〔論 文〕
欧州自動車産業の電動化戦略の現状と課題
細 矢 浩 志
(弘前大学)1.はじめに
世界の自動車産業はいま,誕生以来の大きな変革の渦中にあるといわれる。エンジンに代表される 内燃機関を動力源にした移動・運搬を主な用途とする製造品の開発・生産・販売を手がける従来型の 産業モデルに替わり,駆動装置の電動化やAIの活用,モビリティサービス化などこれまで経験した ことのない新たな課題への迅速かつ的確な対応を迫られている。21世紀に入り急速に進展する自動車 産業を取り巻く事業環境の変化は,ものづくりを中心とした産業構造のあり方ばかりでなく,クルマ の価値観や社会におけるその存在意義を見直す機会となっている。自動車産業は「100年に一度」⑴の 大変革に直面しているとも形容される所以である。業界で起きている世界的に注目される変化のひと つは,成長著しい中国で急速に進展しつつあると指摘される電気自動車EVの開発と普及すなわち「EV シフト」⑵であろう。こうした状況に鑑み,本稿は,21世紀今日の欧州自動車産業の現状と課題を整 理する作業の一環として,業界が直面する事業環境のなかから近年進展著しい「電動化」への対応を 取り上げ,その背景と動向を概観しつつ,主要自動車メーカーがそれにどう対応しようとしているの かについて分析・検討し今後の展望を探ることを目的とする。2.欧州における自動車「電動化」の背景
⑶ 2.1.CASE革命 自動車産業を取り巻く事業環境の変化についてはさまざまな見解が示されている⑷が,「100年に一 度」の大変革期におけるグローバル自動車産業の競争軸は,「CASE」と呼ばれる新しい課題に迅速 かつ適切に対応することにある。「CASE」とは,21世紀現在の自動車産業全体に押し寄せる一大変 革の流れを端的に示す造語である。ダイムラー社CEOのD.ツェッチェが2016年パリ・モーターショー において初めて提起したことで一躍注目を集めるようになった。Cはコネクティッド(Connected), Aは自動運転(Autonomous),Sはシェアリング(Shared & Services),そしてEは電動化(Electric)を意味する。これらの課題への取組みは,社会・交通インフラやエネルギー,クルマの価値や移動の あり方をも一変させる可能性を秘めているといわれる。まさに「CASE革命」⑸とも呼べる事態が進 展しつつあるのである。 CASE革命は,グローバル自動車産業の競争と協調の構図を大きく塗り替えようとしている。今後, 自動車業界ではCASE革命への対応がグローバル競争の焦点になる。日本を代表するグローバル企業 トヨタもまた,CASE対応の一環として「電動化」への取組みを急ぎはじめている。すでに同社はハ イブリッドHEV(Hybrid Electric Vehicle)システムの外販を表明するなど,グループ内協力関係の 強化にとどまらず積極的に外部事業者との連携を模索してきたが,2019年6月には電動化計画を5年 前倒しすると発表し内外に衝撃を与えた。また,車載用電池で世界最大手の中国・寧徳時代新能源科 技(CATL)や比亜迪(BYD),東芝などとも提携を視野に協業していくことも明らかにした⑹。 21世紀に入り国際社会の重要課題としてその取組みが加速している温室効果ガスの削減に向き合う べく,クルマ社会のクリーンモビリティ化が推進されようとしている。欧州では,気候変動への対応 と持続可能な経済発展の両立を目指すEUの新エネルギー政策と相まって,自動車メーカー各社はEV をはじめとする車両の「電動化」への取組みを積極化させている。「電動化」はCASE革命への対応 の一環として位置づけられることを確認することが重要である。 2.2.「電動化」の背景 「電動化」とは,エンジンやディーゼルなどの内燃機関車に替えて「電動車」BEV(Battery Electric Vehicle,電池を主な動力源としてモーターを駆動する車両)の開発・普及を促進する動き である。電動車には,純粋なEVだけでなく,ハイブリッドHEV,プラグインハイブリッドPHEV, さらに将来の燃料電池車FCV(Fuel Cell Vehicle)まで,さまざまなタイプの車両が含まれる。欧州 で電動化が進展する背景として以下のような点が指摘できる。 第一に,グローバルな規模で進展しつつある「地球温暖化」への対応が要請されているという点で ある。とりわけ2015年に締結された「パリ協定」が非常に大きな節目になっている。EUではこれに 対応するために,温室効果ガス=CO2削減策の一環として電動化の推進が注目されている。日本では CO2を全く排出しない車両としてEVが注目される傾向にあるが,EVだけが車両のクリーン化を推進 する唯一のモデルではない。自動車業界における温暖化対策は,車両の「電動化」という取組みをつ うじて実施されていることを銘記したい。 現在,主要国では自動車の使用に関する燃費・排ガス規制が強化されようとしている⑺が,欧州で は世界に先駆けて厳しい環境規制が実施されている(図1)。そのひとつが,世界的な車両燃費規制 のテンプレートとされる「2021年95g規制」である。現行の規制では1㎞走行で平均130gの排出が 認められている域内販売新車のCO2排出量を,2021年までに95g/㎞以下にすることが義務付けられて いる。しかも欧州では,将来より一層厳しい自動車燃費規制が待ちかまえている。2019年に入って EUは,2030年までに小型商用車を含む乗用車のCO2排出量を2021年比で平均37.5%削減することを義
務づける規制を決定し⑻,自動車メーカーに大きな衝撃を与えた。当規制では「BEV普及促進インセ ンティブ」の導入が予定されている。これは,特例措置の導入をつうじてBEV販売目標の達成を促 す仕組みであり,EVについては販売台数のダブルカウントが認められる。その一方で目標値を達成 できなかった場合や法令に違反する場合には厳しいペナルティが予定されている。目標未達時の罰則 金として車両販売1台につきCO2超過1gあたり95€の罰金が想定されていると報じられている(業 界の試算では18年値のままであれば全体で約330億€(約4兆円)が課される計算である)。メーカー側 からすれば,CO2規制値のクリアが想定される車両=BEVの製造・販売がほぼ強制されるかたちに なっている。 もうひとつが,欧州諸国政府による電動車両に対する行・財政的支援が急速に広がっていることで ある(表1)。欧州自動車工業会(ACEA)によると,2019年8月時点で欧州では24カ国がEV購入補 助制度を設けている⑼。欧州各国で計画される電動車両の購入・保有・使用に対する税軽減や補助金 支給などの優遇措置と内燃機関車(エンジン車両)の販売・生産禁止の動きは,電動車両の導入・普 及を強力に後押ししている。最近では,イギリス,フランスが2040年までに国内でのエンジン車両販 売を禁止する意向を表明した。同様の動きはドイツにもある。 2015年に発覚したフォルクスワーゲン(VW)による排ガス不正問題(いわゆる「ディーゼルゲー ト」)の影響も無視できない。ディーゼルゲートとは,VWがディーゼルエンジン車に排ガス検査時 のみ有害排出物質を除去する仕組み=ディフィートデバイスを搭載し,排ガス規制逃れを組織的に行 図1 主要国における乗用車のCO2排出目標 出所:環境省(2018),7頁(一部修正)
なっていた事件である⑽。これをきっかけに,欧州ではディーゼル車への風当たりが一気に厳しくなっ た。こうした流れのなかで,主要メーカーはCO2排出を抑制・回避する車両としてディーゼル車に替 えてEVの開発・市場投入を経営戦略の柱に据えるなど一気に「電動化」の推進へとかじを切りはじ めた。欧州では,厳しい規制をクリアするにはEV投入が不可欠との認識が急速に広がっている⑾。
3.欧州主要メーカーの電動化戦略
⑿ 2018年前後に公表された主要メーカーの電動車モデル投入計画を見ると,各メーカーは,2020~ 2025年という数年先を目標にこれまでになく多くの電動車両モデル投入を予定していることがわかる (表2)。主要各メーカーが矢継ぎ早に電動車両投入計画を競い合う現状が,電動化という大きなうね りが世界的に一気に押し寄せていることを物語っている。独VW,フランス勢(ルノー,プジョー) の電動化戦略を概括してみよう。 3.1.VW 欧州メーカーのなかで非常に大胆な電動化を推進しグループ事業の劇的な転換を図ろうとしている のは,独VWである。VWは,2016年に「Together Strategy 2025」と題する中期経営計画でディー ゼル車両事業からの脱皮と電動化の推進を表明し,続く2017年9月のフランクフルト・モーター ショーで包括的な電動化戦略「Roadmap E」を発表した。そこでは,(1)2025年までにVWグループ 全体で電動車両80モデル(BEV50モデル,PHEV30モデル)を投入する,(2)2030年までに電動化事 業に200億ユーロ以上を投資する,(3)2025年までにバッテリー調達のために500億ユーロ以上を投入 表1 欧州主要国の電動車両優遇措置(2018年3月時点) 出所:西野(2018),14頁する,など大胆かつ大規模な計画を打ち出している⒀。「ディーゼルゲート」の最重要戦犯だったVW がいまや世界最大のEVメーカーへと変身を遂げようとしている⒁。 クルマ社会の電動化を推し進めるには,車両の製造技術だけでなくバッテリー能力の向上(航続距 離の改善)や充電設備の整備などさまざまな課題をクリアする必要がある。なかでも欧州にとって当 面する最大の課題は,電池の確保である。VWはこの点でも大胆な取組みを推進しようとしている。 「RoadmapE」では,車載用電池に関して2025年までに年間150GWhの調達が必要だとし,少なくと も4か所以上の電池セル工場の建設を要すると宣言した。パナソニックと米テスラがアメリカ・ネバ ダ州で立ち上げた「ギガファクトリー」と呼ばれるバッテリー工場の年産能力は35GWh/年,要する にその5倍に匹敵する電池が必要だということを述べており,その規模の大きさに圧倒されざるを得 ない。 さらにVWは,EV専用プラットフォーム(以下PF)として「MEB」の開発に取り組んでいる。同 社はエンジン車で「MQB」というPFを開発したことで注目されたが,そのねらいはグループ各社の モデルへの展開で効率的な製造を実現することにある。VWは,MEBをエンジン版MQBの改良でな くEV専用のPFとして開発したことから,その本気度が話題になっている。 現時点では,次世代車開発という点でVWが持ち前の高い競争力を発揮しつつ一歩先を行くように みえる。VWの競争力優位の秘密は,(1)ドイツで広がる産学官間の緊密な協力関係を効果的に活用 しようとしている,(2)欧州全域をカバーする生産ネットワークの構築に先んじている,(3)次世代 車の投入で中国市場はVWの成長戦略の展開にとって不可欠な存在となるなど飛躍的な成長を続ける 「中国」との連携を強めつつある⒂,という点にある。 3.2.ダイムラー・BMW 内燃機関を開発したことで知られるダイムラーは今後もエンジン車事業を主力に位置づける意向 表2 主要メーカーの電動車モデル投入計画(2018年12月時点) 出所:日経Automotive(2018),51頁
を示しているが,一方でバッテリーパックの生産に着手するなど電動化に向けた取組みの強化にも 乗り出している。EVでは新ブランド「EQ」を立ち上げるとともに,燃料電池車(GLC F-Cell EQ Power)の開発も公表した。ダイムラーの電動車の特徴は,CASEを統合した次世代カーとして訴求 することにある。換言すれば,EV開発に徐々に力を入れつつも,CASE他領域との連携にもとづく 全方位型の電動車両=エコカー展開をめざすのがダイムラーといえよう。電動パワートレインの分野 では,48VマイルドHEVの開発をはじめ,その商用車への搭載など「全方位」で対応することを表明 している。 BMWは,2013年にEVを発売するなど電動車市場ではドイツで一番手のランナーであったが,ライ バルメーカーの追上げを受け戦略の見直しを迫られた。再起を賭けて2016年に公表したのが「Strategy No.1 Next」計画である。そのなかでBMWは,「iNEXT」と名付けた次世代EVモデルの投入を表明 している。さらに,CASE対応の一環として電動化は自動運転と一体的に推進すると公言している。 つまりBMWにとって,電動化の推進とは単なるEVをつくることが目的ではなく,内燃機関車に替 わる次世代カーをいかに顧客に訴求できる形で提供するかという目標を達成する戦略の一環として位 置づけられているのである。2020年以降に着工が予定されているハンガリー工場では,エンジン車と EV車,両方の車両を1つのラインで製造すると予想されている。いわゆる「混流生産」の実現によっ て低コストのEV製造を目指しているのがBMWである。 3.3.ルノー ルノー,プジョー(PSA)を擁するフランス勢の電動化戦略の特徴は,アライアンス(企業連合) の追求にある。周知のように,日産,三菱と連携している仏ルノーは,電動車事業に関してはほぼ日 系メーカーに依拠した展開を考えていると想定される。2018年11月に発覚した日産のカルロス・ゴー ン会長(当時)の逮捕は世界に大きな衝撃を与えた。役員報酬の過少記載等の有価証券報告書の虚 偽記載から始まった騒動は会社の投資資金や経費等の不正支出へと広がり,一連の疑惑は「ゴーン・ ショック」なる造語とともに日産という会社の経営の屋台骨をも揺るがしたばかりでなく,フランス 政府の意向を受けたルノーのスナール新会長が日産に対して経営統合を打診するに至り,日産とル ノーの提携関係の将来が危ぶまれる事態にまで発展した。その後ルノーの経営統合提案は撤回され, 日産の新しい経営陣も整い社外取締役としてルノー役員を迎え入れるなど日仏両グループの協力関係 も落ち着きを取り戻しつつあるが,ルノーの譲歩には日産と良好な関係を築きたいとのルノー側の思 惑をみて取ることが出来る。日産が持つEV関連技術の活用である。アライアンスには製造車種やグ ローバルな販売地域の相互補完という強みのあることは指摘されてきたが,電動化に対するルノー自 身の弱点をカバーする可能性にも注目が集まった。CASE革命はアライアンスを促す契機ともなって いるのである。
3.4.PSA これまで電動化に関して目立った動きのなかったPSAグループ(プジョー,シトロエン)もまた, 2017年から本格的な取組みを始動した。そのきっかけとなったのは,同年の米GM欧州事業=オペル /ボクスホールの買収である。ドイツを拠点とするオペルとイギリス拠点のボクスホールを飲み込ん だことにより,PSAは欧州第二の自動車製造企業グループに躍り出た。PSAの電動化戦略は経営計画 「PACE !」に盛り込まれている。それによると,オペル車の車台については旧ブランドを残したうえ で2019年以降PSAグループのPFに統合し,2024年までにオペルの全乗用車ラインナップの電動化を 実施するとしている⒃。英ボクスホールの処遇についてはいまだ流動的である(後述)が,オペルに ついては欧州域内全工場の維持・近代化を図り,同資産の活用とPSAとの相乗効果を狙いつつ電動化 を推進する姿勢が示されている。 3.5.小括 EUメーカーの電動化戦略の特徴は4点にまとめられる。第一に,VWのEV専用PF開発にみるよう に,新しい設計思想や製造手法(アーキテクチャ)を取り込もうとしている点である。第二に,これ までの主要部品の製造は自社グループ内で行なうというやり方を改め,外注・委託などをつうじた外 部資源の有効活用を模索する動きを強めている。また,ものづくりの分野ではユニット化(機電一体 化)の傾向が強くなっている。エンジンで培われた機械系の技術と,電動化でますます必要となる電気・ 電子系の制御・操作技術とを一体化したような「ものづくり」の追求をみてとれる。企業(グルー プ)内外での水平分業型の事業展開が強まることが予想される。したがって第三に「選択と集中」, そして大胆な「陣営づくり」が戦略のキーワードである。開発に巨額の資金が必要とされる電動化に 迅速かつ的確に対応するには,持てる資源の有効活用はもとより外部資源の活用が欠かせないため, グループの結束にとどまらず,ライバルとの提携を追求する動きはこれまで以上に盛んになるであろ う。
4.サプライヤーの電動化への対応
車両製造・組立事業者と同様に,サプライヤーもCASEにどう対応しどのように事業化していくか が問われている点で共通する。CASE革命により,自動車産業における付加価値の源泉はハードウェ アからソフトウェア,データ,サービスなどに替わろうとしている。サプライヤーとして新たな時流 に対応するには,ハードウェアでの強みを活かしつつ新規事業に関する「選択と集中」をいかに推し 進めるかがカギとなるであろう。ここでは,欧州を代表するサプライヤーとしてBoschとコンチネン タルの動向について概括する。4.1.Bosch 欧州を代表するメガサプライヤー Boschが注力する領域はコネクティド,自動運転,電動化といわ れる。Boschはこれら領域で主導権を握るべく,従来から得意の電子技術・センサー分野に加えてソ フトウェア分野に集中的に経営資源を投入し競争力を強化しようとしている⒄。 Boschは2015年 に 自 動 車 事 業 の 再 編 に 着 手 し た。 自 動 車 事 業 セ ク タ ー の 名 称 をAutomotive TechnologiesからMobility Solutions(以下MS)と改め,モビリティの電動化を戦略的強化分野と位 置づける改革を行なっている。2018年には,既存のGasoline Systems,Diesel Systemsの二つの事 業部と,前年に新設した電動パワートレイン開発のElectromobility 事業部とを統合してPowertrain Solutions事業部をMSの傘下に創設するなど,新事業分野での成長をめざす姿勢を鮮明にしている⒅。 パワートレイン事業では,48Vマイルドハイブリッドシステムの開発と電動アクスルシステム 「eAxle」の量産体制化に傾注している。「eAxle」はモーター,パワーエレクトロニクス,トランス ミッションを一体化した電動アクスルドライブシステムで,機電一体型の基幹システムとして電動車 向けの主力製品に位置づけた量産モデルである。 自動運転,IoT,電動車分野での競争力強化に向けR&D体制の拡充にも取り組んでいる。Boschは, コネクティッドサービスを提供するプラットフォームとして「Automotive Cloud Suites」を発表, ルート情報や駐車スペース情報など独自クラウドをつうじたモビリティサービス展開も視野にその開 発を急いでいる。自動運転車の開発ではダイムラーと提携,48V電池セルの生産では中国CATLとの 提携を発表(2019年9月)するなど,他社との開発提携にも積極的に取り組んでいる。 次世代技術開発に投資を集中する一方で,旧事業部門については外部への売却等をつうじた組織再 編を加速している。同社は2010年代前後からブレーキ事業や太陽光発電パネル事業を売却してきたが, 2017年には以前から模索してきたスターターモーター /ジェネレーター事業の売却が決まり,ターボ チャージャー開発の合弁会社BMTS(Bosch Mahle Turbo Systems)を香港の投資ファンドに売却 することを発表した⒆。 IoT企業への変貌をめざす勢いで組織変革と戦略構築を推進しつつも幅広い事業で競争力を保持し 総合力で勝負を挑もうとしているのがBoschである⒇。 4.2.コンチネンタル コンチネンタル社は,積極的な企業買収によりタイヤメーカーから世界屈指の総合サプライヤーに 成長してきた。現在,同社は,世界シェア4割といわれる車載レーダー分野を中心にADAS(先進運 転支援システム)関連事業(レーダー,LiDAR,カメラ,ECU等)の強化に取り組んでいる。2020 年売上げ目標500億ユーロを掲げ,センサー技術での優位性をさらに高めようとしている。 コンチネンタルが成長分野として事業の柱に位置づけるのが,自動運転,モビリティサービス,そ して同社がE-Mobilityと呼ぶ電動化である。 これまで全方位の拡大戦略を追求してきたコンチネンタルも,ここ数年で注力分野を絞り始め
た。パワートレイン事業については,エンジン,モーターなど動力機構を手がける事業をひとつ の部門に統合し,EV向けモーターなどの開発を強化する。2025年までに開始するエンジン開発を 「最終世代」と位置づけ,その後のエンジン(内燃機関)開発は中止する姿勢を打ち出している。 同時に,エンジン部門従業員の約半数を配置転換し,ソフトウェアなどIT分野に携わる従業員を増 やす計画である。自動運転の分野についても,2030年時点で「レベル3」の自動運転車の普及は数 %にとどまるとの見通しにたち,中期的には「レベル2」システム開発に注力する方針を固めたとい われる。 電動車に関連する事業では,48Vシステムの追求,とくに48V電源の簡易HEV開発の強化に取り組 んでいる。そのひとつが48V駆動モーターの量産化である。同社は2016年からエンジンのベルトド ライブ内にモーターを配置した出力10WのBSG(ベルト駆動スターター兼オルタネーター,P0方式) に加えて,出力を2倍以上に高めた「ハイパワー版」(モーターをエンジンと変速機の間に配置する P2方式)のHEVシステムを開発し,2020年代前半の量産を目指している。また,EV用の電動アクス ル「eAxle」についても,2019年後半に中国・天津工場で生産を開始するなど,量産化に向けた取組 みを強化している。 4.3.小括 サプライヤーの電動化対応における1つの焦点は,メーカーの対応と同様に,電気・電子系の技術 やソフトウェアの開発をいかに効率良く推進するかという点にあると考えられる。この分野は,自動 車メーカーにとっては新しく手がけるようになった領域であり,比較的手薄な分野で人材の不足が指 摘されている。その一方で,燃費改善を柱とするエンジン車関連部品の改良・改善にも継続して取り 組む必要がある。そのためサプライヤーは,エンジン車と電動車両方の事業への対応,つまり「両に らみ」戦術を採る必要がある。しかも,技術開発の動向を見定め先行開発や投資に迅速かつ的確に対 応できる能力が問われるので,「総合力」が勝敗を決する。「体力」に勝るサプライヤーがCASE時代 の競争で優位に立つと考えられる。
5.欧州自動車産業における電動化のゆくえ
5.1.EV普及に向けた課題 以上みたように,欧州の主要プレーヤーたちはEVの開発・製造販売への意欲を積極的に示し始め たが,果たしてその戦略は功を奏するのだろうか?今後の展開を占ううえでカギを握る論点を指摘し ておこう。 産業の刷新を迫るEVへの期待は高まるが,周知の通り,その開発が本格化したのはつい最近のこ とであり,技術的にも社会的にも克服すべき課題は数多く残されている。EV普及に向けた課題とし て指摘されるのは,車両に搭載する電池セルをめぐる技術的な問題である。現行の車載リチウムイオン電池はエネルギー・動力性能・製造コストの面で内燃機関に太刀打ちできる水準に到達していな い。一回あたりの充電にかかる時間も長く,しかも航続可能距離が短い。車両コストのおよそ三分の 一を占めるといわれる電池セルの製造コストがかさみ,EV車両本体も高価格である。航続距離の伸 長と充電時間の短縮,電池セル価格の低減=EV車両価格の低下など,その将来には多くの難題が立 ちはだかる。その他,電池容量劣化の改善,次世代電池開発=全固体電池の実用化などの問題も指摘 されている。 インフラ整備の現状もEV普及に向けて厳しい現実を突きつける。EU域内のEV向け充電設備の設 置状況(表3)を見ると,域内充電施設全体の76%は西欧4カ国に集中している(オランダ28%,ド 表3 欧州諸国の充電器設置状況(2017年) 出所: JETRO(2018)
イツ22%,フランス14%,英国12%)。すでにEVが普及している諸国(スウェーデン,ノルウェー) でも充電器あたりのEV台数は概ね高く,その設置状況は決して十分とはいえない。車両用充電設備 の整備・拡充が求められている。 さらに言えば,CO2をいっさい排出しないエコカーとして注目されるEVは果たして「環境に優し い」と言えるのかという点についても,再検討を迫る議論が広がりつつある。CO2排出量については, 車両の走行時だけでなく,電気エネルギーの生成時に排出される部分を含めて計測すべきとする議論 (Well-to-Wheelの視点)や車両の走行時とエネルギー生成時に加えて車両製造時の排出分を勘案す
べきとする議論(ライフサイクル評価LCA=Life Cycle Assessmentの視点)に応える必要がある。 こうした状況を受けて,将来に向けた「電動化」の進展予測も概ね抑制的なものとなっている。み ずほ銀行産業調査部(2018)によると,世界主要地域の年間販売台数は2030年時点でエンジン車が7 割弱を占め,いわゆるEVの普及は15%に低迷すると予測されている。欧州の自動車普及先進国(英 独仏伊西)では,電動車の販売は順調に伸びることが予測されるものの販売総数の32%で,その内訳 は現行エンジン技術を用いたハイブリッド車が大半を占め(HEV 5%,PHEV19%),固有のEVは8 %と世界水準の半分程度に留まる見通しである(図2)。 5.2.ブレグジットBrexitと国際分業網の再編 電動化をはじめとするCASE革命は,自動車産業の国際分業体制にも変容を迫っている。EUメー カー・サプライヤーによる電動化戦略の追求にともない,欧州域における生産ネットワークを再編す る動きが現れている。 2016年6月,イギリスが国民投票の結果を受けてEUからの離脱を表明したことは,世界に大きな 図2 2030年のパワートレイン別自動車年間販売台数予測 出所:みずほ銀行産業調査部(2018),23頁
衝撃を与えた(ブレグジットBrexit=英のEU離脱,ブリテンBritainの退出Exitを意味する造語)。外 資が数多くの製造拠点を置く英自動車産業はいま,その動向に翻弄されている(図3)。 2019年に入り,ホンダのイギリスからの完全撤退(2021年予定),日産による英工場での次期モ デル製造中止,BMWによる英工場の操業一時停止など,主要メーカーの在英製造拠点に関する動き が相次いで表明された。ホンダはイギリスでシビックを製造しているが,その半分以上はアメリカ向 け輸出である。イギリスがEUから離脱すると,イギリスからの対EU輸出には関税が課されるが,日 本からの対EU輸出については日・EU間で提携されたEPAによって関税は軽減されることになる。ホ ンダは,自車の欧州市場シェアが1~3%程度なので,現地での車両生産を停止し欧州向け販売は日 本を含めた欧州域外からの輸出で対応する道を選択したとみることができる。 同時にホンダは,欧州向け初の電動車「e-prototype」の投入を表明した。各社EVが航続距離の長 期化をひとつの重要な目標と位置づけるなか,ホンダの提示したEVは一回の充電による航続距離を 200㎞と抑制したところに大きな特徴がある。その一方で,2025年までに欧州販売車両の2/3を電動化 するとの大胆な目標も掲げた。 欧州向け電動車は中国・東風ホンダ新工場から供給する予定であるとも報じられている。八郷隆弘 ホンダ社長は「欧州域内での電動車両生産は競争力などの観点で難しいと判断」し「環境規制の方向 性が近い中国と商品ラインアップを共有する」こと等で欧州の電動化を進めると述べており,ホン ダにとってブレグジットとEV投入が同社の生産ネットワークの再編を促す契機となったと推察する ことができる。ホンダにとって英スウィンドン工場は年産能力25万台を誇る欧州攻略の最重要拠点 である。その閉鎖は,電動化をはじめとする「100年に一度」の変革期が要請する課題に対するホン ダの社運を懸けた取組みへの固い意志を示している。 PSA傘下の旧欧州GM・ボクスホールの英拠点=エレスメアポート工場の将来にも危険信号が灯っ ている。PSAのタバレスCEOは,Astra後継モデルの製造を同地に委ねるか否かはEU離脱のあり方 図3 大手メーカーの在英製造拠点の動向 出所:日本経済新聞2019年11月21日付
次第で,「合意なき離脱」に突き進むならば英国での生産を終了すると発言,その動向が注目されて いる。PSAはすでにAstra次期モデルを2021年から独Opelルッセルハイム工場で生産すると表明,エ レスメアポートでの生産はEUからの離脱が生産にとって好ましい限りにおいてのみ行なうとしてい る。 イギリスに限らず,中東欧やスペインでも工場再編は加速している。中東欧では,VWが旧東独ツ ヴィカウ工場を欧州最大規模のEV製造拠点に改変したことが世間の大きな注目を集めた。同工場で は2019年より,同社が戦略的EV普及モデルと位置づける「ID.3」の量産を開始した。それに連動し てグループ内各製造拠点間で製造モデルの見直しなど分業体制の再編が始動すると予想される。さら に中東欧では,アジア勢によるEV向け電池製造工場の建設ラッシュも相次いでいる(後述)。スペイ ンでは,日産がバルセロナ工場で従業員の2割弱にあたる約500人の削減を予定していると報じられ た。 ブレグジットの展開と連動して,今後とも欧州全域はもとより中国等を射程に入れたグローバルな 物流・分業体制の再編が繰り広げられると考えられる。CASE革命はこれまで以上に効率的な事業展 開を要請する。英国での工場再編はブレクジットに関連して語られる傾向にあるが,電動化(CASE) への対応の一環と位置づける視点も重要である。 5.3.合従連衡 CASEと密接に関連する電動化戦略には厖大な開発コストがかかるといわれる。「機電一体化」と 称される,エンジン・機械系の技術と,電動化でますます必要となる電気・電子系の制御・操作技術 とを一体化したような「ものづくり」の傾向が強まるなか,不慣れなソフトウェア開発・投資負担増 も想定される。自動運転やシェアリング等への経営資源投入を考えれば,電動化に割ける資源はより 厳しくなる。巨額の資金投入が求められる電動化に迅速かつ的確に対応するには,持てる資源の有効 活用はもとより外部資源の活用が欠かせない。グループの結束にとどまらず,ライバルとの提携を追 求する動きがこれまで以上に盛んになる所以である。 有力メーカーはいま,迫り来るCASE革命に適切に対処し生き残りを図るために,グループ内資源 の有効活用と「総合力」の向上はもとより,同業他社にとどまらずCASEに関連するあらゆる業種の 企業・団体との提携・協力を模索している。欧州勢に関する最近の事例では,仏PSAによるGM傘下 のオペル/ボクスホールの買収(2017年),2018年以降表面化した独VWと米FordとのEV開発を軸と した提携関係の強化(フォードはVWが開発したEV専用PFを使用した車両販売を計画),FCA(フィ アット・クライスラー・オートモービルズ)によるルノーへの経営統合提案(のちに撤回)などが記 憶に新しい。そして何より注目すべきは,FCAと仏PSAとの経営統合報道であろう(2019年10月公 表,12月正式合意)。電動化を含むCASE革命への迅速かつ適切な対処には,同様の課題を追求する 同業他社との提携による経営資源の充実と関連ノウハウの獲得が欠かせないとの思惑が働いたと推察 される。2014年に伊フィアットと米クライスラーという大西洋をまたぐ巨大企業の合併によって誕生
したばかりのFCAが,量販車で競合する欧州のライバルに接近し協力・提携の枠を超えてグループ として一体化する道を決断したことは,もはや電動化は不可逆の流れになったことを象徴している。 5.4.EV用電池の調達 EVの二次電池システムをめぐる欧州の状況について概括しておこう。EV車に搭載されるリチウム イオン電池製造業者の多くはアジアに集中している。代表的なメーカーは,日本のパナソニック,韓 国系のサムスンSDI,LG化学,SKイノベーション,そして成長著しい中国CATL等である。現状で は欧州製EVに搭載される電池の多くはアジアからの輸入に頼るが,主要メーカーの電動化戦略の展 開にともない,アジア系サプライヤーに対して欧州現地での製造を要請する機会が増え,それを受け て車載用電池製造業者は欧州での電池製造・供給の拡大に着手している。欧州製BEV向けリチウムイ オン電池の供給はアジア勢が中心的な役割を果たしている。欧州域での車載電池システムの供給工場 は,計画中のものを含めほぼアジア勢によって占められる(表4)。業界最大手の中国CATLはドイ ツ東部の低賃金地域チューリンゲン州にプラントを建設し,BMWのディンゴルフィングDingolfing 工場で製造されるEV車「iNEXT」に供給する予定である。 表4 欧州で計画されているEV電池製造工場 CATL サムスンSDI LG化学 SKイノベー ション Northvolt 立地 エアフルト (ドイツ) グドゥ (ハンガリー) ヴロツワフ (ポーランド) コマーロム (ハンガリー) シェレフテオ (スウェーデン) 投資額 2.4億€ 3.6億€ 4.96億€ 6.85億€ 7.45億€(二次) 1.6億€ 生産開始年 2022 2018 2018 2020 2020 製造能力 4GWh 2-3GWh 3-5GWh 5GWh 8GWh(2020後) 32GWh(2023) 供給先 BMW VW Daimler, Jaguar, Porsche, Volvo, VW VW BMW 出所:Gibbs(2019) 独ツヴィッカゥ工場で2019年末にラインオフしたVWの量販EVモデル・「ID.3」向けにはLG化学の 電池セルが使用される。LG化学はポーランドのヴロツワフWroclaw近郊に欧州最大(当時)のリチ ウムイオン電池工場の建設を表明した。ライバルのサムスンSDIは,ハンガリー・ブダペストの北30 ㎞に位置するプラズマディスプレイパネル工場の一部をEV用電池セル生産工場に転換した。SKイノ ベーションもまた2019年2月ハンガリーに電池セル工場を建設すると表明した。 欧州の製造・組立事業者も電池事業への関心を高めつつある。もっとも野心的なEV製造計画を打 ち出しているVWは,折に触れて車載リチウムイオン電池の供給不安を表明してきた。電池セル不足 に対する欧州勢の危機感・焦燥感は日増しに強まっている。
こうした状況を受け,事態の打開に向けた動きが出始めている。業界団体とEU当局は,2017年10 月に「欧州バッテリー同盟EBA」European Battery Associationを結成した。2018年2月には「アク ションプラン」を発表,欧州全体で協力しながら電池システムの生産・研究開発を推進することの重 要性をアピールした。これに呼応して欧州委員会は,欧州開発銀行EIBによる電池関連事業への巨額 融資を承認するなど,欧州における車載二次電池事業の発展に向けてバックアップと協力の姿勢を表 明している。 アジア企業への依存を減らすために,欧州で新たなプレーヤーを創設・育成する機運も高まって いる。その試みのひとつが,スウェーデンのリチウムイオン電池専業メーカー・ノースボルト社 Northvoltへの支援である。同社は2017年スウェーデン北部にリチウムイオン電池工場の建設に着手 (20年完成予定,年産8GWh予定)したのを皮切りに,矢継ぎ早に二次電池セル製造工場の建設を表 明,欧州での存在感を高めている。2019年6月には,ドイツ北部のザルツギッターにて年間16GWh 相当の生産能力を持つリチウムイオン電池セルの生産工場を独最大手VWと協働して建設することを 発表した。スウェーデンの工場に加え,ポーランド北部のグダンスクでの電池工場建設を既に発表し ており(2018年11月6日),独ザルツギッター工場は同社にとって3つ目の生産拠点となる。 VW・ノースボルトの合弁工場の建設は,VW自らが電池セル事業を本格的に推進する意思を示し たものとして注目に値する。VWは,合弁工場建設発表前の2019年5月に10億ユーロを投じてEV用 電池をドイツ国内で自社生産することを表明している。EV用電池を自社生産する大手製造・組立事 業者は欧州では初である。ほぼ時を同じくして,2019年4月にはVWとノースボルト社が主導するコ ンソーシアム「欧州バッテリーユニオン」EBU=European Battery Unionも結成された。EBUは, その任務として電池事業に関する共同研究活動への支援・投資の促進と研究成果の共有を掲げている。 目的は,電池事業を手がける企業・団体間でのノウハウの蓄積をつうじた業界全体の技術力の向上を めざす点にある。 これまでVWは,電池セルの自社内製造については採算性の問題を理由に慎重な見方を示してきた。 果たして車載電池の内製化は順調に進むのだろうか。欧州最大手VWの車載電池事業に対する姿勢が, 欧州における電動化の進展を規定する。
6.むすびにかえて
欧州の自動車産業は,今世紀のEU東方拡大をきっかけに効率的な汎欧州生産ネットワークを形成 しより広域化したユーロ経済圏を巧みに活用することで,世界経済のグローバル化と自動車産業をと りまく競争環境の変化に立ち向かおうとしている。ネットワーク化の推進でグローバル競争力を強 化した欧州は,その強みを活かしつつ時代の要請する新課題(CASE等)に挑戦しているが,これま でみてきたように,欧州の主力メーカー(サプライヤー)は,「電動化」に関して大規模なBEV投入・ 投資計画を掲げてはいるものの,「大胆な約束」は未だ客観的な根拠に乏しくその実現可能性には疑問符がつく。むしろその姿勢には躊躇や戸惑いが感じられる。なによりも大きな障害としてその行く 手を阻むのは高価格,低航続距離,充電インフラの未整備という「三重苦」である。現状では内燃機 関車との差別化が難しく,EVに対する需要は弱いまま推移せざるを得ないであろう。EV普及に対す る制約はたいへん深刻である。 大胆に言えば,欧州の現状は<電動化を後押ししているのは市場でなくルールである>と捉えるこ とができる。欧州で「電動化」が喧伝される最大の理由は,「地球環境問題」への対応に代表される グローバル社会からの要請にある。そしてその旗振り役としてのEUと加盟国政府の要請である。欧 州における自動車「電動化」の進展は「規制による強制」という色彩が強い。現時点では,欧州「電 動化」の推進力は「法制」legislatively drivenにあると理解すべきであろう。 そうであれば,欧州における「電動化」は今後順調に進展すると断言することはできないであろう。 少なくとも「EVシフト」と呼べる状況が欧州に到来したかどうかについては,慎重に見極める必要 がある。EVは現状ではコスト負担が大きく,普及に向けた見通しも立てにくい。しかし規制に対処 できなければペナルティへの負担はもとより,場合によってはブランド価値の毀損に結びつくおそれ もある。欧州自動車メーカーにとっては「100年に一度」の大変革への対応をめぐって悩ましい状況 がしばらく続くのである。 とはいえ,一方で「電動化」の進展を促す環境も次第に整いつつある点にも留意したい。先に指摘 したように,「電動化」はCASE対応の一環として位置づけられるからである。CASE戦略の一角を担 う自動運転技術との相性の良さにみられるように,電動化技術は自動運転やネット接続に関する技術 革新と連動し複雑かつ多機能的に進展する可能性を秘めている。グローバル化が加速しかつてない大 きな変革の渦中にある欧州の自動車産業は,この試練にどう立ち向かいどう乗り越えていくのだろう か。新時代のクルマに対する社会的な要請と主要自動車メーカー各社の電動化戦略との関係を軸に欧 州「電動化」の今後を見守りたい。 (附記)本稿は科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金(基盤研究(C):課題番号17K03915)) の助成を受けた研究成果の一部である。 《注》 ⑴ この表現が一気に注目を集めるきっかけになったのは,豊田章男・トヨタ社長が大変革期にある業界に対 する社内の危機意識を喚起し「モビリティ・カンパニー」への脱皮を宣言したことにある。「(社長メッセー ジ)100年に一度の大変革の時代を生き抜くために」『トヨタ自動車アニュアルレポート2018』(https://www. toyota.co.jp/pages/contents/jpn/investors/library/annual/pdf/2018/ar2018_1.pdf)。 ⑵ 「EVシフト」とは,従来の内燃機関車に替わり「EV=Electric Vehicle電気自動車」の製造・販売を産業の 中心に据えることをねらった事業展開・政策指向を指す。中国は従来の競争パラダイムの大転換を画策して いるとも指摘される。 ⑶ 本章前半部は,細矢(2019)の一部を改訂・再構成したものである。 ⑷ みずほ銀行産業調査部(2018)は,グローバル自動車産業には技術進歩による「新ビジネス創造」機会の
拡大が訪れたとして,現在の事業環境の特徴を電動化,情報化,知能化,MaaS(Mobility as a Service)の 4要素が融合しつつ進展する事態と捉えている。 ⑸ 中西(2018)は「CASE革命」と称される現下の大変革と自動車産業の未来図について丁寧な解説を加えて おり参考になる。 ⑹ 日経XTECH「トヨタ,電動化計画を5年前倒し」(https://tech.nikkeibp. co.jp/atcl/nxt/column/18/00001/ 02328/) ⑺ 世界の自動車CO2排出削減は「燃費規制」という形で取り組まれているが,その先駆けとなったのが2012
年に欧州で導入されたCO2排出規制といわれている。世界の主流は「企業別平均燃費基準Corporate Average
Fuel Efficiency=CAFE」と呼ばれる方式で,車両総販売台数の平均燃費が規制値の対象である。EUの規制は, 平均燃費について目標基準を設定し各社に達成を求める方式である。アメリカでは,ZEV(Zero Emission Vehicle=ゼロエミッション車)規制=販売台数の一定割合をZEV車両にすることを義務づける規制,中国で はNEV(New Energy Vehicle=新エネルギー車)と呼ばれる規制が実施されている。これら規制の特徴は, 構造用件として電動車モデルの投入を強制的に義務づける仕組みになっているという点にある。
⑻ 本規制はEUにおけるモビリティ社会のクリーン化をめざす包括的な規制枠組み「クリーン・モビリティ・ パッケージ」の一部を構成する。EUではこれを足がかりに21世紀後半に「カーボン・ニュートラル」を達成 することを視野に入れている。なお30年規制値は59g/㎞(95g/㎞から37.5%減の数値)となる。ただし計測モー ドはNEDCからWLTP(Worldwide Harmonized Light vehicles Test Procedure)に改められる。
⑼ ACEA(2019a). ⑽ 事件の経緯については,さしあたり熊谷徹(2016)が有益である。 ⑾ 2030年規制値をクリアするには販売台数の3割以上をEVにする必要があるとの報道もある。 ⑿ 本章は,細矢(2019)の一部を改訂・再構成したうえで加筆したものである。 ⒀ FOURIN(2018),60−61頁;Automotive Jobs(2017)。 ⒁ 驚くのはそのスピード感である。前職の退任と新CEOのディース現社長を選出した経営会議が開催された のは2015年10月。VWのディーゼル車に排出ガス規制不正があったと米環境保護庁が発表したのが2015年9月 18日である。不正発覚からわずか一ヶ月にも満たない時点で「史上最大の転身」を決断したことになる。 ⒂ H・ディースVW社長は上海モーターショーにて「VWのEV戦略にとって中国は重要な役割を担う」と発言 した。日本経済新聞2019年4月18日付。 ⒃ Response「PSAグループ,オペルの全車電動化を発表」(2017.11.10)(https://response.jp/article/ 2017/11/ 10/302360.html) ⒄ Boschの動向については,FOURIN(2018),みずほ銀行産業調査部(2018),日経Automotive(2019b)に 依拠した。 ⒅ MSは現在,約1.4万人のソフトウェア技術者を雇用し年間約30億ユーロを投じている。2018年には30件の電 動車関連プロジェクト総額80億ユーロを受注し,2019年前半の受注額を併せれば電動車関連の受注総額は130 億ユーロを記録するなど,順調に業績を伸ばしている。日経Automotive(2019b),56頁。 ⒆ FOURIN(2018),201−202頁。 ⒇ Boschは,2019年第46回東京モーターショーで新時代のモビリティ事業に対する同社の取組みを「PACE」 という概念で表現し注目を集めた。PACEとは,パーソナライズ化(好みに合わせたカスタマイズ化) Personalized,自動化Automated,コネクティドConnected,電動化Electrifiedの4つを事業の柱とする概念 である。 コンチネンタルについては,主にFOURIN(2018),みずほ銀行産業調査部(2018)に依拠した。 日本経済新聞2019年9月3日付。 電力インフラ関係では,他にも新ビジネスV2G(Vehicle to Grid)への対応や配電網との接続など欧州域内 の電力システムとの連携・整備・拡充という問題も指摘できる。 Well-to-Wheel(WtW)とは,クルマで使用する電気エネルギーの生成(井戸Well)から実際の走行(車輪 Wheel)までにどれだけCO2が発生するかを基準に計算する考えである。EVが環境に優しいかどうかはエネ ルギーミックス次第となり,電気エネルギー生成時のCO2をいかに減らすかがカギを握ることになる。WtW 視点にもとづく現行EVモデルのCO2排出量の計算値については,中西(2018),208−209頁を参照。 英下院総選挙での保守党勝利によってEU離脱の道筋が見えた2019年12月15日に日本経済新聞社が公開し
た以下のWebサイトは,ブレグジットで揺れる英自動車産業の現況と今後の展望を簡潔にまとめており役に 立つ。日本経済新聞電子版「Brexit 英国自動車産業のたそがれ」(https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/ brexit-automotive-industry/) ホンダ系列の部品メーカーも英拠点からの撤退に乗り出している。ケーヒンは在英子会社を21年に解散し, ユニプレスとニチリンは工場閉鎖を決断,排気系部品のユタカ技研他4社も工場閉鎖を検討していると報じら れた。日本経済新聞2019年11月21日付。 ホンダ・ニュースリリース「事業運営体制変更に関する会見 代表取締役社長 八郷隆弘 スピーチ内容」 (https://www.honda.co.jp/news /2019/c190219c.html) ホンダが英工場の閉鎖に踏み切ったのは電動化に対応するためであるとする指摘が現れている。日経ビジ ネス「跳べ!ホンダ」2019年12月2日号,参照。
Automotive News Europe, June 27, 2019; July 29, 2019. 日本経済新聞2019年4月9日付。 FCAは,2018年時点でEVは1車種しか販売していなかった。 Hetzer(2018). 独ザルツギッターにはVWの研究開発拠点がある。VWはすでに同地で電池セルの試作ラインを開設したと 報じられている。JETRO(2019),日経Automotive(2019b)を参照。 欧州生産ネットワークの動向については細矢(2012)(2018)(2019)を参照。 本稿脱稿時に上梓された日経Automotive(2020)によると,VW戦略の真意はEVの推進よりもソフトウェ ア企業への脱皮にあるという。EV化の推進に疑問を呈する最大の理由として指摘するのは,同事業にはクリ アすべき課題が多く収益性に乏しいという点である。そのためVWは「クルマのスマホ化」を見据え,独自の IT基盤構築とそれに基づくデータの収集と利活用により収益の増大をめざす「デジタル・プラットフォーマー」 への転換を模索しているという。興味深い指摘ではあるが,詳細な検討は今後の課題である。 参考文献
ACEA(European Automobile Manufacturers Association)(2019a)Electric Vehicles:Tax benefits & Incentives in the EU(https://www.acea.be/uploads/publications/Electric_vehicles-Tax_benefits_incentives_in_the_EU-2019.pdf)
ACEA(2019b)The Automobile Industry Pocket Guide 2019−2020(http://www.acea.be)
GEAR2030(2017)High Level Group on the Competitiveness and Sustainable Growth of the Automotive Industry in the European Union FINAL REPORT - 2017
Gibbs, N.(2019)“Europeans race to add EV cell output to challenge Asian rivals”, Automotive News Europe, Apr.11
Hetzer, C.(2018)“EV battery producers prepare for huge production increase in Europe”, Automotive News Europe, Oct.4
Pavlínek,P.(2008)A Successful Transformation ? : Restructuring of the Czech Auotmobile Industry, Physica-Verlag Pavlínek,P.(2017)Dependent Growth: Foreign Investment and the Development of the Automotive Industry in
East-Central Europe, Springer
Automotive Jobs(2017)「VWの 電 動 化 戦 略 ロ ー ド マ ッ プ 」(2017.11.08)(https://automotive.ten-navi.com/ article/29420/) FOURIN(2011)『欧州自動車産業 2011』㈱フォーイン FOURIN(2013)『ロシア トルコ 中東欧自動車・部品産業 2013』㈱フォーイン FOURIN(2018)『ドイツ自動車産業の新世界戦略』㈱フォーイン JETRO(2018)「欧州でのEVサプライチェーン構築,充電インフラ整備の動き」(2018年3月28日) (https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/f1f0e639eda413c4.html) JETRO(2019)「ノースボルト,VWとリチウムイオン電池セル生産拠点をドイツに設立へ」(2019年06月24日) (https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/06/d151808e4fe5cf61.html) 藤村俊夫(2019)「自動車の将来動向:EVが今後の主流になりうるのか」PwcジャパンAutomotive Insights
(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/ automotive-insight.html) 環境省(2018)「諸外国における車体課税のグリーン化の動向」(https://www.env.go.jp/policy/policy/tax/mat-6.pdf) 風間智英(2018)『決定版EVシフト』東洋経済新報社 熊谷徹(2016)『偽りの帝国−緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』文藝春秋 みずほ銀行産業調査部(2018)「自動車電動化の新時代」(https://www.mizuhobank.co.jp/ corporate/bizinfo/ industry/sangyou/pdf/mif_205.pdf) 中西孝樹(2018)『CASE革命』東洋経済新報社 日刊自動車新聞社,日本自動車会議所(2011)『自動車年鑑2011−2012年版』日刊自動車新聞社 日経Automotive(2018)「フランスの逆襲」2018年12月号 (2019a)「EV激戦時代,開発の処方箋」2019年4月号 (2019b)「メガサプライヤー2030年の展望」2019年11月号 (2020)「VWの苦悩」2020年1月号 日経ビジネス,日経Automotive編(2018)『次世代自動車2018』日経BP社 西野浩介(2017)「世界の燃費規制の進展と自動車産業の対応」『戦略研レポート』(2017.3.15)三井物産戦略研 究所(https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/03/15/170315i_nishino.pdf) 西野浩介(2018)「世界の自動車燃費規制の進展と電動化の展望」(https://www.mof.go.jp/pri/research/ seminar/fy2017/lm20180315.pdf) 鶴原吉郎(2018)『EVと自動運転』岩波新書 細矢浩志(2010)「グローバル競争の激化と欧州自動車産業の新展開」田中素香編『世界経済・金融危機とヨー ロッパ』勁草書房 細矢浩志(2012)「欧州自動車産業の生産ネットワークの形成と進化」『産業学会研究年報』(産業学会)第27号 細矢浩志(2018)「中東欧自動車産業の『高度化』と欧州生産ネットワークの行方」『産業学会研究年報』第33 号 細矢浩志(2019)「『100年に一度』の変革期に挑む欧州自動車産業」『経済』第291号,新日本出版社