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ピアノ教育における中級者の視線移動と演奏エラー -初見から完成までの演奏の変化による学習効果と演奏指導へのアプローチ-

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* 愛知江南短期大学(Aichi Konan College)

  兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科学生(Doctoral program student of the Joint Graduate School in Science of School Education, Hyogo University of Teacher Education)

兵庫教育大学 教育実践学論集 第21号 2020年 3 月 pp.61−73 1.はじめに  ピアノを練習する際の演奏者の視線移動は,暗譜での 演奏を除くと,楽譜と 盤との間の視線移動を繰り返し ている。演奏エラーを起こした場合,演奏の流れも崩れ るが,視線移動の流れも崩されていると考えられる。な ぜなら,楽譜を見ながら演奏する場合,演奏エラーを回 避するために, 盤に視線を移動させるからである。また, 演奏エラーを低減させるために練習を行い,短時間で仕 上げる場合,視線移動を工夫し,演奏エラーの低減を行っ ていると思われる。視線移動をスムーズに行うことは, 演奏エラーの低減につながると考えられる。  ピアノを演奏している最中に,演奏音の弾き間違いや 弾き直しをはじめ,さまざまな演奏エラーを起こすこと はそれほど珍しいことではない。初見視奏の場合やピア ノ学習初心者であれば,この頻度はさらに高くなるであ ろう。演奏時のエラーを少しでも減少させることは,演 奏の完成度を高めることにつながり,また,ピアノ学習 初心者にとっては,どのような練習をしたら,演奏エラー を低減できるのかを考えながら学習することが,上達へ の一歩となる。なお,演奏エラーには,打 の位置を間 違えるだけでなく,音の長さを間違える,拍子を勘違い する,調性を見落とす等の多くの種類があるが,本研究 では,①楽譜と異なるキーの音を演奏する「音の高さ違 い」,②音の長さが楽譜と異なる「音の長さ違い」,③「弾 き直し」,④「音の欠落」,⑤異なる音符で演奏する「音 符が異なる」の5つを扱う。  演奏エラーを減少させるための一つの方策は,演奏エ ラー時の視線移動の様相を明らかにすることであろう。 正しく演奏できている時に比べて,演奏エラー時に特殊 な視線移動があれば,それを取り除くことで演奏エラー を防止できるはずである。また,演奏エラー後の視線移 動は弾き直しの際の再エラー防止の視線移動であり,演 奏エラーがなくなった場合に工夫された視線移動があれ ば,その視線移動は演奏エラー防止に有効であろう。演 奏時,何らかの演奏エラーが起きた時,演奏者は視線を どのように動かしているのであろうか。  これまでに多くの視線移動に関する研究があり,上級 者は初心者よりも楽譜を先読みすることを明らかにした Slobodaの研究(1974,1976)(1)(2)は先駆的な研究である。 この後, Furneaux & Land(1999)(3)は,熟達者と非熟達

ピアノ教育における中級者の視線移動と演奏エラー

-初見から完成までの演奏の変化による学習効果と演奏指導へのアプローチ-

夏 目 佳 子*

(令和元年6月12日受付,令和元年12月10日受理)

Eye Movement and Performance Errors in Piano Education

An Approach to Learning Effects and Piano Instruction through Performance Changes

from Sight-Reading to Playing after Practice

NATSUME Yoshiko*

The purpose of this study is to demonstrate the correspondence of intermediate piano players to performance errors. A musical piece with parts often leading performers into errors was utilized to clarify the following three areas: (1) performance movements after errors, (2) eye movements before and behind performance errors and (3) correspondence to errors in the sight-reading. In the sight-reading many performance errors were made. There were two performance movements after errors, playing again and performance continuation . The number of eye movements from score to keyboard and from keyboard to keyboard exceeded 20 times. After practice performance errors and the number of eye movements were decreased. The timing checking the keyboard became earlier to prevent performance errors. The early keyboard confirmation is effective in preventing performance errors. It's important to practice a piano performance with the consciousness checking a keyboard at about 1 beat before playing the keyboard.

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者を比較し,熟達者の先読みは約4音先で,非熟達者で は約2音先であることを明らかにした。また, Penttinen, Huovinen & Ylitalo(2015)(4)の研究によれば,教育専攻と 演奏専攻の被験者において,先読み拍数は1拍までが多い とされる。これらは,楽譜上の先読みを検討している。  一般的な演奏エラーに関しては, 盤上で手が移動す る場面では,視線を楽譜から 盤へ移すため,初心者の エラーが多い(Lehmann & Ericsson 1996)(5)といった報 告や, 盤を遮られると上級者でもエラーが増加する (Banton 1995,Lehmann & Ericsson 1996)(6)(5)等に見られ るように,演奏エラー自体への言及はなされている。また, 筆者はこれまでに左右どちらかの手の演奏音の跳躍が大 きい箇所における初見視奏の際の演奏エラーと視線移動 について検討をしてきた(夏目 2019)(7)。その結果,上級 者と中級者は,音の跳躍する演奏箇所に入る前に,演奏 エラー防止のため,ほとんどの場合 盤を確認すること が明らかになった。そして, 盤の早い確認がエラー回 避に寄与することが示唆された。  しかしながら,初見視奏で演奏エラーを起こした箇所 での視線移動と同じ箇所を練習後に演奏した際の視線移 動がどのように変化するのか,その視線移動と演奏エラー にどのような関連があるのかについてはほとんど検証さ れていない。言い換えれば,初見視奏に演奏エラーを起 こした箇所を,どのように練習するのか,どのようにエ ラーを克服するのか,その際,視線はどのように移動し ているのか,といったことを明らかにする必要がある。  そこで本研究では,演奏エラーを意図的に発生させる ような実験の課題曲を用いた実験を行い,演奏者たちの 演奏エラー前後の視線移動と演奏動作,演奏エラーへの 対応の仕方を明らかにすることとした。具体的には,初 見視奏後に短時間で楽曲を仕上げるという条件を課し, 以下の3点を明らかにすることを目的とした。(1)演奏エ ラー後の演奏動作,(2)演奏エラー前後の視線移動,(3) 初見視奏時に演奏エラーを起こした箇所への対応の3点で ある。 2.実験の方法 2.1 実験装置  実験機材として,グランドピアノ1台とビデオカメラ3 台(Panasonic HC-V550M,Panasonic HC-360M,Canon HF R42)を使用した。実験装置の構成は図1である。視線方 向を撮影するために,ピアノの上,譜面台の左右にビデ オカメラを1台ずつ設置した。また,手元撮影用に研究協 力者の右方向に1台のビデオカメラを設置した。 2.2 研究協力者  研究協力者は,演奏技量レベルにより区分した中級者4 名で,教育系音楽の学生である。本研究での中級者は,ツェ ルニー作曲『30番練習曲』程度の楽曲を演奏できるレベ ルである。4名の研究協力者は,中級者レベルに相当する 楽曲演奏に習熟している。研究協力者を中級者レベルと したのは,教育系音楽の学生の多くが中級者レベルであ り,教育系音楽の学生のピアノ演奏指導の指針を明らか にしたいためである。4名の研究協力者の内2名を抽出し 事例的に検討した。この中級者2名は,初見視奏において 実験の課題曲の「演奏エラーを発生しやすい箇所」のす べてで演奏エラーを起こし,練習後の演奏において「演 奏エラーを発生しやすい箇所」で演奏エラーをほとんど 起こさなかった研究協力者で,練習方法も異なっていた。 表1が,研究協力者のプロフィールである。 2.3 手続き  研究協力者一人ずつを対象とした個別実験を実施した。 まず1分間,新曲を譜読みさせた後,一度通して演奏させ た(初見視奏)。譜読みにあたって,研究協力者に手と指 を動かさないよう指示を与えた。実際には,2名の研究協 力者は,手と指を動かさずに譜読みを行っていた。初見 視奏後,楽曲を人前で演奏することを前提に練習をさせ, 練習後に完成曲として,通して演奏させた(完成演奏)。 練習時間として,実験の課題曲の難易度を考慮し,最大 20分間を与えた。 図 1 実験装置の構成 表 1 研究協力者のプロフィール

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2.4 実験の課題曲  ソナチネ程度の楽曲をあたらしく作成した。実験の課 題曲の楽譜は,3段8小節の構成で,実験の課題曲の楽譜 には,演奏エラーを発生しやすい箇所(以降「演奏エラー 誘起箇所」と記す)として,①音程の広い箇所,②細か い動き(十六分音符),③加線のある音の3つのパターン を取り入れた。演奏エラー誘起箇所に関しては,本実験 と同程度のピアノ学習歴の研究協力者を対象とした予備 実験を実施し,演奏エラーが生じやすい箇所であること を確認している。  上述の演奏エラー誘起箇所を,各パターン2箇所合計6 箇所取り入れた。演奏エラー誘起箇所を含む小節を「演奏 エラー誘起小節」とする。演奏エラー誘起小節の楽譜を 以下に示す。図中の□で囲ってある部分が演奏エラー誘 起箇所である。譜例1は,②左手に細かい動き(十六分音 符)がある楽譜で,譜例2は,①右手に音程の広い箇所が ある楽譜である。譜例3は,①左手に音程の広い箇所があ る楽譜で,譜例4は,③右手に加線のある音の楽譜である。 譜例5は,②右手に細かい動き(十六分音符)がある楽譜 で,譜例6は,③左手に加線のある音の楽譜である。左右 に演奏エラー誘起箇所を同じ回数になるよう,実験の課 題曲を作成した。譜例7が作成した実験の課題曲である。 2.5 解析方法  演奏エラーのうち,本実験では,すでに述べた以下の5 つに焦点をあてる。①「音の高さ違い」,②「音の長さ違い」, ③「弾き直し」,④「音の欠落」,⑤「音符が異なる」の5 つである。①には,調号や臨時記号を忘れている場合を 含めている。②の「音の長さ違い」は,楽譜の音符の長 さの1.5倍以上の演奏音を演奏エラーとした。演奏エラー の詳細な解析は,演奏エラー誘起箇所を含む拍で行った。  初見視奏と完成演奏の際の演奏エラーは,ピアノの譜 面台左右に設置した2台のビデオカメラの映像を中心に VideoStudio X8を使用し解析した。練習の様子は,同じく ビデオカメラの映像をVideoStudio X8を使用し解析した。 VideoStudio X8では,1秒は30フレームに分割されている。  視線位置は,黒目の動きと黒目の向いている方向によ り,楽譜を見ている, 盤の左方向,中央,右方向を見 ているかを特定した。 譜例 1 演奏エラー誘起小節(2 小節) 譜例 2 演奏エラー誘起小節(3 小節) 譜例 3 演奏エラー誘起小節(4小節) 譜例 4 演奏エラー誘起小節(5 小節) 譜例 5 演奏エラー誘起小節(6 小節) 譜例 6 演奏エラー誘起小節( 7小節)

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3.実験結果と考察  2名の研究協力者について初見視奏,練習,完成演奏と 時系列にしたがってビデオ映像を観察し,「演奏エラーの 発生回数と発生箇所」,「演奏エラー後の演奏動作」,「演 奏エラー箇所の視線移動の変化」の3点について解析を実 施した。 3.1 研究協力者A  ピアノ学習歴:8年  演奏技量レベル:中級者    ツェルニー作曲『30番練習曲』の10番程度  課題曲の演奏テンポ:    初見視奏は44bpm程度    完成演奏は52bpm程度 3.1.1 初見視奏  初見視奏時に,全体で27回の演奏エラーを起こした。「音 の長さ違い(「前音延長」を含む)」が13回,「弾き直し」 が9回,「音符が異なる」が2回,「音の欠落」が2回,「音 の高さ違い」が1回であった。27回の内の19回は,演奏 エラー誘起箇所を含む拍で起こった。19回の内訳は,「音 の長さ違い(前音延長)」が6回,「音の長さ違い」が5回, 「弾き直し」が3回,「音符が異なる」が2回,「音の欠落」 が2回,「音の高さ違い」が1回であった。「音の長さ違い(前 音延長)」は,「音の長さ違い」のエラーの中で演奏エラー 誘起箇所の注目する音の前の音の長さをエラーしたもの である。演奏エラー誘起箇所の注目する音の前の音の延 長は,演奏エラー誘起箇所の 盤確認と視線移動に影響 があると考えられる。そこで,「音の長さ違い(前音延長)」 (以降「前音延長」と記す)を別の項目として演奏エラー 回数を計測した。  また,楽譜と 盤間の視線移動と 盤から 盤への視 線移動の合計回数は44回であった。  研究協力者Aの初見視奏の演奏エラー誘起箇所を含む 拍における演奏エラーと視線移動,エラー後の演奏動作 の結果を表2にまとめた。演奏エラーと視線移動について の詳細は,以下のとおりである。音の高さの表記は,ア ルファベットと数字の組み合わせで表記する。アルファ ベットは音名を表し,数字は音が属する音域を表してい る。また, 盤の表記については, 盤の中央あたりを 中 盤,それより右側の 盤を右 盤,中 盤より左側 の 盤を左 盤と本研究では表記する。 【2小節】:左手の十六分音符(1拍から2拍目)  2小節の1拍目を演奏する前に,前音の1小節の最後の 右手のB4の音を延長し,1拍目の左 盤を確認した。1拍 目の演奏時は,楽譜を見ていた。左手の十六分音符を八 分音符で演奏し「音符が異なる」エラーを起こした。2拍 目を演奏している時に左 盤を見た。しかし,2拍目の左 手を弾き直した。1拍目と2拍目で左 盤を確認するもの の,おおむね楽譜を見ていた。「前音延長」エラーと「音 符が異なる」エラー,「弾き直し」エラーを起こした。 【3小節】:右手の広い音程(1拍から2拍目)  前音の2小節最後の左手の音F♯3を延長しながら,楽 譜→左 盤→楽譜→右 盤→楽譜と視線を移動した。右 手のD6の音を打 する0.25拍前に右 盤を確認した。そ の後D6の音を延長したまま,左 盤を確認した。2拍目 の拍の裏で,音を延長しながら左 盤→右 盤と視線を 移動した。「前音延長」エラーと「音の長さ違い」エラー を起こした。 【4小節】:左手の広い音程(1拍から2拍目)  3小節最後の右手の音B4を延長し,1拍目の左 盤を確 認した。楽譜を見てから1拍目の左手E3の音を演奏した 譜例 7 実験の課題曲

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後,2拍目のC2の音の左 盤を打 の0.5拍前に確認した。 C2の音を正しく演奏する際は楽譜を見ていた。A3の音を 演奏する0.25拍前に中 盤を確認したが,A3の演奏音は 長かった。A3の音を延長している間,視線は右 盤→楽 譜→左 盤→楽譜と移動した。「前音延長」エラーと「音 の長さ違い」エラーを起こした。 【5小節】:右手の加線の音(1拍から2拍目)  4小節4拍目の音G5とG3を弾き直した。1回目を弾い た後に左 盤を確認して弾き直し,2回目を弾いた後に右 盤を確認した。1拍目は右手のみの演奏になった。その 後,C3の音の左 盤を確認し,右手のE6D6の音を正し く演奏し直したが,再度C3の左 盤を確認しながら,右 手のE6D6の音を弾き直した。2拍目の拍の裏のC6の音を 長めに演奏している間に,左 盤→楽譜→右 盤→楽譜 と視線を移動した。「音の欠落」エラーと「弾き直し」エ ラー,「音の長さ違い」エラーを起こした。 【6小節】:右手の十六分音符(1拍から2拍目)  前音の5小節最後の左手の音のA3を延長し,1拍目の右 盤を確認した。しかし,1拍目の右手の音を間違えた音 で繰り返し演奏した。その間,視線は楽譜を見続けていた。 その後,正しい音B4A♯4B4C5で弾き直した。その最後 のC5の音を延長しながら,左 盤を確認した。2拍目を 正しい音で楽譜を見ながら演奏し,最後のD♯5の音を延 長しながら,左 盤を見た。「前音延長」エラーと「音の 高さ違い」エラー,「弾き直し」エラー,「音の長さ違い」 エラーを起こした。 【7小節】:左手の加線の音(1拍から2拍目)  前音である6小節最後の音のG5とC2を延長する間に左 盤→右 盤→楽譜→左 盤→楽譜と視線を移動し, 盤を確認した。1拍目を演奏している間に,左 盤→楽譜 →右 盤→楽譜→左 盤→楽譜と視線を移動した。2拍目 を演奏している間に,右 盤→楽譜→左 盤→楽譜と視 線を移動した。2拍目左手は音を演奏しないで,そのまま 先へ進んだ。「前音延長」エラーと「音の欠落」エラーを 起こした。 3.1.2 練習  練習は,練習時間20分間をすべて使用し,練習を早く 切り上げることはなかった。  練習の方法は,最初に右手のみ全体を弾いた。その後, とくに6小節を中心に,抜き出した箇所を何度も繰り返し 練習した。さらに,もう一度右手のみを演奏した。次に, 左手のみの練習をした。2小節を何度も弾き,4小節も弾 き直した後,最初から通して演奏した。続いて,右手の み全体を演奏した。右手と左手の練習をした後に両手の 練習をした。さらに,曲の最初から演奏しながら,途中 で演奏エラーするとその箇所を繰り返しその場で練習す る場合もあった。演奏エラー誘起箇所は,繰り返し練習 していた。楽譜と 盤を細かく繰り返し見ることにより, 楽譜の音と 盤の位置を関連付けている。楽譜と 盤の 視線移動を繰り返しながら練習していた。  演奏エラー誘起小節での特徴的な練習の詳細は,以下 のとおりである。 【2小節】  音を間違えた部分を抜き出して繰り返し練習し,音の 違いを修正していた。視線は, 盤→楽譜→ 盤→楽譜 を繰り返し移動していた。 盤確認のタイミングは,左 手のみの練習の際には,0.5拍程度前に 盤を見ていた。 【3小節】  音の離れているD6の 盤位置を確認していた。楽譜と 盤の視線移動を繰り返しながら練習した。 【4小節】  左手のE3C2A3で,楽譜と 盤の視線移動を繰り返した。 片手の練習を繰り返し練習した。 【5小節】  練習を繰り返した後,右手のみの場合,約0.75拍前に 右 盤を見ていた。 【6小節】  おもに右手を繰り返して練習していた。間違いを修正 する時は,楽譜を見ながら演奏していた。練習を繰り返 した後,右手のみの場合,約0.5拍前に 盤を確認した。 【7小節】  左手のE2A1B1D2を,片手で繰り返し練習した。さらに, 両手も繰り返し練習した。 3.1.3 完成演奏  完成演奏では,演奏エラーは演奏エラー誘起箇所を含 む拍での1回のみであった。演奏エラー誘起箇所の検討箇 所と反対の手の演奏音を異なる音で演奏したが,そのま ま演奏を継続した。また,楽譜と 盤間の視線移動と 盤から 盤への視線移動の合計回数は28回であった。  演奏エラーが大幅に減少し,視線移動回数も減少して いるので,20分の練習時間で十分曲が仕上がったと考え られる。  表3に,研究協力者Aの完成演奏の演奏エラー誘起箇所 を含む拍における演奏エラーと視線移動,エラー後の演 奏動作の結果をまとめた。演奏エラーと視線移動の詳細 は,以下のとおりである。 【2小節】:左手の十六分音符(1拍から2拍目)  1拍目のC5とE3の音を打 する1拍前に左 盤→右 盤を続けて確認した。1拍目の拍の裏で左 盤を確認した。 その後楽譜を見て,2拍目の拍の裏で左 盤→右 盤→左 盤と続けて 盤を確認した。演奏する音符は,正しい 十六分音符に修正されていた。演奏エラーはなかった。 【3小節】:右手の広い音程(1拍から2拍目)  1拍目のG4の音を演奏している時に,次の音D6の右

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盤を確認した。打 の0.5拍前であった。左手のB2をD3 と間違えて演奏したが,そのまま先へ演奏を進めた。右 手の広い音程とは逆の左手での演奏エラーであるが,「音 の高さ違い」エラーを起こした。 【4小節】:左手の広い音程(1拍から2拍目)  3小節4拍目の拍の裏の半分の長さのところで,1拍目 の左 盤を確認した。打 の0.25拍前であった。続いて1 拍目の拍の裏で次に打 する 盤を,左 盤→中 盤(左 手の演奏する音)と続けて確認した。打 の0.5拍前であっ た。その後楽譜を見て,2拍目の拍の裏で打 の0.5拍前 に左 盤を確認した。演奏エラーはなかった。 【5小節】:右手の加線の音(1拍から2拍目)  4小節4拍目で,1拍目の 盤を右 盤→左 盤と確認 した。打 の0.75拍前であった。演奏エラーはなかった。 【6小節】:右手の十六分音符(1拍から2拍目)  5小節4拍目の拍の裏で,打 の0.5拍前に1拍目の右 盤を確認した。演奏エラーはなかった。 【7小節】:左手の加線の音(1拍から2拍目)  6小節4拍目の拍の裏で,打 の0.5拍前に1拍目の 盤 を確認した。続いて演奏する1拍目の拍の裏の 盤は打 の0.5拍前に確認した。この間,左 盤→右 盤→左 盤 と続けて 盤を確認し,楽譜は見なかった。演奏エラー はなかった。 3.1.4 初見視奏と完成演奏の演奏エラーと視線移動  演奏エラーは,練習により低減できた。初見視奏では 全体で27回あった演奏エラーは,完成演奏では1回であっ た。演奏エラー誘起箇所を含む拍では,初見視奏で19回 あった演奏エラーは,完成演奏では1回に減少していた。 とくに顕著だったのは, 盤確認の視線移動のタイミン グが早くなっていた。初見視奏では前音を延長して次の 音の 盤の位置を確認する場合が多く見受けられたが, 完成演奏ではほとんどの演奏エラー誘起箇所で 盤確認 は打 のおよそ0.5拍前に行われていた。また,演奏音を 繰り返し弾き直すこともなくなっていた。練習を重ねる ことで,視線移動の動きがスムーズになり,先読みを十 分意識し,楽曲の流れを認識しながら演奏できるように なったと思われる。練習での試行錯誤の末,演奏エラー を防止するために「早めの 盤確認」という方策に到達 したと思われる。「早めの 盤確認」により演奏エラーを 回避している。  視線移動は,練習により低減できた。初見視奏では全 体で44回あった視線移動は,完成演奏では28回であった。 28回はまだ少なくない回数ではあるが,練習することで, 手の位置感覚が向上し,確認回数が減少したと考えられ る。その結果,より楽譜に集中して演奏することができ, 演奏がよりスムーズになり,演奏エラーの低減につながっ たと考えられる。 3.2 研究協力者B  ピアノ学習歴:15年  演奏技量レベル:中級者    ツェルニー作曲『30番練習曲』の30番程度  課題曲の演奏テンポ:    初見視奏は60bpm程度    完成演奏は66bpm程度 3.2.1 初見視奏  初見視奏時に,全体で14回の演奏エラーを起こした。 「弾き直し」が8回,「音の長さ違い(「前音延長」を含む)」 が5回,「音の高さ違い」が1回であった。14回の内の9 回は,演奏エラー誘起箇所を含む拍で起こった。9回の内 訳は,「弾き直し」が4回,「前音延長」が2回,「音の長 さ違い」が2回,「音の高さ違い」が1回であった。  また,楽譜と 盤間の視線移動と 盤から 盤への視 線移動の合計回数は21回であった。  表4に,研究協力者Bの初見視奏の演奏エラー誘起箇所 を含む拍における演奏エラーと視線移動,エラー後の演 奏動作の結果をまとめた。演奏エラーと視線移動につい ての詳細は,以下のとおりである。 【2小節】:左手の十六分音符(1拍から2拍目)  1拍目の打 の0.5拍前に左 盤を確認した。左手の E3C4G3C4の最後のC4の音を延長していた。「前音延長」 エラーを起こした。 【3小節】:右手の広い音程(1拍から2拍目)  1拍目に入る前の 盤確認はなかった。1拍目のG4の音 は正しい音であったが弾き直した。初めのG4の音の演奏 中に中 盤→左 盤を確認した。さらに,G4を弾き直し する間に,次のD6の右 盤を確認し,D6へと演奏を進め た。「弾き直し」エラーを起こした。 【4小節】:左手の広い音程(1拍から2拍目)  0.5拍前に2拍目のC2の左 盤を確認したが,C2の音を 弾き直した。弾き直しの前に 盤から視線を移動し 盤 を確認した。また,A3の音の演奏が長かった。「弾き直し」 エラーと「音の長さ違い」エラーを起こした。 【5小節】:右手の加線の音(1拍から2拍目)  1拍 目 の 音 の 右 盤 を 打 の1拍 前 に 確 認 し た。 E6D6E6C6のC6の音を延長した。「音の長さ違い」エラー を起こした。 【6小節】:右手の十六分音符(1拍から2拍目)  5小節最後の左手A3の音を延長したが,右手の箇所で 間違った音を繰り返し演奏した。間違っていた間楽譜を 見続け 盤の確認をしなかった。弾き直しの後,B4に戻っ て演奏を先に進めた。「前音延長」エラーと「音の高さ違い」 エラー,「弾き直し」エラーを起こした。 【7小節】:左手の加線の音(1拍から2拍目)  打 の0.5拍前に1拍目の左 盤を確認した。両手で演

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奏しているが,左手を弾き直した。視線は,左 盤→楽 譜→右 盤→楽譜と移動した。「弾き直し」エラーを起こ した。 3.2.2 練習  練習時間は17分25秒であった。十分に練習でき,曲が 完成したと判断して練習を早く切り上げたと思われる。  練習の方法は,基本的に両手で全体を練習している。 全体練習の中で,右手と左手を片手ずつ練習する場合も あり,抜き出した箇所を右手と左手で繰り返し練習する 場合もあった。両手で練習している時には最初から演奏 することが多かったが,3小節は何度も繰り返し両手で練 習していた。  演奏エラー誘起小節での特徴的な練習の詳細は,以下 のとおりである。 【2小節】  両手で練習したが,左手を間違え,間違えた後は楽譜 を見ながら繰り返し練習した。  楽譜を見て演奏する場合が多かったが,練習後半は音 を覚えて演奏していた。 【3小節】  両手で練習していた。右手のG4D6の 盤の位置を繰り 返し確認していた。 【4小節】  両手で練習し,左手のC2とA3の両方の 盤を,演奏 する前に確認していた。この左手のC2とA3の箇所は, 片手でも練習した。  楽譜と 盤の視線移動を繰り返した。 【5小節】  両手の練習と右手のみの練習ともに,右 盤を確認し 繰り返し練習した。 【6小節】  両手での練習,右手のみの練習ともに,楽譜を見て繰 り返し練習した。右手の十六分音符を間違えた際も楽譜 を見ていた。  両手での練習で,右手ではなく,左手の 盤の位置を 確認して演奏した。 【7小節】  両手で練習していた。音を間違えて演奏し, 盤を確 認した。 3.2.3 完成演奏  完成演奏での演奏エラーは1回であった。演奏音を異な る音で演奏し,続けて正しい音を演奏し,そのまま続け て先に演奏を進めた。演奏エラーは演奏エラー誘起箇所 で起きていた。また,楽譜と 盤間の視線移動と 盤か ら 盤への視線移動の合計回数は16回であった。  完成演奏で演奏エラーが大幅に減少したことと視線移 動回数が減少したことで,17分25秒の練習時間で曲は十 分仕上がったと考えられる。  表5に,研究協力者Bの完成演奏の演奏エラー誘起箇所 を含む拍における演奏エラーと視線移動,エラー後の演 奏動作の結果をまとめた。演奏エラーと視線移動の詳細 は,以下のとおりである。 【2小節】:左手の十六分音符(1拍から2拍目)  打 の1拍前に1拍目の音の左 盤を確認した。演奏エ ラーはなかった。 【3小節】:右手の広い音程(1拍目から2拍目)  1拍目の音の打 の0.5拍前に中 盤を確認した。1拍目 の拍の裏の音は打 の0.5拍前に右 盤を確認した。演奏 エラーはなかった。 【4小節】:左手の広い音程(1拍から2拍目)  2拍目の音は,打 の1拍前に左 盤を確認した。演奏 エラーはなかった。 【5小節】:右手の加線の音(1拍から2拍目)  1拍目の音は,打 の0.75拍前に右 盤を確認した。こ の音では演奏エラーは起こさなかった。右手の1拍目の拍 の裏の音をC6D6と音の高さを間違えたが,そのまま先へ 演奏を進めた。「音の高さ違い」エラーを起こした。 【6小節】:右手の十六分音符(1拍から2拍目)  1拍目の音は,打 の0.75拍前に右 盤を確認した。 十六分音符の演奏中には,左 盤を確認していた。演奏 エラーはなかった。 【7小節】:左手の加線の音(1拍から2拍目)  1拍目の音は,打 の0.5拍前に左 盤を確認した。演 奏エラーはなかった。 3.2.4 初見視奏と完成演奏の演奏エラーと視線移動  演奏エラーは,練習により低減できた。初見視奏では 全体で14回あった演奏エラーは,完成演奏では1回であっ た。演奏エラー誘起箇所を含む拍では,初見視奏で9回あっ た演奏エラーは,完成演奏では1回に減少していた。練習 後の完成演奏において,初見視奏に比べると,視線移動 が早めになっている。初見視奏では,打 の前に 盤を 確認できなかった演奏エラー誘起箇所があったが,完成 演奏では,6箇所すべての演奏エラー誘起箇所において打 の0.5拍から1拍前に 盤を確認していた。  また,初見視奏では,演奏音を途中で延長させ次の音 を演奏した箇所があったが,完成演奏では,音を延長し て演奏する箇所がなくなり,延長しないで演奏できてい た。練習で試行錯誤を繰り返し,演奏エラーを防止する 方策として「早めの 盤確認」に到達したと思われる。「早 めの 盤確認」により演奏エラーを回避している。  視線移動は,練習により低減できた。初見視奏では全 体で21回あった視線移動は,完成演奏では16回であった。 練習を積み重ねることで,手の位置感覚が向上し,確認

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回数の減少に結びついたと考えられる。 盤の確認回数 が減少することで,より楽譜に集中して演奏することが でき,より滑らかな演奏の動きが可能となり,演奏エラー の低減に結びついたと考えられる。 3.3 練習方法の検討  2名の研究協力者は異なる方法で練習をしていた。研究 協力者Aは,片手の練習を繰り返し,その後両手の練習 をした。両手の練習では全体の演奏が中心で,間違えた 箇所では部分練習をしていた。練習時間は20分を十分に 活用した。研究協力者Bは,初めから両手で全体を練習し, 両手での練習が中心であった。全体練習の中で,右手と 左手を片手ずつ練習する場合もあり,抜き出した箇所を 繰り返し練習する場合もあった。練習時間は17分25秒で, 研究協力者自身が練習の終了を告げた。  練習の初めは,楽譜を多く見て必要な箇所の 盤を確 認する演奏動作であった。練習が終盤になると,楽譜と 盤との視線移動が少なくなり, 盤を多く見るように なった。練習することで,視線の動きがスムーズになり, 演奏エラーが減少した。  研究協力者Aは,初見視奏では6箇所の演奏エラー誘起 箇所を含む拍すべてにおいてエラーを起こしたが,完成 演奏では右手の広い音程の3小節において「音の高さ違 い」エラーを起こしたのみであった。また,視線移動を 見てみると,研究協力者Aは,初見視奏では,演奏エラー 誘起箇所の前音を延長して 盤を確認し,演奏エラー誘 起箇所の音を延長しながら 盤を確認する場合もあった。 完成演奏では,すべての演奏エラー誘起箇所で,打 の 0.25拍から1拍前(M=0.583)に 盤を確認していた。研 究協力者Bは,初見視奏では6箇所の演奏エラー誘起箇所 を含む拍のすべてにおいてエラーを起こしたが,完成演 奏では右手の加線の音の5小節において「音の高さ違い」 エラーを起こしたのみであった。また,視線移動を見て みると,研究協力者Bは,初見視奏で,4箇所の演奏エラー 誘起箇所において打 の0.5拍から1拍前(M=0.625)に 盤を確認していた。完成演奏では,6箇所すべての演奏エ ラー誘起箇所において打 の0.5拍から1拍前(M=0.750) に 盤を確認した。  練習過程での演奏動作と視線移動には,以下の特徴と 注目すべき点があった。一つ目は,演奏音と 盤の位置 を関連付ける動作である。弾こうとする音の 盤を繰り 返し打 して位置を身体で感覚的に覚えていた。演奏音 が近い場合,手を広げたり腕を移動する必要はないので, 盤の位置は比較的分かりやすい。しかし,演奏音の音 程が広い場合は,正しい 盤位置に指を運ぶのは容易で はない。 盤位置を身体で感覚的に覚えること,打 に 先立ち 盤位置を確認することが重要である。演奏音と 盤の位置を関連付けるためには,「打 しながら楽譜を 覚え 盤位置を身体で覚える」方法が適切ではなかろう か。また, 盤を見ないで, 盤の中央から2オクターヴ や3オクターヴの音程を往復しながら繰り返し打 する 練習(「オクターヴ繰り返し打 練習法」)も有効であろ う。さらに,曲の流れの中で,音と指や腕の動きと位置 を覚えることも必要である。二つ目は,読譜と視線移動 の方法である。練習の初めは,楽譜と 盤の視線移動が 多く見られる。楽譜と 盤の視線移動は,四分音符の場 合,四分音符1つの1拍の間で完了した。音の長さの短い 十六分音符の場合,十六分音符4つの1拍分を演奏して 盤を見て,また1拍分を演奏していた。4つの十六分音符 を1拍の塊で捉えているようである。音符の長さに関わら ず,音(音符)をグループで認識することは,視線移動 の回数を減少させ,視線移動をスムーズにし,演奏エラー の減少に有効であると考えられる。「音符をグループで認 識する」方法は読譜に望ましいと考えられる。三つ目は, 部分練習の方法である。正しく演奏できない箇所やスムー ズに演奏できない箇所を抜き出して繰り返し練習する。 その際気になるのが抜き出す箇所の長さである。気にな る部分に集中するあまり,抜き出す箇所の長さが短すぎ るのは問題である。演奏する曲には音の流れがある。音 の流れを感じられる長さに抜き出して練習することが重 要である。「部分練習は,音の流れを大切に」の方法が望 ましいと考えられる。  以上の方法を練習に取り入れることで,視線移動がス ムーズになり,打 前の 盤確認が早くなり,演奏が滑 らかになって,演奏エラーの減少につながると考える。 3.4 ピアノ指導法の検討  本研究の結果から,初見視奏から完成演奏にかけて, 練習によって視線移動がどのように変化するのか,完成 演奏時にエラーがどの程度低減するのかを明らかにする ことができた。2名の研究協力者は,初見視奏の楽曲を短 時間の練習で演奏エラーを低減して演奏することが可能 になった。  そのなかで,視線移動に着目すると,初見視奏時に比 べて完成演奏では,演奏エラーを起こさないために, 盤を確認するタイミングが早くなっていた。さらに,本 研究で検討した演奏エラー誘起箇所に関しては,早めの 盤確認により演奏エラーを低減できた。早めの 盤確 認は,演奏エラー防止に重要なことであると考えられる。 音の跳躍が大きい演奏箇所では,普段の練習においても, 演奏する音の1拍前に 盤を確認するように意識して 盤を見る練習を継続することを指導するのが重要である。 これは,「先読み意識の習得」の指導である。また,レッ スン時に,指導者が楽譜上の1拍先をタッピングして視線 移動のタイミングを知らせ,演奏者に早めの視線移動を 習慣づける「先読み拍数タッピング」指導法は有効であり,

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この指導法を新たに提案したい。  短時間で楽曲を仕上げるため,研究協力者にとって演 奏が難しいと思う箇所を中心に練習に取り組んでいたが, 難しい箇所の練習を積み重ねることで,手の 盤位置の 感覚を身体で習得し,演奏エラーの低減につながったと いえるであろう。 盤位置を感覚的に覚えるには,上述 したように,「打 しながら楽譜を覚え 盤位置を身体で 覚える」方法が望ましい。また, 盤を見ないで, 盤 の中央から広い音程を往復しながら繰り返し打 して練 習する「オクターヴ繰り返し打 練習法」も有効である と考え新たに提案する。今回考案した練習用の楽譜の一 例が譜例8である。これは右手の練習用であるが,左手用 両手用の楽譜もある。  視線移動の回数を減少させ,視線移動をスムーズにす るためには,上述のように「音符をグループで認識する」 読譜方法が有効である。読譜の際に,音のまとまりを意 識しながら,音をグループとして認識することを指導す ることが望ましい。音符をグループで認識することで視 線移動の回数を減少させ,スムーズな演奏が演奏エラー を減少させると考えられる。  また,演奏が難しいと思う箇所を部分練習する際には, 「部分練習は,音の流れを大切に」の方法が重要である。 曲の流れのまとまった長さの部分を抜き出し,打 し音 を出しながら楽譜と 盤の位置を覚えるようにする指導 法が,スムーズな演奏と演奏エラーの低減に有効である と考えている。  本研究で提案した指導法は,実験の課題曲の実験結果 から提案したものであるが,さらに楽曲が複雑になった 場合でも,演奏する音に対して早めの視線移動が演奏エ ラー低減に有効であるといえる。 4.結論  以上,本研究ではピアノ学習者の演奏エラー時におけ る視線移動の対応の仕方を検討するため,意図的に演奏 時のエラーを発生させる実験を行い検討した。実験では, 想定した演奏エラー誘起箇所をあらかじめ6箇所組み込ん だ新曲を提示し,初見視奏の演奏と短時間の練習後の完 成演奏を比較した。具体的な検討課題は,(1)演奏エラー 後の演奏動作,(2)演奏エラー前後の視線移動,(3)初 見視奏時に演奏エラーを起こした箇所への対応の3点であ る。  実験結果から,中級者について以下のことが明らかに なった。 ①初見視奏時では多くの演奏エラーを起こした。 ②演奏エラー後の演奏動作は,弾き直しをするパターン と演奏エラーを起こしてもそのまま演奏を続けるパター ンの二種類があった。初見視奏では,弾き直しをするパ ターンが多かった。 ③楽譜と 盤間の視線移動と 盤から 盤への視線移動 の回数は,初見視奏で20回を超えていた。 ④初見視奏では,前音を延長しながら 盤を確認する視 線移動も多く見られた。 ⑤練習を積むことにより,完成演奏では,演奏エラーが 減少し,演奏エラー後に弾き直しをしないという対応が できた。 ⑥初見視奏時に比べて完成演奏では,演奏エラーを起こ さないために, 盤を確認するタイミングが早くなって いた。 ⑦完成演奏では,楽譜と 盤間の視線移動と 盤から 盤への視線移動回数は,初見視奏より減少していた。 ⑧完成演奏では,前音を延長しながら 盤を確認する視 線移動はなくなった。  指導法に関しては,視線移動タイミングを知らせる「先 読み拍数タッピング」指導法と 盤を見ないで 盤の中 央から広い音程を繰り返し打 する「オクターヴ繰り返 し打 練習法」を新たに提案する。また, 盤位置を身 体で覚える「打 しながら楽譜を覚え 盤位置を身体で 覚える」方法,演奏が難しい箇所の「部分練習は,音の 流れを大切に」の方法,「音符をグループで認識する」読 譜方法,「先読み意識の習得」の指導を指導法として推奨 したい。  このように本実験では,演奏時のエラーに関するピア ノ中級者の対応を解析することができ,ピアノ教育にお いて,どのような指導をすると演奏エラーが低減できる のかという結果が得られたと考えている。  中級者の場合は,演奏エラー後に弾き続けることがベ ストだと分かっていても,それを実行することが難しい 場合があるようだ。しかし,今回の実験では,演奏エラー 譜例 8 「オクターヴ繰り返し打鍵練習法」の楽譜例

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後に弾き続ける対応ができている箇所もあり,短時間の 練習の中で,同じ箇所の演奏エラーを繰り返すまいと試 行錯誤を繰り返す様子は,ピアノ学習の上達過程と強い 関連があると考えている。  また,演奏エラーを起こさないために,早めに楽譜か ら 盤へと視線を移動させる方法が認められたが,演奏 する音に対して,1拍程度前に,余裕をもってタイミング 良く 盤に視線を移動させるという結果は,楽譜の先読 みと何らかの関係があるのかもしれない。このことにつ いては,今後さらに追実験を行って確かめたい。  今回の実験で対象とした研究協力者は,いずれも,ピ アノ練習に積極的に取り組んでおり,上達速度もかなり 速い研究協力者たちであった。本研究で得られた結果は, この研究協力者における一事例であり,2名の中級者の分 析から得られた結果である。結果の妥当性・信頼性を高 めるためにも,今後さらに多くの研究協力者による実験 を重ねていきたい。また,初心者を含めたさまざまなレ ベルのピアノ学習者たちを対象に,本実験で得られた結 果をさらに検証していく予定である。 ― 付 記 ―  本研究は,岡山大学研究倫理委員会の承認を得て,実 験を実施した。 ― 文 献 ―

( 1 )Sloboda,J.A. The eye-hand span : an approach to the study of sight reading. Psychology of Music, 2, pp.4-10, 1974 ( 2 )Sloboda,J.A. Visual perception of musical

notation:registering pitch symbols in memory. Quarterly

Journal of Experimental Psychology, 28, pp.1-16, 1976

( 3 )Furneaux,S.,& Land,M.F. The effects of skill on the eye-hand span during musical sight-reading. Proceedings of

the Royal Society of London(B), 266, pp.2435-2440, 1999

( 4 )Penttinen,M.,Huovinen,E.& Ylitalo,A.K. Reading ahead : adult music students' eye movements in temporally controlled performances of a children's song. International

Journal of Music Education, Vol.33(1), pp.36-50, 2015

( 5 )Lehmann, A. C. , & Ericsson, K. A. Performance without preparation: structure and acquisition of expert sight-reading and accompanying performance. Psychomusicology, 15, pp. 1-29, 1996

( 6 )Banton, L. J. The role of visual and auditory feedback during the sight-reading of music. Psychology of Music, 23, no. 1, pp. 3-16, 1995

( 7 )夏目佳子「音の跳躍がある箇所でのピアノ初見視奏 の演奏エラーと視線移動 ―エラー防止とエラー後の視 線移動に焦点を当てて―」日本音楽教育学会『音楽教 育学』第48巻第2号,pp.1-12,2019

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表 3 研究協力者Aの完成演奏における演奏エラーと視線移動

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表 2  研究協力者Aの初見視奏における演奏エラーと視線移動
表 4  研究協力者Bの初見視奏における演奏エラーと視線移動
表 5  研究協力者Bの完成演奏における演奏エラーと視線移動

参照

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