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社会主義市場経済の行方: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

社会主義市場経済の行方

Author(s)

狩俣, 真彦

Citation

沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 17(2): 73-104

Issue Date

1994-03-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6849

(2)

社会主義市場経済の行方

狩俣真彦 彼等は自らが選んだ環境の中で歴史をつくるのではなく、過去の 延長としてそこに存在する環境の中で歴史をつくる -ルイ・ボナバルトのフリユメール1s曰 目(次( イントロダクション 定常的均衡からの脱出 アジアの工業化戦略 集権的社会主義 社会主義市場経済 華南経済と浦東開発 華南経済の発展 浦東開発の意義 死の跳躍をこえて 章章123章12章 12 3 第第 第 終 第1章イントロダクション 本稿は中国の社会主義市場経済のこれまでの歩みをレビューし、同時にこれ からの発展について検討を試みるものである。1852年に発表された有名な 論文、「ルイ・ポナパルトのブリュメール18日」の中に「人間が歴史をつく る」と記されている。しかし、「人間が、自らが幸せと感じるような環境を必 ずしもつくれるわけではない」とも記されている。(1)中国のような史上類 -73-

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を見ない大国の国づくりは困難を伴うのが当然であり、共産党の強大な権力を もってしても曲折を重ねる以外にない、ことは明らかである。 それにしても今曰の中国経済は著しい発展を遂げつつある。1994年3月 10曰の全国人民代表大会(全人代、中国の国会)における李鵬首相の政府活 動報告によると、93年の経済成長率は13.4%、外国直接投資の受け入 れは258億ドルで過去最高、対外貿易総額は1,958億ドルで前年比 18.2%の増加であった。また94年の成長率は9%に見込まれてい る。(2)中国経済は現在、高度成長のまっただ中を歩んでいる、といえる。 後発国が先発国に追いつくために、意識的な工業化政策(インダストリアラ イゼイション)を進める場合、これを開発主義と名づけることができる。イギ リスの重商主義政策は、ケインズが重商主義は重工主義である、と述べている ように開発主義の走りであった。明治日本の殖産工業化政策も開発主義の典型 といえる。 第2次大戦後の開発主義の成功例は、曰本、ニーズ、アセアンとアジアに集 中しているために東アジア資本主義(チャルマーズ・ジョンソン)、東洋資本 主義0余照彦)と呼ばれることもある。中国が進めている社会主義市場経済の 発展策も中国的な開発主義と考えることができよう。 いまアジア・ニーズを例に開発主義の成功のための条件を考えてみると、次 のように整理することができる。第1に、開発政策を立案し主導する政治的リ ーダーショップとテクノストラクチャーの確立が必要である。韓国では軍事政 権が開発のイニシャティブを取り、台湾では国民党が権威主義的な経済運営を 進めたので、開発独裁とか権威主義体制と呼ばれたことがあった。中国の場合、 第1の条件は共産党や国務院等が担っていることになる。 第2に、工業化に必要な資本、資本財、技術、経営ノーハウ等を供給する先 発国が必要である。アジア・ニーズにとっては、曰本が主な資本財のサプライ アーであった。華南経済の発展については台湾、香港の登場が注目されよう。 第3に、後発国の工業化によって生まれる製品のアプソーバー国が必要である。 アジア・ニーズの場合、アメリカが十分な市場を提供する余力を備えていた。 ニーズの輸出指向工業化の成功はアメリカのアプソープジョンに負っている、 -74-

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といってよい。 以上の3点は、アジア・ニーズについても中国についても共通する工業化の ための必要条件である。以下の第4と第5の条件は中国が直面する困難な問題 点である。開発が成功するための第4の条件は、後発国の発展を受け入れる好 ましい国際環境が存在することである。人間が人間関係の中で自己を形成する ように後発工業国も国家間関係の中で自らを形成する。アジア・ニーズが発展 を遂げた20世紀の第3四半世紀は、アメリカの覇権が確立しており、長い平 和の時代(ギャディス)であり、自由貿易の時代であった。アジア・ニーズは 歴史の幸運に恵まれたのである。中国が工業化を進める20世紀の第4四半世 紀は冷戦終焉後のカオスの時代であり、貿易についていえば「目は目を」とい う相互主義あるいは戦略的貿易の時代である。 第5の条件は、工業化を進める後発国が小国であり、それに資本やアブソー プションを提供する先発国が大国である場合、支援に要する余力あるいは負荷 第1-1図表四大経済圏のGDP比較(市場価格評価と国際標準ドル評価) 市場価格による評価 (単位は1兆米ドル) 国際標準ドル=ICPによる評価(GDPは1兆ドル、1人当りは1ドル)

~15雨;FT万5百TTI~うて三扇尊

四大経済圏 1991 2002 2002↑ 中華経済圏 米国 日 本 ドイツ 6547 ●●●■ 0531 5904 ●●●● 2973 2.5 5.4 2.1 1.3 8791 ●●●● 9943 7,300 36,000 37,900 39,100 *1990はTheWo「ld8ank,WorldDevelopmentReport,1992による(ただ し台湾は除く)。中華経済圏の2.5兆ドルは控え目かもしれない。ちなみにサ マーズとヒーストンの評価によれば、1985年時点で、中国だけで2.6兆ドルと されている。 ↑2002年までの成長率は「市場価格による評価」の欄と同じと仮定した。こ の成長率は中華経済圏の予想成長率の上限を示すことになる。というのはI CP評価は(先進国のより高い相対価格を反映する)市場価格による評価よ りも成長がおそいはずである。 (資料)TheWorldBank,BaseJmeFo「ecast,Februaryl993. -75-

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が小さく開発はそれだけ容易となる。アジア・ニーズを例にとると、台湾の人 口は2千万、韓国の人口は4千万であり、これらの国々の工業化のもたらす負 荷を受容することは日米にとって容易であった。しかし中国の人口は日本の 10倍、アメリカの5倍である。第1-1図表は世銀による大国間のGNPの 比較である。(ヨ)購買力平価のGNPでみると、中国のGNPは1990年 に曰本を抜いており、21世紀初頭にはアメリカを抜く。仮りに21世紀の半 ばに日米中の-人当りGNPが同じくなるとすれば、中国経済はアメリカの 5倍、日本の10倍の規模に到達する。開発主義が成功するための第5の条件、 すなわち後発国の開発が先発国にもたらす負荷を考えた場合、中国の工業化は ニーズと異なる検討が必要となることを示している。本稿では、中国の工業化 の負荷を特定の少数国にかけることをさけ、多くの近隣国家と局地的な経済圏 を作ることによってこの問題は解消できると考えている。 以下第2章で中国経済の概要を説明する。第3章では華南経済の発展とこれか ら始まる浦東開発について対照して検討する。華南経済の発展が上述の局地経 済圏の形成につながり、アジアの国家間関係を良好にするのに対し、浦東開発 の考え方は中央集権を強め、将来の国家間関係に緊張をもたらすことになる恐 れがあることを説明する。以上の検討にそって、終章では中国の未来像につい て二つのシナリオを描いてみる。第1のシナリオは、中国が19世紀のイギリ ス、20世紀のアメリカに次いで、21世紀の覇権国家に発展するシナリオで ある。そのとき中国は世界システムのルールを作り、ルールを維持するメタ・ パワとして世界に君臨することになる。第2のシナリオは、上述したように中 国の沿海にそってアジアの各国と局地経済国を形成するシナリオである。その とき中国は、かつての中国がそうであったように、アジア交易のネットワーク の提供者または管理者となる。 第1と第2のシナリオのいづれが望ましいか、望ましいシナリオが実現でき るのか、という問いに答えるのは至難である。中国内部のミクロの政治に加え て、冷戦後の国際政治の環境は大空位時代に入るからである。「人間は歴史を つくる」、しかし「望ましい歴史がつくれる」までには人間は至っていないの である。であるから、「幸運」を願う以外にないのである。 -76-

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第2章定常的均衡からの脱出 中国を含むアジア・モンスーン地帯の農業は年間の半分にわたる雨期を中心 にして展開される。そのため人口密度が高くなり、生活は生存レベルにとどま ってきた。生存レベルの定常均衡の罠を破るには、工業化を進めることが必要 である。毛沢東の中国においては、農業を人民公社に集約することによって、 一方で規模の経済を達成し、他方で農民の暮らしを生存レベルに留めることに よって、農業の余剰を最大化した。かくして得られる農業余剰を国営重化学工 業に集中投資することによって、工業化のスピード・アップを目指した。政治 動員と重なった重工業優先策は、一時的成功をおさめたが、長期には農業も国 営重工業もインセンティブを失って失速を招くことになった。 1978年に始まる改革・開放政策は、農業・工業を含めて市場経済化する ことによってインセンティブを取り戻し、発展を早めることを狙ったものであ る。本章の第1節では、中国を含めたアジアの工業化戦略の意味を検討する。 第2節では集権的な工業化、そして第3節で今日の社会主義市場経済を検討す る。 1.アジアの工業化戦略 第2-1図表はアジアの工業化戦略を図示したものである。ここで工業化と はインダスリアライゼイションの意味であり、工業化の影響が農業を含めて、 広く社会にいきわたることである。上述したようにモンスーンアジア農業の過 剰人口とサブシステンス・レベルの暮らしを脱出するには工業化が必要である。 工業化は農業に肥料、農業機械、ダム、新品種等を供給することによって、農 業の生産性の向上をもたらす。その結果、農業から解放された人口が工業に移 動することによって工業生産が成長する。第2-1図表では、工業部門の発展 によって雇用吸収がいかに起こったかについて、ニーズ、アセアン、南アジア の3つのケースについて示してある。南アジアでは工業化による雇用吸収が小 -77-

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さいため、農業部門の過剰労働が都市のインフォーマル部門に流れ出し、過剰

都市化が進んでいる。アジア・ニーズにおいては、工業化によって農業から解

放された労働力が十分に吸収されたので、インフォーマル部門や過剰都市化は

みられない。アセアンは両者の中間にあるが、工業化の進展にともなってニー ズ化していくことが期待されている。(4) 第2-1図表経済発展と農エ業関係および工業化戦略 渡辺利男・足立文彦『図説アジア経済』日本評論社37ページ いま中国について、人口密度と人口動態をややくわしく検討すると以下のよ うになる。第2-2図表は、アジア諸国の中で、中国の耕地面積と人口密度を

較べたものである。中国の人口密度は、119人/k㎡で、曰本の3分の1、

韓国の4分の1で、アジア平均とほとんど等しい。しかし世界の平均にくらべ

ると約4倍に当る。中国の耕地率は、ゴビ砂漠やチベット高原等に占められて、

約1割にすぎないので、農民1人当りの耕地面積は日本に較べても約4分の1

にすぎない。(5) -78-

(8)

第2-2図表アジア諸国の人ロ密度と耕地面積 渡辺利夫・白砂堤津耶『図説中国経済』40ページ 次に中国の人口動態と人口転換について検討する。1949年の中国の人口 は、54,167万人で、出生率は36%と高かったが、死亡率も20%と高 く、したがって自然増加率は16%となった。1991年についてみると、人 口115,823万人、出生率は20%に低下、死亡率も6.7%に低下、自然 増加率は13%となっている。(6)[第2-3図表(a)] 第2-3図表(b)は第2-3図表(a)をグラフ化したものである。また第2- 4図表は人口転換の概念図を示したものである。人口転換の概念図によると、 人口増加は高出生率・低死亡率の第2局面におこる。図示してある通り、中国 は第2局面から第3局面へ転換しつつあり、人口爆発の危機を脱した、と考え てよい。しかし人口密度が高く、耕地面積が少ないので、すでに検討した通り、 貧困からの脱出には工業化を進める以外に方法はない。中国が実施した工業化 政策について、最初に毛沢東下の重工業優先策を検討する。 -79- 100人ロ密度(1989年)200 3004005001ノVkmlP2PqP4P甲(%)勵圃軍-,988年)I 世界 ④ア ツア ・バングラデシュ 一人当たりGNPllllゐり インド中 国 パキスタン ス リランカ インドネシア フィリピン 夕 イ マレーシア 韓曰 国 本 關38 遍團111 740 ■■247 119 1137 ■■256 )4 国200 108 ■■■■■■428 ■■■■330 11! 62.5 -50ピ ■257 園14』 巴 -349 フ 函202 '110 111  ̄■■函 ■■国050 127 四041 函■079 0.21 翻困■F鰯121 鬮029 §函園046 翻一096 圃困046 函mO41 、■■ IUI 0.94

(9)

第2-3図表(a)総人ロ・人ロ動態(1949~1991年) (単位:万人、%)

雫総人口“出榔タビ亡'穆鳳伽筆liiiiliHii

伯印別記詔別記弱訂犯弱印刷飽田倒飼師町“的乃、ねね汎乃乃而旭門別肌魂囲幽閉閖師肥閲卯則 9 1 54.167 55.196 56,300 57.482 58.796 60266 61,465 62,828 64,653 65,994 67,207 66,207 65.859 67.295 69,172 70.499 72,538 74.542 76,368 78534 8q671 82.992 85.229 87,177 89,211 90,859 92,420 93717 94.974 96,259 97,542 98.705 100.072 101.654 103,008 104.357 105851 107,507 109.300 111.026 112.704 114,333 115,823 36.00 37.00 37.80 37.00 37.00 37.97 32.60 31.90 34.03 29.22 24.78 20.86 18.02 37.01 43.37 39.14 37.88 35.05 33.96 35;59 34.11 33.43 30.65 29.77 27.93 24.82 23.01 19.91 18.93 18.25 17.82 18.21 20.91 22.28 20.19 19.90 21.04 22.43 23.33 22.37 21.58 21.06 19.68 00000880089342400331302144257514600286244700080012489542005584206360332822336987876567 ●●●●●●●●●●●ロ●●●●●●●●●●①●●●●の●●●●●●●●●●□●●●● 087743210145400-988887777777666666666666666 21llllll11121111 16.00 19.00 20.00 20.00 23.00 24.79 20.32 20.50 23.23 17.24 10.19 △4.57 3.78 26.99 33.33 27.64 28.38 26.22 25.53. 27.38 26.08 25.83 23.33 22.16 20.89 17.48 15.69 12.66 12.06 12.00 11.61 11.87 14.55 15.68 13.29 13.08 14.26 15.57 16.61 15.73 15.04 14.39 12.98 1.029 1.104 1.182 L314 L470 Ll99 L363 L825 L341 L213 △1.000 △348 1.436 1877 1,327 2039 2,004 1,826 2.166 2.137 2.32】 2.237 1.948 2.034 1.648 1,561 1297 L257 L285 L283 L163 L367 1,582 1.354 1,349 1.494 1656 1.793 1.726 1.678 1,629 1,490 iE)1)台淘・併港・マカオを除く30-級行政区と現役1K人を含む 年末人口。 2)1982年以降の数字は菊4回人ロセンサスにより瓜笹。 出所)「中固統8↑年歴1991」 佐々木信彰『中国経済の市場化構造』238-9ページ -80-

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第2-3図表(b)新中国成立後の人ロ動態の推移(1949~1991年) 油扣 30 20 10 0 ''50525456586062646668707274767880828486889o 佐々木信彰『中国経済の市場イヒ構造」238-9ページ 第2-4図表人ロ転換模型図と人口転換係数(1986年) バングラデシュ ミャンマー インド 中国 パキスタン 0347 0.505 0.515 0.780 0.282 スリランカ インドネシア フィリピン タイ マレーシア 0.741 0.656 0.585 0.671 0.646 琿国 香港 シンガポール 日本 0872 1.017 1.058 1.010 シンガポール 宵Vヨ)WorMBBnk,Wmd7DbleS;UN`、en泊gr退坦hにyBa巾ock`NBwYoIk、その《1h゜ 渡辺・足立『図説アジア経済』19ページ -81-

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2.集権的社会主義 第2-5図は中国と韓国の重工業化率を比較したものである。周知のように アジア・ニーズの中で、韓国は大企業中心の重工業優先の工業化を進めたこと で知られている6しかしながら、1950年から1980年にかけての中国の 重工業化率は、韓国を上回っている。外国資本の導入のなかった当時の中国に おいては、重工業の資本蓄積は、もっぱら農業からのサープラスに頼らざるを えなかった。 第2-5図表中国と韓国の重エ業化率 10 %7 1 印印犯卯m佃0 中国 注)国工典化窪=樋械・金■・化学慮典生鹿園の全製造典生産額に占める比率。固定価格脾価。 195019551960196519701975198019851990 渡辺・白砂『図説中国経済』3ページ 当時の国家予算の5割から7割が農業余剰によってまかなわれ、その大部分 が重工業への投資となった。農業余剰を最大化するためにとられた政策が農業 の集団化であった。農業の集団化は、互助組の結成にはじまって、初級合作社、 高級合作社と規模をエスカレートし、最終的には人民公社に集約されることに なった。第2-6図表は、集団化の推移と、人民公社の構造を示したものであ る。人民公社は「政社合一」、「工・農・商・学・兵の合一」という毛沢東の コンミューン思想によって結成されたが、1982年から「政社分離」の原則 にもとづき解体がはじまり、85年には完全に消滅した。 -82-

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第2-6図表(a)農業集団化の過程(参加戸数の推移) (単位:万戸) 19501951195219531954195519561957195819651975

組側側鮒

助船舶民

互初高人 4536.44563.76847.86038.9 5.727.3228.51688.1 0.20.21.24.0 104.2 1040.1160.2 1074211945.0 1131.42100.0 0.01870.1588 0.00320.003 128611352716448 渡辺・白砂『図説中国経済』61ページ (b)人民公社の構造(1980年) 人民公社 5万4183社

(鉛謹戻毒)

中学、病院.社会保障、 生産大隊 71.0万隊

(艤麓:=)

生産隊 556.2万隊

(』蓋響=)

寝〉綴戸888888888888888p←圖留地若干の副業

注)資科[16]126風[41]78目を参照しt、題した。 渡辺・白砂『図説中国経済』61ページ 次に農業余剰によって蓄積された工業の効率を知るために、工業生産額の対 前年比の推移を示したのが第2-7図表である。この図によると1978年前 の変動が、いかに波乱に満ちたものか、また政治動員による経済政策への圧力 がいかに有害であるかが読みとれる。総じて、農業の犠牲においてもたらされ た、工業の蓄積は有効に活用されなかった、ということができる。 -83-

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第2-7図表工業生産総額の対前年比の推移 【」 ■□【 注)工業中に鉱業・木材伐採などを含む。 渡辺、白砂「図説中国経済』74ページ 3.社会主義市場経済

1978年を境にして中国の政治経済は、集権的社会主義から社会主義市場

経済へと転換をとげた。最初に、1993年の修正中華人民共和国憲法にそっ

て、社会主義市場経済を定義づけてみることにする。憲法は前文の中で、共産

党独裁を次のように明記している。

わが国はいま社会主義の初級段階にある。国家の根本的任務は、中国の特色

をもつ社会主義を建設するという理論にもとづき、全力を集中して、社会主義

的近代化建設をおこなうことである。中国の各民族人民はひきつづき中国共産

党の指導のもと、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想の指さすもと、人民民

主独裁を堅持し、改革解放を堅持し、たえず社会主義の諸制度をより完全にし、

社会主義的民主を発展させ、社会主義の法制度を健全にし、自力更生、刻苦奮

闘、工業・農業・国防・科学技術の近代化を-歩一歩実現し、わが国を富強.

-84- 始 5( $C 30 20 10 〕0 30 ヨ0 70 50 う0 19DulB麹1日串1963/1,19661節11976198119861991 q■■●■■●●■■■ ■P』■P■■ 総う Db 第1次:ナ画 第2次計画 躍進の失敗 国璽期 革の失敗 第3次:十画 第4次計画

|第5次臓'第6次B十画1第7次叶霊

(14)

民主・文明の社会主義国家にまで築きあげるであろう。 他方、市場経済については、第15条において「国家は社会主義市場経済を 実施する。国家は経済立法を強化し、マクロ調整をよりいっそう完全にする」 と記されている。農林経済については第8条において以下のように記されてい る。 第8条農村における各戸生産高連動請負を主とする責任制および生産、購買 販売、信用、済費などの各種形態の共同組合経済は、社会主義勤労大衆の集団 制経済である。農村の経済組織に参加する勤労者は法律の定める範囲内におい て、自留地、自留山、家庭副業を営み、自留家畜を飼育する権利をもつ。都市 の手工業、工業、建築業、運輸業、商業、サービス業などの業種における各種 形態の共同組合経済は、社会主義勤労大衆の集団所有制経済である。 国家は都市と農村の集団経済組織の合法的権利と利益を保護し、集団経済の 発展を奨励、指導、援助する。 また第7条の1日憲法の国営経済という言葉はなくなり、国有経済と改められ ている。そして国有企業の運営については第16条で「国有企業は法律の定め る範囲内において自主的経営の権利をもつ。国有企業は法律の定めにてらし従 業員代表大会をその他の形態を通じ、民主的管理を実施する」と記されている。 以上が、中国の憲法に示された社会主義市場経済の定義であるが、経済につ いてみると今曰の先進国で普通にみられる混合経済の形成をめざしていること がわかる。とすると、共産党独裁(憲法前文)と個人のインセンティブにもと づく市場経済との調和はどうなるかという問題が起こる。先進国においては、 政治は自由民主主義、経済は市場経済という組み合わせになっており、共産党 独裁と市場経済の組み合わせは前例がないからである。この問題は、終章で再 検することにして、ここでは社会主義市場経済の成果について検討する。 最初に1978年の前後で、農業の生産性がどのように変化したかを示した のが、第2-9図表である。労働生産性の増加率は土地生産性の増加率と土地 -85-

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労働力比率の増加率の和であるが、実数は次のようになっている。 1952~78年0.8%=2,5%-1.7% 1978~88年4.3%=3,5%+0.8% 人民公社の解体は、明らかに生産性の向上につながっている。二 上昇は肥料、機械等の投入の増加によるものであり、土地労働力1 郷鎮企業の発展で農業労働が商工業等に移転したからである。 っている。土地生産性の 土地労働力比率の上昇は 第2-8図表中国農業の生産性 Q:食籾総生産湿 尺:食糧播穏面積 L:投入労働量 Q/L:労便b生産性(労働力1単位当たり生産量) Q/R:±地年産性(食糧播穐面稿1単位当たり生 産量) R/L:土地労働力比率(労働力1単位当たり食粗 描稠面頓) Q/L=Q/RxR/L G(Q/L)=G(O/Rノ+G(R/L) 1952~78年:0.8%=25%‐1.7% 1978~88年:4.3%=35%+0.8% 渡辺・白砂『図説中国経済』55ページ 第2-9図表郷鎮企業のパフォーマンス (a)郷鎮企業、広義農業、播種農業の生産総額の推移 9000 8000 7000 6000 5000 4000 3000 2000 1oool Ol 983年駅での■餌企壊の生田逸額は社仰(EB材)企寓のみのものであり. 1984年以阻のデータには頂家共同斑営企兵や個人9121企纂のものも含康れて いる。なお.広伍瓜其は、祖■■裏に鉢・枚‘罰,田兵を、えたものである。

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1978798081828384858687888990 -86-

(16)

(b)郷鎮農業の業種別就業者数の推移 (万人) 9000 8000 7000 6000 5000 4000 3000 2000 晶肛圧蹉 1000

壹壼=j~舅罵f-iF;ず…:

0 (c)郷鎮企業における経営形態別企業数.就業者数.生産総額のシェア (1990年) 企業数のシェア 2 就業者数のシェア 生産総額のシェア 資料)[“] 渡辺・白砂『図説中国経済』91-2ページ -87- 囲営企葉 「村営企築F展家共同経営企翼 個人経営企薬〈%) 5万U5コB:蕊瀞躍::!;F1録:蕊;:謎!:j(/:慾ゴ陰録:Ub・ソfいI… 口。■●■■p●? ...・・・.?=`qL:!:--干已■-●+■● =+□■■c C-CLpⅡ」 .…~・篝-..::~‘9...--..$、。」98{:6:..;、や゛。、:,….-..- 。-。.・・・い゛.。、165..P.・・℃・・・・?.・・・`・・・・b-jC:.!:’二■=■Ⅱs (:::鉾:;蕊:蕊繊灘,.i:・瀧・熱:J、.…バョ:.;>・学…□?■●■■ID。qBロロ。■●r■bB F、 25.2 温■聡 .;、。.!.::。,・・-..$,。.・・・:;γァ・・・一・・・`rBし>1..・・・:,ザー・・・? 蝋4i:61繊灘灘i鞠; □r,.。ョ‐P6、ロ。・・pDD。、●。 ,65:0GF&:竜wい….」..d:`.:ハムl8j3:.;崎:;F;1.1:A・PJR.;』↑*5t 35.8 こり.。-.6匹蕊繊繊iiiE791;ド

(17)

第2-9図表は郷鎮企業のパフォーマンスを示している。(a)は生産額、(b) は就業者数、(c)は形態別のシェアである。(a)の郷鎮企業は郷村営企業に農家 共同経営企業と個人経営企業を含めた広義の郷鎮企業をさす。広義農業は、播 種農業プラス林・牧・漁・副業をさす。それぞれの生産総額は、郷鎮企業、広 義農業、播種農業の順になっている。(a図表) 就業者別でみても農業企業以外の特に工業企業の伸びが大きく、この部門が 就業者の伸びを吸収していることがわかる。(b図表)また、経営形態別の シェアでみると、個人経営企業が企業数で87%、就業者数で42%、生産額 で27%を占めるに至っている。(c図表) 第2-10図表は、工業生産額に占める所有制別のシェア、その伸び率、重 工業と軽工業のシェアを示したものである。所有別のシェアでみると、全人民 第2-10図工業生産の動態 (a)工業生産総額の所有制別シェア(%)(b)工業企業における労働生産性の推移 (万人) 40000

注)独立探巨制工巽 1958 1970 1978 .1985 1990 ■科)U2リ 30000 個人 20000 (c)軽工業と重工業の生産総額のシェア(%) 壁丁重 園工案 1952 1960 1970 1978 1985 1990 64.5 10000 '8 0 1978198019851990 渡辺・白砂『図説中国経済』78,79,92ページ 四Fn軒一 -88-

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所有企業の生産額のシェアがドラスティックに減っている(a)。労働生産性の 伸びでは個人所有制等のいちじるしい上昇がめだっている(b)。また重工業優 先の発展から、軽工業とバランスを保つ方向に変化しつつあることも読み取れ る(c)。 第3章華南経済と浦東開発 中国のような大国の国づくりにおいては、すでに述べたように、過度の分権 は国家の分裂につながり、過度の集権は近隣国家への脅威を招きかねない。現 実には、分権指向と集権指向の開発が交互に交錯しながら展開することになろ う。華南経済の発展を分権的開発の例として、浦東開発を集権主義の回帰とし て、以下対照的に検討していきたい。 1.華南経済の発展 ニーズ・アセアンの輸出志向工業化の成功は中国にも波及し、広東・福建省 の対外自主権の一環として1980年経済特区の設置が決定された。汕頭と廩 門は台湾と、深illIは香港と珠海はマカオとの結びつきを前提に立地している。 おくれて1983年、海南島に対外経済活動の自由権が与えられ、第5番目の 経済特区となることが決まった。第3-1図表は5経済特区の現在の経済開発

第3-1図表5経済特区と14沿海開放都市の主要動向(1992~93年)

①福田中心区・深ilIl湾地区・南山中心区の三地区を璽点開発。④羅湖区麗 合用地の土地使用栂の初人札、中園一の88階鰹ビル「深飢I国際経済貿易セ ンター」建設へ。③沙頭角保税区オープン。④外資系企業5000社に。⑤福 田保税区で合弁プロジェクト建設スタート。⑥塩田埠頭対外開放。⑦「ハ 盲伴(ヤォハン)広場]建鰻契約。⑧ハイテクエ業団地建設。 の西区の開発開始。②ハイテク崖案開発区殴立。 頭lの高腔[瀞T掴ピザ をめさ・す開発区に 2両・辺宮士隼・鐸偲 の象喚保税倉庫区素蝿藪エ。L9JZJ.三Zヱエラエ 1城・’院・】区建設。③保税生産財市場雨菓、道; 薪潅ど衾轟厳密玩莞面④呑林丁海歯台商投資開発区。 ①熊谷組(香港)が主体の洋浦開発区辺営開始。②海ロ香港・マカオ圏際 工業区初歩的形成。③海基基開発区建投着エ。④翠航総合開発区着エ。⑤ 東方明珠旅遊城開発串備6⑥三亜呉支州島海楽園着エ。⑦喜臨門エ業区建 設。⑧馬島経済開発区計画。⑨特別関税区股腫構想。⑩「韓国エ業 芦h「円本工墾圃iIblの翻印。 三菱総合研究所「中国情報ハンドブック』278ページ -89-

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の大要をまとめたものである。また1985年には、珠江デルタ、福建省南部

にまたがる地域が沿海開放地域に指定され、いっそうの工業化が進められてい

る。第3-2図表は広東・福建・海南3省の特徴をまとめたものである。

華南3省は、いずれも沿海に位置し、海岸線が長く、海外に開かれることに

よって発展してきた。歴史的にも華僑の出身地であり、在外華僑は、広東2千

万人、福建7百万人、海南省2百万人とされている。したがって、外資の受け

入れや、貿易で発展するポテンシャルが備わっていることになる。熱帯、亜熱

帯に属し、二毛作、三毛作が盛んである。資源やエネルギーに欠けるため、軽

工業に適し、重工業に不適である。(7) 第3-2図表華南3省の特徴 自然,資源|産菜の橿要|環境’問題点 ・展菜条件がよい .水産資源がある ・海域が広い .交通が便利 ・製造梁が発展.とくに紡 織,アパレル ・家電,食品工業など ・硫酸,セメント,ミシン, 腕時計,テレビ,洗君鶴, 冷蔵顕,砂鱈などは全国 3位以内 ・工業の発展が大きく資金 がある ・サービス産業のウェイト が大きい ・在外華僑が多い .香港に隣接 ・塵済特区,開放 都市がある ・資源が少ない .深刻なエネルギー 不足 ・鉄道が少ない .産業間の不均衡が 大きい .価格が高い 広 東 省 ・海域が広い .水資源は豊富 ・林業も比較的発達 ・良港がある ・展業の生産件は比 較的高い ・食品,家電.製紙,電子 工業などが主たる童莱だ が,大型企業は少ない ・缶詰,砂鱈,木材,テレ ビ.腕時計などが全国5 位以内 ・敏工菜のウェイトが低く, 産業間の不均衡が大きい も第三次産業の発展が目立 っている ・台湾との関係が 大きい .同右出身の華僑 は多い ・全体的径済水箪は 低い .インフラが遅れて いる .鉄道が未発連 ・エネルギー不足 ・資源はほとんどな い .山区のウニイトカ; 大きい 福 運 省 ・熱帯に属し,一部 の農業条件はよい 。チタン鉄,ジルコ ンなど ・重要な資源がある ・観光資源は有望 ・大きな産業はない .国家からの財政補助が大 きい .砂硝を中心とする食品工 菜とゴム工業が主要な産 業で,牛宏母が全圏10位 以内に入っているのは砂 簡だけ ・ベトナムに近い ・右全体が経済特 区で,対外011枚 の多くの実戦を 行っている ・タイやマレーシ アに同行111身の 華僑が多い ・台風が多い .エネルギー不足 ・インフラが遅れて いる .経済木地は低い .衝金不足 ・掴興問題(西沙, iW沙など)がある .少致民族が多い 海 雨 省 渡辺利夫編、『華南経済』勁草書房33ページ -90-

(20)

第3-3図表は、経済特区を中心に発展をとげる華南経済を、中国全体の中 で、さらにアジアの国々との比較で示したものである。人口でみると、約1億 2千万で中国全体の10分の1、韓国の3倍、タイの2倍、曰本とほぼ同じと いうことになる。次にGNPは、3千億ドルで韓国よりやや大きく、中国全体 の4千240億ドルの70%に相当する。また華南経済圏の輸出額は、 1,878億ドルで、中国の同年の輸出720億ドルをはるかに上回って いる。(8) 第3-3図表華南経済圏とアジア地域の経済比較(1991年) ■ ASEAN賭国- 1 「世界経済白書』(平成4年版)487ページ 第3-4図は広東省と福建省の経済のパフォーマンスを他の有力省市と比較 したものである。まず、GNPの成長率が全国平均の2倍で、他市よりも高い。 また国有企業のシェアが小さく、直接投資の受け入れが大きく、貿易依存度が -91- GNP H2額 (億ドル) -人当り GNP (ドル) 輸出額 (iBrル) 直接投資 受入れ額 (億ドル) 面積 (万kpl) *人口 (万人) 。。?。b:!;・6.:lPRgo9888:??:9889::099°99 ...6:..。。;・岳::8.CO:・・・1,6M '鮴i罵闘鼻隙囲11 J...;:::;:.!§;.;,.i鰹;..;l;:,j,.。 ■■。■■■●■■●0.0000■●の①P■CPPD0006UqU ■qeg巳bG0‐C9O0000g● C66CDb0■d0q005● ◇60●■S■■■◆◆◆■406●0■ロロ0●●60●■qgQ0●甘●Obc■。■SGO・・0つ。◇00●●●000口。;DIO ●■■500 .け●■。●■『‐Ⅱ■● ●十s□●● ●■p■b gBc●‐0 ;-6..:。;::88:、8$9$.??。:・gd il1i1i熱ilWi蕊 .?;6.`ヨ鰯8:;:...、839:.:; .-F:"●■ ■ヤ■go .↓9 ●●● I。

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(21)

高くなっている。改革、開放、先富起来政策によって、他域より発展し、格差 を拡げてきたといえる。 第3-4図表中国経済情勢、地域別の比較(1990年) (出所)「中国統計年鑑」、「曰中経済」、「中国経済」等により作成。 (注)1.-人当たりGNPは90年の対ドル・レート(年平均)で換算した。 2.国営企業のシェアは鉱工業生産額全体に占める国営工業企業生産額 のシェア。 3.輸出依存度は各地域のGNP(元建てをドル換算)に対する輸出額 (ドル・ベース)の比率。 4.外資依存度は、固定資産投資総額(元建てをドル換算)に対する直 接投資の受入れ額(ドル・ベース)の比率。 経済企画庁『世界経済白書』(平成4年)378ページ -92- 人口 (万人) 1986~90年 平均成長率 -人当たり GNP 基本建遡lH資 (前年比)

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鮒1M(存度 (%) 侮外直接投資 受入れ契約額 外資への 肱存度 .:・’5? S eO■-台 阪奥省SIO 。:、3.., ,ⅡO0fd P1Oo■PD■!■0U●C□'

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・・6.82$:Bi:?:;:?:18.866;:;十:舞鐇:ユi慧獅目議2%?:ii:i8鱒搬柵綱6禰鱗}霧離脱:i 熟,鮒:〈 福建省'。■00 6■bL I。①●□ ●のけU■■可。 ●oPcOnG 蝋lNI剛 溌獅繊蕊 +■卯叫即P艸心十町》や毎口+心』+ gr6605⑨◆■rCb 蒋鰡馳黙韓 雌浮藤2誠鰡難 い。□。Ⅲ抑■刀■■■}旧西0㎡印 ●OpPS・Op-P1。。■UOGodc”●GCC-ヶQgBc0◆B i蟻;蝋鍵11鍵蕊i繊蕊#■けU■。■ODO DODQ■■WO・ 凸O-P■●●●■■ CboOop■●■ ●◆●。、廿吋■。 ●◆Ugb-qPC Do抄!G◆pい●● ■q■。●S● ̄■ 。o●q ̄●●の● 蕊輸纏2澱 :局:N;~詮麓:::::.;::K2:8:::::::::;:茸. 鋤蝋iIiji4iii蝋繍雛|灘!蕊鮒21 ■DLoO4 B。●■●C l■b●。 ■心ww幹屯幻⑱■吠叱⑩い■如夘屯 :13京市 1,086 12.6 1,020 6,3 3.6 63,3 12.6 11,768 2.9 上陶市 1,337 即 1,216 △3.5 7,8 68.2 34.2 3M63 7.9 jH寧省 3,967 6.8 512 △0.5 3.9 61.2 27.8 49,391 9.1 全国 114,333 8.0 330 9.8 8.7 54.6 19.4 659,611 7.1

(22)

2.浦東開発の意義 華南の経済特区を噴矢とする沿海の改革・開放型の開発政策は、ニーズ・ア セアンの輸出指向工業化が雁行的に中国大陸に波及したものと考えられる。そ れは第1に、人民公社・国営重工業中心の指令的開発の停滞を市場のインセン ティブによって再建する試みであった。そのために第2に、国際市場の循環の 中で、いちはやく資本と市場を獲得することができた。第3に、政治的にみる と、香港、マカオ、台湾を中国大陸にとりこむことを狙いとしていた。 華南経済の発展は、当初の意図をはるかに上回るものであった。同時に、輸 出指向工業化の限界も明らかになってきた。輸出指向工業化は低賃金の中国に とって、労働集約製品の輸出による外資獲得につながった。これは軽工業の発 展につながったものの、さらに高度な工業発展のための資本蓄積にはつながら ず、消費を刺激してインフレを招致することが多かった。また、香港、台湾の 中国化につながらず、逆に華南の遠心化・分権化を促進することになった。 浦東開発は、華南経済開発の「歴史の教訓」に対する反省・批判に立った、 開発の新しい方向の模索である、と考えられる。第1に、東部沿海諸省を中心 にした「先富起来」を変えて、改革開放の重点を上海を起点とする長江流域開 発に移す。第2に産業構造については、労働集約の軽工業中心の輸出・消費指 向を変えて、情報化時代に見合った先端技術産業を中心に再編することを狙っ ている。そのためには、国有企業の市場化がさけて通れないし、更に効率化を 促進するために、第3には、企業間のグループ化、コングロマリット化が計画 されている。 第4に、以上のような転換には一層の資本が必要とされるが、そのため上海 を新しい香港とする計画が進んでいる。すなわち、上海を国内の金融センター 化するのみでなく、外国銀行の立地拠点とするような優遇政策が準備されてい る。第5に、以上の転換を実現するには政治的リーダーシップが欠かせないの で、従来の沿海開発における省別の自主権に替わって、中央集権型の権威主義 的開発への回帰が指向されている。 以上述べたところで、本稿では次の3点に集約して検討していきたい。第1 -93-

(23)

に企業の立地の前提となる交通、通信、電力、エネルギー供給等のインフラ整

備。第2に流通、金融、情報等の第3次産業の立地。第3に国有企業の株式会

社化、企業連合等の問題。

最初に浦東開発を眺めてみよう。上海市街を長江の分流である黄浦江が南北

に流れている。黄浦江の西側が1日市街の一部で浦西、東側が浦東区と呼ばれて

いる。つまり浦東地区は長江の河口、東シナ海、黄浦江に囲まれる三角洲であ る。浦東の人口は110万人、面積は350k㎡。これまで古い工場基地とし

て上海の経済、労働をささえてきた。水運、港湾条件に恵まれているため、こ

こを再開しようというが浦東開発である。(第3-5図表) まず現在すすめられているのが、インフラの整備で10大プロジェクトであ

る。10大プロジェクトの大部分は94年頃に完了する予定である。その後、

2,000年にまたがって、新しい計画がスタートする。10大プロジェクト は第3-5図表のようになる。 第3-5図表浦東開発 上海の浦東地区の10大プロジェクト (1)南浦大橋一全長8346m、幅30.35,,6車線、 制限時速40km、91年12月に開通。 (2)楊浦大橋一全長8534m、幅30.35m、6車線、 制限時速60km、93年末に開通予定。 (3)内環状線(浦東区間)-浦東新区の交通 システムは全体計画に基づき、市区の環 状線と連結した自動車専用道路、公共パ ス専用道路、自転車専用道路、そして地 下鉄と相互に結びついた近代的な道路シ ステムの形成を目指す。内環状線(浦東 区間)は南浦大橋から楊浦大橋まで全長 8km。93年末に開通する予定。 貴’ 外高橘漣回 域檎 呈水道局

汚水 跡 ZZ ZZ 綱浦大橋 揃大楓 南 内田路iii東殿 -94-

(24)

(4)楊高路の拡張工事―この道路は浦東新区内を南北に貫通する幹線道路。全 長24.5km、幅50m・制限時速は80km・全線の橋は22本。92年12月に竣工。 (5)外高橋港建設工事一同港の建設面積は0.5k㎡。先ず横付式バース4つを建 設し、ついで掘削式パースも建設する。貨物取扱能力は年間240万トン。93年 末竣工予定。 (6)外高橋発電所一火力発電機4基で総容量は240万kwho94年に稼働予定。 (7)合流汚水の処理工程一黄浦江と蘇州河の汚水処理工事は目下建設中。処理 範囲は70.57k㎡、処理量は140万㎡/曰。パイプの長さは34.28km。 (8)凌橋浄水場一外高橋に浄水場を新設する。第一期工事(94年末着工)の上 水供給能力は一日20万トンで、現在の42.5万トン/曰と合わせて62.5万トン/曰に 達する見通し。 (9)浦東ガスエ場の第二期工事―すでに91年に竣工。-曰当たり200万㎡を供給。 (10)通信プロジェクトー浦東新区の通信能力を市区の水準より高める。2000年 の電話回線普及率25%、電話普及率50%を目標に、新区の通信ネットワーク を形成。 三菱総合研究所『中国情報ハンドブック』286-7ページ 次に浦東の金融センター化を検討する。開放後の中国経済は成長の過熱とイ ンフレを繰り返して来た。有名な天安門事件もインフレによる生活の圧力が背 景にあったことは、周知のところである。第3-6図は中国におけるインフレ 過程を図示したものである。開放後、国有企業の自主経営拡大により財政収入 が減少し、財政赤字が増加している。赤字の増加は、マネタリー・ペースの拡 大によって通貨を増やす。増加した通貨は企業との癒着を容易にし、改革をお くらせている。これがインフレの背景である。(9) -95-

(25)

第3-6図表インフレーション過程に関する略図 中央政府

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財政赤字 の拡大 中国人民銀行 ハイバワード・マネー 供給増加

企業経営の破綻一眼行による救済的触査 (ずさんな融資)

インフレーション 関口尚志・朱紹文・植草益編『中国の経済体制改革』東京大学出版会78ページ 戦後日本の金融との比較で見ると、日本の成長は間接金融に依ってファイナ ンスされてきた。すなわち、政策銀行や市中銀行が資金を集め、民間企業は拡 張のための設備投資資金を銀行から借入れる、という方式がとられてきた。資 本市場や株式市場の未整備を考慮した場合、後発国にとって間接金融が適した 面が多いと考えられる。 中国が直接金融を採用している理由は、株式の持合いによる企業グループの 形成をめざしていることの外に、外国資本の導入に依存する度合いが大きいこ ともあろう。そのために金融の対外開放をいそいでいるが、単に資本を導入す る目的以上に、金融のノウハウを入手し、それによって国内銀行の体質改善を 意図していると考えられる。 浦東開発にともない、上海には中国農民銀行、建設銀行、工商銀行、交通銀 行、上海投資信託公司、中国銀行等が出店している。外資系でも、シティ・バ ンク、バンク・オブ・アメリカ、曰本興業銀行、三和銀行、東京銀行、第一勧 銀等が開設されている。 次に企業の系列化をみよう。持ち株制度による企業連合と合わせて、中央政 -96-

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府の計画と主導によって系列化が進められている。例えば、中国電子興業総公 司は、国有企業の94社、研究機関50、大学・専門学校7、従業員37万人、 研究者7万人、を擁する連合である。このような大連合は当然省レベルを越え る存在となる。東風自動車の例でみると、企業数300社で28省にまたがっ ており、14の産業部門を横断している。このような企業集団化は、省市をこ えた中央政府の行政を必要とするから、必然的に中央集権化の動きと重ならざ るをえないのである。 華南が小規模の軽工業中心の自発的発展であったとすれば、上海は中国全体 にとっての新しい香港、あるいはウォール街でもあり、富強への拠点になるこ とが試みられているのである。('0) 終章死の跳躍をこえて 今曰の中国は農業国から工業国への転換の過程にある。また、工業化のあり 方をめぐっても、指令経済から市場経済へと転換をとげつつある。世界システ ムの中で生きのびようする限りにおいて、中国のような大国といえども、以上 のような選択は避けられないものと考えられる。 19世紀半ばに、日本を襲った西洋列強の開国要求の衝撃を乗り越えようと する曰本の姿を、医師ベルツは失敗すれば頚骨を折らねばならない「死の跳躍」 とよんだ。('1)歴史的背景は異なるけれども、中国の転換も正念場に立たされ ているといってよい。以下ではこれまで検討してきた中国の開発主義をふまえ て、その延長に中国の未来図を描いてみたい。 第1のシナリオは、華南経済、沿海開発の成功の彼方に、東アジア諸国が局 地経済圏の連鎖によって結ばれる図である。このシナリオは、世界資本主義が アジアに到達する前のアジアの交易のバリエーションにあたるので、「文明の 回帰」型の未来図である。第2のシナリオは、浦東開発から内陸志向の発展へ、 軽工業から先端技術中心の企業集団化へ、省の自主権重視の開発から中央集権 へという図式である。第2のシナリオは覇権循環理論による説明が最適である。 -97-

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以下、ふたつのシナリオを取りあげることにする。 第3章で華南経済について検討したが、華南の経済特別区を含めて中国大陸 東岸の沿海部の多くの都市や地域が対外的に開放されており、今曰の中国の経 済発展の原動力になっている。次の第4-1図表は、それらの経済特区、沿海 都市、デルタ地帯、環渤海経済図等を位置づけたものである。 第4-1図表沿海対外開放地域の位置と分類

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111lIl 大藩宮煙威斉 遼東半島 ● 山東半島 恥。の 、 ‘

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5番目の経済特別区 1988-4 『中国情報ハンドブック」(1993年)275ページ -98- 沿海開放都市 (経済技術 開発区) 連島津台圏港通海妓川川州江祠 室 重 大憂天題月坦廟上寧且楓広湛北 DII放時IIlI 1984.5

(28)

第4-2図表は、沿海12省市を環渤海地区、長江デルタ地区、華南地区に 3分割し、各地区の対外的つながりをみるために、各地区の輸出と海外からの 直接投資を表示した。輸出についてみると、環渤海地区の輸出先は、日本30 %、香港15%、米国12%となる。直接投資については、投資国の順位は、 香港、台湾、日本の順になっている。 長江デルタについてみると、輸出先では香港、日本、米国の順になり、直接 投資では香港、米国、日本の順になっている。華南地区についてみると、輸出 先では香港、米国、日本の順となり、直接投資では香港、台湾、米国の順にな っている。 第4-2図表沿海省市の輸出・直接投資 (a)沿海12省市の輸出(1991年) 姿輸出国()円 FII )% 『中国情報ハンドブック』(1993年)56,58ページ -99-

(29)

(b)沿海12省市への外資の直接投資(1991年) 直接投資契約 主要投資国 地区 第1位 第3位 件数・投資額!シェア 台湾3,797件 1億7,897万ドル 日本286件 1億1,761万ド凪 2,293件! : 12億4,128万ドル! 香港1,335件 8億2,238万ドル 21.2% 12.9% 環渤海 米国299件 8億3,550万ドル 日本287件 6億2,191万ド,↓ 長江 デルタ 2,088件i 15億431万ドル! 香港1,647件 15億1,736万ドル 19.3% 15.7% 6,433件i : 68億4,010万ドル! 香港 49億4,852万ドバ 台湾 8億842万ドハ 米国 9,088万ドル 59.4% 71.4% 華南 10,814件! : 95億8,569万ドルI 香港 72億8,826万ドル 台湾 13億239万N! 米国 1億3,154万ドパ 100% 100% 12省市 『中国情報ハンドブック』(1993年)56,58ページ いづれにしても対外的に開放された沿海省市の発展は、開放前にくらべてい ちじるしく、また発展の原動力が外国からの直接投資であり、直接投資によっ てひきおこされる輸出入であることは事実である。このような経済発展と対外 的な結びつきが平行して進展するとき、中国と太平洋諸国の間に国境をこえた 経済的結合が生みだされることは間違いない。中央集権の壁が下がり、省市の 開放が進み、近隣の外国の地域との結びつきが深まる場合を局地経済圏と名づ けている。 第2-3図表は、ヨーロッパ中心の近代資本主義世界システムがアジアを含 めた世界を支配する以前の交易のネットワークを描いたものである。a図は北 京を中心とする清代の中心一周辺関係を中心からの距離ではかったものである。 しかし、よりマクロに広げて眺めなおすと、文明の交錯の中に交易のネットが 埋めこまれていることが理解できる。b図は、そのことをマクロに描いている。 -100-

(30)

第4-3図表欧米支配前のアジア交易ネットワーク (a)中国と周辺関係(清代を中心として) 浜下武志『近代中国の国際的契機』東京大学出版会33ページに)

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一一 ソ !  ̄ 出典:Abu・LughodJanetL.,B2/b”EldmPea〃Hb忍FDouoDOy. (b)13世紀の世界システムと8大市場圏 (13) 溝口雄三(他)『地域システム』東京大学出版会53ペーージ -101-

(31)

以上、中国の未来図として、中国が太平洋の局地経済圏の牽引者としての工

業化に腐心するならば、アジアの海が中国の海となって、西欧の征服以前のよ

うなネットワークが東アジアに再現することになる。中国はネットワークの管

理国となる。

第2のシナリオは、浦東開発にはじまる企業集団化、集権化への回帰、その

帰結としての覇権国への発展である。ジョセフ・ナイは中国の国力を第4-4

図表のように比較評価した。中国の国力評価の低さの原因の多くは、その経済

力の評価におかれている。しかしナイの経済力評価はドル換算に依るところが

大きいので、それを国際購買力による比較に依るアンガス・マディソンの評価

(第4-5図表)で示してみた。 第4-4図表大国の国力 (a)主要国の力の源泉(1990) アメリカソ連欧IHp日本中国 力の源泉 ※目に見える ◇基礎資源 ◇軍蛎力 ◇経済力 ◇科学/技術 ※目に見えない ◇国の結合力 ◇文化の普遍性 ◇国際機構・制度 中間 弱い 強い 強い 強い 中間 強い 強い 強い 中間 中間 弱い 強い 強い 強い 強い 強い 強い 中間 中間 いいい 弱強強 強い 中間 中間 強い 中間 中間 中間 中間 中間 強い 強い 強い (b)主要国の国力比較()内は% アメリカソ連ロ本中国西ドイツイギリスフランス 基礎的資源 人口(1989) 領土(1989) 経済 国民総生産(1985) 工業生産(1980) ハイテク輸出(1986) 製品輸出(1985) 軍事 核兵器(1989) 軍事支出(1987) 兵力(1987) 3位(5.5)7位(2.4) 1位(12.8)(<1) 4位(4.7) 4位(7.0) 1位(21.1)12位(1.2)3位(7.0)(<1) 15位(1.1)16位(1.1)(<1)(<1) 1位(27.6)2位(15.1) 1位(31.5)2位(14.8) 1位(21.0) 1位(10.7)6位(45) 3位(9.4)7位(2.5) 3位(9.1)5位(5.0) 2位(20.0) 3位(9.1)15位(1.5) 4位(4.5) 4位(5.3) 3位(16.0) 2位(9.6) 5位(3.5) 7位(3.3) 5位(8.0) 5位(5.1) 6位(3.2) 6位(4.0) 4位(9.0) 4位(5.3) 1位(48.0) 2位(29.1) 3位(7.8) 1位(48.0) 1位(29.8) 1位(15.1) 5位(<1) 7位(2.0) 2位(12.1) 4位(1.0) 5位(3.1) 20位(1.1) 1 131 049 L3L くくく 位位位 33皿 6位(2.4) 27位(0.8) 4位(3.36) 14位(1.7) *出典:ACDA;ポール・ペーロック;CIA

ジヨセフ・ナイ『不滅の大国アメリカ』読寶新聞社127,191ページ

-102-

(32)

第4-5図表大国の経済力 (a)1900年と1987年における大国の順位 輸出順位 (Ⅲ1980年価格) GDP順位 (100万ドル、1980年価格) (1,000人) 1900 米国 中国 英国 インド ソ 連 西ドイツ フランス イタリア 日本 インドネシア Ⅱ『 瓠I ] 1 J j8UZL ] 404 W67l 、ZZHF 』 ソ818 9-84(I HIS】11 IIfX 1987 米中ソ日西ブイ英イブ 国3,308,401 国1,869,945 連1,683,764 本1,198,943 ツ606,404 ス527,602 ド521,772 国520,270 ァ515,158 ル480.752 193,678 35,994 92,503 182,617 248,805 129,953 10,651 136,589 97,858 27.178 2泊7315鉋46別 244,171 1,069,608 283,100 ,2,8W 60,858 55,685 787,930 56,687 57,094 140.692 4137M口2妬泊6 123456789m ドイ ラン ン タリ ラジ (b)2010年におけるGNP、人口、1人当たりGDPの推定値 (上位10カ国、1973年-87年の伸び率が続くと仮定) )1J 「) 10億卜 (100万 ドル) 中米日ソブイ西イブ英 国国本連ルドッアス国 4,308 19,084 18,413 7,826 5,637 998 15,712 14,228 13,962 12.926

洲脚伽剛川棚町棚加川

652211 999999 1,440 307 151 348 248 1,271 59 61 56 58 ジイリン ン ラドターフ アンガス・マディソン『20世紀の世界経済』東洋経済新報社28,146ページ -103-

(33)

1900年の中国のGNPは約1,604億ドルで、アメリカについで世界第2 位であった。1987年においても、中国のGNPは約1兆9千億ドルでアメ リカについで世界第2位である。2010年にはアメリカをぬいて第1位とな り、GNPは6兆2千億ドルに達するものと見こまれている。 GNPがマディソンの推計通りに推移した場合、ナイの国力比較も修正され、 中国は21世紀のある時期に世界の覇権国となる。覇権をハードなもの(目に 見える)にそそぐか、ソフト(目に見えないもの)中心に構成するか、19世 紀のイギリスの覇権、20世紀のアメリカの覇権、21世紀の中国の覇権と比 較検討が必要になった、ということができる。('4) 【注釈】 注1ジョン・ルイス・ギャデスは「冷戦史の悲劇」の中で、マルクスの再評価を論じ ている。『中央公論』1994年2月号 注2朝日新聞1994年3月11日 注3三菱総合研究所編『中国情報ハンドブック』1993年版蒼蒼社 注4渡辺利夫・足立文彦箸「図説アジア経済」日本評論社 注5渡辺利夫・白砂堤津耶著『図説中国経済』日本評論社 注6佐々木信彰著『中国経済の市場化構造』世界思想社 注7渡辺利夫編『華南経済』勁草書房 注8経済企画庁編『世界経済白書」平成4年版 注9関口尚志・珠紹文・植草益編『中国の経済体制改革』東京大学出版会 注10加々美光行著『市場経済化する中国』日本放送協会浦東開発は全体的に本書に 依っている。 注u佐藤誠三郎著『死の跳躍』を越えて-西洋の衝撃と日本一都市出版 注12浜下武志『近代中国の国際的契機』東京大学出版会 注13溝口雄三、浜下武志、平石直昭、宮嶋博史編『地域システム』東京大学出版会 注14天児彗「中国一溶変する社会主義大国』東京大学出版会本書の終章で中国 の未来のシナリオを検討している。 -104-

参照

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