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厂留 学 生10万 人 計 画 」 以後 の 日本 語 教育

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厂留 学 生10万 人 計 画 」 以後 の 日本 語 教育

【キ ー ワ ー ド】 留 学 生10万 人 計 画 」,教 育 養成 期,教 育 機 関 整備 期,再 編 成 期 1.は じ め に 本 稿 の 目 的 と先 行 研 究

国 際 交 流 基 金 の'93年 の 調 査1)によ る と,'79年 か ら'93年の 問 に,日 本 語 教 育 機 関 の 数 は5.9倍,そ の教 師 数 は5.1倍,同 じ く学 習 者 数 は12.8倍 の増 加 とな って い る。'90 年 の 調 査 と比 較 して も,こ の3年 間 に機 関 の 数 は1.7倍,教 師 数 は1.6倍,学 習 者 数 は 1.7倍 と な って い る。 そ う した 模様 を この調 査 で は,「 日本 語教 育が 急 激 に盛 ん にな っ て い る こ とが わ か る。(中 略)'80年 代 以 降 に な っ て 日本 語 教 育 が 盛 ん に な った こ とが うか が え」2)ると して い る。 と ころ が 一 方,'94年2月13日 の東 京 新 聞 に は,「 日本 語 学 校 に廃 校 の 嵐」 とい う見 出 しの 記 事 が あ る 。 それ に よ る と,日 本 国 内 の不 況 で 就 学 生 が 減 少 しま た バ ブ ル 時代 に安 易 な 日本 語 学 校 認 定 が 行 わ れ た 結 果,'94年 に は 日本 語 学校 の 閉校 が相 次 ぎ,同 年3月 に は そ の数 が100校 に上 るよ うだ とい う。

海外 と国 内 との違 い はあ る もの の,こ の落 差 ・異 な りは異 様 とい っ て よか ろ う。 そ して そ の 落差 ・異 な りとは,昨 今 の 日本 語 教 育 を と りま く環 境 ま たそ れ に よ る 日本 語 教 育 自体 の変 化 の激 しさ の 現 れ とい っ て も過 言 で は あ る ま い 。

国 際 交 流 基 金 の 調 査 に 示 さ れ て い る今 日の 日本 語 教 育 の 隆 盛 ぶ りは,'83年 の 「21 世 紀 へ の 留 学 生 政 策 に 関 す る提 言 」 及 び'84年 の 「21世紀 へ の 留 学 生 政 策 の展 開 につ

い て」 で うた わ れ た,厂 西 暦2000年 に は留 学 生 を10万 人 に」 の 呼 びか け を大 きな きっ か け と してい る。 そ れ に よ って,戦 後 初 め て国 策 と して の 日本 語 教 育 が 大 き く打 ち 出 され た ので あ る。 また,そ れ に よ っ て,一 つ の社 会 現 象 と して 日本 語 教 育 が 認 知 され 広 が っ て い くので あ る。 一方,東 京 新 聞 に指 摘 され た 衰退 ぶ りは,景 気 の 後 退 ・日本 語 教 育 行 政 のあ り方 を そ の背 景 に持 つ 。 日本 語 教 育 と りわ け国 内 の 学 習 者 の 内 の実 に

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「留 学 生10万 人計 画 」 以 後 の 日本 語教 育77

76.8%が 在 籍 す る3)民間 の 日本 語 教 育 機 関 は 文 部 ・外 務 ・法 務 の 各省 の行 政 下 にお か れ て い る が,こ う した機 関の 運 営 は,そ の 三省 を と りま く内 外 の 状 況 と国 内経 済 ・国 際 経 済 の 動 向 に大 き く影響 され る。 バ ブル経 済 の破 綻,未 曾 有 の 急 激 な 円 高,長 期 に わ た る景 気 後 退 な ど'90年代 初 頭 の 日本 経 済 は一 時 の勢 い を 失 って い るが,民 間 の 日 本 語 教 育 機 関 はそ う した 影響 を入 学 者 減 とい う形 で もろ に受 け る。

そ こで,本 論 で は,そ の 時 々 の社 会 の 動 向 を 明確 に 反映 す る今 日 の国 内 の 日本 語教 育 を,前 述 「留 学 生10万 人計 画」 を起 点 と しそ の 後 現在 に至 る まで,主 に行 政 との 関 わ りに お い て通 時 的 な観 点 か ら検 討 す る こ とを 目的 とす る。

検 討 を 始 め る に 当た っ て,今 ま で に な さ れた 関連 の 研 究 を ま とめ て お く。

今 日の 日本 語教 育 を行 政 との 関 連 で研 究 した もの に は,日 本 語教 育 学 会 編 『日本 語 教 育70号 』 が あ り,そ こで は 「日本 語教 育 と社 会 」 とい う特 集 を 組 ん で言 語政 策 な ど を取 り上 げ て い る4)。また,同 『63号』 で は 日本 語 教 育 振 興 施 策 の 一 つ と して の教 員 養 成 を 取 り上 げ て い る5)。さ らに,「 留 学 生10万 人計 画 」 の 途 中経 過 の 実 態 を調 査 し

た総 務 庁 行 政 監 察 局 編 『留学 生10万 人 計 画 を 目指 して』 が あ る。 しか し,こ れ らは い ず れ も本 論 の 目的 とす る通 史 的 な もので は ない 。 そ の他,資 料 とな る もの に は,文 部 省 の公 報 誌 『文 部 時 報 』 が あ る。 こ こに は,各 々の 施 策 に 関 して,行 政 の 立 場 か らの 報 告 が あ る。 ま た,日 本 語 教 育 学 会編 『日本 語 教 育 の概 観』 に は,各 種 答 申 ・提 言 ・ 報 告 が 抜 粋 で 収 録 さ れ て い る。 さ らに,ほ ぼ毎 年 刊 行 され て い る文 化 庁 国語 課 編 『 内 の 日本 語 教 育 機 関 の概 要』 に は,機 関 数,学 習 者 数,教 員 数 な どの統 計 的資 料 が 掲 載 され て い る。

一 方,ア ル ク出 版 『月刊 日本 語 』 で は折 々 の 日本語 教 育 関連 事 項 で 特 集 を 組 む こ と が あ る他,「 日本 語 」 「留 学生 」 を キ ー ・ワー ドに朝 日 ・毎 日 ・読 売 の3紙 の デ ー タ ・ ベ ー ス か ら検 索 した 「日本 語 ・留 学 生 ダ イ ジ ェ ス ト」,さ ら に 日本 語 教 育 に お け る話 題 を取 材 しま とめ た 「日本 語教 育界 ニ ュー ス」 の2コ ー ナ ーが あ る。

本 論 で は これ ら の論 文 ・資 料 を材 料 に検 討 を進 め て い くが,「 留 学 生10万 人 計 画 」 以 降 の 動 き を次 の3期 に分 けて 考 察 を進 め る もの とす る。

1.「 教 員 養 成 期 」 一83年 の 「留 学 生10万 人 計 画 」 か ら'88年の 第1回 「日本 語 教 育 能 力 検 定 試験 」 実 施 まで

2.「 教 育 機 関 整 備 期 」一'88年 の 「日本 語 教 育 施 設 の 運 営 に 関 す る 基 準 につ い て 」

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78「 留 学 生10万 人計 画 」 以後 の 日本 語教 育

か ら'90年の 「日本 語 教 育振 興協 会 」 財 団 化 まで 3.「 再 編成 期 」 一 そ れ 以 降現 在 に至 る まで

た だ し,以 上 の時 代 区 分 は あ る事 項 ・で きご と に よ って は っ き りと明 確 に な さ れ る もので は な く,後 述 の よ うに,多 少 の幅 を持 った もの で あ る こ とを断 って お く。

2.教 員 養 成 期

198321世 紀 へ の留 学 生 政 策懇 談 会,「21世 紀 へ の留 学 生 政 策 に 関 す る提 言 」 を 内 閣 総 理 大 臣及 び文 部 大 臣 に報 告 。

1984留 学 生 問 題 調 査 ・研 究 に関 す る協 力 者 会議 ,「21世 紀へ の留学生 政策の展開 に つ い て」 を発 表 。

1985日 本 語 教 育 施 策 の 推 進 に 関す る調 査 研 究 会 ,「 日本語教員 の養成等について」

発 表 。

1986民 間機 関 に お け る 日本 語 教 師 養 成 講 座 開 講相 次 ぐ。

1987日 本 語 教 員 検 定 制 度 に 関す る調 査 研 究 会 ,「 日本 語教 員 検 定 制 度 につ い て」

発 表 。

「日本語 教 育 能 力 検 定 試験 」 試行 試験 実施 。 1988第1回 「日本 語 教 育 能 力検 定 試験 」 実 施 。 1991「 大 学 日本 語 教 員 養成 課程 研 究'協議 会 」 発 足 。

今 日の 日本 語 教 育 の 普 及 ぶ りは,上 記'83,'84の 報 告 及 び提 言 を端 緒 と して い る と い っ て も過 言 で は な い。'83年5月,東 南 ア ジ ア諸 国 を歴 訪 した 中 曽 根 首 相(当 時) は,各 地 で 元 在 日留 学生 と懇 談 した が,そ の 折,「 『君 た ちの 子 ど もを ど こに留 学 させ た い か』 と聞 く と,ア メ リカだ,イ ギ リス だ,と い う答 えが 返 って きた とい う。そん な こ とで,日 本 の留 学 生 政 策 の 不 備 を痛 感 して帰 国 し,さ っそ く,留 学生対策 を考 え ね ば な らな い とい うこ とで,中 曽根 氏 が文 部 大 臣 に指 示 を出 した 。 そ して留 学 生 政 策 に 関 す る小 さ な 委 員 会 が で き」6)たのが ,そ もそ もの発端で あ る。 もちろん それに基 づ い た行 政 施 策 以 外 に,日 本 経 済 の 国際 的地 位 の向 上 に よ っ て もた ら され た 学 習 者 の 自然 増 も あ った が,決 定 的 な 影響 を与 えた の は これ らに よ って 示 され た 「留 学 生10万 人 計 画 」 で あ る こ とは 間違 い な い。 この 後,各 地 の 国 立大 学 に 「留 学 生 セ ン ター」 が 設 け られ る な ど し計 画 は着 々 と実現 さ れ て い る7)が,実 現 に当 た って まず 着 手 され た

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「J留学 生10万 人 計 画 」 以後 の 日本 語 教 育79 のが 教 員 の養 成 で あ る。

そ の 具体 的 な方 策 に つ い て は,'85年 の 「日本 語 教 員 の養 成 等 につ い て」 に おい て 基 本 計 画 が 述 べ られ て い る。 そ れ に よ る と,西 暦2000年 に は留 学 生 そ の他 で 国 内 で 日 本 語 を 学 ぶ 者 計142.500人,そ れ に必 要 な 日本 語 教 員 計24.900人8)と 試 算 し,そ の教 員 の 確 保 の た め,ア.国 立 大 学 に 養 成 学 科 を 設 け る こ と,イ.養 成 プ ロ グ ラム の 内 容 ・水 準 や期 間 な どを 明確 にす る こ と,ウ.教 員 の資 質 ・能 力 の 向上 に資 す るた め 検 定 制 度 を 設 け る必 要 の あ る こ と,の3点 が 述べ られ てい る。

以 上 は順 次 実 現 化 され,ま ず'85年,ア に 基 づ い て,筑 波 大 学 及 び東 京 外 国 語 大 学 に 日本 語 教 員 養 成 学 科 が新 設 され た。 そ の 後,国 立大 学 の養 成 学 科 は以 下 の よ うに急 速 に整 備 され てい る。

'85年 筑 波 大 学 日本 語 ・日本 文 化 学 類(主 専 攻)

東 京 外 国語 大 学 日本語 学 科(主 専 攻)

'86年 大 阪大 学 日本 語 学 科(主 専 攻) 広 島 大学 日本 語 教 育 学 科(主 専 攻)

お 茶 の水 大 学 日本 語 教 育 基礎 コー ス(副 専 攻) 横 浜 国 立 大 学 日本 語 教 育 基 礎 コー ス(副 専 攻) '87年 大 阪 外 国 語 大 学 日本 語 学 科(主 専 攻)

愛 知 教 育 大 学 総合 科 学 課 程 日本 語教 育 コー ス(主 専 攻) '88年 東 北 大 学 日本 語 学科(主 専 攻)

東 京 学芸 大 学 国 際 文化 教 育 課 程 日本 研 究 コー ス(副 専 攻) 京都 教 育 大 学 総 合 科 学課 程 言 語 文 化 コー ス(副 専攻) 香 川 大学 総 合 科 学 課 程 言語 文 化 コ ー ス(副 専 攻)

名 古 屋大 学大 学 院 文 化研 究 科 日本 言 語 文 化 専 攻 博 士課 程(前 期) '89年 琉 球 大 学 総 合 科学 課 程 日本 語教 育 コ ー ス(主 専 攻)

静 岡大 学 教 育 学部 総 合 教 育 課 程 国 際文 化 教 育 コ ー ス(副 専攻) '90年 名 古 屋 大 学 大 学 院 文 化 研 究 科 日本 言 語 文化 専 攻 博 士 課 程(後 期)

広 島大 学 日本 語教 育専 攻 修 士 課 程

ま た,イ に基 づ い て,こ れ ら新 設 学 科 を除 く一 般 の 大 学 及 び一 般 民 間機 関 にお け る 日本 語教 員 養成 の標 準 的 内 容 が 明 記 さ れ た。

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80「 留 学生10万 人 計 画 」 以 後 の 日本 語 教 育

まず,① 日本 語 の構 造 に 関す る体系 的,具 体 的 な知 識 そ の 他 日本 語 に 関す る知 識,

② 日本 事 情,③ 言語 学 的 知 識 ・能力,④ 日本 語 の教 授 に関 す る 知識 ・能 力 の,教 育 す べ き4つ の 領域 とそれ ら各 領 域 に 求 め られ る単 位 数 ・時 間 数 を 明確 に した。 そ して 大 学学 部 に お い て は,他 の 専 門 分野 の教 育 と合 わ せ て最低 限必 要 な知 識 ・能 力 を習 得 さ せ る こ とを 目的 とす る 「副専 攻」 及 び 日本 語教 員 と して必 要 な相 当 程 度 の 知 識 ・能力 を習 得 させ る こ とを 目的 とす る 「主 専 攻 」 とい う二 つ の概 念 ・そ して そ れ に基 づ い た プ ロ グ ラム 案 を 設 け,そ れ ぞ れ26,45単 位 と し た。 これ を 受 け,'87〜'88年 ごろには 大 学 で 主 専 攻 ・副 専 攻 の 開 講が 相 次 い だ9)。さ ら に,そ う した 大 学 の 情 報 交 換 の場 と して,'91年11月,任 意 団体 「大 学 日本 語 教 員 養 成 課程 研 究 協 議 会 」(大 養 協)が 発 足 した 。

ま た,民 間 の養 成 機 関 に対 して も,副 専 攻 を も とにそ れ に相 当す る もの と して ,同 領 域 ・計420時 間 とい う基 準 を明 らか に した 。 これ に よ っ て初 め て民 間機 関 に お け る 教 員 養 成 の 指 針 が 示 さ れ,既 存 の 講 座 の整 理 統 合 ・新 規 の 講 座 開 講 が 相 次 ぎ,'86年 ご ろか ら 「教 師 養 成 ブ ー ム」1°)が出 現 した 。

さ ら に ウ は,'87年 の 「日本 語教 員 検 定 制 度 に つ い て」 を経 て,'88年 第1回 「日本 語 教 育 能 力 検 定 試 験 」 実 施 とい う形で 実現 した 。 これ は,「 日本 語 教 員 の 養 成 等 につ い て 」 に お け る 副専 攻 と同程 度 の 内容 ・水 準 と し,試 験範囲 もそ こに示 され た前記4 領 域 を細 分 化 した もので あ る 。 そ もそ も 「国 際 感 覚 と教 養 ,豊 かな人間性(中 略), 検 定 は,こ れ ら の資 質 ・能 力 の す べ て につ い て審 査 す る もの で は な く,日 本 語 教 育 に

関 す る知 識 能 力 が 日本 語 教 育 の専 門 家 と して必 要 と され る水 準 に 達 して い るか ど う か」 だ け を 審査 す る もの で あ り,「 日本 語 教 員 と な るた め の資 格 を付 与 す る もの で は な い」(以 上,「 日本 語教 員 検 定 制 度 の つ い て 」 よ り抜 粋)は ず で あ った が ,後 述 のよ う に,'88年 に教 員 の 資 格 を も含 め た 「日本 語教 育 施 設 の運 営 に 関す る基 準 につ い て」

が 発 表 さ れ,さ らに そ れ に沿 って 日本 語教 育振 興 協 会が 日本 語教 育機 関 の公 的認 定 を 行 っ て い くに従 って,'90年 代 初 頭 か ら次 第 に 検 定 合 格 が 日本 語 教 師 の免 許 同 然 に な って い く こ とに な る。

第1回 「日本 語 教 育 能力 検 定 試 験 」 は,4.758人 の 受 験 者 数 を数 え,19.7%の 合 格 率 で あ る。 この,5.000人 の 受験 者 ・20%の 合 格 率 とい うの は そ の 後 回 を重 ね て も大 きな変 動 は ない 。 この 試験 に関 して は 当初 か ら論 議 が あ り,た とえば 田中(1992)は ,

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留 学 生10万 人計 画 」 以 後 の 日本 語 教 育 グ ラ フ1日 本 語教 員 数 の推 移

81

12000

10000

:111

・111

+教 員総数

+非 常勤教員

一← 専任教員 4000

2000

0

75767778798081828384858687888990919293

教 師 の 画 一 化 を助 長 す る要 因」 とな り,し か も 「日本 語 その もの と言語 学 的 な知 識 の項 目数 の比 率 が 高 く,一 方,教 育 面 は 世 界 の外 国語 教 育 の現 状 か ら比較 す る とか な り遅 れ た 内容 で,質 的 に も量 的 に もア ンバ ラ ンスが 生 じて い る」11)と述 べ て い る。 『月 刊 日本 語 』 編 集 部 が 民 間の 日本 語教 育機 関 ・教 員 に対 して行 っ た ア ン ケ ー ト12)でも, 試 験 に合 格 してい た ほ うが よい ・合 格 は待 遇 改 善 に有 効 だ とす る意 見 が あ る程 度 の 割 合 を 占 め は す る もの の,そ の 一 方 で そ の必 要 は ない ・特 に有効 だ とは思 え ない とい う 結 果 も出 て い る 。 さ らに,海 外 在住 の 日本 人 の 日本 語 教 師 に対 す る ア ンケ ー トにお い て は,ア メ リ カ ・オ ー ス トラ リア ・韓 国 な どで お おむ ね 否 定 的 な評 価 が 下 され てい る。

しか し なが ら 日本 国 内 に お いて は,開 始後10年 近 く経 ち,検 定 合格 教 師 を擁 す る こ とが 日本 語 学 校 設 置基 準 の一 つ と され るに 及 ん で,日 本 語 教 育 能 力検 定試 験 は,日 本 語 教 師全 体 の73%を 占 め る13)民間機 関で 働 く教 師 の 問で 周 知 徹 底 ・合 格 必 須 と され て

い る もの に な って い る こ とは 否 め ない 。

以 上 の よ うな経 過 を経 て'93年 現 在,国 内 にお い て は11,142人14>の 日本 語教 員 を数 え るに至 っ て い る。 そ の伸 び は'87・'88年 で 大 き くな って い るが,そ の 理 由 と して は,

「留 学生10万 人計 画 」 が 国 策 と して うたわ れ 日本 語 教 育 が広 く社 会 的 な認 知 を 得 た こ と,'85年 の 「日本 語 教 員 の 養 成 等 につ いて 」 を受 け て 開 設 さ れ た 大 学 及 び民 間 の 教 師 養 成 講 座 か らそ の修 了 生 が 出 始 め た こ とが 考 え られ る。

けれ ど もそ の 一 方 で,グ ラ フ1に 見 られ る よ うに 専 任 教 員 の数 は'89年 ご ろ か ら頭

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82「 留 学 生10万 人計 画」 以 後 の 日本 語 教 育

打 ちに な って お り,現 場 の指 導 は 非常 勤 教 員 に負 う と ころ が極 め て大 きい とい わ ざ る を得 な い状 態 に な っ てい る。 これ は大 学 ・民 間機 関 を問 わ ず経 営 の引 き締 め を行 って い るか ら と考 え られ る。

しか しなが ら,長 期 的 な 運営 ・よ り活 性 化 した 教 育 現場 とい うこ とを考 え れ ば ,専 任 教 員 を 中心 と した よ り安 定 的 な教 師集 団 の 育 成 が不 可 欠 で あ る。 そ う した観 点 か ら み れ ば,養 成 した 教 員 の社 会 的 身分 保 障 が さま ざ ま な 点か ら望 まれ る。

ま た,養 成 プ ロ グ ラム の 内容 につ い て も,プ ログ ラム全 体 の コ ーデ ィネ ー ト,そ れ が で き る人 材 の育 成,実 習 授 業 の充 実 とい っ た 課 題16)を抱 え て い る が,そ れ は'90年 代 の半 ぼ の 現在 に お い て も解 決 され た とは い いが た い。 こ と に,民 間 各機 関 の プ ロ グ ラ ムが 「受 験対 策講 座 」 化 してい る今 日,そ う した観 点 に立 った プ ログ ラ ム の再 検 討 が 必 要 に な っ て い る とい え よ う。 今 後,国 際 交 流 基 金 やJETプ ロ グ ラ ム(Japan ExchangeandTeachingProgram)な どを 中心 に外 国 人教 師 の 育成 も行 わ れ て い こ う が,そ う した際 に もこ う した 課 題 が重 要 に な って くる もの と思 わ れ る。

3.教 育 機 関 整 備 期 1986「 外 国 人 受 入機 関協 議 会 」 発 会 。

1987厂 全 国 日本 語教 育 機 関振 興 協 会 」 発 会 。 1988「 上 海事 件 」 発 生 。

日本 語 学校 の運 営 に 関す る調査 研 究協 力 者 会 議,「 日本 語教 育施 設 の運 営 に 関 す る基 準 につ い て」 発 表 。

1989「 日本 語 教 育 振 興 協 会 」 設 立 。

1990厂 日本語 教 育振 興 協 会 」 財 団 化 。 「外 国 人 受 入 機 関協p会 」,「全 国 日本語教 育機 関振 興 協 会 」 解 散 。

1993日 本 語 教 育 振 興 協 会,'95年10月 以 降 の 新 設 日本 語 学 校 に 対 し認 定 基 準 厳 格 化,土 地 ・建 物 の 自己所 有 な ど を求 め る こ とに 。

日振 協発 行 の 『日本語 教 育 施 設 要 覧』 に,修 了生 の進 学 先 を明 記 す る欄 が 登 場 。 日本語 学校 が 進 学 予 備 校 化 す る との 懸念 も。

法務 省 ・外 務 省 ・文 部 省 ・日振協 の 定例 会議 な どで,日 本 語 学校 の優 良校 ・ 非優 良校 の選 別 構 想 が 話 題 に。

(8)

「留 学 生10万 人計 画 」 以 後 の 日本 語教 育 グ ラフ2日 本 語 教 育 関 数 の推 移

83

1200

1000

800

600

+教 育機関総数

→一一般教育機関

→← 大学院 ・大学 +高 等専 門学校 +短 期大学

400

200

0

75767778 798081828384858687888990919293

グ ラフ2に み る よ う に,教 員 同様,教 育 機 関の 方 も'86〜'87年 ご ろか ら徐 々 に そ の 数 を増 して い る。 こ と にそ れ は大 学 院 ・大 学 及 び一 般 教育 機 関 に おい て顕 著 で あ る が, 国 立 の大 学 院 ・大 学 は 「留 学 生10万 人計 画 」 を受 けて 留 学 セ ン ター な ど を設 置 した こ

とが 大 き い。 私 立 大 学 の場 合 は,'93‑一一'94年以 降 の18歳 人 口減 少期 を迎 え るに 当 た っ て,そ の 穴埋 め と して の留 学 生 獲 得 とい う意 味 合 い もあ った もの と思 われ る17)。

一 方,一 般 民 間機 関 に おい て は,こ の 時期,従 来 か らあ った教 育機 関 の他 に,商 社, 予 備 校,人 材 派遣 会社 な どが 日本 語 学校 設 立 に動 いた 。 た と えば,機 関急 増 期 に当 た

る'88年度 だ けを 取 っ てみ て も,4月 一 日商 岩井 ・神 戸 製 鋼 な ど異 業 種5社,駿 河 台 学 園(予 備 校),テ ンポ ラ リー セ ン ター(人 材 派 遣),9月 一 バ イ リ ンガ ル(語 学 学 校),10月 一 シ ンプ ル(コ ン ピ ュー タ ソ フ トウエ ア),オ リエ ン トフ ァイ ナ ン ス(信 販),89年1月 一 ナ ガセ(学 習 塾),2月 一 河 合 塾(予 備 校)な どが 日本語 学校 を 開設

して い る18)。そ して,'90年 に は464機 関 を 数 え一 つ の ピ ー ク を迎 え て い る 。

とこ ろ が,民 間の 教 育機 関 が急 増 す る に伴 って,そ れ に 関連 す る トラ ブル も急 増 し て い る。 上 記 と同様,'88年 度 の 日本 語 学 校 関 連 の 事 件 の 記 録19)には,た と えば 次 の よ うな もの が あ る。

'88/4「 日本 語 学 校 乱 立

,『 出 稼 ぎ』 受 け皿 に」 の 報 道 し き り。 「身元 引 き受 けの た め の形 ばか りの 日本 語 学校 」(「日経 産 業 」4/13)

7日 本 語 学 校 の 幹 部 に,入 国 管 理 局OBの 就 任 が 目立 つ と し て 問 題 化 。(「朝

(9)

84「 留 学 生10万 人 計 画 」 以 後 の 日本語 教 育 日」7/3)

「Aア カ デ ミー」(東 京)で 就 学 生 が 授 業 レベ ルが 低 い と壁 新 聞 で 訴 え る。

(読売7/6)

10京 都 市 内 の 日本 語 学校 で,マ レー シア 人就 学 生 が 「粗 末 な授 業 」 な どを理 由 に 自主 退 学,大 阪 入管 が 調 査 に。(朝 日10/18)

就 学 生 の 滞在 条件 の一 つ 「身 元保 証 人」 をめ ぐって,何 者 かが 他 人 の課 税 証 明 書 や 住 民 票 を使 って 日本 語 学 校 で 登 録 す る事 件 が都 内 で 明 るみ に。(2カ 月 間 で8区11件)

11ニ セ 身元 保 証 人 事 件 で,「B専 門学 校 」(東 京)理 事長 逮 捕 。

12前 総 務 部 長 が 一 人3〜10万 円 の手 数 料 を取 りニ セ の在 学 証 明書 を発 行 した と して,「C日 本 語研 究 所 」 が 東 京 入 管 か ら1年 間 の就 学 生 受 け入 れ禁 止 処 分 を受 けて いた こ とが 明 るみ に。

法 務 省,ニ セ 身 元 保 証 事 件 で 「職 員 に よ る悪 質 な文 書 偽 造 」 と判 断,rD学 院」 を不 適 格校2°)処分 に。

'89/1上 海 市 で の 騒 ぎ21)に関連 して法 務 省 が23校 を適 格校 取 り消 し処 分 と したが , 東 京 都 内 の 学校 で は,校 長 に事 実 関係 を 質 した り市 民 運 動 が 起 きた りま た ニ

セ リス トが 出 回 った り と混 乱 に。(「朝 日」)

3事 務 局 長 らが上 海市 で 生 徒 を違法 募 集 して い た疑 い で ,開 設予定 の 「E日 本 語学 校 」(埼 玉)を 家 宅 捜査 。

学校 とは名 ぼか りで 出稼 ぎ外 国 人 の 隠れ み の にな って い る と して,東 京 都 品 川 区 は 「F専 門学 校 」 に改善 を指 示 。

こ う した 流 れ の 中で 外 交 問題 に まで 発 展 した のが ,'88年 の 「上海事件」22)であ る。

多額 の授 業 料 な ど を 日本 語 学 校 に払 い込 み 入 学 許 可 証 を取得 して い る に もか か わ らず 日本 入 国 ビザ が 取 れ ず,怒 った 多 数 の就 学 希 望 者 が 抗議 行 動 に 出 た もので あ るが,結 局,学 習 目的 の ビザ発 給 を急 ぐ ・前 払 いの授 業料 な どの返 還 援 助 をす る ・日本 国 内 の

日本 語 学 校 に対 して 指 導 を行 うな ど法 務 省 が 歩 み 寄 る形 で 決 着 した 。

こ う した 一 連 の 悪 質 な 日本語 学 校 の 動 きに対 して ,日 本学校 自体 も自主的な規制 に 乗 り出 した。 まず,'86年 に は 「外 国 人就 学 生受 入機 関協 議 会」(外 就 協)が 発 足 した。

これ は,「 日本 語 教 育 機 関 が 入 国 管 理局 と協 力 し,健 全 な 就 学 生 受 け入 れ 組 織 ,制 度

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留 学 生10万 人 計 画 」以 後 の 日本 語 教 育85

を作 る こ と を 目的 と して発 足,就 学 生 の 入 国手 続 きの改 善 に 関す る提 言,研 修 会 の 開 催 な どを 主 な活 動 と した 」23)もの で あ る。 さ らに 翌'87年 に は,「 全 国 日本 語 教 育 機 関 振 興 協 会 」(全 日語協)が 発 足 した 。外 就 協 に は 入 国 管 理 局e法 務 省 とい う後 ろ 盾 が あ っ た の に対 し,全 日語協 は,「 文部 省所 管 の 日本 語 教 育 機 関 ・研 究 機 関が,大 学 進 学 入 学 希 望 者 を対 象 に一 定期 間以 上 の全 日制 の 日本 語教 育 を行 って い る 日本 語教 育機 関 の充 実 を 図 るた め に設 立」 した もので あ る。 い ず れ もい わ ゆ る老 舗 の伝 統 校 が 現状 に危 機 意 識 を抱 き,そ の中 心 とな って設 立 した もの で あ る。

けれ ど も十 分 に そ の機 能 を 果 た してい た と はい え な い 部 分 が あ っ た。

外 就 協 会 員 校 ぱ88年 末 で200校 を越 えそ れ らを 合 わ せ る と全 就 学 生 の70%を 抱 え て い るが,ぐ る 一ぷ 赤 か ぶ(1989)に よ れ ぼ,「 外 就 協 の 会 長A氏 に よれ ば,外 就 協 は

入 国 管 理 局 の厳 しい 審査 を経 た 上 で就 学 生 と して 適 当 で あ る との判 断 を下 され た も の の 中 か ら,さ らに 良好 な学 校 と して選 ぼれ た 』 学 校 に よ って 構成 さ れ て い る との こ とで あ る。 じつ の と ころ,こ れ は 全 く ウソで あ り,外 就 協 に は文書 偽 造 で 警 察 に摘 発 され た 学 校 や ア ルバ イ トの 手配 師 の よ うな学 校 まで 堂 々 と加 盟 して」 い た以)とい う。

さ ら に 同様 な指 摘 は 山 口(1988)も して お り25),「問 題 な の は,何 の根 拠 も無 い の に, 外 就 協 加 盟校 が 『優 良 校』 と して 通 って い る 点 だ 。(中 略)外 就 協 に 加 盟 す る と ど ん な メ リ ッ トが あ るの だ ろ うか 。 そ れ は 入 管で,学 生 の事 前 審 査 が 通 りやす い ・ビザ の 期 間更 新 を しや す い とい うこ とに尽 き るの で あ る 。 それ 以 外 に は,保 証 人 の 世話 を し て もら え る こ と も挙 げ られ る。」 「外 就協 加盟 校 で か な り悪 質 な と ころ が あ る 。(中 略) 出席 簿 の改 竄 ・定 員 の ごま か し ・入 学 証 明書 の濫 発 ・誇 大 広 告 ・寮 の 不備 な ど。数 を 挙 げ た ら,枚 挙 に暇 が ない」 と してそ の 例 を 具体 的 に あ げ て い る。 外 就協 に 比 べ て加 盟校 の少 な い全 日語 協26)の場 合 に は こ う した 悪 質 な事 件 の記 録 が 見 当 た らな い が,就 学生 の7割 を抱 え る外 就協 が全 体 と して 自浄 作 用 を 果 た せ な か った の は事 実 で あ る 。

そ こで,'88年12月 に,日 本 語 学 校 の 標 準 的 基 準 に 関 す る調 査 研 究 協 力 者 会 議 が

「日本語 教 育 施 設 の運 営 に関 す る基 準 につ い て 」 を ま とめ た 。 これ は,文 部 省 ・法務 省 ・外 務 省 の後 押 しを受 けた もので,「 日本 語 の 学 習 を主 な 目的 と して来 日 し滞在 す る外 国 人 を対 象 に 日本 語 教 育 を行 う教 育 施 設 が そ の 目的 を達 成す るた め に備 え る必 要 が あ る と考 え られ る用 件 を明 らか に し,も って わ が 国 にお け る 日本 語 教 育 施 設 の 質 的 水 準 の 向 上 に 資 す る こ とを 目的 」(「趣 旨」 よ り抜 粋)と す る もの で あ る。 以 下,こ の

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86「 留 学 生10万 人計 画 」 以 後 の 日本 語教 育

趣 旨に従 って,修 業 期 間や 授 業 時 数 ・教 員 の資 格 ・校 舎 ・設備 な どにつ い て細 か く基 準 を 設 け て い る。 前 書 きで は上 海事 件 に も言 及 して お り,事 件 が この基 準 発 表 を 急 が せ た様 子 が うか が わ れ る。

さ ら に この 基 準 に従 っ て 日本 語 学 校 の 審 査 を行 う機 関 と して,'89年5月 「日本 語 教 育 振 興協 会」(日 振 協)が 発足,翌'89年2月 文 部 大 臣 ・法務 大 臣 の 許 可 の も とに財 団 化(後 に 外務 省 も加 わ る),さ ら に3月 には 文 部 省 が 日本 語 教 育 施 設 審 査 ・証 明事 業 の法 人 と して 日振 協 を認 定,こ こ に,よ うや く政府 の認 定 を受 けた 「お 墨付 き 日本 語 学 校 」 が 明 らか に さ れ る こ と と な った 。 認 定 は3年 ご とに 更 新 す る形 で 行 い,'94 年10月 末 まで に562施 設 を 認 定 した27)。認 定 校 に つ い て は,所 在 地 ・設 置 者 ・学 校 教 育 法上 の位 置 づ け ・日本 語 教 育 開始 年 月 日 ・設 置 コー ス ・在 籍 者 数 な どの 情報 と と も

に 要 覧 の 形 で リス ト化 さ れ,関 係 機 関 に配 布 さ れ て い る。 基 準 は そ の後 ,'93年 に, 日本 語 教 育 施 設 を 設 置 しよ う とす る者 に対 しよ り厳 密 な経 済 的 基 盤 を備 え る こ とを義 務 づ け る こ と,及 び教 育 の 編 成 の 中心 とな る 「主任 教 員 」 の配 置 を明 記 す るな どの改 訂 が行 わ れ,さ ら に'95年10月 以 降 の新 設 日本 語 学 校 に対 して は土 地 ・建 物 の 自己 所 有 を求 め るな ど,日 振 協 は ま さ に民 間 日本 語学 校 の番 人 的 な存 在 とな って今 日に至 っ

て い る。

しか しな が ら,そ う した 立場 にあ る 日振 協 に あ っ て さ え も,問 題 が なか ったわ けで は ない 。 岡 ・深 田(1995)に よ る と,上 海 事 件 の後 の'90年7月,「 上 海 市 当 局 は 返 金 問 題 が解 決 さ れ て い な い な どを理 由 に,17校(後 に1校 減)の 悪 質 日本 語 学 校 に対 し て 入 学 希 望 者 の パ ス ポ マ トを発 給 しな い とい う厳 しい処 分 を発 表 した 。(中 略)問 題

は この17校 の うち12校 が 振 興 協 会 の認 定校 で あ り,し か も2校 は振 興 協 会 の 『評 議 員 校 』 で あ った と い う事 実 で あ る。 振興 協 会 の余 りに もず さ ん な 認 定審 査 と監 督 不 行 届 に対 して 非 難 の 声 が あが っ た 」,さ らに 「この た め,振 興 協 会 が作 成 した 『日本 語 教 育 施 設 要 覧』 の在 外 公 館 へ の配 布 を外 務 省 が 渋 り,半 年 近 く遅 れ る とい う一 幕 もあ っ た 」28)とい う。 こ の時 期,発 足 か ら1年 以 上 た ち,す で に6次,計366施 設 の 認 定 を 終 え,日 振 協 は,日 本 語 学校 の監 督 機 関 と して名 実 と も に社 会 に認 知 され て い た は ず で あ る。

ま た,そ う した 象徴 的 な 事 件 で な く 日常 的 な 問 題 と して,日 振 協 の指 導 力 の 弱 さ を 指摘 す る声 が あ る。 な る ほ ど,こ と 日本 語 学 校 の 設 置 に 関 して は 日振 協 は 監督 的 な立

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留 学 生10万 人計 画 」 以 後 の 日本 語教 育87

場 を 果 た して は い るが,一 度 認 定 し た学 校 が 何 らか の トラ ブル を起 こ した と き に は実 質 的 な指 導 を行 う こ とはで きな い とい うので あ る。 た と えば 『月刊 日本 語 』 編 集 部 に よ る と,中 国 人就 学生 に対 して 来 日以 前 の授 業 料 を も請 求 す る悪 質 な 日本 語 学 校 が あ るが,そ れ に対 して 日振 協 は 「日振 協 は公 益 法 人 で あ るた め,調 査 は行 い ます が,返 還 す る よ う に強 制 す る権 限 は持 って い ま せ ん。(中 略)学 校 と学 生 との 問題 です ので, 授 業 料 を 返 還 す る よ う指 導 す る の はむ ず か しい 」29)として い る。 ま た,同 編 集 部 は86 校 に対 して ア ンケー ト調査 を行 い,日 本 語学 校 が 日振 協 に望 む こ と と して次 の よ うな ま とめ3°)をして い る。 す なわ ち,「 日本 語 学 校 の 実態 を 詳 し く知 り,学 校 ・教 師 ・学 生 が い ま ど ん な問 題 で 困 って い るか を把 握 し,そ れ らを解 決 す べ く関 係 各 省 庁 との パ イ プ役 を果 たす,日 本 語 学校 の利 益 を守 り,サ ポ ー トす る頼 りが い の あ る団体 で あ っ て ほ しい 」。 こ う した 声 も,日 振協 が 審査 ・認 定 機 関 と して のみ 機 能 して い る こ との 不 満 の表 れ とい え よ う。

さ らに,設 置 の際 の審 査 そ の もの につ い て も疑 問 の 声 が あ る。 前 述 の よ う に,日 振 協 は,設 置 し よ う とす る者 に対 し厳 密 な経 済 的 基 盤 を備 え る こ とを義 務 づ けそ の 旨審 査 基準 に うた って い る のだ が,そ の点 につ い て大 森(1993)は,「(日 振 協 は)具 体 的 な 内 容 を な す 資 本金 や経 営 形 態 につ い て は審 査 の対 象 と して い ませ ん。 これ に よ る無 計 画 で 粗 雑 な認 定 業 務 は,い ま だ に全 国 の学 校 の定 員 充 足 率 が50%を 切 る とい う状 態 を生 み 出 し,す で に60校 を越 え る廃 校 を招 来 さ せ て」31)いる と指 摘 して い る。 同様 な 指 摘 は 『月 刊 日本 語 』 編 集部(1993)に もあ り,日 本 語 学 校 廃校 に 際 して生 徒 の立 場 を ま った く顧 み ない 方 策 が とられ る こ とに対 す る 弁護 士 の コ メ ン トと して,「(そ う し た方 策 を とる学 校 側 に問 題 は あ るが)つ ぶ れ るよ うな 学校 を数 多 く認 定 す る 日振 協 に も責任 が あ ります 」32)とい う こ と ば を紹 介 して い る。 本 論 冒 頭,東 京 新 聞 の 「日本 語 学 校 に廃 校 の嵐 」 とい う記事 に も,「(金 儲 けだ け の 学校 がで き)ま た,そ ん な 学校 が 簡単 に(日 振 協 の)認 定 を受 け た」 とあ る。

しか しなが ら,そ うした課題 ・問題点 を抱 えなが らも,日 振協 の誕生は 日本語教育 行 政 の い わ ば歴 史 的必 然 で あ り,日 振 協 な くして は健 全 な 民 間 の 日本 語 学 校 の 育 成 は な され な いで あ ろ う こ と は前 述 の'80年代 後 半 の 野 放 図 な状 態 をみ れ ば 明 らか で あ っ た と思 わ れ る 。 当 時,日 本 語 学 校 関係 の不 祥 事 に対 して,学 校 経 営 者 とそ こで 働 く教 員 と を一 緒 に して考x,「 日本 語 学 校 は不 法 就 労 ・不 法 滞在 の温 床,日 本 語 教 師 はそ

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88「 留 学 生10万 人 計 画」 以 後 の 日本 語 教 育

の お先 棒 を 担 い で い る」33)とい った よ う な雰 囲 気 が な き に し もあ らず で あ った が ,責 め られ るべ きは経 営 者 の見 識 ・体 質 で あ り,現 場 の教 師 は 日々 よ りよ い指 導 を 目指 し て 努 力 を積 ん で い た。 けれ ど もあ の よ うな状 態 が 続 けば,民 間 の 日本 語 学 校 は風 評 通

り自己 崩 壊 して い っ たの で は ない か と思 われ る。 グ ラ フ3お よび91ペ ー ジ の不 法 残 留 者 の数 を見 る と,大 学 教 育 を前 提 と した学 習 者 約4万 人 に対 して,就 学,留 学 ビザ を 所 持 す る不 法残 留 者 は実 に3万 人 で あ る 。 こ うした 実 態 を 踏 ま え て 日振 協 の 存 在 を 考 え る必 要 が あ ろ う。

4.再

1982入 管 法 改 正 「就 学 生 」 ・ 「技 術 研 修 生 」 とい う身分 を認 定 。 1983留 学 生 の ア ルバ イ ト,週20時 間 まで 認 め る 。

1984「 留 学 生10万 人計 画 」発 表 。

就 学 ビザ の 簡 素化,日 本語 学 校 の代 理 申 請認 め る。 就 学 生 の アル バ イ ト,週 20時 間 ま で 認 め る 。

中国 残 留孤 児 定 着 促 進 セ ンタ ー発足 。 1985帰 国 子 女,1万 人 越 え る。

1987こ の ころ か ら就 学 生急 増 。 民 間 の 日本 語 学 校 開 校 相 次 ぐ。風 俗 産 業 に従 事 す ・ る 「じゃ ぱ ゆ き さ ん」 社 会 問 題化 。

1988不 法就 労 ・不 法 滞 在 者 の摘 発 相次 ぐ と同時 に,そ の劣 悪 な滞 在 状 況 が 盛 ん に 報 道 さ れ る。 ま た,就 学 生 同士 の犯 罪 報 道 盛 ん に な さ れ る。 「じ ゃぱ ゆ き く ん」 が 「じゃぱ ゆ き さ ん」 を 上 回 る。

上 海 事 件 」発 生 。 19896月,天 安 門 事 件 発 生 。 1990入 管 法 改 正 。

バ ブ ル,は じけ る 。 1991イ ラ ン人 急 増,社 会 問題 化 。 1992日 本 語 指 導 が必 要 な 児童 急増 。

1993ド イモ イ政 策 を と るベ トナ ム に 日本 語学 習熱 。

1994APEC構 想 具 体 策,本 格 的検 討 開 始 。 オ セ ア ニ ア に 日本 語 を 初 め とす る ア

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:1111

70000

・1111

50000

40000

30000

20000

10000

0

留 学 生10万 人 計 画 」 以 後 の 日本 語教 育 グ ラ フ3学 習 者 数 の 推 移

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→ 一学習者総数 一← 大学教育前提

→← その他 一般 +技 術研修 目的

+外 国人子弟

75767778798081828384858687888990919293

ジ ア語 ブ ー ム。

留 学 生 の伸 び鈍 化 。 不 法残 留 外 国 人,は じめ て の 減 。技 術 労 働 者 の入 国 減 。

「日本 語 学校 に廃 校 の 嵐」(東 京 新 聞)

1995淡 路 ・阪神 大 震 災 。 地 下鉄 サ リ ン事 件,松 本 サ リ ン事 件 な ど,一 連 の オ ー ム 真 理 教 事 件発 生 ・発 覚,社 会不 安 広 が る。 急 激 な円 高,一 時79円 台突 入 。

中国 残 留 婦 人 の帰 国 増 え,「 第2次 帰 国 ラ ッシ ュ」

再 編 成 期 は,'92年 ご ろ まで の バ ブ ル経 済 と軌 を 一 にす る よ うに学 習 者 が 増 え続 け 行 政 が そ れ に規 制 を加 え よ う とす る 「学 習 者 選抜 期 」 と,同 じ くバ ブル が は じけ た の に歩 調 を合 わ す よ う に学習 者 が 減 った もの の,そ の 一方 で 従 来 と は異 な る学 習 者 が 表 れ 出 しそ れ に よ っ て 日本語 教 育 の あ り方 も変 わ って い く 「新 規 学 習 者 出 現 ・増 加 期 」

に分 け て考 え る こ とが で きる 。

4‑1.学 習 者 選抜 期

グ ラ フ3の うち,「 大 学 教 育 前 提 」 と は,日 本 語 学 校 に学 び な が ら大 学(大 学 院) 進 学 を 目指 す 者及 び す で に大 学 ・大 学 院 に 在籍 して い る者 両 方 を 含 む 。 ま た,「 そ の 他 」 と は,ビ ジ ネス マ ンや 主 婦 ・宣教 師 ・研 究 者 な どを指 す 。

'86年 ご ろ か らの 学 習 者 の増 加 は大 学 教 育 前提 の 者 に著 しい が,こ れ は,'87年 ご ろ か ら の 日本 語 教 育 を行 う大 学 ・大 学 院 の 増 加 及 び'86年 ご ろか らの 一 般教 育 機 関 の増

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90「 留 学 生10万 人計 画 」 以 後 の 日本語 教 育

加 とほ ぼ 一致 す る。 そ して,そ れ に伴 っ て 日本 語 学校 に 関連 す る さ ま ざま な 違 法行 為 が 増加 し,そ れ に対 して 日振 協 の設 立 や 後 述 す る入管 法 の改 正 な ど とい う形 で 管理 体 制 が 整 え られ て い くの だが,そ の 検 討 の前 に,ま ず,'80年 代 初 頭 の 「留 学 生10万 人 計 画」 前 後 の 行 政 につ い て ま とめ て お く。

法 務 省 は,'82年 に 入 管 法 を改 正 し,「就 学 生」 とい う身分 を規 定 した。 そ れ まで 民 間 の 日本 語 教 育機 関で 学 ぶ 外 国人 は外 交 官 ・留 学 生 ・観 光 … … な ど とい う規 定 に入 ら な いい わ ぼ そ の他 扱 い を受 け て いた の だ が,こ れ に よ って 一 つ の 明確 な 身分 認 定 を 受 けた 。 そ して,そ れ は 同時 に,ま ず は 日本語 のみ を学 ん で お きそ れ に続 いて 大 学 な ど で 専 門 を修 め る とい う 「就 学 生 → 留 学 生 」 とい う道 を 開 い た こ とを も意 味 した 。 さ ら に,'84年 に は,そ れ まで 就 学 希 望 者 自身 が 現 地 の 在 外 公 館 に さ ま ざ ま な書 類 を集 め 申請 して い た の を簡 略 化 し,日 本 語 学校 経 由で 申請 す る こ とを認 め た。 加 え て ,よ り 外 国 人 が 滞 在 しや す い よ う に,留 学 生 は'83年,就 学 生 は'84年,そ れ ぞれ 週20時 間 ま で の ア ルバ イ トを認 め た 。 これ ら一連 の動 きの 裏 に は 「留 学 生10万 人 計 画 」 が あ っ た の は い うまで もな い 。

そ して,そ の よ うな 素 地 の も とに,'88年 ごろ か ら,就 学 生 ,そ して一部就学生 に よ る不 法 就 労,日 本 語 学 校 に まつ わ る不 祥 事 が急 増 す る。 そ れ ら急 増 の背 景 に は,就 学 生 を集 め た い 日本 語 学 校,労 働 力 不 足 に悩 む 中小 企 業,開 放 政 策 で 国外 に 出 る こ と

を夢 見 る 中 国 人 青 年,身 元 保 証 人 ブ ロ ー カ ー の存 在 鋤 が あ った 。 事 情 は,'82年 就 学 生 と同 時 に認 定 され た 「技 術 研 修 生 」 とい う身分 で も同 じで あ った 。産 業 技 術 ・技 能 を 習得 す る とい う目的 を 離 れ て,不 法就 労 をす る外 国 人 が 同様 に急 増 して い た 。

こ う した一 連 の 就 学 生 問 題 に対 して,警 察 に よ る一 般 的 な取 り締 ま りの 他 ,政 府 は ま ず,'90年 に 日振 協 が 財 団 化 して 結 実 す る 日本 語 学 校 規 制 とい う形 で 対 処 した。 そ して次 に,同 じ く'90年の 更 な る入 管 法 改 正 で,不 法就 労先 の 規 制 とい う形 を取 っ た。

す な わ ち,「 不 法 就 労 助 長 罪 」 を 設 け不 法 就 労 者 を 雇用 して い る雇 用 主 を罰 す る,研 修 先 に研 修 生 を受 け入 れ る 際 の最 低 賃 金 や研 修 計 画 の作 成 を求 め る とい う形で 規 制 を 加 えた 。

そ の 一 方 で,次 の よ うな 直 接 外 国 人 を規制 す る方 策 も と られ た 。

1988不 法就 労 ・不 法 滞 在 者 の摘 発 相 次 ぐ。 「じゃぱ ゆ き くん 」 が 「じ ゃぱ ゆ きさ ん」 を上 回 る。 そ の 一 因 に,パ キ ス タ ン ・バ ング ラデ ィシ ュ ・ス リラ ン カな

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留 学 生10万 人 計 画 」 以後 の 日本 語 教 育91

ど との ビザ 相 互 免 除協 定 の存 在 。 この た め政 府 は,こ の こ ろ か ら こ れ らの 国 々 との 協 定 を 次 々 と破 棄 。 そ の 結 果,以 降,パ キ ス タ ン ・バ ング ラ デ ィ シ ュ人激 減 。

1990こ の ころ か ら,就 学 ビザ更 新 に90%以 上 の授 業 出 席 求 め るよ うに 。 1991法 務 省,中 国 人就 学 希 望 者 の 申請 書 類 の 中 に偽 造 卒 業 証 書 な どが 多 い た め,

'91年10月 以 降 の 希 望 者 に対 して

,「 卒業 事 実 に係 わ る公 正 証 書 」 の添 付 を義 務 づ け る こ とを 通知 。

法 務 省,中 国 側 に 照会 してい た 卒 業 証 書 に係 わ る公 正 証 書(約6千 件)の 真 偽 につ き 中国 側 の 回 答 を発 表 。 福 建 省 で は千件 以上,上 海 市 な どで の数 百 件

が偽 造 と判 明。

1992前 年社 会 問題 化 した イ ラ ン人 問題 を打 開す るた め,イ ラ ン との ビ ザ相 互 免 除 協 定破 棄 。

1993日 本 語 教 育 推進 施 策 に関 す る調査 研 究協 力 者 会 議(文 部 省),「 不 法就 労 の 隠 れ み の化 防 ぐた め,50〜60時 間程 度 の 日本語 既 習 を就 学 ビザ発 給 の条件 に」

と提 言 。

1994法 務 省,日 本 語 学 校 に対 し,「 中 国 人 不 法 残 留 者 防 ぐた め,学 費 ・生 活経 費 支弁 者(保 証 人)な どの審 査 厳 格 に行 う」 との通 達 。 九州 地 区 で 反発 。 こ う して 見 て み る と,再 編 成期 の前 半 は,政 府 当 局 が 不 法 入 国者 ・不 法 残 留 者 を 阻 止 し よ う とす る学 習 者 選 抜 期 で あ る こ とが わ か る 。 『月刊 日本 語 』 編 集 で は,'92年10 月 時 点 で 「留 学 生10万 人計 画 」 以 後 を第1期('83〜'86),第2期('87〜'88),第3期

('89〜'92)に 分 け,そ れ ぞ れ の主 だ っ た就 学 生 を,台 湾 人,中 国 人,申 国人 か ら韓 国 人 と して い る35)が(グ ラ フ4参 照),最 近 の 就 学 及 び留 学 ビザ 所 持 の 不 法 残 留 者 数 は以 下 の通 りで あ る。(法 務省 入 国管 理 局 調 べ)

就 学 ビザ 所持 者 留 学 ビザ 所 持 者

'91年11月1日15 .145人(内,中 国人12.678人) '92年5月1日16 .998人(内,中 国 人14.185人) '92年11月1日18 .112人(内,中 国 人15.094人)5.124人 '93年5月1日20 .095人(内,中 国 人16.773人)6.484人 '93年11月1日22 .122人(内,中 国 人18.810人)6.497人

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92「 留 学 生10万 人 計画 」 以 後 の 日本 語教 育 '94年5月1日23

.995人(内,中 国人20.567人)7.659人 '94年11月1日23

.493人(内,中 国人20.163人)7 .502人 就 学 ビザ所 持 者 の不 法残 留 者 が 全 体 に 占め る割 合 は6〜8%,同 じ く留 学 ビザ所 持 者 の割 合 は2%,就 学 ビザ所 持 者 の不 法 残 留 者 の うち 中 国 人 の 割合 は85%前 後 で あ る。

さ らに,入 管 に よ る と,'94年11月1日 現在,中 国 人 で 就 学 生 と して 入 国 して い なが ら不 法 残 留 の状 態 に な って い る 竜の は51%に 上 る とい う36)。ただ し,全 体 と して多 い の は,タ イ,韓 国,中 国,フ ィ リ ピ ン,イ ラン,マ レーシア,ペ ルー,台 湾 の順であ る。

前 述 の よ うに,4万 の大 学 教 育 前 提 の学 習 者 数 に対 して3万 とい う驚 くべ き不 法 残 留 者 数 で あ り(た だ し,こ れ は,毎 年4万 人 の内 の3万 人 が 不 法 残留 す る こ と を意 味 す るの で は な い。4万 人 の新 規 学 習 者 を迎 え る一 方,数 年 に わ た っ て不 法 残 留 して い る者 の 内,毎 年3万 人 程 度 が 発 覚 す る こ と を示 す もので あ る),政 府 当局 の学習者選 抜 施 策 が どれ だ け効 を 奏 して い る の か疑 問 に思 え る が,不 法 残 留 者 の 数 が この ま ま継 続 あ る い は悪 化 す るか ど うか は実 に微 妙 で あ る。 まず,バ ブ ル が は じけて'86年 後 半 か ら'90年 半 ば まで 続 い た 平 成 景 気 が 終 焉 した 後,底 を 打 った と はい わ れ る もの の'95 年 半 ば の 今 日ま で 明確 な景 気 の 好 転 が 見 られ な い 。'95年 初 頭 に は一 時79円 台 とい う 未 曾 有 の 円 高 を経 験 した。 製 造 業 な どに お け る海 外 移 転 が 進 行 し,産 業 の空 洞 化 が 叫 ば れ て い る。 毎 日新 聞37)によ れ ぼ,'94年 の技 能 労 働 者(金 融 や コ ン ピュ ー タ ソ フ ト な ど専 門 的 な技 術 を持 つ 者)の 入 国 が対'93年 比 で 約2割 減 って い る こ とが 明 らか に な った 。 そ して そ の 背 景 に は,さ ま ざ ま な規 制 で 空 洞化 が 指 摘 され る東 京 金 融 市場 か らの 外 国 の銀 行,証 券 会 社 の撤 収 が あ る とい う。 不 法 就 労 の 場 自体 が 激 減 し,ま た い っ た ん入 国 して 円建 て の賃 金 を もら う な ら と もか く,現 状で は入国その ものに莫大 な資 金 が か か る 。加 え て,今 年 初 め に起 こ った淡 路 ・阪 神 大 震 災 ・一 連 の オ ー ム真 理 教 事 件 は,日 本 の安 全 神 話 をつ き崩 す と と もに 厂病 ん だ 日本 」 を見 せ つ け た38)。これ

ら の影響 を受 け て,現 に,'94年11月 には初 の不 法 残 留 者 の 減 少 を見 て い る。

事 情 は,日 本 語 学 習 者 の場 合 に もま った く同様 で あ る。 学 習 者 数 の 推 移 を見 る と '90年 に急 激 な減 少39)を見 た 後 は総 数 は再 び順 調 に増 加 して

い る よ う に見 え る。 しか しな が ら,小 林(1994)に よ る と,'94年 の年 末 で ,日 振協 認定校 は399校 あるが,そ の 収容 定 員 総 数 は お よそ63.500人,在 籍 者 総 数 は 同 じ く31.000人 で,定 員 充 足 率 は49%

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留 学 生10万 人計 画」 以 後 の 日本 語 教 育

93

グ ラ フ4就 学 目 的 の新 規 入 国 者 数 の 推 移

1111

35000 30000 25000 20000 15000 10000 5000 0

87 88

89

90

91 92

93

94

↓ 合 計 一← 中国

+韓 国

一△一 台 湾

→← ア メ リ カ

→← イ ギ リ ス ー○一 マ レー シ ア ー+一ブ イ リピ ン ー■一 オース トラリア 咽 一 タイ

→ 一 そ の 他

で あ る とい う。 しか も,い ず れ の 学 校 もこ う した 充 足 率 だ とい うの で は な く,20〜

30%付 近 と70〜80%付 近 とで 二 つ の ピー ク を形 成 してい る とい う。機 関数 を見 る と一 般 の教 育 機 関 で 少 な く と も'93年まで は 順調 に 増 加 の 一 途 を た ど っ て い る よ う に見 え るが1こ う した 実 態 で は,早 晩,2〜3割 の 充足 率 しか ない 日本 語 学校 は 廃校 せ ざ る を得 ま い。

ま た,読 売 新 聞41)によれ ぼ,「 留 学 生10万 人 計 画 」 自体 も頓 挫 す る可 能 性 が 極 め て 高 く な り,'94年5月 現 在 で公 費 ・私 費 合 わ せ た留 学 生 総 数 は53.787人 に 上 った もの の,伸 び 率 は4年 連 続 して 減 少,2.6%に と ど ま り,計 画 以 前 の'79年 以 来 の 低 率 と な っ た。 国 費 は7.4%の 伸 び を 見 せ た が,全 体 の8割 以 上 を 占 め る私 費 は わ ず か に 1.8%の 伸 び で あ る。 不 況 ・円 高 ・社 会 不 安 を ま と も に受 け る私 費 留 学 生 の 滞 在 状 況 を考 え る と,こ の 数 字 は さ ら に今 後 も悪化 す る こ とが 十 二 分 に考 え られ る 。公 費 ・私 費 と もに,寮 な ど経 済 的 負担 の少 ない 宿 泊 施 設 を 用意 す る,さ まざ まな 奨 学 金 を提 供 す る,他 の先 進 国 なみ に母 国 にい なが ら進 学 先 が決 め られ る よ う にす る42)など,具 体 的 な留 学 生救 済対 策 を早 急 に 本腰 に な っ て講 ず る必 要 が あ ろ う。

4‑2.新 規 学 習 者 出現 ・増 加 期

以 上 の よ う に冷 え込 んで い る 日本 語 教 育 で あ るが,そ の一 方 で'90年 代 中期 に な っ た今 日,従 来 と は異 な る学 習 者 が 出現 しま た そ れ に よ っ て 日本 語教 育 の あ りよ うが 変

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94「 留 学 生10万 人 計 画」 以後 の 日本 語 教 育 化 して きた の も事 実 で あ る。

まず,新 しい学 習 者 と して は児 童 が あ げ られ る。 文 部 省 「平 成5年 度 日本 語 教 育 が 必 要 な 外 国 人児 童 ・生 徒 の受 入 れ 状 況等 に 関す る調査 」 の 結 果 に よる と,平 成5年9 月1日 現 在,公 立 小 ・中 学 校 に 就 学 す る 外 国 人児 童 ・生 徒 は,小 学 校 で2 .611校 ・ 7.569人,中 学校 で1.094校 ・2.881人 に達 す る とい う。 しか も,そ の母語 は,ポ ル ト ガ ル 語38.8%,中 国 語30.396,ス ペ イ ン語12 .9%だ と い う。 こ う した 背景 に は,'90年 の入 管 法 改 正 で,日 系 人対 象 に就 労資 格 つ きで 家族 の 同伴 も認 め られ る 「日本 人 配偶 者 等 」 や 「定 住」 とい う有 利 な在 留 資 格 を作 った ことが あ る。

しか しなが ら,児 童 の 母語 に な じみ が な か った り在 日期 間が ま ちま ち な こ と もあ り 受 け入 れ 学 校 は対 応 に苦 慮 して い る。 文 部省 は こ う した 事 態 を 受 けて,'92年,小 校 高 学 年 用 の 日本 語 学 習 教 材 「にほ ん ごを ま な ぼ う」(ぎ ょ うせ い)及 び'93年 厂日本 語 を学 ぼ う2」(同)を 作 成 した 。 ま た,ア ル ク 出版 『月 刊 日本 語 』 で は,'93年1月

に 「日本 語 が必 要 な子 ど もた ち 」 とい う特 集 を組 ん で ,そ の児童対象 の日本語教育の 取 り組 み 実践 例 な どを あ げ て い る。

さ ら に新 しい 学 習 者 と して あ げ られ るの は,中 国残 留 婦 人 で あ る。

中 国残 留孤 児 に つ い て は'81年 か ら訪 日調 査 が 始 ま っ て い る が,訪 日人 数 も激 減 し て お りそ の 判 明 率 も最 近 は1096前 後 で あ る43)。け れ ど も,中 国帰 国者定住促進 セ ン ター の 機 関誌 『同 声 ・同 気2号 』44)によ る と,'95年,「 孤 児 等 中国 残 留 邦 人 の帰 国 ・ 受 け入 れ の歴 史 は今 ま た 大 きな 転 換 期 〈第 二 の 帰 国 ラ ッシ ュ〉 をむ か え(中 略),残 留 婦 人 とそ の 同伴 家 族 の 大 量 帰 国 を想 定」 してい る とい う。

加 え て,国 際 結 婚 の 急 激 な 増 加 が あ る。

戦 後 の 日本 人 の 国 際結 婚 は 高 度 成 長 の 終 わ りご ろ'75年 ご ろ か ら農 村 の嫁 不 足 解 消 とい う形 で 一 部 で あ っ た が,'89年 ご ろか ら急 増 し,厚 生省 人口動態統計 による と, 65年 に は 日本 人 と外 国 人 との婚 姻 率 は0.4%だ っ た もの が ,'89年 には3.2%,'93年

は3.3%に 達 してい る。100組 に3組 とい う高 い 率 で あ る。 ま た ,最 近 の特徴 として, 日本 人 男 性 とア ジ ア人 の 女 性 との 婚 姻 が 目立 って い る。'93年 の統 計 で は,最 も多い の は フ ィ リピ ン の31.8%,次 い で 中 国23.3%,さ ら に韓 国25 .2%,タ イ9.6%,ブ ラ ジ ル3.1%と 続 く。 も ち ろ ん こ う した 背景 に は'80年代 後 半 の急 激 な 外 国 人 流 入 が あ る そ れ は た しか に不 法 就 労 な どの 問 題 を 生み は した が,そ の 一 方 で 日本 社 会 に し っか り

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「留学 生10万 人 計 画 」 以 後 の 日本 語 教 育95 と根 を下 ろす 外 国 人 を数 多 く生 み 出 した こ と も事 実 で あ る 。

こ う した流 れ を受 け て,日 本語 教 育 の あ り方 も変 わ りつ つ あ る 。す なわ ち,外 国 人 児童 に しろ 残 留婦 人 に しろ,ま た 日本 人 の配 偶 者 及 び そ の 子 弟 に しろ,従 来 は 日本 語 教 育 施設 が そ の 日本 語学 習 の 受 け 入 れ 先で あ った。 そ れ は 今 で も変 わ りが な いが,そ れ と別 にあ るい はそ れ と平 行 す る形 で,地 域 が そ の受 け皿 とな るケ ー ス が増 えつ つ あ

る。 そ う した活 動 は,ボ ラ ンテ ィア に よ る 日本 語指 導 とい う形 で 具体 化 して い る。 た とえ ぼ,『 東 京 ボ ラ ンテ ィア 日本 語 教 室 ガ イ ド』(東 京 ボ ラ ンテ ィア ネ ッ トワー ク),

草 の 根 日本 語 教 育 事 例 集 』(笹 川 平 和 財 団),『 ひ ろが る 日本 語 教 育 ネ ッ ト ワー ク 最 新 事 例 集 』(日 本 語教 育 学 会)に は,日 本 語 指 導 を行 うボ ラ ンテ ィア 団体 名 や そ の 具体 的 な 活 動例 が紹 介 してあ る。 ま た,『 月刊 日本 語 』 で も,'94年11・12月 号 や'94年 4月 『ア ル ク地 球 人 ム ック 入 門 日本 語 の教 え方 』 な どで 特 集 を 組 ん で い る 。 それ ら に は,学 習 者 の生 活 実 態 に合 わ せ た さ ま ざ ま な指 導 形 態 が 報 告 さ れ て い る 。

と もす れ ば 日本 語 教 育 の専 門家 は 日本 語教 育 の枠 組 み の 中で の み 指 導 を と らえ 「 め に 日本 語 学 校 ・日本 語 学習 あ りき」 と考 えが ち で あ るが,こ う した 事 例 には,そ

した 従 来 の と ら え方 とは異 な る取 り組 み の様 子 が うか が わ れ る 。 す な わ ち,ボ ラ ン テ ィア活 動 の も とに集 ま る学 習 者 に してみ れ ば,日 本 語学 習 とい うの は生 活 の 一 部 で しか あ り えず,他 に 家庭 ・職 場 な どに お け る長 い時 間 を か け る活 動 の場 を持 っ てい る。

そ こで,ま ず,そ う した現 実 を受 け入 れ,そ の 中で 日本 語 学 習 の 時 間 を各 自実 状 にあ わ せ た 形 で 持 とう とい う姿勢 が 学 習 者 に もボ ラ ンテ ィア側 に も うか が わ れ るの で あ る。

それ は今 まで の 日本 語 教 育 の修 正 とい う よ り も,外 国人 が 地 域 住 民 と して 日本社 会 に 溶 け込 む 際 の た とえ ば社 会学 ・心 理 学 な ど を も視 野 に入 れ た 日本 語 指 導 の 発 展 的 後退

とで もい うべ き現 象 とい え る。

ま た も う一 つ そ う した活 動 に顕 著 な の は,自 分 た ち の 活動 で 完 結 しよ う とす るの で は な く,自 らの 限界 を見 極 め そ して 同 じ立 場 の者 同士 が 連携 を持 と う とい う姿 勢 で あ る。 国 語 研 究 所 が'93年 度 よ り日本 語 教 員 の 多 様 性 ・自律 性 を重 視 し夏 期 研 修 を取 り や め 「相 互 研 修 ネ ッ トワー ク」 方 式 の研 修 に 切 り替 え たが,そ れ と同 じよ うな形 を こ う した ボ ラ ンテ ィア活 動 が持 っ てい る。 こ う した 姿勢 も従 来 の 日本 語教 育 が持 って い な か っ た もの で あ る。

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