1. 迫る介護リスク
平成2 8年度6月の「介護保険事業状況報告(厚生労働省) 」によれば,介護 保険制度における要介護(要支援)認定者数は6 2 5万人にまで達している。筆 者は数年来,この統計値を頻繁に参照するが,その度に着実に増え続けている ことにある種の戦慄を覚えるようになっている。
介護保険施行年の平成1 2年には,2 5 6万人であった同認定者が1 6年を経て 実に2. 4倍にまで急速に膨張している。その背景には三千二百万人に達しよう とする高齢層の拡大があることはいうまでもない。
こうして要介護者の潜在層となる高齢層が確実に増大する一方で,少子高齢 化に伴う人口減少も確実に進行しており,働く子世代は縮小しつづけていてい る。この生産年齢人口の減少に伴い,老親介護を支える現役労働者世代は確実 に縮小しているわけである。要介護者の増大と同時に,それを支える現役労働 者が確実に減少してゆく,この人口構造上の超長期の背反関係が今後,仕事と 介護との両立問題の加速度的な拡がりをもたらし,その深刻さと度合を強めて いくことを明確に示唆している。
国立社会保障人口問題研究所が発表している人口推計では,直近の長期人口 推計で将来人口推計として2 0 6 0年まで,参考推計として2 1 1 0年までのデータ が公開されている。
第12巻第1号(165−188)
2017年2月
日本企業に迫る介護との両立問題
―人材喪失をもたらす要因分析とその支援のあり方―
西 久 保 浩 二
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その二つの推計値から年齢別の人口比率の推移を図表1に示している。
まず,本年から4 3年後の2 0 6 0年には,6 5歳以上人口が3 9. 9% に達し,こ のうち7 5歳以上の人口は2 6. 9% となる。一方,この時点での2 0−6 4歳とい う就労していると想定される人口は4 7. 3% である。つまり,働く世代と介護 が発生するようになる高齢層が総量としてきわめて接近することになる。両比 率は2 0 8 0年頃までさらに接近していく。
2 0 6 0年とはずいぶんと遠い将来のようだが,実は昨年の新卒入社の従業員 達が6 5歳定年を迎える年である。今,政府が介護離職ゼロ宣言を行い,この 問題への対応を始めようとしている。その背景には「介護・看護」を事由とす る自発的離職者が1 0万人を超えたことへの危機感がある。しかし現状はこの 問題が表面化したごく初期の段階であって,今後,一貫して深刻化することと なり,今年の新卒入社の従業員達が最も悲惨な事態を迎えることになる可能性 が高いのである。介護と仕事との両立問題とは,これほど長期的問題であり,
事態の深刻化が長く続く問題であることをまず認識する必要がある。
図表1 人口構造の推移
「人口及び年齢構造係数:出生中位(死亡中位)推計」
(国立社会保障・人口問題研究)より作成 20〜64歳 65〜74歳 75歳以上 65歳以上 70.0
60.0
50.0
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0 59.1
20―64歳以上の人口比率 47.3
46.1
41.1 39.9
65歳以上の人口比率 23.0
26.9 75歳以上の人口比率
2010 2013 2016 2019 2022 2025 2028 2031 2034 2037 2040 2043 2046 2049 2052 2055 2058 2061 2064 2067 2070 2073 2076 2079 2082 2085 2088 2091 2094 2097 2100 2103 2106 2109
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2. 老親介護との両立問題の経営的側面
わが国において介護問題が注目されてすでに久しい。世界に類を見ない速度 で進行する少子高齢化が日本社会にどのようなインパクトを与えるか,につい て様々な分野で論じられ対応が図られてきた。特に,社会保障制度にはその持 続性に大きな危機をもたらすものとして着目されてきた。
しかし,本稿で論じたいのはあくまで経営問題としての介護問題である。企 業経営への直接的,内部的インパクトとして介護という生活問題がいかなる影 響をもたらすのか,その経営リスクとしての側面を検討する。
先の人口構造の長期予測でも示したとおり,要介護者となる親世代の増加と それを支える介護者としての子世代の減少というマクロ現象が,職場内の従業 員とその両親というミクロ問題として確実に投影される。つまり,老親の介護 問題と直面する現役労働者が確実に増加し,仕事との両立に苦悩する事態が数 多く発生することが予想される。
この介護と仕事との両立の成否は,その帰結として二つの人事労務問題を生 じさせる。
第一は,いうまでもなく人材の喪失である。政府が宣言した介護離職ゼロと いう標語に教えられるまでもなく,既に1 0万人という規模で職場を離脱して いる。大卒の新規学卒入社数が現在,約4 0万人弱である,その4分の一程度 が喪失し始めていることになる。この離職数が今後,どう推移するかを予測す ることは難しいが,後の調査結果などを考えると相当数まで拡大することが懸 念される。
第二の問題は離職せずとも,老親介護と共存し,働き続けることを余儀なく される多数派層でのパフォーマンス低下問題である。この問題については,こ こまで離職だけに焦点があてられる中で見過ごされているが,実は企業経営へ の悪影響としては離職に匹敵するか,あるいはそれ以上のものになると考えら れる。日本企業にとって勤勉で高いモチベーション,モラールを有した人材は 最も貴重な競争的経営資源である。老親介護との両立問題は,この貴重な人材 の中でもさらに中核的な人材層を直撃する可能性が高い。
この二つの問題についてさらに詳しくみていきたい。
まず,介護離職という人材喪失の可能性である。図表2は2 0 1 3年に行った
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大手上場企業1 5社に勤務する正社員4, 4 2 3名を対象とした調査
*1から得た結 果である。有効回収を得た4, 3 2 0人に対して「将来ご家族が重度の要介護状態 になった場合(現在介護中の場合は,現時点で) ,介護のために現在の勤務先 企業を退職する可能性についてどのようにお考えですか」という問いかけを行 った。選択肢として「 (退職の)可能性は大きい」 「どちらともいえない」 「可 能性は小さい」 「介護対象者はいない」を設定した。
全体として「 (退職の)可能性は大きい」とした層は1 1. 4% となった。男女 別では男性が7. 1%,女性では2 6. 3% と大きな格差がみられた。彼らのこの 判断値をどうみるか,である。現在の実際の介護離職者が約1 0万人で就業者 全体の雇用者数は約5, 6 8 0万人に対して,0. 1 8% 程度であることに比べると,
かなり高い主観的判断確率である。
彼らのこのような悲観的な主観的判断をいかに裏切らせるかが企業経営に問 われることになる。主観通りに1割もの正社員を喪失したとすれば組織は機能 停止となりかねない。加えて,女性層での離職可能性の値が高いことにも注目 したい。出産・育児との両立を乗り越えて戦力化し,中核人材として育った彼 女達を介護との両立問題で失うことは,それまでの努力が水泡に帰すことにな る。
介護離職に関しては2 0 1 4年にもより踏み込んだ大規模調査
*2が行われ,興 味深い実態が数多く採取された。それは介護開始時期と離職時期との関係であ る。介護による離職のケースで「転職層」 「離職して介護専念層(無業) 」の各
図表2 離職可能性に対する従業員判断
「超高齢社会における従業員の働き方と企業の対応に関する調査(2013)」ダイヤ高齢社会研究財団 全体
(N=4,320)
男性
(N=3,335)
女性
(N=974)
0% 20% 40% 60% 80% 100%
11.4 20.7 43.2 8.4 16.3
7.1 20.0 49.9 8.2 14.8
26.3 23.1 16.3 9.0 21.1
可能性は大きい 可能性は小さい 無回答
どちらともいえない 介護対象者はいない
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男女層での,介護開始から離職までの経過期間をみると,いずれの層でも過半 数が「1年以内」で離職していることが明らかにされた。この離職実態は企業 にとって注目すべき結果といえる。貴重な人材喪失のリスクを防ぐために対処 できる時間が決して余裕のあるものではないことを示唆しているからである。
3. 離職可能性とカミングアウトの要因分析
このような従業員の離職可能性に対して,さらに多くの潜在的要因との独立 的な因果関係を検証するために統計的な要因分析を行った。また,離職の先行 問題ともいわれる職場への老親介護の告知,いわゆるカミングアウトに関して も同様の要因分析を行った。
・介護による離職可能性の要因分析
まず離職可能性に関する要因分析を行うにあたって,要因変数を「両立上の リスクとリソース」という観点から二分類に整理することとした。
両立上のリスクの第一は,老親介護のリスクそのものの大きさ,負荷の強度 である。要介護者が1名なのか,複数なのか。また,要介護度がどの程度なの か。さらには,俳諧行動などが懸念される認知症の発症があるか,など従業員 が直面する要介護者による直接的なリスクの深刻度を要因として位置づけた。
このリスクが深刻であるほど,離職可能性が高まるものと仮定する。加えて,
家族関係や家庭環境にもリスクは存在する。例えば「 (介護の)主たる担い手」
という役割を家族・親族内で誰が該当するか,といった相互関係がある。従業
図表3 介護開始から勤務先企業離職までの期間
「介護と仕事の両立と介護離職(2014)」明治安田生活福祉研究所,ダイヤ高齢社会研究財団
【男性】転職(n=412) 平均2.2年 介護専念(n=412)
平均2.7年
【女性】転職(n=155) 平均2.1年 介護専念(n=155)
平均2.5年
1年以内
(%) 0.2 10.2 26.5 16.0 17.2 21.4 8.5
0.5 12.9 29.1 13.8 18.2 13.6 11.9
5.2 30.3 20.6 14.2 18.1 11.6
12.9 33.5 11.6 13.5 18.1 10.3
すぐに 6ヵ月以下 6ヵ月〜1年以下 1〜2年以下 2〜5年以下 5年超 無回答
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員本人がその当事者となれば両立上のリスクとなろう。
また,両立という観点からは職務特性,職場環境にもリスクとして捉えられ るものが存在する。繁忙で長時間労働が強いられる働き方では,両立は困難と なり,離職の危険性は高まるであろうし,交替要員の確保が難しい職務のケー スなども同様である。また,介護リスクの当事者となる中高年層では管理職比 率が高くなるが,これも先述のとおり老親介護への十分な関与が難しいであろ う。あるいは,転居転勤が高頻度で行われる職務や,夜間交代勤務などもリス クとなろう。これらの職務特性,職場環境に関する諸リスクを要因分析での変 数として投入する。
第二は,老親介護と仕事との両立実現に貢献しうる様々な資源 (resource) を 抑制要因として考える。
例えば,直接的な介護労働に就ける労働力の存在は重要な資源である。要介 護者の配偶者が存命しており,健常であれば,老親の子達にとって両立問題は 一定期間,軽度のものとなる可能性が高い。あるいは,複数の兄弟姉妹が近隣 に居住しているならば,デイケア施設等への送迎が分担できるなど両立に貢献 する。これらは,両立問題に寄与する人的資源である。加えて,勤務先企業か ら提供される様々な支援制度も資源となる。半日・時間単位の有休,介護ヘル パー費用補助制度,要介護の転居補助金,在宅勤務やフレックスタイム制度な ど時間的自由度が提供される諸制度は両立に有効な資源といえるだろう。
老親介護にともなう主観的な離職可能性に対する総合的な推定結果が図表4 である。
ここではまず将来,介護の可能性のある人数を何人と回答したかを変数とし て投入した。 「介護可能性」として「1人」 「2人」 「3人以上」として,リスク の多重性を変数化した。
またこれ以外にも,先のクロス分析や相関分析から離職可能性と強い関連性 を有するリスクとリソースに関する変数を要因分析に加えている。 「主たる介 護の担い手となる」 「現在,自分の親との同居」等が離職可能性を高めるリス ク要因として。また, 「被介護者の配偶者がいる」 「兄弟姉妹がいる」 「本人所 得額」等が離職可能性を抑制するリソース要因として位置づけた。また,制御 変数として「性別(男性ダミー) 」 「 (従業員本人の)年齢」 「子供の有無」を加 えている。
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まず,要介護リスクの多重性について「将来,介護可能性のある老親の人 数」に着目した結果, 「1人」では,離職可能性に対して,有意な影響力を検 出できなかった。しかし, 「2人」では5% 未満の信頼度による有意性が,そ して「3人」では,1% 未満の信頼度による有意性が検証された。複数の要介 護者の発生によって離職の危険性が増大する可能性が検証された。
また,この設定でこの要介護リスク以外でもいくつかの影響要因が特定され た。
第一に,離職を抑制する要因として検出されたものは,統計的信頼度の高い 順に「男性」 「子供あり」 「 (従業員)本人所得額」の三変数となった。
第一の「男性」については先にも述べたとおり,近年の「介護・看護による 離職」の実態である女性が多数を占める点と符合する結果である。女性は離職 してほしい,男性は離職しないで仕事との両立を模索する,という異なる方向 性が顕著である。男性であるという属性が介護による離職を明確に抑制してい る。換言すれば,介護の負荷の下で,継続的に就労しなければならない状況に 置かれることを意味しており,ストレス問題に代表されるワーク・ライフ・バ ランス上の様々な問題が生じやすいともいえる。
また, 「子供あり」変数が,離職可能性に対して抑制的であることも検証さ れた。いわゆる「ダブルケア」の状態である。従業員自身に子供がいるという 状態では,養育の必要性,教育費負担のための所得確保などの必要性から,離 職の可能性を否定しているものと考えられる。さらに「本人所得額」も,離職 可能性を抑制する要因として明確な関係性が示された。この点についても様々 な解釈が可能であり,多くのことを示唆していると考えられる。
第一に,離職による所得喪失リスクが高所得層ほど高いと認識される点があ ると考えられる。つまり,老親介護が深刻化したときに夫婦共働き世帯ならば 所得の低い側が離職するという結論になりやすい事を示している。西本 (2012) では介護者についている「本人の年収が低いほど欠勤を促す」ことを結論づけ ているが,この指摘も同様の所得の影響を示すものであろう。
第二に,所得が高いことによって,民間介護施設等への入居費用等の介護に 関する外部サービス費用負担能力が高いことが予想され,様々な民間サービス 等を活用することで離職せず,仕事との両立の可能性を高めるものと考えられ る。
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図表4推定結果離職可能性の要因 従属変数:主観的な退職可能性 t有意確率共線性の統計量 許容度t有意確率共線性の統計量 許容度t有意確率共線性の統計量 許容度 (定数) 男性 従業員本人年齢 子供有り
11.726 ―11.469 3.260 ―3.466
0.000 0.000 0.001 0.001
0.628 0.730 0.827
11.883 ―11.536 3.048 ―3.504
0.000 0.000 0.002 0.000
0.629 0.738 0.830
11.859 ―11.667 3.214 ―3.698
0.000 0.000 0.001 0.000
0.628 0.745 0.827 (要介護リスク) 介護可能性(1人) 介護可能性(2人) 介護可能性(3人以上)
―0.0500.9600.958 2.2360.0250.977 3.7720.0000.978 (両立リスク) 主担い手本人 同居ダミー/自分親 介護場所(在宅) 介護費用負担(本人・配偶者)
12.824 2.647 3.665 5.710
0.827 0.878 0.966 0.914
12.745 2.636 3.612 5.649
0.826 0.878 0.966 0.914
12.668 2.735 3.676 5.489
0.825 0.878 0.966 0.911
0.000 0.008 0.000 0.000
0.000 0.008 0.000 0.000
0.000 0.006 0.000 0.000 (両立リソース) 被介護者配偶者あり(自分) 被介護者配偶者あり(配偶者) 兄弟姉妹有り 企業上乗せ制度数 年次有給休暇(半日単位一時間単位)あり 労働時間の短縮制度(1日の時間短縮)あり フレックスタイム制度や裁量労働時間制あり 在宅勤務制度やサテライトオフィスあり 本人所得額 金融資産
―0.961 0.889 ―1.252 0.093 ―1.254 ―0.036 0.079 0.451 ―2.999 0.008
0.337 0.374 0.211 0.926 0.210 0.971 0.937 0.652 0.003 0.993
0.976 0.974 0.978 0.389 0.947 0.523 0.753 0.858 0.543 0.886
―0.974 0.830 ―1.296 0.045 ―1.292 0.057 0.079 0.436 ―2.986 ―0.037
0.330 0.407 0.195 0.964 0.197 0.955 0.937 0.663 0.003 0.971
0.982 0.977 0.978 0.389 0.947 0.522 0.753 0.859 0.544 0.885
―0.860 0.960 ―1.234 0.183 ―1.309 ―0.137 0.155 0.395 ―3.075 0.109
0.390 0.337 0.217 0.855 0.191 0.891 0.877 0.693 0.002 0.913
0.981 0.978 0.978 0.389 0.947 0.523 0.752 0.858 0.544 0.885 F Adi-R244.150 0.22844.513 0.23045.181 0.232 「超高齢社会における従業員の働き方と企業の対応に関する調査(2013)」による分析
― 1 7 2 ―
いずれにしても所得額に代表されるフローの経済力が,仕事と介護との両立 における重要な役割を果たす資源であることが明らかになった。この点は金融 資産に全く影響力が見られなかったことと対照的である。
一方,離職を促進する要因として検出されたものとしては, 「主な担い手
(となるという予測) 」 「介護費用負担(本人・配偶者が負担するとの予測) 」
「介護場所(在宅)になると予測」 「従業員本人年齢」となった。
最も強い統計的信頼性での要因となったのは「主な担い手」として関与する ことである。当然のことだが,主たる介護者となれば,時間的,肉体的,精神 的な負荷が大きいことは容易に予想される。そうした状況下では両立が困難と なろうと判断したためであろう。西本 (2012) では「本人が介護を主に担当す る」ほど休業取得の確率が高まり,休業形態別でみると欠勤する確率が高いこ とを検証しているが,休業,欠勤の延長線として離職を余儀なくされるとの判 断がなされていると考えられる。
また,介護場所が(従業員)の居宅となるという予測する層でも,やはり離 職可能性を高めることが明らかとなり,同居は離職を誘発する危険性が高いこ とが確認された。
両立上,有効なリソースとして位置づけた変数については,離職可能性を抑 制する効果として,ほとんど特定できなかった。 「企業の法定上乗せの制度・
施策数」をはじめ, 「半日・時間単位の有休制度」 「短時間労働制度」 「フレッ クスタイム」等々の効果を期待したが,いずれも従業員の主観的判断に好影響 を与えていない。
・介護との両立のための初期課題としてのカミングアウト
次に,両立にともなうパフォーマンス低下問題に関してもデータからみてお きたい。
図表5は,両立の入り口問題ともいわれる「カミングアウト問題」である。
2 0 1 5年に行った正社員1, 5 5 3名に対する調査
*3において「あなたのご両親の どなたかが,介護が必要になったことを勤務先に知らせるつもりですか/知ら せましたか」という職場での告知について尋ねた結果である。自分の親,配偶 者の親それぞれでの「告知していない/告知するつもりはない」という反応を 年代別に示しているが,総じて否定層が高年代ほど,未経験層ほど多い。例え ば,自分親の介護について未経験層では5 0歳代で5 1. 2%,6 0歳代で6 3. 1%
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が「告知するつもりはない」と回答している。配偶者親にいたっては同年代で 8割,9割が告知しないつもりであることがわかる。
職場において自らが老親介護に直面していることを自発的に告知しない,カ ミングアウトを拒絶する状態では,介護と仕事との長期的な両立を維持するこ とは困難である。様々な支援制度の活用をはじめ,業務遂行に関する職場全体 としての調整機能,融通性を活かさなければ,当人だけに精神的,肉体的,経 済的負担が集中することになるからである。こうした負担が長期化するなかで メンタル不全や体調を崩しながらの集中力を欠いた勤務のなかでのプレゼンテ
ィーズム (presenteeism) 損失による生産性低下等々の悪影響を発生させること
にもつがってゆく。
しかし,この調査からは現時点での従業員からの早期の告知を期待すること は難しいようである。これにはわが国企業の組織風土,企業文化が問われる問 題であるともいえる。ワーク・ライフ・バランスを尊重する お互いさま の 風土の醸成が急がれることを示唆している。
ここでは,従業員本人が認知している具体的な職場での状況のなかでの,上 記のカミングアウト判断に対する抑制要因,促進要因が何であるのかについて 総合的な分析を行った。
図表6では,ヒアリングから得られた2 5項目の職場状況を測定した変数に 性別,年齢を加えた説明変数群と,カミングアウト行動および意志を目的変数 とした回帰分析によって因果関係の検証を行った。この際,介護経験のある層
(3 2 1人)と未経験層(1, 4 2 2人)を分類した上で行った。また,告知の内容と なる要介護者についても,自分の親,配偶者の親,親(双方どちらでも)と3
図表5「告知していない/しない」の割合(年代別)
「介護クライシス調査(2015)」西久保研究室 100.0
80.0
60.0
40.0
20.0
0.0
100.0
80.0
60.0
40.0
20.0
0.0
91.7 現在,介護(自分親:n=126)
介護経験なし(自分親:n=1284) 77.8
72.9 72.0
66.7 63.1 60.0
51.2 50.0
44.3 43.5
54.5 37.5
33.3 30.0 25.0 25.0 30.8 40.8 現在,介護(配偶者親:n=87)
介護経験なし(配偶者親:n=846)
20.0
20代 30代 40代 50代 60代 20代 30代 40代 50代 60代
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種を目的変数に設定した。合わせて6つの回帰モデルを推定した。
まず,介護経験のある3 2 1名について,カミングアウト行動に影響与えた職 場状況についての検証結果をみてみる。
自分の親のケースでカミングアウトの抑制要因として特定された状況として は「社外の取引先との仕事が多い」 「国外出張がよくある」 「同僚や部下とはプ ライベートな話題は話しにくい」 「個人の成果が厳しく評価される」という4 項目が抽出された。また促進要因として職場状況では特定されなかったが,個 人属性として「女性ダミー」が特定された。
一方,配偶者の親に関しては「急な会議や打合せが多い」と「所属する課や 部門の達成目標が明確に設定されている」が抑制要因となった。ここでは促進 要因も3項目みられた。 「国外出張がよくある」 「定期的な会議や打合せが多 い」 「残業が急に必要になることが多い」の三項目と,ここでも個人属性とし て「女性ダミー」が特定された。
両親を合わせた分析では,先の「社外の取引先との仕事が多い」と「個人の 成果が厳しく評価される」が抑制要因となり,促進要因はやはり「女性ダミ ー」だけが特定された。
介護経験者でのこの結果ではまず, 「女性」がカミングアウトを行う傾向が 明確となった点が興味深い。女性の方が,カミングアウトに抵抗がないようで ある。老親介護では女性の離職可能性が高いことを何度も指摘したが,職場へ の告知行動においても行動的,積極的であることが明らかになった。老親介護 というリスクに直面したときの行動力が,単純に男性よりも優れているともい えようか。しかし,考えさせられるのはカミングアウトを行うことに積極的で あると同時に,離職の決断も早いという二つの現象間のつながりをどう理解す ればよいかというかという点である。職場に老親介護という事情を伝えるが,
両立が難しくて辞めてしまうという現象は何なのであろうか。カミングアウト は両立を早く成立させるために必要な行為と考えられているが,この現象だけ をみると逆効果になっている可能性も考えられる。支援の有効性が問われる点 でもある。
また,全体として「自分の親」と「配偶者の親」で影響力をもつ要因が異な る点も何かを示唆していると考えられる。前者では抑制要因のみしか特定され なかったが,後者では促進要因の方が多く抽出されている。後者の促進要因と なった「国内出張がよくある」 「定期的な会議や打合せが多い」 「残業が急に必
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図表6カミングアウト行動の職場要因分析 介護告知介護経験あり(n=321)介護経験なし(n=1422) (自分の親)(配偶者の親)(親)(自分の親)(配偶者の親)(親) 介護告知ダミー (する/するつもり=1,しなかった/しない=0)t有意確率t有意確率t有意確率t有意確率t有意確率t有意確率 (定数)4.3830.0001.7480.0845.0350.0009.9170.0009.7990.0008.9870.000 属性女性ダミー2.7610.0062.2830.0253.2270.0014.1230.000―0.2990.7654.9200.000 年齢―0.5810.562―1.1740.244―0.7340.464―3.1710.002―5.3380.000―1.0690.285
職 場 状 況 変 数
土日によく出勤することがある0.0780.9380.0190.985―0.0360.972―0.8070.420―1.7580.079―0.5540.580 仕事の繁閑の差が大きい0.3810.704―0.1370.892―0.1460.8841.5600.1191.2060.2282.3190.021 国内出張がよくある―0.7570.4502.1020.039―0.4130.680―1.2180.223―0.2840.776―1.2230.221 国外出張がよくある―2.0580.041―1.4080.163―1.4890.1380.7410.4590.9250.3550.2270.820 夜間勤務(交代制)をすることがある―0.4130.680―0.8760.384―0.5440.5870.0370.9710.0170.9870.0110.991 転居を伴う人事異動がある―0.3800.705―1.2090.230―0.1700.8651.2750.203―0.0160.9870.9590.338 上司とはプライベートな話題は話しにくい―0.7670.4441.3480.181―0.6520.515―1.3030.193―1.9780.048―1.8790.060 同僚や部下とはプライベートな話題は話しにくい―1.9580.0510.5590.578―1.6320.1040.7920.4290.4810.6310.3380.735 定期的な会議や打合せが多い―0.4000.6901.8500.0680.1580.8750.0590.953―0.5810.561―0.4500.653 急な会議や打合せが多い1.5050.134―1.7620.0820.4200.6750.2530.801―0.2460.8060.4230.673 有給休暇は取りにくい0.2040.839―0.8120.419―0.9940.3211.0720.2840.6760.4990.4370.662 残業が急に必要になることが多い0.5410.5891.7250.0881.3870.1671.0550.2921.6540.0981.8590.063 個人の達成目標が明確に設定されている0.7210.4711.6200.1090.3360.7370.7830.4341.6130.1070.9550.340 所属する課や部門の達成目標が明確に設定されている―0.2120.832―1.8180.073―0.3200.7490.9560.3390.2810.7780.8470.397 所属する課や部門の業績は良くない0.4170.6770.1620.8710.9810.3281.5320.1260.6390.5231.8410.066 社外の取引先との仕事が多い―2.2050.028―0.9720.334―2.2130.0281.8900.0590.4440.6570.6950.487 自分の仕事をいつでも代わってもらえる部下や上司がいる―0.7930.4290.3910.697―0.5390.5911.4060.1601.3210.1870.9300.353 情報共有等のための打合せを行っている―0.3230.7471.4710.145―0.4080.6842.5850.0101.6340.1032.3460.019 課内や部門内で個人の業務負担の調整をよく行う0.1750.861―0.9840.328―0.0310.975―0.0020.9981.4170.1570.3850.701 個人の成果が厳しく評価される―1.7680.0780.0030.998―1.8930.059―2.9280.003―1.0660.287―2.9140.004 リストラ(希望退職等)が行われたことがある1.5690.118―0.0130.9891.1190.264―0.0100.9920.5130.608―0.0850.933 同期入社・同年代でも昇進の格差は大きい0.9100.364―0.0440.9651.1030.2710.9690.333―1.3730.1701.4030.161 勤務先企業では女性の登用が進んでいない0.8180.414―0.0470.9620.3180.751―1.2050.228―0.1430.886―0.3620.718 自分が休むと業務が滞ることが多い―0.1070.9140.3360.7380.3050.7602.4120.0161.1220.2622.7490.006 突発的な仕事上のトラブルがよく起こる0.4630.6440.6530.5150.6250.532―0.6160.5380.2450.806―0.4800.631 R R2乗 調整済みR2乗 推定値の標準誤差 F値 有意確率 Durbin-Watsonの検定
.381(a) 0.145 0.050 0.467 1.520 0.053 1.963
.508(a) 0.258 0.008 0.497 1.033 0.439 1.797
.337(a) 0.114 0.032 0.462 1.395 0.097 1.940
.274(a) 0.075 0.055 0.481 3.788 0.000 2.007
.271(a) 0.073 0.046 0.484 2.645 0.000 1.962
.263(a) 0.069 0.051 0.478 3.840 0.000 2.033 有意(10%未満)抑制要因 促進要因 「介護クライシス調査(2015)」西久保研究室
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要になることが多い」といった項目は介護との両立にとってはリスク要因とも いえる状況となるわけだが,配偶者親の介護と対立したときには,告知しやす くなるということである。気軽にとまではいえないが,仕事との対立が生じた 時に比較的,抵抗感なく告知できるようである。
一方,自分の親の場合には「同僚や部下とはプライベートな話題は話しにく い」という抑制要因が典型的だと思うが,職場内,組織内での人間関係的な状 況をみながら話せるか,話せないかを判断している慎重な姿勢をうかがわせる。
加えて,自分の親では「個人の成果が厳しく評価される」が抑制要因として抽 出されているとおり,自己の評価において老親介護のカミングアウトが不利に なるのではないかという判断が行われていることがわかる。配偶者の親では,
この項目は何も影響を及ぼしていないことも予想外であった。
自分の親,親全体として「社外の取引先との仕事が多い」が明確な抑制要因 となった点も理解できる。対外的な業務が中心的な職種では,たとえカミング アウトを行っても社外の関係者に実効的な配慮を求めることは難しい,つまり 思い切った告知を行なっても効果がないと判断しているのではなかろうか。あ るいは会社として重要度の高いと思われる対外的業務の担当者が老親介護によ って十分なパフォーマンスが発揮できないと判断すると異動等を余儀なくされ ることを恐れたのではないかとも解釈できる。
これらの反応には,介護に直面した従業員の複雑な心理が現れているようで 興味深い。個人レベルでの成果主義の浸透や,職場での水平的,垂直的なコミ ュニケーション不足がカミングアウトを躊躇させていること。さらに国外出張 や社外の取引先との対外的な関係性の強さなども,抑制要因となっていること は現在の職場体質,ビジネス環境がカミングアウトには基本的に抑制的である ことを示しており,大いに考えさせられるところである。基本的な企業体質や 職場環境であるだけに,それを急変することは難しいとも思わざるを得ないの である。
まだ介護経験のない層についてもみてみよう。実は,問題なのはこの未経験 層である。これからの大量介護時代のまさに当事者となろうとする層だからで ある。
まず「自分の親」についてのカミングアウトに対しては「年齢」と「個人の 成果が厳しく評価される」が強い抑制要因であることが明らかとなった。年齢 については,やはり注目すべき結果で,早い時期に介護と直面する中高年層ほ
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どカミングアウトを否定的に考えていることを示している。先にも指摘したが,
世帯主年齢の高い層ほど配偶者が専業主婦や非正規層での就業であるケースが 多いためか,老親介護について夫婦間での一定の役割分担ができるとの要素が あると考えられる。一方で,個人的な事情を会社に知らせること自体に価値観 として抵抗感の強い世代であることも大きく影響している可能性がある。
「個人の成果が厳しく評価される」という自覚が,どうしてカミングアウト を躊躇させるのだろうか。この項目は経験層においても明確な抑制要因と位置 づけられていた。近年,わが国では経営環境が乱高下するなど,厳しさが高ま ってきた中で,穏健的な年功主義評価を改め,成果主義,能力主義が拡がると 同時に,評価対象の単位が組織,部門だけではなく, 「個人」に絞り込まれる 傾向が続いてきた。結果的には,近年の賃金分析研究では,企業間格差が縮ま り,企業内格差が拡大するという変化が報告されてきた(齊藤・河野 (2010)) 。
こうした人事評価での質的変化などが従業員の心理において,安易に自身の 弱みとも受け取られる状況を告知することを躊躇わせているのであろうか。同 職場内での従業員個人間での評価を巡る競争意識がより顕在化することで,不 利になるかもしれない情報を自ら公開するには確かに勇気がいるであろうし,
公開せずにすむならばそのままにしたいと考えるのは人情であろう。
一方,促進要因として「情報共有等のための打合せを行っている」が抽出さ れている点は,有効な対応策を考える上では注目したい結果といえよう。常に 職場内で個人的な事情も含めて情報が共有しやすい仕組みや環境が用意されて いることが重要であることを示している。普段からの活発なコミュニケーショ ンの延長線上に,辛い介護のカミングアウトのハードルを乗り越えさせる決断 が生まれてくるのではなかろうか。
一方「自分が休むと業務が滞ることが多い」という状況がカミングアウトに 対して促進的である点にも注目したい。これは,本当にカミングアウトせざる を得ない状況におかれれば,する,ということと解釈できるのではないか。介 護者となることは,休暇・休業を普段以上に取得せざるを得ないと考えられる わけだか,もしそれで業務に支障を来すことが予め明白であれば,否応なくカ ミングアウトせざるを得ないということであろう。そうした必然的な状況と同 時に「話せる場」 「話しやすい雰囲気」が常時,用意されることがカミングア ウトという勇気ある決断を引き出すのであろう。
介護未経験層では親全体としては,カミングアウト促進要因が多く抽出され
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ている。先の「情報共有等のための打合せを行っている」 , 「自分が休むと業務 が滞ることが多い」に加えて「仕事の繁閑の差が大きい」が促進要因と位置づ けられている。配偶者の親に関しては,想定される負荷が比較的小さいからか,
あるいは主たる介護者とはならないと予測していたるためか,会社に比較的気 軽にカミングアウトできるのではなかろうか。
4. リスク特性比較... 育児と介護
さて,企業経営に深刻な悪影響をもたらすことが懸念される介護との両立問 題に対して,どのような対応を行うべなのだろうか。
職場における老親介護との両立支援は,先行した両立問題として取り組まれ た出産・育児支援としばし比較され,現在までの実際の企業支援策の多くは,
出産・育児との両立支援をベースにほぼ類似的な展開がなされている。
しかし,出産・育児との両立と,老親介護との両立を同一視することは危険 であると筆者は考えている。なぜなら,この二つの両立上そのリスク特性には 大きな差異があるからである。 「育児」と同様の発想,視点からの対応では「介 護」に対する有効な支援は困難である。
まずは両者の両立リスク特性としての相違に着目し,比較し整理してみよう。
第一に,育児はかなり確定的な「有期」の問題であり,一定期間の支援とし て想定することができる。一方で, 「介護」は,最初に要介護認定を受けた時 点あたりから始まるが,その終結時点が容易に見通せない。つまり,支援する 側からの時間的予見が難しい。平均値としては浜島 (2006) では,平均2. 7年,
松浦 (2014) では3. 4年という期間が測定されているが,その分散は大きい。
この「時間的な予測困難性」は費用負担とも連動することはいうまでもない。
第二は, 「同時多発性」である。 「育児」は直列型を前提として考えられる。
つまり,第一子の出産,育児が一段落し,その後第二子と続き,多くの出産ケ ースでは一定の間隔がある。一方,介護は,自身の両親,配偶者の両親も含め て,同時多発的となる危険性を有している。つまり,並列的に複数の要介護者 を抱える可能性がある。複数の重度の要介護者を抱えることとなれば,仕事と の両立の難易度が飛躍的に高まることが予想される。
第三に, 「育児」が,出産直後の乳幼児の段階での集中的負荷が大きい時期 から,生育とともに負担が軽減する。保育施設に預けられる頃には,両立上の
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負担としてかなり軽減される。一方で, 「介護」では,症状の悪化や認知症の 発症など,負荷が時間経過と共に重くなる「リスク逓増型」であり, 「負荷逓 増性」となる。
第四の「高職位性」という特性が最も決定的な差異ともいえる。支援対象と なる介護者となる従業員の年齢,そして社内での職位等の違いである。出産・
育児では基本的に女性従業員が中心で,かつ年齢層も比較的若い層である。こ のため組織内での中枢的な管理職であるケースが比較的少ない。つまり,休職 等による業務運営上の悪影響がそれほど深刻なものではなく,派遣社員や OB 社員の非正社員採用などによる代替要員の確保も比較的容易である。しかし,
「介護」では,当事者となる従業員は4 0歳代後半から5 0歳代まであたりが,
その中心層となり,上位管理職に就いているケースが多く,社内での業務上,
果たすべき役割が大きく,業績責任を負っていることが少なくない。また,部 下もおり,彼らに対する指導,育成責任なども有している。要するに,各部門 の中核人材として,部門内でリーダーシップを発揮し,企業を支える立場にい る可能性が高い。したがって,仮に,短期的な休職となっても,その代替要員 の確保も難しく,進行中のプロジェクトの成否などにも直接的に関わってくる。
結果的に,企業としてのダメージが, 「育児」で休職する若年層に比較して大 きくなる。この点は,当然,当人も認識しており,老親介護に直面して苦悩し ていること自体を,企業側に伝え,支援を求めることを躊躇させる。先の「カ ミングアウト問題」である。これが事態をさらに深刻化させる。
第五の特性は,要介護者との「空間的な位置関係と距離」の問題である。 「育 児」の場合には,説明を要しないであろうが,乳幼児とその育児の当事者とな る女性従業員は,同居しており,移動等の問題が生じる余地はない。しかし,
「介護」のケースではしばし, 「遠隔地介護」が問題となる。現在の大都市圏で 勤務する中高年層の管理職の多くは,高卒後,大卒後,あるいはそれ以前の入 学時点に地方社会から社会移動によって両親と別居状態となっているケースも 多いため,要介護者となった老親宅との地理的な距離が離れており,移動コス ト(時間的,経済的,肉体負荷的)が大きな問題となる。
第六は「複雑な当事者性」である,つまり,主たる当事者,補助者等からな る体制上の特性がある。誰が主たる担い手となり,誰が補助者となるか,要介 護者に何人の家族,親族が関与するか,費用分担は,といった点である。 「育 児」は,現状では,母親が主たる担い手となって,父親が補助的に介入するケ
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ースが基本形で,そこにいずれかの両親が同居,近居する場合には,補助者,
支援者として協力することになる。一方, 「介護」のケースでは,かなり複雑 で,より多様な形態・体制が発生する。まず,要介護者が従業員当人の老親か,
配偶者の老親か,によって変わってくる。また,要介護者自身の配偶者の有無 と健常であるか。当人及び配偶者に兄弟姉妹がいるか。長男長女か。また,そ れらの当人と兄弟姉妹と,要介護者との同別居,住居・施設との距離がどうな っているか,等々によって,主たる当事者が誰になるか,また複数による分担 型か,など多様となる。この当事者関係の複雑さ,多様性が,企業支援を困難 なものとする要因ともなる。
これらのリスク特性について正社員1, 5 5 3名に対して質問紙法によって検証 を行った。各リスク特性,すなわち出産・育児と老親介護との両立上のリスク の差異について明確な認識がなされていることがわかる(図表7 ) 。
以上, 「育児」と「介護」との両立リスク上の特性を比較すると大きな差異 があり,かつ当事者の負荷の重く,比較的な多様性をもつリスクであることが わかる。結論的には,両立の難易度が高いのである。したがって,育児支援の
図表7 両立リスクとしての特性比較
リスク特性 質問表現
時間的予測困難性 それが(介護,育児),何時から始まるか予測できない 同時多発性 世話する対象(老親,子供)が同時に複数となる可能性がある 負担逓増性
(R)
時間の経過とともに徐々に負担が楽になる空間的な分離性 当事者(老親,子供)と離れて生活している(可能性がある)
介護者の高職位性 社内での職位が高く,責任も重い時期に起こる
複雑な当事者性 当事者(老親,子供)と離れて生活している(可能性がある)
「介護クライシス調査(2015)」西久保研究室 時間的予測困難性
70.0 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0 0.0
58.6
34.2
複雑な当事者性 同時多発性
45.1 36.6
27.7 20.5
21.8 20.2
16.6
38.7 44.4
介護者の高職位性 負担逓増性
(R)
39.3
出産・育児 老親介護 (n=1553)
空間的な分離性
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延長線ではなく,上記のようなリスク特性を十分に認識した上での対応が企業 にも求められてくる。
5. 介護両立支援の現状
こうした両立リスク上の多様性や複雑性を反映してか,わが国の企業での介 護支援は実効性のあるものとしては進んでいない。日本経団連が毎年実施して いる「福利厚生費調査」における法定外福利厚生費なかでの「育児」と「介護」
に関する支援額(従業員1人当たり月額平均値)を併置してみた。当調査は同 団体会員企業を中心とした標本が採取されたもので,1社当たり平均従業員数 4, 5 4 5人(2 0 1 3年度)と大企業層の実態をみることができるが, 「育児」が「介 護」が調査対象となった同年から比較すると,1 0倍以上の増額となっている のとは対照的に介護への支援額は低迷している。大企業層であっても,こうし た状況である。
これまでの企業による従業員に対する介護支援は,基本的には休暇・休業の 追加等によるものが大半であった。そして,その多くは法定の介護休職制度
図表8「育児」と「介護」に対する企業支援額の推移
「福利厚生費調査」(日本経団連)より作成
1 9 9 7 年 度 1 9 9 8 年 度 1 9 9 9 年 度 2 0 0 0 年 度 2 0 0 1 年 度 2 0 0 2 年 度 2 0 0 3 年 度 2 0 0 4 年 度 2 0 0 5 年 度 2 0 0 6 年 度 2 0 0 7 年 度 2 0 0 8 年 度 2 0 0 9 年 度 2 0 1 0 年 度 2 0 1 1 年 度 2 0 1 2 年 度 2 0 1 3 年 度
(円/人)
400 350 300 250 200 150 100 50 0
348
育児関連
217 介護
100
96 27
32
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(9 3日) ,介護休暇制度(5日)に対してその上限日数に上乗せする形で,支援 制度づくりを行ってきた。図表9は厚生労働省が行っている均等・両立推進企 業表彰での近年の受賞企業での介護支援を一覧化してみたが,これらの先進的 企業においてもやはり短時間制度や公的休業への上乗せ等の「時間的」支援策 にとどまっている段階であることがわかる。
近年の日本企業による介護支援例として最も先進的なものいえるのものが,
NEC グループの支援策であろう。当社のケースは,それまでの休業・休暇の 追加的支援,一時見舞金といった,それまでの多くの企業での支援のあり方か ら,大きく一歩,踏み出す内容となった(図表10 ) 。
まず,第一の特性として指摘したように,介護のもつ時間的な不確実性,つ まり予期せぬ長期化への対応として「介護転居費用補助」と「介護休職給付金
図表9 均等・両立推進企業表彰における介護との両立支援
年度 表彰の種類 企業名 介護支援策
平成22年度 ファミリー・フレンドリー企業部門 厚生労働大臣優良賞
サノフィ・アベンティス株式会社 取得回数制限なく通算365日取得可能
短時間勤務(1人当たり通算365日取得可能)3時間短縮 ラ・メゾン休暇(子が小学3年の3月末まで 介護のために利用可)
三菱UFJ信託銀行株式会社 休業:家族1人当たり通算365日間取得可能 短時間勤務(期間制限なし)
リチャレンジ・プラン(出産,育児介護等で退職した社員の再雇用)
平成23年度 厚生労働大臣最優良賞 株式会社!島屋 休業:家族1人当たり通算1年間取得可能 短時間勤務(1人当たり通算1年間取得可能)
リザーブ休暇(失効有休の積立)の利用可能 ファミリー・フレンドリー企業部門
厚生労働大臣優良賞
第一生命保険株式会社 休業:家族1人当たり通算365日取得可能 制限なく複数回数取得可能(事由同一での可)
短時間勤務(1人当たり休業取得日とは別に通算365日間取得可能)
シャープ株式会社 休業:家族1人当たり通算2年間取得可能 短時間勤務(事由消滅まで期間制限なし)
短時間も可能なフレックスタイム制 平成24年度 ファミリー・フレンドリー企業部門
厚生労働大臣優良賞
曙ブレーキエ業株式会社 休業:家族1人当たり通算2年間取得可能 短時間勤務(1人当たり通算3年間取得可能)
介護休職援助金を共済会より支給 東日本旅客鉄道株式会社 休業:家族1人当たり通算365日間取得可能
短時間勤務(1人当たり通算365日間取得可能)
平成25年度 ファミリー・フレンドリー部門 厚生労働大臣優良賞
明治安田生命保険相互会社 休業:家族1人当たり通算365日間取得可能 介護休暇年5日(有給)
平成26年度 ファミリー・フレンドリー部門 厚生労働大臣優良賞
有限会社COCO-LO 休業:要介護者1人につき通算180日取得可能
休業:家族1人当たり1要介護状態につき通算32回取得可能 介護のための短時間勤務(機関制限なし)
住友生命保険相互会社 休業:家族1人当たり通算365日間取得可能 東京海上日動火災保険株式会社 休業:家族1人当たり通算365日間取得可能 三井住友海上火災保険株式会社 休業:365日まで休業可能/月例給の40%支給 ブラザー工業株式会社 休業:1要介護状態につき3年以内の期間取得可能 株式会社広島銀行 休業:家族1人当たり通算365日間取得可能
介護のための時差出勤制度(通算365日)
厚生労働省HPより抜粋
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(改訂) 」を導入した。前者は,遠隔地にいる老親を従業員の居住地近郊に転居 する費用に対する支援である。従業員の移動による疲弊を回避するためには,
早い時期に思い切って転居を促すことは有効な対応策となる可能性が高い,他 の介護補助者の協力も期待でき,施設斡旋等の可能性が高まるケースもある。
長期の介護となると判断した場合には,有り難い施策である。一方,後者では 法定の介護休業給付金に対して上乗せ給付を行うものである。介護に伴うラン ニング・コスト負担が長期化することによる家計負担を軽減する狙いである。
当社の介護支援策は,従来から展開していた一般的な介護支援策を強化,拡 張する形で「第二ステップ」と位置づけられ,進化を遂げたものである。この 第二ステップにおいて,着目された点が介護者のメンタル面での対応である。
老親のために十分な対応ができていないとする罪悪感,焦燥感,孤立感など多 忙な業務に就きながら介護というリスクに向き合わざるを得ない従業員には,
メンタル面からの支援が重要であることが明らかになってきた。この対応とし て「介護支援コミュニティ」と名付けたポータルサイトを社内ネット上に設置 した。介護に苦悩する者同士の悩みの共有やノウハウの交換,介護相談など,
孤立しない介護を実現するための仕組みを提供した。また,外部の専門事業者 との提携によって,全国規模での介護事業者の紹介や恩典の提供などの機会を 提供することとした。
図表10
NEC
の介護支援制度(第二ステップ)施 策 概 要
介護長期化に よるリスクを 軽減する支援
『介護転居費用補助』
導入
親の介護目的の転居時に親または共済会会員の転居費用を補助
【補肋上限額50万円】
『介護休職給付金』
改定
介護休業時の法定給付「介護休業給付金」(休業前賃金×給付 率40%,休業後通算3ケ月まで)を捕完する共済会の独自給 付『介護休職給付金』(休業前賃金×給付率40%,休業後通算 1年間まで)の給付率を2/3に改定
介護支援 コミュニティ 形成
『NECファミリーケア』
開設
NECグループの介護支援コミュニティとして,「きめ絹かい情 報提供と「ナマの声の共有」を主とするポータルサイトを開設
『ファミリーケア・サポート メニュー』 導入
『NECファミリーケア』内の情報提供メニューの一環と位置づ け,介護事業者と広い提携網をもつ福利厚生アウトソーサーと 法人契約を締結
(提携介護事業者の情報,介護サービス利用時の特典を提供)
公的介護 保険を 補完する 経済的支援
『介護環境整備支援金』
導入
要介護3 以上の親等の介護で介護方法の見直しが発生し,
共済会会員が多額の負担をした場合に支援金を支給
【給付額:一律20万円】
(対象:在宅介護の住宅改修費,介護施設入居に伴う一時金)
西巻(2011)より抜粋