はじめに
国際保健医療分野では, 年のアルマ・アタ宣言に よる包括的戦略や年オタワ憲章によるヘルス プロモーションなど, 「西暦 年までに全ての人々に 健康を」をスローガンに日々努力が積み重ねられてきた.
しかし, 途上国においては流行も重なり, 今だ高 い妊産婦死亡率, 乳児死亡率が持続している. これは, 国際看護分野においても大きな問題となっている. 今回 私たちは, 東南アジアでも高い妊産婦死亡率, 乳児死亡 率を示すカンボジアを視察する機会を得た. ツアー期間 中に母子保健分野における 「母子保健プロジェク ト」, 「 プロジェクト」,
「プロジェクト」 の3つのプロジェクトの視察 をすることができた. 視察を通じ, カンボジアの母子保 健と国際協力の実際を知ることができ, これからのカン ボジアの母子保健の課題について考察を行った.
カンボジア母子保健の実際
カンボジアの妊産婦死亡率は出生万対(年) とラオスに次いで東南アジアの中でも高い数値を示して いる (表1)1). カンボジアにおける妊産婦死亡の原因 の主なものは出血, 感染, 子癇 (妊娠中毒症) などであ る. 妊産婦死亡率が高い背景には, 妊産婦自身の健診率 が低いこと, 伝統産婆 !"! !!#!
( ") による分娩の取り扱いが多いこと, 貧困, 交通 アクセスの不備, 出産に関する誤った知識の伝承などが ある. 特に, 農村部では分娩の多くを "が取り扱い, 私たちが見学したコンポンチャム県スレイセントー郡の 例では, $%%が自宅分娩であった. そのうち, "
による取り扱いが$%%と分娩の半数以上を占めていた.
残りは, 郡のヘルスセンターに所属する助産婦による取 り扱いが行われていた. 分娩の取り扱いは&' "と 呼ばれるベテランの "や母親から伝承された方法で 中尾 優子1,2・大平 光子3・柳澤 理子4
要 旨 本稿では, 東南アジアの中でも高い妊産婦死亡率と乳幼児死亡率を示すカンボジアの母子保健の 実状を述べた. また, カンボジアで活躍する()&の3つのプロジェクトを視察し, 国際協力の実際を紹介 した. 今後のカンボジアの母子保健の課題として, 1)カンボジア行政区分と地域保健医療システム, 2)助 産婦教育と "教育の2点について検討を行った.
長崎大学医学部保健学科紀要 $()*+$, : カンボジア,国際看護,母子保健
長崎大学医学部保健学科看護学専攻 長崎大学医学部大学院医学研究科 - 大阪府立看護大学
三重県立看護大学
妊産婦死亡率 (出生万対)
乳児死亡率 (出生対)
成人の総識字率 (%)
ベトナム -
ラオス $ $
カンボジア 470 104 65
タイ -
ミャンマー - -
マレーシア -
シンガポール
インドネシア $
フィリッピン -
日本
東南アジアと日本の母子保健関連指標 (母子保健の主なる統計. 年 厚生省)
行われるため誤った知識が伝承され, 妊産婦の異常を発 見できないまま手遅れ状態になることがある. 例えばあ るは 「3回浮腫が来るとお産になる」 「悪露は手で 掻き出さなければならない」 など誤った知識を持ってい た.
カンボジアの乳児死亡率は出生対 (年) と高い数値を示している1). 乳児死亡の原因は急性呼吸 器感染, マラリア, デング出血熱、 栄養失調, 下痢な どがあげられる. 死亡率の高い背景には, 病気を予防, 治療するための知識が住民自身に欠如していること, 医 療者の人材と技術の不足, 貧困がある. カンボジアの産 業は主に農業であり, 就業人口の約8割は農民である.
カンボジアは 年代以降の内戦と社会混乱, 特にポル・
ポト時代の社会経済インフラ破壊によって経済状態は悪 化し今でも国民生活を圧迫している2). 国民の多くは収 入が少ないため病気になっても治療費がはらえず, 十分 な治療を受けられないのが現状であった.
母子保健分野における国際協力の実際
1) National Maternal and Child Health (MCH) Center (プノンペン市内) における取り組み 私たちはの母子保健プロジェクトが支援してい
る を見
学した. この施設は 年4月に開院した新しい施設で, 日本の無償資金協力で建てられている. 高い妊産婦死亡 率を下げるため医療設備の充実や人材育成などが行われ ていた. このセンターには, 子癇を起した妊婦が地域か ら頻繁に搬送され, 第3次医療機関としての機能を果し ている. 「安全な妊娠とお産」 をスローガンにテレビ やポスター, パンフレットなどを用いて妊産婦健診 の奨励を行っていた. また, 母親学級における栄養指導, 正しい知識の普及のための啓発活動なども進められてい た. 健診には, リーフレット様の母子手帳も使用され, 記録として残すことが試みられている. 記される主な内 容を表2に示す. この中でも特徴的なものは妊婦への破 傷風の予防接種であった. これは母親からの抗体移行に より, 新生児の破傷風を予防するためである. またここ では, 医師や助産婦に対し, 診察及び診断技術や健康教
育の技術をトレーニングする研修施設としての機能を有 していた. 実際, ここ3年で人以上の助産婦が訓練 を受け, この数値はヘルスセンタ−助産婦のおよそ% にあたる3). ここでの経営方法は, 将来における病院の 経営自立を考え, という受益者負担制度を導 入していた. これは, カンボジアでも初の試みであると 聞いた. もちろん貧困者には免除制度が行われ, この新 しいシステムはカンボジアの国政府から高い評価を得て いる. しかし, ここで働く職員にとっては公立でありな がら低い賃金での雇用であり, 労働意欲の低下などの問 題も含め, 施設運営の難しさは続いている. そして, 看 護の仕事である入院患者の日常生活への援助については 家族がほとんど行っており, 看護者は診療補助と教育指 導, 事務処理に追われている印象を受けた.
2) World Vision Child Survival プロジェクトにおけ る取り組み
国際である !では, ヘルスセンター スタッフに対し訓練を実施し, 村落内で活動する保健ボ ランティアの育成や住民に対し保健知識の普及を行って いる. 私たちは, !の"から車に揺ら れ, プノンペンから㎞離れたカンダ−ル県のキアンス ヴァイ郡へと向かった. 同郡では郡病院, 分娩を取り扱っ ているコミューンレベルのヘルスセンター, および同ヘ ルスセンターの予防接種・栄養指導のために巡回診療を 視察した. 郡病院には医師が常駐し, 患者が入院できる 準備がされていた. 救急車も1台準備され, 郡の医療施 設の要になっている. コミューンレベルのヘルスセンター では, 助産婦による保健指導, 妊婦健診, 分娩が行われ, 実際分娩後まもない母親にも出会うことができた. また, 日頃は母親に対し子どもが下痢をしたときの対処など, 健康教育も行なっていると説明をうけた. コミューンレ ベルのセンターを2箇所見学したが, 分娩室は病院の施 設とは異なりとても狭く, 暗い部屋であった. 緊急時の 搬送に使われるためか日本で言うリヤカー用の台車が準 備されていた. センターを利用した患者とその病名は, 日ごとに大きな紙に記録され, 正確な情報を得るために 役に立っている. 巡回診療のため村に入っていくと, 家
―― 中尾 優子 他
妊婦健診表 (既往) 今回の妊娠の経過 分娩後の記録
施設名・番号・氏名 週数毎の子宮底長・体重の値 (グラフ) 分娩日・分娩場所 (家庭・病院)
夫の氏名・住所 破傷風予防接種の有無 助産婦名
子供数―生存数・死亡数 診察日 児の出生時体重・性別
妊娠回数 胎位異常 !−内服日
分娩回数 血圧・尿・浮腫 鉄剤・葉酸内服日
分娩間隔 胎動・児心音 受胎調節指導
既往歴 貧血・鉄剤内服の有無 児の接種日・ポリオ接種日
異常分娩の種類 次回診察日 児の抗生剤点眼日
センターで用いられている母子手帳の主な内容
の一角にポスターが貼られ, 多くの子どもたちと母親が 集まり看護婦による栄養指導や予防接種が行われていた.
の地域住民と密着した活動は, 予防接種 率の上昇をみても, 着実に効果を上げていた.
3) SHAREプロジェクト (コンポンチャム県スレイセ ントー郡) における取り組み
カンボジアは日本の保健医療であり, カンボジアの農村において母子保健分野を中心に活動を 展開している. 今回の視察では, 活動内容の1つとして 年月〜年5月の期間に, と郡の助産 婦によって行われた, トレーニングセッションの フォローアッププログラムに参加した. このプログラム は分娩前の異常な徴候, 妊娠期間中に行うべき診断 (妊 娠中毒症, 胎児発育), 消毒, 分娩経過中の異常の判 断などについてスーパービジョンを受けることができる ように構成されている. 自己紹介から始まりなごやかな 雰囲気の中, 保健プロジェクトスタッフによるの トレーニングが始まった. 「妊娠したとわかっても何か 月かわからない人はどうしますか?」, 「貧血をどこでみ ますか?」 「前置胎盤の時は, どんな出血のしかたです か?」 「妊婦がころんでお腹が痛いと言っているときは, どうしますか?」. 次々に, に質問が出された. こ の知識の確認は時間をかけて行われ, 異常時の対処方法 についても十分な説明が繰り返された. 活発な質疑応答 が繰り返された後, 避妊についての説明が行われ, 最後 に全員に感染予防のための手袋が渡された. 医療 者側が感染源にならない活動の展開がなされていた. こ のトレーニングには村の7名中 (歳〜歳) 6 名が参加しており, 知識の習得に対する関心の高さや 同士あるいは郡の助産婦との連携や共働という点 において, この事業は効果的に展開されていると感じた.
カンボジアの母子保健の課題
1) カンボジア行政区分と地域保健医療システム 日本は国の下, 都道府県が区分けされ, その下に市町 村が区分されている. カンボジアは国, プロビンス (県), ディレクトリ (郡), コミューン (集合村), ビレッジ (村) となっており, ヘルスセクターリフォームとして, 現在郡レベルまでに病院を設け, いくつかのコミューン レベルにヘルスセンターを設置しようとしている (図1).
カンボジアでのヘルスセンターは日本のように公衆衛生 を主に担っているわけではなく, 看護婦を中心とした保 健医療サービスの場となっており, 分娩も取り扱ってい る. そういう意味で, ヘルスセンターは病院の機能も備 えていることになり, 仕事が煩雑である. 今後, 人材育 成にますます力をそそぐ必要がある. また吉武は, 途上 国において今後ディストリクトを中心としたリフェラル・
システムの確立がますます重要となると述べている4). 三次病院・ディストリクト病院 (二次病院)・ヘルスセ
ンター (一次医療施設) 相互の患者紹介制度により, 施 設ごとの特性を生かした医療施設の連携を機能させてい くことが課題であろう. 私たちが視察した各セクション は, 施設ごとに特性を生かした医療援助を行っていた.
今後, スムーズな連携が期待される.
2) 助産婦教育とTBA教育
カンボジアの助産婦教育は, 図2に示すように従来は 年の基礎教育 (高卒後) に3年の助産婦コースが行わ れていた (この内1年は看護婦と共通). この他に, ポ ル・ポト時代の緊急養成期に8年の基礎教育 (中卒後) に9ヶ月の専門教育を受けた准助産婦が養成され (現在 は廃止), この准助産婦のための2年間の進学コースが あった. 現在は年の基礎教育高卒後に, 3年の看護 教育を受けとなり, その後1年というコースを国は 計画中である. この計画ができた時点で, 旧来の3年の 助産婦コースを廃止したため, 現在はから短期研修 で助産婦になるコースが設置されている. カンボジアの 時代背景から, 人材不足による早急な専門家の確保は必 要なことではあるが, 短期研修での免許取得は現場最優 先の考え方であり, 人材を育てていく教育力の低下につ ながるのではないかと考える. また中村は, 第二次世界 大戦後に独立した多くの国は近代的保健医療の確立を目 指 し , 以 前 か ら 出 産 を 取 り 扱 っ て き た 伝 統 産 婆 ( ;) の活動を禁止 したが, 妊娠出産の介助だけでなく, 薬草の処方や呪術 師を兼ねていることもあり, 村人の生活に密着している の影響力は非常に大きいと述べている5). カンボジ アでも出産の半数以上をが取り扱っている. その ため, カンボジアは, コミュニティにおける!"の重 要な人的資源としての再訓練を積極的に行ってい る. このの教育方法は, 今後カンボジアの母子保 健に大きく影響するものと考える. その意味でも, 助産 婦教育は母子保健の専門家を育てる充実したコースであ ることが望まれる.
国
プロビンス
ディストリィクト
コミューン
ビレッジ
県
郡
村
(病院)
(ヘルスセンター)
カンボジアの行政区分とヘルスセクター
(平成年度厚生科学研究特別研究 報告書 ケーススタディ:
カンボジアの社会制度一部使用)
おわりに
カンボジアの母子保健分野での国際協力は, 病院機能 の向上や医師, 看護婦 (士), 助産婦 (を含む) の 知識や技術のトレーニング, 住民への健康教育の普及と いう点で成果を上げていると思われた. これは, 貧困や 低識字率, 妊娠出産に関連した根強い伝統や風習などカ ンボジアの文化や生活の現状を尊重した活動を展開して きた結果であると考える. 一方で, 病院で働く看護婦 (士) や助産婦には看護の概念が欠如している. また, 看護ケアに関する教育など, 取り組まなければならない 課題がたくさんあることがわかった. 今後は情報をより 正確に整理し, 地域に密着した活動を展開していかなけ ればならないと考える. 最後に, 視察時にガイドをいた だいた各プロジェクトの皆様に感謝いたします.
文 献
1) 厚生省児童家庭局母子保健課:母子保健の主なる統 計, , . 東京.
2) 石谷一成:地球の歩き方, , , ダイヤモ ンド. グラフィック社. 東京.
3) , ,:
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# ! $%&
():'()*%.
4) 吉武克宏:ディストリクト保健システムと病院. 国
際保健医療学. , 杏林書院, , 東京.
5) 中村安秀:途上国の小児保健, +. 国際保健医 療学. 杏林書院, , 東京.
――
カンボジアにおける助産婦コース 中尾 優子 他
Maternal and child health
and international cooperatron m Cambodia
Yuko NAKAO*, Mituko OmRA', Satoko YANAGISAWA'
l
2 3
Nag'asaki Univ,ersity School of Health Sciences and Nagasaki University Graduate School of Medicine Osaka Prefectu.re College of Nursing
Mie Prefectural College of Nursing
Ab,stract This paper introduced situation of maternal and child health in Cambodia which shows second highest maternal mortality rate and the highest infant mortality rate in Southeast Asia. Also introduced were three health projects of international cooperation,
D National MCH center project by JICA 2) World vision child survival project, and 3) TBA training project by SHARE
Re*'ional medi[cal systems and training of midwives and TBAS are discussed for improvement of health services in Cambodia.
Bull. Nagasaki Univ. Sch. Health Sci. 15(1): 47-51, 2002