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(1)

消費社会における成人の学習の意義に関する研究ノート(Ⅲ)

――Wals and Heymann による変容的な社会的学習理論――

永 井 健 夫 はじめに

社会を持続可能なものとして維持してゆくためには、一人ひとりが環境や社会的公 正を意識しながら消費生活を送ってゆくことが必要であり、市民としての消費者の資 質を培うことに向けた消費者教育を展開してゆくことが今日の重要な社会的課題の一 つ に な っ て い る と 言 え る。そ の 方 向 性 を 示 す 概 念 が「消 費 者 シ テ ィ ズ ン シ ッ プ

(consumer citizenship)

」であり、これを鍵とする消費者教育の方法論を検討する際に示 唆的であるのが「社会的学習理論

(social learning theory : SLT)

」である。これは、観察 した他者の経験を介して様々なことが理解・習得される過程に着目するもので、

McGregor

(2 7)

Bandura

(1 7)

に代表されるSLTに特徴的な構成概念について 検討している。それによるとSLTは、学習過程が「期待」という認識論的な枠組に 影響されていること、自らの経験や思考過程を省察する能力が鍵となること、行動の 結果について予測的に検討することなどを前提や要件としているという。すなわち、

SLTは変容的・省察的な学習論としての側面を色濃く持った理論であると言える

(永 井,2 0 1 4)

では、SLTが変容的・省察的な学習理論として積極的に展開された場合、どのよ うな内容的特徴を帯びることになるのか。本稿では、その考察のための手掛かりを求 めて、Wals and Heymann

(2 0 0 4)

の議論を取り上げ、その読解を試みる。この論稿は、

社会的暴力と環境悪化の関連、そして、社会および環境の安寧に向けた教育の必要性 について論じた編纂書の一つの章を成すもので、持続可能な生活

(sustainable living)

実現に向けたノンフォーマルおよびインフォーマルな環境教育の在り方を探ることを 基本課題としている。全体をとおして特に強調されているのは「葛藤

(conflict)

」が 果たしうる役割の重要性である。関心や価値観などの在り方が互いに異なる様々な 人々から成り立っている現実社会において、摩擦、論争、あるいは葛藤が生じるのは 不可避であるわけだが、Wals and Heymannは、持続可能性を求める過程の中で現れ る葛藤こそが問題解決に向かう原動力となりうると考える。この考え方に基づいて、

変革過程としての社会的学習の意味とそれが成り立つための条件が検討されている。

−9 3−

(2)

二つの持続可能性

「葛藤」をめぐる具体的な議論に入る前に、最初の節においてWals and Heymann

(2 0 0 4)

は、「持 続 可 能 な 生 活」の 捉 え 方 は 単 一 で は な く、自 主 決 定

(self-

determination)

、自己責任、自律性などの在り方も人によって様々であることに触れた

うえで、持続可能な生活に向けた意思決定過程における市民の関わり方の類型を提示 する。それは、意思決定における自主性・自律性の強弱

(参加的・民主的か、権威的・

専門技術的か)

と、成果や手続きが示される際の開放性の強弱

(開放的・自主決定的・共 同創造的か、閉鎖的・事前決定的・指示的か)

の二つの軸によって区分される。そこに見 えてくるのは、持続性概念と市民的役割に関する対極的な二つの姿、すなわち「独裁 による持続可能性

(big brother sustainability)

(持続可能性の意味が専門家により権威的に決 められ、市民は従属的・受動的)

と「草の根の持続可能性

(grassroots sustainability)

(自主 決定力や社会的能力を備えた市民による、能動的・批判的な関与)

である

(図参照)

前者においては専門知が重要な役割を果たすのに対し、後者においては人々の声や ローカルな知識が鍵となる。両者の中間には、開放性や市民の関与が限定的な状態が あり、そこで生じるのは「自己満足的な持続可能性

(feel good sustainability)

」である。

つまり、持続可能性に関する何らかの活動は行われるものの、批判的な検証・議論は

市民的関与の在り方と持続可能性

[Wals and Heymann(24),p.16のFigure5.2を簡略化して作成]

〈独裁による持続可能性〉

開放性が低い

開放性が高い

〈草の根の持続可能性〉

−9 4−

(3)

回避され、課題への深い関わりは阻まれたままで、人びとの参加の程度は低い。これ らの類型は固定的なものではなく、その類型の全ては「[持続可能な生活に向う]過 程のどこかで経験されることもあるし、必要とされることもありうる」

(p.1 2 7)

とい う。

どのような課題や問題であれ、その解決に向けた意思決定過程に誰もが常に能動 的・自主決定的に関与できるわけではなく、立場や文脈によっていろいろな関わり方 がある。このことを以上の類型論は示唆するわけだが、持続可能性に関する活動や教 育の在り方としては、やはり「草の根の持続可能性」が表すような環境が理想であろ う。つまり、問題が批判的に検討され、現状に替わる新たな考え方、価値、行動が探 求される場の創出であるが、そのための重要な鍵となるのが「葛藤」である。

SLT の原動力としての葛藤

1)葛藤との対峙の必要

社会的な活動や取り組みを進めるなかで生じる葛藤や衝突は、常識的には、事の流 れを妨げる障害物のようなものとして、厄介視されがちである。しかしながら、社会 や組織は、価値観、意見、現実認識などが多少なりとも異なる様々な人や立場から成 り立つわけであり、そこに現れる葛藤こそが課題解決や創造の糸口となる。

この葛藤の建設的な役割について、Wals and Heymann

(2 0 0 4)

は先述の「独裁によ る持続可能性」と「草の根の持続可能性」のそれぞれにおける葛藤の位置づけの対比 をとおして説明している。それによると、前者においては、組織として何かを決める 際、「客観的」で科学的な基準・規範を利用することにより葛藤が回避され、その基 準や規範を具現化する規則や仕組みが制定される。それらが一たび定められると、選 択の余地がほとんど残されないまま、人々はそれらに従わざるをえなくなるという。

他方、後者の「草の根の持続可能性」においては、パースペクティブ、知見、価値 観、関心などが人によって異なっていることが出発点であり、葛藤はあって当然であ る。むしろ、葛藤を直視しなければ何も始まらないわけで、「葛藤を培い、それを概 念的変化と創造的問題解決に向けての力にすることが、自身にとっての解決策になり うるものとして、共鳴して従うことのできる解決策へと到達するための前提条件であ る」

(p.1 2 9)

。葛藤の顕在化を抑制し、標準的な

( 「他でも広く行われているような」 )

法や枠組を導入すれば、いちおうの解決と組織秩序を得ることはできても、必ずしも 問題を本当に解決したことにはならない。反対に、葛藤があることを出発点として、

関係者が合意を目指す努力に取り組めば、その先に、権威的に付与されたものではな く、自分たちの置かれた文脈や状況に即した解決策や展望が得られるのである。

−9 5−

(4)

このような、葛藤に焦点を置いたWals and Heymannの議論は、Argyris and Schön

(1 9 7 4)

による行動世界の移行をめぐる議論に呼応する点で興味深い。彼らは、行為 者が実践しているつもりの「信奉理論

(espoused theory)

」と現実に作用している「行 使理論

(theory-in-use)

」との乖離に着目する。そして、行使理論が対象化されないま ま「勝ち負け」の理屈によって行動が展開する自己閉鎖的な「モデルⅠ」の世界から、

相互的・共同的な関係のもとでの複回路型学習

(double-loop learning)

をとおして行使 理論が検証され、より効果的な行動の在り方が探求される「モデルⅡ」の世界への移 行がどのように可能か、検討している。その移行を可能にする契機の一つとして、彼 らが着目するのが「ジレンマ」との対峙である

(永井,2 0 0 2)

ジレンマとは、ある状況や流れの全体を構成する要素の間で矛盾や不一致が生じて いることであり、Argyris and Schön

(1 9 7 4)

はこのジレンマに向き合い検証すること によって学習が展開すると主張している

(特に pp.9 9−1 0 2)

。人間関係や事態の進捗に とって面倒な不調和や軋轢に敢えて対処することの意義に着目している点で、明らか に、Wals and HeymannArgyris and Schönは相通ずる発想に立っているし、Wals and

Heymannが着目する「葛藤」はジレンマの一つであるとも言える。違いがあるとす

れば、Argyris and Schönは効果的な行為戦略を見つけ出すことを主目的としているた め、行為の次元に比重を置いて矛盾や不整合に着目するのに対し、社会的学習理論の 文脈で議論するWals and Heymannが特に注目するのは対人関係の次元での対立や不 一致であると言えよう。

2)社会的学習と葛藤

Wals and Heymann

(2 0 0 4)

は、以上のように、持続可能性に向けた課題解決過程に おける「葛藤」の役割の重要性を強調した後、協働的な変革としての社会的学習とい う観点から葛藤の解決の過程を説明することに移る。それによると、社会的学習は、

様々な利害関係者が関わる協働的な枠組再編

(collaborative reframing)

の過程であり、

拠り所となる立場や枠組が相異なる人々による対話や協力によって、学習の力は強ま り、変化へと導くものとなるという。そこでは、共通の学習ゴールの存在と個人学習 を刺激する適切な条件の創出が必要とされ、集団

(社会)

としての学習と個人として の学習の結びつきが重視される。

つまり、人々の相互関係と目標の共有が鍵となるわけだが、協働性が成り立つかど うかは、葛藤や矛盾に関する学習がどの程度行われるかによりけりである。そこで必 要なのは、規範、価値観、関心、現実認識などをめぐる葛藤や違いを、隠すのではな く、明確にすることであり、そうすることで「見出された差異の性質や柔軟性を分析 できるようになる」

(p.1 3 0)

。そこには、人々が自らの規範や価値観などを分解し、

別の考え方や捉え方に出会い、替わりとなる新たなものを再構築するという、変革過

−9 6−

(5)

程としての学習が成り立ちうる。そして、こうした変化が進むには、単なる見解の伝 達・交換以上の対話

(dialogue)

が必要であるが、多様性や葛藤を社会的学習の原動力 として培いうるような対話は自然発生的に成り立つものではなく、注意深く準備する 必要があると指摘されている。

枠組とその分解・再編

1)枠組の類型

では、協働して再枠組みに取り組むことが変容的な社会的学習の中心過程であると して、「枠組」にはどのようなものがあるのか。Wals and HeymannGray

(1 9 9 7)

類型論およびKaufman and Smith

(1 9)

の議論をもとに、持続可能な生活に向けた社 会的学習に特に関連するものとして、次の4種類の枠組を挙げる

(Wals and Heymann, 2004, pp.1 3 2−1 3 3)

①特徴づけ

(characterization)

他者に対するステロタイプや偏見のような知覚で、個人的経験やメディアの影響 により生じ、集団間・個人間のコミュニケーションを妨げたり葛藤を生じさせた りする。

②手順の枠組

(process frame)

意思決定の手順や、手順に関する規則、透明性、接近可能性などについての捉え 方で、参加者自身の先行経験だけでなく、メディアや先導者が手順を提示する方 法にも左右される。

③成果の枠組

(outcome frame)

議論や主張を望ましい特定の成果と関連するものへと方向付ける「好ましい解決 策」で、参加者や集団の立場を反映する。

④複雑性

(complexity)

情報の価値や確度についての捉え方に関わるもので、持続可能な生活への人々の 対応の仕方に影響する。

社会的課題の解決に取り組もうとする際、何が問題であるかということだけでな く、どのような枠組が作用しているか、どのような枠組に基づいて捉えようとしてい るか、といったことも理解できなければならない。ところが、我々は自らの枠組にあ まりに囚われすぎているため、それを客観化することは容易ではな い。Wals and

Heymannは、その困難に挑むことこそが持続可能性に向けての社会的学習の中心的

−9 7−

(6)

意味と捉えているようで、「持続可能性に向けた社会的学習の本質は、葛藤に関わっ ている様々な集団や行為者が、自らの独特の枠組や自分が属する利害団体の枠組を超 越することにあるのだろう」

(p.1 3 3)

と述べている。短絡的で一面的な判断を克服で きるよう、我々は自らの依拠する枠組やその前提に気づかねばならない。しかし、こ の枠組の対象化は社会的学習の初期段階にすぎず、Wals and Heymannはその先に枠 組分解

(de-framing)

や枠組再編

(reframing)

の展開を期待しており、これらを含めた一 連の学習過程を「対話的脱構築

(dialogical deconstruction)

」として描いている。

このようなWals and Heymannの主張は、認識枠組の働きについて省察し、それを より確かなものへと洗練する「パースペクティヴ変容

(perspective transformation)

」を成 人期における重要な学習過程と考えるMezirow

(1 9 9 0,1 9 9 1)

の主張とも共鳴する。

彼は、深層の次元で作用して解釈や理解の方法を基礎づける根源的な認識枠組を「意 味パースペクティヴ

(meaning perspective)

」と呼ぶ。そして、その成り立ちの前提条件 や働きを対象化する批判的自己省察をとおして、人はより信頼度の高いパースペク ティヴへと至ることが可能であると主張する

(永井1 9 9 0,2 0 0 7)

。対話的脱構築という 方法論も、Mezirowの変容的学習の議論にとって関連性の高い考え方であると言え る。ただし、MezirowWals and Heymannも「枠組

(frame)

」とその改善が関心の焦 点となっている点では同じだが、次のような相違はある。Mezirowが最も強い関心を 寄せるのは、自らの内に潜在する根源的な枠組がどのようにその個人の中で作用する かという点であるのに対し、SLTの観点から捉えるWals and Heymannは、個人の中 での作用に対する関心も持ちつつ、より積極的には、枠組が社会的文脈の中でどのよ うに対象化され共有されてゆくかという点に関心の比重があるようだ。

2)対話的脱構築の過程

対話的脱構築は、論争的な問題をめぐる葛藤的な枠組の関係を解きほぐしてゆく段 階的な過程であるが、必ずしも直線的に進むわけではなく、循環的な学習過程となる という。その各段階は、次のように説明される

(Wals and Heymann, 2004, pp.1 3 4−1 3 6)

①方向づけ

(orientation)

取り組んでみたい関心事や課題の鍵となる問題を見つけ出し、それを自分の先行 経験や経歴に関連づける。これにより、学習過程への参加動機や目的意識が高ま る。

②枠組の気づき

(frame awareness)

見出された問題や課題に関する枠組が炙り出され、参加者たちは多様な理解の枠 組があることを理解し、意味・意義が形成される多様な文脈の中に枠組が位置づ いていることに気づく。

−9 8−

(7)

③枠組分解

(de-framing)

自分自身や利害関係者の枠組を分解する。そのためには意味解釈を解きほぐすこ

(softening and untying)

が必要で、それは自らの枠組とその社会的行為への影響 を理解することや、葛藤や代替的な枠組に接することで可能となる。

④枠組再編

(reframing)

関係者全員が共有できる共同的な枠組

(collective frame)

を共に再構成あるいは創 出することであり、対話的脱構築の中心過程とされる。これがうまくゆくために は、現状が乗り越えられた状況についての分かりやすいイメージを参加者たちが 描けなければならない。その望ましい将来が焦点化されることにより、肯定的で 脅威の少ない環境のなかで異なる枠組どうしの対比がなされ、共同的な枠組が 徐々に現れてくる。個人の枠組と共同の枠組の間に葛藤も残りうるが、分解・再 編の過程を経ることにより、個人の枠組はコミュニケーションや学習を妨げる前 提や暗黙的知識に脅かされることはなくなっている。「対話的脱構築の中心に は、個々の枠組の分解、そして参加者が共通して保持する枠組を作り出す枠組再 編の、進展的な過程がある。このことにより、その集団の中にある相反する枠組 を め ぐ る よ り 開 放 的 で、よ り 繊 細 で、よ り 情 報 豊 か な 議 論 と、駆 け 引 き

(negotiation)

から対話への緩やかな転換が可能となる。この過程は、より持続可 能な生活と構造の中心的な特徴であると言ってよいだろう」

(p.1 3 6)

⑤応用

(application)

新たに構成された枠組は、問題解決に向けた行動についての共同プランへと応用 される。

⑥評価

(evaluation)

参加者たちは、始めに見出された問題や課題がどの程度まで取り組まれたかを評 価する。また、問題が最初に枠組まれた方法の中に生じた変化を検証し、共同的 な枠組に到達しえたかを判断する。個人と集団に関する肯定的な変化の気づきは 参 加 者 に 向 上 感 を 与 え る も の で あ り、新 た に 構 成 さ れ た 枠 組 の 共 通 性

(commonality)

の評価は対話的脱構築における重要なステップである。

省察的実践

(reflective practice)

、つまり実践状況の中で「専門的な巧みさ

(professional

artistry)

」が会得される過程について論じるSchön

(1 3)

も、実践者が状況の捉え方

の枠組を再編する

(reframe)

ことの重要性に注目する

(永井,2 0 0 4)

。彼は、この省察 的実践論で注目されるようになる頃よりも以前に、気づきや推論の過程におけるメタ ファーの役割を分析する議論の中で、問題設定の枠組についての意識、枠組間の対立 への直面、そして枠組の再構成

(frame restructuring)

という過程をとおしてジレンマが 解決されうることに言及している

(Schön,1 9 7 9;永井,2 0 0 9)

−9 9−

(8)

文中でSchön

(1 9 8 3)

Schön and Rein

(1 9 9 4)

に注目していることに表れていると おり、Wals and Heymannの再枠組論はSchönの議論とも共通する部分が多い。相違 点を挙げるとすれば、枠組の対象化とその再編の流れを推進する「コミュニケーショ ン」の意味の違いであろう。先にArgyris and Schön

(1 9 7 4)

の議論に触れた際に述べ たことと同様であるが、Schönの基本関心は行為論の次元にあり、省察的実践論にお いては実践者の行為内省察

(reflection-in-action)

、つまり実践者と実践状況の間での「語 らい

(conversation)

」が鍵となる。それに対し、Wals and Heymannの議論は社会的学習 理論の文脈にあり、社会的関係のなかで展開される学習過程に焦点を置く。そのた め、対話的脱構築の過程を動かすものとしてWals and Heymannが重視するのは、社 会的他者とのコミュニケーション、つまり異なる枠組を保持する関係者の間での実際 の対話である。

3)対話的脱構築を促すもの

以上のような対話的脱構築の過程がうまく展開するための条件として、Wals and

Heymannは①ファシリテーターの役割、②参加者の動機、③多様性の涵養を挙げる

(pp.1 3 6−1 3 8)

①ファシリテーターの役割

(role of the facilitator)

ファシリテーターの役割として、Wals and Heymannは、多様な利害関係者に対し 気を配り、信頼・信用を得ること、前提や立場の違いを明確にできるよう、いずれの グループからも距離を取ること、掴みどころのない状況

(uncertain situation)

の意味を 解明できること、問題を枠組む過程に自ら取り組みつつも、自論に関しては慎重であ ることなどを挙げる。そのうえで、学習者が異なる枠組に対峙したり、代替的な枠組 を再構成したりする場合、人々の「最近接発達領域

(zone of proximal development)

」を 適切に評価し、そこに関わることが、決定的に重要となる場合があると指摘している。

旧ソヴィエト連邦の心理学者、Vytgotsky, L. S.

(1 8 9 6〜1 9 3 4)

に由来するこの用語 は、学習には指導や支援なしに独力でなされる場合と、他者からの指導や支援が伴う 場合があり、後者から前者を除いた学習が成り立つ領域、つまり社会的・共同的な関 係にあるがゆえに学習が可能となる領域を意味する。これには、新参者が共同体の実 践状況の中に徐々に加わりながら成員として必要な知識・技能を習得してゆく「正統 的周辺参加

(legitimate peripheral participation)

」の議論

(Lave and Wenger, 1991)

と共通する 面があり、Wals and Heymannのファシリテーター論は正統的周辺参加の支援論とし ても示唆的である。

②参加者の動機づけ

(motivating participants)

参加者の動機づけに関して、Wals and Heymannは、参加者の動機は持続可能な生 活に向けた社会的学習の決定的要因であると指摘し、成功例の観察が有益であるとし

−1 0 0−

(9)

ているが、あまり積極的には議論を展開していない。ただ、小さな問題を解決してゆ くことで大きな心理的効果が得られるという見解が示されており、この点は、変容的 学習論に関する主要な論点、つまり、個別具体的な事象に関する慣習化された期待の パ タ ー ン

(meaning scheme)

の 変 化 と 深 層 の 次 元 で 働 く 原 理 的 な 認 識 枠 組

(meaning perspective)

の変容との関係

(Mezirow, 1990

,

pp.1 3−1 4; Taylor, E. D., 2000

,

pp.2 9 2−2 9 4)

めぐる議論にとって示唆的である。

③多様性の涵養

(cultivating diversity)

Wals and Heymannが強調するのは、共通の枠組を共同で再構成しようとする過程

において単一主義

(singularism)

を回避することの必要である。それは、合意のないま ま特定の一つの枠組が権力的に意思決定や計画の基礎とされてしまうことであり、こ の単一主義により、勝者の立場と敗者の立場に分断される結果が生じたり、問題が直 視されないままの虚偽意識がもたらされたりする。逆に、社会集団にとって葛藤は本 来 的 で あ る と い う 前 提 に 立 つ 考 え 方 か ら す る と、推 奨 さ れ る べ き は 多 元 主 義

(pluralism)

であり、その基礎には様々な異なる枠組に対する感受性

(差異に対する敬 意と開放性)

がある。それゆえ、対話的脱構築においては、包容力があり受容的な言 葉づかいが鍵となるという。

ファシリテーターの役割とは別に、Wals and Heymannは対話的脱構築の過程を動 かす力学について説明している。それによると、その過程は、権威的に提示される規 範的・閉鎖的な枠組と共同的に創出される自主決定的・開放的な枠組が出会う場にお いて、トップダウンの力とボトムアップの力の弁証法、あるいは開かれた学習と閉じ ら れ た 学 習 の 弁 証 法 が 原 動 力 に な っ て 展 開 す る と さ れ る。そ の 場 合、Wals and

Heymannの主張としては、どちらか一方の観点や方法が適切というわけではなく、

持続可能な生活に向けた学習過程は解放的であることも道具的であることもあり、普 遍的な専門知識が有益である場合もあればローカルな文脈的知識が有益な場合もある という。すなわち、様々な考えや立場の人々が率直に向かい合って、「対決が調停さ れ、枠組の設定・分解・再編が行われることにより、問題になっている事柄について の理解が、そしてその問題の解釈のために社会の様々な集団が用いる枠組についての 理解が改善されてゆく」

(pp.1 3 8−1 3 9)

のであり、そこでは解放的なモードの学習と 道具的なモードの学習も必要なのである。

4)持続可能教育

以上のとおり、Wals and Heymannは、学習過程の主要な構成要素として葛藤に着 目し、その過程を促す方法として対話的脱構築を提起する。最後にWals and Heymann は、このような考え方が「持続可能教育

(sustainability education : SE)

」に対して示唆す る留意点や課題を挙げながら終えている

(pp.1 3 9−1 4 1)

。それらを要約して示すと、

−1 0 1−

(10)

以下のとおりである:

)持続可能性教育の鍵的な狙いは、人々が自らの枠組と他者の枠組それぞれの性 質と相対性について認識できるように促し、相互に受容可能な問題解決へと向 かわせる枠組再編の過程に関与させることである。

「何かについての教育」とは違い、「何かのための教育」は本質的に政治的であ り民主主義と参加の問題に関わる、ということをSEは考慮すべきである。そ れは、生じるべき学習の内容や方向性についての意思決定過程の在り方が問わ れるということでもある。

)民主主義と参加が尊重されるためには、力関係についての配慮も必要である。

声の小さい立場や未組織の人々にとって、学習過程における公式の言語や討論 技術が障壁となることが多く、万人にとって更に馴染みやすい学習過程が開発 されるべきである。

)人々は多様な文脈において学びうるのであり、従来の環境教育はその一部にす ぎないことが認識される必要がある。ニーズ、願望、未来、存在、環境などに ついて論じあう場では、ファシリテーターの関与により社会的学習が生じる可 能性があり、その過程を促す試みの代表例が対話的脱構築である。

)SEに携わる者は、より一層の思想の多様性を追求し、人々が自らの中核的価 値、実践、確立された生活様式などに対峙する機会を提供するべきである。持 続可能な生活のための教育は、思想の多様性が許容される社会的学習の場を創 出するようなものであるべきである。

おわりに

以上、変容的・省察的な方向性を有する社会的学習理論の具体例として、Wals and

Heymann

(2 0 0 4)

の議論に注目し、その読解を試みた。持続可能な社会や生活の実現

という大目的が共有されていたとしても、活動や学習の場に集まる人々の間では、具 体的な論点や課題に関する意味づけや価値認識の枠組が様々に異なっている。Wals

and Heymannは、そのような相異なる枠組が生じさせる葛藤や矛盾こそが問題解決に

向かう過程の出発点であると捉え、枠組を分解し共同で再編してゆく対話的脱構築の 過程を変革的な社会的学習の過程として提起する。彼らの主張には、Argyris and Schön

(1 9 7 4)

,Mezirow

(1 9 9 1)

,Schön

(1 9 7 4)

などが展開してきた議論との共通点を見出す ことができる。ただ、本稿においては、その共通性を素描するに過ぎなかったので、

それぞれの間の理論的な関係の詳細な検討は今後の課題である。

そのような課題への取り組みも含め、変容的・省察的なSLTについて探究してゆ くことは、消費者教育を有意義なものとして展開することに大いに資するものと思わ

−1 0 2−

(11)

れる。というのも、消費者の日常の態度や関心の変化に少しも繋がることがなく、形 だけの指導や「知識」レベルの学習に終始するなら、消費者教育・消費者学習の意味 はほとんど無いからだ。持続可能性が今日の消費者教育の基本価値であるとして、持 続可能な社会や生活に対して無関心であったり消極的であったりする消費者がどのよ うに認識や態度を転換しうるか、その支援の方法原理として期待できるのが変容的・

省察的なSLTであろう。

引用・参照文献

Argyris, C. and Schön, D. A. (1974[1992]) Theory in Practice : Increasing Professional Effectiveness.

San Francisco : Jossey-Bass. [Jossey-Bass Classics, 1992]

Bandura, A. (1977) Social Learning Theory. Upper Saddle River, NJ : Prentice Hall.

Gray, B. (1997) Framing and reframing of intractable environmental disputes. In : Lewicki, B, Bies, R.

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Kaufman, S. and Smith, J. (1999) Framing and reframing in land use change conflicts. Journal of Architecture, Planning and Research, Special Issue on Managing Conflict in Planning and Design.

16(2), pp. 164−180.

Lave, J. and Wenger, E. (1991) Situated Learning : Legitimate Peripheral Participation. Cambridge : Cambridge University Press.

McGregor, S. (2007) Sustainability through vicarious learning : Reframing consumer education. In : Wals, A. E. J. (ed.), Social Learning Towards a Sustainable World : Principles, Perspectives, and Praxis. Wageningen, The Netherlands : Wageningen Academic Publishers.

Mezirow, J. (1990) How critical reflection triggers transformative learning. In : Mezirow, J. and Associates (eds.), Fostering Critical Reflection in Adulthood : A Guide to Transformative and Emancipatory Learning. San-Francisco : Jossey-Bass.

Mezirow, J. (1991) Transformative Dimensions of Adult Learning. San-Francisco : Jossey-Bass.

永井健夫(1 9 9 0) 「認識変容としての成人の学習―J. Mezirow の学習論の検討―」 『東京大学教 育学部紀要』第2 9巻(1 9 8 9年度) ,pp.3 3 1−3 3 9.

永井健夫(2 0 0 2) 「 『省察的実践論』の検討(Ⅱ)―『ジレンマ』との出会い―」 『山梨学院大 学一般教育部論集』第2 4号,pp.5 1−7 5.

永井健夫(2 0 0 4) 「省察的実践論の可能性」日本社会教育学会編『成人の学習と生涯学習の組 織化』 (講座 現代社会教育の理論Ⅲ)東洋館出版社.

永井健夫(2 0 0 7) 「変容的学習と『成人性』の関係をめぐる試論」 『大学改革と生涯学習』 (山 梨学院生涯学習センター紀要)第1 1号,pp.1 0 7−1 1 6.

永井健夫(2 0 0 9) 「Schön の生成メタファー論に関する研究ノート」 『大学改革と生涯学習』

(山梨学院生涯学習センター紀要)第1 3号,pp.8 3−9 5.

永井健夫(2 0 1 4) 「消費社会における成人の学習の意義に関する研究ノート(Ⅱ)―消費者教 育の方法論的基礎としての社会的学習理論―」 『大学改革と生涯学習』 (山梨学院生涯学習

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センター紀要)第1 8号,pp.1 1 9−1 2 5.

Schön, D. A. (1979) Generative metaphor : A perspective on problem-setting in social policy. In : Ortony, A. (ed.), Metaphor and Thought. New York : Cambridge University Press.

Schön, D. A. (1983) The Reflective Practitioner : How Professionals Think in Action. New York : Basic Books.

Schön, D. A. and Rein, M. (1994) Frame Reflection : Toward the Resolution of Intractable Policy Controversies. New York : Basic Books.

Taylor, E. W. (2000) Analyzing research on transformative learning theory. In : Mezirow, J. and Associates (eds.), Learning as Transformation : Critical Perspectives on a Theory in Progress. San- Francisco : Jossey-Bass.

Wals, A. E. J. and Heymann, F. (2004) Learning on the edge : Exploring the change potential of conflict in social learning for sustainable living. In : Wenden, A. L. (ed.), Educating for a Culture of Social and Ecological Peace. Albany, N. Y. : State University of New York Press.

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図 市民的関与の在り方と持続可能性

参照

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