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グサヴィエ・ド・モンテパン「パン配達人」フランス短編小説の旅(二十四)

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グサヴィエ・ド・モンテパン「パン配達人」

フランス短編小説の旅(二十四)

0.読みの冒険

X イクス 。旅の目的地となりうる作家・作品は皆無に近い。わずかな可能性に賭 けて手配した切符は届けられず、短編小説とは言えないまでも仮押さえをして おいた切符(グゼナキスの作)は行方不明。文字どおり謎のイクスとして何か しらの作品を取りあげ、かの「第二芸術論」さながら、作品名・著者名の推理 を求めるというのは、窮余の一策としても禁じ手気味で気が進まない。そこで 浮上したのがXavier de Montáepin である。姓名の、名の方がXで始まるのをもっ て良しとしよう、本来はMの項であるのだが。使用テクストを含むアンソロ ジー1の著者紹介のところで、Mの項に属してはいるものの、例えば Ennery (Adolphe d')という表記が他ではとられているなかで、Xavier de Montáepin のまま扱われていることが、少しはこの選択を正当化してくれるであろうか。 問題はそれだけにはとどまらない。ここに取りあげる作品は、実は、長編の 抜粋である。大衆小説であることは妨げにならないが、「短編小説の旅」の看 板が泣く。 しかし。短い抜粋をアンソロジーに採用しているのは、それを読むことに何 がしかの文学的意味があると考えてのことであるはずだ。つまり、それだけの ものとして読んでよろしい、ということであるだろう。全体は細部に宿る。な らば、旅の目的地とすることも許されるとしよう。テクストにもとの作品(以 下、原典と表記)の長さに関する言及がないのをよいことに、短かめの作品の 抜粋であると思い込んで(辞書2にはしっかり全5巻と記されていたりするの だが)。 使用テクストは、短い内容紹介と抜粋とから成り立っている。まず紹介部を そのまま訳し、抜粋部は、センテンスを基準に、適宜分節して翻訳する。セン テンスの最後に、( )に入れて分節番号を付し、それに基いて抜粋部のみの

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読みを展開してゆく。 ☆ ☆ ☆ 若い寡婦ジャーヌ・フォルティエは職工長のジャック・ガロの求愛を退ける。 ガロは社長を殺し、工場に火をつける。ジャーヌは、罪を問われ、正気を失っ てしまう。しかし少しずつ自分を取り戻す。我が子たちを探し出すぞとの思い に突き動かされてのことである。 何年もの後、犠牲者たちの子供と犯人の娘とが出会う。そして、あれこれの 展開をへて、悪人たちは罰せられ、善人たちは報われる。「天には正義がある」。 ジャーヌ・フォルティエは有罪を取り消される。彼女は折々にこう口にする、 「私、とても苦しい思いをしたわ。でも、いまは天国よ。ほんと神さまってす てき。」 第一部の終りのところで、ジャーヌは、職探しを始めるとすぐ、パンの配達 人の仕事を見つける。というのも、誠実な様子をしていてやる気があれば、仕 事を手に入れるのは難しくないからだ。 ☆ ☆ ☆ 「あなたのお店、御主人がパンの配達人をお探しだってさっきおっしゃいま したわね?……」(1) 「そうだったかな……応募したいの?……」(2) 「はい。」(3) 「仕事にはなれているのかな?」(4) 「そうではないですけど、それですごく困るってことはないはずだと思いま す。(5)私をお雇いになられる方々は、きっと私に満足なさいますよ……」(6) 「ほほう! 結構頭がまわるんだね……(7)でも、あらかじめ言っておか なくちゃな、この仕事、疲れるよ(8)」。 「丈夫ですし……ガッツもありますの」。(9) 「パリは知っているのかな?」(10) 「それほどは。でも、お客さまはみなさん同じ地区内なのですよね。」(11) 「御主人のお客、あちこちにちらばってるんだ。」(12) 「御主人、お住まいはどちらかしら?(13)  「ドフィヌ街6番地、でもお客はシテ島にもいるんだ……マレ地区にまで ね。」(14)

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「応募したら採用していただけるって思われます?」(15) 「そりゃね、その点についちゃ請けあうよ!(16)3日前からあちこちに手を のばして配達の女性を探してるんだ(17)。よければ、今夜、主人に言っとく よ、あなたが明日の朝たずねて行くって(18)」。 「ほんと、そうして下さい、お願いします。」(19) 男は言った、「あてにしてくれていいよ、そうするって、それも喜んでね、 だって、あなたまじめそうだもの(20)。私の紹介だって言って店に顔を出す だけでいいよ……ル・リヨネーの紹介だって(21)。店にはおかみさんがいる よ(21)。ところで、何という名前なのかな?(22)」 「リズ・ペラン。」(23) 「結構!……」(24) ここでル・リヨネはレストランを出て仕事をしに行った(25)。ジャーヌは 新しい住まいに戻った。(26) 最上階に通じる階段を苦労して登りながら彼女はこう思った(27)、「パン配 達人か……一日5時間の仕事(28)……昼間の残り時間は自由になる(29)。こ の時間を全部、息子を探すのにあてられる!(30)」 翌日、彼女はドフィヌ街のパン屋に出向いた(31)。ルブレ夫人が売り場に いた(32)。ジャーヌがル・リヨネの紹介で来たと告げると、おかみさんはと びきりの笑顔をふりまいてこう言った(33): 「配達人に応募してこられたのね?」(34) 「はい、奥様。」(35) 「このお仕事、なさったこと全くないのね?」(36) 「全く。でも、熱意で経験不足をカバーできると思いますし、何でもして喜 んでいただけるようにします。(37) 「そうしてね。」(38) 「雇って下さいますのね!」(39) 「もちろんよ……仮採用で……お住まいはどちら?」(40) 「セーヌ街24番地です(41)……最近くにから出てきたのです。くにには3 年いました(42)。私、やもめです(43)。」 「よくわかったわ(44)……お顔の色がすてきなんで、あれこれわかります よ(45)。お名前は?(46)」

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「リズ・ペランです。」(47) 「じゃ、リズ、明日から仕事はじめてね(48)……今日はうちのお伝いさん と昼の間にお客さんめぐりよ、住所渡しますからね(49)。」 「何時にお店に来ればよろしいの?」(50) 「6時ですよ、朝の配達にはね(51)。遠くにお住まいのお客様もいるけれど、 9時には帰ってこれますよ(52)。次は夕方の5時にまた来てくれなくちゃね、 何軒かのお家やレストランは、午後に「焼いて」おくの(53)。こっちは1時間 半、つまり2時間の仕事ですよ(54)。」  「わかりました、奥様。」(55)  「お手当ては一日3フランとパン1キロ(56)。これが私の払える日当よ(57)。」 「さ、十フランあるわ、神さまへの献金用よ(58)。」 逃亡女性は顔を赤らめ、感謝の気持をあらわし、決まったとおりにすること を約束すると、店を出た(59)。

1.余情

1−(1) 怜悧 内容紹介をうけ、ジャーヌの求職の場が示される。ジャーヌの話し相手、 「あなた」が何者であるのかは不明である。原典には当然記されているのだろ うが、ここでは、不明のまま読み進めることになる。 パンの配達人。男性・女性の区別のない職種なのか、比率はどうか、年齢層 は(若くなければつらい仕事であろうが)、などの疑問は社会学の問題として、 追求はさし控えよう。仕事としては、作品発表の頃(1884年)、従事する人々 の数は多かったと推測しておく。 (1)の「さっきおっしゃいましたわね」に注目。ジャーヌは「あなた」に 求職目的で会ったのではないのだろう。相手の言葉にチャンスを見た。職探し に必死であるとはいえ、頭のよさが窺える。(2)の「そうだったかな」は、求 職話がたまたま話題になっただけであることを示している。 (2)では「あなた」からジャーヌは「あなた」(=vous)と原文では呼ばれ ている。上下関係的な二人ではなさそうである。(3)の「はい」は、後に「ム スィユー」をつけていないので、それで失礼には当らない関係を示す。大きな

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年齢差はないのだろう(テクストを読みあげるまでに訂正するだけの要素がな く、かつ、原典とつきあわせたとき誤っているとすれば、抜粋というものの限 界を示すだろう)。とすれば、この二人の言葉づかいをどう日本語に移すかで 悩みが生まれる。丁寧にすぎるのも、砕けすぎるのも、妥当性を欠く。訳文は 一つの試みである。 (4)は男性がプラスの方向で話を進めていることを示す。要するに「経験 は?」と聞いた。経験がなければ勤まらないような仕事内容ではないのだから、 仕事のつらさを知っているかを確かめようとした(これは(8)の最後で明ら かになる)。女性に体力がなさそうに見えたのだろうか。「話を取りついでもよ いが、勤まるかなあ」といったところ。これを受けた女性の言葉は、好意の中 のマイナスの要素を敏感に察知して、必死に自分を売り込もうとしたもの。特 に(6)は、この仕事に限らず、と言っているようで、例えこの話が何かの都 合でだめになっても、他のお話あればよろしく、との含みが見える。 これを読みとったからこそ男性は「頭がまわる」と言った(7)。「ほほう!」 原語は“parbleu!”。関心の度は深い。ということはまた、出会いのいきさつ は何であれ(抜粋では不明)、初対面(に近い)二人であることを示していよ う。実際のところは、パンの配達の仕事などを求めるにしては出来のよい女性 だと驚いた(当時はこの仕事のなり手は知的レベルが概して低かったのであろ う。本稿の筆者として人間的差別をする意図はない)。だから、話に本腰が入 る。(8)は体力上の念押しであり、(9)は、内容的には(5)・(6)の要約であ る。 1−(2) 作為 男は「パリを知っているか」と問う(10)。配達区域に踏み込んでのことで あり、「採用」は当然と考えているはずだ。わざわざこう尋ねたのは、女性が 見るからに地方出身であったか、すでにそれを知っていて、地理不案内のまま であるのを懸念した。配達の区域は広いよ。女性は質問の意図を察したが、大 したことはあるまいと考えた(11)。パリといっても一区画内だろう。以下、 (14)までは、男性からの情報伝達としてのみ読み取ろう。要点的な語り口が ① 男性のむだ口を嫌う性格か ② 全能の作者の「物語に必要なこと以外は切 り落とす」技術を伝えるにしても。(13)は、もちろん、配達の基点となる場 所を知ろうとしたもので、パン屋の主人の職住は一致している。ドフィヌ街以

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下の地域の広さは、知る人は知る、知らぬ者は知らぬままに「広い」と受け取 ればよい(いちいち地図で調べないのが「読書」である)。 (15)。女性としては一番に知りたいことである。(3)に続けていてもよい はずだ。男性による仮面接を受けているつもりで、それには合格したかと問う ているのだろうか。しかし、採否の判断は店の主人が決めるのである以上、男 の面接は不要であるし、男の目にかなっていることは流れから明らかだから、 (16)の返事はすでに見えている。(14)と(15)のつながりも唐突気味。こ こは会話の「真実」よりも「起承転結」をできるだけ追おうとする作者の「作 為」が現れたものと考える。 (17)からすれば、採用は初めから決まっているようなものだ。人手不足、 なのだろう。確かに男がノーと思えば話は伝わらないが、不足ならそうは言う まい。採用されるはずだが仕事のことはわかっているか、との形で会話は成り 立つものではないだろうか。(20)で「喜んで」伝えると言う。これは「喜ん で」でなくても伝えることを意味しないだろうか。 そう、作者は「色々な情報を読者に知らせる」ことを第一の目的とし、その 目的にもっともあう形で会話を成立させたのである。3 (20)の「まじめそう」も企みの一語である(原文brave)。(7)の「頭がま わる」とともに、誉むべきリズ・ペランの人物像の柱となる美点。編者による 紹介部からわかるように、キリスト教の「神」を信じて日常を正しくすごせば、 誰にでも好かれ、道は開ける。まさしく「顔を出すだけ(21)」でよいのであ る。名前など、どうでもよい。男が女性の名をきくのはようやく対話の最後に おいてのことである(22)。二人が初対面であったことが判明するが、企みの ためには当然である。(24)の「結構」は、対話の切り上げの記号であるとと もに、名を知ることが必要な情報の最後であることを示している。 (25)・(26)の地の文で、対話の場面がしめくくられる。二人が別の方向に 立ち去ることを示したのは、対話という交錯の場の火花を浮き立たせるためで ある。 ここで、(26)に至るまでに、11か所に中断符(2倍リーダー)が用いられて いることに注目しよう。細かくみれば、男性7か所、女性4か所。これは、話す 途中に用いられている場合には、二人が考えをめぐらしながら言葉をついでい ると言えるであろう。しかし、(1)、(2)、(24)では文末に置かれている。何

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かを言い淀んでいるとも思われない。とすれば、断定をさける、あるいは口調 をやわらかくするために、意識的か無意識的にかは見わけられないものの、作 者が偏愛したものと考えられるであろう。男女差を重視すれば、男性の性格を 意図的に暗示したとも言えるのだが。いずれにせよ、アメリカの、チャンドラー などの「ハード・ボイルド」の乾いた文体とは対照的に、「情」の表現に傾く ものであることは否定できまい。

2.ひな型

2−(1) なぞり リズの思いを伝え始める(28)に中断符が立て続けに二つ。男女差は重視し なくてよいであろう。「最上階に通じる階段を登る」(27)は、むろん、貧乏を 共示する(エレベーターのない時代、貧しい人々は最上階住まいを強いられた)。 しかし、リズの思いは、階段を登るタイミングで生じるものだろうか。もっと 早く、いや、応募しようとする時すでに、このように考えていたはずだ。生活 と、息子探しの両立。原典では、すでに彼女の貧しさは示されていよう(抜粋 からも想像がつく)。したがって、この文、貧しさの共示が目的ではない。と すれば、(26)の、帰宅した、との情報の肉づけとして(27)から(30)まで は記された。ここにも作為がすける。だが、(29)、(30)の希望の大きさを見 れば、「階段を登る」のは、気持の高まりにまさしく照応するものである。あ るいは、ここに作者の意図はあったのかもしれぬ。 (31)は事実伝達の働きをのみ読む。(25)に始まる原文の単純過去、ここ では「出向いた」に「小説」の共示があるのは当然だが(リズの言葉にわざと らしい方言が用いられていないのは、バルトの気に入ることであろうか。4) 以下、(33)までは、筋を追うだけのところである。売り場にはおかみさん がいる。すでに「主人」(=patron)という語が用いられている((1)、(12)) ので、寡婦ではない。夫は製造、妻は店番というスタイルは通常のものだろう。 にこやかな応待は、話が通じていること、よい応募者を得て喜んでいることを 示している。採否の決定は、主人ではなく、おかみによると判断できるので、 型どおりの質問と「合格」決定へと話は進むにちがいない。 (34)は、確認。(3)と違って、「奥様」の一言が(35)には加えられてい

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る。ル・リヨネに対しても、抜粋部以前、対話のはじめでは「ムスィユー」と いっているのだろうか。ともあれ、「奥様」があることで、知らされている人 柄にふさわしい礼儀正しさを、おかみは認めたはずである。(36)と(37)は、 (4)と(6)のなぞりである。おかみは、情報を得てはいても、自分で確かめ る必要がある。だが、その情景を「再現」する作者の意図は、(37)の「熱意」、 原語bonne volontáe に焦点をあてることにある。リズの人柄をとおして、作者 の価値観を強調したのである。 (39)と(40)は(15)と(16)にそれぞれ対応する。さきに、(15)・(16) のところで、採用が自明であるのを無視した対話の流れになっていることを指 摘したが、ここでは(38)の一言が生き、流れを自然なものとしている。(38) は、中断符ぬきの断言である。断言でありながら、はっきり「採用」と言葉に はしない。一種の黙説法(レティサンス)であり、(39)をひき出そうとした。 (39)、感嘆符もつく。リズの喜びの大きさを表現しようとしたのである。 なぞりは、さらに、形を変えて続けられる。5(13)とは逆に、(40)ではリ ズが住所をきかれている。「仮採用」を決めた後なので、形式的なものにすぎ ない。この文の二つの中断符に注目すれば、おかみのためらいが見え、店から 遠くに住んでいるようなら体力的に勤まらないかも、との思いもこめられてい ようか。 (41)に始まるリズの言葉は身上報告である。おかみに尋ねられたわけでは ない。住所をきかれたので、1セットのものとして答えたのかもしれない。抜 粋部以外にこの点の記述がなければ、読者への情報提供のための文となる。セー ヌ街と店のあるドフィヌ街との距離は、知らなくてもそのままにしておこう。 (44)。原文《Ça suffit…》。(24)の「結構」(原文《Suffit!》)に対応。「そ れだけ聞けば十分」というよりも、「そんなこといいのよ」と受け取れる。中 断符を置いての(46)は(20)と対応する。(20)の「まじめそう」が「お顔 の色がすてき」となり、人柄は外見に現れ、他の情報は不要だと言うのである。 ここでも名前は情報として最後に回され、(23)と同じ(47)の名のりで、こ の場、最初のしめくくりを迎えた。 2−(2) 神 (48)の「じゃ」(=《Et bien》)は、話が次の段階、つまり実務に進むこ とを示す符号である。以下は、また、事実レベルの情報を読み取っていくだけ

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でよい。配達範囲も広く、お伝いもいるのだから、結構な大店といえるだろう か。配達先を案内して教えこむのは、今日の日本の新聞配達でも同様であろう。 (51)以下のおかみの言葉は店の大きさを共示している。 仕事の「時間割」は、リズに対するものであるとともに、読者への情報提供 を意図したものである。(20)ですでにリズは、なぜか、5時間の労働であるこ とを知っていた。配達区域の広がりは店によって異なるであろうから、一般的 に5時間の仕事、というものではない。ル・リヨネと別れて家に帰りつくまで の間か、抜粋部に入る以前に、リズはこの知識を得ているはずである。とすれ ば、リズとしては、(50)の問い、つまり、仕事の開始時間だけが知りたかっ たので、おかみの説明は実は無駄であったのかもしれない。(55)の返事が短 かい―あれこれ聞き出そうとしない―のは、そのためとも思われる。 おかみとしては説明しておく義務を感じていたであろう。が、(50)を「要 説明の記号」とするような形で答える必要があったろうか。例えば(52)と (53)の間にリズの質問が入ってもよいところである。おかみの文は、結局、 説明のための説明、読者へのメッセージということになる。 (54)の時間計算はよく分からない。1時間半だが 2 時間扱いで賃金を出す、 ということなのだろうか。コンマでつなぐだけなので、2時間と訂正したとは 思われない。(56)と(57)の日当の出し方は、3フランと2キロ、数字的には5 時間に応じるものだろう。リズにとって割がいいのかどうかは当時の物価に 当って調べなければ分からないが、全体の流れから、十分な額と思われる。な お、(55)でも、きちんと「奥様」の一言をつけ加え、礼を保っていることを 見逃すまい。 (58)。ここも間接的な表現である。教会でのお布施に、と言って10フラン 差し出した。好(厚)意を表わす手段として一般的なものかどうか。およそ日 当の倍である。お布施、は当然口実で、相手の自尊心を傷つけないため、どう ぞ御自由に使ってね、ということである。本当にお布施に出せば、出された方 が驚く金額(リズの状況から)であろう。リズが赤面したのは、相手に気を使 わせたからで、感謝は、採用されたことよりも、この10フランに対してである はずだ。また、10フラン受け取ったまま来なくなることを考えず信用してくれ たことに対する感謝も含まれていよう。だからこそ「決まったとおりにする」 (原文《exacte》)と言った。

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「神さまへの献金」(58)。「神」がおかみの口にする最後の言葉である。見 るからに「まっとうな」、神の加護をしっかりと受けているリズ。おかみは (そして読者は)リズと神とを結びつけずにはいられなかった。 「逃亡女性」(59)というのは、抜粋部からは判断がつかない。紹介部から 察するに、放火の冤罪で捕えられたが逃走したということだろう。「故 く 郷 に 」を 捨て、パリに出た。第一章末の抜粋であるから、事情はおそらくそういったと ころと思われる。いずれにせよ、リズはとりあえずの「幸運」とともに退場す る。あたかも作品全体のハッピー・エンドを暗示するかのように。抜粋もまた、 文末の「店を出た」、原文《se retira》とともに退場となる。

3.結論 ―大衆性の根拠―

長編小説の一部抜粋を短編小説とみなして読む。やむを得ぬこの冒険は、そ れでも、何がしかの成果をもたらしたと思われる。 まず、冒頭の紹介部とあわせたとき、抜粋部だけで作者の根本的メッセージ が十分に伝わる(と思われる)ことである。それは、要約部の最後を、その原 文の最後の語emploi を bonheur にでも置きかえればわかることで、人は「誠 実な様子をしていてやる気があれば、幸福を手に入れるのは難しくない」とい うことである。たとえそれまで苦労の限りを重ねたのであるとしても。6 まじめさ、努力、くじけぬ強い心、そして神への信頼。ストーリーがいかに 長くても、作者の意図は、この単純にして力強いメッセージを反復するだけの ことである。だから、「筋の楽しさ」を味わうために全体を読むのは自由であ るけれど、「この抜粋にあるような形」ですべてはまとめられているであろう から、わざわざ「長くつきあう」必要はない。いや、この抜粋だけで十分、と さえ言えるのである。 単純にして力強い。それは構成にも示された。対話の二つの場は、ほとんど 同じ形で展開され、それによってリズ・ペランの人柄、周囲の人たちの暖かさ が強調される。7「大衆」はそこに「自分たちの姿」を見、日常生活のつらさ をしばらくの間忘れることができたであろう。8 この抜粋のように会話が中心 で地の文が少なく、地の文も事実を追うだけで難しい議論を展開することがな い、そのように作品全体ができているのなら、「大衆」にとってなおさら親し

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みやすいものであったろう。中断符の多用も、大衆の情緒面に好もしく映じた ことであるだろう。 単純にして力強い。オプティミスムを根底に、明るく善良な人々を描き、紹 介部に頼れば(頼らずとも推測できるが)、因果応報、悪が滅び善が勝利する 様を見せる。悪は善を称えるためにのみ存在する。勧善懲悪、水戸黄門の世界 である。いかに長く続こうと、同じパターンのくり返しとなる。その根本パター ンのうち、善の部分がこの抜粋部なのである。 長編の抜粋を短編として読むという冒険は、作品の大衆性のより所を構成面 と伝達メッセージの面とで捉えることで、一応の成果をあげたということにな るだろうか。しかし、旅の本来の形とはかけ離れた。機会があればX(イク ス)の旅、改めて取りくむつもりである。

1. Michel Nathan:Anthologie du roman populaire 1836­1918 (Union Gáenáerale d'Editions, 1985)。使用テクストは同書 p.30­32、Xavier de Montáepin: La porteuse de pain (1884)による。 2. Le Petit Robert 2(1974)。 3. 斎藤美奈子は「文章のカジュアル化」という表現を使った(『文章読本 さん江』、筑摩書房、'02, p.256)。「『見てくれのよさ』にこだわってきた」 (同、p.253)なら、本テクストの形で会話を「再現」しないことだろう。 しかし、大衆小説ならではの「カジュアル」ぶりも、作者の意図にあわせ て、すっかり「管理」されている。「見てくれ」は十分に持ち込まれ、情 報の盛り込み方も計算づくである。見てくれなしの文章ってあるのかしら ね。好みが変るだけでしょ、ファッションみたいに。 4. ロラン・バルト、『零度のエクリチュール』、みすず書房、1971, p.63 参照。 5. 『アドルフ』について述べたトドロフの言葉が思い起こされるであろうか ―「独立して無関係な行為が、それも往々にして別の人物によるものが、 抽象的な同じ一つの法則を、理想的な同じ一つの構成を明かるみに出すの である(Tzvetan Todorov: La notion de litáerature et autres essais, Seuil, 1987, p.63)。

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6. ゴデンヌによれば、19世紀の作家たちによる中編小説の傾向は、「常規を はずれて展開する劇的な主題」にある(Ren áe Godenne: La nouvelle française, P.U.F., 1974, p.74­75)。本作、時流に乗っている。

7. ゾラに関する文章の中で、ジャック・デュボワは「『町内』の生活とわか ちがたい小集団」のことをゾラは語ると記す(Jacques Dubios: Les roman­ ciers du ráeel, Seuil, 2000, p.239)。抜粋を見る限り、原典は「小集団」の、 「仲間」のつながり具合を描写しているものと思われる。

8. 19世紀後半、フランスの文学シーンは激変した。「文字を読める大衆」の 文学への参入である。「数が、量が文学生活に侵入」し「1880年の読者は サルセー氏やブリュンティエール氏だけではなくなり、本を買ったり、劇 場へ足を運んだり…(中略)…する無名の読者たちが現れたのである」 (Yves Chevrel: Le Naturalisme, PUF., 1982, p.200­201.)

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