書 評
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一栁智子
(著)
『ケニアにおける営利型社会的企業ハニー・ケア・アフリカ社の
営利企業化とその主要因』
名古屋大学博士論文,
2019 年,238p.
評者:仁平 典宏
(東京大学)
DOI: https://doi.org/10.11433/janpora.NPR-B-20-00003
本研究は,ケニアで蜂蜜の生産と販売を行ってきたある営
利型社会的企業(Honey Care Africa 社:HCA と略記)が一般
営利企業に同型化(営利企業化)していき,貧困者のエンパ
ワーメントに失敗していった過程とその内在的/外在的要因
の解明を通じて,営利型社会的企業を取り巻く構造的困難と,
それが開発援助アクターとして機能するための要件を明らか
にしたものである.
周知のように,社会的企業の理念型には,市場経済を基盤
とした事業活動を行う営利型のものと,連帯経済を基盤とし
協同組合形態で事業活動を行うものがある.このうち,営利
型社会的企業は,事業収入を獲得することによって,経済的
目的と社会的目的の2 つの目標(ダブルボトムライン)を同
時に実現する事業体として,途上国開発の文脈でも高い期待
が寄せられてきた.しかし,その2 つの目標がどのように関
連し,その成否の条件は何かについては,必ずしも十分に経
験的研究が蓄積されてきたわけではない.本研究の意義は,
まずこの学問的空隙をソリッドなフィールド調査によって埋
める知を提供した点にある.
本事例のHCA は,ケニアにおいて,養蜂事業を通じて,小
規模貧困農家――とりわけ伝統的養蜂から排除された非養蜂
家の貧困女性たち――を支援し,ダブルボトムラインを同時
に実現していると高く評価されてきた.しかし,より安定し
た事業収入を獲得し経済的な自立を果たそうとするなかで,
しだいに一般営利企業へと実質的に同型化し,ダブルボトム
ライン実現のための主要な事業だった養蜂箱ビジネスも中止
に至る.筆者はその過程と背景について,経営者,各事業の
責任・担当者,被支援者の女性,店舗の販売員,社会的投資
機関など多様なアクターに対するインタビュー調査とドキュ
メント分析を通じて,緻密に迫っていく.
結論を述べると,養蜂箱ビジネスが中止に至った主な原因
は,事業リスクと,養蜂箱ビジネスの供給チェーンの運用コ
ストの高さの2 つである.このうち前者は一般の営利企業に
も共通する要因だが,後者は社会的目的を追求する社会的企
業だからこそ抱え込まざるを得ない固有の課題を含んでいた.
というのもその運用コストは,貧困農家の当事者参加やエン
パワーメン卜といった社会的目的の実現に必要な社会コスト
に起因するからだ.貧困農家の女性が事業に参加するために
は,養蜂箱専門家とのコミュニケーションにかかる通信費や
交通費などが必要である.その段階まで進んで初めて,問題
の分析や地域組織の結成や強化について合同で参加する「相
互的な参加」や,外部の機関からは独立して主導権を発揮す
る「自律的な参加」といったより高次の――理想的と捉えら
れる――参加の段階に進むことができる.つまり,当事者参
加やエンパワーメントといった社会的使命を実行するために
は,通常の事業コストを越えた追加コストがかかり,その意
味で通常の営利企業よりもハンディキャップを抱えている.
実際には,HCA はこの社会コストを負担することができ
ず,低所得世帯の女性たちが事業に十分参加できないという
状況に陥った.ケニアの国内市場において,他の蜂蜜を販売
する営利企業や原材料調達面に現れる競争者との間で激しい
競争環境があり,社会コストを事業収入から担うことは困難
だった.また,HCA は複数の社会的投資機関から融資を受け
ていたが,その資金は主に設備投資のための長期借入金であ
り,その返済圧力により,社会コストを含む管理費用を節約
せざるを得なくなった.さらに,社会的投資機関から受ける
財務的成果への期待や圧力は,HCA を,利潤獲得を重視する
営利企業への同型化を促していった.
評者の拙い筆では,この分析の詳細や知見の豊かさを十分
紹介することはできないが,重要な含意の一つは,社会的企
業による社会的意義が実現されるためには,市場からの事業
収入だけでなく,寄付やボランティア,助成金などの社会的
な支援が必要であり,それこそがダブルボトムラインを実現
していくための条件だということである.上記の知見は新奇
性が高いというわけではないが,質の高い事例研究を通じた
分析的一般化という観点から,高い学問的意義をもつ.本研
究は博士論文のためアクセスしづらいと思われるが,評者は
学会賞委員の役得で読むことができ幸運であった.刊行を通
じて広く読まれる機会が得られることを願ってやまない.