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重 商 主 義 の 穀 物 政 策 と ア ダ ム ・ ス ミ ス の 批 判

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(1)

重商主義の穀物政策とアダム・スミスの批判

│ アダム・スミスの穀物条例論 │

    目   次    =はしがき

  二︑重商よ圭義⁝戴物政策の発︑展   三︑アダムひスミスの批判

  四︑む す び

              ↑

 重商主義の双壁の一たる航海条例︵ヴ桐9︿一槻斜け一〇昌 ︾O段︶についてアダム

・スミスは﹁航海条例は︑対外商業にとってもまたそれより生すべき富 裕の成長にとっても有利ではない︒⁝⁝とはいへ国防は富裕より大事で

あるから︑航海条例は︑恐らくは︑イギリスの一切の商業上の規則の内で

︼番賢明な規則である﹂ηといって絶対の信頼を寄せ称讃している︒同 じ論法をすれば﹁生存は富裕よりも遙かに重要なり﹂毎といって重商主

義の今一つの穀物条例︵Ooヨじ心妻︶についても拍手を逡るべき筈であ

る彼は︑穀物条例を宗教法と比較して﹁入はこの世の生存に関する問題

についても︑また彼の世の幸福に関する問題についても︑あまりにも大

きい関心をもつ︑そのため政府も亦彼等の偏見に耳を傾け︑社会の安寧

を保持するために彼等の是認するような制度を⁝樹立しなければならな

い﹂恥ので滅多に合理的な制度が樹立されないといってその不完全さを

指摘して不信をさらけ出している︒即彼は等しく重商主義政策でありな

がら一方に於て︑航海条例を賞揚して重商主義の国家主義思想を継承し︑

他方一概に穀物条例を唾棄しようとするところに彼の穀物条例論を通じ

    馳重商主義の穀物政策とアダム・スミスの批判 て重商主義を論難し積極的に自由貿易思想を主張しようとするのを看取 することが出來る︒  ジイド・リストによれば﹁富国論の第四巻は重商主義に対する熱心な る︑力弧き攻撃であり︑正確にしてその文献の周く行き亘れる論告であ

  も   お   も   ぬ   ら   も   ヤ   ぬ   も   カ   ぬ   も   う   も   も   も   も   も   る   も   セ   も   ぬ   も   も   も   も   も   も

る︒そしてそれは当時の入達に最も興味を持たしめた部分でもあった﹂勾 と評している︒我々はとても﹁精彩さ﹂を再刻する事は困難であるがし ばらくかかる見解を生むに至った彼の行論を辿って見よう︒               二       ︵  重商主義は﹁決して外国貿易︑従ってその輸出物件たる工業的生産に のみ重きを置いたもでない︒⁝⁝農業の考慮は決して絶対的にマーカン チリズムと相容れざるものにあらざること﹂のを指摘する学者↓もある が︐フランスにおける重商主義は﹁製造工業品の輸出を奨励せんがため に︑工業の発達を求めてみるのではあるが︑然し工業のために︑安い勢 働と豊富なる原料晶の供給を確保せんとして︑農産物及び原料品の輸出 を制限したのである︒彼等は︑小麦の輸入を阻害しようとはしなかっ た︒反対に⁝・詳農業耕作者を︑二重に犠牲にした︒即穀物の輸出を阻止 し︑その輸入を許したのである︒然も彼等は︑製造工業品に対しては全 く此の反対の態度を示した﹂句  重商主義が初期盗塁主義の要請に基づく政策体系であるとするなら ば︑無論英国に於てもフランスと同様に自国の工業製品の対外競争力を 増加するために賃銀の低廉が望まれ︑このための穀物の低下が要求さる

43 鳳

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     重商圭義の穀物政策とアダム・スミスの批判

べきである︒事実チャールズ・キング等は﹁貿易の一般原則﹂を述べた

中で﹁有益な貿易﹂を引用しているがその中に﹁必需品の輸入は損失と

すべきでない﹂のとしているし︑ ﹁一般原則﹂の規準をフランス貿易に

あてはめて論じた申で﹁我が原生産物についていへば︑彼等は吾々が彼

等から買うと否とに拘らす︑これらの商品を必要とする故︑フランスに

おいてその市場を獲得するために何等補償を与へゐ必要はない﹂助と主

張している︒然るに事実は英国に於て穀物条例は重商主義政策の一方の

雄として厳存していた︒とするならば穀物条例の制定理由が当然に問は

れなければならない︒この事は穀物条例変遷の里勝を省みる事によって

明らかにされるであらう︒  元來英国の穀物条例についてはその淵源は遠く中世に迄遡る事が出照

るのであるが︑陶工がここで特に取上げよヶとする場合問題になるのは

一六六〇年特に一六八九年以後のそれである︒の一六六〇泥障の穀物条

例は穀物の国内商業を制限禁止しπり輸出を禁止したりしている︒之等

を通じて見らるる一般的政策意圖は一般消費者の保護を主とし併せて国

内産業の維持野曝の安定を圖るためでありて︑国内に留保された穀物を

資本のために積極的に利用して更に大なる富の牧入を圓らうとする様な

繕神はまだない︒然しかかる政策も一六六〇年頃迄に終息した︒一六六

〇年の王政復古後中央地方を通じて地主の地位が増大して來ると︑チユ

ードル王朝の有名な絶対主義的・父権的官僚政治は重商主義政策にとっ

て代られた︒即王政復古に続く数年闇に穀物の輸出・輸入.国内商業を

取扱う穀物政策は決定的な変化を遂げるようになつ控︒穀物の輸出は阻

止されすに奨励され.︑輸入は価格が上昇して一定価格に到達した時に限

って許されたゆ然もこの輸入制限価格は屡々変更されて生産者がもうと

れ以上保護を要求しない点を表はすように意圏された︒斯くて通過した

法律は今や輸入を阻止し︑輸出を奨励する事によって生産者の利益を計

る事にあった︒この聞の変化の原因についてカニングガムは﹁内乱と護 民官政治の問に所有権の変化の結果として地主階級の中へ入り込んだ新 しい血の主唱に基づいたし幼と信じている︒小林教授は重商主義の所謂 低賃銀の小禽の主張は﹁むろん実質賃銀に関するものであったから︑そ れは農産物の高価格をむしろ歓迎した︒⁝⁝勢働者はゲ9︒aユヨ︒に置 かれねばならぬとされたのである﹂だから﹁イギリス重商主義に固有で あった﹂穀物政策は﹁農業と工業とに共通の◎oo4魯ユ蔓男380ユ︒ロ冒日 の基盤﹂となり得た訳であるといはれている︒均 重商主義の穀物政策として注目に値する立法が制定されたのは一六六三 年であった︒12この法律の前丈には耕作の奨励こそは.貿易を促進させる 最も確実な手段であるという見地に立って生産者を奨励する立法政策が 望ましい事をのべている︒然も当時は十分.な奨励策が構ぜられるならば 改良の余地ある土地が放置されてい光︒恥嘗てチユードル王朝時代に穀 価が法律によって規定された限界を越えない限り︑穀物の輸出を許して 生産を到激していたが︑この法律で小麦についていへば輸入価格が一ク オター四十八志に決められ︑この価格を越えない時は輸入される穀物に ついて五型四片の輸入関税を課する事によって生産者奨励を行うことと した︒その上初期の穀物条例が穀物の国内商業を制限していたのに︑こ の法律で価格が一定水準を越さす︑然も商人が三ヶ月以内に同一市場で 再構売しない条件で︑公設市場で穀物を売買する事を合法的に認めた︒ 我々は一六八九年の法律についてのべる前に今少し一六六三年の法律の 行方を辿らなければならない︒        も  も  一六七〇年の法律の前文は公の利益とこの王国の安寧のためより以上 の耕作を奨励せんがために一定の輸出税支払の条件で輸出はいつでも許 されるようになった︒猶この法律で穀物価格の変化に応じて変化する屈 伸制度︒︒ま言㈹◎ゆ︒9︒の輸入関税が課されるようになった︒例へば小麦 の場合は︑価格が五十三志事忌を超えない時は閣税は十六志であった︒ それが五十三志四隣を超え八十志以下の時は関税は八志︑八十志を超え

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る時は一六六〇年の法律で固定された四片であった︒かくて生産者は実

際に価格が五十三志四片以下の時は国内市場の独占を保証され︑価格が

その点を超える時は相当の輸入関税によって保護された︒

 今や穀物生産者に対して︑もしも輸出税さへ支払はれるならば︑制限

なしに穀物を輸出しうる特権が与へられ︑更に重い輸入関税によつて外

国産穀物の輸入を切捨る特権も加重されたが︑更に=ハ七三年の法律に

よって輸出⁝戴物に奨励金が与へられ︑価格が一定水準を超えない時は輸

出税が免除されるという特権が附与される事になつ夜︒即この一六七三

年の法律によって小衰には五志の奨励金が︑般長と少くとも三分の二の

船員が英国人の船で外国へ輸出された穀物に対して与えられた︒

 数々はこの法律によって穀物条例の申に航海条例の精神が如何なく発

揮されて両者が︸体となって重商主義政策の精随を弼成している事を見

出すことが出來る︒

 穀物条例の全歴史に於て輸出穀物に再び奨励金制度を設定した一六八

九年の穀物条例ほど論争を捲き起したものはない︒然し同時代の人々の        法律酒毒理由についてのべているのは余り権威はないようである︒彼等

によれば当時は名誉革命に続く変動期で他に重要問題が山積していたの

で︑一六八九年の穀物条例は大した意義を持たない政策の一として輕視

されていたようである︒寧ろ=ハ八九年の法律によって奨励金制度が再

開された事に対する有力な説明は十八世紀の後半になってから︑英国農

業に及ぼした該制度の影響が獄⁝心に論争されるようになってからであ

る︒一六八九年の法猿は箔単にいへば︑小麦には五時の奨励金が︑もし

も輸出港の小麦価格が四十八志を超えないならば欝積された各クォクー

毎の穀物に対して輸出業者へ関税代理人によって支払はれなければなら

ないというのである︒爾後この法律が穀物条例の基本的な型として英国

経濟に接触を保って行く事になるので︑この法律を中心にアダム︒スミ

スの批判を述べて行きたい︒

     重商圭義の戴物政策とアダム・スミスの批判               信  一六八九年の穀物条例はその当時及その後相当長期に亘って殆んど論 争されなかったが︑一七五〇年以後緯なるとそれは絶えず最高の政治の 証拠として称讃され︑或はつまらぬ政府の干渉だと嘲笑された︒アーサ ー・ヤングは前者の代表者であり︑我々が今取りあげようとするアダム ・スミスは後者の代辮者と看徴してよいようである︒  一六八九年迄に漸く体系化された穀物条例は主として三部分から構成 されている︒

一︑穀物の国内商業制限緩和・自由  スミスによれば﹁チヤールスニ世の第十五年法律第七号において⁝⁝

国内穀物商の営業は未曾有の自由を与へられた﹂ので﹁国内市場におけ

る供給を潤沢にする点においても︑また耕作を増加する点においても︑

恐らくは最も鞍敷であったであらう︒国内における穀物の商業が従來も

ち得だ自由と保護は︑すべてこの法律の御蔭であった︒そして国内市場

への供給も耕作の利益も︑国内商業による方が︑輸出叉は輸入貿易によ

るよりもヨリ有効に増進せられる﹂瑚といって国内商業の自由が寧ろ輸 出入よりも穀物の供給増加並に生産奨励になるので重要視している︒産

業革命前夜のマニユ産業資本にとって穀物の供給源が自由に国内で開拓

されて行く事が如何.に有利であったかをまざまざと描いて余すところが

ない︒ 二︑外国産穀物の輸入を防止するための輸入関税の設定  スミスは一般的な輸入制限については第四編に於て章を設けて

 ︵一︶ 国内で生産し得る財貨の外国からの輸入に対して課せられる制

   限について

 ︵二︶ 貿易の差額が不利と一考へられる国々から輸入される殆んどあ ︑  らゆる種類の財貨の輸入に対して加へられる非常な制限について

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(4)

     重商⊥土義の穀物政策とアダム・ス・・︑スの批判

に匠別して論じ︑特に後者に力点をおき︑十七世紀以來の英仏両国間の

殆ど禁止に近い実状にあった貿易関係を挙げているが︑かかる制限を一

貫して流れているものは佃別的貿易差額の考へ方であって︑之こそが重

商主義の保護政策に他ならす︐スミスによればこれ.は国内市場の独占の

要求に出たものであって結局に於て資本の最も有敷適切な使翔を妨げる

のみならす︑既にトーマス⑳マンによって克服されたものの復活である

から︑重商主義自体の原理からいっても不合理であ為と論じ︑更に積極

的に凡そ人の努力によって購入し或は生産し得べき所の財の一国におけ

る量は之に対する有数需要に和応して自然に定まるべく︑例へば穀物に

対する需要あれば穀物之に応じて集り︑金銀に対する需要あれば金銀之

に応じて集まるものであると論じている︒均名誉革命後はかかる個別的

貿易差額主義の老.へ方が現実の貿易政策自体をほぼ支配していた訳であ

るが︑ こと穀物については寧ろ奨励金制度が当時の時論であって.輸

入制限が問題となるのは産課革命とナポレオン職争の盗程における第二

次エンクμジュア運動の進展に群って︑劣悪地への耕作拡大に応じて熱

心に農業保護が論じられるようになってからである︒滴時のように農業 の生長発展期に於ては余り問題にならなかったようであり.力点は寧ろ

奨励金問題にあった訳である︒

三︑穀物輸出奨励金制度の採用

 当時英国はまだ農業国段階にあったので.勘スミスの場合︑後年マル

サス対リカアドオの穀物論争に見られるように穀物条例をめぐって︑片

や英国農業延いて英国社会構造の危急存亡を主張し︑片や利潤率低下の

原因としての高嶺価廃止の論陣を張ったのに較べ︑寧ろ漸く台頭し來つ

たマニュ産業資本にとって﹁高賃銀の利益を地主に帰せしめる農業保護

制度︐とくに農産物の輸出奨励金が新たに攻撃されねばなち﹂17なかっ たのである︒だから彼の場合は商業資本のもつ前期性をつく事によって 新しい経濟体制の確立を持ち望んだ如くである︒従ってその穀物条例批 判も経濟体制を震嵩せしめるような深刻な経濟問題というよりは︑前期 的商業資本︵特に穀物輸出業者︶の我儘な独占を衝き︑地主の進歩性を 信じていた如くであり︑後年の穀物論争とは問題の核心がすれているの である︒動以下穀物輸出奨励金についての彼の批判を見て行こう︒  先づ第一に穀物輸出奨励金制度は農業を奨励して穀物生産を振興する ことにはならないと主張する︒何故ならば穀物の貨幣価格は他の一切の 国産貨物のそれを左右するからである︒  豊作の年は供給過剰になって穀価は下落し︐若しも奨励金制度がない 場合にはその過剰穀物は次年度に繰越されて需給の調節に役立つが︑該 制度があれば豊年の時の安い穀物は外国へ輸出されて了って︐国内価格 の智り以上の下一レ洛を防止すると共に︑兇作の年への繰越分が輸出のため になくなるので穀価調節の安全辮を失って︑﹁奨励金は穀物の貨幣価格を それがなかった場合に国内市場において見るであらうよめも何程か高い ものとする傾きを必ず持っている﹂動そこで多くの入々は該制度は次の 二つの方法で耕作を奨励するものと考へるとスミスは日う︒﹁第一︑そ れは農業者の穀物に対してヨリ重曹な外国市揚を開き︑それによってこ の商晶に対する需要を増加させる︑従ってまた生産を増加させると︑第 二︑耕作の現状においては奨励金はそれがない場合に予期されるところ よりもヨリ高い価格を農諜者に対して保証し︑それによって耕作を奨励 する傾きがあると彼等は想像した︒而してこの二重の奨励は︑長期の問 には穀物の生産を大いに増加させるからそのため国内市場においてその 価格を下落させ︑その程度はその期陶の終末において偶々呈するであら う耕地の現状において奨励金によって引上げられるべきものよりも遙か に大であらうと︑彼等は想像したのである﹂鋤然るに彼によれば奨励金 によって国内で穀物の価格が騰貴すれば﹁国民の全部が穀物の購買者で

あるがために−⁝・必ずや勢働貧民の生活を引き下げるものであり︑それ

46

(5)

でなけ巾ぱ︑彼等の生活資料の貨幣価格に比例して彼等の貨幣賃銀を増

させるものである﹂従って前者であれば﹁それだけその国の人工を抑制

するに相違ない﹂し︑後者であれば﹁貧乏入を雇傭する入玉の能力を低

下し︑しからざる場合ほどに多数の貧乏入を雇ひ得ないようにさせ︑そ れだけまた︐その国の産業活動を抑制するに相違ない﹂従って奨励金に

よる高い穀物価格は﹁その窮極の傾向として国内市場の漸次的発達を阻

害し抑制する︒それによって結局は穀物の全市場及び消費を増加させる

ことなく︑寧ろ減少させるものといはねばならぬ﹂⑳ので農業を奨励し

て増産することにはならない︒ここで注目すべきは穀価の騰貴に比例し

て貨幣賃銀が増加するという考へ方である︒然し彼ば別の個所で﹁過去 十年聞食料品は高かったが︑この国の多くの地方において︑それにつれ

て勢働の貨幣価格は何等著しき騰貴を見せなかった︒否ある地方ではさ

ういふことがあったけれども.それは食料晶の価格が上った為ではなく

て︑勢働に対する需要が増加したからである﹂鋤とのべている︒若しこ

のように貨幣賃銀が穀物に応じて変化しない事になれば︐穀価上昇に比︑

例した賃銀騰貴が産業活動を阻害するという結論は承認されない︒然し

彼は穀価は賃銀を規制し︑且興研は他の原始生産物と一定の比例関係を

持っているので.穀象の騰落は他の原始生産物の価格を縢落せしめて.

それ等を原料として使用する工業完成晶の価格に影響を与へ.る專によっ

て伊穀物以外のすべての商品の貨幣価格を規制するという考へがある︒ 換言すれば穀価の悪落に応じて一般物価は騰落し︑従って穀価は貨幣価 値変動の族本的な規制者ということになる︒かくて奨励金高度は穀物の

名目価格を騰貴せしめる作用を営むだけだから農業者も地主も何等利益︑

を享受する︑ことにならない︒この場合彼は若しも該属度が穀物の笑気価

格を騰貴せしめる事が出漏るならば︑穀物生産の振興に役立ち農業者も

地主も共に利益を受けるという︒この場合実質価格とは﹁農業者をして

従來と同じ穀物の量を以て︑ヨリ多数の敷が働者をi+分にか︑普通に

      重商主義の穀物政策とアダム︒スミスの批判 か︑もしくは貧弱にか︑兎に角他の勢働者が彼の近傍において普通に維 持されているその様式において−維持せしめる﹂鋤事である︒例をあ げて説明しよう︒英国の無価が一クオター.四膀のとき︑外国では三膀十 五志していたとすれば︑この時十志の奨励金が与へられる時は︑英国産 穀物は外国では三々十志で売買されてよいことになる︒外国産穀物に比 較して英国産穀物は五志だけ安いので︑英国産穀物に対する需要が増加 して輸出を刺激する︒当然英国産穀物の国内価格は輸出増によって国内 供給量が減少し騰貴する︒鋤今農業者がその雇傭している螢働者に対し てニブツシエルー1一六志を支払っていたと仮定すれば︑穀価が一ブッシ ェル一六志に騰貴した場合ス︑・︑スによればニブツシエル分の貨幣賃銀 を支払はねばならないので︑貨幣賃銀を三十二志に引上げてやらなけれ ぼならない︒そうしなければ誇働者は彼の近傍において普通に維持され ているその様式を維持し得なくなるから︒斯くて農業者はヨリ多量の勢 働者を支配し得る事にはならない︒この場合彼は明かに支配紅樹説の立 場に立っている︒そこで穀物の実質価格を騰貴せしめるためには入問の 胃袋が縮少して従來のニブツシエルを費消しないで濟むようにならない 限り困難である︒だからス︑・・ス自身﹁奨励金は勿論︑その他人闇の作る        ヨ 如何なる制度も︑さういふ結果︵穀物の実質価格を高める事i筆者︶を 生じ得ない事は明かである﹂絢と告白せざるを得なかった︒従ってr﹁奨 励金によって相当の年度において影響を受けるものは︑穀物の実質価格 ではなくして.名目価格である︒故に奨励金制度が入民全体に対して 課する税はそれを支払う人にとっては根当の負担であるかも知れない が︐これを受取るものにとっての利益は甚だ僅少である﹂絢と結論せざ るを得ない事になる︒然らば何故該制度は穀物の名目価格を上昇せしめ るのみで実質価格に影響を与へないかが問題となる︒この点について彼 は風樹のように言っているに過ぎない︒ ﹁ことの性質上穀物には一つの 実質価値が刻み込まれていて︑ただその貨幣価格を変更しただけではこ

47 瞬

(6)

     重商圭義の穀物政策とアダム・スミスの批判

れは変らない︒輸出に対する奨励金や国内市場の独占ではこの価値はこ

れを高め得ない︒また極端な自由な競争を許してもこの価値を低めるこ

とは出面ない︒⁝⁝吾々は彼等︵農業者及地主:⁝筆者︶をしてその生

産に従事すべきヨリ多くの勢働者を維持叉は雇傭しうるやうにしてやり

はしない﹂助というに過ぎない乃だから彼は農業者及地主達が﹁自然が

穀物とそれ以外の殆どすべての財貨との間に設けた大きい本質的な差異

にたぶん気がつかなかった﹂ので﹁わが製造業者の行動を真似たものと

思はれる﹂鋤といって地主に同情的である︒

 然しこの点についてリカアドオは日う︒﹁若しも勢働者が穀物以外何

物をも消費せす︑而して彼が牧得する分量は其生存に要せらるる真の最

低量であったならば︑或は帥労働者に支払はれる数量は如何なる事情の下

に於ても之を削減することを得すと想像すべき多少の理由もあるであら

う︒一併しながら︑勢働の貨幣賃銀は︑時には全然騰貴せす︑叉決して

穀物貨.幣価格の縢貴に比較しては騰貴せぬものである︒何となれば︑穀

物は勢働者消費物の一重要部分であるとはいへ︑併し僅かに其一部たる

に過ぎぬものであるからである︒若しも彼の賃銀の一半が穀物に費さ

れ︑他の一半が石鹸︑蝋燭︑薪炭︑茶︑砂糖︑衣服等︑価格騰.貴の起ら

なかったと仮定せらるる諸貨物に費されたとすれば一ブッシェル一六志

の小麦一ブッシェル半を以て酬いらるるは一ブッシェルの価格八志なり し時のニブツシエルを以て酬いらるると全く同様なること︑或は貨幣二

四幣を以て酬いらるるは︑前に一六志を以て酬いられると全く同様なる

ことが明白である︒穀物は十割騰貴したるに拘らす︑彼の賃銀は僅に五

割騰貴したに過ぎざるべく︑従って若しも他の諸産業に対する利潤が引

続き従來と同一ならば︑より多くの資本を土地に伍すべき充分な理由が

存するであらう﹂助と︒若しリカアドォがいう如くであれば︑穀物の名

目価格だけでなくその実質価格も騰貴するので︑製造業の生産物の価格

騰貴が直ちに伴はなければ︑穀価高による若干の賃銀軍備は相対的に製 造業部門を不利に陥らせて農業部門が独りその繁栄を享受して農業の進 歩を促進することになる︒そこでリカアドオは﹁当然の名声を博せるア ダム・スミスの署作中に於て︑彼の結論が反対を受くるを免れざるこ と︑恐らくその奨励金を論ずる章に如くものはなからう﹂鋤とスミスを 酷評している︒  スミスにあっては穀物輸出奨励金は国内物価の有力な規制者たる賃銀 の主要な構成部分たる穀物価格を中戸せしめる事によって︑当該奨励金 制度を設定した国に対してのみ貨幣価値を下落せしめて物価を騰貴せし め︑相手国に対しては貨幣価値を騰貴せしめて物価を下落せしめる︒こ の点嘗て新大陸からの欧洲への貴金属の流入が全欧洲諸国に対して均し く貨幣価値を下落せしめたる場合と相違する︒従って奨励金制度が全社 会階級に対して与へる影響も一様ではない︒  先づ賃銀勢働者についていへば︑彼は奨励金制度はスペインやポルト ガルが貴金主の輸出禁止を課税や罰則によって取締つた不合理なる政策 と同様な作用をもつているので︑これによって勢働者はインフレに悩ま されるのみならす︑外国産貨物の輸入増加よつて国内産業が圧迫を受け て雇傭の機会をさへ失うに至るから何等生活向上に資することにはなら ないようである︒鋤この点後年マルサスが賃銀は必ずしもその大半が穀 物に充てられるものでなく沸他の生活必需品にも相当支出しているの で︑穀物条例によって穀物が上昇して貨幣賃銀が縢平する場合︑他の生 活必需品の価格が同一乃至生産の合理化に伴って下落すれば︑実質賃銀 は返って上昇するから勢働者にとって穀物条例は悪法ではないといって いるのと対照をなしている︒鋤  農業者及地主に対しては︑該制度による穀価高は一応彼等にヨリ多量

の貨幣量を齎らすが︑同時に一般物価も騰貴するので︑増加した貨幣量

を以てしても︑ヨリ多数の他県勢働なり︑生活必需晶奢洋品を購買せし

めないから何等恩恵を与へない︒

48 鳳

(7)

 製造業者に対してはどうか︒該制度による穀価高は貨幣価値の下落を

通じて原材料賃銀を騰貴せしめて製造品の価格を縢産せしめ︑逆に相手

国の穀価下落による貨幣価値の騰貴は外国製造品の価格を低下せしめ

て︑輸出は振はす輸入を促進させて︑産業界は沈滞に陥り利潤率を低下

せしめて彼等にも有利でない︒喰

然らば穀物の輸出入業者はどうか︑曰く﹁奨励金は豊年にはそれがない

場合に比し必ず︑ヨリ多くの輸出をなさしめ︑ある年の過剰を以て他の

年の不足を緩和することを妨げ︑それ.によって兇年には︑これがない場

合に必要とせられる以上の輸入をなさしめた︒それはこの⁝饗方の場合に

穀物商の商売を増加した︒そしてそれは忘年においては︑彼をしてある

年の過剰が他の年の不足を何程か緩和することを妨げなかった場合に比 し︑ヨゾ多量の穀物を輸入させ︑なほその上にそれをヨリ高く売ること

を得させ︑その結果としてこれなき場合に比して︑ヨリ多くの利潤を得

させためであった︒それ故に私が見たところでは奨励金の継続もしくは

更新に最大の熱心を示したのはこの種の漫々である﹂鋤と

 然しながら彼によれば元來穀物の輸入商は︑穀物の輸入が自由であれ

ば︑穀物の貨幣価格下落の結果として銀の実質価値を騰貴せしめて製造

品の価格を下落させて︑製造品の輸嵩を増加し︐産業を奨励するのみな

らず︑農業者及地主に対しても.よし穀価の下落によって彼等の獲得す

る貨幣量を減少せしめても︐貨幣の実質価値が高くなるので︑ヨリ多量

の必需品奢修論を購入することが出方︑或はヨリ多数の勢働者を雇傭せ しめるから国民経濟にとって有用な存在である︒鋤輸出業者も亦輸出が

自由であれば︑外国に対する供給のためにまで耕作を拡張せしめるので

この入々の職業は国内市場の供給を潤沢にするのに聞接に役立つもので

ある︒鋤       ︑

 穀物輸出奨励金制度がかかる影響を社会の諸階級に与へるという理論

的根拠は要するに︑それが貨幣価値を永続的に下落せしめるという点に

     重商圭義の穀物政策とアダム・スミスの批判 あるのであるが︑この点についてリカーアドオは臭う︒ ﹁金銀にして最廉        も  も の市場に購買をなすこと自由なる限り︑それは他の諸国のより低廉なる 貨物に対して輸出せられ︑而して其︑数量の減少は︑国内に於ける其価値 を増加せしめ︑諸貨物の価格は其の平常の水準に復して︑外国市場に適 せる貨物は︑従來と同じく輸出せらるるであらう︒故に奨励金は︑思う に︑此の理由を以てしては之に反対すること能はざるものである﹂鋤か かる貨幣数量説と貴金野の自動調︑節作用はスミス自身も認めているとこ ろであるから︑鈎彼と難もリカアドオの立論を認めざるを得ないであら

う︒

︐然らば有名なリカァド木の﹁されば地主の利害は社会の総ての他の階

級の利害とつねに相反する事になる︒彼の地位は食糧が稀少︑高価であ

る時こそ最も隆盛であるが︑之に反して︑総ての他の翼々は食糧を低廉 に獲得することに大なる利益を有してみる︒高き地代と低き利潤とは相

五に不可分離のものであるがそれが事物自然の過程の結果であるならば

不平を言うべき問題では決してあり得ないのである﹂鋤という結論へ導

かれざるを得なくなる︒然しながら彼にはこのようなリカアドオの投下

薫製説に基づく差額地代論とは違って︑支配勢働者に立っていたので一

定量の穀物がヨリ多量の勢還暦を支配し得て始めて︐穀物の実質価格が

増加して農業生産の拡大があり得ると考へたのである︒従って彼には穀        ゆ 物の附加分量を獲得するためにはヨリ多量の勢働を必要とし︑それが戴

物の実質価格を増加するとは考へていなかったようである︒この事は彼 が当時の英国⑩農業段階において牧穫逓減の法期を認めていなかった結

果でもあらう︒彼はまだ未詳地として残っている廣大な土地のある事を

叙述しているし︑鋤当時の農業技術の飛躍的発達を称讃している個所か

らも推察出來る︒ゆ       

 故に彼にあっては奨励金制度は単に農業生産を刺激しないのみなら

す︑貿易不振に陥らせる事によって英国産業資本にとっても不利を齎

49

(8)

     重商主義の穀物政策と・アダム・ズミズの批判

し︑唯外国産業資本の利潤率を高めさせるに過ぎない︒従って﹁奨励金

の敷果は︑マーカンクィル・システムのすべての他の方策の敷果と同様

に︑一国の商業を強制して︑それが自国によって自然に流れて行くべき

通路よりも遙かに利益の少ない通路に流れしめるやうにさせるに過ぎな

いのである﹂蛸

 穀物輸出奨励金制度がスミスのいうように農業生産を奨励しなかった

とするならば︑穀物の平均価格が﹁前世紀の末葉にかけてやや下落の傾

向が見え︑それが今世紀のはじめの六十四年を麺じて継続したこと﹂鋤

は如何なる原因によるものであらうか︒彼によればかかる現象は単に奨

励金制度を設けたイギリスに特有の現象ではなく﹁フランスにも起つた

のであるが︑フランスには奨励金といふものはないどころか︑一七六四       も  も 年末まではその輸出は一般的に禁止されていたのである︒だから︑穀価

も  も  め  り  も  も  も  ち   ち  も  も  ち  も  も  セ  お  も  も  セ  あ  も  ち  ち  も  も  も  も  り  ち  も  へ  ち

の一般的下落は結局はあれやこれやの規則に由來するものではなくして

  も   も   も   も   お   お   セ  も   へ   も   ヘ   セ   も   も   も   お   も   も   も   も   も   も   る   も   も  も   わ   も   も   め

⁝三絃世紀を通じてヨーロッパの一般の市場において見られたところの

も   も   あ   お   も   ゆ   も   も   へ   も   も   も   も   ぬ   も   も   も   も   も   も   や   セ   も   も   ゆ   も   わ   も   む   つ   つ   や

かの銀の実質的価値の漸⁝次的な旦眼に見えない騰貴に二二するものであ

も      コ

る︒そして奨励金が穀物の価格を下落させる敷果があるなどといふこと

は全然不可能だと思はれるのである﹂︵傍点筆者︶鋤というのがスミスの

第二の主要なる主張なのである︒︑

 彼によ.れば一六一二六﹄牛︐は唄迄に価格革命は終hリを出口げ十・八世一縄になっ て金価値は上り気味なので︑翰﹁アメリカの豊富な鉱山の発見後︑穀物 が従來の貨幣価格の一﹃四倍に縢貴したが.この変化は一般に穀物の実 質的価値が騰ったことに帰せられないで︑銀の実質的価値が下ったこど に帰せられた︒さればこの世紀の始め六十四年聞に穀物の平均貨幣価格 が前世紀の大部分を通じての価格以下に若干下ったとすれば︑吾々は同 様に︑この変化は穀物の実質的価値の変化であるとは考へないで︑ヨー 雛ツパの市場に於ける銀の実質的価値が若干上暗したのだと考へるべき

である﹂働という︒然らばこうした銀の実︑質感飯の上昇.は何によって齎 されたのであらうか︒彼によればヨーロッパを始め︑アメリカ自体及東 印度が製造業に畜ける生産の増加︑農業の発展︑人ロの増加︑食料の過 剰等々の原因でアメリカ銀山の市場を拡大せしめ﹁ヨーツバの市場にお けるこれ等の金薦の価格を多少高める事があるかも知れない﹂事になる のである︒勅  然るにバーンズによれば﹁この期間中の穀物の価格に及ぼした貨幣価 値の影響を評価することは容易ではない﹂鋤という︒何故ならば後世に なるとかかる貨幣価値変動に関する研究も容易になるけれども︑当︑時の 貨⁝幣流通量の統計が余り信用がおけないからである︒彼はスミスと違っ て﹁十六世紀一その時スペイン領アメリカからの貴金属が一般物価に影 響し始めた一から一八一九年のピール条例まで一般物価は英国では騰貴 しつつあったと今日一般に主張されている一㊨という︒然らば﹁十八世 紀の前半に於て一般物価が騰貴しつつあって︑然も同期間中に穀物が下 落して居るならが遮る他の方法で説明しなければならない︒騰貴しつつ ある一般物価が穀物価格の一層の下落を防止したと結論していいかも知 れない﹂ゆ彼によれば︑﹁アダム9スミスの説には明白な矛盾を含んで いないので内側から理論的に攻撃すべき点は少いようであるが︐歴史的 見地に立てば多くの.点で批判を加へる事が出薫る﹂狗といって︑続けて 歴皮的見地に立ってスミスを批判する︒ ﹁彼は一六八九年から一七六四 年にかけて金の実質価値の騰貴によって一般物価は騰貴したというけれ ども︑後の調査によればかかる事柄は真実ではない︒爪同その上奨励金は 穀物の生産を奨励しなかったと彼が主張するのはどうしても受け入れ難 い︒何故ならば奨励金の利益を享受しながら英国の輸出商は︑穀物を供 給するイギリスの農業者と︑穀物を購入するフランス入やオランダ入の 双方と長期契約を結ぶ事によって英国農業者の多数の者の穀物生産を奨 励していた事は一般によく認められ.ている事実である︒然もスミス自身

は国内商を論じている個所で数年間に亘って︑通例一クォタi二十八志

50

(9)

という輔弼価格で国内商と農業者との間に契約が交される事によって ﹃英国の全面に生する改良が如何に大きく︑廣く︑また如何に急激なも

のであるかは︑これを想像するさへ容易ではない﹄と語っている程国内

商による閲屋制支配を礼讃しながら︑同じような慣行が.輸出商について

用いられていた事については一言もしていないし鋤と非難している︒こ

の事は国内商業の自由を主張して︑保護統制主義的な重商主表の奨励金

制.度を抹殺せんとした故意に出たものと思はれて片手落の慈がする︒  然しバ⁝ンズはスミスの奨励金批判には理論的に矛盾がないので攻撃

の余地がないといひながら︑彼自身﹁穀物と製造品に及ぼす奨励金の影

響の相違については到底承服し難い﹂励といっている︒この点に関しリ

カアドオは﹁されば郷紳は︑穀物輸入の禁止及穀物輸出に対する奨励金

に対して︑単に一時的のみでなくて永久的利害関係を有するけれども︑

⁝製造業者は︐貨物輸入に対する高率の関税︐及び輸出に対する奨励金を

設置することに何等永久的利害関係を有するものでない︒彼等の利害は

全然一時的のものである︒⁝⁝⁝ス︑・︑ス博士は︑自然が穀物と他の財と

の間に大なる︑本質的の相違を設けたと謂って居るが︑此事実から推究

せらるる正しい結論は︑彼れが推論し得たものの正反対である﹂⑱と論

破し︐かかる結論を生ませるために﹁原理﹂第二十二章に断て﹁輸出に

対する奨励金と輸入禁止﹂狗という章題の下にアダム・スミスを批判し

ている訳である︒後年マルサス対リカアドォの.穀物論争が時代の視聴を

集めて斗はされた事も︑スミスの奨励金批判が論じて十分でなかった証

拠である.ことを思へば︑バーンズのかかるスミス批判も妥当であると言

うを得ないであらう︒

              個

 スミスによれば穀物条例による高率輸入関税なり︑輸出奨励金なり

は︑経濟的繁栄に対する重大な障筈物であるが︑同条例により不完全に

     重商圭義の穀物政策とアダム・スミスの批断

O

 第三に彼は総ゆる時代に応用出來る固定的抽象的な経濟原理−然も不 とは思はれない﹂⑱といって称励金制度を嫌悪している︒ 法律は︑それに対して入々の与へたやうな奨讃の一部にさへ値するもの し得るという保障﹂によるものであって﹁奨励金制度に関係ある一聯の が︑スミスによれば革命によって完成された﹁彼の勢働の成果を享有 事である︒この点に関して︑アーサー⑪ヤングは奨励金によるという  第二に耕作上の改良は一六八九年の名誉革命に基づくと確信している る証拠として一六八九一一七六四から資料を蒐集している事である︒  スミスの穀物条例批判を通じて感ずる事は︑先づ第一に自説を支持す 掴み取ることが出來るのである﹂鋤 経学に習熟した産茱自由主義の斗士アダム︒スミスの面目を生き生きと た︒⁝⁝私たちは今や︑事情に精通した自然法思想象アダム︒スミス︑ い︒この意味に於て﹁スミスは決して手放しの自由主義者ではなかっ 発して後にやるべきものである﹂鋤と但書をつけ加へる堅実さを忘れな さしめるべきものではなく︑緩慢に︑漸次的に且つ久しい前から警告を 持が如実に浮び出ている︒法の改廃に当って﹁この種の変化は急激に來 であらう﹂と狗悪法の廃止を主張する時に拙速よりも漸進を尊ぶ彼の気 恐らくはしかるべき時が來るならば︑ヨリよきもののための先躯となる れは当代の利害と偏見と気質の許す範囲での最善のものである︒それは 支へなからうと思ふ︑曰く︑それ自体最善のものではないけれども︑こ 律についてかのソソの法律についていはれたのと同じことを言って差 日う︒﹁多くの点において不完全ではあるが︑それでも︑吾々はこの法 それであったが︑高率関税の緩和された一七七三年のそれにσいて彼は い訳である︒我々が今迄批判の対象として來た穀物条例は一六八九年の ては単に輸出入商を幸ひするに過ぎない悪法は廃止するに越した事はな 來て消費者にとっても地主にとっても有利なのである︒だから彼にとっ しても認められた穀物の国内商業の自由は︑資本の有敷適切な利用が出

51

(10)

     重商主義の穀物政策とアダム・スミスの批断

充分な一を信じている︒彼には重商主義穀物政策が適用されたのはその

時代背景によるものだとしてその存在理由を認めて之と取組む傾向が翼

然見えない︒これは重商主義体系に対する批判書としての国富論の戦術

のためであったのかも知れないが︐ここに歴史的事実について豊富な知

識をもつ彼も真の歴史家とは言へないといっていいかも知れない︒  一六八九年以後の奨励金の与へた影響を正しく判断すれば︑支持者や

反対者によって奨励金に帰せられる有利な影響や有害な影響のどちらも

持っていないようである︒明々白々たる事実は一六八九一一七六五闇に

英国農業が巨大な発展を経験したという事実である︒勿論これには多く

の原因が貢献しているので︑果して穀物条例の影響によるものがこの中

どれだけの部分を占めるかは不明である︒

 十八世紀の英国農業は家畜飼養︑輪耕︑施肥︑排水等の改良で妬し

い︒この方面の多くの進歩は何れも開拓者のおかげであるかも知れな

い︒然し一六八九年の名誉革命のもたらした安全が農業の改善と関係を 持つのは︑奨励金のぞ肌に比べて凡らくヨリ少いであらう︒斯くて穀物

条例の得失を判断する唯一の正しい方法は︑穀物条例が通過した条件

や︑作用した状態を研究する事である︒この方法によって我々は︑穀物

条例は︑至る時は有利であり︑或る持は有害であった事が理解出回るの

である︒一六八九年当時英国は原始的な三権農業と︑貧弱な国内塁審機

関を持つに過ぎない国であった︒海岸線から離れた内陸地方は食料が十

分ではなかったので大都会は発達していなかった︒イングラ︑ンドの東南

部の海岸地帯とテームズ谷の上流の農業地帯は︑=七六〇年頃迄はロン ドンと附近の海港都市とに食物を供給していたに過ぎなかったが︑今や

余剰が増加しつつあった︒一六八九年頃になるとこの余剰を掃かすため

に市場を開拓する必要に迫られた︒実に一六八九年の穀物条例による奨

励金制度はこの余剰穀物のために市場を開拓してやった︒それに加へて

奨励金は大陸に新市場を開いてやる事によって穀物殊に小麦の生産を増 加した︒穀物輸出奨励金を出す事は有害な政⁝策であったかも知れない が︑それが十八世紀前半の穀作の発達を刺激した事は否定出面ない︒か くて一六八九1一七六四聞に幾分の例外はあったにしても︑一七五〇年 頃までは可成りの量の輸出の増加を噛みている︒鋤一七四五年以降は通 行税取立道路が︑一七六〇年以降は蓮河が︑共に英国の内国運輸の手段. を革命化した︒かくして食糧や原料の寸意が容易となって︑イングラン ドの中部や北部へ工業都市の発達を可能にした︒紡績業を中心とした産︑ 業革命の進展に伴ひ︑一七八○年以後これらの工業都市がオランダやフ ランスや南欧の穀物輸出市場に︐代替して︑農業者に拡大せる国内市場を 提供した︒そこでこの新しい国内市場は︑それ自身十分穀作を刺激した し︑その闘一七六五年以降囲込運動が活造化して︑農業上の改良も着実 に進められて︑穀勅の供給も確実に増加したので︑最早輸出に重要では なくなった︒一六六〇一一七六〇のイギリス農業は所謂幼稚産業段階に あったが︑明かに一七六五年以降は入為的な奨励金制度が穀物の生産を 刺激す0ために必要でなくなる程英国農業は成長していた︒従ってこの       な 時期以降はこれ迄大した重要性をもたなかった輸入関税が.輸出奨励金 に代って穀物条例の中で重要な地位を忌むるようになる︒それにも拘 らす︑十八世紀の三分の二世紀の闇奨励金制度の利益を享受して.來た地 主達は有利な既得権を容易に棄てようとはしなかった︒おそらく十八世 紀の前半世紀の小麦生産の増大から生れた最大の利益は︑スミスも認め ているように多くの場合︑黒パンを白パンに代へる事の出來た一般入民 の生活水準の上昇であったらう︒  アダム︒ス︑︑︑スにしても︑彼が国富論を執筆し始めた︸七六四年働頃 になると︑迫り來る新し.い社会の基本的階級たる産業資本家の利害を代 表して︑急増した国内市場の需要に対応するためには︑先づ以て国内産 穀物の自由取引が先決で︑次いであたら外国産業資本主義のために穀物

に輸出奨励金までつけて安価な穀物を供給することは国内・国外市場に

糊.

(11)

おける内外マニユ産業資本の角鹿を考へて︑到底許し難い法令として︑彼 の穀物条例論となったものと思はれる︒然し既に述べたようにかかる立

論の道程は余りにも非歴史的であり.非論理的であった訳であるけれど

も︑燗眼なる政策家スミスには穀物条例の歴史的命蓮については既に窮

つたものとして断定﹁しているのであるが︑英国の資本主義はその後ナポ レオン戦争という国家的危機を狭んで︑十九世紀の半に到るまで穀物条

例を廃止する事が自証なかった︒この事はスミスの漸進主義を以てして

も余りにも長きに失したように思はれる︒それだけ資本主義ぽそれ自体

厄介な農業問題を内包していると言ひ得るであらう︒  最後に踊言しておくならば︑スミスの経濟理論なり政策は︑地主と産

業資本家との利害対立を論証せんとしたといはんよりも︑産業盗本家の

立場に拠りつつ︑撚も多分に地主︑農業者に傾射しながら︵マ一一ユ産業

資本の出自が農業との兼業にあったから︶むしろ当面の敵は前期的商業

資本のもつ前期的な独占的特権的な利益の享受にあったようである︒鋤

従ってスミスに見られる高賃銀論は所謂勢働貧民たる賃銀軸労働者のそれ

でなく︑商業資本に支配されながらも独立を確保していた毛$︿魯の

二王巳09︒巳δ≦o門轟昌蕾︒︷舅︒⇔のそれであって︑彼等の中からの産業

資本家の成長発達を望んだ彼としては︑彼等の富裕こそ国富形成の基礎

となるものであるから︑輸出奨励金︑輸入制限.国内穀物商業制限を内

容とする穀物条例による高穀価が批判の対象となったものであり︑この

批判を通じて自由貿易運動の主唱者となったのである︒

︵−︶ ︵2︶

︵3︶ ︵4︶ 日7①斗Φ巴夢oh冒2︒臨︒霧︵日げ⑦冨○伽︒白ζぼ錠図︶℃・恥ω一大内訳︵三︶ 六六⁝⊥ハ七 アダム・スミス生誕二百年寵念論集掘光学稿﹁国防は富裕より遙かに重要 なり﹂二七四 臼ロ①白︒簿凋ロoh Z鋤篇︒蕩℃︒UO圃十へ内訳︵ω︶一⁝〇六一二〇七

ジイド︒リスト著宮川貞議君臨経済学説史上巻二二七

  電.商生義の穀物政策とアダム・スミスの批判 ︵5︶

︵6︶

︵7︶

︵8︶

︵9︶ ︵10︶ ︵11︶ ︵12︶ ︵13︶ ︵14︶ ︵15︶  爾この点に関しては小泉信三著﹁アダム︒スミス・マルサス・リカアド  オ﹂ 一三山ハ参照 伊藤久秋薯経済思想と学説ニ ジイド・.リスト薯宮川貞一郎陰気済学説史上巻四四註12 小林比島フリードリッヒリスト研究一四三 張漢裕稿名誉革命前後︵一六七〇i一七二〇︶におけるイギリス重商主蓑 の本質︵緕済学論集第十一巻第七暑所牧︶七九1入二 何故なら﹁最初にアダム・スミスが国口論第四編で重商主養と名付けて批 判の壌土に上ぼせたのは明かに名誉革命以降悔就中十八世紀のイギリスに 於て麦配的であった経済政策の体系とその背景かなす経済理論﹂であった からである ⊥人塚久雄稿重商生霧成立の社会的基礎︵聖典学派の生成と展開所牧︶三頁

6ロロ臥σqげp白り円ず︒Ω叫︒鼻ロoh国bげq密﹃冒α環ド蔓効u◎Ooヨ50村︒①<oH.㌍℃.α恥0

小.林檎著重商主義の経済理論コ五i二六の註32 この稿はO・O・罵錠boω・︸韻貯苔qohρ9國ロσq庚げOo讐H㊤≦︒・に負うと ころ妬し

Ω同ΦびqO同図 内職鵬 の調杏⁝では H切σqすロ負 と を母①ωで不躍モ旧地は一山ハ九六年に

一〇〇〇万エーカーになっていると小松芳喬氏は英国産業革命史工ハ頁で

引用して居られる 箋三三︒h2畠8ω娼・8一大内訳︵3︶一九四

︵16︶宅・

︵7エ︶

︵18︶

︵19︶ ︵20︶ ま賦・・℃も・爵O一心ひα大内訳︵3︶四六一一二七  三三ω巳Φざ月げ︒国oo8導80茜節巨N㊤自050h国bσq︸§α. 徳増栄太郎訳アシユレー英図経.済組織の史的考察六一 小松芳喬薯英函産業革命史一四一一五 小林昇砦重商生義の経済理論二四一二五

一℃竃・℃●心湛

スミスの地主性については岡茂夫稿自由貿易揮動と﹁商業擁護論﹂

商大論集所敦︶コ〇五 類窪ぎOh2培89℃・爵心大内訳︵3︶一四四

H露伽ごや心課     大内訳︵3︶一四五 ︵福岡

53

(12)

︵21︶ ︵22︶

︵23︶ ︵24︶

︵25︶

︵26︶ へ27︶

︵28︶

︵29︶

︵30︶ ︵31︶

︵32︶ ︵33︶

︵34︶

︵35︶ ︵36︶

︵37︶ ︵38︶

︵39︶ ︵40︶

︵41︶ ︵42︶

︵43︶

︵44︶ ︵45︶

︵46︶   電商主義の穀物政策とアダム︒スミスの批判 Hげ峯こ℃・℃・ミαーミα   大内訳︵3︶一四六一一四七 薫製こ℃.謎        大内訳︵1︶一四九 国び蜀ご℃も・心Nひi心NN   大内訳︵3︶一四入−一五〇 〇㊦蒙$益︒︑ω目冨娼ユ8凶℃︸Φ9℃o些一〇緯圏8ロ︒日団禽↓賀舞瞬ou≦一昏︾昌 冒曽穿島書ビ図即自・丙︒詳冨套語賃︵国乱q旨き.ぼ鼠舞図︶℃・噌︼ 小泉信三訳総︐済学及課税の原理︵昭入年版︶二九四参照 Hσ答こワ Hげ凱こ℃.心Nω 冒崔こ℃・轟δ

Hげ㌶・℃℃●心認

Hげ載こ℃︒一認 Hび嵐こ℃︒這cQ

Hげ雛ご℃・℃・NGNI鵠δ づ.$一跨oh乞舞ぢ霧℃疇α  大内訳︵3> 冒賦こ℃・ミひ       大内訳︵3︶

同9餌こワ心︒︒N     大内訳︵3︶

Hげ律・︾℃・心︒︒卜⊃        大内訳︵3︶

国$藁ρ回ご置こ℃・No恥    小泉訳

冒F℃・NGω        小泉訳

芝¢pぱ70h2葺ご霧℃・心co一  大内訳︵3︶

ロバー・卜︒ マルサス  鈴山小鴻一郎訳

類︒鋒島oh裟p諏og℃・︽co一

H露創・も・℃●α§1軌ON

Hびここ℃・℃・頓9一αOα

鯨op巳︒︾Hσ崔・ψ℃・トoOcQ

芝・巴葭Oh週舞δ冨℃.ω℃ω

リカアドオ ←八川一粒川訳 農鵡束保咄護政策批判

芝Φ匙旨oh賭葺δ話℃●ωゆω

    憶co 一四八 一四八 一五九 一五入 二九九 二九七

一五四−一五五︑参照

   マルサス穀物条例論調〇一−一〇二

大内訳︵3︶一五七−一五入

←八内訳︵3︶ 一九五一一九六

大内訳︵3︶二〇一

小泉訳   三〇四

大内訳︵3︶一五ニー一五三

       二三

大内訳︵2︶二四入参照

大内訳︵−︶一五六参照

大内訳︵3︶一四二

大内訳︵3︶ 一四三

大内訳︵3︶一四三−扁四四

大内訳︵1︶三六八 大内訳︵1︶三七入

大内訳︵1︶三入五一三九九参倒

立食糧の過剰は何故貴金属に対する需要な増大するかといへぼ彼によれば ︵47︶ ︵48︶ ︵49︶ ︵50︶ ︵15︶ ︵52︶ ︵53︶ ︵54︶ ︵55︶ ︵56︶ ︵57︶ ︵58︶ ︵59︶ 過剰食糧は低賃銀秘もたらすので王候貴族等はその所持する豊富な食糧な

﹁自然が極めて少量しか供給しないところの極めて珍奇にして稀有な生産

物︑例へぱ富者の大目的物たる貴金属や宝石やと交換し得せしめる﹂から︐

である大内訳︵王︶三九二

〇.Ω・し⇔緊要ω℃︾田富8藁oh淳⑦国づけq臣げ∩o琶び坦毒ω℃・一︽

Hび雛こ℃・謀    ︐

Hσ箆・︾勺・誕

Hび箆こ℃.酌ゆ

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家09a9冒茂ご℃も・トりOゆートOHO

Hび筏こ勺も・NO一−国誌

≦σ巴臼oh29ユ鶴︒慧適℃6α同O

冒崔ごマ心ωco      ︐

高農憲哉絹 スミス国富論講義

妻Φ巴費oh冒葺囲︒冨℃.巳co

小松芳喬箸英国産業革命史  小泉訳三〇六i三〇七  小泉訳二九四−三一三  大内訳︵3︶二一三  大内訳︵3︶入0 ︵4︶ 一二  大内訳︵3︶二〇八

一四一一五

小菱輸出入表へ単位ク一三i︶

54

年︵三十五年毎︶

一山ハ九七i一七三一

一七三二i一七六⊥ハ

一七六七一一パ〇一 三︑五・九コ︑ 一六三 一一︑五四〇︑一一一六

一﹃〇六三︑六四九

一二四㌔四一七

二九一︑七七三

一〇︑五四一︑三〇〇

︵60︶ 高島善哉編〜水田洋稿アダム︒スミスの生涯六三

﹁ところが︑このたいくつな消費郡市︵仏国トゥーレーズ筆者︶でひまつ

ぶしにかキはじめた本というのは︑きんべんな商業社会・近代資本主義社

(13)

︵61︶ ︵62︶ 会な︑はじめて全面的に分析した名薯国富論であった タδ9#70h属帥鶴○口︒︒℃・℃・N心圃ート﹂α○大内訳︵1︶匹六六一四七ニ

スミスの穀物条例論の根本的立揚について油本教授の以下の立論には同意

し得ない︵油本豊吉商業政策五三六︶

 も  も  め  も  も  セ  る  も  お  セ  も  め  も  も  め  も  ね  も  や  も  も  め

﹁スミスはこれた生産者の見地において為すが故に︑穀物の生産な振興す

る事のない穀物輸出奨励金の如きものはこれな廃止するに若かずと論じ・

反対にリカアドネはこれ秘消費者の見地において為すが故に︑農業者特に

地圭階級のみな益し消費者階級従ってすべての階級の利益な犠牲とする戴

物輸出奨励金の如きものはこれな廃止するに若かずと論ずるのである﹂

︵傍点筆者︶

55

重商主義の穀物政策とアダム・スミスの批判

参照

関連したドキュメント

はある程度個人差はあっても、その対象l笑いの発生源にはそれ

睡眠を十分とらないと身体にこたえる 社会的な人とのつき合いは大切にしている

るところなりとはいへども不思議なることなるべし︒

る、関与していることに伴う、または関与することとなる重大なリスクがある、と合理的に 判断される者を特定したリストを指します 51 。Entity

これらの定義でも分かるように, Impairment に関しては解剖学的または生理学的な異常 としてほぼ続一されているが, disability と

ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配

 

あれば、その逸脱に対しては N400 が惹起され、 ELAN や P600 は惹起しないと 考えられる。もし、シカの認可処理に統語的処理と意味的処理の両方が関わっ