移民新世代のムスリムアイデンティティに対する 警戒
近年、世界的にイスラームやムスリムという言 葉が、テロリズムなどの危険性や暴力と結びつけ られ、民主主義や人権といった価値との対立性に おいて論じられる傾向が顕著である。そして、イ スラームやムスリムは地理的に中東やアジアと結 びつけて論じられることが多いとしても、イス ラームやムスリムは中東やアジアにばかり存在す るわけではない。ヨーロッパにおいても移民出身 者を中心に、1000万人を超えるイスラーム諸国出 身者が定住し、ムスリムと見なされている。彼ら の中には、定住国の国籍を取得している者も多 く、すでに欧州市民となった彼らの扱いが「統合」
というスローガンの下、しばしば安全保障の観点 から問題とされている。実際、2001年9月11日の テロ事件の実行犯とされる者の中にはドイツでの 移民出身者が存在しており、その後のヨーロッパ 各国でのイスラームを主張するテロ事件とあわせ て、この移民出身者の存在とムスリムのテロネッ トワークとの結びつきが警戒されている。
このようなヨーロッパにおけるムスリムに対す る警戒が常態化する中で、フランスにおけるムス リムの「問題」は以下の二つの点から際立った重 要 性 を 示 し て い る。 第 一 に、 人 権 や ラ イ シ テ
(laïcité :政教分離原則)というフランス共和国の 根本原理と対立するものとしてイスラームが他の 国々よりも早く、1980年代から描かれていたとい う点である。第二に、約370万人という、その相 対数(人口の約6%)においても、絶対数におい てもヨーロッパ最多数のイスラーム諸国(その圧 倒的多くは旧植民地であったアルジェリア、チュ ニジア、モロッコといったマグレブ諸国出身であ る。フランスで最も問題視されているのが、彼ら であるので、本稿では彼らに焦点をあてて論じ る。)移民出身者を抱えるという点である。
フランスは国籍法において出生地主義を認めて いるので、マグレブ移民第二世代以降の世代(以 下、新世代)の多くはすでに国籍を取得して、十 全なシティズンシップを保障されたフランス国民 となっている。しかし、1980年代後半から、国籍 の有無にかかわらず、新世代はそのイスラームへ の帰属意識(以下、ムスリムアイデンティティ)
ゆえに、人権や政教分離原則などの共和国の基本 的価値を受け入れることができず、その結果、こ うした価値に基づく、フランス国民としての帰属 意識(以下、市民アイデンティティ)をもつこと ができないのではないかと疑われてきた。「ムス リムは市民にふさわしいのだろうか、シティズン シップをもちうるのだろうか」。フランスにおい てこの問いは珍しいものではない。
フランスにおいては、イスラーム国、特にアル エッセイ
特集:国際平和における人権の可能性と困難性
イスラームと人権保障
─ヨーロッパ・フランスにおけるムスリム「問題」の制度化と法
浪 岡 新太郎
(PRIME主任)
ジェリアにおけるイスラーム運動の政教一致の要 求などから、イスラームは個人の私的な信仰にと どまらず、社会のあり方はもちろん、政治経済構 造をも規律しようとするものであると考えられ た。そして、アルジェリアにおけるイスラーム運 動の関与した暴力事件に対する注目を背景に、同 じような要求が、新世代によってフランスで主張 されることが懸念されたのである。1989年にパリ 郊外で生じた「スカーフ事件」はムスリムアイデ ンティティと市民アイデンティティとの対立を象 徴する出来事であった。新世代の中学生がイス ラームのスカーフ(ヒジャブ)を着用して公立学 校に通うことが、教師によって政教分離原則に対 立するものと解釈され、この中学生は登校を禁じ られたのである。1990年代以降、こうした状況を 背景にムスリムアイデンティティを市民アイデン ティティと対立しないように管理するためのさま ざまな施策が試みられた。
共和国の価値に基づいたムスリムアイデンティ ティの定義
フランスは政教分離原則をとっているので、あ る特定の宗教を法的に公認したり、その教義内容 に行政が介入することは禁じられている。しかし ながら、このことはフランス政府が宗教団体とな んら関係を持たないことを意味する訳ではない。
イスラームにそった、墓地の確保や、いわゆるハ ラル食品生産に関わる農林水産省や厚生労働省関 連の許認可など、信教の自由を保障するために、
宗教儀式の実践に関して、行政と宗教団体との間 で交渉すべきことは多数存在する。そのために、
行政は宗教団体との制度化された交渉の場を常に 模索している。さらには、一般的な規制の形式を とりながらも実際にはイスラームを特に念頭に置 いた法律も存在する。
1990年代末、内務省は、人権や政教分離原則の
遵守をムスリムが明確に宣言することを要求した 上で、イスラームの宗教儀式の実践を保障するた めの、行政との交渉においてムスリムを代表する 組織の設立を強力に後押しした。その結果、2003 年 に は「 フ ラ ン ス ム ス リ ム 宗 教 儀 式 評 議 会 Conseil Français du Culte Musulman」が成立した。
この組織には内務大臣によって、ムスリムの信教 の自由を保障することと同時に、安全保障の観定 から共和国の価値と両立するムスリムアイデン ティティをフランスのムスリムに対して正当化す ることが期待された。
さらに2004年3月15日には、公立学校における 宗教的標章(実際には特にヒジャブ)の着用を禁 じる法、いわゆる「スカーフ禁止法」が成立して いる。この法は、教育法典に次の一文を挿入する ことを目的とした。すなわち、公立の小学校、中 学校、高校において、生徒がこれ見よがしに宗教 的所属を示すシンボルないし衣服を着用すること は禁じられるという短い一文である。この法は、
公立学校におけるイスラームのスカーフ着用を法 的に禁じることを明確にすることで、これまで数 少ないながらも繰りかえされてきた、そして学校 側が負けることも多かったスカーフ着用の可否を 巡る学校と生徒側との1989年以来の係争に終止符 を打つことになる。スカーフ禁止法をめぐって は、2003年からスカーフ着用の可否について、政 府の諮問委員会(いわゆるスタジ委員会)が政教 分離原則の観点から議論を重ねていた。大統領か ら委嘱を受けたスタジ委員会は、政教分離原則を これまでのように、公役務の中立性、表現の自由、
信教の自由といった公的領域の非宗教性と関連す る従来認められてきた価値に加えて、社会的結合 の強化、両性の平等といったものを尊重するため に重要な原則として新たに定義した。注目するべ きは、委員会が政教分離原則を、単に市民の行動 のあり方を規制する原理ではなく、市民の意識の あり方(実際にはどう思っているのか)を規制す
る原理と定義した点である。その上で、委員会は イスラーム諸国の事例を参照することでスカーフ 着用を女性抑圧の意識の象徴、したがって両性の 平等を侵すものとして理解し、公立学校において 法的に禁止することを勧めたのである。
これを受けて、さらに、2010年10月11日には、
「公的空間において顔を隠すことを禁止する法」、
いわゆるブルカ禁止法が成立している。この法は 1条で「何人も公的空間において顔を隠すための 衣服を着用することはできない」と述べ、2条1 項では「公的空間とは、公道ならびに公衆に開か れた場所または公役務のために使用される場所を いう」と定義する。この法案については、憲法院 に合憲性の審査請求がなされた。同年10月7日の 憲法院の判断は、公的空間において顔を隠すとい う行為は「公共の安全及び社会生活において最小 限要求されること」を侵害し、その着用が自由意 志であるか否かを問わず、憲法の定める自由と平 等に反すると判断している。この判断を法学者は
「抽象的公共秩序(ordre public immatériel)」を認 めたものと解釈している。従来は、安全、平穏、
公衆衛生という具体的公共秩序に対する侵害の場 合にのみ個人の自由の制限が認められていたが、
立法者が援用した「公共の安全及び社会生活にお いて最小限要求されること」という抽象的概念に よって個人の自由の制限が可能になった事例と考 えられたのである。
こうしたムスリムアイデンティティを共和国の 価値と両立させようとする措置や法は、どれも行 政がムスリムアイデンティティのあり方を実質的 に規定し、イスラーム諸国からの移民出身者に対 するフランス社会全体からの警戒を解くことを目 的としている。すなわち、フランスの、特に、マ グレブ移民出身者のムスリムアイデンティティに 政教分離原則や人権、とりわけ両性の平等に反し うる点があることを認めつつ、ムスリム全般を非 正当化するのではなく、共和国の価値にそったム
スリムアイデンティティのあり方を定義しようと するものである。
にもかかわらず(もしくはこうした試み故に)、
ムスリムアイデンティティは根本的に異質であ り、市民アイデンティティと対立せざるを得ない という意見や彼らに対する警戒は今でもフランス 社会の中で珍しいものではない。実際、ムスリム 用墓地の破壊、モスクへの放火などムスリムアイ デンティティをもつと想定される人、ものに対す る差別的な発言や行為の拡大が、人権調査機関に よって明らかになっている。
たとえば、2006年に、EUの差別監視機関であ る「ヨーロッパ人種差別・外国人排斥監視セン タ ーEuropean Monitoring Centre on Racism and Xenophobia( 現 在 の ヨ ー ロ ッ パ 基 本 権 機 関 European Union Agency for Fundamental Rights)」
はEU加盟国における全般的なイスラームやムス リムに対する差別行為や発言の拡大に警鐘を鳴ら す中で、フランスにおける差別行為や発言の多さ に 特 に 注 目 し て い る。 ま た、 フ ラ ン ス 最 大 の NGOとしては、イスラームやムスリムに対する 差別行為や発言を、主として法的手段によって解 決をはかろうとする「フランスにおけるイスラム フォビアに対抗するネットワークCollectif Contre l'Islamophobie en France」 が2005年 よ り 統 計 を 取っている。この統計によれば、2005年以来、ほ ぼ一貫して制度や個人に対する差別行為や発言の 件数は増加している。その件数は、2011年には約 300件に達している。また、制度に対するよりも 個人に対する差別行為や発言件数が多いことが懸 念されている。
差別され、社会経済的に排除された新世代
しかしながら1980年代後半まで、移民出身者の ムスリムアイデンティティは市民アイデンティ ティとの対立を特に警戒されていたわけではな
かった。1974年の移民労働者受け入れ停止措置ま でにその多くが入国した第一世代は、何よりもま ず低賃金労働者として見なされていた。そのため に彼らがムスリムアイデンティティを表明して も、市民アイデンティティとの対立を主張される ことはほとんどなかった。そして、1980年代初頭 まで、新世代の多くはそもそもムスリムアイデン ティティを表明していなかった。フランスで社会 化された彼らの関心は第一世代のムスリムアイデ ンティティと重ならなかったのである。1980年代 初めの社会的イメージにおいて新世代とは、街の 中心部からは交通の不便な郊外の低家賃団地に居 住し、「アラブ」として差別され、低学歴で、脱 工業化の中で第一世代のような労働者としての社 会的地位を持てずに長期的な失業状態にあり、時 として暴力逸脱行動にでる社会経済的に排除され た存在であった。マグレブ移民出身者を念頭に
「ムスリム」排斥を明確に主張する極右政党の勢 力拡大を背景に、80年代半ばから、ムスリムアイ デンティティと市民アイデンティティとの対立が 政界、メディアで強調され、新世代は「ムスリム」
として差別を受けるようになる。そして、1980年 代末、彼らの社会経済的排除や差別を解決しよう とする政策や社会運動の限界が明らかになると、
スカーフの着用をはじめ新世代によるムスリムア イデンティティの表明が顕著になっていくのであ る。現在も、マグレブ移民出身者は移民出身者の 中で、フランスで最も差別されるカテゴリーであ る。また、社会経済的排除においても、彼らの失 業率、貧困率の高さ、学歴の低さは目立っている。
たとえば「経済社会評議会Conseil économique et social」の全国調査によればヨーロッパ移民出身 者の貧困率が8.3%であるのに対し、マグレブ移 民出身者では27.3%となっている。
それでは、新世代は、どのようなムスリムアイ デンティティを表明しているのだろうか。「新世 代はみなムスリムアイデンティティを表明してい
る」というイメージとは異なり、実際には、新世 代の約20%は自分をムスリムではないと主張して いる。そして、モスクへ定期的に通うなど、重要 と見なされる宗教儀式の実践を行う者は、カト リックや他の宗教宗派における実践者数と同じよ うに少数である。マグレブ移民の内で最多数のア ルジェリア移民についていえば、移民第一世代の 29%が規則的に宗教実践(1日5回の礼拝、モス クでの規則的な礼拝など)に参加しており、同じ アルジェリア系新世代の場合、男性で10%、女性 で18%である。また、出身国の言語能力の保持な ど文化的独自性に関していえば、他の国からの移 民出身者と比べても、マグレブ(特にアルジェリ ア)移民新世代の文化的同化が確認されている。
さらに、新世代の表明するムスリムアイデン ティティを出身国で表明されているムスリムアイ デンティティと同じように考えることはできな い。移民第一世代の信仰は出身国で実践されてい た信仰形態を慣習としてフランスにおいて継続し ようとする傾向がある。したがって、第一世代に とってムスリムアイデンティティは出身国とのつ ながりを確認させてくれる意味を持つ。これに対 して、新世代は、信仰者数においても、その宗教 的側面においても、また政治経済社会的な規範と してもイスラームが影響力をもっていない、すな わち、フランス社会で生まれ育っている。そして、
この信仰はカトリックやプロテスタントにおいて 観察されるのと同じように、その信仰の意味を教 義に従ってというよりは、個人的に解釈するとい う意味での「個人化」に強く影響を受けている。
したがって新世代のムスリムアイデンティティは フランスにおけるマイノリティとしての経験、す なわち差別と社会経済的排除の経験という共通性 をもちながらも、個人によって多様に解釈される ものである。
実際、新世代が中心になって構成するイスラー ム組織は、第一世代と異なって出身国との繋がり
をほとんど持たず、資金面で出身国との関係が重 要となりやすいモスクの運営をその主たる活動と しない。たしかに、彼らの組織はムスリムアイデ ンティティという、彼らに固有の差別経験と結び つく出自に依拠している。しかし、彼らが行って いるのは、郊外で社会経済的排除に苦しんでいる
(移民出身に限られない)若者たちが、さまざま な種類の差別や排除といった困難な状況にもかか わらず暴力逸脱行為にでることなく生活できるこ とを目的としたスポーツ、学習補助などの社会教 育活動である。彼らは、政教一致の要求など既存 の政治制度の変更を目指していない。差別問題や 社会経済的排除の解決を目指すという点で、彼ら の組織はイスラーム国におけるイスラーム運動と よりもむしろ、フランスにおける差別や排除に対 抗する社会運動団体と関心を同じくしており、
ヨーロッパ社会フォーラムへの参加など、実際に 協働している。
差別を促すムスリムアイデンティティの強調と社 会経済的排除の放置
フランスのイスラームをめぐる措置や法制化 は、実際に当事者である新世代によってどのよう に解釈されているのかを見ることなく、イスラー ムを政教分離原則や人権に反する可能性があるも のとして警戒している。このことは、スカーフや ブルカを着用している新世代を市民アイデンティ ティに反する存在として、その実際と無関係に一 方的に非正当化することにつながる。そして彼ら に対する差別を強化することになりうる。
さらに、実際にはその多くの行動や志向性はム スリムアイデンティティに依拠することなく説明 可能であるにも関わらず、マグレブ移民出身者の 行動や志向性を、「イスラーム」という観点に強 く規定されたものと見なし、彼らを「ムスリム」
とカテゴリー化すること、すなわち、彼らの生活
の実際をそのムスリムアイデンティティからのみ 説明しようとすることは、彼らが「ムスリム」と してではなく、他の人々と同じように苦しんでい る社会経済的な排除の問題を(この排除が彼らが ムスリムと見なされることによって強化されてい る)見落とし、さらには放置することになる。そ の結果、フランス政治社会に、自分たちの苦しさ への応答可能性を見失ったマグレブ移民出身者、
特に新世代はフランスの中でさらにいっそう排除 されることになるのではないだろうか。
ただし、実質的には政教分離原則さらには信教 の自由の保障に違反するように見える、現在のイ スラームやムスリムアイデンティティのあり方に 介入する措置や法制化を批判することは困難であ る。というのは、これらの措置や法が、政教分離 原則を民主主義の擁護や、人権、特に両性の平等 と結びつけ、いわゆるマイノリティとしての女性 を抑圧するイスラーム、乱暴なムスリム男性から の解放をスローガンとして正当化されているから である。社会経済的に排除されるマグレブ移民出 身者は職場や学校などにおいて物理的、地理的に もフランスのマジョリティから分離されてしまっ ている。この分離がマジョリティがイスラームや ムスリムの実際の姿を理解することを困難にして おり、抽象的な、想像されるムスリムアイデン ティティを政教分離原則や人権に対立するものと してマジョリティが描くことを容易にしている。
参考文献
粟屋・松本編『人の移動と文化の交差』明石書店、
2011年。
飯田文雄編『多文化主義の政治学』法政大学出版 部、近刊。
小川有美編『ポスト代表制の民主主義』早稲田大 学出版部、2007年。
中島宏「フランスにおける『ブルカ禁止法』と『共 和国』の課題」『憲法問題』23号、三省堂、
2012年。
浪岡新太郎「フランスにおけるシティズンシップ 教 育 と イ ス ラ ー ム 」『 国 際 学 研 究 』39号、
2011年。
FREGOSI. Franck Penser l’islam dans la laicïé, Fayard, 2008.
宮島喬編『移民の社会的統合と排除』東京大学出 版会、2009年。