損害賠償請求ベース約款におけるテール カバー・遡及カバーのあり方
鴻 上 喜 芳
■アブストラクト
本稿では,賠償責任保険の分野に比較的新しく登場した損害賠償請求ベー ス約款のテールカバーと遡及カバーに焦点をあて,他社切替えの場合や損害 事故ベース約款からの移行・損害事故ベース約款への移行の場合における保 険接続上の問題を検証し,その上で望ましい対応方法を考察する。接続上の 問題が生じないようにするためには,個別アンダーライティングにより引受 けを行う主に大企業物件においては,後続会社のきめ細かい対応が必要であ るし,損害賠償請求ベース約款と損害事故ベース約款が混在しかつ定型的な 引受けが多い種目では,事前にロングテールを提供するよう制度改定がなさ れることが望ましい。その際,各社個別の対応ではなく,約款・規定を標準 化しての対応が望まれる。
■キーワード
賠償責任保険,クレームズメイド,テールカバー
1.はじめに
産婦人科医の医療事故について医師賠償責任保険所定の保険期間における 損害賠償を請求された という適用要件が認められなかった事例(平成18
91
*平成23年7月23日の日本保険学会九州支部報告による。
/平成23年7月27日原稿受領。
欧文のやり方 例Laws,.-欧文の中の数字11.,‑
年2月8日東京地裁判決) の事案においては,被保険者である医師は,医 師賠償責任保険を途切れなく付保していたにもかかわらず,事故の発生(発 見)が損害賠償請求ベースの約款(Claims-made Policy―クレームズメイ ド・ポリシー,以下 CM約款 )の保険期間中であり,損害賠償請求が発 見ベース(損害事故ベースの約款(Occurrence Policy−オカレンス・ポリ シー,以下 OCC約款 )の一種)の保険期間中であったと判示されたため,
当該事故による和解金についていずれの保険からも補償を得られていない 。
CM約款は,OCC約款に比し限られた補償であるため保険料が安くなっ ているとしても,補償対象外となる事態がありうるリスクを被保険者が正し く理解していたかどうかについては疑問がある。このような事態は,保険を
1) 判例時報1928号
p.
136。2) 控訴審判決(東京高裁平成18年9月12日)においても原告・控訴人の控訴は 棄却されている(甘利,p.181)。
(出典:判例時報1938号をもとに作成)
図表1 平成18年2月8日東京地裁判決事案の経緯
途切れなく手配していた被保険者にとって極めて不合理ととらえられるであ ろう 。CM約款が介在することによる補償の接続問題(他社切替えの場合 やOCC約款への移行の場合において補償の空白が生じる問題)は,医師賠 償責任保険のみならず他の賠償責任保険にもあり得るといえ,CM約款にお けるテールカバーと遡及カバーが適切に提供されていないと生じうる。本稿 では,米国におけるこの問題への対応を参考にしつつ,日本の代表的な賠償 責任保険CM約款について,テールカバーと遡及カバーの実態を検証し,
その望ましいあり方を明らかにする。
2.OCC 約款と CM 約款
賠償責任保険には,現在OCC約款とCM約款が存在している。日本にお ける賠償責任保険普通保険約款はOCC約款となっているが,事故発生の時 点が明確になりにくい危険を対象とする保険種類に関しては,特別約款また は特約条項によりCM約款に修正しているものや,新たにCM約款である 普通保険約款を作成しているものがある。
⑴ OCC 約款
OCC約款とは,保険期間中に損害事故が発生した場合に保険金を支払う 旨を規定した約款である。被保険者の行為によって身体・財産に損害を受け た者は当然事故よりも後に損害賠償を行うこととなるが,OCC約款は事故 の発生時点が保険期間内であれば,当該事故による賠償請求がどんなに遅く なされようとも保険金支払いの対象としている(図表2参照)。
3) 判決では切替えをしようとする医師は自らの判断で両保険の内容等について 十分に確認し遺漏のないようにしなければならないとしているが,医師賠償責 任保険に精通している医師は少なく保険者側に十分な説明義務があるとの批判
(甘利,p.183)がある。
なお,医師賠償責任保険では事故発生の時点が明確になりにくいために発 見ベースの約款が採用されているが,CM約款との比較においては,発見ベ ース約款はOCC約款の変形とみてよいであろう 。
⑵ CM 約款
CM約款とは,保険期間中および報告期間中に損害賠償請求がなされた場 合に保険金を支払う旨を規定した約款である。趣旨からすれば,損害賠償請 求の原因となる事故はどんなに古くともよいはずである が,多くの場合,
CM約款には遡及日(Retroactive Date)が設定され,遡及日以前に発生 した事故に起因する損害賠償請求はたとえ保険期間内になされたとしても対 象外とされている(図表3参照)。Doherty(1991)は,CM約款は1970年 代の賠償保険危機を契機に開発されたものであるが,一定の保険料(con- stant premium)であるOCC約款に比し,CM約款の保険料は不規則な保
図表2 OCC 約款のイメージ
4) 大羽(2004),p.113。
5)
ISO
が1985年に一般賠償保険にCM
約款を導入する際の当初案では,遡及 日設定をせず事故の発生日時を特に制限していなかったが,確定した約款には 遡及日が導入された(大羽(1985),p.162)。険料(random premium)すなわちリスクに応じて後に調整可能な保険料 であり,相互会社の賦課方式保険料と同様の効果を有すると指摘している 。
3.テールカバーと遡及カバー
⑴ テールカバー
CM約款が解約・非更改の場合,未だ賠償請求されていない既発生事故は 宙に浮いた形となる。その後無保険の場合はもちろん,OCC約款を契約し た場合でも補償の対象とならないからである 。従って,当該事故に対する なんらかの救済措置が必要であるが,その責務をCM約款引受会社が果た す場合の措置が,テールカバーの提供である。テールカバーの内容は,米国 では延長報告期間(Extended Reporting Period)の提供という形で,日 本では事故または賠償請求のおそれの通知を条件に一定期間になされた賠償 請求は保険期間内になされたものとみなすという形で対応されている。
図表3 CM 約款のイメージ
6)
Doherty
(1991)。7)
CM
約款からの切替えで接続問題が生じる場合には,後続のOCC約款が保
険期間以前の事故も対象とする内容の特約(Retro-Occurrence)をもって対 応することもなくはないが,このような対応は極めて特殊なものである。⑵ 遡及カバー
CM約款引受会社が最初のCM約款引受時に,遡及日をなんら設定しな い場合および引受日以前の日付を遡及日として設定する場合を遡及カバー
(ノーズカバー)という。ただし,CM約款の本来の姿は事故発生日を問題 にしないものであるため,遡及カバーの問題は, どれだけ遡及するか で はなく, 本来無期限遡及であるものをいかに制限しているか ととらえる のが正しいであろう。日本の約款では,遡及日設定での制限に加え,いわゆ るアフロス防止のために,CM約款初年度の引受時において被保険者が事故 発生や将来の賠償請求のおそれを知っていた場合には補償対象外とする旨の 規定が,免責条項や事故通知条項に存在することがあり,注意が必要である。
CM約款からCM約款へ他社切替えする場合には,先行会社のテール提供 に代え,後続会社が遡及カバーを提供することによる接続性確保があり得る。
4.ISO約款の対応
米国のISO( Insurance Services Office, Inc.) が会員保険会社に提供 している標準約款におけるテールカバーと遡及カバーの取り扱いをみてみる。
⑴ テールカバーと遡及カバーに関する規定
以 下 に は,Products/Completed Operations Liability Coverage Form
(製造物・完成作業危険賠償責任) の文言を引用するが,Hospital Profes- sional Liability Form(病院賠償) においてもテールカバー・遡及カバー に関する規定はほぼ同様である。
テールカバーについては,SectionⅤ Extended Reporting Periodに おいて, この保険が解約・非更改のとき,または保険者によってこの保険 8) 会員保険会社のために,標準約款の作成,料率算出支援,州保険庁への報告 のための統計の作成・報告代行などを行う米国最大のアドバイザリー団体であ る。
9)
Commercial General Liability CG
00 38 12 07.10)
Professional Liability PR
00 04 12 97.の遡及日よりも遅い遡及日の保険もしくは賠償請求ベースでない保険に更新 されたとき,に提供される と規定した上で,最後の保険の終期以前,遡及 日以降に発生した事故については,追加保険料不要の基本延長報告期間(い わゆるショートテール,延長期間60日または5年)と200%以内の追加保険 料を条件に新たなてん補限度額を提供する追加延長報告期間(いわゆるロン グテール,延長期間無期限)を提供しているのである 。ロングテールの特 長は,保険期間終了日において被保険者が 将来損害賠償請求に至るかもし れないおそれ (以下 おそれ )があることを認知していない場合でも,そ の後なされた損害賠償請求は補償の対象としていることである。
遡及カバーについては,SectionⅠ Coverages1. Insuring Agreement b. ⑵において, 保険証券記載の遡及日以前および保険期間終了日以降に
発生したものでない身体障害・財物損害に起因する損害賠償請求が保険期間 内または報告延長期間内に初めてなされた場合に,本保険証券は当該身体障 害・財物損害に適用される としている。このように,約款では 保険証券 記載の遡及日以降の事故を対象とする と規定しているのみであるが,マニ ュアルで保険者が遡及日を進める(遅い日付にする)ことを制限しており , 更改契約は基本的には最初の契約の遡及日を引き継ぐことを意図している。
⑵ OCC 約款と CM 約款の接続
ISO約款に基づいた場合,保険事故のとらえ方が異なる約款への切替え や他社切替えで,接続上の問題が生じないかを以下に検証する。なお,
OCC約款からOCC約款への更新の場合は,たとえ他社切替えであっても
11)
Hospital Professional Liability Form
(病院賠償)においては,ショート テールがなくロングテールのみが提供され,ロングテールの保険料の規定がな い点のみが異なる。12) 保険者が遡及日を進めることは,次の場合を除き制限される。①保険者の変 更,②被保険者にエクスポージャーの増大があったとき,③被保険者の情報提 供に瑕疵 が あ っ た と き,④ 被 保 険 者 の 要 望 に よ る と き(ISO Commercial
Lines Manual
)。基本的には接続問題は生じないため,CM約款がかかわる場合のみをみてみ る。
a.OCC約款→ CM約款
ハードマーケット時によくあるケースであり,イメージは図表4の通りで ある。各CM約款の保険期間中になされた損害賠償請求の内,遡及日以前 の事故によるものは対象外となるが,これはOCC約款で担保される。図表 4のように,CM約款が遡及日をOCC約款からの切替日に設定すれば,き れいに接続する。CM約款が遡及日をOCC約款からの切替日以前に設定す るとすれば,重複が生じる。
b.CM約款→ OCC約款
ソフトマーケット時によくあるケースであり,イメージは図表5の通りで ある。各OCC約款で対象外となるCM約款期間中の事故によるOCC約款 期間中の損害賠償請求はロングテールを購入すれば無期限担保され,きれい に接続する。もちろん,ロングテールを購入しなければ接続上の問題が生じ るが,その判断は保険契約者が行う権利を与えているのである。
図表4 OCC 約款→CM 約款の切替え
(注) は
OCC約款を,
はCM
約款を表す(以降の図表において同様)。c.CM約款→ CM約款
同一保険者でCM約款を更新していく場合は,後続のCM約款は最初の 契約の遡及日を引き継ぐため,接続上の問題は発生しない。また,他社切替 えの場合でも,後続会社が元の遡及日と同じ遡及日とすれば問題は生じない。
B社が元の契約と同じ遡及日を設定した場合,A社はテールを提供せず,A 社時代の事故もB社ポリシーで担保される(図表6<イ図>)。
問題は,他社切替えの場合で,後続会社の遡及日が元の遡及日より遅い場 合である。この場合,契約者はロングテールを購入する権利を有するため,
これを購入すればきれいに接続する(図表6<ロ図>)。
d.まとめ
ISO標準約款は,CM約款の中にロングテールの提供を明記し,最後の保 図表5 CM 約款→OCC 約款の切替え
図表6 CM 約款→CM 約款の他社切替え
<イ図> <ロ図>
険の200%以内の保険料を保険契約者が支払えば,最後の保険の終期以前に 発生していた事故に起因する損害賠償請求についてはたとえ保険期間内にお それを通知しておかなくとも無期限補償する受け皿を持っているために,接 続問題には配慮の行き届いたものになっているといえる。ただし,医師賠償 責任保険をはじめとする専門職業人賠償責任保険(Professional Liability Insurance)においては,ISOフォームに基づかない契約が多くなっており,
テールカバー・遡及カバーについてもISOフォームよりも制限された内容 のものが現在は主流になっていることに注意が必要である。すなわち,テー ルカバーは,多くの場合1年から3年のロングテールで事前に保険料水準を 決めていないものが多く,遡及カバーは,引受日以前の行為を対象とするフ ルノーズカバーは入手しにくく,遡及しても1年から5年のものが多い 。
5.日本におけるテールカバー,遡及カバー
日本の賠償責任保険分野には,ISOのような標準約款作成機関がなく,
それぞれの開発会社が作成した約款が入り乱れている。当然,テールカバー や遡及カバーについても保険種類ごとにさまざまである。そこで,日本の代 表的な賠償責任保険CM約款として,環境汚染賠償責任保険(EIL),会社 役員賠償責任保険(D&O),生産物賠償責任保険(国内PL)損害賠償請求 ベースおよび医師賠償責任保険損害賠償請求ベースを取り上げ ,テールカ バーと遡及カバーを整理した上でそれぞれ接続問題を検証する。
⑴ 環境汚染賠償責任保険
1992年にAIU,安田火災,日本火災によって開発された約款である。
徐々に進行する汚染リスクを対象としているため,OCC約款にはなじまず 普通保険約款をCM約款としている。
13)
IRMI online
.14) 約款は保険会社各社で異なるが,以下引用する約款文言は,日本興亜損害保 険株式会社の2010年4月改定の約款を参照した。
遡及カバーはフルノーズ としているが,アフロス防止のため,初年度 契約当時おそれを知っていた場合は免責とする規定を置いている。テールカ バーは,賠償請求期間延長特約条項でテールを提供している。最後の保険と 別建てのてん補限度額を提供しているため,ロングテールの変形といえるが,
延長期間1年と短く完全なロングテールとはいえない。なお,追加保険料は 最後の保険の100%以内である。
<検証>
CM約款しか存在しないため,CM約款→ CM約款,またはCM約款→
無保険以外ない。おそれ免責における初年度契約は他社契約も含めたもので あるため,CM約款→ CM約款の他社切替えでも接続問題はない。CM約 款→無保険に関しては,無期限ロングテールではないため,ISOほど十分 とはいえない。
⑵ 会社役員賠償責任保険
1993年に東京海上,三井海上,日本火災によって開発された約款である。
商法改正で株主代表訴訟の提訴手数料が引き下げられることにより株主代表 訴訟リスクが高まることが予想される中,すでに英文約款で引き受けが行わ れていた会社役員賠償リスクについて和文約款を求める声に応じて登場した ものである。このリスクに関しても過去の複数の経営判断が絡み合って損害 賠償請求に至るなど,やはりOCC約款にはなじまないリスクであるため,
普通保険約款をCM約款としている。
遡及カバーに関する規定としては, 遡及日は任意設定 , 遡及日以前の 行為(Prior act)は免責 , 保険期間開始日におそれを知っていた場合 は免責 などがあげられる。テールカバーは,おそれを通知しておけば無期
15) 遡及日を特に設けないもの。
16) 開発当初の約款は,遡及日設定ではなく, 当会社の初年度契約の開始日以 前の行為免責 (三井海上,p.100)であったが,後に遡及日設定が可能となる よう改定されている。
限テールを提供しており,追加保険料は不要である。
<検証>
CM約款しか存在しないため,CM約款→ CM約款,またはCM約款→
無保険以外ない。CM約款→ CM約款の他社切替えの場合は,後続会社が 遡及日を元の契約の遡及日に一致させればきれいに接続する。その場合でも,
事故発生を知っていて通知を怠っていた場合は,補償対象外となる 。保険 期間終了時におそれを認知できない賠償請求には対応できず,無保険になっ た場合は補償対象外となる。
⑶ 国内 PL 保険
賠償責任保険普通保険約款に生産物特別約款を付帯して引き受けられるも のであり,基本はOCC約款である。しかしながら,薬品や治験を対象とす る契約では事故発生時期を明確にできない問題やロングテール問題 があ ることから,従来より特約を付してCM約款化しての引き受けが一般的で あった。広くCM約款での引き受けが普及したのは,製造物責任法施行に 伴って発足した中小企業PL以降であり,現在では各社において独自の損害 賠償請求ベース特約が用意され,一般国内PL契約においてもCM約款で の引き受けが一部行われるようになっている。
この損害賠償請求ベース特約における遡及カバー関連の規定としては,
遡及日任意設定 , 保険契約締結当時,賠償請求のおそれのある事故・原 因・事由を知っていた場合は免責 などがあげられる。テールカバー関連の 規定としては, 損害賠償請求の原因となる事実を知った場合は,60日以内 に通知する義務 , 当該事実に起因して保険期間終了後5年以内になされた
17) 山下編[竹濵修]p.115。
18) 保険成績の確定が保険期間終了後長期を要する問題。物保険に比べ賠償責任 保険はロングテールであるが,PLにおける蓄積被害のある製品や医療事故を 対象とする医師賠償は特にロングテールといわれている。また,ロングテール であることはその期間内に賠償責任にかかる法改正があった場合には,大きな 影響を受ける(Doherty)。
賠償請求は,保険期間終了日になされたものとみなす などがあげられる。
<検証>
テールは非更改時のみならず毎回ショートテールがついているイメージで ある(おそれの通知が必要)。保険期間終了時に認知できない事故や,通知 済みでも5年を超えてなされる賠償請求には対応できず,OCC約款への切 替えの場合は接続上の問題が生じ,無保険になった場合は補償対象外となる。
OCC約款→ CM約款の切替えやCM約款→ CM約款他社切替えの場合は,
後続会社が遡及日を元の契約の遡及日に一致させればきれいに接続する。そ の場合でも,事故発生を知っていて通知を怠っていた場合は,補償対象外と なる。また,中小企業PLは加入日が遡及日となるため,CM一般PLから 中小企業PLへの切替えの場合は,遡及カバーによる接続問題解消は期待で きない。
⑷ 医師賠償責任保険
医師賠償責任保険においては,過去の複数の治療行為が損害賠償請求に至 ったり,単発の治療行為であっても患者の身体の変化が絡むためどの時点を もって事故ととらえるのか難しかったりすることから,一般の医師賠償責任 保険では発見ベースの約款が採用され,日本医師会医師賠償責任保険では CM約款が採用されていた。発見ベースの約款においても 誰による発見 か で発見時期特定に争いが生じることがあったため,近年では一般の医師 賠償責任保険にも損害賠償請求ベース特約が用意され,CM約款として引き 受けられることも多くなっている。
この損害賠償請求ベース特約における遡及カバー関連の規定としては,
遡及日設定せず(フルノーズ) , CM約款によらない医師賠償契約期間中 に発見されていた事故は免責 , (当社の)初年度契約締結当時,賠償請求 のおそれのある原因・事由を知っていた場合は免責 などがあげられる。テ ールカバー関連の規定としては, 損害賠償請求の原因となる事実を知った 場合は,60日以内に通知する義務 , 当該事実に起因して保険期間終了後5
年以内になされた賠償請求は,保険期間終了日になされたものとみなす な どがあげられる。
<検証>
テールは非更改時のみならず毎回ショートテールがついているイメージで ある(おそれの通知が必要) 。保険期間終了時に認知できない事故や,通 知済みでも5年を超えてなされる賠償請求には対応できず,OCC約款への 切替えの場合は接続上の問題が生じ,無保険になった場合は補償対象外とな る。
CM約款→ CM 約款の他社切替えの場合は,後続会社はフルノーズ+
OCC約款期間中発見事故免責で対応するため,きれいに接続する。その場 合でも, 当社の初年度契約時に知っていたおそれに起因する損害賠償請求 は免責 のため,切替時に事故発生を知っていて通知を怠っていた場合は,
補償対象外となる。この特約は,フルノーズ+OCC約款期間中発見事故免 責で構成されているため,もし初年度契約が他社契約(OCC約款,CM約 款いずれであろうとも)も含めたものにされるのであれば,接続問題は解消 されるとともに,この方式は重複の自動調整となり,接続問題に関しては,
遡及日設定よりも優れているといえる。
⑸ まとめ
以上をまとめると,図表7のようになる。ISO標準約款と比較し,日本の CM約款は,テールカバーはショートテールのみで対応するものが多く,遡
19) 冒頭に取り上げた平成18年12月8日東京地裁判決の事案では,施術(事故発 生,発見はこれに近接しているとみてさしつかえないであろう)から判決が認 めた損害賠償請求の時点までは約1年半であるため,もし被保険者が
CM
約 款の保険期間終了までに将来の損害賠償請求のおそれを通知していれば,医師 賠償責任保険が備えるショートテールで補償がなされていたものと思われる。この事案の医師は,日本医師会医師賠償責任保険協定書に規定される100万円 を超える賠償請求に達するかどうか判断しかねたため,通知を行っていなかっ た。
及カバーはフルノーズ・任意設定が混在するものの,ISOにはないいわゆる おそれ免責によってかなりの制限が加えられていることがわかる。なお,ロ ングテールとショートテールの区別は,てん補限度額別建て,要追加保険料,
保険期間内におそれ通知不要の三要件を満たすものをロングテール,それ以 外をショートテールとした。
6.テールカバー,遡及カバーの望ましいあり方
⑴ テールカバー・遡及カバーのあり方
日本のCM約款はいずれもロングテールを備えておらず,接続問題に関 してテールカバーはISO約款ほど十分な受け皿を有していないことは明ら
図表7 主な賠償責任保険のテールカバー・遡及カバー
保険種類
遡及カバー テールカバー
環境汚染賠償
会社役員賠償
国内PL
医師賠償
ISO
米国の一般的な Professional Liability
遡及日
フルノーズ
当社の初年度 契約(任意設 定も可)
任意設定(中 小企業PLは 加入日)
フルノーズ
任意設定
遡及しても5 年まで
おそれ免責
他社を含めた初 年度
毎年
毎年
当社の初年度
なし
おそれを知って いる場合は契約 時に免責指定す る
おそれ通 知義務 なし
遅滞なく
60日以内
60日以内
可及的速 やかに
−
ショート テール なし
無制限
5年
5年
60日 5年 なし
ロング テール 1年 100%
なし
なし
なし
無期限 200%
1年〜3年
かである。しかしながら,接続問題はテールカバーに替えて遡及カバーで適 切に対応することも可能であるためテールカバーが十分でなければただちに 接続問題が発生するわけではないこと,また比較対照すべきOCC約款が存 在するかどうかによってもテールカバーのあり方は左右されることから,以 下CM約款のみの保険とOCC約款・CM約款混在の保険について分けて考 察する。
a.CM約款のみの保険
環境汚染賠償や会社役員賠償のように,CM約款として新たに登場した保 険については,CM約款より被保険者有利であるOCC約款が存在しないた め,OCC約款並みのカバーとするためのロングテール提供は必須とまでは いえない。元来が事故発生ベースの補償ではなく,今後損害賠償請求がなさ れるリスクがある限りは保険を継続する必要があることを保険者が十分説明 しておけば足りると考えられるからである。
ただし,保険契約者が他社切替えや解約・非更改を選択することはあり得 るわけであり,この場合には保険者は十分な対応をする必要がある。
他社切替えの場合は,後続保険者の適切な遡及カバーによってのみ接続問 題を解消できる。従って,後続の保険者は,次の点に十分留意する必要があ る。
・元の契約の遡及日を継承すること
・アンダーライティング上遡及日を遅らせる場合には,対象とならない損 害賠償請求が生じうることに関し十分説明すること
解約・非更改の場合には,次の点を十分説明しておく必要がある。
・損害賠償償請求に至るおそれを知っている場合には通知しておくこと
・認知しえないおそれがすでに発生していてもCM約款であるゆえに対象 とならないこと
ここで考慮すべきなのは,事業を継続しているのに保険契約者が解約・非 更改とすることは保険契約者が敢えてそれを選択するものであってやむを得 ないものとしても,事業をやめる場合にロングテール購入ではなく,保険の
継続を求めるのはいかがなものかという疑問である。これに関しては,
OCC約款においても廃業時未発生でその後発生する事故を対象としようと するならば,保険の継続が必要であることから,接続問題とは別の問題とし て考えるべきものであろう。
なお,会社役員賠償には毎年おそれ免責があり,通知を怠ると,他社切替 時のみならず自社継続の場合でも接続問題があり得る。環境汚染賠償のよう に,他社契約を含めた初年度契約のみにおそれ免責を置くのが接続上望まし い。
b.OCC約款・CM約款混在の保険
国内PL保険や医師賠償のように,OCC約款とCM約款が混在する保険 については,CM約款→ CM約款は,上記a.と同様適切な遡及カバーの運 用をすれば接続問題を解消できるが,契約件数が多く適切な遡及日設定が徹 底されているとは言い難い。また,国内PLの毎年おそれ免責や医師賠償の 当社の初年度契約時おそれ免責があるために,毎年または初年度時に知って いるおそれを適切に通知しておかなければ,それに起因する損害賠償請求に ついては後続のCM約款では補償対象外となる上に,おそれを通知したも のに関しても5年を超えてなされる損害賠償請求は対象外となる 。さらに,
CM約款→ OCC約款や解約・非更改の場合は,テールカバーによってのみ 接続問題を解消できるが,現状はショートテールが提供されているだけであ る ため,保険期間終了時におそれを認知しえなかった損害賠償請求が保 険期間終了後になされた場合には,補償の対象外である。
これら補償の対象外となるケースはOCC約款では補償対象となるのであ り,比較対照されるOCC約款が存在する以上, CM約款にはそれと同様 の補償を確保するためにロングテールの導入が望ましい。
20) 不法行為の消滅時効は損害および加害者を知った時から3年であるため,5 年を超えて賠償請求がなされることは医療事故では考えにくいが,製造物事故 では潜伏期間が長かったり加害者特定が遅れたりした場合にあり得る。
21) 医師賠償においては米国も同様の問題を有する。
⑵ ロングテールの導入
米国においては,CM約款導入の動機は,保険事故の明確化とロングテー ル問題の解消であった。米国では,一般賠償ISOフォームへのCM約款導 入の当初からロングテールが備わっていたが,日本ではその導入にあたり損 害賠償請求ベースへの変更のみを導入し,それに付随して必要とされるロン グテール(Supplemental Extended Reporting Period)は導入してこなか った経緯がある。米国においては,被保険者がロングテールを購入した場合 最後のポリシーにはロングテール問題が残るが,日本においてはショートテ ールに伴うものが残るのみである。従って,今後CM約款にロングテール を導入することはロングテール問題を一部復活させることになり保険者とし ては抵抗を覚える面もあるだろうが,補償の接続上の問題を踏まえれば再考 が必要と考える。ロングテール問題の一部復活とは,被保険者がCM約款 を非更改とするかOCC約款に切替えた場合の最後の1ポリシーに復活する ということであり,①被保険者がCM約款を非更改とするかOCC約款に切 替えるケースはさほど多いとは思えないこと,②ロングテールを提供したと しても,たとえば蓄積損害などでOCC約款の保険事故の時点が明確でない がために関係する長期間の何本ものポリシーが重複適用になるなどOCC約 款が抱えていた問題に比べれば軽微といえることから,CM約款へのロング テール提供は積極的に考えるべきである。米国におけるCM約款の普及状 況は,2009年でPL16.3%,医師賠償79.3%,その他賠償38.4%となって いる 。過去アスベストス ,DES などで特にロングテール問題があっ 22) リトンベーシス元受保険料での割合(“
2010 Bestʼ s Aggregates & Aver
ages
−Property
/Casualty”による)。
23) アスベストス(石綿)は,断熱性や絶縁性にすぐれた物質として建築や造船 自動車のブレーキなどに広く利用されていたが,長期間にわたって吸入すると 肺がん,中皮腫,石綿症などにり患することが明らかになり,米国ではアスベ ストスメーカーに対し多数の訴訟が提起された。最大手の
Johns-Manville社
は1982年に破産申請をしている。アスベストス疾患の潜伏期間は約40年と長い。24) 流産防止剤として販売された合成ホルモン剤であるDES(diethylstil-
bestrol
)について,服用した女性から生まれた女児に子宮がんや膣がんが生たPLにおいて,契約者はOCC約款を志向しており,第二次保険危機 以 降のソフトマーケットも相まって保険者もOCC約款提供に傾いているとい える。ロングテールを備えないCM約款では契約者にさらに受け入れられ ないであろうことは容易に想像でき,日本の保険者は,特に国内PL保険や 医師賠償等OCC約款・CM約款混在種目において,現状のショーテールの み提供のままでよいのか十分検討する必要があるだろう。
⑶ 約款・規定等の標準化
CM約款におけるテールカバー・遡及カバーを整理し,接続問題を解消す るためには,各社個別の約款改定では不可能である。賠償責任保険をはじめ とする企業分野の保険にも米国ISOのような標準約款・規定・参考純率を提 供する機関があることが望ましいといえる 。また,監督官庁による保険運 用にかかる最低基準規制導入等も考慮されるべきであろう 。
(筆者は大分大学経済学部教授)
じることが明らかになった事件である。DESの副作用は,服用後10年以上経 過後に現れる。
25) 1980年代の金利下降,訴訟件数・損害賠償額高騰により,米国損害保険会社 のキャッシュフローアンダーライティングが破たんし,1985年には史上最大の 赤字となった。賠償責任保険の引き受けは制限 さ れ,タ イ ム 誌 が
“Sorry, America, Your Policy Is Canceled”という見出しで特集を組むほどの状況
となった。1970年代半ばの第一次保険危機は製造物責任保険危機と呼ばれたが,第二次保険危機は賠償責任保険全般に波及した。
26) 日本では現在,損害保険料率算出機構が自動車保険,火災保険,傷害保険,
介護費用保険に限り,標準約款を作成しているが,米国
ISO
は個人分野・企業 分野とも広く標準約款を作成しており,またドイツでもドイツ保険協会が自動 車保険,賠償責任保険,傷害保険,訴訟費用保険,財産保険,運送保険に関し 標準約款を作成している(損害保険事業総合研究所研究部,p.137,p.145)。27) たとえば,米国ニューヨーク州は,州の行政規則集において,賠償責任保険 のクレームズメイド証券が最低限遵守すべき基準を定めている(内藤,p116)。
参考 献
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・大羽宏一(2004) 医療に従事する専門職業人を対象とする賠償責任保険の保険 事故について 損害保険研究 第65巻第3・4号合併号。
・杉野文俊(2004) 米国の巨額
PL
訴訟を解剖する⎜クラスアクションの脅威と その対策⎜ 商事法務。・損害保険事業総合研究所研究部(2010) 欧米諸国による業務標準化のための共 同取組・制度とその法的位置づけについて 。
・内藤和美(2009)
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保険における請求事故方式 損害保険研究 第71巻第 1号。・三井海上火災保険㈱編(1994) 株主代表訴訟と会社役員賠償責任保険(D&O 保険)の解説 保険毎日新聞。
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保険約款 商事法務。・A.M. Bestʼ
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