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研究ノート:ロイヤル・ウースター・コルセット・カンパニーからみる20 世紀転換期のジェンダー秩序

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研究ノート:ロイヤル・ウースター・コルセット・

カンパニーからみる20 世紀転換期のジェンダー秩

著者

鈴木 周太郎

雑誌名

鶴見大学紀要. 第2部, 外国語・外国文学編

58

ページ

25-40

発行年

2021-02

URL

http://doi.org/10.24791/00000938

Creative Commons : 表示

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研究ノート:ロイヤル・ウースター・

コルセット・カンパニーからみる

20 世

紀転換期のジェンダー秩序

鈴 木 周太郎

はじめに ― 20 世紀転換期のコルセット 1993 年 9 月、マサチューセッツ州ウースターの地方紙『テレグラム・ アンド・ガゼット』にリタ・リアドンという名前の当時83 歳の女性の インタビュー記事が掲載された。彼女は1926 年から 1935 年にかけて、 ロイヤル・ウースター・コルセット・カンパニーのコルセット工場で働 いていた。「そこは決して劣悪な労働環境の工場ではありませんでした」 と彼女は回顧する。「そこで働くすべての女性は洗練されており、すべ ての男性は紳士でした。」毎日朝8 時から夕方 5 時まで働いた週給は 10 ドルであり、それはウースターのあらゆる工場の労働者たちがうらやむ ものであった1)。ウースターは19 世紀後半から、移民労働者を吸収し ながら工業都市として拡大していった2)。そのようななかで、全米にそ して世界に供給していた製品の一つがコルセットであった。 本研究は服飾産業における女性労働者を対象として、「服を着る女性」 と「服をつくる女性」との間の関係性やギャップを検討する。彼女たち を研究対象とすることで、女性のなかの差異やジェンダー秩序の変化を 明らかにすることを試みるものである。そのなかでも特に本研究は民族・ 階級・ジェンダーが交叉した場として、19 世紀後半から 20 世紀初頭に かけてのアメリカ合衆国におけるコルセット産業について考察する。こ の産業に注目する理由として、19 世紀後半にアメリカにおいて幅広く 女性に受け入れられつつも、コルセットには限られた層にのみに認めら

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れた特権性が付与され続けていたことが挙げられる。コルセットという アイテムからは、新旧の美意識やジェンダー観の衝突も垣間見ることが できる。そのことと19 世紀末にこの産業に参入した女性労働者との関 係は興味深い。特にアメリカにおいては、作業の効率化や分業制にとも なう大量生産が実現されたことにより、女性労働者がコルセット産業に 多く参入することとなった。 コルセットについては、これまで様々な視角から充実した研究がされ てきた。特に服飾文化史のなかで、コルセットの盛衰と19 世紀から 20 世紀にかけての社会状況との関係は盛んに議論されている3)。例えば古 賀令子によれば、19 世紀を「コルセットの世紀」と表現し、ブルジョ ワ階級が政治・経済・文化のあらゆる面に大きな影響を及ぼすようにな ると、それまで貴族階級の女性が着用するものだったコルセットを、ブ ルジョワ階級がそして労働者階級も求めるようになった4)。しかし、20 世紀初頭になると、女性運動やスポーツの流行などの影響もあり、「コ ルセットとの決別」という現象が起こったと古賀は指摘する5)。戸矢理 衣奈はコルセットの衰退の背景にあるものとして、1881 年にイギリス で設立された合理服協会に代表される服装改革運動の影響を強調する6)。 ただし、このような服飾文化史からのアプローチは、コルセットを「着 る女性」について関心が向けられており、コルセットを「つくる女性」 については検討の中心とはしていない7)。世紀転換期アメリカの女性労 働者については膨大な歴史研究の蓄積が存在する8)。例えばナン・エン スタッドは賃金労働者として働く女性が独自の消費文化を構築する過程 を詳細に検討している9)。ただし、これまでコルセット産業ないしコル セット工場に特に着目した研究は存在せず、アメリカにおいて短期間で 拡大した上で急速に衰退したこの産業が、どのように女性労働者を吸収 し、ジェンダー秩序にどのような影響を及ぼしたのかについては、詳細 な検討はなされていない。 そこで本研究では「コルセットをつくる女性」を中心においた調査を することで、服飾と労働との関係についての新たな手がかりを得つつ、

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ジェンダー秩序の変化についての考察を試みる目的から、ロイヤル・ウー スター・コルセット・カンパニーで働く女性労働者について検討してい く。 1.アメリカにおけるコルセット受容 西洋におけるコルセットの歴史は古く、近代のコルセットにつながる ものとしてはルネサンス後期にまで遡ることができる10)。そしてそれ は18 世紀フランスの宮廷におけるパニエの流行などと相まって、王族 や貴族階級によって着用されるものとして、デザインを変えながらも女 性によって着用されてきた11)。フランス革命とそれに続く時代に「新古 典」的な服装が一時的に流行し、コルセットの着用を前提としないシュ ミーズ・ドレスが着用された時期を経て、19 世紀半ばにはクリノリン・ スタイルやバッスル・スタイルのなかで、再びコルセットは女性のファッ ションに不可欠なものとなっていった12)。そしてこの時期のコルセット は、豊かな曲線美を作り出す装置としての側面が強くなった13)。19 世 紀ヨーロッパにおけるコルセットの復興の最大の特徴は、コルセットの 大衆化であった。中産階級から労働者階級、そして農民の女性もコルセッ トを着用して労働をするようになった。1870 年のパリにおいては、年 間150 万着のコルセットが製造されていた14)。 ヨーロッパにおけるコルセットの普及の波は、アメリカにも届くこと になる。服飾史研究者の濱田雅子によれば、アメリカ人は「祖国ヨーロッ パの貴族の服飾への強い憧憬の念をいだき続け」、クリノリンやバッス ルといったヨーロッパの最先端の流行を積極的に受け入れていった15)。 特に1870 年代にアメリカに流入したバッスルについては、アメリカの 多くの女性たちが見様見真似で、時代遅れのスカートの後ろにまるめた 新聞紙を入れてお尻の部分を膨らませてシルエットを作ろうとしたとい うエピソードを、濱田は紹介している16)。 コルセットに代表される身体を拘束する衣服のアメリカにおける流行 について今日の研究者が言及するときに、盛んに参照されるのがソース

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タイン・ヴェブレンによって1899 年に書かれた『有閑階級の理論』で ある。ヴェブレンは「衒示的消費」という言葉で、富の所有を誇示する ための消費が19 世期末に拡大したことを論じた。そしてそのような消 費のなかでも典型的なものが衣服の消費であった。ヴェブレンによれば 「衣服の場合には、他の消費目以上に見せびらかしのための支出が容認 され、あからさまに、そしておそらくは誰もが行って」いるものであり、 「どんな階級でも、衣服に充てる支出の大半が身体を守るためではなく 見てくれのために投じられる」傾向にあった17)。そして、「見てくれの ため」に着用する典型的なアイテムとして、ヴェブレンはコルセットを 挙げた。  ハイヒール、スカート、非実用的なボンネット、コルセット等々、 着心地の良さを無視するあらゆる小道具は、文明国の女性の服装に 見られる顕著な特徴である。これらのものは、現代の文明化された 生活様式において女はいまだに理論上は男に経済的に依存している こと、経済用語で言えば男の動産であることを証拠だてている18)。 ヴェブレンが『有閑階級の理論』を記した1899 年は、まさにアメリ カにおけるコルセットの全盛期であった。しかし、上の引用は彼がコル セットの衰退を予期していたと言うこともできないだろうか。すなわち、 女性が男性に依存するというジェンダー秩序が見直されたときに、コル セットのような女性を拘束するアイテムは役割を終えることになる。 19 世紀末にコルセットがアメリカにおいて急速に普及した背景とし て、この製品がヨーロッパからの輸入から自国生産へと移行していった ことが挙げられる。それまで鯨髭を用いていたものが金属のワイヤーに 切り替えられ、ゴムなどの新しい素材も導入された。また、金属製の鋳 型ボディを使うスチーム成型法が開発され、大量生産が可能な技術革新 も進んでいった。工業化が急速に進み、鉄や石炭といった天然資源も豊 富なアメリカ北部の工業地帯において、コルセットを大量生産すること

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がこの時代には可能になったのであった19)。また、このような工業化 は、それまでの腕力と熟練技術を必要としたコルセット製造のあり方を 変え、女性労働者が活躍する余地を生むこととなった。コルセットの製 造が盛んな都市としては、ニューヨークやシカゴがあるが、本研究では マサチューセッツ州ウースターに着目し、特にロイヤル・ウースター・ コルセット・カンパニー(以下、RWCC)で働く女性労働者がどのよう な人々であったのかについて検討する。 2.ロイヤル・ウースター・コルセット・カンパニーの女性労働者 ウースターはボストンから西に70 キロほどの場所に位置し、ブラッ クストーン川沿いに紡績工場が作られていたが、1835 年にボストンと の間に鉄道が建設されるとさらに様々な種類の工場が建設されるように なった。ボストンだけでなく南はプロビデンスやニューヨーク、北はカ ナダへも交通の便が良く、ヨーロッパやカナダから多くの移民が流入 し、工場労働力として吸収されていった。1890 年から 1910 年の 20 年 の間に22,000 人の移民がウースターに流入し、この都市の外国生まれ の人口は82% も増加した20)。出身地としては、従来から多くの移民を 輩出したイギリス、アイルランド、ドイツだけでなく、ラトビアやイタ リア、ギリシャなどからも流入した。このように工業化と移民の大量流 入によって拡大したウースターの地が、アメリカにおけるコルセット産 業の中心地となり、そのなかでも最も巨大な工場がRWCC によって運 営されていた。 RWCC はデイヴィッド・H・ファニングによって設立された。1830 年にコネチカットで生まれたファニングは、1861 年にウースターでフー プ・スカート(張り骨でシルエットをふくらませたスカート)の工場を 二人の女性従業員とともに開始した。制作したフープ・スカートが高い 評価を受けたファニングは、さらなる製品としてコルセットに注目し た。コルセットの製造でも高い評価を得た彼の会社は、1895 年には巨 大なコルセット工場を建設し、最大2000 人の女性労働者を抱える巨大

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(8)

な産業となった21)。1898 年にネブラスカ州オマハで開催されたトラン ス・ミシシッピ国際博覧会においてRWCC のコルセットが金賞を受賞 するなど、20 世紀転換期は RWCC が最も高い評価を得た時期であった。 1920 年代以降は時代の流れにあわせてコルセット以外の下着も生産す るようになる。第二次大戦後に閉鎖されるまでRWCC は大量のアンダー ウェアを製造し続けた22)。 19 世紀半ばまでのコルセット製造は腕力と熟練技術を要する職人に よるものであったが、技術革新などによりそれほど高い熟練技術を持た ない労働者を大量投入することで大量生産が可能な産業となっていっ た。そして20 世紀に入る頃には、コルセット工場で働く労働者のうち 大半を女性が占めることになった。例えば1900 年の国勢調査では、全 米のコルセット工場で働く労働者8,016 人のうち、男性は 815 人、女性 は7,201 人であった23)。RWCC においても、週給 10 ドルという高額な 賃金もあって広範な地域から女性労働者が集まることになった。 合衆国の国勢調査から、ウースターのコルセット工場で働く女性労働 者がどのような人たちであったのかをうかがい知ることができる。それ によれば、女性労働者のうち元々アメリカに住んでいた両親から生ま れた者が16%、移民の親のもとにアメリカで生まれた者が 61%、移民 第一世代の女性が23%であった。有色人種は一人もいなかった。また、 ほとんどが独身女性であり、年齢を見ると16 歳から 24 歳までが最も多 く、全体の68%であった。父親か母親が移民である場合の出身国はア イルランドが最も多く51%、次いでフランス系カナダ人の 27%、それ 以外ではイギリスや北欧からの移民が多かった24)。これは同年のウー スターにおける他の職種と比べると特徴的である。例えば家政婦のよう な家庭内労働をおこなう使用人を見ると、移民第一世代の女性が61% と最も多く、アフリカ系も4%ほど存在した。また、帳簿係のような事 務職を見ると、アメリカに住んでいた両親から生まれた者が最も多く 52%、次いで移民の親のもとにアメリカで生まれた者が 40%、移民第 一世代の女性が8%であった25)。つまりコルセット工場で働く労働者に

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おいては、移民第二世代の、まさにアメリカ人になろうとしている若い 独身女性が最も多い層であったことがわかる。 RWCC は彼女らの作業やレクリエーションの光景を広報写真として おさめ、雑誌広告や記念ポストカードなどで積極的に活用した。これら 1 ウースターのコルセット産業の女性労働者

Occupations at the Twelfth Census (1904) をもとに作成

1、女性労働者の構成

Native White:

Native Parents Foreign Parents Native White: Foreign Whites

82 312 118

2、婚姻状態

Single and Unknown Married Widowed Divorced

487 15 10 0

3、年齢

10 to 15 years 16 to 24 years 25 to 44 years 45 years and over

19 114 4 30

4、父親か母親が移民の場合の出身国

Canada

(English) (French) Germany Canada BritainGreat Ireland Italy Poland Russia Scandinavia CountriesOther

19 114 4 30 211 2 2 2 26 5

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の写真には彼女らの日々の生活が克明に刻まれている。例えば清潔なダ イニング・ルームでの食事風景や、食事後のホールにおける(女性だけ の)ダンス風景などが写真におさめられ、彼女らが工場において充実し た生活を送っていることが強調された26)。また、RWCC は「コルセッ ト学校(School of Corsetry)」を設置し、デパート等でのコルセット販 売員の育成もおこなっていた27)。

Royal Worcester Corset Company Scrap Book, American Antiquarian Society.

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3.コルセット産業とアメリカ化 前節で述べたように、ウースターのコルセット工場で働く労働者は、 移民第二世代の若い独身女性が中心であった。広報資料においては彼女 らの充実した生活ぶりをアピールすることが多かったRWCC だが、同 時に移民もしくは移民の娘である彼女らが「アメリカ人」であることを 強調する描写が数多く見受けられる。20 世紀初頭の革新主義から第一 次世界大戦の時代は、移民やその子どもをアメリカ人にしていくという 「アメリカ化」が、大きな社会的関心となった時代であった28)。RWCC の最盛期は、女性労働者のアメリカ化に積極的に取り組むことが求めら れた時代でもあった。 例えば1918 年に、第一次世界大戦のための戦争債であるリバティ・ ローンがウースターにおいて募集額を上回ったことを記念する式典にお いて、RWCC の女性労働者が『星条旗』『コロンビア、大洋の宝』といっ

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た様々な愛国歌を歌った記録が残されている。曲の合間に、彼女らは以 下のような呼びかけをおこなった。 温かい家庭から海の向こうにいる人への呼びかけ 正しい道を進むよう、自由のために戦うよう、彼らへ語りかける 息子のことを誇りに思う母親がここにいる そして彼女は戦いに勝つまで待ち続けるだろう29) 戦争債のキャンペーンへの協力などを通して、彼女たちは第一次世界 大戦に「動員」されていたことが、この資料からわかる。また、彼女ら が賃金労働者として働きながらも「母」のような家庭性が強調され、伝 統的なジェンダー秩序の温存が試みられていたことも、これらの資料か らは読み取ることが可能である。移民もしくは移民の娘によって構成さ れた労働者を抱えるRWCC にとって、彼女らを動員しアメリカ化して いくことは、重要な意味を持っていた。 また、RWCC の広報資料からは、プリマス植民地の建設や独立戦争 といったマサチューセッツにおける建国の記憶と自らを関連づける試み が数多くみられる。例えば1921 年に出版されたブックレット『ピルグ リムの精神』においては、RWCC の活動が 1620 年にメイフラワー号に 乗ってプリマスにたどり着いたピルグリム・ファーザーズたちの精神を 受け継いだものであることがアピールされている。ブックレットの冒頭 では、読者は以下のように呼びかけられる。 今日、ピルグリムの精神が私たちの経済活動に浸透しています。 そしてより一層の努力が求められている時代です。経済活動の普遍 的な善のために、現在と未来のために、このブックレットを読んだ あなたが、ピルグリムの前向きな精神と霊感を得て、日々の課題に 生かしてもらうことが私たちの願いです30)。

(13)

続けて1620 年のピルグリム・ファーザーズたちのアメリカ到達につ いての詳細な記述が始まるのであるが、彼らの経験がアメリカを特徴づ ける「進歩性(progressiveness)」と結び付けられて語られていく。そし て「ピルグリムによる共同体は、国際的(cosmopolitan)、寛容、キリス ト教というアメリカ合衆国の原型であった」と結ばれている31)。また、 このブックレットはミシシッピ川を行き来する蒸気船、アメリカ全土に 広がる鉄道網、大規模草原農法を可能にしたマコーミックの刈り取り機 といったアメリカの技術革新の延長線上にRWCC の高度なコルセット 製造技術を位置付ける記述も特徴的である。 以上のように、移民もしくは移民の娘を労働者として数多く雇用して いたRWCC は、革新主義から第一次世界大戦に続く「アメリカ化」の 流れの中で、自らのアメリカ性を強調していくことになった。そしてそ れは女性労働者を伝統的なジェンダー秩序のなかにとどめておこうとす る試みにも繋がっていく。そのようなアメリカ化やジェンダー秩序の維 持が求められていくなかで、女性労働者自身がそうした流れにどのよう に向き合っていたのかを明らかにすることが、本研究の今後の課題であ る。 おわりに RWCC における女性労働者のアメリカ化が試みられた時代は、自社 製品を日本を含む世界各地へ輸出しようと試みた時期と重なる。1921 年に発行されたRWCC の広報資料によると、世界の 90 の国と地域に自 社製品を輸出しており、その中には日本も含まれていた32)。 RWCC と日本との出会いは、国際博覧会への出品を除けば、1909 年 に渋沢栄一率いる渡米実業団がウースターに立ち寄り、そのなかの一部 がRWCC の工場を視察したことが始まりであろう33)。当時のウースター の雑誌にもこの日本の「使節団」の工場視察が取り上げられている。そ の記事ではコルセットを「現代文明の証し」と位置づけ、日本の実業家 たちが初めて見るコルセットに戸惑う様を、アメリカ人が東アジアの女

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性の纏足を初めて見たときの反応を想起させるものと表現している。ま た、RWCC の女性労働者への人道的な扱いが日本人に強い印象を与え たことであろうと記事には記されている34)。ここからは、高い技術力に よって裏付けられた「文明」は、アメリカ的ジェンダー秩序とあわせて 海外に広がるべきものという認識を読み取ることができる。今後の研究 の可能性として、RWCC から日本へのコルセットの輸入記録などを通 して、アメリカのジェンダー秩序や服飾文化が日本の社会や女性に対し て与えた影響を明らかにすることが期待できる。 1920 年に入ると、フランスからのギャルソンヌ・スタイルの流入な どにより、コルセットの着用を想定しないファッションが主流となって くる。それはRWCC の斜陽の始まりでもあった。本ノートの冒頭で紹 介したリタ・リアドンが働き始めたのはそのような時代であった。彼女 はコルセットだけでなくガードルなどの新しい製品の生産にも関わるこ とになるが、それはRWCC がかつての栄光を取り戻すことには繋がら なかった。 RWCC は 20 世紀転換期にウースターに大量に流入した移民の娘たち の受け皿となり、彼女らのアメリカ化をも促していった。それはコルセッ トの大衆化や、よりゆったりとしたアンダーウェアへの移行という、従 来のジェンダーや階級の秩序が変化していく状況とも呼応するものだっ た。今後はRWCC 内での生産や広報についてより詳細な調査をおこな うとともに、女性労働者が工場での労働やファッションの変化にどのよ うに向き合っていたのかを検討していく。 註

1) “Corset Maker’s Heyday Recalled,” Telegram & Gazette (September 21, 1993) B6. 2) Roy Rosenzweig, Eight Hours for What We Will: Workers & Leisure in an Industrial

City, 1870-1920, New York: Cambridge University Press, 1983, 131.

3) Valerie Steele, The Corset: A Cultural History, New Haven: Yale University Press, 2001; Karen Bowman, Corsets & Codpieces: A History of Outrageous Fashion,

(15)

4) 古賀令子『コルセットの文化史』青弓社、2004 年、49 頁。 5) 古賀、106-107 頁。 6) 戸矢理衣奈『下着の誕生 — ヴィクトリア朝の社会史』講談社、2000 年、143 頁。 7) ただし、古賀がイギリスの工業における 18 世紀以来の技術革新がコルセッ トの大量生産につながり、この産業への女性労働者の参入も導いたと指摘 していることは重要である。古賀、46-47 頁。 8) Rosenzweig, 293-294.

9) Nan Enstad, Ladies of Labor, Girls of Adventure: Working Women, Popular Culture,

and Labor Politics at the Turn of the Twentieth Century, New York: Columbia

University Press, 1999. 10) Steele, 1.

11) Bowman, 67-68.

12) 深井晃子監修『増補新装 世界服飾史』美術出版社、2013 年、103-107 頁 ; Marnie Fogg, ed., Fashion: The Whole Story, New York: Prestel, 2013, 146-149. 13) Jill Salen, Corsets: Historical Patterns & Techniques, London: Costume & Fashion

Press, 2008, 59.

14) Béatrice Fontanel, Support and Seduction: A History of Corsets and Bras, New York: Abradale Press, 1997, 88.

15) 濱田雅子『パリ・モードからアメリカン・ルックへ — アメリカ服飾社会史 近現代篇』インプレス、2019 年、34 頁。 16) 濱田雅子『アメリカ服飾社会史』東京堂出版、2009 年、2 頁。 17) ソースタイン・ヴェブレン、村井章子訳『有閑階級の理論』ちくま学芸文庫、 2016 年、197 頁。 18) ヴェブレン、210 頁。 19) 古賀、48 頁。 20) Rosenzweig, 195-196.

21) Yesterday and Today: A Pictorial Souvenir Book, Royal Worcester Corset Company, 1921 (Royal Worcester Corset Company Scrap Book, American Antiquarian Society) 6-10.

22) “Corset Maker’s Heyday Recalled,” B6.

23) Occupations at the Twelfth Census, Washington: Government Printing Office, 1904, 9.

24) Occupations at the Twelfth Census, 762-763.

25) 人数で記すならば、家庭内労働についてはアメリカに住んでいた両親から 生まれた白人が820 人、移民の親のもとにアメリカで生まれた白人が 744 人、 移民第一世代の白人が2,684 人、アフリカ系が 165 人。帳簿係はアメリカに 住んでいた両親から生まれた白人が251 人、移民の親のもとにアメリカで 生まれた白人が193 人、移民第一世代の白人が 37 人、アフリカ系が 2 人で

(16)

あった。

26) The Pilgrim Spirit: 1620-1921, Royal Worcester Corset Company, 1921 (Royal Worcester Corset Company Scrap Book, American Antiquarian Society) 15. 27) “Graduate of the Bon Ton School of Corset,” (The Jeffrey Cote Collection,

Worcester Polytechnic Institute).

28) 松本悠子『創られるアメリカ国民と「他者」—「アメリカ化」時代のシティ ズンシップ』東京大学出版会、 2007 年。

29) Over the Top: Worcester Score Again by Over-subscribing to the Third Liberty

Loan, April 26, 1918 (The Jeffrey Cote Collection, Worcester Polytechnic Institute)

2.

30) The Pilgrim Spirit, 1. 31) The Pilgrim Spirit, 2-6. 32) Yesterday and Today, 17.

33) 『渋沢栄一傳記資料 第 32 巻』渋沢栄一伝記資料刊行会、1960 年、252-253 頁。 34) The Worcester Magazine (1909) 367.

主要参考資料 The Jeffrey Cote Collection, Worcester Polytechnic Institute.

Royal Worcester Corset Company Scrap Book, American Antiquarian Society.  The Royal Worcester Corset Company Collection, Worcester Historical Society.   Social Museum Collection: Royal Worcester Corset, Harvard Art Museums.

Occupations at the Twelfth Census, Washington: Government Printing Office, 1904.  Telegram & Gazette.

The Ladies’ World. The Worcester Magazine.

『渋沢栄一傳記資料』渋沢栄一伝記資料刊行会

Karen Bowman, Corsets & Codpieces: A History of Outrageous Fashion, from Roman

Times to the Modern Era, New York: Skyhorse Publishing, 2016.

Nan Enstad, Ladies of Labor, Girls of Adventure: Working Women, Popular Culture,

and Labor Politics at the Turn of the Twentieth Century, New York: Columbia

University Press, 1999.

Marnie Fogg, ed., Fashion: The Whole Story, New York: Prestel, 2013.

Béatrice Fontanel, Support and Seduction: A History of Corsets and Bras, New York: Abradale Press, 1997.

(17)

Velda Lauder, Corsets: A Modern Guide, New York: Chartwell Books, 2010.

Roy Rosenzweig, Eight Hours for What We Will: Workers & Leisure in an Industrial City,

1870-1920, New York: Cambridge University Press, 1983.

Jill Salen, Corsets: Historical Patterns & Techniques, London: Costume & Fashion Press, 2008.

Kristina Seleshanko, Bound & Determined: A Visual History of Corsets 1850-1960, New York: Dover Publications, 2012.

Valerie Steele, The Corset: A Cultural History, New Haven: Yale University Press, 2001. Thorstein Veblen, The Theory of the Leisure Class, London: Routledge, 1992. 村井章子

訳『有閑階級の理論』ちくま学芸文庫、2016 年。

C. Willets and Phillis Cunnington, The History of Underclothes, New York: Dover Publications, 1992. 貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』岩波新書、2018 年。 古賀令子『コルセットの文化史』青弓社、2004 年。 戸矢理衣奈『下着の誕生— ヴィクトリア朝の社会史』講談社、2000 年。 中野耕太郎『戦争のるつぼ— 第一次世界大戦とアメリカニズム』人文書院、 2013 年。 野村達朗『アメリカ労働民衆の歴史— 働く人々の物語』ミネルヴァ書房、2013 年。 濱田雅子『アメリカ服飾社会史』東京堂出版、2009 年。 濱田雅子『パリ・モードからアメリカン・ルックへ— アメリカ服飾社会史 近現 代篇』インプレス、2019 年。 林田敏子『戦う女、戦えない女— 第一次世界大戦期のジェンダーとセクシュア リティ』人文書院、2013 年。 深井晃子監修『増補新装 世界服飾史』美術出版社、2013 年。 原克『流線型シンドローム— 速度と身体の大衆文化誌』紀伊国屋書店、2008 年。 松本悠子『創られるアメリカ国民と「他者」—「アメリカ化」時代のシティズン シップ』東京大学出版会、 2007 年。

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