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清代に於ける民事法秩序の構造

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清代に於ける民事法秩序の構造

著者 森田 成満

雑誌名 星薬科大学一般教育論集

号 12

ページ 41‑58

発行年 1994

URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000194/

(2)

清 代に於ける民事法秩序の構造

森田 成満

目 次

序言−⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝・⁝⁝・⁝・−⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝・・⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝−⁝⁝・・⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・四一

第一節 官法および権利と裁判:⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝−・−⁝⁝四三

第一款官法のとらえ方⁝⁝⁝⁝・⁝⁝・⁝⁝⁝−⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝・⁝・⁝・⁝⁝⁝⁝−⁝⁝⁝⁝⁝⁝−四三

第二款 権利のとらえ方:⁝⁝⁝⁝⁝:・⁝⁝⁝:⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝:::⁝:・⁝・:⁝⁝:::⁝・⁝⁝五〇

第三款 裁判の性格・⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝:⁝⁝⁝⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝:⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝五二

第二節 民間秩序の成り立ちと官法:⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝:⁝⁝⁝・:⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・五四

⁝⁝⁝⁝⁝:⁝・:⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝:⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝:⁝⁝⁝⁝⁝⁝:・⁝::五八

4  本稿は︑清代に於ける民事関係の法秩序が社会全体としてどのような仕組みからできていたかを︑先学の業績にも留意

(3)

2 しながら解明することを目的とする︒個々の法分野の内容を見るのではなくて︑秩序の仕組みの枠を検討する︒4て︑滋賀秀三博士は慣習や情理等に着目する民事的法源の存在の仕組みや裁判の性格に関する二︑三の論考を公に

された︒その後︑法のとらえ方や裁判の性格について滋賀博士の理解を継承する寺田浩明氏による民間秩序や慣行に関す      ①②   るいくつかの論考がでた︒これらの論考の描く法や裁判︑さらには秩序の仕組みの理解と筆者のそれとは多くの点で異な

  る︒そこで︑両氏の理解との違いに目を配りながら︑清代の民事法秩序の仕組みについての考えをここで纒めて記してみ

い︒

まず︑何を法や権利としてとらえるかということを考え︑ついで︑その法や権利のとらえ方と関係する裁判に着眼して

   その性格や果たした働きがどのようであったかを見る︒さらに︑清代に於ける民事法秩序は官法だけでは完結し得ていな

で︑民間秩序の仕組みを検討し官法との関連を考える︒これらのことを通して︑清朝権力︑清代社会の特徴の一端を

  

理 解することもできよう︒

ω 滋賀秀三﹁民事的法源の概括的検討−情・理・法﹂︷東洋史研究四〇巻一号︑なお︑後に同氏﹃清代中国の法と裁判﹄創文社︑

 一九八四年︵以下︑滋賀著書と記す︒︶に収められる︒︸︷この論考に対する中村茂氏夫による書評が法制史研究三二︑一九八二年にあ

る︒また滋賀著書に対しては︑奥村郁三︵創文二五七号︑一九八五年︶︑岸本美緒︷中国研究月報三九の七︑一九八五年︶︑小口彦

︵法制史研究三五︑ 一九八五年︶ 三氏の書評がある︒︸︒同氏﹁法源としての経義と礼︑および慣習﹂︵滋賀著書第五論文︶︒同氏

 ﹁中国法文化の考察−訴訟のあり方を通じて﹂︷東西法文化︵法哲学年報一九八六年︶︒同氏﹁伝統中国における法源としての慣

習ージャン・ボダン協会への報告﹂︵国家学会百年記念﹃国家と市民﹄第三巻︑一九八七年︶︒同氏﹁清代州県衙門における訴訟

ぐる若干の所見ー淡新梢案を史料としてー﹂︵法制史研究三七︑一九八七年︶︒︵この論考に対する中村茂夫氏にょる書評が

法 制史研究三九︑一九八九年にある︒︶︒寺田浩明﹁田面田底慣行の法的性格ー概念的分析を中心としてー﹂︵東洋文化研究所紀

三︑ 一九八三年︶︒同氏﹁清代中期の典規制にみえる期限の意味について﹂︷﹃東洋法史の探求−島田正郎博士碩寿記念論集﹄

(4)

 ︵汲古書院︑一九八七年︶以下︑島田記念論集と記す︒︸︵この論考に対する筆者の書評が法制史研究三八︑一九八八年にある︒︶︒同

秩 序における﹁慣行﹂の構造﹈︵東洋史研究四入巻二号︑一九八八年︶︒同氏﹁中国近世における自然の領有﹂︷﹃シリ

 ーズ・世界史への問い﹄第一巻﹃歴史における自然﹄︵岩波書店︑一九八九年︶︸︒同氏︻清代司法制度研究における﹁法﹂の位置付

けについて一︵﹃思想﹄七九二〇号︑一九九〇年︶︵この論考に対する奥村郁三氏による書評が法制史研究四一︑一九九一年にある︒︶9

同氏﹇明清法秩序における﹁約﹂の性格﹈︷溝口雄三・浜下武志・平石直昭・宮島博史編︑アジアから考えるω﹃社会と国家﹄︵東京

学 出版会︑一九九四年︶︸︒同氏﹁明清法制史学の研究対象について﹂︵法学五八巻三号︑一九九四年︶︒

 一部︑すでに意見を書いたこともある︒︷拙稿コ九八五年学界回顧︑東洋法制史﹂︵﹁法律時報︑一九八五年︑十月号﹄日本評論

社︶︒同﹁清代土地所有権法補論﹂︵島田記念論集所収︶︒同﹁清代刑法に於ける因果関係﹂︵星薬科大学一般教育論集第八輯︶一〇五

  頁︒同﹁清代法に於ける官の活動をめぐる不法からの救済﹂︵星薬科大学一般教育論集第=輯︶七二頁︑七三頁︸︒

第一節 官法および権利と裁判

    第一款官法のとらえ方

まず法および裁判に関係する滋賀博士︑寺畏の所説を公にされ藷稿に沿・て筆者なりに極く短く纒めてみる︒

滋賀博士は︑まず︑従来︑学界でその解明の重要性には気づかれながら︑未開拓の分野であった法源の解明を目指し・

       ωる 法︑理︑情の準則としての特徴を明らかにし︑法は情理を実定化したものであるとされた︒成文法としての法だけが対自

された規範であるという意味の実定性を持つのであって︑情理は正義衡平の感覚でしかない︒それ故︑法の少ない清代

こ             ウ  定私法体系に乏しいとさ慧︒次に︑その背慣姦及し︑法を発見する訴訟構造ではなか三が故に︑実定私法体系      ⑱作っておく必要がなかったのであると結論づけた︒さらに︑判決を出すには当事者の同意を要件とするのであって︑法

ヨ      4 による裁判ではないし︑事実認定もおおざっぱであったとされ鰍︒

(5)

4  清代はルール志向に乏しく実定法が少ないとする滋賀博士の考え方を基礎にして︑それを発展させた寺田氏は︑さらに4 る裁判規範でもない︒それ故︑秩序は民間にあるとされた︒そこから︑寺田氏の主要な関心は民間秩

  序の分析におかれたのである︒氏は相場として重心と突出のある行動のパターンとして︑慣行はある︒しかし︑慣行には

      ⑤ 定の制度空間がある訳ではないし︑官がそれに働きかけをして変わることもあれば変わらぬこともあるとされる︒相場       ㈲ として境界では慣行の存否そのものが不明確になり︑流動化する︒ただ︑一応の民事法秩序を保つものとして︑契約関係      ⑦

   があった︒しかし︑それがなされる範囲や合意によるか否かは一様ではないとされる︒

第一に︑清代の民事法秩序の仕組みを明らかにするためには︑裁判に着眼して︑裁判規範としての法源を官法ととらえ

   るのが最も有効な方法である︒裁判における官の意思を官法とみる︒滋賀︑寺田両氏は法︑理︑情という準則の︵手がか

 りという︶形式に着眼して︑そのうちの成文法である法だけを官法ととらえ︑さらに︑寺田氏は官法は裁判規範ではない       ⑧  とされる︒確かに対自化された規範形式としては成文法しかない︒官が制定したのは成文法だけであり︑情理は人や天の      の 存在そのものに由来し︑もともとの根拠は官の意思にはない︒しかし︑官の意思として裁判規範に取り入れてい葱裁判

 は実際的な解決を目指すものではあったけれども解決案を提示したのであって︑法︑理︑情のいずれかの準則を適用して

 いる︒法が必ず裁判で適用され︑かつ︑それによってのみ裁判すると官は厳格に考えていた訳ではない︒対自化した規範

 の内容を変えて裁判に適用することを認めない現代法とは違う︒しかし︑少なくとも︑清代の史料を見る限り︑官は決し       ω  て当事者間の伝令であったり︑単なる交通整理役であった訳ではない︒そして︑官僚が判決を下すには当事者の同意が必

要であったということは︑官法が裁判準則であるという性格とは関係しない︒それは当事者の同意が判決を下す要件とさ

るという意味で判定ではなかったけれども︑通例は後述するような一般的準則に沿い︑官の判断に沿って説諭され

       ⑫  て決着している︒江西省都陽県における道光年間の田を巡る一案がある︒

(6)

⁝天地の間︑物にはそれぞれ所有者がいる︒このささいなものが余り遜らないと︑必ずごたごたを起こす︒争いを呼び込むのである︒

争って譲らなければ︑ごたごたのはしごとなる︒春驚は田を考えて坪を考えず自分の物を守るという考えを取っている︒もとより︑理

あるけれども︑情はないように感じる︒衆人は牙を考えて田のことを考えず︑自分を守って相手を脅かす計画をなしている︒また︑

情はあるけれども理はない︒

る︒呉春鷲に田を寄付させて公に帰属させて︑金銭を計算して出して池の堤や牙の基礎を改築し︑堤をついでの資金で牙の南

くり︑溝の水が坪の内外の各田に流れ込むようにする︒車埠は昔の規則どうりに共同で灌概することとして︑阻止してはなら

ない︒紛争の種を撒いた呉在治と李俊遠を懲らしめて騒然とした情況をおさめる︒情理がともにその平衡を保ち︑争端が永久におさま

ることを願う︒

この一案は立地のよいごく僅かの土地をもとに利益を貧ろうとするものとその土地への灌慨をさせないことによってそ

無理やり買い取ろうとするものの争いである︒恐らく適当な適用するべき成文法がなかったのであろう︒理と情

して判決を導き出してきている︒官としてのはっきりした解決案を提示している︒

則の殆どすべてを対自化している現代法は︑条理を官法から除外して考えても︑実際上・あまり問題はない・また・

判制度が存在しない社会であったり︑あるいは︑人民が官に訴え出ることを全くしないのならぽ︑裁判に着眼する官法

えることはできず︑例えば︑成文法を官法ととらえてみていくことも必要となるであろう︒しかし︑清代に於いては

範であるのにもかかわらず︑情理を官法から除外して成文法のみが官法であるとすると︑裁判がもつ意味を過少評

る理解に繋がり易い︒実際には︑人民は裁判規範として法や情理が適用されるべきであるとされる裁判に少なからず

代 紛争の処理を委ねたのである︒そのとき︑官も放任して関心を示さなかった訳ではなく︑積極的に民間の安寧を目指して

  傾

る︒勿論︑清代の用語方法に沿って成文法だけを法ととらえた上で︑法以外の情や理が裁判規範として存在すると説明

4 するのであれば︑全く言葉の使い方の違いであって問題はない︒しかし︑寺田氏は情理は官法ではないとしてしまった結

(7)

      ⑭⑮

6 果︑官法は殆ど無くて︑私法秩序は民間秩序の中にあったと理解されている︒第二に︑滋賀博士がなされたような︑準則4 りという︶形式に着眼し︑法や理︑情の準則としての特徴を明らかにする分析は確かに必要である︒法規範の

着眼しなけれぽ︑どの程度成文法があるか等の官法の成り立ちは分らない︒成文法といっても律例︑則例のような

中央の法だけではなくて︑省例や府県の地方的法規もあるのであって︑それらを見ながら立体的に成文法体系を明らかに      ⑯

るためには︑法形式に即して見ていくことが不可欠となる︒

だ︑法は情理を実定化したものであるとはいっても︑技術的な内容の法は情理との関連が稀薄である︒法が果たす役

割の一つは︑そのような技術的なところを具体的に定めることにあったのであって︑例えぽ︑律例に規定されている刑事

役割の一つは具体的な刑の量を示すところにあった︒清代に於いて成文法が少なかったのは︑必ずしも︑裁判が      ⑰

された判定ではなかったからだけではない︒訴訟構造が判定の性格をもたなくても成文のルール化が進展することは

あり得るのであって︑成文法が少ないのは現代社会のように複雑で技術的な準則を定める必要性の多い社会ではなかった

こととも関係している︒

  しかし︑準則の具体的な内容を考えない分析だけでは足りない︒対自化の有無に着眼して︑いわば法に於ける形式的合

るだけでは必ずしも法体系をはっきりとはつかめない︒どういう内容の準則として対自化しているか

要である︒成文法はすべて具体性があるともいえない︒例えば︑ある程度の類型化はできても不応為条は成文法であ       ⑱

も具体性に乏しい︒また︑確かに︑情理はそのままでは正義衡平の感覚として抽象的なものであり︑具体的な準則性

  とは無縁である︒しかし︑具体的な個々の法律関係に即して視点が定まれぽ︑それは具体的な準則性を持つ︒現代法は︑

もともと具体性が高いし︑その他の殆どの準則も明確な内容をもっものとして対自化されている︒しか

  し︑そこにも一般条項のような具体性に乏しい成文法もなくはない︒

(8)

ところが︑準則の形式と内容に着眼して︑どのような形式でどのような具体的な内容の準則となっているかをみていく

は︑その内容に即して情と理の関係や法と情理の関係をみることが不可欠となる︒ただ︑これを厳密に行うことが

想ではあるけれども︑それは決して容易ではない︒その理由の一つは︑情理は正義衡平の感覚である故︑一面的なもの

なく事象ごとに存在するという情理の性格と関係する︒視点が違えば情理は違うからこそ︑法は情理を実定化したも

あるにもかかわらず︑異なる視点の情理によって修正されて法が遵守されないことも起こる︒滋賀博士が法は情理の

実定化であるとされることと︑佐立治人氏が人情は否定的に使われており︑法を飛び越えた判断基準ではなくて︑法があ

09 じめて人情があるとされることとは︑矛盾しない︒滋賀博士のいう情理と佐立氏のいう人情とは当該法律関係に於

違っているのである︒また︑成文法には解釈という作業が伴うのであって︑その解釈がどこまで及んでい

るかを史料から読み取ることは容易ではなく︑例えぽ︑その成文法が守られているか否かもそれ程自明ではないことが多

ことも分析を難しくする要因の一つである︒現代でも解釈に争いのある成文法もある︒

 そ.﹂で︑法や情︑理がど.﹂まで及んでいるかという.﹂と姦密に決める︑・とを避けて個別具体的な準則の内容に即して︑

当該法律関係に於いて︑通例それによるべきとされているか否かという・とに着眼して︑官法を一般的準則とその妥協

︵﹁讃準則﹂︶に分けて見ていくのがよ畑そして・具体的覧たとミ決して準則の内容がはっきりしていなか三訳

る ではない︒実体的な一般的準則がはっきりしている官法の分野はむしろ広い︒清代は︑そもそも︑必要な私法はそれ程多け       幼 くなか三し︑具体的なヶ支に於いてどの様に情理を解釈するべきかは︒きりしている生活分野が広く存在ゑ︒家族

塗土地:り引き法等の少なからざる部分で⁝的準則はは︒きりして室土地所有権について︑毒醸権

利変動等の一般的な準則の内容ははっきりしているし︑親族関係や相続についても一般的準則はむしろ明確である︒土地

4 所有権等の財産権の帰属や家族法に於いては︑権利や地位の変動原因に沿って処理することが一般的準則となる︒人民の

(9)

48 自治を認めたからといって︑必ずしも官法がないことにはならない︒例えぽ︑明文の規定はないけれども︑土地所有

権が人民の意思の合致によって移転することを官は認めている︒所有権の移転は︑いわぽ人民の私的自治によって行われ

るけれども︑それが官の法なのである︒

現行民法の権利の濫用を禁止する条項のように︑成文化された調整準則もあるけれども︑清代に於いて︑法は一般的準

則の一部として存在することが多かったとはいえる︒そして︑一般的準則に従うことが重要であるという考えは存在して

た︒制度上︑法にのみ準拠するという考えは稀薄になっていたけれども︑法があれば︑まずは法によるべきであるとさ

れ︑通例︑それによって判断されていたことになる︒

ω 滋賀秀三﹁民事的法源の概括的検討ー情・理・法﹂︒

② 同氏﹁中国法文化の考察−訴訟のあり方を通じて﹂︒

  同氏﹁伝統中国における法源としての慣習ージャン・ボダン協会への報告﹂︒

ω 同氏﹁清代州県衙門における訴訟をめぐる若干の所見ー淡新梢案を史料としてー﹂︒事実認定が大ざっぱであるというのは︑

事 実上の運用の問題であって︑手続き法上大ざっぱでよいとされていた訳ではあるまい︒

寺田浩明︷﹇清代土地法秩序における﹁慣行﹂の構造一︑同氏﹁中国近世における自然の領有﹂︸︒

同氏﹁田面田底慣行の法的性格−概念的分析を中心としてー﹂︒

⑦ 同氏︷明清法秩序における﹁約﹂の性格︸︒

㈲ 現代法でもあらかじめ明確に要件を成文化しておく罪刑法定主義が存在する刑事法に対して︑民事法は法の遡及や類推解釈等が認

られて︑要件は常にあらかじめ厳格に明確になっている訳ではない︒

 現代法については︑条理を法源に含めない説と条理を法源とする考え方がある︒もっとも︑前説は成文法の解釈がそこまで及ぶと

るものであって︑実質的に条理が裁判で適用されることを排除してはいない︒後説は対自化し明示した規範を適用するとする原則

 の例外となる︒

(10)

  ⑩ 滋賀秀三﹁清代州県衙門における訴訟をめぐる若干の所見ー淡新梢案を史料としてー﹂︒

ω  本稿四七頁︒

蹟巻六︑一頁b﹁阻築坑陥事﹂︒

  63 中村茂夫﹁伝統中国法H雛型説に対する一試論﹂︵法政理論一二巻一号︶︒

   

浩 明︷明清法秩序における﹁約﹂の性格︸六九頁〜七一頁︒

     そもそも︑すべての法分野について︑成文法が極めて少なかったとは俄かにはいいきれない︒どの程度成文化されているかは中央

と地方に亘って︑種々の形式の成文法についてその規範の仕組みに沿って見ていかなければならないのであって︑それ程簡単には決

られない︒例えば︑土地所有権法をみると︑確かに法典化は不十分であったけれども︑上諭︑通達︑告示まで見るとそれ程成文法

が なかった訳でもない︒

    ⑯ 拙稿﹁清代法に於ける官の活動をめぐる不法からの救済﹂七一頁︑七二頁参照︒

⑰ 本稿四七頁︒

  ⑱ 中村茂夫﹁不応為考﹂︵金沢法学二六巻一〇号︶︒

09 佐立治人︷﹃清明集﹄の﹁法意﹂と﹁人情﹂  訴訟当事者による法律解釈の痕跡1︸︷梅原郁編﹁中国近世の法制と社会﹂︵京都 大学人文科学研究所︑平成五年︶所収︸三三頁︑三四頁︑三七頁︒

 拙著﹁清代土地所有権法研究﹄︵動草出版サービスセンター︑一九八四年︶二二四頁︒この著作には︑不必要に細かな説明がなさ れているξ三があ・笥;の論文としてのまとめ方が稚拙であるために・焦点がとらえにくくな・ているし・また・実証面にお

 いても︑官法を論琴るための史料として不用責慣習史料を引用している等の欠陥がある︒しかし︑官法の土地所有権が蓋︑客

体︑変動原因等の点でどのように位置づけられており︑それが司法上どのような仕組みで保護されていたか︑さらにはその保護の仕

どのような法制度︑社会背景と関係しているかという点に関する論考の大筋は今でも修正する必要はないと考える︒

拙稿﹁清袋に於ける官窪動をめぐる不法からの救済﹂七三頁︒

 拙著﹃清代土地所有権法研究﹄二一頁〜六六頁︒

滋賀秀三﹁中国家族法の原理三創文社二九六七年︶は・は・きりしている法意識を提示したものであ・て・確立しているか否

9   かはっきりしない不安定かつ不明確な法意識を記したものではあるまい︒ただ︑家族法の分野は官法と民間秩序とで内容に特に違い4少ないことを反映して︑この著作は法意識を官法と民間秩序に分けてとらえる方法をとっていない︒その点で︑法の存在の仕組み

(11)

    に沿った構造的な分析とはならず︑法意識の解明に止まっている︒

5 ⑭本稿五一頁︒

第二款権利のとらえ方

国家では主権は人民に存し︑法の正当性の根拠は人民全体の意思にあるとされるのに対して︑清代は主権

帝に帰属していて︑官法の正当性は皇帝の意思にあった︒官法には官が人民に付与してその保護を約束したという意

味でいわば人民にとって権利といえる部分もあるけれども︑人民にとっては︑官吏が官法に沿って統治することによる反      ω

的利益を得るに過ぎないところも多い︒しかし︑清朝の秩序維持の仕組みは現代とは違うのであって︑現代法のような

権利概念が存在しなくても不思議はない︒現代法は人民の利益を確実に保障するために広く人民に宣布され対自化された       ②

範が裁判で適用されるのであるから︑対自化された規範を権利と考えて不都合はないけれども︑清代に於いては権利は

自化されているか否かを基準にするのではなくて︑官が人民に保護を約束した利益としてとらえるのがよい︒対自化し

範であっても︑人民に反射的利益を与えるのに過ぎないものを権利ととらえてしまうと︑民事法秩序を緻密に説明す

ることができなくなる︒

権利を与えるか否かは法の分野によって異なる︒どの分野でどういう権利を付与しているかを︑史料を挙げながら具体

明らかにすることは極めて難しい︒ただ︑大ざっぱにみたとき︑官の利害に直接関係するところほど権利を付与して

るといえる︒土地所有権法は官が権利を与え義務を課することを直接人民に告知し約束しているところが多い︒土地所       ㈲

官の行政的な手続きを通して人民に付与され︑所有者には税が課されるのを原則とする︒そこでは︑土地所有権が

よって移転することを官は人民の権利として認めている︒江西省泰和県知県の沈桁慶は︑道光二十四

(12)

年に次のような告示を出している︒

  ⁝この告示をなし︑県内の納糧戸等に知らしめる︒今後︑田産を売買したときは︑必ず直ちに契をもって税を納め︑その年の八月の

うちに用紙に書き出して過割し︑その戸が糧を納める︒そのこれまで名義変更をしていなかったものや現在共同で納めているもの︑及

してあるものは︑すべて急いで整理して戸を移す︒それぞれをそれぞれの図甲に移して戸を立てて納付させる︒別

図の田糧を承買したときは︑必ずその人が住んでいる何とかいう都図の地名を糧冊の戸名の下にはっきりと記し少しも間違えてはなら

ない︒すべての今までの滞納分や各年の銭糟も︑また︑分けて数をはっきりさせて納付させ受取りを持たせて権利をはっきりさせる︒

もし︑再び積習に慣れっこになり様子をみていて旧習を改めないなら︑答めは自分で招いたものである︒本県はただ法によって仕事を

しているだけである︒戒めが遅すぎたといってはならない︒皆それぞれ真面目に従い︑背いてはならない︒特に告示する︒

   産を買ったものは︑税契をし︑納税名義の書き替えをしてこれからは買い主が土地税を納めよとする告示であ

   る︒滞納部分についても宜しく処理せよとしている︒この告示の中に田産を自由に売買できるという文言はない︒しかし︑

  売買の自由が当然の前提になって︑税契︑過割について記し︑権利の安定に言及している︒

 人民に権利を与える約束をしていれぽ︑官法と人民の間には実体法的な関連があり︑人民の行為に合法と違法があり得

る︒そういう約束がないときは官法と人民は存在の次一兀が違うのであ・て︑事実上の関連しかない︒

権利を付与している官法と内容の異なる民間秩序は違法なものとして存在する︒土地所有権者が納税していないことが民      但る 多いということは︑法が守られないことが多いということであって︑土地所有権法がなかったということではない︒また︑

次元を異にして存在し事実上の関連しかないときでも︑成文法は情理の実定化であるということに示されているように官

碧拘束されていたのであるし︑人民も同じ情理によ呂己規制しようとしたために︑両者の内容は一致すると・う

多い︒例えぽ︑戸籍制度のように官が人民に直接関係を持つものもあるけれども︑民間の家族秩序には人や天の存在そ

51ものから出てくる情理に直接由来するところが少なくない︒それは官法と同じ内容であっても官との約束がないという

(13)

味で官法に対して外在的であって︑官法とは存在の次元が違う︒例えぽ︑同姓不婚という規範がある︒それは立法をま25      旬

  までもなく民衆自身の意識として存在し︑通婚の禁忌は絶対的といってよいまでに堅く守られていたという︒同姓不婚

官が人民に直接的な働きかけをしていない︒

   註

  ① 人民に明示されていない刑事法は︑罪刑法定主義をとる現代法のような自由を保障する働きがない︒

  ② もっとも︑現代法にも厳密にいえば︑裁判規範ではないいおゆるプログラム規定もある︒

  ③ 清代に入って︑前朝からの所有権の帰属を確認する特別の行為を官はしていない︒それ故︑清朝には所有権秩序は極めて限定的に

  しか存在しないと理解するべきであるという趣旨の教示をかつて頂いた︒しかし︑少なくとも課税されている土地については︑土地

  税賦課の前提として権利としての所有権の存在を認定している︒さらに︑人民に対する特別の行為はなくても裁判規範としての官法

序は存在し得る︒

④椀卿政蹟巻一︑一頁b﹁諭推糧過割告示﹂︒

 寺田氏は民事的な契約関係が法の世界に正面から取り上げられることは絶えてなかったとされる︒︷同氏︵明清法秩序における

 ﹁約﹂の性格︶七一頁︸しかし︑官は私人が契約によって所有権を移転することを認めているのであって︑むしろ︑民事的な契約関

  係を正面から法の世界に取り込んでいる︒

  滋賀秀三﹃中国家族法の原理﹄︵創文社︑一九六七年︶二九頁︒

  第三款 裁判の性格

       ω

  清代の裁判の性格には︑実体的側面と手続きの両面に亘って︑すでにみた官法と権利のあり方に関係する特色がみられる︒

判の性格は第一に裁判の目的を反映する︒そして︑裁判の目的は裁判規範としての官法の中に現れている︒すでに記

    ②㈲

したように︑官法は一般的準則と調整準則に分かれる︒そこから︑裁判が社会的なつながりの中で一人一人がその役割り

という秩序の確立と調和を目的としていたことが窺われる︒財産権の帰属や家族法に於いて︑権利や地位の変動

(14)

  原因に沿って処理するという一般的準則を適用することが︑そのまま秩序と調和の確立に結びつくことが多い故︑通例︑

       ②

   一般的法理が適用される︒しかし︑一般的法理はときに調整された︒調整準則の存在は︑官は一般的準則に沿って人民の

えていたけれども︑それも絶対的ではなく︑常に例外なくそのまま保護する訳ではないことを示してい

る︒そして︑そのことは︑争点は明白であり︑当事者が何を希望しているか明らかなことが多かったではあろうけれども︑

き上︑当事者に請求の趣旨を明示することを要求しなかったことや官は当事者の主張の枠に縛られなかったことに結

る︒

  第二に︑裁判の性格は権利のあり方と関係する︒あらかじめ人民とその保護を約束したという意味の権利ではない部分

ある官法を適用する清代の裁判には︑もともと︑権利に沿って判決する手続きではないところがある︒勿論︑権利を与

えていた部分は︑通例は権利に沿って判断されたのであって︑そこではいわぽ法の発見がなされていたことになり︑現代

裁判と類似する︒そして︑保護するという事前の約束がないところがあることと関係して︑手続き上︑当事者の同意を

官僚が判決を下す要件としている︒紛争にな︒たときは︑いわぽ事後的に個別的な納得を得た紛争解決を目指したのであ

る︒・の同意そのものは説得に基づくときもあ・たであろうし︑強制の色合いの濃い・ともあ・たであろう︒しかし︑事

実として刑法に反する行為が存在することを容認できなか・た刑事的裁判のように・判決に対する当事者の同意が全くな

      ωる くても官法を強制する制度とは違う︒

   もっとも︑明示の約束をした権利とはなっていなくても︑情理に基づく裁判をしてもらえるという期待を抱きながら人

民は官に訴え出たであろうし︑多くの分野で裁判は妻上︑民間秩序を追認する働きをした︒

このように︑裁判に於いて一般的準則や権利は調整され得たし︑官僚が判決を出すには当事者の同意を必要とした︒ま5 た︑出された判決には確定力がないし︑確実に執行を確保する制度はない︒裁判制度は実体的にも手続き的にも例外なく

(15)

る仕組みにはなっていない︒それ故︑裁判は紛争を常に完全には落着できなかった︒54   註

ω  佐立治人氏は︑南宋における裁判は制定法を適用する判定であって︑清代の情理による教諭的調停とは性格が異なるとされる︒

   ︵﹃清明集﹄の﹁法意﹂と﹁人情﹂1訴訟当事者による法律解釈の痕跡  ︶しかし︑清代に於いても︑法が存在するときには︑実

際上︑それに沿うことが多い︒︵本稿四七頁︶そもそも︑成文法に沿うか否かだけを基準にして調停的かあるいは判定的かという裁

判の性格づけをすることは適当ではない︒一般的準則すべてが成文法であった訳でもないし︑成文法すべてが権利であった訳でもな

らである︒裁判が必ずしも権利に沿うものとはなっていないことと関係して︑判決には当事者の同意が要求され︑調停的性格を

    帯びたのである︒

② 本稿四七頁︒

 調整準則もそれなりに類型化してとらえることができる︒︵拙著﹃清代土地所有権法研究﹄=二四頁以下参照︒︶もっとも︑調整

準則がやがて一般的準則となることもある︒調整準則は一般的準則たる一般法が修正されるときと︑一般法に対する特別法の成立と

う形をとるときがある︒

   ④ ただ︑刑事的事案は恐らくは︑少しでも真実に近づくために官僚が判決するときには罪状に対する犯人の認容があることが要件と

されている︒

り立ちと官法

      ω 於いても形式的には権利でありながら︑必ずしもそれが完全に保護されないときがある︒また︑例えば︑内縁

関係のように︑本来︑国法が認めたくない秩序が形成されることもある︒しかし︑人民主権をとることから人民の法意識

国法化されている部分が︑本来︑広いし︑司法制度も整備されている︒また︑人民の司法への依存度も大きい︒

  清代には官法としての私法がなかった訳では決してない︒その意味で官は人民の法生活に無関心ではない︒しかし︑官

(16)

すべてが人民に権利を付与するものではないし︑裁判は紛争を完全に落着する働きをしない︒それ故︑民間で自分たち

作りがちであり︑実際に︑現代と比べて広くそれが存在した︒清代の法秩序をみるとき︑官法と民間秩序の二つ

て︑官法のどの部分が人民に権利を認めているかに留意しながら︑官法と民間秩序の関わり方を明らかにし      ②くことが肝要となる︒そもそも︑秩序は人が何らかの準則に沿って行動を規制することによって成り立つ︒そして︑

行 動の規制は︑他者との関係に於いてなされるときと自己の意思によるときがある︒他者との関係に於ける規制には︑

との合意によるとき︵そこでは人格の独立︑対等性が前提とされ︑また︑背景には合意は遵守しなければならないと       ㈲

う準則が存在している︒︶と他者の意思によるとき︑およびその中間形態がある︒病院の待合室の壁に病院の職員に対

る贈答品は謝辞するという趣旨の紙がはってあることがある︒それは従業員の総意で張り出されることもあろうし︑院

リーダーシップに基づいて全員︑あるいは多くの人の承諾を得ていることもあるであろうし︑時には院長の一存によ

ることもあるであろう︒合意によるときもそうではないときもあるのである︒寺田氏の約をめぐる論稿はこのような他老造      ω

  との関係に於ける規制をめぐる考察である︒しかし︑清代の民間には氏が考察の対象とされていない自己の意思によって

       ︶      情理に従い行動を規制する生活分野が広く存在した︒家族に関係する生活分野には︑そ・に入るものが少なく賀︒

そして︑・のよう窺制が官法であるときや︑民間に於ける行動のパター・としての慣行︵罪訴訟的慣習﹂︶とまでな

る っているときがある︒

 例えば︑土地の小作や典は︑権利のいわゆる弾力性に着眼したとき︑土地所有権には完全には弾力性が存在しないため

ときに元両主となり得る︒しかし︑権原の仕組み警眼したとき︑官によ・て原始的に付与された権利まで原理的に

遡 ることができる所有権の存在を前提としてしか一田両主も存在していないのであって︑それは一つの土地︵﹁田﹂︶に

5 官法上の所有権は一つしかないという土地所有権法の枠の中に於いて︑物権が強行法規としてはっきりとは法定化されて

(17)

56 ないことと関係して︑多様な関係が形成されるときの官は好ましいとは必ずしも考えていない一つの形態として理解

きる︒寺田氏の田面についての論考は︑ここに形成される民間秩序︑さらにはそれが慣行となることもあったことに関       ⑥

るものとして位置づけられる︒      ⑦ して︑慣行については︑会館等の呼称をもついわば同業組合を除き︑中世︑近世初期ヨーロッパのような裁判権をも

適用する地域社会が存在しない清代では︑まさに混沌とした民間に於ける法的現象を社会学的︑政治学的︑経済学

明らかにしていくしかない︒民間には慣習法の成立を宣言しそれを適用する権力がない訳であるから︑

間の慣行は流動的で境界が不明確な相場的性格のものにならざるを得ない︒寺田氏の慣行や田面に関する論稿に於ける       ⑧慣行は相場的であるとする理論的な枠組みは︑慣習法の成立を宣言する機関のない民間ではそれ以外の有りようを考えら

ないという意味で極めて当然の事柄であり︑生活分野に即して民間秩序に関する具体的な事実を明らかにし︑できれば       ⑨

こに慣行が成立するに至るなんらかの法則を見つけ出されることこそが期待される︒

えぽ︑ホテルに泊まったとき︑チップを払わなけれぽならないと考える宿泊客もいれぽ払う必要がないと考える人も

る︒取ってよいと考えるホテルマンもいるし︑取るべきではないと考えるものもいるであろう︒役所やホテル業組合が

導することもあろう︒地域的にもチップを取ることが広がっていって︑それが一般的になっている地方も

あるかもしれないしそうではない地方もあるであろう︒そして︑このような事象が慣行といえるまでなるにはそれなりの

あるのかもしれない︒譲渡担保のようないわゆる不正規担保の慣行は経済の発展に伴って出てきたといわれてい

る︒それが判例法となりさらに成文法化した︒

このような相場的性格の慣行は国家が裁判権を独占している現代社会にも現象としてはある︒現代法は慣習を裁判所が

用して適用することにより慣習法と認め︑また︑当事者にそれによるという意思があると判断されたときに事実たる慣

(18)

習を裁判で適用する︒慣習の存否の判断を裁判所が行ったり︑事実たる慣習の適用を当事者の意思の存在を要件とするこ

とによって不安定かつ流動的な慣行が人民の総意による官法として確定したのである︒成文法が議会に於ける多数の支持

よって成立するのと同じように︑民間の多数の人民がそれに沿って行動するべきであると考えており︑それに沿って行

動しているとき︑その内容が良俗に反しない限り一定の場合︑慣習法として官法に取り込む︒ところが︑こういう形で慣

行を官法として取り込んでいく考え方が清代には存在しない︒恐らくは︑人民の考えに沿って権力は存在しているという

発 想がなかったこととも関連するのであろう︒しかし︑情理の理解が官と人民とで異ならなかったために︑

09官法と民間秩序の多くは︑事実上︑食い違わなかったのである︒

   註

  ω 権利濫用︑事情判決等のすでに成文法として対自化している準則によって︑形式的には存在する権利が認められないこともある︒

  ② 拙著﹃清代土地所有権法研究﹄五頁︑六頁︒

殿自己の意思あるいは他人との合意に沿・て行動窺制するときのほか︑他人の意邑沿って行動窺制するとミ何らかの正当

識が必要であるとしたのがマックス・ウェーバーのいわゆる支配の正当性の理論であろう︒

秩  ω 寺田浩明︷明清法秩序における﹁約﹂の性格︸︒⑤本稿五云︑五二頁︒

 寺田浩明﹁田面田底慣行の法的分析ー概念的分析を中心としてー﹂︒け  ⑦ そこでは取り引きを巡る紛争の裁判をしている︒それ故︑そこには︑いわば慣習法が存在したことになるし︑事実上︑官法の果た  す役割が極めて少なか・たと思われるけれども︑詳しくは今後解明するべきテ←として留保してぎたい︒

代  ⑧ 寺田浩明︷清代土地法における﹁慣行﹂の構造︸︑同氏﹁田面田底慣行の法的分析−概念的分析を中心としてー﹂︒清  ⑨ 上田 信﹃伝統中国︿盆地﹀︿宗族﹀にみる明清時代﹄︵講談社・一九九五年︶は・この点に関して示唆的である︒

7  ⑩ 甲斐道太郎﹃入門法学全集5物権法﹄︵日本評論社︑一九七五年︶二五六頁以下︒5稿五一頁︑五二頁︒

(19)

58    結語

清代社会に対する全体的なイメージを︑寺田氏はアナーキーなものとしてとらえられている︒そのようなイメージが出      ①

来たのは︑法を極めて限定的にとらえ︑裁判の果たした役割を小さくみたからである︒

そのものに由来するという意味では類似するところもあるけれども︑情理は︑例えば︑近代自然法論の個

中心の自然法とは内容が異なる︒それ故︑法が情理の実定化されたものであることは︑むしろ︑官の権力行使を正当化

するものとして働いたのであって︑個人のために官の権力を制限するものとしては機能しなかった︒清代の権利は︑いわ

ぽ官が人民に付与したものであって︑平等で独立した個人の権利の保護を殆ど絶対視する個人中心の考え方から出発する

法のような行き方とは異なる︒

しかし︑付与された権利は保護されるのが原則ではあるし︑官と民間に於いて考える情理の内容に違いがなかったため

に︑官が権利として付与しなかったところも︑裁判では事実上︑権利と同じように取り扱われることが少なくなかった︒

落着できないという意味で官法だけで秩序が完結していた訳ではないけれども︑清朝権力は人民の

活の秩序を保つためにそれなりの働きをしていたと評価するべきである︒

ω寺田氏は︑明清代には規範の対自化による固定した枠組みが存在しないし︑官と民とで異なった秩序原理がある訳ではなく︑法も

 ﹁約﹂も主唱と唱和の性格を持つとされる︒︵同氏﹁明清法制史学の研究対象について﹂四〇頁︑四七頁︶しかし︑本稿に記したよう

 に︑︵本稿四七頁︶すべての官法が対自化している訳ではないけれども︑多くの法分野に於いて一般的であると評価できる準則が存

したし︑一般的であることの結果として︑それに沿った判決が多くは当事者の心服を得ていたと思われる︒

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