• 検索結果がありません。

生活の質――政策理念と現状(山本卓)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "生活の質――政策理念と現状(山本卓)"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

康・

調

問題

第Ⅰ部

(2)

ASEANは現在、地域統合にむけた取り組みの柱の一 つ と し て、 「持 続 可 能 な 発 展 を 志 向 す る、 民 衆 中 心 で 環 境 に優しい協調行動を通じて人びとの生活の質を向上しよう という、この地域の強い願望」に基礎を置く「社会・文化 共 同 体」 の 実 現 を め ざ し て い る ( ASEAN 2009a: II-4 ) 。 二 〇 〇 九 年 三 月 に は そ の 推 進 プ ラ ン で あ る「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 を 採 択 し、 「生 活 の 質 ( quality of life ) 」 の 向 上 を は か ろ う と し て い る。 こ う し た 展 開 を み せ る A S E A N を 中 心 に、 「生 活 の 質」 と い う 観 点 か ら 東 南 アジアを見つめる視点がこの地域内部で台頭しつつある。 も っ と も、 「生 活 の 質」 と い う 概 念 は、 そ れ が 理 念 な い し 政策の基準・規準として用いられる場合にかぎってみたと しても、多種多様である。そのことはASEANにも当て は ま る。 し か も、 A S E A N 自 身 は 今 の と こ ろ「生 活 の 質」についての独自の理論的枠組みを有していない。その ため多種多様さという「生活の質」概念の特徴は、この概 念を用いたASEANの議論において顕著に現れている。 本稿では以上の認識にもとづいて、第一に、その内実は 多種多様であるものの、近年のASEANにおいて「生活 の質」という概念が社会・文化領域における統合の要とし て浮上してきているということを、ASEANの宣言、政 策 文 書、 報 告 書 に 即 し て 跡 づ け る (Ⅰ) 。 そ の う え で 第 二 に、 「生 活 の 質」 に 関 す る 諸 潮 流 の な か で、 主 観 的 水 準 に 注目する潮流に焦点を当て、近年のASEANはその水準

第Ⅰ部

ASEAN

健康

環境

生活

︱︱政策理念

現状

山本

をも政策視野に入れつつあることを明らかにすると共に、 同水準での「生活の質」を実際に認識、評価するための方 法 に つ い て 検 討 す る (Ⅱ) 。 そ れ を 踏 ま え て 第 三 に、 A S EANバロメーターのデータを用いて、ASEAN諸国に おける主観的な「生活の質」の現状およびその向上策の方 向性について検討する (Ⅲ) 。

Ⅰ﹁生活

質﹂

ASEAN

1﹁生活

質﹂

「生 活 の 質」 と い う 言 葉 は 英 語 圏 で は 遅 く と も 一 八 世 紀 中頃までには用いられるようになっていたが、その概念を めぐる哲学的思考はさらに長い歴史をもっている。他方、 「生 活 の 質」 が 社 会 や 個 人 の 状 態 を 評 価 す る た め の 指 標 と して広く用いられ始めるのは一九七〇年代以降のことであ る。戦後経済が新しい局面に入っていった時期、環境問題 や市民運動の活発化などをも背景に、従前型の社会経済シ ス テ ム そ の も の を 問 い 直 す 動 き が 活 発 に な っ た。 「生 活 の 質」はそうした情勢下にあって、生産力の拡大や経済的効 率性の向上、つまりは経済成長を国内における最優先事項 としてきた従前の政策や科学技術を再考するうえでの基準 として、さらにはポスト高度経済成長期の社会がめざすべ き 理 念 と 位 置 づ け ら れ 浮 上 し た ( Stöber and Schumacher 1973 ) 。 そ こ で い う「生 活 の 質」 と は 当 初、 G D P に 代 表 される従前の経済的尺度によってでは必ずしもとらえられ ない、社会や個人の水準で重要視されるべき何かというや や漠然としたものであったが、その「何か」を追求する動 き が こ の 時 期 に 加 速 し た の で あ る。 そ の 延 長 線 上 に、 「生 活の質」を指標化し、それを数量的に表すための指数の研 究開発が進められ、その成果を政策の立案・評価に組み入 れることがめざされた ( Bognar 2005: 561-2 ) 。 以上の展開は国際的な影響力を有した。というより、一 九 七 〇 年 代 初 頭 に 経 済 協 力 開 発 機 構 (O E C D) の 科 学 政 策専門部会が「生活の質」という言葉を方針転換のシンボ ルとして用いたことに象徴されるように、その動きは当初 か ら 国 際 的 色 彩 の 濃 い も の で あ っ た ( OECD 1971 ) 。 と り わ け 一 九 九 〇 年 代 以 降 に つ い て は、 「生 活 の 質」 の 指 標・ 指数、ないしそうした指標・指数として広く参照されるも の の 多 く は 国 際 機 関 に よ っ て 開 発 さ れ た も の に な っ て い る。具体的には、国連の人間開発指数やミレニアム開発目 標 指 数、 O E C D の「社 会 的 指 数」 、 欧 州 連 合 (E U) の 「ヨ ー ロ ッ パ 的 生 活 の 質 ( European Quality of Life ) 」 指 数、国際NGOである新経済基金の地球幸福度指数などが 挙げられる。そのうち国連、EU、OECDの指標や指数

(3)

に つ い て は、 「人 間 開 発」 や「社 会 的 保 護」 の 取 り 組 み と 密 接 に 結 び つ い て い る と い う こ と は 周 知 の と お り で あ る 。

ASEAN

﹁生活

質﹂

ASEANもまた地域統合を進めるうえでの核の一つに 「生 活 の 質」 を 位 置 づ け て い る。 も っ と も A S E A N は、 少なくとも現在のところ独自の「生活の質」指標・指数を 有していない。だが「生活の質」は二〇〇〇年代中頃から ASEANの社会面における政策理念の一つと明確に位置 づけられるようになり、またそれと連動するかたちで国連 の ミ レ ニ ア ム 開 発 目 標 を 組 み 入 れ た、 「生 活 の 質」 の 向 上 を目的とする行動計画が策定、推進されている。 周 知 の よ う に A S E A N は 、 二 〇 〇 三 年 一 〇 月 に 採 択 さ れ た 第 二 A S E A N 協 和 宣 言 に お い て 、 二 〇 二 〇 年 ま で に 「 安 全 保 障 共 同 体 」、 「 経 済 共 同 体 」、 「 社 会 ・ 文 化 共 同 体 」 を 柱 と す る 「 A S E A N 共 同 体 」 を 構 築 す る 意 志 を 明 確 に し た 。 二 〇 〇 七 年 一 月 の 第 一 二 回 A S E A N サ ミ ッ ト で は 、 二 〇 一 五 年 ま で に 「 A S E A N 共 同 体 」 の 構 築 を 加 速 さ せ る こ と が 宣 言 さ れ る と 共 に 、 そ の 柱 の 一 つ と さ れ る 「 社 会 ・ 文 化 共 同 体 」 に つ い て は 、「 人 び と の 生 活 の 質 に 高 い 比 重 を 置 く 、 思 い や り の あ る 環 境 ( a caring environment ) 」 の創出が重要であるという認識を確認する文言が議長声明 のなかに盛り込まれた ( ASEAN 2007 ) 。 ASEANにおいて「生活の質」がキータームとして用 いられるようになるのは、一つには第一次「ASEAN統 合イニシアティヴ行動計画」の改訂過程においてであった と 考 え ら れ る。 「統 合 イ ニ シ ア テ ィ ヴ」 は、 一 九 九 〇 年 代 後半にASEANに加わり開発水準が相対的に低位にある カ ン ボ ジ ア、 ラ オ ス、 ベ ト ナ ム、 ミ ャ ン マ ー (総 称 C L M V) と そ の 他 の 加 盟 諸 国 と の あ い だ の「開 発 ギ ャ ッ プ」 を 縮小することに主眼を置くものである。CLMVは一人当 たりGDPが他の加盟諸国の平均との比較で四分の一以下 の水準にあり、人間開発指数やミレニアム開発目標指数も 相 対 的 に 低 い 水 準 に あ る。 C L M V の 人 間 開 発 指 数 (平 均 余 命 指 数、 教 育 指 数、 G D P 指 数 か ら 構 成) は 二 〇 一 〇 年 時点でそれぞれ、一九六ヶ国中の一二四位、一二二位、一 一 三 位、 一 三 二 位 と な っ て い る ( UNDP 2010 ) 。 C L M V の開発促進をめざす「統合イニシアティヴ」の中間見直し が 二 〇 〇 五 年 に 行 わ れ た。 そ の 際、 都 市 部 の 生 活 環 境 (住 宅供給、交通、廃棄物処理) 、自然環境、大気汚染、海洋汚 染、浄水の保全・確保・改善が新規の重点的施策群として 計画のなかに組み込まれ、それらの施策群は「生活の質」 にかかわるものとして括られた ( ASEAN 2006 ) 。 ASEANはさらに二〇〇九年三月に「社会・文化共同 体」の実現にむけた総合プランである「ASEAN社会・ 文 化 共 同 体 計 画」 を 採 択 し た ( ASEAN 2009a ) 。 前 述 し た 「統 合 イ ニ シ ア テ ィ ヴ」 の 社 会 領 域 で の 取 り 組 み は こ の 「計 画」 に 統 合 さ れ た。 同 計 画 の 目 的 で あ る「社 会・ 文 化 共 同 体」 は、 「人 び と の 生 活 の 質 を 向 上 し よ う と い う、 こ の 地 域 の 強 い 願 望」 に 応 え よ う と す る も の で あ る と さ れ る。 そ こ で 言 う「生 活 の 質」 は、 「統 合 イ ニ シ ア テ ィ ヴ」 と の 比 較 で、 地 理 的、 意 味 的 に よ り 広 い 内 容 を 有 し て い る。 そ れ に 対 応 し て「生 活 の 質」 の 向 上 を 理 念 に 掲 げ る 「社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 に お い て は、 表 1 に ま と め た よ うな広範囲にわたる取り組みが挙げられている。この計画 はASEANの全加盟国が対象である。

ASEAN

﹁生活

質﹂関連指数

「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 に 組 み 入 れ ら れ た 政 策 群 の う ち、 「貧 困 の 軽 減」 、「保 健 ケ ア へ の ア ク セ ス と 健康的な生活様式の促進」 、「感染症の管理能力の向上」に ついては、国連のミレニアム開発目標との結びつきが明記 されている。ASEAN諸国は二〇〇〇年にミレニアム開 発目標の達成をめざすことを確認し、二〇〇九年三月には その旨について共同宣言を採択している。ASEANとし て目標達成にむけたロードマップを策定しようとする動き も存在する (

McClean, Warr, and Lorenzen 2008

) 。 周 知 の よ う に ミ レ ニ ア ム 開 発 目 標 は 八 分 野 か ら 構 成 さ れ、全六〇の指数が設定されている。目標達成年度はAS EANが統合をめざしているのと同じ二〇一五年である。 表 2 は、 「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 の な か の 前 述 し た 三 つ の 政 策 分 野 に 対 応 す る ミ レ ニ ア ム 開 発 目 標 指 数、 す な わ ち、 目 標 1「極 度 の 貧 困 と 飢 餓 の 撲 滅」 、 目 標 2「初 等 教 育 の 完 全 普 及」 、 目 標 4「乳 幼 児 死 亡 率 の 改 善」 、 目 標 5「妊 産 婦 の 健 康 の 改 善」 の 進 捗 状 況 を 表 す た A. 人間開発 1. 教育の推進と重点化 2. 人間資源開発への投資 3. ディーセント・ワークの促進 4. 情報・通信技術の促進 5. 応用科学技術へのアクセスの向上 6. 女性、若者、高齢者、障害者の起業スキルの強化 7. 行政サービス能力の構築 B. 社会福祉・社会的保護 1. 貧困の軽減 2. 統合とグローバル化の負の衝撃に対する社会保障網と保護 3. 食の安全と安心 4. 保健ケアへのアクセスと健康的な生活様式の促進 5. 感染症の管理能力の向上 6. 麻薬のない ASEAN の確立 7. 災害に強い国、安全な地域の構築 C. 社会正義と諸権利 1. 女性、子供、高齢者、障害者の諸権利の保護と促進 2. 移民労働者の諸権利の保護と促進 3. 企業の社会的責任の促進 D. 環境面における持続可能性の確保       (中略) E. ASEAN アイデンティティの構築       (中略) F. 開発ギャップの縮減 表1「ASEAN 社会・文化共同体計画」の構成 (出所)ASEAN 2009a.

(4)

めに用いられている指数のいくつかをASEAN加盟国に ついてみたものである。いずれにおいてもブルネイ、シン ガポール、マレーシアは相対的に楽観的な水準にあるのに 対して、CLMVは多くの課題をかかえていることを示唆 す る 水 準 に な っ て い る。 そ の 点 で、 「統 合 イ ニ シ ア テ ィ ヴ」における「開発ギャップ」の縮減という課題への取り 組みは「社会・文化共同体計画」においても不可避である といえる。他方、表2で挙げた指数を見るだけでも、CL MV以外にも分野によって、あるいは総体的に、さらなる 改善が必要であるような国が存在する。その点でミレニア ム開発目標を組み入れた「ASEAN社会・文化共同体計 画」は、ほとんどのASEAN加盟国にとって「統合イニ シアティヴ」における社会領域での取り組みよりもいっそ う自国自身の課題と認識されやすい内容になっている。 こ の よ う に 近 年 の A S E A N に お い て は、 「生 活 の 質」 が社会領域の中心理念の一つになっていると共に、国連が そ の パ ッ ケ ー ジ を 示 し て い る も の で は あ る が、 「生 活 の 質」に関する指標・指数を採用し、それにもとづいて政策 を推進しようとする動きが現れている。その背景には、急 速な都市化といった社会変化、国際機関や他国からの開発 資金の調達といった要因とならんで、地域統合の柱の一つ と位置づけられる「社会・文化共同体」を創出しようとい う試みは域内の人びとの日常レベルに根付したものでなけ れば成功しえないという認識が存在すると考えられる。

ASEAN

主観的

﹁生活

質﹂

1﹁生活

質﹂

「生 活 の 質」 の 指 標・ 指 数 化 に は、 客 観 的 ア プ ロ ー チ と 主観的アプローチとが存在する ( Phillips 2006: 3 )。客観的 アプローチは、所得水準や死亡率といった観察可能で数的 に確認可能な状態や現象の高さ、頻度、出現率に焦点をあ てるものである。人間開発指数やミレニアム開発目標指数 は客観的アプローチに立つ「生活の質」指数であるといえ る。 他 方、 主 観 的 ア プ ロ ー チ と は、 「生 活 の 質」 に つ い て の対象者自身の評価、認識に迫ろうとするものである。世 界幸福度指数や「ヨーロッパ的生活の質」指数は人びとの 満足度、認識、価値観を考慮に入れているため、主観的ア プローチを取り入れたものといえる。 「生 活 の 質」 を 政 策 理 念 に 掲 げ る「A S E A N 社 会・ 文 化共同体計画」は、現在のところミレニアム開発指数を唯 一の「生活の質」指数としている。その意味で客観的アプ ローチをもっぱら採用している。しかし同計画に接合され た A S E A N の 保 健 部 門 に お け る 議 論 に は、 「生 活 の 質」 に対する主観的アプローチの要素が潜在的にではあるが含 まれている。その点と関連して注目したいのは、ASEA Nにおけるメンタルヘルスをめぐる議論である。

ASEAN

重点化

ASEAN諸国はASEAN保健相会議を二年ごとに開 催 し て い る。 二 〇 〇 〇 年 の 会 談 に お い て は、 「こ の 地 域 に おける健康問題は依然、貧困と結びついており、また、都 市化、工業化、環境汚染、生活習慣病、ストレスとますま す密接な関連性をもつようになってきている」という認識 にもとづく「健康的なASEAN二〇二〇」を宣言した。 これは二〇二〇年までに「健康を開発の中心に据える」と 共 に、 「人 々 の 心 身 の 健 康 と、 安 全 な 環 境 に お け る 調 和 し た生活の実現にむけて保健分野におけるASEANの協調 を 加 速 さ せ る」 こ と を 目 的 に 掲 げ る 構 想 で あ る ( ASEAN 2000 ) 。 二 〇 〇 二 年 の 会 談 で は、 こ の 構 想 を 具 体 化 す る べ く策定された「健康的なASEAN生活様式の地域行動計 画」を共同推進することが合意された。この計画は現在、 「生 活 の 質」 の 向 上 を 理 念 に 掲 げ る「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 の な か に 組 み 入 れ ら れ て い る ( ASEAN 目標 1 目標 2 目標 4 目標 5 貧困人口率 (%)*1 飢餓人口(%)*2 脆弱就業者率(%)*3 初等教育の最 終学年到達率 (%) 乳幼児死亡率 (/000) 妊産婦死亡率(/00,000) ブルネイ n.a. 5未満 4.1(1991) 96.2(2007) 5(2009) 21(2008) カンボジア 28.3(2007) 22 86.7(2004) 54.5(2007) 68(2009) 290(2008) インドネシア 18.7(2009) 13 63.7(2009) 80.0(2007) 30(2009) 240(2008) ラオス 33.9(2008) 23 90.1(1995) 67.0(2007) 46(2009) 580(2008) マレーシア 0.0(2009) 5未満 21.5(2009) 95.9(2007) 6(2009) 31(2008) ミャンマー n.a. 16 n.a. 69.6 54(2009) 240(2008) フィリピン 22.6(2006) 15 43.5(2008) 75.3(2007) 26(2009) 94(2008) シンガポール n.a. n.a. 9.8(2009) 98.7 2(2009) 9(2008) タイ 0.4(2004) 16 52.5(2009) n.a. 12(2009) 48(2008) ベトナム 13.1(2008) 11 73.9(2004) 85.4(2002) 20(2009) 56(2008) 表2 ASEAN 諸国のミレニアム開発目標指数 (備考) *1 日収1.25米ドル(PPP)未満で生活する人口の割合 *2 カロリー消費が必要最低限の水準未満の人口の割合(2004-6年) *3 総就業者に占める自営業者と家族労働者の割合 (出所)ADB 2011.

(5)

2009a: B.4 ) 。 メ ン タ ル ヘ ル ス は 「 健 康 的 な A S E A N 生 活 様 式 の 地 域 行 動 計 画 」 の な か の 重 点 分 野 の 一 つ と 位 置 づ け ら れ て お り 、「 社 会 参 加 の 促 進 、 差 別 待 遇 の 極 小 化 、 経 済 的 諸 機 会 の拡大 につながる環 境の創出 」が同 分野における 取り組み の 基 本 方 針 と さ れ て い る ( ASEAN 2002 ) 。「 健 康 的 な A S E A N 生 活 様 式 の 地 域 行 動 計 画 」 が 「 A S E A N 社 会 ・ 文 化 共 同 体 計 画 」 に 統 合 さ れ た こ と に 伴 っ て 、 メ ン タ ル ヘ ル ス そ の も の に か か わ る 施 策 は 、 教 育 、 情 報 強 化 、 公 衆 衛 生 活 動 の 一 環 と し て の 広 報 に い わ ば 限 定 さ れ た ( ASEAN 2009a: B.4-ii ) 。 そ の 半 面 で 、「 健 康 的 な A S E A N 生 活 様 式 の地域 行動計画 」のな かでメンタルヘ ルス分野にお ける取 り 組 み の 基 本 方 針 と さ れ て い る 「 社 会 参 加 の 促 進 」、 「 差 別 待 遇 の 極 小 化 」、 「 経 済 的 諸 機 会 の 拡 大 」 は 「 A S E A N 社 会 ・ 文 化 共 同 体 計 画 」 に お い て は 、 ① 女 性 、 若 者 、 高 齢 者 、 障 害 者 の 労 働 を 通 じ た 社 会 参 加 の 促 進 、 ま た そ の た め の 機 会 創 出 ( 表 1 A 6 ) 、 ② 女 性 と 障 害 者 の 社 会 参 加 の 促 進 ( 同 C 1 ) 、 ③ 移 民 労 働 者 に 対 す る 差 別 待 遇 の 改 善 ( 同 C 2 ) 、 と い っ た 項 目 と な っ て 組 み 入 れ ら れ て い る 。 こ れ を 、 メ ン タ ル ヘ ル ス の 観 点 が 「 生 活 の 質 」 の 向 上 と い う 理 念 と 結 び つ い て 具 体 化 、 拡 大 し た と 見 る こ と も 可 能 で あ ろ う 。 メンタルヘルスは「健康的なASEAN二〇二〇」でい う「心の健康」にかかわるものであるため、その維持、増 進の試みは主観的アプローチと適合的である。たしかに、 「健 康 的 な A S E A N 二 〇 二 〇」 や「A S E A N 社 会・ 文 化共同体計画」におけるメンタルヘルスの概念は、本人の 幸福や良き生についての考え方にもとづいた主観的な「生 活の質」よりも、急速な経済、社会的変化を背景にその重 要性がますます認識されるようになっている予防医学的な 観点に比重を置いたものであることは否めない。しかし、 前述した「ASEAN社会・文化共同体計画」に見られる ように、メンタルヘルスないし「心の健康」という要素そ のものは必ずしも狭義の予防医学的な観点に還元し尽くせ な い か た ち で、 「生 活 の 質」 に 関 す る A S E A N の 議 論 の な か に 入 り 込 ん で き て い る。 そ う し た 条 件 下 に あ っ て、 「生 活 の 質」 の 向 上 を は か る 試 み に お い て 主 観 的 水 準 の 比 重はますます高まり、またそれに付随して「生活の質」に ついての主観的アプローチの重要性は増していると考えら れる。だがこの地域における主観的な「生活の質」につい ては本格的な調査がほとんど実施されてきていないのが現 状である * 1 。

主観的

﹁生活

質﹂指数

︱︱WHOQOL メ ン タ ル ヘ ル ス に つ い て は 「 保 健 関 連 の 生 活 の 質 」 を テーマ とする研究分 野において 、主 観的アプロー チに立つ 「 生 活 の 質 」 指 標 ・ 指 数 の 開 発 が 進 め ら れ て き た 。 保 健 ・ 医 療 ( ケ ア ) の 領 域 で は 、 患 者 は 治 療 の 対 象 と し て だ け で な く 社 会 の な か で 良 き 生 ( well-being ) を 追 求 す る 存 在 で あ るとい う認識が高ま るなかで 、患者 本人の希望す る生き方 や生活 様式に沿った 医療を実現する うえでの理 念 、規準と し て 「 生 活 の 質 」 と い う 概 念 を 用 い る よ う に な っ た 。 そ れ を 背 景 に 一 九 七 〇 年 代 頃 か ら は 、 保 健 関 連 の 「 生 活 の 質 」 指 数 を 構 築 す る 試 み が 活 発 に な る ( Nordenfelt ed. 1994: 1-2 ) 。 一 九 九 〇 年 代 に 入 る と 世 界 保 健 機 関 ( W H O ) の 研 究 グ ル ー プ が 「 W H O 生 活 の 質 ( W H O Q O L ) 」 を 開 発 し 、 そ の な か の と く に W H O Q O L ― 1 0 0 と W H O Q O L ― B R E F と 呼 ば れ る 指 数 は 、 現 在 、 当 該 分 野 の 調 査 に お い て 国 際 的 に 用 い ら れ て い る 。 W H O Q O L ― 1 0 0 は 主 観 的 な 「 生 活 の 質 」 を 六 つ の 領 域 に 分 け 、 そ れ ら に 対 応 する一 〇〇の質問項 目を設けている 。 そのいわば 簡易版が W H O Q O L ― B R E F で あ る ( WHO 1998 ) 。 そ こ で は 主 観 的 な 「 生 活 の 質 」 を 構 成 す る 領 域 は 後 述 す る 四 つ に 統 合 され、それらの領域に対応する全二六の質問が設けられて いる。 WHOQOLの特色の一つは「文化横断性」にある。W H O は「生 活 の 質」 を、 「そ の 人 の 生 活 し て い る 文 化、 価 値 体 系 の 文 脈 に お い て、 ま た、 自 分 自 身 の 諸 目 標、 諸 期 待、諸基準、重要視している事柄との関連において本人が 認識する境遇」と定義している。WHOQOLも「生活の 質」 に つ い て の こ う し た 定 義 に も と づ い て お り、 「生 活 の 質」という観念そのものが文化的な多様性を有しているこ とを認識している。その半面でWHOQOLの開発者たち の認識では、既存の「生活の質」指数の多くは特定の国・ 地域の文化や価値観にもとづいて構成されているため、そ の指数を使って実質的に比較可能な範囲は地理的に相当限 ら れ て い る ( WHOQOL Group 1995: 1403-4 ) 。 そ れ に 対 し てWHOQOLは、質問を異なる言語に翻訳したときに生 じるいわゆるトランスレーション・バイアスの可能性にも 留 意 す る、 「文 化 横 断 的」 な「生 活 の 質」 指 数 を 確 立 す る ことをめざして開発されたという。 W H O Q O L の も う 一 つ の 特 色 は、 「健 康 と 保 健 ケ ア に 対する包括的アプローチ」を推進する見地に立っている点 に あ る。 周 知 の よ う に W H O は「健 康」 を、 「単 に 疾 病 や 障害を有していないだけでなく、身体的、精神的、社会的 に十分良好な状態」と定義している。WHOQOLの開発 者 た ち は、 こ の 健 康 観 と そ れ に も と づ い て 保 健 ケ ア を 整 備・推進しようとする視点を「健康と保健ケアについての 包 括 的 ア プ ロ ー チ 」 と 呼 ぶ ( WHOQOL Group 1995: 1404 ) 。 そ の う え で、 対 象 地 域 に 暮 ら す 人 び と の「健 康」 ・ 主 観 的 な「生活の質」と保健ケアの現状を分析するためのツール と す る べ く、 「包 括 的」 な 健 康 観 を 核 に 据 え て「文 化 横 断

(6)

的」な指数を構築した。WHOQOLは「包括的アプロー チ」を採用したことに付随して、健常者と障害者、罹患者 の双方を対象とすると共に、主観的な「生活の質」に影響 を与える要因として個体とそれを取り巻く環境の両方を視 野に置く構造になっている。 ASEANバロメーターは以上のようなWHOQOLと 重なる部分を質問票のなかに含んでいる。すなわち「健康 モ ジ ュ ー ル」 に W H O Q O L ― B R E F を 構 成 す る 二 六 の 質問項目のうちの二五項目を組み入れている * 2 。そのため、 当 該 部 分 の デ ー タ を 用 い る こ と に よ っ て、 W H O Q O L ― BREFにほぼ準拠するかたちで、近年のASEANにお いてメンタルヘルスとの関連で比重を増している主観的な 「生 活 の 質」 を 比 較、 評 価 す る こ と が 可 能 で あ る。 前 述 の ようにWHOQOLは「文化横断性」を意識して開発され た 指 数 で あ る た め、 A S E A N 諸 国 間 だ け で な く、 宗 教 的、民族的に多様な各国・各地域内部の分析においても有 効である。

ASEAN諸国

主観的

﹁生活

質﹂

︱︱数量的分析

標本

代表性

ASEANバロメーターの概要等については、本特集の 別稿において説明がなされているため本稿では省略する。 ここでは標本の代表性にかかわる次の点だけ指摘しておき たい。ASEANバロメーターの調査対象者の基本属性を 国 際 機 関 の 統 計 (当 該 国 の 統 計 機 関 が 集 計 し た デ ー タ に 拠 る も の を 含 む) と 比 較 す る と、 性 別 構 成 に つ い て は、 イ ン ドネシア、ミャンマー、シンガポールで女性の割合が約三 ポイント高くなっている。年齢構成については、全体とし て二〇歳代の割合が低く、国によって特定の年齢層に最大 一〇ポイントほどの開きがある。居住地の分布については 統計により基準等が異なるため単純に比較することはでき ないが、都市部のみで実施されたミャンマーを除くと、と く に イ ン ド ネ シ ア と フ ィ リ ピ ン で 都 市 居 住 者 の 割 合 が 低 い。職業分布と所得分布については調査が実施された地域 との関係もあり、当該国全体の状況に必ずしも沿ったもの になっていない ( UNdata ; ASEAN 2008 ; ASEAN 2009b ; ADB 2010 ) 。ASEANバロメーターの調査結果にもとづ いた考察は以上の諸点に留意する必要がある。

2﹁生活

質﹂

主観的評価

W H O Q O L ― B R E F と 同 様、 A S E A N バ ロ メ ー ターの「健康モジュール」は第一問で回答者自身の考える 「生 活 の 質」 を 五 段 階 で 評 価 し て も ら っ て い る。 図 1 は、 「非 常 に 悪 い」 と「悪 い」 、 お よ び「よ い」 と「非 常 に よ い」 を 統 合 し、 各 国 の 回 答 率 を ま と め た も の で あ る (全 体 の 有 効 回 答 率 は 九 九・ 九 パ ー セ ン ト) 。 ブ ル ネ イ、 シ ン ガ ポール、マレーシアで「よい」の回答率が全体の水準を大 きく上回っている。その他の諸国では「よい」の回答率が 全 体 で の 水 準 を 下 回 っ て い る。 後 者 の グ ル ー プ に お い て は、フィリピンで「悪い」の回答率が、ラオスで「どちら ともいえない」の回答率が多くなっている。 表 3 は、 「生 活 の 質」 の 主 観 的 評 価 を 従 属 変 数、 回 答 者 の基本属性を独立変数として、全有効回答者について回帰 分析を行った結果である。性別を除いて統計的に有意であ る。ただし、同じ分析を国別に行うと表3と異なる特徴を 示 す ケ ー ス が 存 在 し た。 イ ン ド ネ シ ア で は、 「生 活 の 質」 の主観的評価は「脆弱就業」および地方の居住者であるこ とと正の相関関係にある ( p=0.000, 0.015 ) 。 またシンガポー 全体 ブルネイ シンガポール マレーシア インドネシア ベトナム ミャンマー タイ カンボジア フィリピン ラオス 53.3 35.1 11.6 90.7 7.6 1.7 85.2 12.7 79.5 14.2 6.4 2.1 50.3 43.5 6.2 46.8 47.5 5.7 45.3 41.4 13.2 40.8 48.3 10.8 34.3 45.0 20.7 29.8 24.3 45.9 29.0 67.3 3.7 よい どちらともいえない 悪い 図1 「生活の質」についての主観的評価(回答率%) (出所)ASEAN-Barometer 2009: Q1.

(7)

ル の 回 答 者 に お い て は、 「生 活 の 質」 の 主 観 的 評 価 は 結 婚 していることと正の相関関係を示している ( p=0.04 ) 。

ASEAN諸国

WHOQOL

適用

主観的な「生活の質」を「文化横断的」なかたちで指数 化 し た W H O Q O L ― B R E F は、 い ま 取 り 上 げ た「生 活 の質」の主観的評価との関連を検証しつつ構築された。そ れ は 主 観 的 な「生 活 の 質」 を、 身 体 的、 精 神 的、 人 間 関 係、生活環境、の四領域に区分し、それぞれ指数化したも のである。表4は、それらの領域内部の構成要素をASE A N バ ロ メ ー タ ー の 質 問 項 目 (表 中 の 括 弧 内 に 記 載) と 対 応させて示したものである。回答者はそれぞれについて五 段階で評価し、その結果をもとに各領域のスコアを算出す る。 算 出 法 は W H O Q O L に 従 っ て、 [ (構 成 要 素 の 総 和 の 平 均 値 × 4 ) ― 4 ] × ( 100/16 ) で あ る。 各 質 問 に お け る 五 段階評価は低い順に1から5にスコア化する。 図2でその結果を国別に表した。図1で「生活の質」を 「よ い」 と す る 回 答 率 が 全 体 の 水 準 を 上 回 っ て い る ブ ル ネ イ、シンガポール、マレーシアはいずれも、各領域で全体 の水準を上回っている。タイを除くその他の六ヶ国につい 身体的領域  F1 身体の痛み、思うことができない(Q3*  F2 治療を受ける必要性(Q4*  F3 活力(Q10)  F4 移動(Q15)  F5 睡眠(Q16)  F6 活動能力(Q17) 精神的領域  F7 仕事上の能力(Q18)  F8 ポジティヴな感覚(Q5)  F9 有意義の感覚(Q6)  F10 集中度(Q7)  F11 体型・容姿(Q11)  F12 自己肯定感(Q19)  F13 鬱気(Q25*) 人間関係の領域  F14 人間関係(Q20)  F15 友人の支え(Q21) 生活環境の領域  F16 安心・安全感(Q8)  F17 周辺環境(Q9)  F18 経済力(Q12)  F19 情報へのアクセス(Q13)  F20 余暇(Q14)  F21 住まいの環境(Q22)  F22 医療、福祉サービスへのアクセス(Q23)  F23 交通の便(Q24) 表4 WHOQOLに準拠した「生活の質」指数の構成 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 85 80 75 70 65 60 55 50 ブルネイ 全体 ブルネイ 図2 WHOQOL に準拠した主観的な「生活の質」の国別パターン 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 80 75 70 65 60 55 50 カンボジア 全体 カンボジア 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 75 70 65 60 55 50 インドネシア 全体 インドネシア 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 75 70 65 60 55 50 ラオス 全体 ラオス 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 80 75 70 65 60 55 50 マレーシア 全体 マレーシア 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 75 70 65 60 55 50 ミャンマー 全体 ミャンマー 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 75 70 65 60 55 50 フィリピン 全体 フィリピン 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 80 75 70 65 60 55 50 シンガポール 全体 シンガポール 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 80 75 70 65 60 55 50 タイ 全体 タイ 身体的側面 人間関係の側面 生活環境の側面 精神的側面 75 70 65 60 55 50 ベトナム 全体 ベトナム 性  別(1) ―.004798 年  齢 ―.0067066*** 学歴水準 .0500862* 婚姻関係(2) ―.1419102* 脆弱就業(3) ―.5444094*** 世帯月収 .2699291*** 居 住 地(4) ―.3554317*** 表3「生活の質」の主観的評価と回答者の 基本属性の関係についての回帰分析(全体) (備考) ***p < 0.001;**p < 0.01;p < 0.05 (1) 男性=1、女性=2 (2) 結婚している=1、独身=0 (3) 農林漁業の自営者、行商人・露店商人=1、その他(無 職、失業者を除く)=0 (4) 都市部=1、地方=2

(8)

を置きつつ、地方居住および女性という条件をそこに組み 合わせて方策を組み立てていくことが効果的であると考え られる。 生 活 環 境 の 領 域 に つ い て は、 カ ン ボ ジ ア、 イ ン ド ネ シ ア、ベトナムが全体のスコアを五から一〇ポイント下回っ ている。これらの諸国の回答者の基本属性を独立変数とし て回帰分析を行った結果、いずれにおいても生活環境の領 域 の ス コ ア は 世 帯 収 入 と 正 の 相 関 関 係 に あ る ( p=0.000 ) 。 加 え て、 イ ン ド ネ シ ア に つ い て は、 「脆 弱 就 業」 と 正 の 相 関 関 係 ( p=0.025 ) 、 ベ ト ナ ム に つ い て は 居 住 地 と 正 の 相 関 関 係 ( p=0.011 ) に あ る。 他 方、 回 答 者 全 体 に つ い て 同 じ 分析をすると、 「脆弱就業」 については負の相関 ( p=0.000 ) を、 居 住 地 に つ い て は 負 の 相 関 ( p=0.000 ) を 観 察 し た。 こ れ ら を 踏 ま え る と、 生 活 環 境 の 領 域 に お け る「生 活 の 質」の底上げにおいては、低所得層を中心に据え、その属 性 (就 業 形 態 や 居 住 地) を 地 域 の 特 性 に 応 じ て 絞 り 込 ん で いくというアプローチが有効であろう。 ②ミレニアム開発目標との関連 以上は回答者の基本属性を主軸とする考察であったが、 人びとを取り巻く環境条件についてはどのような要因が主 観的な「生活の質」に影響を与えているのだろうか。前節 で 指 摘 し た よ う に「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 は、 「貧 困 の 軽 減」 、「保 健 ケ ア へ の ア ク セ ス と 健 康 的 な 生 活様式の促進」 、「感染症の管理能力の向上」の項目のなか にミレニアム開発目標を組み入れている。その点に注目し てここでは、ミレニアム開発目標が縮減や改善の対象とす る極端な貧困と保健ケアへのアクセスを取り上げる。 ミレニアム開発目標で縮減の対象とされる極端な貧困と は、 一 日 一 米 ド ル (購 買 力 平 価) 未 満 の 生 活 を 指 す。 A S E A N バ ロ メ ー タ ー で は そ の 条 件 に 厳 密 に 当 て は ま る グ ループを特定できないが、世帯月収のデータを用いて同条 件と重なっている可能性の高いグループを括り出すことは 可 能 で あ る。 図 3 は、 そ う し て 括 り 出 し た グ ル ー プ (貧 困 ては、四つの領域のうち少なくとも二つの領域のスコアが 全体の水準を下回っている。以下ではこうした結果を足が かりに、WHOQOLにもとづいて主観的な「生活の質」 をASEANレベルで底上げしようとする観点に立った場 合の重点を探る。 ①領域別考察 ASEANレベルで主観的な「生活の質」の底上げをは かろうとする見地に立つと、身体的領域については、図2 の示すようにこの領域のスコアが相対的に低位にあるカン ボジアとフィリピンのパターンに主眼を置く必要があるだ ろう。カンボジアとフィリピンそれぞれの回答者の基本属 性 を 独 立 変 数 と し て 回 帰 分 析 を 行 う と、 身 体 的 領 域 の ス コ ア は い ず れ も 、 年 齢 と 負 の 相 関 関 係 ( そ れ ぞ れ p=0.000, 0.003 ) 、 世 帯 月 収 と 正 の 相 関 関 係 ( そ れ ぞ れ p=0.001, 0.03 ) にある。同様の関係は回答者全体でも観察された。これら の諸点に注目すると、カンボジアとフィリピンのパターン を念頭に置いた身体的領域での取り組みにおいては、比較 的に高齢な層と低所得層により高い政策的優先順位を置く ことが効果的であると考えられる。 精神的領域については、図2の示すようにこの領域のス コアが相対的に低位にあるカンボジアとベトナムのパター ンが念頭に置かれるべきであろう。この両国における回答 者の基本属性を独立変数として回帰分析を行うと、精神的 領域のスコアは双方とも性別および世帯月収とそれぞれ正 と 負 の 相 関 関 係 を 観 察 し た (性 別 に つ い て は そ れ ぞ れ p=0.000, 0.001 、 世 帯 月 収 に つ い て は 共 に p=0.000 ) 。 加 え て、精神的領域のスコアはカンボジアでは年齢の高さと負 の 相 関 関 係 ( p=0.000 ) 、 ベ ト ナ ム で は 学 歴 と 正 の 相 関 関 係 ( p=0.022 ) に あ る。 こ れ ら の 有 意 な 相 関 関 係 は 回 答 者 全 体 においても観察された。なお学歴水準はいずれの国におい て も 世 帯 月 収 と 正 の 相 関 関 係 ( p=0.000 ) に あ る。 以 上 の 結果を踏まえると、精神的領域の底上げにおいては、とり わけ低所得層の高齢女性に重点を置き、内容的には低所得 対策につながる教育の拡充に高い優先順位を置くことが効 果的であろう。 人間関係の領域については、ベトナムとミャンマーのス コアが相対的に低位にある。この両国の回答者の基本属性 を独立変数として回帰分析を行うと、人間関係の領域のス コアは、ベトナムについては世帯月収および居住地と正の 相 関 関 係 (共 に p=0.000 ) 、 ミ ャ ン マ ー に つ い て は 性 別 と 負 の相関関係 ( p=0.016 ) 、 世帯月収と正の相関関係 ( p=0.01 ) にある。以上の関係は回答者全体についても観察された。 これらを踏まえベトナムとミャンマーのパターンを念頭に 置いて人間関係の領域における「生活の質」をASEAN レベルで底上げする方策を検討する場合、低所得層に力点 中・高 低 80 75 70 65 60 55 50 45 40 35 身体的側面 精神的側面 人間関係 生活環境 身体的側面 精神的側面 人間関係 生活環境 75 70 65 60 55 50 45 それ以外 貧困層 図3 貧困と主観的な「生活の質」(全回答者) 図4 医療アクセスと主観的な「生活の質」 (全回答者) 中・高 低 80 75 70 65 60 55 50 45 40 35 身体的側面 精神的側面 人間関係 生活環境 身体的側面 精神的側面 人間関係 生活環境 75 70 65 60 55 50 45 それ以外 貧困層

(9)

おいてマレーシアのスコアはタイのそれを上回っている。 これらのいずれか、あるいはそのコンビネーションが、マ レーシアにおいて「生活の質」そのものについての主観的 評価が相対的に高くなっている要因になっている可能性が ある。その部分はさらに踏み込んだ検討を要するが、前述 のようにマレーシアはASEANのなかのモデル的ケース とみなしうることを考え合わせると、WHOQOLを基準 にして主観的な「生活の質」の向上をASEAN全体では かろうとする際の焦点の一つになりうる。

概括

本稿では以下の諸点を明らかにした。 ⑴「生活の質」を政策理念として掲げ、そのもとで「生活 の質」を指標・指数化しその向上をはかろうとする考え 方は国際的水準を有しており、ASEANにおいても二 〇 〇 〇 年 代 の 中 頃 以 降、 明 確 な か た ち で 現 れ る よ う に なっている。ASEANは二〇〇三年に第二ASEAN 協和宣言を採択し、遅くとも二〇二〇年までに経済、安 全保障とならんで社会・文化の領域においても共同体を 構築することへの意志を明確にすると共に、その構想の 実現にむけた取り組みの一環として、域内における「人 びとの生活の質の向上」を理念に掲げる「ASEAN社 会・文化共同体計画」を策定し二〇〇九年にこれを採択 し た。 「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 は、 ミ レ ニ アム開発目標を組み入れると共に、域内の「開発ギャッ プ」の是正・解消を主な目的にする「ASEAN統合イ ニシアティヴ」や「健康的なASEAN生活様式の地域 行動計画」といった、ASEANの従前の政策、計画を 統 合 し た 内 容 に な っ て い る。 特 に、 「心 の 健 康」 を 目 標 に 掲 げ (広 義 の) メ ン タ ル ヘ ル ス を 重 点 分 野 の 一 つ と 位 置づける後者の地域行動計画を部分的に統合したことに よ っ て、 「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 の 内 部 で は主観的な「生活の質」の観点が潜在的に重要性を増し ている。 ⑵ 主 観 的 な「生 活 の 質」 に つ い て は、 そ れ を「文 化 横 断 的」に評価するために開発されたWHOQOLが存在す る。これは世界保健機関独自の「包括的」な健康観・保 健ケア観にもとづいているため、狭義の保健・医学の領 域にとどまらず、ASEANが社会領域における目的の 一つに掲げている広い意味での「心の健康」ひいては主 観的な「生活の質」を評価・分析するためのツールにな りうる。 ⑶ W H O Q O L ― B R E F と ほ ぼ 同 じ 質 問 項 目 を 組 み 入 れ たASEANバロメーターの調査結果にもとづいて、二 層) の W H O Q O L 基 準 の 主 観 的 な「生 活 の 質」 ス コ ア を、 そ の 他 の グ ル ー プ の そ れ と 比 較 し た も の で あ る (全 回 答 者) 。 貧 困 層 の ス コ ア は 全 側 面 で そ の 他 の グ ル ー プ を 下 回っている。 図4は、医療の利便性を「とても悪い」ないし「悪い」 と評価している回答者を医療アクセスの水準が低いグルー プと定義し、WHOQOLにもとづくその主観的な「生活 の質」スコアをその他のグループのそれと比較したもので あ る (全 回 答 者、 Q 4 7 d) 。 人 間 関 係 の 領 域 で 近 接 し て いるが、その他の領域ではいずれも医療へのアクセスが低 いグループのスコアはその他のグループのそれを下回って いる。以上を踏まえると、ミレニアム開発目標のめざす極 端な貧困の縮減と保健ケアへのアクセスの改善は主観的な 「生活の質」の向上につながる可能性が高い。 ③経験とベスト・プラクティスの共有 「A S E A N 社 会・ 文 化 共 同 体 計 画」 は 随 所 で、 取 り 組 みを地域全体で推進していくうえでの原則の一つとして、 域内における「経験とベスト・プラクティスの共有」を掲 げている。その観点を敷衍すると、前述の医療アクセスに ついては、今回の調査でその主観的評価の平均値が全体平 均 (三・七八) より高かったのは、ブルネイ (四・二八) 、 シ ン ガ ポ ー ル (四・ 二 一) 、 マ レ ー シ ア (三・ 九 二) 、 タ イ (三・ 九 九) で あ る。 こ れ ら の 諸 国 の 例 は 制 度 面 も 含 め て 参考ケースになると考えられる。同諸国は同時に、WHO QOLにもとづく主観的な「生活の質」の水準が相対的に 高い諸国でもある。そのうちブルネイとシンガポールは国 土の広さや人口規模においてやや特異である。そのため個 別分野での取り組みとは別に総体的観点に立つ場合、前述 の四ヶ国のなかではマレーシアとタイが、主観的な「生活 の質」の向上をはかるうえでのASEANの実質的モデル になりうると考えられる。 そのうちタイについては、図1、2の示すように、スコ ア が 全 領 域 で 全 体 の 水 準 を 上 回 っ て い る。 そ の 背 景 と し て、 公 的 健 康 保 険 制 度 の 整 備・ 対 象 範 囲 の 拡 大 や 保 健 医 療・健康増進の諸施策から構成される「ヘルシー・タイラ ンド」事業の推進を指摘できる。その反面で、タイにおけ る「生活の質」を「よい」とする回答率は相対的に低く、 全体の七番目である。他方、マレーシアのスコアは全領域 に お い て 全 体 の 水 準 を 上 回 っ て い る と 共 に、 「生 活 の 質」 についての主観的評価において「よい」の回答率がブルネ イ、シンガポールに次いで高い水準にある。そのマレーシ アは、図2の示すように、生活環境の領域においてのみタ イより高い水準を示している。そこで生活環境の領域に注 目し、表4に記したその構成要素についてみると、安心・ 安全感、周辺環境、経済力、情報へのアクセス、余暇、に

(10)

ASEAN

2009a

)ASEAN Social-Cultural Community Blueprint,

ASCC. A SE A N ( 20 09b ) A SE A N C omm un ity in F ig ur es 2 00 9, ASEAN Secretariat. Bognar, G. ( 2005 ) The Concept of Quality of Life, Social

Theory & Practice 31

( 4 ) . McClean, K., Warr, P., Lorenzen, S. ( 2008 ) Poverty Reduction and Social Development in ASEAN: Towards an ASEAN Roadmap for the Implementation of the Millennium Development Goals (

REPSF II Project No. 07/007

). Nordenfelt, L. ed. ( 1994 ) Concepts and Measurement of Quality

of Life in Health Care, Springer.

OECD ( 1971 ) Science, Growth and Society, Organisation for

Economic Co-operation and Development.

Phillips, D. ( 2006 ) Quality of Life: Concept, Policy and Practice, Routledge. Stöber, G. J. and Schumacher, D. ed. ( 19 73 Technology

Assessment and Quality of Life, Elsevier Scientific Pub.

UNDP ( 2010 ) Human Development Report 2010, United

Nations Development Programme.

United Nations Statistics Division, UNdata

( http://data.un.org/ ) WHO ( 1998 ) WHOQOL User Manual, Division of Mental

Health and Prevention of Substance Abuse.

WHOQOL Group ( 1995 ) The World Health Organization Quality of Life Assessment ( WHOQOL )ʼ, Social Science & Medicine 41 ( 10 ). 〇〇九年末から二〇一〇年初頭のASEAN諸国におけ る主観的な「生活の質」を分析した。その結果は次のよ うなものであった。①「生活の質」そのものについての 主観的評価は、ブルネイ、シンガポール、マレーシアが 全 体 の 水 準 を 上 回 っ て い る (図 1) 。 ② W H O Q O L に 準拠して主観的な「生活の質」を四つの領域に分け、そ れぞれ評価を国別にスコア化すると多様なパターンを示 し た (図 2) 。 そ れ を 踏 ま え て、 W H O Q O L に も と づ く主観的な「生活の質」の向上をASEANレベルでは かろうとするならば、重点をどこに置くのが有効である のかを回答者の基本属性を軸に検討した。③ASEAN が取り組むミレニアム開発目標との関連では極端な貧困 の 縮 減 と 保 健 ケ ア へ の ア ク セ ス の 改 善 は 共 に 主 観 的 な 「生 活 の 質」 の 向 上 に も つ な が る 可 能 性 が 高 い こ と、 ま た と く に マ レ ー シ ア の ケ ー ス は 生 活 環 境 の 領 域 を 中 心 に、多くのASEAN諸国にとって参照点になりえるた め、より掘り下げた検討に値することを指摘した。 ◉注 * 1 「生 活 の 質」 を 直 接 の テ ー マ と す る も の で は な い が、 世 界 価 値 観 調 査 や ア ジ ア・ バ ロ メ ー タ ー と い っ た、 A S E A N に 加 盟 し て い る 数 ヶ 国 を 対 象 に 含 め て 実 施 さ れ た 意 識・ 価 値 観 調 査 の な か に、 主 観 的 な「生 活 の 質」 を 知 る う え で の 手 が か り と な り う る 質 問 が 含 ま れ て い る 場 合 は あ る。 ま た、 東 ア ジ ア に お け る 主 観 的 な「生 活 の 質」 を テ ー マ と す る 猪 口・ ド ー チ ュ ル・ シ ン 編(二 〇 一 一) は、 シ ン ガ ポ ー ル を 対 象 に 含んでいる。 * 2 A S E A N バ ロ メ ー タ ー に 含 ま れ て い な い の は「人 間 関 係」の領域についての質問のなかの一つである。 ◉ 参考文献 猪 口 孝 編(二 〇 一 一) 『ア ジ ア・ バ ロ メ ー タ ー   東 ア ジ ア と 東 南アジアの価値観』慈学社。 猪 口 孝・ シ ン、 ド ー チ ュ ル 編(二 〇 一 一) 『東 ア ジ ア の ク オ リ ティ・オブ・ライフ』東洋書林。 A DB ( 2010 ) K ey Ind ic at or s for As ia a nd the Pa ci fi c 201 0,

Asian Development Bank.

ADB

2011

Key Indicators 2011, Asian Development Bank.

ASEAN ( 2000 ) Declaration of the 5th ASEAN Health M in ist er s M ee tin g on H ea lth y A SE A N 20 20 ( 28 -29 A pr il 2000 ). A SEA N ( 200 2 ) R egi ona l Ac tio n P lan o n H eal th y A SE AN Lifestyles, AHMM. AS EA N ( 20 06 ) Li st of N ew IA I Pro je ct Ide as ( JARC OM5 /4-1 ( b ) ). ASEAN ( 2007 ) Chairpersonʼs Statement of the 12th ASEAN Summit

One Caring and Sharing Community

. ASEAN ( 2008 ) ASEAN Statistical Yearbook 2008, ASEAN Secretariat. ◉ 著者紹介 ◉ ①氏名…… 山本卓 (やまもと・たく) ②所属・職名…… 法政大学法学部政治学科・准教授 ③生年・出身地…… 一九七五年・埼玉県育ち ④専門分野・地域…… 英国福祉史・イングランド ⑤ 学 歴 …… 法 政 大 学 法 学 部( 政 治 学 科 )、 立 教 大 学 大 学 院 法 学 研 究科 (政治学専攻) ⑥職歴…… 立教大学法学部 ・ 助手、助教 (二年) 、新潟県立大学 ・ 研究員 (一年) 、立教大学法学部・特任准教授 (一年) ⑦現地滞在経験…… 英国スコットランド (二〇〇〇年度) 、香港 ⑧研究手法…… 史料分析 ⑨所属学会…… 日本政治学会等 ⑩ 研 究 上 の 画 期 …… 二 〇 〇 〇 年 代 中 頃 に 英 語 圏 か ら 起 こ っ た 健 康格差論の (再) 台頭。 ⑪ 推 薦 図 書 …… 井 野 瀬 久 美 惠 編『 イ ギ リ ス 文 化 史』 ( 昭 和 堂、 二 〇 一 〇年)

参照

関連したドキュメント

Keywords: homology representation, permutation module, Andre permutations, simsun permutation, tangent and Genocchi

pole placement, condition number, perturbation theory, Jordan form, explicit formulas, Cauchy matrix, Vandermonde matrix, stabilization, feedback gain, distance to

in [Notes on an Integral Inequality, JIPAM, 7(4) (2006), Art.120] and give some answers which extend the results of Boukerrioua-Guezane-Lakoud [On an open question regarding an

The development of these ideas has followed two complementary ways, namely (i) the dimensional reduction of a higher-dimensional gauge theory over fuzzy internal spaces [19] and

In Section 7, we state and prove various local and global estimates for the second basic problem.. In Section 8, we prove the trace estimate for the second

Giuseppe Rosolini, Universit` a di Genova: [email protected] Alex Simpson, University of Edinburgh: [email protected] James Stasheff, University of North

In the present paper, we show that, under the same hypothesis on the diameter of the tree, the group is an HNN extension with finitely presented base group, and hence that the

The Leaders welcomed the successful conclusion of the negotiations for the ASEAN-Japan Comprehensive Economic Partnership (AJCEP) Agreement and noted with satisfaction that