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リカードとマルクスの価値理論

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(1)

周知のとおり、 マルクスはリカードの労働価値理論を批判して、 マルクス自身の剰余価値理論の 立場を正当化した。 マルクスによると、 リカードは正しくも投下労働概念から出発しながら、 本来 必要な 「諸中間項」 を無視して、 いきなり均等利潤率の成立を前提として価値理論を形成した点に おいて間違っているという (16162)。 しかしこうした見方は、 マルクスの剰余価値理論 の独自の論理構成を基準としてリカードの労働価値理論を検討し、 マルクス自身の立場と異なる部 分を断罪したものに過ぎない。 こうしたマルクスのリカード批判は、 その後のリカード研究に大き な影響を及ぼし続けたが、 近年ではリカードの労働価値理論の独自性に注目する研究も蓄積されて きた。 とくに中村廣治は、 リカードの労働価値理論はマルクスのように生産費用の論理を排除する ものではなく、 むしろ生産費用の論理に基づく生産費用の論理の顕在化の否定として成立すると主 張している (中村 19962027)1)。 この見解を認めるなら、 リカードの労働価値理論の基礎はあ くまで生産費用の論理であるのに対して、 マルクスの剰余価値理論の基礎は生産費用の論理を否定 する価値法則の論理であるから、 両者はまったく異なるという主張を導き出すことができる。 そし てこのとき、 マルクスのリカード批判の修正が必至となり、 リカードとマルクスの関係も従来の見 方とは大きく異なった形で説明することが求められるだろう。

ところで、 マルクスの経済理論の数学的定式化の研究には、 すでに一定の蓄積が見られるが、 こ れと比較して、 リカードの労働価値理論に関する同様の研究は遅れていると言わざるをえない。 数 少ない秀逸な貢献として森嶋通夫の研究があるが、 この研究ではリカードの立場は必ずしも正しく 捉えられておらず、 リカードの労働価値理論はマルクスの剰余価値理論とまったく同じ形式を用い て検討されている ( 19892028)2)。 結局のところ、 森嶋はリカードの労働価値理論と 称しながら、 事実上、 マルクスの剰余価値理論について検討していたのである。 このようにリカー ドの立場とマルクスの立場を同一視する傾向は、 マルクスのリカード批判の影響と相まって、 リカー ド研究と古典派研究全体に大きく影を落としていると筆者は考えている。 そこで筆者は以前の研究 において、 中村の見解と近い立場からリカードの労働価値理論の研究に取り組み、 リカードの独自 の貢献を明らかにするべく、 その数学的定式化を試みた (福田 2000福田 2002)。 これらの研究 では、 リカードの労働価値理論が 「均等利潤の成立」 と 「貨幣商品の定義」 という2つの基本的仮 定の下で成立すること、 すなわち生産費用の論理に基づいて成立することを示した。 こうした研究

リカードとマルクスの価値理論

福 田 進 治

(2)

を基礎とするなら、 リカードの労働価値理論と対比できる形式で、 マルクスの剰余価値理論を定式 化し、 両者を比較検討することが可能になるだろう。

こうして本稿の課題は、 リカードの労働価値理論とマルクスの剰余価値理論について、 両者の論 理構成の異同を正しく捉えることを旨としながら、 数学的定式化の手法を用いて比較検討すること である。 そしてマルクスのリカード批判の誤りを明らかにしながら、 リカードとマルクスの関係に ついて改めて検討する。 こうした検討を通して、 アダム・スミスからリカードを経てマルクスに至 るという、 マルクス的な剰余価値理論の系譜の説明が誤りであることが明らかになるだろう。 しか し、 本稿はリカードの立場を基準としてマルクスの立場を批判することを旨とするのではなく、 む しろマルクスの不十分な見解を修正した上で、 リカードとマルクスの各々の貢献を正しく評価する ための視点を獲得することを目指すものである3)

本章では、 リカードの労働価値理論とマルクスの剰余価値理論の最も基本的なケースが成立する ための前提を明らかにする。 このために基本的ケースの仮定として、 労働のみを投入する生産過程 を想定する。 従って、 資本構成は均等である。 以下では、 リカードのこうしたケースに関する議論 を純粋な労働価値理論と呼び、 マルクスの対応する議論を価値体系と呼ぶ。

リカードは 原理 初版において、 スミスの価値理論を批判しながら、 リカード自身の純粋な労 働価値理論の立場を正当化した。 すなわちスミスは資本の蓄積が進行し、 資本の利潤が発生する状 況においては、 労働価値理論の基本的命題というべき 「投下労働量と価格の比例関係」 は成立しな いと述べたが、 リカードは利潤が発生する状況においても、 依然として同じ命題が成立することを 示した (2223)。 このことを数学的に示すために、 任意の産業部門[]と貨幣商品を産 出する部門[ ]を想定し、 ともに投入は労働のみ、 分配変数は賃金と利潤のみと仮定するなら、 両 部門の生産過程における投入と産出の関係は、 次のようにして表すことができる4)

ここで記号は、 部門[][ ]の投下労働量 、 産出量 、 利潤率π、 π、 部門間で均等な 貨幣賃金、 商品[]の価格である。 このうち技術的生産条件として、 両部門の投下労働量、 同 じく産出量の値を所与とする。 リカードは任意の部門において 「投下労働量と価格の比例関係」 が 成立するために必要な前提として、 第1に部門間で利潤率が均等化していること、 第2に貨幣部門 の労働生産性が一定不変であることを挙げた (1753福田 200012627)。 これら は上の体系に次の2つの式を追加することを意味する。

(3)

ここで部門間で均等な利潤率π、 貨幣部門の労働生産性αであり、 後者の値は所与かつ一定とす る。 このうち式(13)が筆者の言う 「均等利潤の成立」、 式(14)が 「貨幣商品の定義」 である。 そし て式(11)(12)(13)(14)は自由度1となり、 価格と分配の決定を説明する体系となる。 これら4つの 式から、 次の関係を導き出すことができる。

この関係は、 任意の部門における労働量あたり賃金と利潤の合計、 同じく労働量あたり産出額がと もに貨幣部門の労働量あたり産出量に等しく、 かつ一定不変であることを表している。 この関係か ら 「投下労働量と価格の比例関係」 が成立すること、 さらに 「貨幣賃金と利潤率の相反関係」 が成 立することが分かる。 こうしてリカードの純粋な労働価値理論は、 「均等利潤の成立」 「貨幣商品の 定義」 の2つの仮定を前提として、 「投下労働量と価格の比例関係」 「貨幣賃金と利潤率の相反関係」

の2つの命題の成立を主張する体系であると言うことができる。

こうしたリカードの議論は、 十分に整合的であると思われるのであるが、 マルクスはこうした議 論を批判して、 リカードとはまったく異なる方法で価値理論を形成した (192213)。 た だし以下に示すとおり、 マルクスはリカードと同じく、 スミスが残した問題に回答する形で、 利潤 が発生する状況においても労働価値理論の命題が成立することを示そうとしたと看なすことができ る。 そこで任意の産業部門[]を想定し、 投入は労働のみ、 分配変数は賃金と利潤のみと仮定する なら、 この生産過程における投入と産出の関係は、 次のようにして表すことができる。

ここで記号は以前に準ずるが、 マルクス自身の用語法に従うなら、 利潤率πは 「搾取率」、 貨幣賃 は 「労働力の価値」、 価格は 「価値」 でなければならない。 しかしここではリカードの議論 と対比するために、 貨幣表示の価格を単位として想定しながら、 リカードと同じ用語法を維持す 5)。 ここでマルクスの価値法則は、 投下労働量がまさに商品の価値であると主張するものである が (5254)、 この法則の価格的表現は、 次のようにして表すことができる6)

ここで記号は、 利潤率がゼロであるときに支払われる最大貨幣賃金 、 その値βは所与かつ一定 とする。 これは現実の賃金の決定に先立って、 最大賃金の値がいわば 「真実の賃金」 として定義さ れていることを意味する。 このとき式(16)(17)(18)は自由度1となり、 価格と分配の決定を説明 する体系となる。 これら3つの式から、 次の関係を導き出すことができる。

(4)

この関係は、 リカード体系に関する式(15)と対比できるものであり、 任意の部門における労働量 あたり賃金と利潤 (剰余価値) の合計、 同じく労働量あたり産出額がともに最大賃金に等しく、 か つ一定不変であることを表している。 すなわちマルクス体系では、 リカード体系と同様に労働価値 理論の2つの基本的命題が成立する。 ただしマルクス体系では、 リカードが採用した2つの基本的 仮定は存在せず、 代替的に最大賃金の値が定義され、 この定義がリカードの2つの仮定とまったく 同じ役割を果たしている。 すなわち、 マルクスはリカードとは異なる仮定を用いて、 同じ命題を論 証し、 スミスの問題を解決したのである。 こうしてマルクスの価値体系は 「最大賃金の定義」 の仮 定を前提として、 「投下労働量と価格の比例関係」 「貨幣賃金と利潤率の相反関係」 の2つの命題の 成立を主張する体系であると言うことができる。

本章では、 リカードの労働価値理論とマルクスの剰余価値理論のより複雑なケースについて検討 する。 すなわち前章では基本的ケースの仮定として、 労働のみを投入する生産過程を想定したが、

本章では一般的ケースとして、 資本と労働を任意の比率で投入する生産過程を想定する。 従って、

資本構成は不均等である。 以下では、 リカードのこうしたケースに関する議論を修正された労働価 値理論と呼ぶが、 マルクスの対応する議論は以前と同じく、 価値体系である。

リカードは 原理 初版に先立って、 資本構成が不均等である一般的ケースを想定したとき、 先 述の 「均等利潤の成立」 「貨幣商品の定義」 の仮定を前提としても、 純粋な労働価値理論の立場を 正当化することが難しくなることに気付いていた (82)。 いわゆる 「修正」 の問題である。

リカードは修正の問題に悩み続けたが、 筆者はこの問題を考慮しても、 リカードの労働価値理論は 一定の理論的意義を維持すると考えている (福田20025760)。 これらの事情を説明するために、

再び任意の部門[]を想定し、 投入は資本と労働と仮定するなら、 この生産過程における投入と産 出の関係は、 次のようにして表すことができる。

ここで記号は以前と同様であるが、 部門[]に、 産出から1期前に投入される資本量1、 労働量

1、 資本財の価格である。 そしてこの式は、 資本の費用1と労働の費用 1の合計に対して、

一定の比率で利潤が発生することを表している。 ここで資本もまた資本と労働の生産物であると仮 定するなら、 資本の投入は過去の労働投入に還元して表すことができる。 これを踏まえて、 改めて 任意の部門[]と貨幣部門[]を想定するなら、 両者の生産過程における投入と産出の関係は、 次 のようにして表すことができる7)

ここで記号は以前と同様であるが、 部門[]の資本の生産を考慮した生産期間、 同じく産出から

(5)

期前の投下労働量である。 このうち技術的生産条件として、 両部門の各期の投下労働量、 同じ く産出量、 生産期間の値を所与とする。 貨幣部門[]の生産過程は以前と同様であるから、 部門[] []の間で資本構成は不均等である。 このことを前提として、 以前と同じ 「均等利潤の成立」 「貨 幣商品の定義」 の仮定は、 次のように表すことができる。

こうして式(21)(22)(23)(24)は自由度1の体系として、 以前とは異なる修正された形で、 価格 と分配の決定を説明する体系となる。 すなわち、 これら4つの式から、 次の関係を導き出すことが できる。

この関係は、 前章で示した式(15)が修正されたものである。 ここで任意の部門における労働量あ たり賃金と利潤の合計は、 貨幣部門の労働量あたり産出量に等しく、 かつ一定不変であるから、

「貨幣賃金と利潤率の相反関係」 は依然として成立することが分かる。 しかし労働量あたり産出額 の決定過程には利潤率が関与し、 投下労働量と価格の関係は容易に確定することができないから、

この関係はもはや厳密な比例関係ではありえず、 単なる正の関係となる。 こうしてリカードの修正 された労働価値理論は、 「均等利潤の成立」 「資本構成の相違」 「貨幣商品の定義」 の3つの仮定を 前提として、 「投下労働量と価格の正の関係」 「貨幣賃金と利潤率の相反関係」 の2つの命題の成立 を主張する体系であると言うことができる。

マルクスは価値法則の成立を擁護する立場から、 リカードが均等利潤率の成立を前提として議論 していることを批判した。 マルクスによると、 資本の費用と労働の費用の合計に対する利潤という 概念は、 資本家の視点から生じた歪曲した概念であって、 資本の費用は単純に産出額に転嫁される にすぎず、 労働の費用に対してのみ、 利潤の源泉である剰余価値が発生する ( 21425)。

こうした議論を示すために、 再び任意の部門[]を想定し、 投入は資本と労働と仮定するなら、 こ の生産過程における投入と産出の関係は、 次のようにして表すことができる8)

この式は先述のリカード体系に関する式(21)に対応するものであり、 資本の費用1はそのまま 産出額に転嫁されるが、 労働の費用1は、 これに対してのみ剰余価値が発生するから、 搾取率を 考慮した上で産出額に転嫁されることを表している。 ここで資本もまた資本と労働の生産物である と仮定するなら、 資本の投入は過去の労働投入に還元して表すことができる。 ただしマルクス体系 では資本は剰余価値を生まないから、 その表し方はリカード体系とは異なる。 こうした事情を考慮 して、 改めて部門[]の生産過程における投入と産出の関係は、 次のようにして表すことができ 9)

(6)

ここで記号は以前に準ずる。 この式は先述のリカード体系に関する式(21)に対比できるものであ り、 同時に前章で示した基本的ケースに関する式(16)が発展したものである。 マルクス自身は資 本の投入を過去の労働投入に還元するという操作を承認しないかもしれないが、 こうした形式を用 いることによって、 リカード体系とマルクス体系の相違は鮮明になる10)。 すなわちリカード体系で は、 過去の労働投入に関する複利計算が要求され、 基本的ケースの修正が生じたが、 マルクス体系 では、 資本は剰余価値を生まず、 複利計算が要求されないから、 基本的ケースと本質的に同じ形式 が成り立つことが分かる。 そして以前と同様に、 マルクスの価値法則の価格的表現は、 次のように して表すことができる。

ここで最大賃金の値βが一定であるとき、 過去から現在に至る投下労働量の合計に比例して、 任意 の商品の価格が決定する。 さらに、 式(26)(27)(28)から、 次の関係を導き出すことができる。

この関係は、 先述のリカード体系に関する式(25)に対比できるものであり、 同時に前章で示した 基本的ケースに関する式(19)が発展したものである。 そしてこの関係は基本的ケースとまったく 同様に、 任意の部門における労働量あたり賃金と剰余価値の合計、 同じく労働量あたり産出額は、

ともに最大賃金に等しく、 かつ一定不変であることを表している。 すなわちマルクス体系では、 資 本と労働の投入、 あるいは資本構成の相違を考慮したときも、 リカード体系のように 「貨幣賃金と 利潤率の相反関係」 が成立するだけでなく、 「投下労働量と価格の比例関係」 も成立する。 こうし てマルクスの価値体系のより複雑なケースは、 「最大賃金の定義」 「資本構成の相違」 の2つの仮定 を前提として、 「投下労働量と価格の比例関係」 「貨幣賃金と利潤率の相反関係」 の2つの命題の成 立を主張する体系であると言うことができる。

本章では、 マルクスの剰余価値理論の現実的なケースについて検討する。 前章では、 資本構成の 相違を考慮したときも、 マルクス体系では当初の命題が厳密に成立することを確認したが、 これは マルクスがリカードとは異なり、 均等利潤率の成立を仮定していなかったためである。 しかしマル クスはさらなる議論において同じ仮定を導入し、 これを原因として当初の価値が 「生産価格」 に変 化し、 当初の命題が成立しなくなることを示した。 いわゆる 「転形」 の問題である。 この結果とし て得られた体系を、 以下では価格体系と呼ぶ。

(7)

当初、 マルクスは労働の費用に対してのみ、 剰余価値が発生すると看なす立場を取ったが、 より 現実的には、 あるいは資本家の視点からは、 同じ剰余価値は資本の費用と労働の費用の合計に対す る利潤として捉えられると考えた (5152)。 これを示すために、 前章で労働の費用に関 する搾取率として示された変数に代えて、 資本の費用と労働の費用の合計に関する利潤率を定義せ ねばならない。 そこで三度、 任意の部門[]を想定するなら、 この生産過程における投入と産出の 関係は、 次のようにして表すことができる11)

ここで記号は以前に準ずるが、 利潤率πはもはや 「搾取率」 ではなく、 部門[]の 「個別的利潤 率」 である。 ここで以前と同じく、 資本もまた資本と労働の生産物であると仮定するなら、 資本の 投入は過去の労働投入に還元することができる。 改めて任意の部門[]の生産過程における投入と 産出の関係は、 次のようにして表すことができる。

これら式(31)、 式(31)は、 前章で示したリカード体系に関する式(21)、 式(21)とほぼ同じもの である。 しかしリカード体系では、 利潤率は前提として、 部門間で均等であったが、 ここでは価値 法則を前提として産出額が決定し、 続いて利潤率が決定すると想定されているから、 部門間で資本 構成が不均等であるとき、 利潤率も不均等である。 この段階でマルクスは、 資本競争の効果のため に当初の価値が変化し、 利潤率は均等化すると想定した (167)。 こうして価値が 「生産価 格」 に変化するなら、 同じ生産過程は次のようにして表すことができる。

ここで記号は、 マルクスの用語法に従うなら、 利潤率π(=π ) は部門間で均等な 「一般的利 潤率」、 価格は 「生産価格」 である。 この式(31)は 「均等利潤の成立」 「資本構成の相違」 の2 つの仮定を前提として含むものであるから、 リカード体系に関する式(21)とまったく同じ形式で ある。 そして当初の価値は変化しているから、 もはや価値法則 Σは成立しない。 従って

「投下労働量と価格の比例関係」 は成立しない。 こうしてリカードとマルクスは、 互いに異なる論 理的過程を想定しながら、 結果的には同じ、 上の2つの仮定を含む一般的な価格体系を説明しよう としたと言うことができる12)

以上のように、 リカード体系では式(21)、 マルクス体系では式(31)という実質的に同じ形式 の生産方程式を得ることができた。 しかしこれらに付随する追加的仮定は、 リカード体系とマルク ス体系ではまったく異なる。 すなわちリカード体系では、 貨幣部門[]を想定しながら、 「均等利 潤の成立」 「貨幣商品の定義」 の2つの仮定が採用されたが、 マルクス体系では、 あくまで 「最大賃 金の定義」 の仮定が中心的役割を果たす。 マルクスは価値法則に従って個別商品の価値を決定し、

これらを集計した上で、 経済全体の産出額の合計は一定不変である、 あるいは諸商品の価値の合計 と生産価格の合計は等しいと仮定しながら、 均等利潤率の値を計算した (16467)。 この

(8)

ことは均等利潤率が成立し、 価値法則が個別商品の価値について成立しなくなっても、 この法則が 経済全体の産出額の合計について依然として成立することを意味する。 そこで任意の経済に個の 産業部門[]が存在すると想定するなら、 この経済全体に関するマルクスの価格体系は、 次のよう にして表すことができる13)

ここで記号は、 部門[]の、 産出から期前の投下労働量、 産出量、 価格である。 そして最大 賃金の値βが一定であるとき、 経済全体における過去から現在に至る投下労働量の合計に比例して、

産出額の合計が決定する。 さらに、 式(32)(33)(34)から、 次の関係を導き出すことができる。

この関係は、 第1章、 第2章で示したマルクスの価値体系に関する式(19)、 式(29)が発展したも のである。 そしてこの関係は、 経済全体に関する労働量あたり賃金と利潤の合計、 同じく労働量あ たり産出額は、 ともに最大賃金に等しく、 かつ一定不変であること表している。 このとき投下労働 量と価格の関係は、 経済全体に関しては厳密な比例関係として成立するが、 個別商品に関しては単 なる 「正の関係」 として成立するにすぎない。 また貨幣賃金と利潤率の関係は、 経済全体に関して も個別部門に関しても、 以前のように明快な相反関係としては成立せず、 単なる 「負の関係」 とし て成立する。 こうしてマルクスの価格体系は、 「最大賃金の定義」 「資本構成の相違」 「均等利潤の 成立」 の3つの仮定を前提として、 「投下労働量と価格の正の関係」 「貨幣賃金と利潤率の負の関係」

の2つの命題の成立を主張する体系であると言うことができる。

以上の議論を改めて整理するなら、 第1章の式(11)(12)(13)(14)は、 リカードの純粋な労働価 値理論の体系を表し、 同章の式(16)(17)(18)、 および第2章の式(26)(27)(28)は、 マルクスの 価値体系を表す。 また第2章の式(21)(22)(23)(24)は、 リカードの修正された労働価値理論の 体系を表し、 第3章の式(32)(33)(34)は、 マルクスの価格体系を表す。 これらの体系における 諸仮定と諸命題は、 次頁の表のとおりである14)

この表より、 本稿の結論が得られる。 第1に、 リカードの純粋な労働価値理論とマルクスの価値 体系は、 互いに異なる体系である。 従来、 リカード体系とマルクス体系は同じ2つの命題、 すなわ ち 「投下労働量と価格 (価値) の比例関係」 「貨幣賃金と利潤率 (搾取率) の相反関係」 の2つの 命題の成立を主張することから、 本質的に同じ体系、 または少なくとも近い体系であると看なされ がちであった。 しかし同じ命題が成立するための前提はまったく異なり、 リカード体系では 「均等

(9)

利潤の成立」 「貨幣商品の定義」 の2つの仮定、 マルクス体系では 「資本構成の相違」 「最大賃金の 定義」 の2つの仮定である。 前者は生産費用の論理を意味し、 後者は価値法則の論理を意味する。

このことは、 リカード体系とマルクス体系が同じ命題を説明する同じ体系であるように見えるにも 拘わらず、 リカードとマルクスがまったく異なる論理をもって、 恐らくはまったく異なる関心をもっ て価値理論を形成しようとしていたことを示唆している。

第2に、 リカードの修正された労働価値理論とマルクスの価格体系は、 互いに近い形式をもつ体 系である。 リカードにとってもマルクスにとっても、 これらの体系は本来あるべき形から乖離した 派生的な体系にすぎなかったが、 彼等は結果的に、 一般的な形式として同じ形式をもつ価値理論を 形成した。 リカード体系とマルクス体系は、 体系を閉じる付随的仮定は異なるものの、 両者の生産 方程式は、 「均等利潤の成立」 「資本構成の相違」 の2つの仮定を含む点において完全に同じもので ある。 ただリカードは 「均等利潤の成立」 の仮定を当初の前提とし、 「資本構成の相違」 の仮定を 追加的に導入したのに対して、 マルクスは 「資本構成の相違」 の仮定を当初の前提とし、 「均等利 潤の成立」 の仮定を追加的に導入した。 前者が 「修正」 の問題、 後者が 「転形」 の問題である。 こ うしてリカードとマルクスは異なる手順を用いて、 最終的には同じ現実的な価格体系を説明しよう としたと言うことができる。

第3に、 リカードの労働価値理論とマルクスの剰余価値理論の間の諸々の相違は、 彼等の世界観 の相違を反映するものであると考えられる。 筆者はこうした問題について議論する十分な素養を持 ちあわせていないが、 それでも次のように言うことはできるだろう。 すなわちリカードは、 現実世 界の諸過程を合理的に説明するために、 「均等利潤の成立」 「貨幣商品の定義」 という直感的に把握 できる仮定を前提とし、 これらに 「資本構成の相違」 という複雑化の仮定を追加することによって、

現実世界を再構成しようとした。 これに対してマルクスは、 むしろ現実世界の諸過程の内面的本質 を解明するために、 「資本構成の相違」 という複雑化の仮定とともに、 敢えて 「最大賃金の定義」

(10)

という超越論的な仮定を前提とし、 これらに 「均等利潤の成立」 という現実化の仮定を追加するこ とによって、 現実世界の歪みを説明しようとした。

以上のような相違を認めるなら、 リカードの労働価値理論とマルクスの剰余価値理論の間に容易 に系譜的関係を描くことはできないし、 また安易に優劣を主張することはできないと言わなければ ならない。 マルクスはスミスが残した課題をリカードとは異なる方法で解決したということはでき るが、 リカードからマルクスに至る価値理論の発展の系譜を描くことはできそうにない。 またマル クスはリカードとは異なる関心をもちながら、 独自の立場を形成したということはできるが、 マル クスがリカードよりも全面的に優れていると主張する根拠は見出せない。 こうした意味において、

マルクスのリカード批判は間違っている。 しかしこのことは、 マルクスの剰余価値理論そのものが 間違っていることを必ずしも意味しない。 むしろマルクスの理論がいかに特殊であるかを正しく理 解することは、 マルクスの貢献を正しく評価するための前提であると考えられる。

なお、 本稿ではマルクスの剰余価値理論の数学的定式化において、 通常とは異なる方法を用いた。

とくにマルクスの 「価値」 を価格と同じ単位で定義したこと、 マルクスの 「不変資本」 を過去の労 働投入に還元したことは、 マルクスの本意に反するかもしれない。 しかしこれらの方法は、 リカー ド体系とマルクス体系をできるだけ同じ形式的表現を用いて定義し、 両者の比較を容易にするため に採用したものである。 敢えてこうした方法を用いることによって、 リカード体系とマルクス体系 の異同は以前よりも鮮明になったし、 さらには古典派価値論の系譜におけるマルクス体系の位置づ けも把握しやすくなったと考えられる。

1) ここで生産費用の論理とは、 生産過程において支払われる正常な水準の賃金と利潤の合計が価格を規定する論理 を指す。 中村廣治によると、 リカードの労働価値理論は、 貨幣も一つの商品であり、 一般商品の価値も貨幣商品の 価値も各々の生産費用によって規定されると想定した上で、 商品の価格はその商品の価値と貨幣の価値の比率、 従っ て各々の生産費用の比率であるから、 結果的に投下労働量の比率として決定すると主張するものである。 この論理 は、 任意の産業部門[]と貨幣部門[]を想定し、 次のように示すことができる。

ここで、 部門[][]の投下労働量 、 産出量 、 価値 、 前者の価格、 部門間で均等な利潤率π、

貨幣賃金である。 そして貨幣商品の投下労働量が一定不変であるとき、 任意の商品の価格はその商品の投下労働 量の比例して決定することが分かる。 もちろん、 この命題が厳密に成立するのは、 資本構成が等しいときのみであ る (中村 199620 2729 30福田 2000124 25)。

2) 森嶋通夫は線型生産理論の枠組みを前提として、 リカードの労働価値理論を投入と産出の相互関係を考慮して拡 張したケースに関する数学的定式化を行った。 次のとおりである。

ここで資本投入行列、 産出行列、 後者は対角行列とし、 労働投入ベクトル、 価値ベクトルΛである。 ここから 任意の部門[]に関する生産方程式を取り出すなら、 以下のとおりである。

(11)

ここで、 部門[]から部門[]への資本財の投入、 労働投入、 産出量、 価値λである。 ただし本稿の内容と比 較しやすいように、 資本減耗率は1とし、 また生産過程の規模を考慮している。 この定式化は、 任意の商品の価値 が直接および間接の投下労働量の合計に比例して決定することを表現しているが、 あくまでマルクスの議論の表現 である。 リカードの労働価値理論は、 中村または筆者が主張するように、 均等利潤率の成立を前提とし、 生産費用 の論理に基づいて成立する体系であるが、 森嶋の定式化では、 これらリカードに固有の事情はまったく考慮されて いない (19892028)。

3) 筆者は以前からリカードの労働価値理論の研究を行ってきたが、 本稿は筆者自身のリカード研究を基礎として、

マルクスの剰余価値理論の数学的定式化を試みるものである。 同時に、 筆者は古典派価値論という名称を用いて、

スミス、 リカード、 スラッファの価値理論の系譜的関係について検討を試みてきたが、 本稿はこれらの研究を補完 するために、 マルクスの剰余価値理論を扱うものである。

4) リカードの労働価値理論の成立にとって、 「不変の価値尺度」 は不可欠の前提である。 このために、 リカードは 原理 第1章において、 貨幣商品は 「同一量の不被助労働の所産」 であること、 すなわち投入が労働のみの生産 過程において生産されることを仮定していた (1763)。

5) リカードは一般的に商品の価値を 「価値」、 商品の価値を貨幣で測定したもの、 あるいは商品の価値と貨幣の価 値の比率を 「価格」 と呼んだが、 マルクスは価値法則に従って決定する商品本来の価値を 「価値」、 利潤率の均等 化の影響を受けて商品本来の価値から乖離した価値を 「価格」 と呼んだ (福田 199728688)。 本稿では、 リカー ドの用語法を踏まえて、 商品の価格をその商品1単位と交換される貨幣商品の数量として議論するために、 マルク スの用語法は敢えて無視する。 従って価値と価格の間に測定単位に関する相違以上のものを想定しない。

6) マルクスの価値法則を価格を測定単位として表現するとき、 本文中に示したように、 最大貨幣賃金という概念を 用いると簡便である。 この表現はマルクス本来の労働量単位の表現に容易に変換することができる。 次のとおりで ある。

ここでマルクス本来の 「価値」 は、 商品の価格と最大貨幣賃金の比率 () として表される。 さらにマルクス の言う、 不変資本=0のケースにおける可変資本+剰余価値は、 次のようにして表すことができる。

また搾取率は、 最大貨幣賃金と現実の貨幣賃金の比率を用いて定義することができる。 次のとおりである。

以上のように、 本稿の議論はマルクスの議論とかなり異なるように見えるかもしれないが、 マルクス自身の議論に 容易に変換することができる (54227)。

7) これはスラッファが 商品の生産 において 「日付のある労働量への還元」 と呼んだ操作であり、 しかもリカー ド自身の議論と完全に一致するものである (19603435福田 199728385)。 一般的に、 期前の生 産に投入された資本を+1期前の資本と労働の投入による生産物であると仮定するなら、 この関係は次のように して表すことができる。

この式を=1からまで、 本文中の式(21)に順次代入していくなら、 式(21)を得ることができる。 ただし、

=0である。

8) この式もマルクスの議論を価格を測定単位として表現したものであるが、 マルクス自身の命題、 商品の価値は生

(12)

産手段の価値と労働の価値の合計であることは、 次のようにして表すことができる。

この式は注2) で示した森嶋の式と同じものであり、 すなわち商品の価値λである。 また不変資本+可変 資本+剰余価値は次のようにして表すことができる。

以上のように、 式(2 6)もマルクス自身の議論に容易に変換することができる (21415226)。

9) これは 「日付のある労働量への還元」 の操作を、 マルクスの価値法則を前提として変形したものである。 すなわ ち、期前の生産に投入された資本を+1期前の資本と労働の投入による生産物であると仮定するなら、 この関係 は以前と異なって、 次のようにして表すことができる。

その後は以前と同様に、 この式を=1からまで、 本文中の式(2 6)に順次代入していくなら、 式(2 6)を得る ことができる。 ただし、=0である。

10) 周知のとおり、 マルクスはアダム・スミスの議論を批判しながら、 不変資本と可変資本の機能の相違が曖昧にな ることを嫌って、 資本の投入を過去の労働投入に還元する操作を拒否した。 いわゆる 「のドグマ」 である ( 6974)。 本稿の議論では、 あえてこの 「ドグマ」 を受け入れることによって、 式(2 6)から、 再び価値 法則の表現を得ることを可能にした。 次のとおりである。

また 「ドグマ」 である可変資本+剰余価値は、 次のようにして表すことができる。

これらの表現は、 リカードの議論との比較のために便利であるばかりでなく、 マルクスの価値法則を拡張された形 式で示すものであると言える。

11) マルクス自身の用語法に従うなら、 資本の投入を考慮しない以前の利潤率πは 「搾取率」、 資本の投入を考慮に 入れた利潤率πは 「利潤率」 である。 式(26)(31)から、 搾取率と利潤率の関係を導き出すことができる。 次の とおりである。

ここでマルクスの議論と同様に、 搾取率πを所与として、 資本構成11が高いほど、 利潤率πは低くなる ことが分かる ( 5960)。

12) 本稿で示した 「転形」 過程は、 マルクス自身の説明とは異なるものである。 しかしマルクスは自分自身の説明に は、 資本財の価値が価格に転形することを考慮していないという問題点があることを認めていた (174)。

転形問題を検討することは本稿の課題を大きく超えるが、 本稿の議論はマルクスの困難を解決する一つの方法を示 唆している。

13) マルクスは利潤率の均等化の過程の結果、 一般的利潤率は経済全体の総剰余価値と総資本価値の比率として決定 すると考えた ( 168)。 このことを本稿の記号を用いて、 次のようにして表すことができる。

(13)

この式自体は注12) で述べたように、 投入資本の価値が価格に転形することを考慮していないという問題点を免れ ないが、 しかしこの式を前提として、 周知の 「総計一致命題」 が成立する。 そして諸商品の価値と価格の総計一致 と任意の商品に関する価値法則を前提とするなら、 次の関係が成立する。

すなわち、 本文中で示したように、 利潤率の均等化の過程を経ても、 経済全体で集計された産出額の合計について、

価値法則が成立するのである。

14) マルクスの価値体系について、 本稿の第1章の式(16)(17)(18)はその基本的ケースを示し、 第2章の式(26) (27)(28)はより複雑なケースを示した。 当然、 後者がより一般的である。 従って、 表中のマルクスの価値体系の 仮定のうち、 「資本構成の相違」 は不可欠の仮定ではなく、 より一般的なケースに含まれる追加的仮定である。

1973 !"#$% !"#$&'!($ )!*+, $))岸本重 陳 (訳) 1976 価値と分配の理論 新評論

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参照

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