性格特性と運動技能向上の関連について
* ** *
チ藤 明子 ・安藤夫佐子 ・江戸 徳寿
(1982年9月30日受理)
Relationship Between Personal Trait and Motor Skill in Physical Education
Akiko KATo, Fusako ANDoH, Tokuju EDo
(Received September 30,1982)
@ 壱
はじめに
個人の運動技能に応じた指導法の研究は,今までに数多くある。特に,器械運動は個人的運動 種目であるから,数多くの実践報告がなされている。たとえば,器械運動のとび箱運動に関して だけでも,鈴木1),石黒2),須藤3),岡田4),向山5)の報告がある。これらは,個人の運動技 能に応じた課題を与えながら指導した場合の実践例を報告したものである。運動技能に応じた指 導は,高い成果をあげていると思われる。
ところが,運動技能に応じた課題を与えてもうまくいかない場合がある。運動技能が高い者に 難しい課題を,低い者には簡単な課題を与えれば良いかというと,必ずしもそうではないのであ る。多少,運動技能が低くても,難しい課題の方がよく技能が向上する者もいるし,また,その 逆もある。これは,課題に対する取り組み方が個人の性格によって異なることが,原因のひとつ になっていると考えることができる。
本研究では,課題の選択と性格の関係を明らかにする,一つの手だてとして,とび箱の前方倒 立回転とびを教材として,実験授業と調査を実施した。とび箱の高さを変えることで課題の難易 度を変え,とび箱の高さを個人個人が選択し学習をすすめる群(A群)と,グループでとび箱の 高さを選択し学習をすすめる群(B群)に分けて指導した。個人の特性によって,個人個人がとび 箱の高さを選択し学習をすすめた方が,技能が向上する者と,グループでとび箱の高さを選択し 学習をすすめた方が,技能が向上する者がいると考えたのである。さらに,個人の特性を知るた めの調査も実施した。以下に,その詳細を述べる。
* 茨城大学教育学部保健体育研究室
** 牛久町立神谷小学校
方 法
1.実験授業
茨城大学教育学部附属中学校2年生男子91名をA・Bふたつの群に分け,とび箱の前方倒立 回転とび(図1参照)の指導を,それぞれ6時間行った。A群は,2年1・2組46名, B群は,
2年3・4組45名である。指導期間は昭和56年5月16日〜30日,指導者は安藤であった。
A群:個人個人に自由にとび箱の高さを選択させ,学習を進めさせる。
B群:グループごとにとび箱の高さを選択させ,学習を進めさせる。このグループは,技能レ ベルの同じ者が同じグループになるように,教師側で決めたものである。
第2回〜第5回の4回の授業時には,上に示したように,2つの群は,練習するとび箱の高さ の選択方法が異なっている。しかし,第1回と第6回の授業では,A・B両群ともに同じ方法で 指導した。順を追って授業の概要を説明すると,次のようになる。第1回の授業時には,導入段 階の運動を実施した後,A・B両群とも,全員が,1段横向きのとび箱をとんだ。第2回〜第5 回では,1〜5段横向きのとび箱と5段縦向きのとび箱を用意し,A群では個人個人が, B群で はグループが,とび箱の高さおよび向きを選択し,練習した。前方倒立回転とびでは,とび箱は 高い方が難しく,横向きより縦向きの方が難しい。第6回の授業では,A・B両群とも個人個人 がとび箱の高さを選択して練習し,時間の終わりにひとりひとり演技の発表をした。なお,第2 回〜第5回でも,とび箱の高さの選択以外については,A・B両群に同じ内容の指導をした。指 導の内容は,主に理想のフォームに近づけるためのものである。
2.技能変化
授業での技能変化を調べるために,個人個人の前方倒立回転とびの演技を授業時にVTRに収 録した。第6回の授業時には,発表の際の演技を収録した。VTR収録の際には,踏み切りから 着地までの運動経過全体が収録できるようにカメラを固定した。収録された演技をもとに,個人 個人の技能を調べた。技能は,とんでいる①とび箱の高さと②フォームの2つの観点から調べ
た。
図1 前方倒立回転とび(5段横向き)
① とび箱の高さ
第6回の授業時の際にとんだとび箱の高さを調べ,それから,第1回の授業時にとんだ高さ を引いたものを,とび箱の高さに関する技能変化とした。第1回の授業時には,全員が1段の とび箱をとんだので,とび箱の高さに関する技能変化は,次式で表わされる。
(とび箱の高さの変化)=(第6回の段数)−1段
② フオー一ム
フォームの評価に先立って,次ページ表3に示す,前方倒立回転とびの評価の視点とそれぞ れの評価基準を設定した。基準を設定するにあたっては,檜森ら6),畑岡7),中島ら8)の著書 を参考にした。表3の評価基準に従って,各人の演技を再生しながら,評価を行った。まず,
6つの視点それぞれについて,○か×かを判定した。次に,○を1点,×を0点とし,6点満 点の採点を行った。なお,以下では,この得点のことを便宜上,フォーム得点と呼ぶ。
フォーム得点は,第1回と第6回の授業時に収録した演技それぞれについて求めた。この得 点をもとに次式で,フォーム得点の変化を求めた。得られた値が正であれば,技能が向上した と考えられる。
(フォーム得点の変化)ニ(第6回のフォーム得点)一(第1回のフォーム得点)
3.性格検査および器械運動に関するアンケート
性格検査には,YG性格検査を用いた。日本心理テスト研究所の「YG性格検査実施手引」に 従って,教室で検査を実施した。
指導前のとび箱での前方倒立回転とびに対する興味などについて,第1回の授業の初めに,ア ンケート調査を実施した。調査は,とび箱の前方倒立回転とびに対し,「こわい」か否か, 「興 味がある」か否か,「やってみたい」か否か,「できそう」か否かの4項目について実施した。
また,器械運動全般に対する興味や,器械運動のなかの20の技について,経験の有無習得抹 況,興味について,アンケート調査を,第5回授業時終了後に実施した。
結 果 1.技能変化
前述した方法によって,①とび箱の高さと②フォーム得点それぞれについて技能変化の度合 を調べた。その結果を群ごとにまとめたのが,表1と表2である。VTRの収録状況により,フォ 一ム得点の採点ができなかった演技があるため,人数に差がある。
表1 とび箱の高さの変化 ( )内%
高さQ 0 段 1段 2段 3段 4段 4段i縦) 計
3名 6名 14名 8 名 7名 5名 43名 A 群 (7.0) (14.0) (32.5) (18.6) (16.3) (11.6) (100.0)
0名 3名 16名 8 名 3名 5名 35名
B 群 (0.0) (8.6) (45.6) (22.9) (8.6) (14.3) (100.0)
表2 フォーム得点の変化
得点 一3点 一2点 一1点 0 占 、、、 1点 2点 3 占 、、、 4点 5点 計
A 群 2 名 1名 1名 2名 10名 11名 9 名 1名 1名 38名
(5.3) (2.6) (2.6) (5.3) (26.3) (29.0) (23、7) (2.6) (2.6) (100.0)
B 群 0 名 3名 3名 10名 3名 5名 4名 2名 1名 31名
(0.0) (9.7) (9.7) (32.2) (9.7) (16.1) (12.9) (6.5) (3.2) (100.0)
( )内%
表3 フォームの評価の視点および基準
視 点 評価基準 評価基準設定の理由
第1空中局面の有無 熟練者は,離足から着手の間に空中局面があるが,
○ 空中局面がある 一般中学生は,踏み切りが弱いため,離足より着手
1 左 が先になってしまい,空中局面のない場合も少なく
× 空中局面がない ない。そこで,左記の基準を設定した。
着手時の脚の振り上
がり 振り上がり角度は便宜上,手首と膝を結んだ線が水
角度 ○ 0度以上 平線となす角度として求めた。踏み切りの方向が悪
2 いと脚を充分に振り上げることができないため,角
× 0度未満 度が小さくなる。一般中学生であるので,水平を基 準とした。
着手から離手までの p勢および時
ヤ ○
身体が伸びていて,
ゥつ着手時間25コマ ネ下注)
熟練者においては,着手時間は短い方がよい。しか オ,一般中学生では短い方がよいとは言い切れない。
3
× 身体がまるまってい 驕Bあるいは,着手
身体をまるめてとぶと着手時間は短くなるが,決し ト良い跳躍とは言えない。そこで,左記の基準を設 時間が26コマ以上 定した。
離手時の 身体が一直線に伸びているのが理想である。一般中
腰角度 ○ 180度以上 学生であるから,腰角度のみに注目して,左記の基
4 準を設定した。
× 180度未満 第2空中局面での
腰角度 身体はやや背屈し,軽くそった状態が理想である。
○ 180度以上 4と同様に腰角度のみに注目して,左記の基準を設
5 定した。
〔 × 180度未満
着 地
○ 足から着地,足以外 ヘマットに着かない
自分の回転のスピードにあった着地の体勢がとれな
「と,安定した着地ができない。一般中学生である
6 き
×
着地時または着地後,
ォ以外をマットに着 ュ
ので,着地後,ふらついたり,前後に大きく移動し トも足以外がマットに触れなければ,○とした。
注)1コマはユ/60秒である。コマ数は,ビデオモーションアナライザーで調べた。
2.性格検査の結果
YG性格検査によって調査した12の性格特性の概要を知るため,得点をA・B両群に分けて,
平均すると表4のようになる。表中のアルファベットおよび得点が表わす意味については,表5 に示す通りである。
表4 性格特性の平均点 性格特
性 D C 1 N 0 Co Ag G R T A S
A群 7.4 8.6 7.7 9.5 7.5 10.5 11.5 11.0 10.8 9.3 11.5 13.5
(39名)
B 群 8.7 8.9 7.9 8.9 9.5 10.8 13.1 11.4 13.8 9.56 10.1 13.4
(34名)
表5 性格特性の説明
D 抑 欝 性・・………・陰気,悲観的気分,罪悪感の強い性質 C 回帰性傾向……・・…………・著しい気分の変化,驚きやすい性質
1 劣等感の強いこと・……・…・自信の欠乏,自己の過小評価,不適応感が強い N 神 経 質……・…………・・心配性,神経質,ノイローゼ気味
0 客観的でないこと…………空想的,過敏性,主観性 Co 協調的でないこと…………不満が多い,人を信用しない性質
Ag 愛想の悪いこと………攻撃的,社会的活動性,但しこの性質が強すぎる と社会的不適応になりやすい
G 一般的活動性………活発な性質,身体を動かすことが好き R のんきさ…………・……・・気がるな,のんきな,活発衝動的な性質 T 思考的外向……・…………・・非熟慮的,瞑想的および反省的の反対傾向 A 支 配 性………社会的指導性,リーダーシップのある性質 S 社会的外向…・………・・対人的に外向的,社交的,社会的接触を好む傾向
調査されるユ2の性格特性は,高得点ほど上記傾向が強くなる。
被験者を5つのタイプに分類した結果を,A・B両群に分けて示すと,表6のようになる。
表6 性格の5類型
型群
平均 型 不安定積極型 安定消極型 安定積極型 不安定消極型 計 A群群 6名(15.4) 8名(20.5) 12名(30.7) 9名(23.1) 4名(10.3) 39名(100.0)
B 群 4名(11.8) 11名(32.3) 4名(11.8) 9名(26.5) 6名(17.6) 34名(100.0)
()内%
3.性格特性と技能変化
性格特性と技能変化の関連を調べるため,性格特性を横軸,技能変化を縦軸に,A・B両群に 分けてグラフを作成した。さらに,それぞれの相関係数および回帰直線を求めた。A・Bどちら かの群で,性格特性と技能変化に有意な相関があったのは,次の5つである。すなわち,とび箱 の高さと劣等感,フォーム得点と神経質,フォーム得点と抑うつ性,フォーム得点と協調性,フ
オーム得点と攻撃性である。この5つについて,図2〜図6に示す。
なお,図中の黒丸1つは1名を表わしている。また,相関係数をrとして,数値を図中に示し た。相関係数を求める際には,とび箱の高さが4段増加し,縦向きに変化した場合は,5段増加
したものとして計算した。相関係数がα1以上のものについては,回帰直線を図中に入れた。
A 群 B 群
r=−0.423 5%水準で有意 r=−0.0324段 4段
(縦) 輸゜° @ (縦) ● ● ●
ご4 ・ と4 ● ● ●
籍3 ・・ び3 箱
● ● ●● ●
の2 ・・… 鱒・ ● の2 古 . 同
●● 鱒 ■ ●●● ●● ●●
さ1 ・ ・ ・… さ1 ● ■ ●
の の
変0 … 変0
化 化
0 5 10 15 20 0 5 10 15 20
小←一劣等感一→大 小←一劣等感一→大
図2 劣等感ととび箱の高さの変化
A 群 B 群
点 r=0.211 点 r=−0.495 5%水準で有意
5 ・ 5
4 ・ 4 ■ ●
フ 3
ア1窒Q
・・ ° °° 軸 フ 3
D......
@ r2・ ・・… 倉1
● ●
@ ● ● ● ●
@ ●
雰・ . ・ 房。 ● ● ■ ●● ●9 ● ●
詫一1 ゜ 詫一1
一2 ・ −2 ● ●
一3 ・ ・ −3
0 5 10 15 20 0 5 10 20
神経質 神経質 神経質 神経質
でない でない
図3 神経質とフォーム得点の変化
A 群 B 群 点 r=0.345 5%水準で有意 点 r;−0.136
5 ・ 5
4 。 4 ●
フ 3 ● ● 。 ●● ・・ フ 3 ● ● ■
オ オ
1 2 ● 亀. ● o o . 1 2 . ■ ♂ ●
ム ム
得 1 ・ ・。 ・ ・ 得 1 ● ■
嶺・ 点・ ・ の 0
■ ● ■ ● ● ・
籍一1 変化一1
一2一 ・ −2 ● ●
一3 ・・ −3
0 5 10 15 20 0 5 10 15 20
小←一一一一抑うつ性一→大 小←一抑うつ性一一一一→・大 図4 抑うつ性とフォーム得点の変化
A 群 B 群
点 r=0.263 点 r;_0.466 5%水準で有意 5 ・ 5
4 ・ 4 ・ ・
フ 3 も.・@。、 フ 3 …
オ オ
1 2 ・ … 鷲・ i2 ● ■ ●
ム ム
得 1 ° °、 得 1 ●
房・ ・・@ 房・ o ● ●● ● ●● ■
詫一1 霧一1
一2 ・ −2 ● ●
一3 ・ ・ −3
0 5 10 15 20 0 5 10 15 20
協調的 非協調的 協調的 非協調的 図5 協調性とフォーム得点の変化
点 A 群 . 点 B 群
5 . r==−0.167 5 r;−0.509 5%水準で有意
4 ・ 4 ● ●
フ 3 鱒 ●● ・フ 3 ● ■ ●
オ オ
1 2 ゜°@° 轟 i2 ● ●● ● ●
ム ム
得 1 @ 轟 ゜鱒 、 得 1 ■ ●
禽・ ・・@ 禽・ ●● ●● ●●● ●● o
変ヨ化 籍1
一2 ・ −2 ●
一3 ・・@ −3
,
0 5 10 15 20 0 5 15 20
攻撃的 攻撃的 攻撃的 攻撃的 でない でない
図6 攻撃性とフォーム得点の変化
4.アンケートの結果と技能変化
アンケートの結果は,A群とB群の間に差が認められなかった。さらに,アンケートの結果と 技能変化の関係を調べたところ,器械運動の技を習得した数と技能変化に相関が認められた。そ れを,図7,図8に示す。なお,技の習得数はあらかじめ提示した20の技について回答させた 結果得られたものである。
A 群 B 群 4段
i縦)
ニ 4 ム箱3
。−0.579 4段
@ °. (縦)1%水準で有意
D..° Fンと慰
r=0.541 ● ● ● ■
P%水準で有意 ● ●
@ ●●●6 ●
の の
高2 ・ 嘱゜° °の 高2 ・・ ● o●晶o・ ● さの 1
・・…@ 話1 ● ● ■
変化0 変 ° 化0
0 5 10 15 20 0 5 10 15 20
技の習得数 技の習得数 図7 技の習得数ととび箱の高さの変化
点 A 群 点 B 群
5 r= 0.009 ● 5 r;−0.383 ・
5%水準で有意
4 ・ 4 ● ●
フ 3 凸・・。鱒 ・ フ 3 ● ● o
オ オ
i 2 ・・鱒・@ ・・・… 1 2 ● ● ●
ム ム
得 1 ・ 。・ω ・… 得 1 ● ・ o
点 点
の 0 ・ ・ の 0 ■●凸● ●●
変化『1 変゜ 化一1
● ●
一2 ・ ・ −2 ● ● .
一3 ・ −3
0 5 10 15 20 0 5 iO l5 20
技の習得数 技の習得数 図8 技の習得数とフォーム得点の変化
考 察
1.技能変化
とび箱の高さの変化(表1)は,A・B両群ともに,2段増加したものが最も多い。全体に似 た様相を示していて,両群の間に大きな差は認められない。また,A・B両群とも大多数の者が,
高さが増加しており,A・Bどちらの群も技能が伸びていると考えられる。ただし,第1回授業 時には,全員が1段の高さでしか練習していないので,もともと高いとび箱をとぶだけの技能を 持ちながら,第1回授業時には,それが発揮できなかった者もいる可能性がある。表1に示され
た数値は,第6回授業時の技能を示していると考えた方が適切かもしれない。
フォーム得点の変化(表2)は,A・B両群とも似た様相を呈しているが, A群の方がいく分 点数が高い。また,B群で得点に変化がみられない者が10名いる点に注目できる。ただし,フ
オーム得点の変化が0というのは,フォームが全く変化していないことを意味するのではない。
たとえば,第2空中局面で腰が伸びるようになったので得点に1を加えたが,着地で尻もちをつ いたために1点マイナスになり,プラスマイナスゼロというケースもあるからである。この点数 は,フォームという観点からみた技能変化の一つの指標なのである。フォーム得点の変化も,全 体としてみれば,B群がやや劣るものの,技能は向上していると考えられる。
2,性格特性
12の性格特性については,A・B両群とも似た様相をしていることが,表4からわかる。性格 特性には,A・B両群の間に差は認められない。個人の性格を5つのタイプに分類した結果(表6)
をみると,A群とB群の間に若干の相が認められる。 A群では安定消極型が12名(30.7%)と 多く,B群では4名(11,8%)と少ない。逆に,不安定積極型と不安定消極型は, B群の方がや
や多い。
3.性格特性と技能変化の関連について
上述した通り,A群・B群ともに技能はプラスの方向に変化したと考えられるが, A群とB群 の差は,さほど大きくない。そこで,技能変化を性格特性と関係付けてみたのが図2〜図6であ る。これらの図で,A群とB群の様相が異なっていれば,課題選択の方法が異なっているために,
両群間にその差が生じたと考えることができる。以下,とび箱の高さの変化とフォーム得点の変化 に分けて,考えていく。
① とび箱の高さの変化と性格特性
図2に示したのは,劣等感ととび箱の高さの変化の関係をみるグラフである。A群では,劣 等感の小さい者の方が,とび箱の段数がより多く増加している。B群では,劣等感ととび箱の 高さの変化に関連が認められない。A群は,とび箱の高さを個人個人が選択した群, B群は,
グループごとにとび箱の高さを選択した群である。従って,これは,次のように解釈すること ができる。とび箱の高さを個人個人で選択し学習した場合には,劣等感の小さい者は,高いと び箱を選択し,劣等感の大きい者は,低いとび箱を選択している。とび箱の高さをグループで 選択し学習した場合には,個人個人でとび箱の高さを選択した時(第6回授業時)にも,劣等 感の大小と選択するとび箱の高さの間に関係が認められない。B群では,グループによって練 習する時のとび箱の高さが規制されたため,最終的に個人がとび箱の高さを選択した場合でも 劣等感の大小ととび箱の高さとの間に関係がなかったと考えられる。劣等感の大きな者には,
仲間あるいは教師が,とび箱の高さを規制すると,高いとび箱をとぶことができるという可能 性がある。
12の性格特性のうち,劣等感に関するものは,上述の関連が認められたが,他の11には,
とび箱の高さとの関連が認められなかった。どのグラフも点が散在しているのである。
② 性格特性とフォーム得点の変化
A群とB群で,グラフの様相が異なっているのは,抑うつ性,神経質,協調性,攻撃性の4 つの性格特性に関するものである。他の8つの性格特性に関するものについては,相関係数が 小さく,フォーム得点との間に関連は認められなかった。関連の認められたものについてまと めると,以下のようになる。
A群:神経質とフォーム得点の間に関連が認められない。
oB〃:神経質一フォーム得点向上小,神経質でない フォーム得点向上大 A群:抑うつ性大一フォーム得点向上大,抑うつ性小一フォーム得点向上小 oB〃:抑うつ性とフォーム得点の間に関連が認められない。
A群:協調性とスォーム得点の間に関連が認められない。
o B〃:協調的一フォーム得点向上大,非協調的 フォーム得点向上小 A群:攻撃性とフォーム得点の間に関連が認められない。
o『 B〃:攻撃的一フォーム得点向上小,攻撃的でない一フォーム得点向上大
これを群ごとにみていくと,A群(個人個人が高さを選択し学習した群)では,抑うつ性の 大きな者が大きな得点向上を示している。B群(グループで高さを選択し学習した群)では,
神経質でない者,協調的な者,攻撃的でない者が大きな得点向上を示している。また,有意な 相関はないが,A群では,神経質な者,非協調的な者の得点向上の割合がやや大きい。個人個 人が高さを選択して練習した場合,陰気な,神経質で,非協調的な者が,他人に左右されずコ ツコッと自分のペースで練習し,成果をあげることは充分考えられる。グループごとに高さを 選択し学習をすすめたB群では,第2回から第5回までグループが固定されていたため,仲間 意識が生じていたと考えられる。グループで高さを選択した場合には,神経質でなく,協調的 で,攻撃的でない者が,仲間のアドバイスをとり入れながら,フォームを向上させたと思われ
る。
4.器械運動の技の習得数と技能変化
ここでは,図7と図8について述べる。とび箱の高さの変化(図7)についてみると,習得し た技の数が多い者は,A・B両群ともに,高さが増加している者が多い。フォーム得点の変化(図
8)についてみると,A群では技の習得数とフォーム得点の間に関係が認められず, B群では,
習得した技の数が多い者ほど,フォーム得点が向上していない。習得した技の数が多い者は,一 般に器械運動が得意であると考えられる。得意な者が高いとび箱をとぶのは当然の成り行である から,図7は,あたり前の結果を示している。ところが図8は,得意な者が必ずしも,フォーム が向上するわけではないということを示している。図8について考察する前に,とび箱の高さの 変化と,フォーム得点の関係についてみる。
図9は,フォーム得点の変化を横軸,とび箱の高さの変化を縦軸にとったグラフである。フォ 一ム得点ととび箱の高さは,相関係数も低く,関連は認められない。良いフォームでとぶという ことと,高いとび箱をとぶということは別々の技能が関与していると考えられる。これは,予期 した通りの結果であった。このことをふまえて,図8について考察をすすめる。
前述したように,習得した技の数が多い者は,一般に器械運動が得意であると考えられる。得
意な者のフォームが向上しない,あるいは,低下した原因には,次の二点が考えられる。
習得した技の数の多い者は,高いとび箱をとんでいる。自分の能力を上まわる高さ,あるいは,
長さのとび箱をとんだため,フォームが乱れてしまったというのが,原因の一点である。授業で は,1段から5段さらに5段向きというとび箱を用意したため,生徒の関心が,フォームよりも とび箱の高さの方向に向いた可能性がある。授業中に理想的なフォームを提示したし,フォーム を良くするための練習もとり入れたが,B群では,グループ内で高さを競う傾向が強くなったと 考えられる。これは,B群の方が,フォーム得点の向上がやや小さいことからも伺われる。
もう一点は,教師が,うまくいかない生徒の方により多くのアドバイスをした可能性が強いと いうことだ。記録していないので,不確実だが,全員が前方倒立回転とびでとべるようにしよう という目標で授業に臨んだため,そのようになった可能性がある。B群では,うまくできない者 が,同じグループにまとまっていたため,その傾向が強く現われたのではないだろうか。
4段A 群 4段 B 群
(縦) rニ0.067 °° °° (縦) ・… r=−0.014 と 4 ・・@ ・ … と4 ● ● ●
び箱3 び ・・ 箱3
ゐ . ● ●
の の
高2 ・ 轟 ・ 禽 ・ 盲2 同 轟 ● ● ● 8 &
さ さ
の 1 ・・@凸 の1 凸 ● 変化0 … 籍・
一3 −2 −1 0 1 2 3 4 5 −2 −1 0 1 2 3 4 5
フォーム得点の変化 フォーム得点の変化 図9 フォーム得点の変化ととび箱の高さの変化
ま と め
とび箱の前方倒立回転とびを指導する際練習するとび箱の高さを個人個人に選択させた場合 と,グループで選択させた場合では,クラス全体としては技能向上に大きな差はないが,個人の 特性によっては差がみられるのではないか,という仮設のもとに研究をすすめた。技能変化はと び箱の高さと,フォーム得点の二点からみた。個人の特性は,YG性格検査と器械運動に対する 興味,経験等のアンケートによって調べた。その結果,1〜5が得られた。
1.個人個人がとび箱の高さを選択した場合,劣等感の小さい者はとび箱の高さが増加した割 合が大きい。
2.個人個人がとび箱の高さを選択した群では,抑うつ性の大きい者の方が,フォーム得点が 向上した。
3、グループでとび箱の高さを選択した群では,神経質でない者,協調的な者,巧撃的でない 者の方が,フォーム得点が向上した。
4.習得した器械運動の技の数の多い者ほど,とび箱の高さの増加が大きい。
5.グループでとび箱の高さを選択した群では,習得した器械運動の技の数の多い者ほど,フ
オーム得点が向上していない。
これらの結果をただちに一般化することはできないが,とび箱の高さの選択方法ひとつでも,
個人の性格が異なれば,この様な差が出てくることがわかった。個人の性格特性と技能がよく向 上する指導法の関係がある程度パターン化できれば,指導の際の参考になると思われる。今後の 課題として,研究をすすめていきたい。
おわりに
附属中学校の山崎実先生の多大な協力を得ることができて,本研究の実施が可能になった。附 属中学校で実験授業を実施したいという申し出に心良く応じて下さった上に,指導案作製にあた
っては,適切かつ重要なアドバイスを数多くいただいた。ここに記して,感謝の意を表したい。
なお,本論文は,安藤夫佐子の卒業論文に,加藤と江戸が加筆,修正をしたものである。
注
1)鈴木吉彦「能力に応じたとび箱運動の指導」 『学校体育』26巻10号,1977年,120−125頁.
2)石黒 健「能力別グループで行う跳箱運動」『学校体育」30巻8号,1977年,134−137頁.
3)須藤幸吉「技能差に応じた跳箱運動の指導」『学校体育」31巻6号,1978年,56−61頁.
4)岡田和雄・平林宏美・藤井喜一「子どもの喜ぶ授業をめざして とび箱運動一一三年生」『体育科教育』
29巻11号,1981年,32−37頁.
5)向山洋一「できるようにする学習指導過程」 『体育科教育』30巻10号,1982年,29−31頁.
6)檜森丈策・長谷川輝紀『器械運動の指導』 (道和書院,1977年),128−129頁.
7)畑岡正夫『体操と器械運動H」 (学芸出版社,1972年)38−42頁.
8)中島光広・太田昌秀・吉田 茂・三浦忠雄『器械運動指導ハンドブック」 (大修館書店,1979年),
139−146頁.