症例
急速に麻痺症状の進行を呈した頚椎硬膜外膿瘍の
1 例
遠藤祐哉1)、高橋広喜1)、関口玲2)、森俊一1)、高野由美1、鈴木森香1、田所慶一1) 1) 国立病院機構仙台医療センター 総合診療科、2) 同 整形外科 抄録 65 歳、女性。4 日前より 38℃台の発熱、悪寒を自覚し、近医を受診した。インフルエンザ感染が疑われ たが迅速検査陰性のため経過観察となった。その後も症状の改善を認めないため前日に再度近医を受診し、 血液検査を施行したところ著明な炎症反応を呈していたため抗菌薬を投与された。当院受診当日の早朝から 後頚部痛を自覚し、眠れないほどの痛みであった。近医を再受診し、髄膜炎の疑いで当院総合診療科に紹介 となった。来院時体温37.6℃、後頚部に著明な疼痛を認め、回旋制限を呈していた。筋力低下や感覚障害、 膀胱直腸障害は認めなかった。血液検査で白血球増多とCRP 異常高値、CT で頚椎から腰椎にかけて広範 囲に硬膜外腔のfluid density を認めた。頚椎を中心とした硬膜外膿瘍と診断し、メロペネム点滴静注で加 療を開始した。入院 6 時間後に右上肢のしびれを自覚し、右上肢の筋力低下も認めたため、緊急で頚椎片 側椎弓切除術を施行した。術後徐々に麻痺は改善し、良好に経過した。頚椎硬膜外膿瘍は急速に進行し、不 可逆的な麻痺をきたしうる疾患である。疼痛のみでは保存的に加療する場合もあるが、しびれや麻痺症状の 出現時は、迅速に緊急手術を行うことにより良好な経過が期待されうると思われた。 キーワード:頚椎硬膜外膿瘍, 敗血症, 後頚部痛 (2017 年 3 月 30 日受領、2017 年 5 月 29 日採用) 1 はじめに 脊髄硬膜外膿瘍は脊柱管内の硬膜外に膿瘍を引 き起こすまれな疾患である。いったん神経症状が出 現すると、重篤かつ不可逆的な後遺症が残るため、 診断後に適切な治療介入を行うことが非常に重要 である1)。今回われわれは頚椎硬膜外膿瘍と診断し、 保存的治療を開始した数時間後に進行性の麻痺症 状が出現したため緊急手術を施行し良好に経過し た1 例を経験したので報告する。 2 症例 症例:65 歳女性。 主訴:発熱、後頚部痛。 家族歴:母 脳梗塞、父 心筋梗塞。 既往歴:22 歳 虫垂切除術、42 歳 左変形性膝関節 症(人工膝関節置換術)、46 歳 高血圧、47 歳 糖 尿病。 現病歴:4 日前に 38℃台の発熱、悪寒を自覚し、近 医を受診した。インフルエンザ感染が疑われたが迅 速検査陰性のため経過観察となった。その後も症状 の改善を認めないため前日に再度近医を受診し、血 液検査で著名な炎症反応を呈していたため抗菌薬 を投与された。当院受診当日の早朝から後頚部痛を 自覚し、眠れないほどの痛みであった。近医を再受診し、髄膜炎が疑われ当院総合診療科に紹介となっ た。
初診時現症:体温 37.6 ℃、血圧 114/47 mmHg、 心拍数 76 回/分 SpO2 95%(room air)であった。
眼瞼結膜:貧血なし、眼球結膜:黄染なし。頚部リ ンパ節:触知せず。呼吸音:清、左右差なし。心音: 整、雑音なし。腹部:平坦、軟。後頸部に著明な疼 痛を認め、回旋制限を呈していた。項部硬直なし。 筋力低下や感覚障害、膀胱直腸障害は認めなかった。 血液検査:当科初診時の血液検査にてWBC 18.8× 103/μl、 CRP 42.8 mg/dl と高度の炎症反応を呈 していた(表1)。 表1 入院時血液検査 入院時画像所見:CT で頚椎から腰椎にかけて広範 囲に硬膜外腔のfluid density を認め、一部 air 像も 認めた(図1)。MRI で同部に T2 高輝度の占拠性 病変を認め、ガドリニウム造影では辺縁のみ造影さ れた。特にC1-4 高位で占拠が大きく、硬膜を右後 方から圧迫していた(図2)。なお、椎間板や椎体 の信号変化は認めなかった。 図 1 頸 部 単 純 CT 水 平 断 所 見 a:C1 b:C2 c:C4 d:C5-C6 頚椎から腰椎にかけて広範囲に硬膜外腔の fluid density を認め、一部 air 像も認めた。 入院後経過:頚椎を中心とした硬膜外膿瘍、及び、 敗血症と診断し、入院時よりメロペネム 3g/day の 投与を開始した。まず保存的に加療し、麻痺などの 神経症 図2 MRI 所見 a:単純 T2 強調画像矢状断:C1-C4 背側に 高輝度の占拠性病変を認める。b:単純 T2 強調画像水平断: 高輝度の占拠性病変が硬膜を右後方より圧排していた。c: ガドリニウム造影T1 強調画像:同部に一部高輝度の占拠性 病変を認め、辺縁のみ造影された。 状の出現時は緊急手術を行う方針とした。また、膿 瘍の進展による呼吸筋麻痺が懸念されたため ICU 管理とした。 入院6 時間後に右手指しびれを自覚し、引き続き 筋力低下も出現した。右上肢の MMT(Manual Muscle Test)は上腕二頭筋と上腕三頭筋で 3、三 角筋、指の伸展と屈曲は2 であり、緊急手術予定と なった。手術待ちの間に右下肢麻痺も出現し、 MMT2 であった。 手術所見:右 C3-7 片側椎弓切除した。硬膜外にク リーム色の膿汁を認め、可及的にドレナージし洗浄 した。C1-2 間後方にも膿瘍あり、切開排膿し洗浄 した。ドレーンを留置し閉創、手術を終了した。 術 後 経 過 : 入 院 時 の 血 液 培 養 に て MSSA (Methicillin sensitive Staphylococcus aureus)が 2 セット陽性であり、セファゾリン 5g/day に変更 した。術中の創部培養でも同一の菌が検出された。 麻痺は徐々に改善し、CRP も順調に低下した。胸
椎〜腰椎の硬膜外膿瘍は保存的に消失した。術後7 週でCRP 陰性化し、抗菌薬を内服に変更した(図 3)。歩行自立し、術後10 週で退院した。
図 3 入 院 後 臨 床 経 過 図 MEPM: Meropenem 、 CEZ: Cefazorin、CFPN: Cefcapene Pivoxil。
脊髄硬膜外膿瘍は比較的まれな疾患であり、高位 別発生部位は胸椎が 51.1%(71/139 例)、腰椎が 34.5%(48/139 例)と胸腰椎に好発を認めるが、 頚椎は比較的少なく、14.4%(20/139 例)と報告さ れている2)。頚椎硬膜外膿瘍に関する本邦の報告に ついて、医中誌にて検索キーワード「頚椎硬膜外膿 瘍」を用い原著論文に限って検索したところ27 件 の文献を得、そのうち1998 年から 2017 年の過去 20 年の自験症例を含む本邦報告 30 症例について比 較検討した(表2)。
表 2 本 邦 に お け る 頸 椎 硬 膜 外 膿 瘍 の 報 告 例 ( そ の 2 ) MRSA: Methicillin-resistant Staphylococcus aureus, MSSA:Methicillin-sensitive Staphylococcus aureus、病期は Modified Hesuner 分類に準じている。手術術式は椎弓切除を L:Laminectomy、排膿を D:drainage、また全身状態不良により手術適応外となった例は「不可」とそれぞれ表記している。 予後はModified Hesuner 分類で、症状の消失を治癒とした。 3 考察 性別は男性が21 例、女性が 9 例と男性に多く、 平均年齢は 62.2 歳(40~82 歳)であり、65 歳以 上の高齢者が73%(22/30 例)を占めた。Tang ら 3)の報告によると基礎疾患として糖尿病の有病率は 約46%、脊椎手術後の感染によるものは約 10%と いわれている。本邦報告例では、糖尿病が 33% (10/30 例)、悪性腫瘍が 27%(8/30 例)、脊椎 手術後が 13%(4/30 例)、中心静脈カテーテルに 関連したものが2 例、ステロイド内服、アルコール 多飲がそれぞれ1 例であった。感染経路としては付 近の感染巣からの直接の波及、局所感染からの血行 性感染またはリンパ行性感染に大別されるが、明ら かな感染源を認めないものもあり、また免疫不全状 態と関連しているものが多い1,4, 5)。 本症例にお いては糖尿病を有し、血液培養および術中創部培養 の検出菌の一致により、感染源は不明であったが血 行性感染により硬膜外膿瘍を形成したと思われた。 症状に関しては発熱、後頚部痛、進行する四肢の 筋力低下が脊髄硬膜外膿瘍の三徴といわれている が、三徴すべてが揃うのは初診時ではわずか7.9%、 入院時では10%ほどといわれている1)。Heusner6) は症状によりⅠ期 :発熱や圧痛を伴った頚部痛・ 腰背部痛(spinal ache)、Ⅱ期:神経根症状(root pain)、Ⅲ期:膀胱直腸障害・筋力低下(motor weakness)、Ⅳ期:完全麻痺(paralysis)にわけ て病期を分類している。また竹上ら7)はⅢ期の筋力 低下を MMT の程度に準じて、MMT≧3 であるⅢ -A 期と MMT≦2 のⅢ-B 期に細分化した Modified Hesuner 分類を提唱している(表3)。 本邦報告30 例では、初診時に三徴すべてを認め たのは 16.7%(5/30 例)であり、診断時の病期は Ⅰ期が16.7%(5/30 例)、Ⅱ期が 3.3%(1/30 例)、 Ⅲ期が 63.3%(19/30 例:ⅢA 期が 9 例、ⅢB 期が 10 例)、Ⅳ期が 16.7%(5/30 例)であった。Ⅰ期 すなわち後頚部痛を発症してから診断までの日数 の検討をした結果、平均日数は8.6 日(0~30 日) であった。Ⅰ期の症状が出現してからⅢ期に進行し た17 例では、平均日数は 9.1 日(最短 1 日、最長 1 ヶ月)であり、Ⅰ期からの病期の進行速度は速い ものから遅いものまで様々であった。 診断に関しては、CT の感度が 92%、MRI の感度 が91%と両者に大差はないが、MRI はガドリニウ ム造影では膿瘍の性状や範囲をより鋭敏に反映す るため、診断に最も有用であると報告されている8, 9)。初診時の正診率は24.2%に過ぎないとされてお り8)、本邦報告例では初診時にⅠ期であった17 例 のうち、その時点で診断に至った例は11.7%(2/17
例)と少なく、Ⅱ期以上に進行したことで MRI 検 査が施行され診断に至った例が70.6%(12/17 例) であった。
表3 Hesuner 分類 / Modified Hesuner 分類
治療は抗菌薬による保存的治療に加えて、手術 による除圧と排膿が原則である。起因菌としては未 記載の4 例を除く 26 症例のうち、黄色ブドウ球菌 が 61.5%(16/26 例)と高率に認められ、内訳は MSSA が 8 例 、 MRSA ( Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)が 4 例、詳細不明が 4 例 であった。Bluman ら12)も黄色ブドウ球菌が約70% 認められると報告しており、抗菌薬の選択に関して は MRSA やグラム陰性桿菌の可能性も考慮し、第 一選択薬として第三世代あるいは第四世代セフェ ム系抗生剤と抗 MRSA 薬の併用が望ましいと報告 されている13)。 手術療法の選択に関する標準化されたガイドラ インはまだないが、①重篤な内科的疾患を伴ってい て手術が不可能、②脊髄圧迫症状がない、③完全麻 痺に至ってから3 日以上経過している、これら 3 つ に当てはまらない場合は診断がつき次第緊急手術 (椎弓切除術とドレナージ術)を行うべきだと報告 されている14, 15)。膿瘍の拡大に伴い静脈のうっ血 と血栓が生じることでさらなる脊髄症状を生じ、い ったん筋力低下や運動神経症状の徴候が出現する とその後の進行は急速であるため、慎重な経過観察 と手術を行うタイミングの判断が求められる。 本邦報告30 例では、ほとんどの手術症例では診 断時すでにⅡ期以上であり、緊急手術が施行されて いた。全身状態不良のために手術適応外となった3 例を除いては、手術せずに保存的治療にて改善を認 めた症例は5 例(Ⅰ期が 4 例、ⅢA 期が 1 例)のみ であった。 予後について記載のあった 28 例について、 Modified Hesuner 分類の病期分類での麻痺の改善 度を検討した。症状が消失し治癒した症例は 50% (14/28 例)、Ⅱ期まで改善を認めた例が 14.3% (4/28 例)、ⅢA 期が 25%(7/28 例)、ⅢB 期が 3.6%(1/28 例)、死亡が 7.1%(2/28 例)であった。 治癒に至った症例の平均診断日数は8.9 日、後遺症 としてⅡ期~Ⅳ期の麻痺が残存した例の平均診断 日数は8.3 日であり、必ずしも診断までに時間を要 した症例に麻痺が残存している訳ではなかった。 治癒に至った14 例のうち 4 例がⅠ期からの進行 を認めず保存的加療のみで治療を完遂していた。一 方、診断時の病期がⅢA 期であった9例のうち治癒 に至ったのは5 例、ⅢB 期であった 10 例のうち治 癒に至ったのは3 例であり、ⅢA 期の段階で治療を 開始した例のほうが後遺症は少なかった。竹上ら7) はⅢ-B 期すなわち MMT≦2 の筋力低下症例、Ⅳ期 すなわち完全麻痺症例では術後麻痺の改善が不良 であると報告しており、またⅣ期での術後麻痺の改 善はわずか14%との報告もある16)。また、Ⅱ期以 降の症状が出現した場合は24 時間以内に手術を行 うと 90%以上の症例で麻痺の改善が得られたとし 17)、24 時間から 36 時間経過後の手術では回復の 見込みが薄くなるともいわれている3),18)。Ⅲ期か らⅣ期への進行は24 時間以内と急速であることが 多く、特に膿瘍が広範囲な場合や重篤な基礎疾患が ある場合には数時間で移行することもあるため、Ⅲ A 期あるいは麻痺のないⅠ期・Ⅱ期の時点での早急 な手術を勧める報告もある7)。自験例では診断時の 病期はⅠ期であり、麻痺症状が出現した際には緊急 手術を行う方針として抗菌薬で保存的治療を開始 したが、入院6 時間後にⅢB 期まで症状が急速に進 行したために緊急手術を施行した。麻痺症状の出現 後に迅速に緊急手術を施行したことが、術後の麻痺 の改善が良好であった最大の要因と考える。診断時 にⅠ期であってもその後の病期の進行速度の予測 は困難であるため、治療方針を保存的加療とした際 にでも、麻痺症状の出現すなわちⅡ期以上への病期 の進行を認めた場合に迅速に緊急手術を行う体制
を整えておくことが望まれる。 4 結語 入院後に急速に麻痺症状が進行した頸椎硬膜外 膿瘍の1 例を経験した。急速に進行し、不可逆的な 麻痺をきたしうる疾患であるため、頸椎硬膜外膿瘍 と診断した場合には、病期・症状に即して早期に手 術を施行することが望まれると考えられた。 本症例の要旨は第15 回日本病院総合診療医学会 学術総会(2017 年 9 月、千葉)にて報告した。 5 文献
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