序 か ら み た 秦 漢 期 の 著 作
嘉瀬達男
はじめに
古来、著作には序を附するならいがある.序には、しばしばその執筆経緯や目的などが記されるので'著作を論ず
る時には特に重要視されてきた。それは'例えば﹃史記﹄という書物について'太史公自序を全く参照せずに論じょ
うとするのが、不可能に近い行為であることからも理解されよう。だが太史公自序という序を﹃史記﹄との関わりで
取り上げることはあっても、﹃漢書﹄叙侍や﹃漢紀﹄目録井序と比較することはこれまで行なわれて来なかった。つ
まり序は'著作を論ずるために、個別にはたびたび取り上げられてきたのであるが、序という範噂の中で序を相互に
比較検討することは行なわれていないのであるO
そこで小論では'時代を直切って幾つかの序を集め'序の概観を試みてみようと思うOそうすることによって'序
序からみた秦漢期の著作
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をもつ著作の執筆経緯や目的を比較することが可能になり、著作の制作状況を解明することにつながると考えるから
である。今回は時代を秦漢に限ることにするが'それは著作の制作状況を考える場合'秦から後漢末にかけての時期①は'次の観音南北朝期と直別した方がよいと思うからである。
早速にも序を列挙して比較検討を加えたいところだが、その前に序とは何かを定義する必要がある。なぜなら一口
に序と言っても、全ての序が序と名附けられているわけではなく、中には序の役割を果たしっつも、著作の本文中に
埋没してしまっている例もあるからである。そこで序とは何かを考えなければならないのだが、意外に定義を下すこ
とは難しいO試みに「序」や「叙」字に関する解樺を幾つか挙げてみよう。
叙、緒也。︹爾雅.樺誌上P序・緒也.︹詩・周頒・閏予小子・毛侍︺叙、次第也。︹説文解字,三下︺
序着衣事o︹文心離龍・論説︺
以上がこれから概観してみようとする秦漠前後に、序を説明する文である。「序」「叙」は'「端緒」「次第」を意
味するということになろうが'いずれも字義の解樺にとどまっており、序という文健を論じたものではない。もちろ
ん序という文麿を考える場合、序はこの「端緒」「次第」の意から派生して名附けられたとは考えられるが、序の定
義を行なおうとする場合、このような字義の解揮だけに頼るのは極めて危険なことであろう。以上のような字義の解
樺からは、この頃にはまだ序という文髄がどのようなものであるのか'明確に定義されていなかったと考える方がか③えってよいように思う。その結果、まず序と名附けられた文章自髄に検討を加え'序という文題のもつ性質を捉えな
ければなるまい。そこで次章においては'秦漢期の序を集め、その性質を考えることにする。
一、序の要素(一)‑序(叙)と題された文について
まず'序(叙)と題された秦漢期の文章を抜き出してみよう。ただし'序という文髄の性質を明確にするのが目的
であるから'書物に封して附されたものを封象とし'その書の執筆編纂に直接摘わった者による文に限定しておく。④更に、成立事情に多くの問題を抱える﹃毛詩﹄﹃尚書﹄の序をひとまず除外すると、以下の八第を見出すことができる。⑤1﹃呂氏春秋﹄序意2﹃史記﹄太史公自序3﹃法言﹄序4﹃漢書﹄叙侍
5﹃説文解字﹄叙6﹃漕夫論﹄叙録7﹃風俗通義﹄序8﹃(前)漠紀﹄目録井序
この八篇の序に共通する要素として、次の四鮎が指摘できよう。⑥まずその置かれた位置である。現行本で﹃風俗通義﹄﹃漢紀﹄が冒頭にあるのを除けば'すべて末尾に配されている。
これは﹃史記﹄﹃漢書﹄を根接とするまでもなく、本来序は末尾に置くのが通例であったためと考えられる。﹃風俗
通義﹄﹃漢紀﹄が冒頭にあるのは'撰者が本来の位置を改めたか'後人によって末尾から冒頭に位置を襲えられたた
めであり'例外であると思われる。末尾に置くのが通例となったのは'序を全篇脱稿ののちに執筆したためであろう.
それを裏附ける鮎として'また以下の要素が奉げられる。
それは、序の中にその書の全篇名を記すことである。﹃呂氏春秋﹄と﹃風俗通義﹄以外の六書はみな'その書の全
篇名を記している。また﹃説文解字﹄と﹃漢紀﹄を除く各書は、全篇名を列挙するのみならず'各簾の要旨や執筆の
目的を逐1記しているo﹃漠紀﹄にいたっては'目録井序という名の通り目録として猫立させ'現在の目次の形態を
備えている。このことから目次は序から生じた可能性さえ指摘できよう。序が全書編集の最終段階に執筆されたので
あれば、目録もその際に作成されたのであろう。確かに目録は全篇執筆終了後の方が作成しやすく、誤りも最小限に
抑えることができる。そしてこれらの目録には、全篇名がみな現在の配列通りに挙げられている。逆に考えれば、こ
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⑦の目録が作成されていたために'各筒の配列が目録通り保存されてきたのでもあろう。
このことは'目録及びそれを含む序が費生した目的を考察する上で、きわめて重要である.つまり、執筆終了後に
全篇名を序に記すことによって'全篇の配列が目録通り保存されてきたのであるから'序に目録を記したために'全
篇の配列を保存し、各簾の侍存をも成し遂げたことになるのである。そうであるならば、序に目録を記した目的とし
て'全篇の配列を保存Lt各簾を保存することが考えられていても、全く不思議はないように思われるからである。
さらに言えば'序字には先に見た通り「次第」の意があることから、序はむしろ全篇の「次第」を整え、全髄の構成⑧を序次して指し示す目録から草生した可能性さえ考えられるのである。果たして目録から序が尊生したのか'先に考
えたように序から目録が生まれたのか、明らかにはしがたいが、秦漢期において序と目録が非常に密接な関係にある
ことは理解されよう。
第三鮎としては、目録のみならずそれを含む序が著された目的に、この保存ということが考えられていたのではな
いかと思わせる要素があるCそれは書物全膿の字数を示していることである。字数を示すのは﹃史記﹄﹃説文解字﹄⑨﹃風俗通義﹄﹃漢紀﹄に限られるが、全篇名を記すのと同様に、その書の全髄を保存する目的があったことを示唆し
ていよう。無論'字数をわざわざ記すのは、その多さを誇る意味もあったかもしれない。しかし'序ではないが簡腰
高書(銀雀山出土﹃孫膿兵法﹄など)の各第にもしばしば字数が記されていることから、秦漢期の執筆物は全般に、保
存を濠想以上に強く意識していたことが推測される。この鮎は今後この時期の執筆物の制作状況を考えるとき'特に
重税されなければなるまい。
四鮎目の要素は表現である.序にはほぼ必ずその書や作者の償値を高めるべく、褒め讃える表現が見られるのであ
る.序によって表現のしかたは異なるが'書物の内容を自ら栴讃したり'その書のもつ意義を主張することによって、
その書の債値を宣揚しているのである。このような表現上の差異はそれぞれの制作状況の違いをあらわしていると考
えられるので、内容の検討は後に譲ることにする。しかしながら'本文の執筆を終了した後に添える文であれば、讃
辞や襲節をもってその書物の結びを飾ろうとするのは、きわめて自然な行為であると思う。特に小論は'その書の執
筆編纂に直接摘わった者による'書物に封して附された序を封象としているので、序の執筆者のその書に封する自負
が'その書や作者の償値を高めようとする表現をとることにつながったものと考えている。
多少の例外はあるものの、①末尾に置かれ、②篇名の列挙'③繰字数の明記'④苦節などの述べられていることが'
秦漢期の序に多くみられる共通の要素である。次にはこの四つの要素に鑑みつつ'篇名に序(叙)字を附していない
が序の役割を果たしている文章を検討することにしたい。
二、序の要素(二)I「序」と言われる文について
序と題されてはいないが'序と言われてきた文は決して少なくない。小論にはまず序という文髄の性質を明確にす
る目的があるので、ここではその中でも前章で指摘した序に共通する四つの要素に照らし合わせ、確賓に序と言いう⑲るものに考察を限ることにする。すると次の四篇が'序と題していないが序の役割を果たしている文章と考えられる。
9﹃荘子﹄天下10﹃有子﹄桑問11﹃准南子﹄要略12﹃論衡﹄封作・自紀
以下、この四簾の概略をたどりながら、序と考えられる鮎を検討し、序のもつ性質、特にその表現について更なる
考察を試みよう。⑬﹃荘子﹄天下篤は序と名附けられてはいないものの、従来しばしば﹃荘子﹄全髄の序と言われてきた部分であるO
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⑫この篤は﹃荘子﹄三十三篤の最後に位置しており'三十三篤の篇名や字数は記されていないが'﹃荘子﹄という書物
全億に讃辞を添えている。
天下第は「天下の方術を治むる者は多し。皆な其の有を以て加ふべからずと為す.古えの所謂る道術なる者は'果
たして悪くにか在る。日く在らざることなしと」の文で始まり、「古えの所謂る道術なる者」の所在をたずねて先秦
諸子をひとしきり批判した後、「関戸・老胴か、古えの博大なる異人なるかな」と関戸・老子を「異人」と褒め讃え
る。そして最後に「(荘周)庖言を以て量街を為し、重言を以て異を為し'寓言を以て虞を為す。濁り天地の精神と
往来して'寓物に敦侃せず」と荘周とその言、つまり﹃荘子﹄に解れているが、そこでは「鼻を為し‑・・・虞を為し・・・
‑天地の精神と往来する」ものと讃節をおくつている。これは明らかに他の諸子を批判することによって'荘周や関
戸・老附の優位を際立たせているのである。更に「其の書項埠なりと錐も'而れども連狩傷ふ元し。其の新参差なり
と錐も、而れども誠読観るべし」のように'﹃荘子﹄という「書」と「其の節」も栴讃しているO「書」は囲持して
道理をやぶることがなく(「連狩傷ふ元し」)、「箭」は奇抜でみごとなものである(「談論観るべし」)という言い方
は'﹃荘子﹄の償値を誇り世に宣揚しようとしたものであろうOこのような表現が﹃荘子﹄という書物の末尾におか
れているのであるから、この天下第は荘周とその書﹃荘子﹄に封して栴讃の軒を加えるものであると言えよう。
﹃苛子﹄亮間筒は、﹃有子﹄三十二第の末尾にあり、主に亮・舜をはじめとする賢者の言行を語る篇であるが、そ
の最終章が萄卿と﹃萄子﹄という書を褒め讃える章となっている。この章もまた篇名や字数を記さないが'やはり序⑬と評されているものである。
この章の内容は、萄卿個人への襲辞が中心ではあるが、﹃萄子﹄という書物全髄への讃静もみえる。そこには次の
ようにある。