規則―不規則合金系の熱力学過剰量に基づいた新た
な溶液論の展開
著者
渡邉 学
号
63
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
学術(環)第271号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00127704
わたなべ まなぶ
氏
名
渡邉 学
授
与
学
位
博士(学術)
学 位 記 番 号
学 位 授 与 年 月 日
平成
31 年 3 月 27 日
学位授与の根拠法規 学位規則第
4 条第 1 項
研究科,専攻の名称 東北大学大学院環境科学研究科(博士課程)先進社会環境学専攻
学 位 論 文 題 目
規則―不規則合金系の熱力学的過剰量に基づいた新たな溶液論の
展開
指
導
教
員 東北大学教授 福山 博之
論 文 審 査 委 員
主査 東北大学教授 福山 博之
東北大学教授 小俣 孝久
教授 渡邉 匡人
(学習院大学)論 文 内 容 要 旨
溶融状態の金属および合金の挙動を理解するためには、密度や表面張力を始めとする溶融状態の金 属および合金の熱物性値が必要である。特に近年、コンピューターの計算能力の向上による数値シミュ レーション技術の発達に伴い、1990 年ごろから産業分野において、鋳造、溶接、3D プリンティングの プロセスの最適化が数値シミュレーションを用いて行われている。これら数値シミュレーションの精度 は、金属の溶融状態の熱物性値に基づいた入力パラメーターに依存する。そのため、溶融金属の密度、 粘性係数、表面張力、熱容量や熱伝導率といった熱物性値が、産業界から広く要求されている。しかし ながら、一般に、溶融金属は化学的活性が高い為、密度測定に用いられるアルキメデス法、密度および 表面張力測定に用いられる静滴法等、従来の測定法では基板、容器および雰囲気ガスなどとの反応に起 因する測定の不確かさが生じる。 上記の問題を解決するために、当研究室では電磁浮遊法に静磁場を組み合わせた静磁場印加電磁浮
遊装置“PRoperties and Simulations Probed with Electromagnetic Containerless Technique”を開発し、10年以 上研究を行っている。この”PROSPECT”では、電磁浮遊法を用いることにより、容器を用いずに溶融金 属の熱物性値を測定する事ができる。また、超伝導マグネットを用いて電磁浮遊している試料に対して 静磁場を印加することにより、交流磁場に起因する試料の液滴表面振動、並進運動や内部の対流を抑制 することができるため、高精度な熱物性値の測定が可能になる。また、電磁浮遊法では試料と容器との 接触が無い為に不均一核生成が抑制される。そのため、融点および液相線温度以下でも液体状態を保持
学術(環)博第271号
東北大学教授 加納 純也
する過冷却状態を容易に達成することが可能である。上記のとおり溶融金属の熱物性値は、産業分野に おいて非常に重要である一方、測定が困難である為に、熱力学関数に基づいた理論的および経験的アプ ローチによる熱物性値の推算も行われている。1988 年 Iida と Guthrie によって VEと熱力学関数の相関 関係が以下のようにまとめられた[1.1]。状態図中に金属間化合物を形成する系においては、異種原子間 に引力相互作用が生じ、異種原子間の距離が近くなるため VE、HE および SE は負の値を示す。一方、 状態図中で”miscibility gap”などの非混和性の相が現れている系では、異種原子間に斥力相互作用が生じ ており、異種原子間の距離は同種原子間の距離よりも遠くなるため VE、HEおよび SE は正の値を示す。 上記のとおり、VEと HEの相関関係の考察は多く行われてきた。Fig. 1.1 に 16 種類の溶融2元系合金の モル分率 0.5 における VEと HEの相関関係について示す。 Fig. 1.1 において、VEおよび HEが両方共に 0 となる溶液が理想溶液である。そして VEおよび HE が、両方とも正の値または負の値になる象限(青色で示された部分)は、Iida と Guthlie によって提唱さ れる溶液モデルで説明することが出来る。しかし、Fe-Ni、 Au-Cu、 Fe-Co および Bi-Tl 系の溶融状態 の VE
は正の値を示すが HEは負の値を示し(赤い範囲)、Cu-Ni の溶融状態 VE は負の値を示すが HEは 正の値を示した。ここで筆者は、VE
は正の値を示すが HEは負の値を示す系の状態図に共通点があるこ Fig. 1.1 Correlation between excess volume and excess enthalpy of binary melts
とを発見した。これらの系は低温で金属間化合物を形成し、温度上昇とともに固溶体を形成する系であ り、いわゆる“規則―不規則変態”を生じる系である。規則―不規則変態を生じる系の研究は現在まで に、格子定数、電子構造、熱膨張係数、熱容量、局所構造など様々な測定が行われているが、それは規 則―不規則変態温度および Curie 温度付近で測定されており、液体状態での物性測定はほとんど行われ ていない。 そこで本研究では、規則―不規則変態を生ずる二元系合金の液体状態に着目し、従来の溶液モデル が適応できないことを明らかにし、さらに熱物性値、電子論および熱力学関数に基づいた新たな溶液モ デルを提唱することを目的とした。 本論文では、静磁場印加電磁浮遊法によって測定した種々の熱物性値を、電子論および熱力学関数 を基に考察し、新たな溶液モデルの構築を行った。以下に、その要約を示す。 807 nm における溶融 Fe-Ni の垂直分光放射率の結果と自由電子論に基づく Drude モデルとの比較を 行った。その結果、Ni 成分が増えるほど、実測値が Drude モデルから解離する傾向にあることがわかっ た。これは、電子のバンド間遷移の影響であると考察した。 溶融 Fe-Ni の熱伝導率の結果と Wiedemann-Franz 則との比較を行った。その結果、実験値の熱伝導 率は、純成分では不確かさの範囲内で Wiedemann-Franz 則と一致するが、合金では Wiedemann-Franz 則 の値よりも大きくなることがわかった。これは、Wiedemann-Franz 則では考慮されない、フォノン伝導 の影響を示唆している。 溶融合金の密度の結果から過剰体積(VE )を算出した。その結果、規則―不規則合金系は VE≥0 を示し た。また、金属間化合物を形成する Ti-A(A=Cu,Ni)合金は VE <0 を示した。 溶融 Fe-Ni の定圧熱容量測定を行い、これまで理想溶液と同等と考えられていた溶融 Fe-Ni におい て、正の過剰定圧熱容量(CP E )が存在することを示した。取得した溶融 Fe-Ni の CP Eから HEおよび過剰エ ントロピーを推算した。さらに、Gibbs-Helmholtz 式を用いて過剰ギブスエネルギー(GE )を推算し、従来 提唱されてきた Redlich-Kister 式型の GEに代わる、新たな GEを提唱した。
𝐺
E(𝑇) = 𝐺
𝐸(𝑇
𝐴) + 𝐶
pE{(𝑇 − 𝑇
𝐴) − 𝑇(log 𝑇 − log 𝑇
𝐴)}
その結果、Fig. 1.2 に示す通り、規則―不規則合金は VE ≥0、GE <0 を示した。そのため、従来の溶液 論で説明されてきた正の相関では説明できないことが分かった。さらに、規則―不規則系合金である溶融 Pd-X(X=Fe, Ni, Cu)合金および Pt-Y(Y=Fe, Co, Ni, Cu)合金では、X もしくは Y の原子番号が小さくな るほど、VEは大きくなり、GEは小さくなる傾向を発見した。VE
電子分光の結果から得られた電子軌道を基に考察し、最外殻の電子に対し遮蔽効果が生じ電子雲が増大 するためであると考察した。 上記の通り、本手法により合金の VEと GEを決定することが出来ることを利用し、新たな溶液モデ ルとして、VEを、原子間相互作用と原子配置を反映する GEとの相関によって説明する溶液モデルを提 案した。 Reference
[1.1] T. Iida, R. I. L. Guthlie, The physical properties of liquid metals, Oxford(1988), New York.
[1.2] M. Watanabe, M. Adachi, H. Fukuyama, Densities of Fe-Ni melts and thermodynamic correlations,
51(2016) 3303-3310.