日本 管 理 会 計 学 会 誌
管理会 計 学2000 年 第9巻 第1号
論 文
ア メ リカ
複 写機 巨大企 業
に お け る品質原 価計 算
の展 開
浦田 隆 広*
〈論文 要旨〉
品質原価計算に関する研 究の 多 くは,当該技 法の技術 的側面に焦点をあてた もの で あ り,同 技 法の もつ 社 会 的 ・経 済 的 機 能につ い て 包 括 的 な 検 討 を試みた 研 究は少 ない.
そ こ で本 稿で は, 品質原 価 計算は 歴史的 所 産で あ り, そ の存在は社 会 的 ・経済的要因
に規 定 され る との観 点か ら,既 存の研 究 成 果を踏 ま え た 上で ,実 在 する企 業にお ける 品 質 原 価 計 算の 実 践 過 程 を取 り上 げ,それ を要 請 する社 会 経 済 的 背 景と ともに, 当 該 技法の 構造 と機 能につ い て分析を行っ た.
Xerox社の 品質原価計 算は, ア メ リカ複 写機市場をめ ぐる資本間競 争を背景 と し て 構 築 さ れ た管 理 会 計 技 法である.同 社は, 1960 年 代,電 子 複 写 原 理 ・技 術の商 品 化 を 契機に, 経済的 成 長の基 盤 を 確 立 し, アメ リカ複 写 機市場にお け る独 占 的 地 位 を獲得 し た。し か し, 1970 年 代 以 降, 反 トラス ト法の適 用に よ る特 許 技 術の公 開や高 品 質 ・ 低 価 格 戦 略 を経 営 戦 略の支 柱 とする競 争 企 業の参入に よっ て,Xerox 社の独 占 的 支 配 力は低下 し た.同社の経営層 は,品質向上 と原価低減の 同時 的達成 を企図し た経営戦 略へ の転換を余儀な くさ れ,それ は品質原価計 算の導入 とい うか たちで具 現化さ れ る
に至っ たの で ある.
同社の品質コ ス ト は,ASQC の 推奨 する PAF 接近法に依拠しなが ら も, そ れ に拘束 さ れるこ とな く, 同社の 戦略的基 盤 と なるTQM を反 映 して定 義 さ れた.同 社の 機会 喪 失コ ス トにそ れ があら われ て お り,外 部失敗コ ス トか ら敢えて分離 ・独 立 させ ,その 測定と管 理 を試み てい た.また, 品質コ ス ト管理の技術 的 主 流は, 実 際 品質コ ス トの 期 間 比 較にあっ た が, 同 社の場 合, 予 算 を適 用 し,実 際との 比 較を 可能にする こ とで , 差 異分析を試み てお り, さ らには その 成果 を 全社 組織 的 に浸 透さ せ るべ く,非 製 造部
門へ 展開さ れ てい る.
品質原 価計算の基底には , 競 争戦略として の 品 質の重 要 性が存在 して い る.当該 技 法 は,経 営 管 理の用 具として,労 働 者 およ び下 請 企 業の 管理 強 化に寄 与 する こと に よ
っ て, 品 質向上 と原 価 低 減の 同 時 的 達 成に貢 献 し たの で ある.
〈 キーワー ド〉
品 質 原価計 算, 品 質コ ス ト, 総 合 品 質 管 理 (TQM ), Xemx 社, 競 争戦 略
1999年12月1日受付
2000年 6月且日受理
*長 崎 県立佐世保高等 技術専門 校 非 常 勤 講 師
管理 会 計学 第9巻 第1号
1. は じめに
品 質コ ス トは, アメ リカ の 品質管理技術 者に よ っ て 1950 年代か ら1960 年代にかけて開発 さ
れ た経 営管理の 用 具で あ る.初 期の 品質コ ス トは, 現在,伝 統 的 品 質コ ス ト と称 され, 「品質 管理部門の検 査 技術 者 達が 業務に投 入する活 動量 を品 質とコ ス トの両 面 か ら分 析 す る」 (小倉,
1991, p.175)とい う短 期 的 な品 質管 理 思 考に立脚 する もの で あっ た.そ れゆ え, 適合コ ス ト
と不 適合コ ス ト との トレー ド ・オフ関係が考慮さ れ, 製 品単 位 あた りの品 質コ ス トの最小 点が 品質管理活動の最 適 点と して位 置づ けら れ た. 品質コ ス トに は, 管 理 図, 抜 取 検査, パ レー ト 図等の 品質 管理技術 を補 完 する機 能が 求め ら れ ,r労 働 者や下請 業者の管理指 標 と して の 機 能 を果 し た が, 最高 経 営 者の意思決 定に貢 献 し, 企 業利 益を増 大さ せ る もの で は な か っ た」 (村 田, 1990 ,p .55).こ れ らの 背景に は, 規模の経 済 性の 追求が 製 品1単 位あ たりの原価を低下 さ せ, 企業の 拡大を導 くとい う経営 者の認識 があっ た,した が っ て, 品 質管 理活 動が企業利益に 重大な影響を与える こと は な く, ア メ リ カの 企業経営 者が 品 質コ ス トの管理 に主眼を置かざる
を得 ない経 済的 要請は存 在 し なか っ た の である.
し か し な が ら,1970 年 代以降, 市場 をめ ぐる 世界 的な資 本間競争は , 競 争 戦 略の 要 と して
品質を位 置づ けた.そ れ は, 戦略 的基 盤 と な る 全社的 かつ 長期 的 な視 点に立脚 した総 合 品質 管 理 (total quali七y management , 以下, TQM と略称)を要請し, さ らに, 適合コ ス ト と不 適 合 コ ス ト を トレー ド・オフ の 関係 で把握す る 既存の 短 期最 適思考で は な く, TQM の全社的 か
つ 長期的な 思考に適 応する 用具 と して の管理 会計 技 法す な わ ち 品質原 価計算の 構築を要請し た の である,
これ らの 実務 的要 請を反 映 し, P。 B. Crosby, W . J。 Morse , J. T. Hagan , W .0. Winchell &
C.J. Bolton等に よる品質向上 と原 価低減の 同 時的達成を 可能にする種々 の 議 論が展 開さ れ た. た と え ば, W . J. Morse は, 品 質コ ス ト報 告の技 術 的問 題 と して, 品質コ ス ト情 報の客 観性 , 機 会 原 価 等の 重 要な コ ス トの報 告 ,廃 棄 ・補 修に係る間接 費の配 賦 , 品 質コ ス トの期 間比較 , 品質 改善 努 力と品質 改 善成 果の期 間対 応の 問題を提 起 した (Morse , 1983, pp .18−19).し か し,
こ れ ら議論の殆ど は製 造領 域 を対 象と し, 機 会原価の 問題 を看 過 した もの で あっ た. 品 質概 念 が拡 大 する につ れ, 品 質コ ス ト概 念 も非 製造 領 域 すな わちサービス領 域を対 象 とする ようにな り, さ らに 1990 年 代に は, 安全 基 準や地 球 環境 基準を視野 に入れ た品 質原 価 計 算の適 用 問題
が議 論さ れる に至っ てい る (伊 藤 ,1991,pp .90−105;Hughes & Willis,1995, pp .15−19>1). とこ ろ で, 品質 原価 計算 に関する研究の 多くは, 当該 技法の 技 術 的 側面に焦 点をあて た もの
で あ り, 当該技 法の もつ 社 会 的 ・経 済 的機能を視 野に入 れ, 包括的 な検討を試み た研 究は少 な
い .本稿で は,当 該技 法に関 する既存の研 究 成果を踏まえた 上で , 品質原 価 計算 も 歴史的所産
で あ り,その 存 在は社 会 的 ・経 済 的関係に 規定さ れ る との観 点か ら, 実在 する企 業の品 質 原価 計算 実 践を取 り上げ, その社 会経済的背 景 と と もに, 当該技 法の 有する構造 とそれが 果たす機 能につ い て分 析 を試み る こ と とす る.その さい , 本 稿で は, ア メ リカ複写機 巨 大企 業Xerox Corporation (以 下, Xerox 社 と略称 )に おける品 質原 価 計算の実 践過程を取り上げる. 品 質 原価 計 算 研 究における Xerox 社 の実 践研 究の 意 義は, 以 下 の 3 点にあ る.第1は, 同社の製 品 が 電 子複 写 機とい う技術 的変化の 激 しい 精 密 機械で あっ たこ とで ある.つ ま り,その 製品特性
ゆ えに僅 少の 品質 失敗が 同 社の市 場における競 争力に多大な影 響を及ぼす 可 能性を有 し た.第
2 は, 同社の 品質原価 計 算が ア メ リ カ複 写 機 市 場 をめ ぐる資 本間競 争 を背 景と して構 築さ れ た 管 理会計技法で あっ たこ と で ある.同社は, 1960 年代, 電 子複 写 原理 ・技 術の 商品化を契機
アメリ カ 複 写 機 巨 大 企 業にお け る 品 質 原 価 計 算の展 開
に, 経済 的成長の基 盤を確 立 し, ア メ リカ複 写機 市場 における独 占的 地位を獲得 し た が, 1970
年代, 反 トラス ト法の 適用に よ る特 許技 術の公 開や高 品 質 ・低価 格 戦 略を経 営戦略の 支柱とす る競争企 業 の参入に よ り,その 独 占的支配力を低下 さ せ た.同 社の 経 営層 は 品質向上 と原価 低 減の 同時的 達 成 を 企図し た経 営戦略へ の転換 を余 儀な く さ れ たの で あ り,そ れ はTQM と その 用具 と して の品 質原 価 計算の導入 とい うか た ちで具 現 化さ れる に至 っ たの で ある. 第3は, 同 社の 品質原価計算実践が品質原価計算の もつ 技術 的問題に対して幾ら か の示唆を与えて い る こ
とで あ る,た とえば, 同 社 は,ASQC の推 奨す るPAF 接 近法 に 依 拠 し な が ら も, そ れに拘 束 さ れ る こ と な く, 同社の 戦略 的基 盤iと な る TQM を反映 し た品 質コ ス トの定 義を行 っ て い る. 同社の機 会喪 失 コ ス トにそ れ があら わ れてお り,外 部 失 敗コ ス トか ら敢 えて分 離 ・独立 させ, その測定と管理 を試み て い る.ま た, 品 質コ ス ト管 理の技 術 的主流は, 実 際品 質コ ス トの期 間 比較にあっ たが , 同社の場 合 ,予算を適 用 し,実 際 との 比較を 可能にする こ とで , 差 異分 析を 試み て い る.さ らには, そ れ らの 成 果を 全社 組織 的に浸 透さ せ るべ く, 非 製 造 領域へ 展 開さ れ
てい る. し たが っ て, 品質 原価 計 算研 究にお ける Xerox 社の品 質原 価計 算 実践の 分析は重 要で あ る.
2.品質 原 価 計 算の背景一 Xerox 社の概 要と沿 革一
Xerox社 は,1996年度 末 時点で,複 写機 ,印 字機 ,走査装 置 ,模 写電 送装 置, 文 書 管理ソ フ ト ウェ ア等の事業分野 におい て, 関連 製 品 ・サービス の生産 ・販 売を世 界 的規模で 展 開 し, 総 資産26,818,000,000 ドル を保 有 し, 総収益 17,378,000,000 ドル ,純利益 1,206,000,000 ドル を
創出 する巨大企業で ある (Xerox, 1997, pp.26−36). 同社は 1960 年代に経 済 的成 長の基 盤を 確立 した (浦田, 1999b , pp.189 −207).その 契 機は , C. F . Carlsonの 電 子 複 写 原 理 ・技 術の 商 品 化 す な わ ち 1959年の 世界 最初の電子 複 写機Xerox914 にあっ た. 当該商 品 は既 存の複 写 機の 欠点 を大 幅 に改 善 し, 潜 在 的な顧 客 期 待 を満 足 す る 製 品で あっ た (MIT , 1989 , p .36).
Xerox914 は事務製品の な かで も最 も成 功 し た新商 品と して 衆目を集め, 電子複写機市場 とい う新 しい 市場の創出 に寄 与 し, Xerox 社の驚異的成長に貢 献 し たの で あ る,同 杜 に とっ て 1960 年代か ら1970年代は ま さに 「繁 栄の幕 間 (halcy。n interlude)」(MIT , 1989, p .36)で あっ た.
そ れ は総資本 利益 率 (以下 ,ROA と略称 )が 1970年代 末 頃まで 20%前 後を維持 しつ づ けたこ と か ら も看取 する こ とが で きる (Palermo & Watson ,1993, p .14).
こ の よ うに, Xerox 社 は アメ リカ複写機市場 に おい て圧倒的な競 争優 位 を占め, 独占的 支配 力を獲得 ・行 使 し た. しか し, その独 占的 な市場構造は同社の 部 門 間あるい は製造部門と本社
ス タ ッ フ との不和 を導 き (Kharbanda, 1991 , p.9), 組 織全 体の硬 直化い わ ゆる官 僚制の 逆 機 能を惹 き起こ し た.これ ら 内部 組 織の 問 題 は, 市場構造の 変 化に ともなうXerox 社 の経営 諸 政 策の 立案 ・実 施 を困難に し たの で あ る.
こ の よ うな情 況の な かで , 1970 年代 に は, アメ リカ複写機市場にお ける競争 環 境に変 化が 生 じ始めた.IBM 社, Eastman Kodak 社等の 巨大企業そ して キャ ノ ン に代 表さ れる 日本企業 が次々 に当該市場に参入 し,さ らに 1975 年6 月に は,連邦 取引委 員会 に よ る市 場 独 占に対 す る 是 正勧 告を受け 入 れ,Xerox 社 の特 許技 術の 多く が 公 開 を余儀 な く さ れ たの で ある.これ ら の 要 因は,ア メ リ カ複 写 機 市 場における競 争を激 化 さ せ, Xerox 社の独 占的 支配 力 を揺る がす 結果と なっ た. なかで も日本企業の高品質 ・低 価 格 戦 略に よる市 場参入は , Xerox 社の 独 占 的 地位の 崩 壊を決定づ ける もの で あっ た.事実, 1980 年を境に , 同社の 純 利益額は 下降し始め,