茨城大学教育学部紀要(教育科学)46号(1997)87−97
自由歩行における頭部の動きと歩行変数との関連性
小松崎 敏*,尾 形 敬 史*,勝 本 真*,野 田 洋 平*
(1996年10月14日受理)
Relationship between Movement of Head and Temporal/Distance Factors during Free(self selected)Speed Walking
Satoshi KoMATsuzAKI, Takashi OGATA,Makoto KATsuMoTo and Yohei NoDA
(Received October 14,1996)
は じ め に
健康づくり,体力づくりがマスコミなどで取り沙汰されるようになって久しい。その背景には,生 活習慣の近代化(欧米化)にともなって,日本人にも肥満傾向が増加しているという事実がある1)2)。
肥満は心疾患,脳血管疾患,糖尿病などの成人病(生活習慣病)の原因と言われており,脂肪を分 解する運動・スポーッを積極的にしましょう,というのが近年の流行であることは周知の通りであ る。この肥満→成人病→運動という図式はあまりにも短絡的ではあるが,それでも人々が運動や自 分のからだに対して強い認識・関心を抱くようになったことは評価に値するものである。
直立姿勢のまま二本足で移動すること,すなわち「歩くこと」はヒトのIdentityであると考えら れる。ライフスタイルの変化はヒトがヒトたらしめる「歩くこと」を奪い去り,そのかわりに運動 不足という憂慮すべき置き土産を我々に与え続けている。この運動不足が先の肥満傾向に拍車をか けていることは言うまでもなく,その打開策として,エレベーター・エスカレーターではなく階段 を使いましょう,早起きして公園を歩きましょうなど「歩くこと」を積極的に推進する動きが多く 見られるようになってきた。このようなウォーキングブームにはいくつかの流れがある。例えばヒ トのIdentityとしての歩きを取り戻そうとするもので,文明の利器に頼らずに階段を使って歩く3)
ようなことなど,「歩行」を移動手段として捉えるものである。また,それよりもさらに積極的にな って,早起きして公園でウォーキングすることなど,運動・エクササイズとして生理学的な効果を 求めるものもある(エクササイズ・ウォーキング4),フィットネス・ウォーキング5)など)。これら 2つの歩きの相違点は,前者が歩く者の意思によって自由な歩き方で歩く,自由・自然歩行をねらい としているのに対して,後者はより効果的に運動量を確保しようと速いテンポで腕を大きく振り,ス
トライドも大きくとって歩く,負荷歩行をさせることである。しかし実際はこれらを組み合わせて
*茨城大学教育学部保健体育講座(〒310茨城県水戸市文京2−14)
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用いたり,あるいは誤って混同して捉えている場合も少なくない。
歩き方(歩容)は誰もが同じであるはずがなく,一概に正常・異常という基準を設けることはで きないが,それでも我々が誰かの歩きを見て,首をかしげる場合がある。歩くという人間の運動を 視覚的に捉え,自らの経験と対照してその映像が見慣れないものであった時,なんとなく妙な印象 を受ける。この印象を与える原因としては,猫背になっていたり,逆にのけ反りかえっていたり,肩 で風をきりながら歩いているなどいろいろなものが考えられるが,その一因として頭部の動きも挙 げられよう。歩行中に頭が必要以上に上下にヒョコヒョコ動く場合はせわしない感じがし,また左 右に大きく揺れる時は不安定な印象を受ける。先のウォーキングブームを支えている多くの出版物 も,この頭の動きには着目しており,「頭は一定の位置を保つのが良い」との記述6)7)も見られる。
ところで,ヒトの歩行はバランスを保持する運動の連続であるため,高度な身体制御機構が働い ていると考えられる8)。この身体制御機構に異常があるとすれば,その人の歩行は不安定でおぼつか ない。しかし身体が健常である者が,必要以上に頭が動く場合にはその「歩き方」に問題があると
考えられる。
本研究は,ヒトの自由歩行において,どのような「歩き方」が頭の動きを誘発するのかを確認す るために,頭部の上下動・左右の揺れと基本的な歩行変数特に時間・距離因子との関連性を検討
したものである。
方 法
1.被検者
被験者は,国立1大学に在学中の健康な男女大学生66名(男子:41名,女子:25名)であった。表 1は被検者の身体特性である。
表1被験者の身体特1生
男子(N=41) 女子(N=25) 全体(N−66)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差
身長(cm) 173.049 5.550 157.000 5.148 166.970 9.501
体重(kg) 64,073 6.973 50.180 6.505 58.811 9。574 足長(cm) 26.463 0.890 2a500 0.677 25。341 1.660 右下肢長(cm) 92.841 3.807 84.720 3。323 89.765 5.362
左下肢長(cm) 93.000 3.937 84.560 3.398 89.803 5.552
小松崎ほか:自由歩行における頭部の動きと歩行変数との関連性 89
2.測定方法
被検者の自由歩行を映像として保存するため,VTR撮影のための実験路を設けた。スタート地点
からゴール地点まで距離は20m,幅は2mであった。実験路の中心から右側方15mに1台,前方15m に1台のVTRカメラを設置し,高さを1mに設定した。右側方のVTRカメラは歩行運動のスタート
地点とゴール地点の中間点鉛直上1mを画面の中心とした左右2mを撮影した。前方のVTRカメラは 実験路の中心地点鉛直上1mを画面の中心とした左右lmを撮影範囲とした。被検者は2回の準備歩行の後,歩行運動を行なった。また,歩行運動は,被験者の意志に基づく自 由歩行であり,特に規制は指示していない。
被験者が歩行実験路のVTRカメラ撮影範囲内に完全に入った状態での最初の1周期(右踵接地時 から右踵接地時まで)を,データ解析の対象とした。
3,測定項目
(1)時間因子
本研究では,歩行運動の各特徴時点間の時間的な流れを時間因子と定義づけた(図1)。左右の立 脚期,遊脚期,両脚支持期と歩行周期を算出した。被検者の歩行運動を撮影したVTRフィルムの再 生画面上にデジタルタイマーをスーパーインポーズし,各特徴時点の時間を読み取った記録によっ て,各変数を算出している。また変数の正規化を図る意味で,各変数を歩行周期で除し,それぞれ の時間率を算出した。また1分間当たりの歩数として,歩調を算出した。算出式は 歩調 =(2×
1/歩行周期)×60を用いている。
〜 〜
ち 竃 ξ ㌃
側面
〜 〜 、 ・、 1●●㍉。
i ㌔ \ 亀 i
ぐ ピ ジ ㍉ i. ∠ 〜
正面
♪
1●
l i ● i ♪ ■
一
l ll 〜
…5㍉l i 乱
毫∠踵接地時 足底接地時 逆脚足部が股関節下 踵離地時 つま先離地時 足部が股関節下 踵接地時
(逆脚つま先離地時)
右立脚期 右遊脚期
左遊 期前の両脚支持期 右遊脚期前の両脚支持期
歩行周期
図1本研究のおける時間因子の定義
gO 茨城大学教育学部紀要(教育科学)46号(1997)
② 距離因子
本研究では,足のつき方の空間的な特徴を距離 因子と定義づけた(図2)。左右のストライド長,
左ストライド長
ステップ長,歩隔を用いた。スーパーインポーズ 左ステップ長
機能を備えたパーソナルコンピュータとVMAプ
左足 ログラムによって,被検者の自由歩行運動を撮影 套右
歩
したVTR映像から歩行運動の各特徴時点の身体ポ
隔 隔
右足 進行方向
イントを読み込み,それらを2次元の座標に変換
右ステップ長
した後,各ポイント間の実長距離を算出した。ま
右ストライド長
た変数の正規化を図る意味で,ストライド長,ス テップ長を下肢長で除し,下肢長に対するストラ
図2本研究における距離因子の定義イド,ステップ長の比率を算出した。
㈲ 歩行速度の算出
本研究では歩行速度を 歩行速度 = ストライド長/歩行周期 という式を用いて算出した。
(4)頭部の上下動と左右の揺れ
距離因子と同様に,スーパーインポーズ機能を備えたパーソナルコンピュータとVMAプログラム によって,被検者の自由歩行運動を撮影したVTRフィルムから歩行運動の各特徴時点の頭部ポイン
トを読み込み,それらを2次元の座標に変換した。それによって,ポイント間の実長距離を算出した。
なおここでの頭部ポイントとは,側面では側頭骨鼓室部を,正面では眉間をそれぞれ用いている。一 般に,人間の歩行では頭部が最も高位置になるのは,脚が交差する瞬間であり,また最も低位置に なるのは両脚支持期であることが知られている。さらに左右の揺れに関しては,身体が最も側方に 振れるのは,同側の足底が接地した瞬間であると言える。本研究では,これらの瞬間の頭部の位置
を2次元座標に置き換え,そこから実長距離を算出した。
㈲ 頭部の動さに関連の高い歩行変数
自由歩行時の身体の上下動・左右の揺れに対して歩行変数が関与している程度を知るために,各 歩行変数を独立変量,頭部の上下動と左右の揺れをそれぞれ従属変量とし,ステップワイズ法を用 いた重回帰分析を行なった。なお各歩行変数はすべて正規化したデータを用いている。これは各被 検者間の身体寸法による影響を除外するためである。また分析は男女別に行なった。
結果 と 考察
1.時間,距離因子と歩行速度算出結果と検討
表2に歩行運動の時間因子の算出結果を示した。立脚期は男子で0.636秒であり,女子は0.575秒で あった。遊脚期は男子で0.390秒,女子は0.357秒であった。両脚支持期は男子で0.123秒,女子は0.
109秒であった。歩行周期は男子で1.026秒,女子は0.932秒であった。また各変数を歩行周期で除し,
時間率を算出した。立脚時間率は男子で61.996%,女子は61.645%であった。遊脚時間率は男子で 38.004%,女子は38.355%であった。両脚時間率は,男子は11.996%,女子は11.645%であった。
小松崎ほか:自由歩行における頭部の動きと歩行変数との関連性 g1
表2時間因子の算出結果
算 出 項 目 男子平均 標準偏差 女子平均 標準偏差 男女間有意差 右立脚期(sec) 0.636 0.037 0.577 0.046 ***
左立脚期(sec) 0。636 0.045 0.572 0.045 ***
立脚期平均(sec) 0.636 0.039 0.575 0.043 ***
右遊脚期(sec) 0.389 0.033 0.354 0.032 ***
左遊脚期(sec) 0。390 0.030 0.360 0.028 ***
遊脚期平均(sec) 0.390 0.028 0.357 0.025 ***
左足遊脚時前の両脚支持期(sec) 0.122 0.028 0.108 0.027 **
右足遊脚時前の両脚支持期(sec) 0.124 0.032 0,110 0.026 **
両脚支持期平均(sec) 0.123 0.025 0,109 0.025 **
歩行周期(sec) 1.026 0.045 0。932 0.049 ***
右立脚期時間率(%) 62.312 2.559 61.910 3.083 左立脚期時間率(%) 61.942 2.838 61.363 2856 平均立脚期時間率(%) 91.996 2.321 61.645 2.437 右遊脚期時間率(%) 3τ949 2.643 38.072 3.099 左遊脚期時間率(%) 3&058 2.838 38.637 2.856 平均遊脚期時間率(%) 3&004 2.321 38.355 2.437
左足遊脚時前の両脚支持時間率(%) 11.883 6.915 11.493 7.962
右足遊脚時前の両脚支持時間率(%) 12.109 7.459 11.796 7.691 平均両脚支持期時間率(%) 11.996 6.136 11.645 6.337歩調(歩/分) 117.229 5.342 129.156 6.844 ***
*** p<0,001 ** p<0.Ol * p〈0.05
また1分間当たりの歩数として歩調を算出した。歩調は男子で117.229歩/分,女子は129.156歩/分 であった。表3は歩行運動の距離因子と歩行速度の算出結果を示している。ストライド長は男子で
147.379cm,女子は135.948 cmであった。ステップ長は男子で72.839 cm,女子は67.768 cmであった。
歩隔は男子で8.646cm,女子は7。753cmであった。またストライド長とステップ長について下肢長 で除した結果,下肢長に対するストライド長比は男子で158.731%,女子は160,654%であった。ス テップ長比は男子で78.446%,女子は80.078%であった。歩行速度は,男子で143.956cm/秒,女子 は146.403cm/秒であった。
以上のことから,歩行運動における時間因子の男女間の差異を確認することができる。立脚期,遊 脚期,両脚支持期,歩行周期には男女間に差が認められる(p<0.001)。しかし時間率の観点から検 討してみると,差はほとんど見られない。このことから,歩行運動の1サイクルのみ観察し,速度の 影響を排除した場合の歩行リズムは,男女間に差はないと考えてよい。しかし運動を連続させて捉 えた場合には本実験での男子は時間をかけてゆったりとしたリズムで,女子はテンポ良く歩いてい ると推測される。その結果,男子は歩調が有意に少なく(p〈0.001)なっているものと考えられる。
またストライド長,ステップ長について単純に男女を比較すると,女子のほうが短い。つまり,一 歩で進むことができる絶対的な距離が女子は短いにもかかわらず,歩行速度を見るとほとんどかわ りなく,むしろ若干ではあるが女子のほうが速い。したがって,女子は歩行サイクルを速く連続さ
せる,
g2 茨城大学教育学部紀要(教育科学)46号(1997)
表3距離因子と歩行速度の算出結果
算 出 項 目 男子平均 標準偏差 女子平均 標準偏差 男女間有意差 右ストライド(cm) 14aO81 12.222 136.359 12.541 ***
左ストライド(cm) 154.677 14.372 135。537 1L695 ***
ストライド平均(cm) 147.379 13.173 135.948 11.976 ***
右ステップ(cm) 7α986 8.167 67.751 6。181 **
左ステップ(cm) 74.691 6.559 67.786 6.065 ***
ステップ平均(cm) 72.839 7.186 67。768 5,848 ***
右足遊脚時歩隔(cm) 8.991 3.807 7.317 2.929 ***
左足遊脚時歩隔(cm) 8.301 3.884 &190 2.130
歩隔平均(cm) 8.646 3.497 7753 2.226右ストライド長/右下肢長(%) 160.718 13.369 161.028 14.119 ***
左ストライド長/左下肢長(%) 156.767 15。371 160.298 12.253 ストライド長/平均下肢長(%) 158.731 14.172 160.654 12.953
右ステップ長/右下肢長(%) 76.518 8,782 79.973 6.563 * 左ステップ長/左下肢長(%) 80.380 7035 80.187 6.599
ステップ長/平均下肢長(%) 78.446 7.694 80.078 6.230
歩行速度(cm/sec) 143.956 14。246 146.403 15.779
*** p<0.001 ** p<0.01 * p<0.05
すなわち歩調を多くすることでスピードを得ているものと考えられる。ストライド長やステップ長 のいわゆる歩幅が下肢長に占める割合から考えると,男子よりも女子のほうが大きい。したがって 女子は男子と同じスピードを得るために無理して大きな歩幅で歩こうとし,不足分は歩調で補うと いった歩行パターンをもっていると推測できる。
2.頭部の上下動と左右の揺れの算出結果
表4に歩行運動時に起こる頭部の上下動と左右の揺れをVTR映像から算出した結果を示した。自
由歩行時に起きる頭部の上下動は,男子で3.765cm,女子は4.247 cmであり,最大値は男子で7.165 cm,
女子では8.571cmであった。男女を比較すると平均値,最大値ともに女子のほうが大きい値を示し ている。先に述べたように女子は歩き方に多少の無理がかかっていると考えられるため,このよう な大きな上下動を引き起こしたものと予測された。
また左右の揺れは,男子で4.903cm,女子は2.784 cmであり,最大値は男子で13.200cm,女子で は6,883cmであった。これは上下動とは異なり,男子のほうが大きい値を示した。
この上下動と左右の揺れの2点についてはその原因を次項にて検討する。
小松崎ほか:自由歩行における頭部の動きと歩行変数との関連性 93
表4頭部の上下動と左右の揺れの算出結果
男子平均 標準偏差 最大値 女子平均 標準偏差 最大値
右遊脚時頭部上下(cm) 4.361 1.529 6.618 4.365 L860 8.571 左遊脚時頭部上下(cm) &169 1.507 7.105 4.129 1.454 6.429頭部上下平均(cm) 3.765 1.210 5.882 4.247 1.518 7.500
右遊脚時頭部揺れ(cm) 5.584 2.572 13,200 2.606 1.746 6.883
左遊脚時頭部揺れ(cm) 4.222 2.300 11,200 2.962 1.923 6.883頭部揺れ平均(cm) 4.903 2.194 12.200 2.784 1.414 5.668
3.自由歩行における頭部の上下動と歩行変数の関連性の検討
男子被検者の各歩行変数を独立変量,左脚遊脚時の上下動を従属変量としたステップワイズ法を 用いた重回帰分析の結果,重相関係数が0.573であり,左脚遊脚時上下動の全分散を47.419%説明す る変数が抽出された。図3はステップワイズ法を用いた重回帰分析によって選択された左脚遊脚時上 下動に関連の高い歩行変数を,その貢献度の大きさに従ってパレート図に表したものである。左脚 遊脚時上下動に対して最も大きな貢献を示したのは,右脚遊脚時期前の両脚支持率であり,全分散 の20.46%を占めていた。以下,右ステップ長/右脚長,左脚遊脚時期前の両脚支持率と続いている。
また,女子被検者の各歩行変数を独立変量,左脚遊脚時の上下動を従属変量としたステップワイ ズ法を用いた重回帰分析の結果,重相関係数が0.539であり,左脚遊脚時上下動の全分散を40.707%
説明する変数が抽出された。図4はステップワイズ法を用いた重回帰分析によって選択された左脚遊 脚時上下動に関連の高い歩行変数を,その貢献度の大きさに従ってパレート図に表したものである。
左脚遊脚時上下動に対して最も大きな貢献を示したのは,歩行速度であり,全分散の32.83%を占め ていた。以下,左ステップ長/左脚長,右脚遊脚時期前の両脚支持率と続いている。
これらより,男子の両脚支持率は頭部の上下動に強い関連があると考えられる。両脚支持率は文 字どおり自分の体を両脚で支えている割合であり,臨床の分野では立脚時間率などとともに下肢に
よる体重の支持能力の指標として多く利用されている9)。また高齢者の歩行ではこの両脚支持率が大 きいといわれている10m)。したがって頭部に上下動が見られる場合には,その人の歩き方は高齢者 に似て,弱々しいと推測される。また,両脚支持率が長いということは,身体制御能力が劣ってい るとも考えられるが,本研究では身体の制御に関するEMG等の生理学的なデータは測定しておらず,
またその測定できる範囲にも限界があるため,一概に結論を導くことはできない。
一方女子に特徴的なのが,歩行速度の高い貢献である。先にも述べたように,女子の場合はスピー ドを得るためにやや無理のある歩き方をしている恐れがあり,このしわよせとして頭が上下に動い てしまうものと考えられる。またそのことは,ステップ長/脚長が頭の上下動に貢献していること でも裏付けられる。つまり,足の長さに見合わない無理な歩幅が安定性に欠けた歩行を生んでいる と考えられる。しかしながら,男女とも重相関係数が大きい値を示さなかったのは,自由歩行には 映像的に捉えることのできる「歩き方」だけでは説明しきれない,筋収縮を統合する高度中枢が関 与するバランス能力や,さらに高度な身体制御機構が働いていると考えるのが妥当であろう。
g4 茨城大学教育学部紀要(教育科学)46号(1997)
(%)
47.4246.73
50 44.25
R=0.573
45
40 33.07
35
3020.46
25
20
12.61
15 11.19
10
5 2.48 0.69
0
右脚遊脚時前 左脚遊脚時前
両脚支持率 両脚支持率 右歩隔 歩行周期 右ステップ長/右脚長
図3左脚遊脚時上下動に対する貢献度(男子)
(%)
56.18
60
R・=0.539 49.38
50 40.71
32.83
40
30
16.56
20
10
6・80 右ステップ長/右脚長一15.47
0
右脚遊脚時前
一10
歩行速度 両脚支持率 左ステップ長/左脚長一20
図4左脚遊脚時上下動に対する貢献度(女子)
小松崎ほか:自由歩行における頭部の動きと歩行変数との関連性 95
(%)
35
30.27R=0.395 28.25 29。07 30
24.82
25
16.69
20
15
1156
10
5 2.Ol 右歩隔 歩行速度
0
一1.20 −4.24, 看
左ステツプ長/左脚長 左歩隔 右脚遊脚時前 両脚支持率
一5
図5左脚遊脚時の左右の揺れに対する貢献度(男子)
(%)
57.36
60 54.59
R=0.562 50・lo
49.0050
38」6
4030
20
ll.93
10
7.27@ 右歩隔 左ステップ長/左脚長一2.77 −5.59
0
、左歩隔 歩行速度 左脚遊脚時前 両脚支持率
一10
図6左脚遊脚時上下動に対する貢献度(女子)
96 茨城大学教育学部紀要(教育科学)46号(1997)
4.自由歩行時における頭部の左右の揺れと歩行変数
男子被検者の各歩行変数を独立変量,左脚遊脚時の左右の揺れを従属変量としたステップワイズ 法を用いた重回帰分析の結果,重相関係数が0.395であり,左脚遊脚時の左右の揺れの全分散を24,
824%説明する変数が抽出された。図5はステップワイズ法を用いた重回帰分析によって選択された 左脚遊脚時の左右の揺れに関連の高い歩行変数を,その貢献度の大きさに従ってパレート図に表し たものである。左脚遊脚時の左右の揺れに対して最も大きな貢献を示したのは,左ステップ長/左 脚長であり,全分散の16.69%を占めていた。以下,左歩隔,右脚遊脚時期前の両脚支持率と続いて
いる。
また,女子被検者の各歩行変数を独立変量,左脚遊脚時の左右の揺れを従属変量としたステップ ワイズ法を用いた重回帰分析の結果,重相関係数が0.562であり,左脚遊脚時の左右の揺れの全分散 を24.824%説明する変数が抽出された。図6ステップワイズ法を用いた重回帰分析によって選択され た左脚遊脚時の左右の揺れに関連の高い歩行変数を,その貢献度の大きさに従ってパレート図に表 したものである。左脚遊脚時の左右の揺れに対して最も大きな貢献を示したのは,左歩隔であり,全 分散の38.16%を占めていた。以下,歩行速度,左脚遊脚時期前の両脚支持率と続いている。
男子の場合は重相関係数が低い値にとどまり,頭部の左右の揺れを十分に説明できる結果とは言 い難いが,特徴的なものとして,無理な歩幅と広い歩隔があげられる。歩隔が広い歩き方は,重心 を一定の位置にとどめることができず,どうしても頭が左右に振れてしまうと考えられる。
女子でも歩隔は非常に大きな貢献を示し,同様のことが推測される。また,歩く速度が速い人ほ ど大きく左右に揺れると考えられる。女子の場合,歩行速度は体に見合わない歩幅やたくさんの歩 調で得ていることから,歩く際のリズムが崩れ,歩行運動の不安定さを生むものと考えられる。ま
た両脚支持率が頭部の左右の動きにも関与しており,身体制御の観点から検討する必要性が示唆さ
れた。
お わ り に
本研究はヒトの自由歩行時における頭部の上下動と左右の揺れに関連のある歩行変数を明らかに するために行なわれた。またその過程において男女の「歩き方」の比較,検討を行なった。被検者 は健康な大学生男子41名,女子25名であった。自由歩行を撮影したVTR映像より,各歩行変数と頭 部の動き(上下動と左右の揺れ)が算出された。その結果,男子と女子の間には「歩き方」に差が 認められた。男子は広い歩幅とゆったりとしたリズムで歩くと考えられた。一方女子は,身体的に 男子と差があるにもかかわらず男子と変わらないスピードで歩く傾向にあった。そのためになるべ く大きい歩幅をとろうとし,歩調を多くすることでスピードを得ており,歩き方に無理がかかって いると推測された。また各歩行変数を独立変量,頭部の上下動と左右の揺れをそれぞれ従属変量と し,ステップワイズ法を用いた重回帰分析を施した。その結果,頭部の上下動に関連の高い歩行変 数は,男子は両脚支持率であり,女子はステップ長/下肢長であった。また,頭部の左右の揺れに 関連の高い歩行変数は,男子はステップ長/下肢長であり,女子は歩隔であった。自分の身体寸法 に合わない歩き方は,歩行の際のリズムやバランスを崩し,安定性に欠けた頭が大きく動く歩容を
小松崎ほか:自由歩行における頭部の動きと歩行変数との関連性 g7
生むと考えられる。しかしながら頭部の上下動や左右の揺れともに重相関係数がある程度までしか 伸びず,また両脚支持率が大きく関与していることから,これらを歩行変数の大小から説明するに
は限界があるように思われる。その人の身体制御能力との関連を検討する必要性が示唆された。
注
1)日経BP社編『日常診療のためのスポーツメディシン 95』(日経BP社,1994), pp.68−71.
2)UTAN編集部編r保存版 地球環境白書 今「子供」が危ない』(学習研究社,1992), pp.28−47.
3) (財)健康・体力づくり事業財団編『ウォーキング・エクササイズ』(ぎょうせい,1988),pp.36−39.
4)小野三嗣r歩く健康法』((財)茨城県社会保険協会発行小冊子),pp.4−9.
5)ジェームス・リッペ,アンネ・カシワ著,原田克彦訳『女性のためのウォーキング入門』(朝日新聞
社,1989),PP.11−30.
6)藤原健固r歩きの科学』(講談社,1988),pp.52−61.
7)山田徹子『歩くことはスポーツなり』(文化書房博文社,1991),pp.19−35.
8)マージョリー・H・ウーラコット,アン・シャムウェイークック編,r姿勢と歩行の発達』 (大修館書
店,1993),PP,38−41.9)土屋和夫r臨床歩行分析入門』(医歯薬出版,1989),p.20.
10)マージョリー・H・ウーラコット他,前掲書,p.172.
11)Munlay, M.P.;Kory, R,C.;Clarkson, B.H.: Walking Patterns in Healthy Old Men. ,」, of Gerontology,
24(1969),169−178