55 伊那谷自然史論集 22:55−56(2021)
はじめに
スルガコバネヒシバッタFormosatettix surugaensis Ishikawa,2004は,2004年に静岡県大井川上流域をタ イプ産地として記載されたヒシバッタの一種で,標高 1500m ~ 1850m の沢沿いの崩壊地などに生息すると されている(Ishikawa,2004).内田(2006)によれば, 赤石山脈のほか「埼玉や山梨の亜高山帯で,本種と同 様の個体群が得られている」としている. 筆者らは2016年より赤石山脈の高山帯で昆虫類の生 息調査をおこなっており,これまでにテカリダケフキ バッタの記録(四方ら,2017)や蛾類の記録(四方ら, 2020)などを報告した.この一連の調査の中でヒシバッ タの一種を得たが,種名がわからないままであった. この標本を静岡市の石川均氏に送付して同定していた だいたところ,スルガコバネヒシバッタであることが 明らかとなったので記録しておく. 南アルプス国立公園特別保護地区内の採集許可 は, 環 関 地 国 許1605174号,1605023号,1706014号, 1706015号による.記録
1♀,赤石山脈上河内岳(標高2690m,長野県飯田市 と静岡県静岡市の境界付近),6.VIII.2016,四方圭一 郎採集;3♂3♀1幼虫,同所,15.IX.2017,四方圭一郎 採集.標本はすべて飯田市美術博物館に保管.(図1・2)赤石山脈の高山帯で発見されたスルガコバネヒシバッタ
四方圭一郎 *
A new record of Formosatettix surugaensis (Orthoptera, Tetrigidae) in the alpine
zone from Akaishi Mountains, central Honshu
Kei-ichiro Shikata*
* 〒395-0034 長野県飯田市追手町 2-655-7 飯田市美術博物館 赤石山脈南部の上河内岳でスルガコバネヒシバッタFormosatettix surugaensisを記録した.この種は亜 高山帯に生息することが知られていたが,今回は高山帯の草地で発見された.日本ではこれまで高山帯に生息 するヒシバッタ類は知られておらず,今回が初めての報告となる. キーワード スルガコバネヒシバッタ,直翅目,赤石山脈,高山帯,分布 図 1 スルガコバネヒシバッタ♀ 側面(スケールバー 10mm) 図2 同 背面56
Natural History Reports of Inadani 22 (2021)
生息環境
本種が発見された場所は,四方ら(2017)が報告し たテカリダケフキバッタParapodisma caelestisの生息 地と同じ地点である.上河内岳山頂から北方に直線で 約 750m の地点で,長野県側は崩壊地で静岡県側はホ ソバトリカブトやタカネマツムシソウなどが咲く高茎 草地となっていた.本種は登山道沿いの草本類の中に 生息しており,手で草地を刺激して登山道上に飛び出 してきた個体を捕獲した.この草地には,テカリダケ フキバッタ,コバネヒナバッタ赤石山脈亜種(アカイ シコバネヒナバッタ)Chorthippus fallax akaishicus,ス ルガコバネヒシバッタの 3 種類の直翅目が同所的にみ られた. 本種はこれまで亜高山帯のガレ場に生息するものと 考えられてきたが,今回発見された生息地は高山帯の ハイマツ群落に囲まれた草地で(図 3),これまで発 見されている標高より 1000 m近く高い場所であった. 石川均氏によると,本種を含め日本では高山帯からヒ シバッタ類の産出はこれまで知られておらず,今回が 初めての記録となる.謝辞
報文を書くにあたり,静岡市の石川均氏には本種の 同定をしていただき,文献の恵与および生息環境等の ご教示を受けた.現地調査には,ふじのくに地球環境 史ミユージアムの岸本年郎氏,飯田市美術博物館の米 山富和氏,豊橋市の金子岳夫氏に同行いただいた.許 可申請等では,環境省南アルプス自然保護官事務所, 静岡市,飯田市の関係部局の皆様にお世話になった. 茶臼小屋,聖平小屋のスタッフの皆様には現地調査の 便宜を図っていただいた.あらためてお礼を申し上げ る.引用文献
Ishikawa, Hitoshi,2004,A new species of the genus
Frmosatettix Tinkham,1937(Orthoptera, Tetrigidae) from Central Honshu, Japan. Tettigonia, 6, 1-3. 四方圭一郎・米山富和・金子岳夫・岸本年郎,2017,赤石 山脈南部上河内岳におけるテカリダケフキバッタの新 産地.伊那谷自然史論集,18,35-38. 四方圭一郎・金子岳夫・枝恵太郎・岸本年郎・米山富和, 2020,赤石山脈南部,聖岳,上河内岳,茶臼岳の蛾類. 伊那谷自然史論集,21,33-45. 内田正吉,2006,ヒシバッタ科.日本直翅学会編,バッタ・ コオロギ・キリギリス大図鑑,495-509.北海道大学 出版会. 図3 赤石山脈上河内岳北側の生息地