合衆国の文官職の新設 または増俸の法案への賛否を示すよう求められ,かつ,自らがその官職に 大統領によって指名される可能性がある場合を考えると,もしこの条項が なければ,議員は大統領と取引して,その職に就くことの約束の見返りに, 法案に賛成票を投じるインセンティブを有する。しかし,俸酬条項がある がゆえに,その取引を即座に実現することはできない*31。そうすると, 俸酬条項によって強いられるタイムラグは,その間の選挙などのために, 当該法案が議員にもたらす利益の不確実性を増すように働く。 5 ランダム化 以上,不確実性を増大させることによって立法者の自己利益的な振る舞 いを抑制するよう働くルールの4つの属性を検討した後,ヴァーミュール は,同様の働きをする「ランダム化(randomization)」についても記して いる。 *9 第27修正は,12年に発効したが,もともとは11年の第一回連邦議会におい てマディソンが提案したものである。

0 Vermeule, supra note 5, at 421.

1 なお,俸酬の減額によって俸酬条項の適用を回避する“Saxbe fix“というテク ニックがしばしば用いられてきた。See Michael Stokes Paulsen, Is Lloyd Bentsen

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「ベール効果を生み出すためのストレートな方法は,意思決定者にとっ ての利害の将来の状態に対してランダムな選出を制度化することであ る」*32とヴァーミュールは指摘している。にもかかわらず,合衆国憲法の 条文にも憲法法理にも,明示的にはランダム化メカニズムは含まれていな い。他方で,憲法以外のルールでは,陪審の選出など,現にランダムな選 出が用いられている例が存在し,そして一般にそれらは「ベール効果を生 み出すということでは擁護されていないが,ほとんどは,訴訟当事者や公 務員の自己利益的あるいは戦略的振る舞いを最小化するためのデバイスと してもっともらしく理解されうる」*33 合衆国憲法がランダム化ルールを明白には採用していない理由について, ヴァーミュールは,「18世紀の憲法設計者は,おそらくは,ランダム化が 戦略的な振る舞いや自己利益的な意思決定を鈍らすことを正しく認識でき なかった」*34ことに求めている。とはいえ,立法者のランダムな選出は古 代ローマ・ギリシャにルーツを持ち,そして,制憲者たちは(ペンネーム に現れているように)古典教育を受けており,そのことを知らなかったと は考えられない。そこでヴァーミュールは,ランダム化には「合理主義者 が当惑する,偶然への非合理的なあるいは合理的ではない服従の感じがす る」*35ことが影響するのではないかとの推察を付け加えている。 ともあれ,ヴァーミュールの検討から,近代立憲主義の先駆者であるア メリカ合衆国憲法において,権力保持者の自己利益はその重要な関心事の 一つであったといえるように思われる。では,日本国憲法はどうなのか。 章を改めて確認することにしたい。

2 Vermeule, supra note 5, at 421.3 Id. at 425.

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第一に,現実にそれが問題となることがあまりなかったことを挙げるこ とができるのかもしれない。アメリカ合衆国こそは,ゲリマンダリングと いう語の母国であり,建国間もない時期から問題となってきているが*51 ほとんどもっぱら小選挙区制が採用されてきている。他方で,日本国憲法 の下で長く衆議院議員選挙について採用されてきた中選挙区制は,小選挙 区との比較では,選挙区が大きいために,選挙区割りを操作することは難 しいだろう* 。日本におけるこの状況自体は,1994年の公職選挙法の改 正により衆議院議員選挙に小選挙区制が導入されたことにより変化したが, しかし,実際の立法にあたって,「当初,全国を300の選挙区に分割するが, その際にゲリマンダーリング(自己の党派に有利に恣意的な選挙区割りを 行うこと)を避けるために,都道府県や市町村の行政区画を尊重する方針 をとった」* というのであれば,ゲリマンダリングが憲法学が対処すべき 現実の問題として一般に認識されなかったとしても不思議はない*54 第二に,選挙において一部の候補者や政党が有利となるような規制が, 意図的なものだとは認識しにくかったのかもしれない。 まず,一票の較差の問題であるが,1950年に公職選挙法が制定された時 点では,衆議院の議員定数配分は,ほぼ人口に比例したものとなっていた。 しかし,その後の高度経済成長等に伴い,都市部へ人口が集中し格差が拡 *1 ゲリマンダリングという語はマサチューセッツ州 知 事 の ゲ リ ー(Elbridge Gerry)が党利党略で定めた選挙区割りがサラマンダー(伝説上のトカゲ)に似て いたことに由来するが,それは1812年の選挙でのことであり,ゲリーは独立宣言お よび連合規約に署名した,Founding Fathers の一人である。See GEORGE ATHAN

BILLIAS, ELBRIDGE GERRY: FOUNDING FATHER AND REPUBLICAN STATESMAN 316―17

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参照

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