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譲歩関係を表す接続表現の日中対照研究 所

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Academic year: 2021

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譲歩関係を表す接続表現の日中対照研究

所 属:人間科学専攻 日本語教育学教室 学修番号:14965109

氏 名:張鋭

【論文要旨】

1.研究背景と目的

本研究は、日本語と中国語の譲歩関係を表す複文における接続表現(日本語の接続表現 および中国語の接続詞/接続副詞)について、対照研究の立場から、いくつかの視点に着 目し考察を行うものである。日中両言語の譲歩表現について、(1)(2)のように日本語と 中国語の譲歩表現はうまく対応し、「ても」は「即使」「たところで」は「虽然」に訳せ るのが常だと考えられてきた。しかし実際に(3)(4)に示したように日中両言語の譲歩 表現の中には対応できないものが観察される。つまり、日本語の譲歩関係を表す複文にお いては、接続表現が必須の成分になっているのに対して、同じ意味を表す中国語の複文に おいては、接続表現を使用する場合と使用しない場合がある。

(1)燃やしちゃっても心に残るものは残る。 (『ノルウェイの森』

(1’) 即使(jíshǐ)烧了,该留在心里的自然留下。 (《挪威的森林》

(2)財産っていったところで、金としては高の知れたものだろう。 (『こころ』 (2’)虽然(suīrán)说有点财产,也值不了多少钱吧。 (《心》①)

(3)人間一人がいなくなったところで、どうってことはないと考えてしまっていな いか。 (『五体不満足』

(3’)你不在了,地球不是照样运转吗? (《五体不满足》

(4)水曜日の 12 時になっても緑はそのレストランに姿を見せなかった。

『ノルウェイの森』

(4’)星期三到12点的时候,绿子没有赶来这家饭店。《挪威的森林》

中国語では、(3)(4)の訳文(3’)(4’)のように接続表現を使用しないケースが極め て多い。しかしながら、このような現象を単なる一言語の特徴と断定するには説得力に欠 ける。中国語の複文においては、接続表現を使用したり、省略したりする場合もあるため、

(2)

接続表現の使用は自由度が高いと言われてきた。しかしながら、譲歩関係を表す表現を使 用しない場合、その理由はほかにもある。そもそも譲歩関係を表す接続表現の使用範囲が 日本語と異なっているのではないかと筆者は考える。つまり、日本語では譲歩関係を表す 接続表現が譲歩の意が薄い複文においても使用されるが、中国語ではそういう文脈におい て譲歩関係を表す接続表現の使用は認められないといったずれが存在して、両言語の接続 表現の使用範囲はかなり異なることが予想される。

そこで本研究は、これまで両言語において譲歩複文に関して展開されてきた研究の経緯 および流れを整理した上で、それぞれの持つ特徴や機能を探ってみたい。また、これに基 づき、日本語と中国語の譲歩関係を表す接続表現の使用については、対照研究の立場から 考察を行う。とりわけ、推論関係、話者意図、文末モダリティとの共起から、意味論的ま た統語論的に幅広く、より深く考察を行う。それによって、両言語の譲歩関係を表す複文 における類似点、相違点を明確にするとともに、両言語の譲歩関係を表す複文の体系やメ カニズムを明らかにする。

2.研究課題

日本語の譲歩関係を表す接続表現の中で、最も代表的なものとしては、「ても」「として も」「にしても」「にしろ」「にせよ」「たところで」が挙げられる。従来の研究では、それ らの接続表現の使い分け、意味、使用制約の異同に注目して記述されているものが多く、

各接続表現の意味機能に関しては、十分論じられているように思われる。しかしながら、

先行研究における記述は、日本語自体の特徴に基づいて判断しているため、見えてこない 部分の存在もまだあると思われる。そこで、他言語との比較を行うことにより、日本語の 譲歩関係を表す接続表現の機能などを再認識でき、接続表現の使い分けや特異性も一層明 らかになると考えられる。

具体的に以下の4つの課題を設定し、両言語の譲歩表現を対照言語学的に分析したい。

①日本語と中国語の譲歩表現における推論に関する異同

②日本語と中国語の譲歩表現に関する機能および使用範囲の異同

③日本語と中国語の譲歩表現の対応関係

④主節でモダリティ表現の使用制約に関する異同

3.各章における研究内容および結果

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本研究は三部、全 11 章から構成されており、各章で行ったことを以下の通りである。

第 1 章では、譲歩関係を表す複文における本研究の研究背景、研究目的、日中対照研究 の意義、課題設定および研究対象、本研究の用語などについて述べた。

第 2 章では、先行研究を概観し、本研究の立場を確認した。まず、日中両言語の複文研 究における本研究の研究対象たる「譲歩複文」の位置づけを確認した。日本語では、複文 を分類する際に、形式、構造、意味という三つの観点から行われるのに対し、中国語では 意味上からの分類しか見られなかった。それぞれの言語における複文の分類を明らかにし た結果、日本語の「逆接条件文」と中国語の「譲歩複文」とが対応関係を持つことが判明 した。次に、これを前提として、両言語の譲歩表現に関する先行研究および対照研究に関 する従来の研究を整理した。そこから得られた問題点と本研究の位置づけについて詳述し た。

第 3 章では、本研究の理論的枠組みと研究方法について説明した。譲歩関係を表す複文 は論理文の一種であるとされる。まず、本研究で用いた論理学の推論および推論過程を述 べた。また、採用した「対照分析」という方法の由来、および必要性を記述した。論理学 の推論に基づき、研究対象となる言語を多角的に把握することで、より広く深い研究が期 待できる。また、本章では本研究のデータの詳細およびその収集方法についても紹介した。

各論は第 4 章から第 9 章まで構成される。第 4 章では、譲歩関係を表す複文における両 言語の異同を論述した。まず、日中両言語の譲歩表現の構文上の類似点と相違点を明らか にした。日本語には接続表現の使用が従属節に限定されるが、中国語では接続表現の使用 が多種多様である。「接続表現のみ」、「副詞のみ」、「接続表現+副詞」の三つのパターン が存在していることが分かった。まとめると、両言語の譲歩関係を表す複文の構文形式の 違いを図 1 に示す。

図 1 日本語と中国語の譲歩複文の構文形式 日本語 中国語

(pは従属節、qは主節、Cは接続表現を表す)

p C、q C p、 q

p、C q 有標識 C p、C q

p、 q 無標識

(4)

つぎに、主語と接続表現の関係を考察した。両言語とも主語の位置に制限がなく、従属 節にも主節にも出現できることは類似している。相違点については、日本語では、接続表 現の位置は固定されており、主語と関係していない。中国語は接続表現の使用位置は主語 と関係しており、従属節に接続表現が使用される場合、主語の前と後ろのいずれも可能で あるが、主節に接続表現が使用される場合、主語の後ろに置かなければならない。さらに、

譲歩複文において否定辞の使用が特徴であるため、両言語とも従属節か主節の片方に出現 する。しかし、主節の事態をより強調する時は、従属節にも主節にも両方否定辞と共起す ることを明らかにした。

第 5 章~第 9 章では、譲歩関係を表す接続表現をそれぞれと中国語の対応関係および 背後に潜む原因を探る。第 5 章は譲歩関係を表す典型的接続表現「ても」に関する分析で ある。「ても」は譲歩を表すとよく言われているが、しかし、「ても」は「て+も」によっ て成立することから考えれば、「ても」は譲歩より、並列の用法が基本であると考えられ る。日本語の「ても」に対応する中国語の接続表現として、「也」がよく挙げられる。な ぜなら、中国語の「也」は副詞と接続副詞に二分されるからである。副詞の「也」は「二 つの事柄は同じ性質を持つ」ことを表し、また「複数条件の提示」の性格を持つ。この振 る舞いから見ると「ても」と「也」はかなり類似性が高く、それは「ても」と「也」の高 対応度を裏付けた。つぎに、日中対応関係について、「即使…也」「也」は確定的譲歩・仮 定的譲歩のどちらも表すのに対し、「虽然…但是」「但是」「却」は原文が確定的譲歩の場 合だけ訳されている。一方、「ても」と対応する接続表現が用いられないものは、実際は 接続表現を用いても不自然ではないが、表現意図によって、従属節の推論と主節の主張や 現実との対立を表す時に、用いられない場合が多いことを明らかにした。さらに、「ても」

と「也」それぞれモダリティ表現との共起も確認したが、モダリティとの共起では、「て も」と「也」は非常に類似している振る舞いがあり、命令、意志、勧誘、推量、疑問など との共起が容認されることが明らかになった。

第 6 章では、「にしても」に焦点を当て対応する中国語表現を考察した。まず、先行研 究の記述と実際の調査に基づき「にしても」の意味用法を仮定的譲歩、確定的譲歩、例示、

不定語との共起、慣用表現という五つに分類した。論理学の推論の観点からそれぞれの意 味用法の文の特徴が明らかになった。「にしても」の従属節には仮定的か、確定的な事柄 を仮定し、主節には従属節の事柄に対する評価、説明、補足などを補足している文が多く

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見られた。また、日中対応関係について仮定的譲歩においては「即使/即便…也」「就算…

也」などに訳され、中国語の虚擬性譲歩文に当たる。確定的譲歩においては、従属節が事 実であるため、強い譲歩の意味合いを表している。中国語の「虽然…但」「尽管…但」と 同じ振る舞いを持っていることが分かった。不定語との共起の用法と例示の用法において は、中国語の無条件譲歩に相当し、「无论」「不管」「总之」などと対応できる。さらに、

「それにしても」が「にしても」の関連表現として取り上げられ、中国語に訳される際、

接続詞的な表現が使用されることが分かった。最後に、モダリティ表現との共起に関して は、「にしても」の主節には評価・判断のモダリティがよく現れるが、中国語の場合、主 節の語気のバリエーションは豊富であることが明らかになった。

第 7 章では、「としても」の意味用法および対応する中国語表現を考察した。まず、先 行研究の記述と実際の調査に基づき「としても」の意味用法を仮定的譲歩、反事実的譲歩、

確定的譲歩、前接表現という四つに分類した。仮定的譲歩の用法では、従属節の条件は「結 果を換えようとする条件」と「極端条件」に分けられる。極端条件は結果事態と相反する 結果に導く傾向を示している。反事実的譲歩の用法では、推論が前提として成り立ってい る。主節は実際の結果を示している。確定的譲歩の用法では、従属節で発生した事態から、

現実結果と相反する事態が推論されるが、現実世界では、結果は変わらず成立する。前接 表現の用法では、従属節に実行したい動作が提示され、その試行の失敗が主節 の否定表 現・否定評価で表されていることが分かった。論理学の推論から実例を通して、それぞれ の用法の特徴が明らかになった。つぎに、日中対応関係について、中国語訳は「ても」と 似ている傾向が見られた。仮定的譲歩と反事実的譲歩の用法では中国語の虚擬性譲歩文と 一致し、「即使…也」などに訳される。確定的譲歩の用法は、「虽然…但」などに訳される ことが分かった。また、単独に取り上げられた「前接表現」の用法では、意志形が付くた め、中国語の「想」という意志を表す動詞にもよく訳された。最後に、モダリティ表現と の共起に関しては、「としても」の前後節は認識上のつながりを表している。中国語の原 文も類似している特徴がみられた。主節には意志、勧誘、推量など認識モダリティとの共 起が容認されることが分かった。

第 8 章では、「にしろ」「にせよ」の意味用法および中国語の対応関係を考察した。まず、

先行研究の記述と実際の調査に基づき「にしろ」「にせよ」の意味用法を仮定的譲歩、確 定的譲歩、並立、不定語との共起、慣用表現という五つに分類した。「にしろ」「にせよ」

の意味用法は「にしても」と類似していることが分かった。つぎに、日中対応関係につい

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て「にしろ」「にせよ」の対訳例は殆ど有標識であることが分かった。その点は、逆接条 件は順接条件とは異なり、人間の通常の論理的思考に反する結果を表すため、有標識でし か表さないからであると思われる。最後に、モダリティ表現との共起に関しては、「にし ろ」「にせよ」の主節には評価・判断のモダリティがよく現れるが、中国語の場合、主節 のモダリティには制限がないことを明らかにした。

第 9 章では、接続表現「たところで」の意味用法および中国語表現を考察した。まず従 来の「たところで」の意味用法の分類および対訳例のパターンに基づき、「たところで」

の意味用法を仮定的譲歩、確定的譲歩と不定語との共起という三つに分けた。仮定的譲歩 の用法においても確定的譲歩においても、従属節事態の因果関係を否定することが観察さ れた。つぎに、日中対応関係について「たところで」の意味用法によって中国語訳の違い も見られた。仮定的譲歩の用法では「即使/即便…也」「就算…也」などに訳されるが。確 定的譲歩の用法では、「虽然…但」「尽管…但」などに訳されることがわかった。この結果 は中国語譲歩複文の典型的表現と一致している。しかし、確定的譲歩の用法では、主節の みに接続表現、つまり副詞「也」「就」が使用されるパターンも見られた。言い換えれば、

日本語で同じく譲歩を表す「たところで」を用いても、それに対応する中国語は、「たと ころで」文の文の性質や前後節の譲歩関係の度合いによっても異なっている。「たところ で」に対応する表現を用いるものもあれば、中国語の表現手法の特徴と文の自然さを維持 するため、「たところで」の意味が反映されないものもある。中国語では、「たところで」

によって接続された前後節の意味的なニュアンスを的確に伝えようとすると、様々な表現 を用いることが求められ、場合によっては、対応表現を省略することも必要とされること が明らかになった。最後に、モダリティ表現との共起に関しては、「たところで」の主節 には制限があるが、中国語の場合、主節には制限がない。ただし、評価・判断のモダリテ ィがよく現れる。

第 10 章では、第 4 章から第 9 章までの研究結果に基づき、中国語を母語とする日本語 学習者にとっての譲歩関係を表す複文における習得上の問題点を二つ指摘した。一つは接 続表現の機能に関する理解であり、もう一つは、日中両言語の節関係の相違である。また、

日本語の譲歩関係を表す接続表現の扱われ方の現状を知るために、日本と中国で出版され た教科書などを調査し、それらに潜む問題点を見出した。主に二つの側面、すなわち、一 つは接続表現の提出順序への考慮不足、二点目は教科書の解説不足から考えた。これらの 問題点に対して、日本語教育への改善案の提示を試みた。それは、改善案の一つは教材に

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おける学習者の母語への配慮を考える必要がある。もう一つは、言語を教える側が学習者 の母語と目標言語のそれぞれの特徴を把握できれば、より効果的であると提案した。譲歩 関係を表す接続表現を教える側も考慮を入れ、典型的な中国語表現を取り上げ、両言語の 対応関係を表 1 にまとめた。

表 1 譲歩表現における両言語の対応 日本語接続表現 中国語接続表現

ても 也(yě)

にしても 尽管(jǐn guǎn)(如此rú cǐ)

としても 虽然(suī rán)…

にしろ・にせよ 无论(wú lùn)…还是(hái shì)

たところで 即使(jí shǐ)…也(yě)

4.今後の課題

本研究は譲歩関係を表す接続表現を対象として、日中対照の立場から記述的な研究を行 った。本研究を通じて、譲歩関係を表す接続表現における両言語の特徴や様々な類似点と 相違点を究明したものの、残されている課題はまだ多くある。

本研究では、データとして文学作品における例文を中心に検討し論じたため、両言語の 譲歩関係を表す接続表現に潜む特徴が見えていない部分が存在していることは否めない。

また、譲歩関係は単なる節と節のレベルの譲歩関係だけでなく、文と文との譲歩関係にも ある。したがって、調査資料の範囲をさらに広げ、文章・談話レベルにおける両言語の譲 歩関係を表す接続表現に関する対照研究を行うことも求められる。また、譲歩関係を表す 接続表現はほかの意味関係を表すものとのかかわり方、多重複文における相互の包含関係 などについても考察する必要がある。

今回の研究結果を入口として、今後、譲歩表現に関する研究の枠組みをさらに拡大し、

両言語の譲歩表現の諸相、譲歩表現に関する捉え方、構文諸要素との関連性などを究明し ていくことによって、最終的に両言語の譲歩関係の全体像を浮き彫りにすることを目指し たい。

参照

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