中山間地域の高齢者におけるフレイルと救急搬送後の転帰の
関連性
白石 卓也
1 群馬県多野郡上野村大字乙 630-1 上野村へき地診療所 要 旨 背景・目的:本邦では高齢化が急速に進み, 多くの臨床医は高齢者を診療する機会が増加してきている. 高齢者に対し若年 者と同様な救命処置や救急搬送を行っても本人や家族の望んだ結果とならない場合があるが, 高齢者の年齢のみで医療を どこまで行えばよいのか判断することは難しい. 近年, 老化に伴い生理的予備能が低下し, ストレス耐性が減弱することで 康障害や死亡などを起こしやすい病態であるフレイルが注目されてきている. そこで本研究では, 中山間地域の高齢者に おけるフレイルと救急搬送後の転帰について検討した. 対象と方法:2014年 4月から 9 月の間に診療所医師が診察し救急搬送後入院となった 65歳以上の高齢者を対象とし, 入院 前後の生活状況および入院前のフレイルの有無を調査した. 結 果:調査期間中に救急搬送となった高齢者は男性 3例および女性 4例の合計 7例で, 平 年齢は 84.3歳であった. 7例 中 5例が入院前フレイルと判定された. 入院前フレイルと判定されていた患者はフレイルでない患者と比べ, 生存や従来生 活していた場所への退院が難しかった. 結 語:高齢者のフレイルの有無から病状悪化を認めた場合に救急搬送後の転帰を予測でき, 本人や家族の心の準備や希 望に添えた診療を行える可能性が示唆された. はじめに 中山間地域では高齢化が進行し, 自立した日常生活が困 難となったフレイル高齢者を診察する機会が多くなってき ている. そのような高齢者が救急疾患に罹患したときに若 年者と同様な救命処置や救急搬送を行うべきか否か判断は 難しく, 特にへき地等で救急搬送に時間がかかる場合や 1 人で判断しなければならない場合は臨床医のストレスとな る. 何か判断の根拠となる指標があればその臨床医の負担 も軽くなるのではないかと思っていた. フレイル高齢者は フレイルのない高齢者に比べ, 死亡, 入院, 再入院などの有 害事象が有意に高いという報告がある. そこで,中山間地 域の高齢者におけるフレイルと救急搬送後の転帰について 検討した. 対象および方法 対象施設とした当診療所は, 人口約 1,350人, 高齢化率約 45%の上野村ある唯一の医療施設であり (図 1), 最寄りの 医療機関まで 30 以上かかることからへき地診療所と定 義されている. 1日外来患者数は 30∼40名程度であり, 1 人の医師が診療を行っている. 救急患者は随時受け付けて おり, 必要があれば救急車もしくはドクターヘリを要請し, 近隣の病院へ搬送している. 文献情報 キーワード: 高齢者, 救急搬送, フレイル 投稿履歴: 受付 平成26年11月11日 修正 平成26年11月26日 採択 平成26年12月4日 論文別刷請求先: 白石卓也 〒370-1616 群馬県多野郡上野村大字乙 630-1 上野村へき地診療所 電話:0274-59-2034原 著
対象患者は, 2014年 4月から 9 月の間に診療所医師が診 察し救急搬送後入院となった当診療所に定期通院する 65 歳以上の高齢者とした. その原因疾患は当診療所のカルテ および搬送先病院の診療情報提供書を参 にした. また, 入院前後の生活状況および入院前のフレイルの有無を調査 した. フレイルの評価法として臨床で簡 に 用できる clinical frailty scale (以下 ;CFS) を用いた. CFS は 9 段階 で判定し, 手段的日常生活動作が困難となった段階である 5以上をフレイルと定義している. CFS の判定は, 定期通 院時の診察と本人や家族, 施設職員から聴取した日常生活 動作をもとにした. 結果 対象期間とした 6ヶ月間に入院となった 65歳以上の患 者は 7例 (男性 3例, 女性 4例) であった. 平 年齢は 84.3 歳 (68∼90歳) であった. 救急搬送前に自宅で過ごしてい た患者は 4例であり, 治療後の退院先は 2例が自宅, 1例が 施設入所, 1例が死亡という結果であった. その他の 3例は グループホームから救急搬送し, 治療後の退院先はそれぞ れもとのグループホーム, 別の施設入所および死亡という 結果であった. 入院前 CFSと入院前後の生活状況は表 1 に示したように, 入院前 CFSが 4以下のフレイルでない 患者 2例は退院後も自宅で生活でき, 入院前 CFSが 5以 上のフレイルと判定されていた患者 5例は死亡 2例を含 み, 従来生活していた場所への退院が難しかった. 以下に それぞれの症例を簡単に提示する. 症例1 患 者:85歳, 女性 主 訴:意識混濁, 左半身麻痺 既往歴:高血圧症, 脂質異常症 入院前生活場所:自宅, 入院前 CFS:3 現病歴:お祭りで演劇を観賞中, 突然の意識混濁と左半身 麻痺を認めたため救急搬送した. 経 過:搬送先の病院で Stanford A 型急性大動脈解離と 診断された. 高齢であることから本人と家族は手術治療を 望まず, 降圧治療および疼痛コントロールの方針となった. 疼痛はフェンタニル経皮吸収型製剤でコントロールされ, 入院後 23日目に自宅退院した. 現在, 当診療所で疼痛コン トロールしている. フレイルと救急搬送後の転帰 図1 当診療所の位置する上野村, 群馬県および日本の高齢化の推移 全国や群馬県と比べ, 上野村は超高齢社会地域である. 表1 対象症例 症 例 1 2 3 4 5 6 7 年 齢 85 68 89 90 86 83 79 性 別 女性 女性 女性 女性 男性 男性 男性 入院前生活場所 自宅 自宅 グループホーム 自宅 グループホーム グループホーム 自宅 入 院 前 CFS 3 3 6 6 7 5 6 原 因 疾 患 胸部大動脈解離 脳出血 急性心筋梗塞 腎盂腎炎 誤嚥性肺炎 誤嚥性肺炎 COPD 急性増悪 入 院 後 経 過 自宅 自宅 死亡 特別養護老人ホーム 療養型病院 グループホーム 死亡
患 者:68歳, 女性 主 訴:めまい感, 左半身しびれ感 既往歴:高血圧, 脳梗塞 入院前生活場所:自宅, CFS:3 現病歴:仕事中, めまい感と軽度の右半身しびれ感を自覚 した. 30 程度休んでいたが改善ないため当診療所を受診 した.診察で右 Barre徴候陽性であり,脳卒中疑いで救急搬 送した. 経 過:頭部 CT 検査で左視床出血と診断された. 降圧治 療が行われ, 入院後 14日目に自宅退院した. 症例3 患 者:89 歳, 女性 主 訴:冷汗を伴った心窩部痛 既往歴:高血圧症, 認知症, 腰部脊柱管狭窄症 入院前生活場所:グループホーム, CFS:6 現病歴:入浴前に脱衣所で冷汗と胃が痛いと訴え, 車椅子 で当診療所へ運ばれた. 心電図で , , aVfの ST 上昇を 認め, 急性心筋梗塞の診断で救急要請しドクターヘリ搬送 となった. 経 過:搬送先の病院で入院後 2日目に死亡した. 症例4 患 者:90歳, 女性 主 訴:食欲不振, 発熱 既往歴:神経因性膀胱, 骨粗鬆症, 認知症 入院前生活場所:自宅, CFS:5 現病歴:2日前から食欲不振と発熱があると連絡を受け, 自宅へ往診した. 尿の混濁と左背部叩打痛を認め, 左腎盂 腎炎疑いで救急搬送した. 経 過:左尿管結石および左腎盂腎炎と診断された. 尿管 ステント留置中に敗血症性ショックとなり集中治療室で治 療された. 治療に奏効し療養型病院へ転院し, 現在は特別 養護老人ホームへ入所している. 症例5 患 者:86歳, 男性 主 訴:発熱 既往歴:高血圧症, 左慢性 膜下血腫, 前立腺肥大症, 慢性 B型肝炎 入院前生活場所:グループホーム, CFS:7 現病歴:38.1℃の発熱を認めたため, グループホームへ往 診した. 喀痰増加と酸素飽和度 84%と呼吸状態の悪化を認 め, 肺炎疑いで救急搬送した. 院へ転院した. 症例6 患 者:83歳, 男性 主 訴:発熱 既往歴:高血圧症, うつ病, 認知症, 腹部大動脈瘤術後 入院前生活場所:グループホーム, CFS:5 現病歴:嘔吐と下痢を認めたため当診療所を受診した. 腸 炎の疑いとし整腸剤で経過観察した. 嘔吐と下痢の症状は 落ち着いたが, 受診後 3日目に 39℃の発熱を認め, 誤嚥性 肺炎疑いで救急搬送した. 経 過:誤嚥性肺炎の診断で治療された. 徐々に状態は改 善し, 入院後 17日目にもとのグループホームへ退院した. 症例7 患 者:79 歳, 男性 主 訴:呼吸苦 既往歴:COPD, 閉塞性動脈 化症 入院前生活場所:自宅, CFS:6 現病歴:在宅酸素療法中, 呼吸苦を認めたため往診した. 経鼻カニューレ 3L/ の酸素投与で酸素飽和度 85%と呼 吸状態の悪化を認め,COPD 急性増悪疑いで救急搬送した. 経 過:搬送先の病院で入院後 3日目に死亡した. 察 平 寿命の 長や出生率の低下により世界に類をみない 少子高齢化が本邦で進行している. 高度経済成長を支え 引っ張ってきた団塊の世代の人たちが 2012年から 65歳を 迎え始め, 2015年にすべての団塊の世代の人たちが前期高 齢者の仲間入りを迎える. その 10年後の 2025年には後期 高齢者となり, 全人口の 4人に 1人が後期高齢者という超 高齢社会が到来することが予想され 2025年問題と称され ている. 当診療所が位置する上野村はへき地であることか ら高齢化は進行し, 人口の約 4人に 1人が後期高齢者と本 邦が将来直面する超高齢社会の地域となっている (図 2). 高齢になると生活習慣病をはじめとする多くの疾患に罹 患し, 様々な臓器障害が顕在化してくる. 代謝や免疫など の身体機能は低下し, 薬物の副作用がでやすかったり感染 症に罹患しやすくなったりしてくる. 急性期病院における 高齢者肺炎の治療は大幅な ADL の低下と QOL の低下を 招くという報告 や入院を契機として ADL が低下するた め従来の生活に戻ることが難しいという報告 がある. 超 高齢社会を迎えた本邦の多くの臨床医は高齢者を診察し治 療する機会が増えていくが, そのような高齢者特有の身体 特性を えないで高齢者に若年者と同様の治療を行った場
合, 本人や家族が望まない結果となる可能性がある. しか し, 高齢であるからといって年齢のみで医療をどこまで行 えばよいのか判断することは難しい. 同じ年齢であっても 元気な高齢者がいれば, 寝たきりの高齢者もいる. そのた め患者の年齢だけでどこまでの医療行為を行えば良いの か, どういった患者に注意していけばいいのか判断するこ とはできない. 臨床医は年齢の他に患者のさまざまな要素 を 慮し, 高齢者へ医療を提供することが要求されてい る. 先進諸国では高齢者の増加に伴い frailtyという概念が 注目を集めるようになってきた. 諸外国に先がけ超高齢社 会を迎えた本邦でも 2014年に日本老年医学会は, 今まで 老化現象として見過ごされてきた老衰, 衰弱および脆弱と 呼ばれていた高齢になって筋力や活力が衰えた段階をフレ イルとするステートメントをまとめた. フレイルを予防す ることは医学的に重要で, 社会的・経済的資源を有効利用 するためにも見過ごすことができない状態であるといわれ ている. フレイルは, 老化に伴い生理的予備能が低下し, ストレ ス耐性が減弱することで 康障害や死亡などを起こしやす い病態である. 年齢とは独立して 康障害や死亡の予測因 子となることが報告 され, フレイル高齢者を早期発見し 対応することで高齢者の 康寿命を ばし, 介護費用や医 療費などの削減に大きく貢献すると えられ注目されるよ うになった. 現在, 世界的にフレイルの定義について様々 な議論がなされているが, 未だ統一されたものはない. そ の中でも, frailty indexは生命予後を含め, 将来の 康障害 の予測因子として有用であると多く報告されている. し かし, 評価項目が多いため臨床現場で いにくかった. そ こで frailty indexと 色なくフレイルを評価できる方法と して CFSが開発された. CFSは高齢者の 康障害や死亡 を予測でき, 高齢者がフレイルか否かを容易に認識できる 評価法である. 高齢者に対し適切な医療を提供するためにフレイルを認 識することは重要である. フレイル高齢者ではガイドライ ンに従い血圧管理をすることでかえって予後を悪化させる という報告 や糖尿病の HbA1cが 8∼8.9%であった方が ADL 低下や死亡リスクが低かったという報告 がある. つまり, 高齢者がフレイルか否かを臨床医が認識すること でどのような高齢者に積極的な医療を行う必要があるのか 判断する際の一助となる可能性がある. 1人で中山間地域の診療を行っている臨床医は, 元気が ない超高齢者に生じた救急疾患に対して若年者と同様の積 極的な治療を行ない搬送するべきか, 本人や家族の希望が あれば住み慣れた土地で看取るべきか判断に迷うことがあ る. 多くの場合は家族と相談し治療方針を決めるが, 自 の判断が本当に正しかったか, 本人や家族の望んだ結果と なったか不安に思い, ストレスに感じることがある. 本研 究の結果から入院前にフレイルと判定されていた高齢者 は, 救急搬送後の状態が改善せず死亡してしまったり ADL が低下し従来の生活場所へ帰れなかったりしていた. 日常診療で患者がフレイルか否かを判断することで救急医 療が必要となった場合, 救急搬送先の治療により良い転帰 を迎えるか, また病状が安定した後の ADL がどの程度ま で改善するのかをある程度予測できるのかもしれない. フ レイルの有無から救急搬送後の転帰を予測できれば, 高齢 者が病状悪化を認めた場合に臨床医が積極的な治療を行う べきか否かを判断する根拠となるため臨床医の心の負担の 軽減につながる. また, 高齢者の病状悪化を認める前にフ レイルの有無から救急搬送後の転帰を予測し本人や家族と あらかじめ相談しておけば, 心の準備を促し希望に添えた 医療を提供できると思われる. しかし, 本研究では症例数 は 7例と少なく特定の地域のみを対象としているため, 対 象者数や地域を拡大した研究によって検討することが今後 の課題である. おわりに フレイル高齢者は救急搬送後の状態の改善が難しいこと が示唆された. フレイルの有無から病状悪化を認めた場合 に救急搬送後の転帰を予測することで臨床医の心の負担を 軽減し, 本人や家族の心の準備や希望に添えた医療を提供 できると思われた. 超高齢社会を迎えた本邦の臨床医は高齢者を診察し治療 する機会が増加するが, 本邦のフレイル研究は諸外国と比 べ出遅れている. 今後, フレイル研究が蓄積され高齢者診 療の一助となることを期待する. 文献
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図2 上野村の人口割合
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Relationships between Frailty and Outcomes Following
to Emergency Transportation in Elderly Patients in Rural Area
Takuya Shiraishi
1 Uenomura Remote Place Clinic, 630-1 Otti, Tano-gun Ueno-mura, Gunma 370-1616, Japan
Background & Aims:The aged society in Japan is rapidly growing,and elderly patients are increasing. Therefore, most doctors have opportunities to treat elderly patients. Even if elderly patients undergo the same emergency medical treatments as younger patients,their treatment outcomes do not always go well. However,it is difficult for doctors to judge whether they should give medical treatment or not. Here,I examined relationships between frailty and outcomes following to emergency transportation in elderly patients in rural area.
M ethods:Participants were elderly patients aged 65 years or older who lived in Japanese rural area and needed an emergency transportation between April and September 2014. Pre-hospital,post-hospital life style and frailty of the patients were investigated.
Results:Seven patients (three men and four women) with a mean age of 84.3 years were analyzed. Five patients were frail. The frail elderly patients died in hospital, or required discharge to an institutional care facility. Conclusion:Frailty may have been related to their bad results after emergency medical treatment. We may be able to predict their post-hospital state by presence or absence of frailty.
Key words: elderly patient,
emergency transportation, frailty