九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
投票と共通善 : 投票先の規範理論
蓮見, 二郎
九州大学大学院法学研究院 : 准教授
https://doi.org/10.15017/4377852
出版情報:政治研究. 68, pp.1-22, 2021-03-31. 九州大学法学部政治研究室 バージョン:
権利関係:
投 票 と 共 通 善
︱︱ 投票 先の 規範 理論
︱︱
蓮 見 二 郎
はじ めに 一 先行 研究 とそ の課 題 二 投票 先の 規範 を議 論す る理 由 三
﹁共 通善
﹂の 概念 四
﹁共 通善
﹂へ の投 票の 是非 五 民主 主義 にお ける 市民 の負 担 六 主権 者教 育へ の含 意 おわ りに
はじ めに 本稿 の目 的は
︑人 々が 選挙 で投 票す る際 に﹁ 共通 善︵
c o m m o n g o o d
︶﹂ に投 票し なけ れば なら ない のか とい う問 いに 答 える こと を通 じて
︑ど のよ うな 候補 に投 票す るの が望 まし いの かと いう
︑投 票先 の規 範的 な理 論を 提示 する こと にあ る︒ ここ での
﹁共 通善
﹂と は︑ ある 政治 体全 ての 人に 関わ る共 通の 価値 ある もの を指 し︑ その 部分 でし かな い特 定の 集団 や 特定 の個 人に のみ 関わ る価 値で ある 私的 利益 と区 別さ れる もの を指 す︒
﹁共 通善
﹂に 類似 した 用語 とし て︑
﹁公 共善
﹂﹁ 公 益﹂
﹁公 共の 利益
﹂﹁ 一般 意思
﹂な ど様 々な もの があ りう るが
︑こ こで は︑ それ らの 間の 差異 を強 調す るよ りも
︑右 記の 意味 であ れば どの 用語 にも 共通 する 部分 に焦 点を 当て る︒ また
︑そ のよ うな
﹁共 通善
﹂に 投票 する とい う表 現で 本稿 が 意図 して いる のは
︑﹁ 共通 善﹂ が最 も実 現す る可 能性 の高 い候 補に 投票 する こと であ る︒ そも そも
︑﹁ 共通 善﹂ に投 票し なけ れば なら ない のか など とい う問 いは
︑あ まり に荒 唐無 稽だ と感 じる 人々 もい るか も しれ ない
︒と いう のも
︑自 由で 民主 的な 社会 にお いて は︑ 通常
︑自 由選 挙や 秘密 選挙 を原 則と して おり
︑例 えば 選挙 に おけ る秘 密投 票と いう 制度 的保 障に よっ て︑ 投票 の自 由が 確保 され てい るか らで ある
︒そ こで は︑ 個々 の投 票者 が定 め られ た候 補者 や政 党の 一覧 の中 から どの 候補 に投 票す るの も全 く個 人の 自由 であ り︑ 投票 意思 の決 定や 投票 行動 に際 し てむ しろ 制約 を受 ける べき でな いと 想定 され てい る︒ これ とは 逆に
︑別 の人 々に とっ ては
︑こ の問 いに 対す る解 答が あ まり に自 明な ため
︑問 うに 値し ない と感 じら れる かも しれ ない
︒実 際︑ 政治 哲学 にお いて は︑ 特に 共和 主義 の立 場を 取 る論 者か ら︑ 自由 民主 主義 の社 会に おい ても 投票 行動 は自 己利 益の ため では なく
︑﹁ 共通 善﹂ にこ そ投 票す べき だと の主 張が 盛ん にな され てき た︒ 例え ば︑ J・ J・ ルソ ーは
︑﹁ 自分 の投 票に より
﹃こ れが 国家 の利 益と なる
﹄と 言う かわ りに
︑ 彼は
﹃あ る意 見が 通る こと は︑ ある 人物
︑ま たは
︑あ る党 派の 利益 にな る﹄ と(1
言)
﹂う よう なこ とは
︑端 的に 誤り なの だ と断 罪す る︒ また
︑J
・S
・ミ ルは
︑さ らに 端的 に︑
﹁政 治の 選挙 では
︑⁝ 投票 者は
︑自 分の 私的 利益 では なく
︑公 共の 利益 を顧 慮す る絶 対的 な道 徳的 義務 を負 って い(2
る)
﹂と 主張 し︑
﹁こ れと 異な る考 えの 人は 誰で あれ
︑選 挙資 格を 持つ のに ふさ わし くな
(3
い)
﹂と 言い 切る
︒
もち ろん
︑こ の問 いを 単純 に自 由主 義対 共和 主義 とい う次 元で の論 争に 決着 をつ ける こと で回 答す るこ とも 可能 であ る︒ 一例 を挙 げる と︑ 自由 主義 的な 徳を 唱道 する S・ マシ ード は︑
﹁適 切に 理解 され たリ ベラ ルな 個人 主義 には
︑そ の基 礎に
︑自 己中 心的 では ない
︑一 般的 およ び公 平な 視点 に依 存す る道 徳的 忠誠 が存 在す
(4
る)
﹂と 主張 する
︒こ のマ シー ドの 主張 を選 挙の 文脈 に当 ては めれ ば︑ 投票 も﹁ 自己 中心 的﹂ であ って はな らず
︑﹁ 一般 的お よび 公平 な視 点﹂ によ って 投票 先を 判断 する こと が望 まし いと いう こと にな る︒ この よう に︑ マシ ード の自 由主 義的 な徳 の立 場を 援用 すれ ば︑ 投票 に あた って は︑ 自己 利益 では なく
﹁共 通善
﹂に 投票 すべ きと いう 結論 を導 くこ とが でき よう
︒し かし なが ら︑ この よう な 方法 によ る議 論で は︑ 自由 主義 と共 和主 義と の論 争に 全面 的な 決着 をつ ける 必要 が生 じた り︑ 自由 主義 や共 和主 義の そ れぞ れの 中で もど の立 場を 取る のか につ いて 議論 が必 要に なっ たり する など の難 点の みな らず
︑投 票に まつ わる ある 種 の特 殊性 を十 分に 考慮 しな いま ま論 じて しま う危 険性 があ る︒ そこ で︑ 本稿 では
︑投 票先 の規 範理 論に 関す る先 行研 究 を中 心に
︑そ の主 要な 論点 を追 い掛 ける こと によ って
︑こ の議 論を さら に進 める とい う方 法で 論じ てい きた い︒ 一 先行 研究 とそ の課 題 選挙 にお いて
﹁共 通善
﹂に 投票 しな けれ ばな らな いの かと いう 問い は︑ 近年 の英 語圏 の政 治哲 学に おい て︑ 以下 のよ うに 論じ られ てい る︒ G・ ブレ ナン とP
・ペ ティ ット は︑ 一九 九〇 年の 論文
﹁投 票の 覆い を剥
(5
ぐ)
﹂に おい て︑ 秘密 投票 制へ の批 判を 行う 文 脈の 中で
︑﹁ 共通 善﹂ に投 票す べき かと の問 いを 検討 して いる
︒G
・ブ レナ ンと ペテ ィッ トに よれ ば︑ 投票 に際 して の規 範的 原理 は︑ 功利 主義 や自 由至 上主 義の 伝統 に由 来す る﹁ 選好 原理
︵
p r e f e r e n c e i d e a l
︶﹂ と共 和主 義の 伝統 に由 来す る
﹁思 慮原 理︵
j u d g e m e n t i d e a l
︶﹂ との 二種 類に 区別 する こと がで きる
︒こ こで の﹁ 選好 原理
﹂と は︑ 投票 が選 択可 能な 帰 結に つい て︑ 投票 者の 順序 付け を反 映し たも ので ある べき だと いう 規範 であ る︒ この 原理 に従 うと
︑投 票者 は私 的な 事 柄も 公的 な事 柄も とも に投 票に あた って 考慮 に入 れる こと とな る︒ 他方 の﹁ 思慮 原理
﹂と は︑ G・ ブレ ナン とペ ティ ッ
トの 用語 にい う﹁ 公益
﹂の みの 観点 から 投票 先を 決め ると いう 規範 であ る︒ 両者 によ れば
︑合 理的 選択 論の 研究 成果 を 念頭 に置 くと
︑複 数の 選好 に一 意的 な順 位を 付け るこ とが 不可 能で ある 以上
︑こ のう ち﹁ 選好 原理
﹂は
︑望 まし いか 望 まし くな いか とい う議 論と は独 立に
︑そ もそ も実 現不 可能 であ る︒ 他方 の﹁ 思慮 原理
﹂に は︑ その よう な実 現不 可能 性 が特 に存 在し ない
︒そ れゆ えG
・ブ レナ ンと ペテ ィッ トは
︑投 票制 度を 考え るに あた り﹁ 思慮 原理
﹂に 依拠 して 議論 す べき だと 主張 する
︒ この 議論 を受 け継 ぎ︑
﹁共 通善
﹂の ため に投 票す べき こと をよ り緻 密に 基礎 づけ よう とす るの は︑ J・ ブレ ナン であ
(6
る)
︒ 彼は
︑市 民が 利己 主義 的に 投票 して よい とい う見 解に 対比 させ て︑
﹁共 通善
﹂の ため に投 票し なけ れば なら ない とす る見 解を
﹁公 共心 説︵
p u b l i c - s p i r i t e d v i e w
︶﹂と 呼ぶ
︒J
・ブ レナ ンは
︑ど のよ うな 民主 主義 論も 純粋 な手 続き だけ から 正当 化す るこ とは 難し く︑ 民主 主義 が何 らか の道 徳的 に正 しい 帰結 がも たら され るこ とか ら正 当化 せざ るを えな いと 考え る︒ もち ろん J・ ブレ ナン も︑ 何が
﹁共 通善
﹂な のか につ いて 論争 や疑 問が 生じ うる こと を承 知し てい るが
︑民 主主 義の 正 しさ を保 証す る何 らか の意 味で の﹁ 共通 善﹂ の概 念が 必要 であ ると する
︒ま た︑ 大規 模な 社会 にお いて 個人 の投 票価 値 はほ ぼゼ ロに 近い こと から
︑我 々の ほと んど にと って
︑﹁ 共通 善﹂ を促 進す るよ うな 協力 的投 票を 行う 方が そう でな いよ りし ばし ば有 利で ある とも 主張 する
︒ こう した J・ ブレ ナン の議 論に 対し てA
・レ ヴァ ーは
︑﹁ 共通 善﹂ が競 合す る倫 理基 準の 一つ に過 ぎな いこ とを 強調 し︑ 必ず しも
﹁共 通善
﹂の ため だけ に投 票を 行わ なく ても よい と彼 女が 考え る事 例を 二つ 挙げ て反 論し てい
(7
る)
︒そ の一 つは
︑
﹁共 通善
﹂の 観点 から は全 く同 じと 評価 され る二 人の 候補 が存 在す る場 合で ある
︒こ の場 合に は︑ もは や﹁ 共通 善﹂ の観 点か らだ けで は投 票理 由を 捻出 する こと がで きな いの で︑ その 他の 理由 を考 慮す るこ とに なる とい う︒ もう 一つ は︑ あ る程 度満 足で きる くら い﹁ 共通 善﹂ が充 足さ れて いる
︵
s a t i s f i c i n g
︶二 人の 候補 が存 在す る場 合で ある
︒こ の場 合に は︑
﹁共 通善
﹂を 最大 化す る︵
m a x i m i s i n g
︶た めに より 高い レベ ルの
﹁共 通善
﹂を 求め ずに
︑﹁ 共通 善﹂ 以外 の理 由を 考慮 に 入れ て投 票を 行う こと も︑ 必ず しも 不当 とは 言え ない ので はな いか とレ ヴァ ーは 論じ てい る︒ なお
︑こ の問 題へ の解 答は
︑﹁ 選挙 権の 法的 性格
﹂に 関す る議 論と して
︑日 本の 憲法 学に おい ても 蓄積 され てい
(8
る)
︒こ
こで は︑ 選挙 権を 専ら 政治 への 参加 を国 民に 保障 した
﹁権 利﹂ とし ての み見 る︵ 権利 説︶ か︑ それ とも
︑﹁ 権利
﹂で ある こと に加 え︑ 公務 員を 選任 する とい う意 味で
﹁公 務﹂ に関 与す るも のと 見る
︵二 元説
︶か をめ ぐる
︑学 説上 の論 争と し て議 論が 行わ れて いる
︒二 元説 の立 場は
︑権 利と いえ ども 権利 主体 が自 由に 処分 する こと ので きな い権 利で ある こと
︑ また
︑選 挙犯 罪者 に対 して その 行使 を一 定期 間停 止さ せる こと があ るこ とな どは
︑﹁ 公務
﹂と して の性 格が 付加 され てい ると 解す るこ とに よっ ては じめ て説 明可 能に なる とす る︒ 一方
︑前 者の 立場 は︑ ルソ ーの 人民 主権 論を 基礎 とし
︑選 挙 権を 市民 固有 の権 利と して 把握 すべ きと 考え
︑投 票価 値の 平等
︑強 制投 票の 禁止
︑選 挙運 動の 自由 など の重 要な 価値 を 導く こと がで きる こと をも って
︑そ の根 拠と する
︒実 際︑ 日本 国憲 法第 一五 条第 四項 には
︑﹁ 選挙 人は
︑そ の選 択に 関し 公的 にも 私的 にも 責任 を問 はれ ない
﹂と ある
︒し かし
︑そ もそ もル ソー の社 会契 約説 にお ける 市民 は︑ 社会 全体 の利 益 を実 現す るた めに 国政 に参 与す るも ので あり
︑投 票価 値の 平等 など 他の 重要 な価 値は 二元 説の 立場 から も基 礎付 け可 能 であ ると の議 論も ある
︒こ のよ うに
︑日 本の 憲法 学に おけ る議 論を 眺め ても
︑選 挙に おい てど の候 補に 投票 する かは 投 票者 それ ぞれ に全 くの 自由 が与 えら れて いる とい う訳 では なく
︑﹁ 公務
﹂と して の一 定の
﹁責 務﹂ が存 在し てい ると いう 見解 が多 数説 を成 して い(9
る)
︒そ うし た中 で︑ 憲法 学者 の野 中俊 彦ら は︑
﹁権 利﹂
﹁公 務﹂ とい う概 念で
﹁一 体︑ 具体 的に 何が 主張 され てい るか を明 らか にす るこ とが 重要 であ る﹂ とし た上 で︑ それ を明 らか にし て︑
﹁両 説の 対立 点を 具体 的に みて みる と︑ その 差が 意外 と小 さな もの にす ぎな いこ とが 明ら かに な(10
る)
﹂と 断じ る︒ しか しな がら
︑も し﹁ 公務
﹂の 内 容に
﹁共 通善 に投 票し なけ れば なら ない
﹂こ とが 含ま れる とす れば
︑選 挙に おけ る人 々の 投票 に望 まし い投 票先 と望 ま しく ない 投票 先と が存 在す る︑ つま り︑ 投票 先に は道 徳的 な優 劣が 付け られ るこ とと なる 点で
︑両 説の 含意 に大 きな 差 異が 生じ うる こと にな ろう
︒ 以上 の先 行研 究の 整理 から は︑ 幾つ かの 重要 な課 題が 析出 され るが
︑そ の中 でも 特に 重要 なの は︑ 以下 の四 点で ある
︒ 第一 に︑ そも そも なぜ 望ま しい 投票 先の 決め 方な ど議 論し なけ れば なら ない のか につ いて
︑こ れま での 研究 では 必ず し も明 確に して こな かっ た︒ 単な る投 票の 自由 では なぜ いけ ない のか
︑な ぜ投 票先 につ いて 規範 的な 議論 が求 めら れる の かに つい て︑ より 説得 的な 説明 が必 要で ある
︒第 二に
︑こ れま での 議論 では ルソ ーの 一般 意思 のよ うに
︑﹁ 共通 善﹂ が単
一で ある こと を前 提と する か︑ そう でな くと も︑
﹁共 通善
﹂の 構想 の複 数性 につ いて 曖昧 な説 明に 終始 しが ちで あっ た︒ しか しな がら
︑自 由主 義か らの 要請 に応 える ため には
︑﹁ 共通 善﹂ の複 数性 につ いて これ まで 以上 に明 快な 説明 が求 めら れて いよ う︒ 第三 に︑ これ まで の議 論で は︑ 近年 の熟 議民 主主 義論 者が 議論 して いる よう な︑ 民主 主義 を複 数の 回路 か ら成 るも のと して 捉え る視 点が 十分 でな い︒ その 結果
︑G
・ブ レナ ンと ペテ ィッ トが 投票 結果 の公 開を 求め て個 々の 投 票者 の投 票先 への 責任 を強 調す るよ うに
︑市 民に 過大 な負 担を 負わ せる 議論 にな りか ねな いと いう 危惧 があ る︒ した がっ て︑ 市民 の責 任に 関す る議 論を これ まで 以上 に慎 重に 展開 する 必要 があ る︒ 第四 に︑ この 問題 に対 する 解答 が︑ J・ S・ ミル やG
・ブ レナ ンと ペテ ィッ トが 論じ るよ うな 秘密 投票 制以 外に
︑ど のよ うな 含意 を現 実の 政策 に持 ち得 るか に つい ての 考察 が十 分に 行わ れて こな かっ た︒ この 議論 の含 意は
︑投 票先 をど のよ うに 決め るべ きか の指 針を 投票 者に 与 える のみ なら ず︑ 投票 先に つい ての 良し 悪し を評 価す ると いう 意味 で︑ 例え ば︑ 主権 者教 育︵ シテ ィズ ンシ ップ 教育
︶ にお いて も大 きな 意義 を持 ちう る︒ そこ で︑ 本稿 は︑ これ まで の議 論に おけ る以 上の 四つ の欠 缺を 埋め んと する 試み で ある 本 ︒ 稿の 以下 の部 分で は︑ この 四つ の課 題に 順に 回答 して いき たい
︒第 二節 では
︑投 票先 の規 範を 議論 すべ き理 由に つ いて 論じ る︒ 第三 節で は︑
﹁共 通善
﹂の 概念 を検 討し
︑そ の複 数性 を主 張す る︒ 第四 節で は︑
﹁共 通善
﹂に 投票 すべ き根 拠を 検討 する
︒第 五節 では
︑﹁ 共通 善﹂ への 投票 を民 主主 義に おけ る市 民の 負担 とい う観 点か ら検 討す る︒ 第六 節で は︑
﹁共 通善
﹂に 投票 すべ きと いう 主張 が主 権者 教育 にど のよ うな 含意 を持 つか を検 討す る︒ 二 投票 先の 規範 を議 論す る理 由 そも そも
︑本 報告 のよ うに
︑﹁ 共通 善﹂ に投 票し なけ れば なら ない のか など とい う問 いを 検討 すべ き理 由は 何で あろ う か︒ 以下 の三 点に まと める こと がで きる
︒ 第一 に︑ この 議論 は︑ 自由 で民 主的 な社 会が これ まで 自明 視し てき た﹁ 自由 選挙
﹂の 原則 の理 解に 修正 を迫 る可 能性
があ るか らで ある
︒自 由で 民主 的な 社会 にお いて
︑通 常ど の候 補に 投票 する のも 投票 者の 自由 であ るが
︑こ のこ とは ど の候 補に 投票 する こと も道 徳的 に等 しい 価値 を有 して いる とい うこ とを 必ず しも 意味 しな い︒ この よう に︑ 個々 人に 選 択の 自由 が与 えら れて いる にも かか わら ず︑ 選択 につ いて 道徳 的な 良し 悪し を議 論す るこ とが 可能 であ ると いう
︵ロ ー ルズ が法 的で はな いが 道徳 的だ とい う意 味で
︑﹁ シビ リテ ィ﹂ と呼 ぶも のに 関連 する
︶例 は︑ 他に も存 在し てい る︒ その 最も 分か り易 い例 は︑ 食事 であ る︒ 自由 で民 主的 な社 会に おい て︑ 人々 が何 を食 べよ うと も︑ 原則 とし て自 由で ある
︒ それ にも かか わら ず︑ 例え ば︑ 健康 的な 食生 活と いう 観点 から は︑ 個人 の食 べる もの の選 択に つい て︑ その 良し 悪し を 議論 する こと が可 能で ある
︒投 票が もし この 食生 活と 同じ よう に︑ 自由 な選 択に 原則 委ね られ てい るも のの
︑そ れで も なお 道徳 的な 評価 の対 象と する こと ので きる 行為 であ るな らば
︑﹁ 自由 選挙
﹂の 原則 はこ れま での よう に単 に誰 もが 投票 先を 自由 に選 択で き︑ それ に対 する 制約 や妨 害を 排除 すべ きこ とと 理解 する だけ では 十分 でな くな る︒ 第二 に︑ 主権 者教 育へ の含 意を 導く こと がで きる こと であ る︒ この 問い につ いて 論じ るこ との 政策 的含 意と して
︑G
・ ブレ ナン とペ ティ ット は︑ 前述 の通 り秘 密投 票制 の廃 止と 投票 の公 開を 唱道 して いた が︑ この 議論 の持 つ政 策的 含意 は 秘密 投票 制の 是非 だけ に限 られ る訳 では ない
︒も し﹁ 共通 善﹂ のよ うに
︑望 まし い投 票先 が存 在す るの であ れば
︑学 校 や選 挙啓 発活 動な どに おけ る主 権者 教育 にお いて も︑ 望ま しい 投票 先を 考え る際 の目 安を 提示 する こと がで きる よう に なる
︒こ のこ とは
︑主 権者 教育 の分 野に おい て︑ 大き な利 点が ある
︒と いう のも
︑現 在の 主権 者教 育で は︑ たと え模 擬 投票 を実 施し たと して も︑ 望ま しい 投票 先に つい ての 合意 が存 在し ない こと から
︑ど の候 補に 投票 する のが 望ま しか っ たか とい う振 り返 りの 議論 を十 分に 行う こと がで きな い︒ その ため 模擬 投票 が︑ 単な る人 気投 票に 堕し てし まっ たり
︑ 模擬 投票 自体 から 社会 的に 有用 な何 らの 概念 も学 ぶこ とが なか った りす ると いう 事態 に陥 って いる
︒そ の結 果︑ 模擬 投 票は 子供 たち など その 参加 者に 現実 と同 じよ うな 環境 で行 為す るこ とに よる 動機 づけ 効果 を狙 うだ けの 役割 しか 与え ら れて いな かっ たり
︑そ れす ら期 待で きな い場 合に はい わば 儀式 とし ての 役割 しか 持っ てい なか った りす るも のに 成り 下 がっ てし まっ てい る︒ 主権 者教 育が この よう な状 況に ある と︑ 政治 にお いて 私的 利益 を追 求す るこ とが 道徳 的に 問題 で ある とい う認 識が 人々 に広 まり にく い︒ その 結果 とし て︑
﹁利 益集 団自 由主 義﹂
﹁レ ント シー キン グ﹂
﹁政 治の 私物 化﹂ と
いっ た政 治家 や利 益集 団な どの 問題 を批 判し 克服 する こと が難 しく なる
︒ 第三 に︑ カト リッ ク神
(11
学)
など 宗教 を基 盤と した
﹁共 通善
﹂へ の投 票論 に対 する 応答 とし て︑ 世俗 の議 論と して この 問 題へ の回 答を 示す 必要 があ る︒ 例え ば︑ イン グラ ンド
・ウ ェー ルズ カト リッ ク司 教協 議会 は︑ 一九 九六 年の
﹁共 通善 と カト リッ ク教 会の 社会 教(12
説)
﹂に おい て投 票に 際し て﹁ 共通 善﹂ を考 慮に 入れ るこ とを 唱え てお り︑ その 後も
︑二
〇〇 一 年総 選挙 前に は文 書﹁ 共通 善へ の投
(13
票)
﹂を
︑二
〇一
〇年 の総 選挙 の前 には 文書
﹁共 通善 の選
(14
択)
﹂な どを 公表 して
︑具 体 的な 総選 挙に おい て﹁ 共通 善﹂ への 投票 を呼 び掛 けて いる
︒こ うし た動 きに 呼応 して
︑日 本の カト リッ ク司 教協 議会 に おい ても
︑投 票の 呼び 掛け にま では 必ず しも 至ら ない もの の︑ 政治 を含 め社 会に 参画 する 際に は共 通善 が一 つの 行動 基 準に なる こと を積 極的 に説 いて い(15
る)
︒ま た︑ アメ リカ では
︑し ばし ば福 音主 義派 の保 守派 支持 への 影響 が指 摘さ れる 大 統領 選に 関連 して
︑﹁ 共通 善﹂ への 投票 の呼 び掛 けが 行わ れて いる
︒そ の中 でも 有名 なも のと して
︑﹁ 共通 善に 投票 を
︵
V o t e C o m m o n G o o d
︶﹂運 動が ある
︒こ の運 動自 体は もと もと 福音 主義 派な ど宗 教右 派に 主導 され てい たが
︑現 在の 公 式声 明に おい ては
︑キ リス ト教 のみ なら ず︑ ユダ ヤ教
︑イ スラ ム教
︑シ ーク 教︑ 仏教
︑ヒ ンズ ー教
︑世 俗的 な人 文主 義
︵無 神論
︶も 含め
︑ど のよ うな 宗教 を信 じて いて も良 き人 であ るな らば
﹁共 通善
﹂に 投票 する よう 呼び 掛け るも のに なっ てい
(16
る)
︒こ のよ うに
︑宗 教を 基盤 とし た﹁ 共通 善﹂ への 投票 規範 論が 存在 し︑ 国や 宗派 によ って 差異 があ るも のの
︑社 会に おい て一 定の 支持 や影 響力 を持 って きた とい う事 実が ある
︒し かし なが ら︑ こう した 宗教 を基 盤と した
﹁共 通善
﹂ の議 論は
︑自 由で 民主 的な 社会 の政 治原 理と して 採用 する こと は困 難で ある
︒特 定の 宗教 を信 じる 者だ けに しか 通用 し ない 論拠 は︑ 信教 の自 由が 保障 され た自 由で 民主 的な 社会 にお いて
︑全 ての 人々 から 受け 入れ られ るも のと はな らず
︑ 政府 の政 策の 根拠 とし て正 当性 を与 える こと がで きな い︒
﹁共 通善
﹂に 投票 しな けれ ばな らな いの かと いう 問い に対 し て︑ 世俗 の議 論と して 答え を出 す必 要が ある のは
︑こ のた めで ある
︒
三
﹁共 通善
﹂の 概念 ここ での 議論 の中 心概 念の 一つ は﹁ 共通 善﹂ であ るが
︑こ こで 問う てい る﹁ 共通 善﹂ は︑ いか に捉 える べき もの なの だろ うか
︒ ここ での 第一 の問 題は
︑そ もそ も﹁ 共通 善﹂ など とい うも のが 存在 して いる のか どう かで ある
︒な ぜな ら︑ これ とは 反対 に︑ 私的 利益 のみ を考 慮し て投 票す るモ デル を想 定す るこ とも 可能 だか らで ある
︒そ の典 型は
︑A
・ダ ウン ズの
﹃民 主主 義の 経済 理論
﹄に おけ る︑
﹁合 理的 投票
︵
r a t i o n a l v o t i n g
︶﹂の 概念 であ る︒ ダウ ンズ にと って
︑投 票者 の考 慮す る利 益は 主観 的な 効用
︵
u t i l i t y
︶で ある こと から
︑効 用最 大化 こそ が個 人に とっ て最 大の 利益 にな り︑ この 意味 での 最大 の利 益に なる よう 投票 する こと こそ が﹁ 合理 的投 票﹂ であ ると 定義 す(17
る)
︒も っと も︑ この
﹁合 理的 投票
﹂の 概念 には
︑結 果 とし て利 他的 にな る場 合も 含ま れる ので あっ て︑
﹁自 己犠 牲的 な慈 善は しば しば 自己 利益 の大 きな 源泉 であ るた め︑
﹃自 分自 身の 最大 の利 益の ため に行 為す る﹄ こと を狭 義の 利己 主義 と単 純に 同一 視す るこ とは でき な(18
い)
﹂と ダウ ンズ は但 し 書き して いる
︒ しか しな がら
︑合 理的 選択 論の 立場 を採 って 個人 の効 用最 大化 を前 提と した とし ても
︑つ まり
︑ア
・プ リオ リに 社会 的な もの を仮 定せ ずに 個々 人が 自分 自身 にと って の利 益を 追求 する とい うモ デル を採 った とし ても
︑ほ とん どの 合理 的 選択 論者 は︑
﹁公 共財
︵
p u b l i c g o o d s
︶﹂ の存 在を 認め てい
(19
る)
︒合 理的 選択 論に いう この 公共 財と は︑ 非競 合性 と非 排除 性 とを 兼ね 備え た財 のこ とを 指す
︒こ の二 つの 性質 を兼 ね備 えた 財は
︑も し供 給さ れれ ば人 々み なの 利益 にな るに もか か わら ず︑ 市場 にお いて はフ リー ライ ダー が発 生す るた め十 分に 供給 され ない
︒し たが って
︑あ る財 が公 共財 であ るこ と は︑ 通常
︑政 府が 市場 に介 入す べき 政治 経済 学的 な根 拠の 一つ とさ れる もの であ る︒ もち ろん
︑﹁ 共通 善﹂ と﹁ 公共 財﹂ とで は︑ 必ず しも 全く 同じ 内包 を持 つ概 念で はな い︒ 両者 で特 に異 なっ てい る点 は︑ 二点 ある
︒一 つは
︑﹁ 共通 善﹂ がし ばし ば道 徳的 な含 意を 持つ のに 対し て︑
﹁公 共財
﹂は 純粋 に利 益だ けし か含 まな い点 であ
(20
る)
︒も う一 つは
︑前 者が 市場 で自 発的 に供 給さ れる もの も含 みう るの に対 して
︑後 者は 市場 で自 発的 に供 給さ れる
もの を理 論的 には 含ま ない 点で ある
︒こ のよ うな 相違 があ ると はい え︑ 個々 人や 社会 の一 部の 人た ちを 越え て︑ 社会 全 体に とっ て価 値あ るも のが 存在 する とい う点 は︑
﹁共 通善
﹂と
﹁公 共財
﹂と のど ちら の概 念も が共 有す る発 想で ある
︒し たが って
︑あ る政 治体 の人 々全 てに 関わ る共 通の 価値 ある もの とい う意 味で の﹁ 共通 善﹂ の存 在を 想定 する こと は︑ 議 論の 上で 特に 障害 にな るこ とで はな いと 言え る︒ なる ほど
︑政 策に つい ての 投票 であ れば
︑確 かに 何ら かの
﹁共 通善
﹂と 呼べ るも のを 想定 する こと は可 能で ある かも しれ ない が︑ 通常 の選 挙の よう に人 や政 党へ 投票 する 場合 にも
︑本 当に これ が当 ては まる ので あろ うか
︒﹁ 共通 善﹂ に適 っ た政 策が 存在 する こと を前 提と すれ ば︑ 選挙 にお いて 最も
﹁共 通善
﹂に 適っ た投 票と は︑ その よう な政 策を 最も 実行 し てく れる 可能 性の 高い 政治 家や 政党 に投 票す るこ とだ と言 うこ とが でき
(21
る)
︒も ちろ ん︑ 選挙 時に
﹁共 通善
﹂に 適っ た政 策を 実現 して くれ る可 能性 が高 かっ たか らと 言っ て︑ 選挙 後に も実 際に 公約 通り 政策 を実 施す ると は限 らず
︑し ばし ば︑ 公約 は破 られ たり
︑変 更さ れた りす る︒ そう した こと を考 慮に 入れ た上 で︑ ここ での
﹁共 通善
﹂へ の投 票と は︑
﹁共 通善
﹂ が実 現す る可 能性 が最 も高 くな るよ うな 候補 に投 票す ると いう 意味 で理 解す る必 要が ある
︒ 第二 の問 題は
︑﹁ 共通 善﹂ の概 念と 構想 との 区別 であ る︒ これ まで の議 論で は﹁ 共通 善﹂ があ たか も単 一の もの であ り︑ 全て の投 票者 が同 じ﹁ 共通 善﹂ へ向 かっ て投 票す るこ とを 前提 とし てこ の問 いが 検討 され てき た嫌 いが あ(22
る)
︒も し﹁ 共 通善
﹂が 単一 のも ので ある と想 定す ると
︑全 ての 投票 者が 同じ 候補 に投 票す るこ とが 道徳 的に 最も 望ま しい とい う帰 結 をも たら す︒ この よう な帰 結は
︑自 由で 民主 的な 社会 にお ける 選挙 にお いて は︑ 自由 民主 主義 を台 無し にす る程 のあ ま りに 拘束 力の 強い もの であ る︒ した がっ て︑
﹁共 通善
﹂へ の投 票に 対す る懸 念の 代表 格は
︑﹁ 共通 善﹂ を画 一的 なも のと して 理解 する こと に由 来し てい る可 能性 があ る︒ ここ で︑
﹃政 治的 リベ ラリ ズム
︵
P o l i t i c a l L i b e r a l i s m
︶﹄ にお ける J・ ロー ルズ の議 論前 提を 借用 すれ ば︑ 我々 の世 界に は︑
﹁理 に適 った 多元 性の 事実
︵
t h e f a c t o f r e a s o n a b l e p l u r a l i s m
(23))
﹂ が存 在し てい る︒ つま り︑ 自由 で民 主的 な社 会に おい ては︑極 端な 政治 構想 を除 外し たと して も︑ それ でも なお 人々 が個 々人 で自 由に 理性 を用 いる 限り
︑並 立す るこ とは で きな いが 理に 適っ た立 憲構 想が 複数 出現 す(24
る)
︒こ のよ うな 想定 は︑ 特段 にお かし なも ので はな く︑ むし ろ自 由で 民主 的
な社 会に おけ る政 治の あり 様を 記述 した もの とす ら言 える
︒し たが って
︑望 まし い投 票先 とし ての
﹁共 通善
﹂概 念も
︑ 個々 人の 構想 とし ては この よう な意 味で 理に 適っ た多 元性 を持 つも のと して 再構 成さ れる 必要 があ る︒ この こと から
︑ 先行 研究 と同 様に
︑こ こで は何 が﹁ 共通 善﹂ かに つい て特 定す る作 業が 必要 であ ると は考 えな い︒ そう は言 って も︑ ロー ルズ の想 定は
︑理 に適 った 複数 の立 憲構 想が ある とい うも ので あっ て︑ 全て の政 策に つい て理 に適 った 複数 の構 想が あり 得る と述 べて いる 訳で はな い点 には
︑注 意が 必要 であ ろう
︒例 えば
︑選 挙制 度と して
︑小 選 挙区 制と 比例 代表 とで はど ちら が良 いの かと いう 点に つい ては
︑そ れぞ れに 利点 があ り︑ 政治 学の 学界 です ら決 着の つ かな い問 いで ある こと から して も︑ どち らも それ なり に理 に適 って いる と結 論せ ざる を得 ない
︒こ のよ うな 物事 の決 め 方の よう な︑ 手続 き的 な規 則に つい ては
︑最 低限
︑何 かし らの 規則 が決 まっ てい るこ と︑ それ 自体 が﹁ 共通 善﹂ にな り うる
︒し かし なが ら︑ 現代 国家 の役 割は 非常 に拡 大し てお り︑ その 政策 には
︑こ ちら に配 分し たら
︑あ ちら に配 分す る こと がで きな くな ると いう よう な形 のゼ ロサ ム・ ゲー ムと なる よう な財 の分 配も 含ま れて いる
︒そ のよ うな 場合
︑全 て の人 に共 通す る﹁ 共通 善﹂ が一 意に 決ま らな いの はも ちろ んで ある が︑ それ ばか りか
︑何 が理 に適 った 政策 構想 なの か につ いて も︑ 意見 は分 かれ る可 能性 があ
(25
る)
︒ この こと は︑
﹁共 通善
﹂へ 投票 すべ きと 言え る政 策領 域が
︑先 行研 究で 挙げ たも ので は十 分に 議論 され てい なか った が︑ 実の とこ ろ限 定し て捉 える 必要 があ るこ とを 意味 して いる
︒手 続き 的な 規則 のよ うな 基本 法的 性格 を持 った 政策 領域
︵以 下︑
﹁立 憲的 政策 領域
﹂と 呼ぶ こと にす る︶ につ いて は︑
﹁共 通善
﹂と 呼び うる もの があ るこ とに
︑大 きな 問題 はな か ろう
︒立 憲的 政策 領域 でな く︑ 例え ば︑ ゼロ サム 的な 分配 に関 わる 政策 の場 合で も︑ 経済 的に 極め て困 窮し た投 票者 に 対し ては
︑自 己利 益を 尊重 すべ きで ない との 規範 は酷 に過 ぎる 場合 があ りう る︒ そう だと する と︑ この よう な﹁ 共通 善﹂ への 投票 を求 める こと がで きる 場合 には
︑一 定の 制約 があ りう るの であ って
︑そ れは
︑一 つは 立憲 的政 策領 域で ある こ と︑ もう 一つ は投 票者 の側 に一 定以 上の 生活 水準 が保 たれ てい るこ と︑ とい う少 なく とも この 二点 につ いて は︑ 考慮 さ れな けれ ばな らな いこ とに なる
︒以 下で は︑
﹁共 通善
﹂に 投票 すべ きと 言え る立 憲的 政策 領域 につ いて
︑こ の一 定水 準が 保た れた 投票 者の みを 想定 して
︑議 論を 進め るこ とと した い︒
四
「
共 通善﹂へ の投 票の 是非 立憲 的政 策領 域に 関し て﹁ 共通 善﹂ を最 も促 進す るよ うに 投票 する こと は︑
﹁共 通善
﹂が 存在 する 限り 全て の人 に利 益 があ る︒ それ に対 して
︑自 己利 益を 追求 する よう に投 票す るこ とは
︑い わば 抜け 駆け であ り︑
﹁共 通善
﹂に 投票 する 他の 投票 者を 裏切 るこ とに なる
︒こ のよ うな 裏切 り行 為を 道徳 的に 正当 化す るこ とは 難し い︒ なぜ なら
︑そ れは
︑﹁ 共通 善﹂ に投 票す るよ うな
〝
正 直者 が馬 鹿を みる〟
と いう よう な状 況を 作り 出し てし まう から であ る︒ また︑﹁ 共通 善﹂ への 投票 には
︑そ れが 公共 財で ある かど うか はと もか く︑ 少な くと も外 部性 があ
(26
る)
︒﹁ 共通 善﹂ は︑ 社会 の全 ての 人々 の利 益に な る以 上︑ それ が促 進さ れれ ば全 ての 人々 が利 益を 享受 でき るの で︑ 人々 には フリ ーラ イド する 誘因 が働 いて しま う︒ し たが って
︑﹁ 共通 善﹂ への 投票 の望 まし さが 規範 とし て広 範に 受容 され てい る社 会で は︑
﹁共 通善
﹂が 実現 しや すく
︑人 々 はこ の利 益を 享受 しや すい のに 対し
︑こ のよ うな 規範 があ まり 広ま って いな い社 会で は︑ 逆に 人々 は私 的利 益の ため に 投票 しや すく
︑﹁ 共通 善﹂ が実 現し にく いこ とに なる
︒ この 点に 関連 して
︑ロ ール ズも
︑民 主主 義社 会に おい ては
︑投 票の 結果 こそ が︑ 正し いと か真 理で ある とは 言え ない とし ても
︑市 民が 理に 適っ た︵
r e a s o n a b l e
︶も のと して 考え た結 果を 表し てい るの だと 主張 す(27
る)
︒そ の上 で︑ 公共 的理 性の 理念 が市 民に 当て はま るの は︑ 彼ら が公 共の 議論 の場 で政 治的 主張 をす ると きで ある
︑⁝
︒そ れは
︑ 憲法 の本 質的 要素 や︑ 基本 的正 義の 事柄 が問 題と なっ てい る選 挙に おい て︑ 市民 がど のよ うに 投票 すべ きか とい う こと にも 同じ よう に当 ては まる
︒し たが って
︑公 共的 理性 の理 念が 支配 する のは
︑こ うし た根 本的 な問 題を 含む 選 挙の 公的 言説 だけ でな く︑ こう した 問題 に関 して 市民 がど う投 票す べき かに つい ても なの であ
(28
る)
︒ と主 張す る︒ ここ でロ ール ズは
︑や はり 立憲 的政 策領 域に 限定 する もの の︑ 投票 が全 くの 私的 で個 人的 な問 題で ある と いう 見方 を否 定し てい る︒ 代わ りに
︑ル ソー の﹃ 社会 契約 論﹄ を想 起し なが ら︑
﹁投 票は
︑ど の選 択肢 が最 も共 通善 を促 進す るも ので ある かに つい て︑ 我々 の意 見を 理想 的に 表明 する も(29
の)
﹂だ と考 える ので ある
︒ しか しな がら
︑立 憲的 政策 領域 に限 定し たと して も︑
﹁共 通善
﹂を 最も 促進 する よう に投 票す るこ とが 望ま しい とい う
主張 に対 して は︑ 幾つ かの 疑問 や批 判が 提示 され う(30
る)
︒ 一つ は︑ 戦略 的投 票の 存在 であ る︒ 戦略 的投 票と は︑ 次の よう なケ ース であ る︒ 例え ば︑ 定数 二の 選挙 区で
︑最 も﹁ 共 通善
﹂を 促進 する と考 えら える A候 補︑
﹁共 通善
﹂の 点で 最悪 と考 えら れる B候 補︑ 両者 の中 間の C候 補の 三者 が立 候補 して いる ケー スを 考え てみ よう
︒こ のケ ース で戦 略的 投票 とは
︑A の当 選が 確実 だと 見込 まれ ると きに
︑B を落 選さ せ Aと Cを 当選 させ るた めに
︑あ えて 意中 のA では なく Cに 投票 する 場合 のこ とで ある
︒こ うし た戦 略的 投票 は︑ 果た し て道 徳的 に許 され るべ きで あろ うか
︒投 票の 動機 を重 視す るの であ れば
︑確 かに この よう なケ ース でも Aに 投票 すべ き とい うこ とに なる が︑ 選挙 の帰 結を 重視 する ので あれ ばC への 投票 は﹁ 共通 善﹂ を最 も促 進す るた めの 巧妙 な工 夫で あ ると みな すこ とが でき る︒ どん なに 清廉 潔白 な動 機で Aに 投票 した とし ても
︑結 果と して
﹁共 通善
﹂が 促進 され ない の であ れば
︑そ の投 票は 社会 の人 々全 体に 利益 を与 える こと はで きな い︒ した がっ て︑ 社会 にお ける 全て の個 々人 の利 益 とい う観 点か ら︑ 投票 の動 機よ りも 帰結 を重 視す べき だと 考え られ
(31
る)
︒換 言す れば
︑こ こで の道 徳的 な﹁ 共通 善﹂ への 投票 とは
︑最 も﹁ 共通 善﹂ をも たら す可 能性 の高 い候 補と いう 帰結 を考 えて の投 票と いう こと にな る︒ 二つ 目に
︑他 者が 私的 利益 を追 求す る投 票を 行う 場合 であ る︒ たと え﹁ 共通 善﹂ への 投票 が望 まし いと して も︑ それ を強 制で きな い場 合に は︑ 投票 にお いて 私的 利益 を追 求す る投 票者 が発 生し うる
︒そ の場 合に
︑他 の投 票者 が私 的利 益 を追 求し てい るこ とを 理由 に︑ 復讐 や先 制攻 撃と して
︑自 らも 私的 利益 を追 求す るこ とは 道徳 的に 許さ れる のだ ろう
(32
か)
︒ これ が特 に大 きな 問題 とな るの は︑ 現実 の社 会で は特 定の 業界 や労 働組 合な どの 私的 な特 殊利 益を 代表 する 利益 集団 が 存在 して おり
︑そ の成 員の 多く が集 団で 私的 利益 を追 求す ると いう 現実 が存 在し てい るか らで ある
︒こ れに 関し ては
︑ もし
﹁共 通善
﹂へ の投 票と いう 規範 が社 会に 広範 に受 容さ れて いれ ば︑ 政治 を通 じて 私的 利益 を追 求す る人 々が 社会 的 な批 判に 晒さ れる とい う側 面が 重要 であ る︒ 法の 範囲 内で 私的 利益 を追 求し て何 が悪 いと いう 居直 りに 対し て︑ 法的 な 悪で はな くと も︑ 道徳 的な 悪で ある との 社会 的評 価が 確立 して いれ ば︑ 多く の人 々に 対し ては 一定 の抑 止効 果を 持つ
︒ とい うの も︑ この よう な社 会的 批判 は︑ 私的 利益 追求 に対 する コス トを 高め
︑私 的利 益追 求の 歯止 めと もな りう るか ら であ る︒ この よう な事 情を 念頭 に置 くと
︑他 者が 私的 利益 を追 求す る場 合で も︑ 自ら が私 的利 益を 追求 する こと は道 徳
的に 正当 化さ れる 訳で はな いと 結論 すべ きで あろ う︒ 五 民主 主義 にお ける 市民 の負 担 投票 は﹁ 共通 善﹂ を目 指し て行 うべ きだ とい う主 張に 対す る別 の批 判と して
︑こ のよ うな 責任 を負 わせ るこ とは
︑市 民に とっ て過 大な 負担 とな るの では ない かと いう 主張 を想 定す るこ とが でき る︒ 確か に︑ 投票 先は 投票 者個 々人 の全 く の自 由で ある とい う想 定に 比べ ると
︑投 票先 を決 める にあ たっ て道 徳的 な望 まし さが 問わ れる 状況 とい うの は︑ 市民 に 一定 の心 理的 負担 を追 加的 に課 して いる こと にな る︒ こう した 批判 に対 して は︑ 主に 熟議 民主 主義 論者 から 提案 され てい る︑ 民主 主義 を複 数の 回路 をも つも のと 捉え る議 論を 援用 する こと によ って 応答 可能 であ る︒ 熟議 民主 主義 の議 論の なか には
︑民 主主 義を 二つ の回 路に 分け て理 解す る もの があ る︒ この 二つ の回 路と は︑ 一つ は政 府の レベ ルで 厳格 な熟 議を 行う 代議 制民 主主 義の 回路 と︑ もう 一つ はそ れ より やや 緩や かな 形で 熟議 を行 う市 民社 会に おけ る参 加民 主主 義の 回路 とで ある
︒こ の二 つの 回路 は︑ 前者 が後 者を 可 能に する 法整 備を 行う のに 対し て︑ 後者 が前 者の 決定 に正 統性 を付 与す ると いう 形で
︑相 互依 存的 な関 係を 持ち なが ら も︑ 質的 に異 なっ た回 路と して 把握 され てい る︒ 例え ば︑ ハー バー マス は︑ 議会 やそ の委 員会 など とい った 公式 の審 議 制度 と非 制度 的な 市民 社会 とを 区別 した 上で
︑前 者は 法的 に規 定さ れた 民主 的手 続き に則 ると いう 規律 の下 で﹁ 意思 決 定﹂ の形 で議 決の 正当 化を 行う 場で ある のに 対し て︑ 後者 はそ うし た審 議制 度に 提供 すべ き問 題を 発見 し争 点化 させ る こと を通 じ︑ 前者 に正 統性 を与 える ため の場 であ ると 考え てい
(33
る)
︒こ のハ ーバ ーマ スの
﹁二 回路 制﹂ の議 論の よう に︑ 熟議 民主 主義 論の なか には
︑一 般市 民に よる 熟議 と政 治家
・官 僚・ 裁判 官な どの いわ ば政 治の 専門 家に よる 熟議 とを 連 携の 取れ た別 回路 とし て構 想す る議 論が 行わ れて いる
︒ この よう な形 で一 般市 民と 政治 のプ ロと の熟 議を 別回 路と して 構想 した 場合
︑市 民に 求め られ る熟 議の 負荷 は︑ 政治 の職 業的 専門 家に 求め られ るそ れよ りも 小さ いも のに なる と考 える こと が可 能で ある
︒政 治家 は国 会に おい て︑ 官僚 は
行政 の場 にお いて
︑裁 判官 は司 法の 場で
︑そ れぞ れの 場に あっ た厳 格な 理性 的な 論証 的言 説が 要求 され る︒ それ に対 し︑ 一般 の市 民に も︑ 政治 とい う公 的意 思決 定に 参加 する 以上
︑一 定の 熟議 が求 めら れる とし ても
︑政 治の 専門 家に 求め ら れる レベ ルで の厳 格な 理性 的・ 論証 的言 説ま では 要求 され ない
︒む しろ 一般 市民 には
︑職 業と して 政治 に関 わる 人々 と は異 なっ た︑ 市民 とし て必 要な 基本 的な レベ ルの 理性 的能 力さ え備 えて いれ ば良 いこ とに なる
︒ハ ーバ ーマ スは
︑こ う した 市民 像を N・ フレ ーザ ーに 倣っ て︑
﹁﹃ 弱い
﹄公 民﹂ とも 呼称 して い(34
る)
︒ また
︑こ れと 同様 の観 点か ら︑ M・ ウォ ルツ ァー も︑ 次の よう に主 張し て︑
﹁共 通善
﹂の 追求 は一 般市 民に とっ て比 較 的困 難な 作業 であ るこ とを 主張 して いる
︒ 政治 活動 は骨 の折 れる 仕事 であ り︑ 市民 たち は概 して そう した 仕事 をし ない
︑ま たお そら くで きな いの であ るが
︑ 権威 者た ちは でき るし
︑現 にし てい る︒ ヘー ゲル が﹃ 法の 哲学
﹄の 中で 指摘 して いる よう に︑ 自ら の主 要な 仕事 が 公共 的な 仕事 であ り︑
﹁公 共的 職務 の忠 実な 遂行 に満 足を 見い だす
﹂の は︑ 官僚 だけ
︵私 たち は専 門的 政治 家を それ に加 える こと がで きる
︶で ある
︒彼 らは 私た ちの 代わ りの 市民 であ る︒ 共通 善は いわ ば彼 らの 特性 であ
(35
る)
︒ この こと は︑ 個々 の投 票者 の投 票先 を公 開す べき だと 主張 する
︑G
・ブ レナ ンと ペテ ィッ トの 議論 への 反論 とも なり うる
︒と いう のも
︑厳 格な 理性 的な 論証 的言 説の 求め られ る政 治家
・官 僚・ 裁判 官の 議論 を公 開す る必 要性 は︑ いわ ゆ る﹁ 説明 責任
﹂の よう にあ った とし ても
︑そ のこ とが 一般 の人 々の 投票 先を 公開 する 必要 性は 必ず しも 意味 しな いか ら であ る︒ むし ろ︑ 一般 の投 票者 にあ まり に高 い理 性的 能力 を求 める こと には
︑実 現可 能性 に疑 問が あ(36
る)
ばか りで なく
︑ 他の より 大き な問 題を 生じ る可 能性 すら ある 点で
︑そ の論 拠を より 慎重 に吟 味し なけ れば なら ない
︒ もち ろん
︑熟 議民 主主 義の 前提 とし てい る理 性的 な討 論を 主と した 政治 参加 観か らす れば
︑投 票参 加に 限定 して 議論 して いる 本稿 の前 提は
︑む しろ
﹁集 計民 主主 義﹂ との
誹
り を免 れな いか もし れな い︒ 例え ば︑ 日本 にお いて 最初 期に 熟 議民 主主 義論︵討 議デ モク ラシ ー︶ を提 示し た篠 原一 も︑
﹁参 加デ モク ラシ ー+ 討議 デモ クラ シー
﹂と いう 複線 的な 民主 主義 論を 構想 して い(37
た)
︒篠 原の 場合
︑一 般市 民の レベ ルで も︑ 参加 民主 主義 と熟 議民 主主 義と の両 方の 理念 が混 合さ れ た形 が望 まし いと 考え る︒ その 観点 から 篠原 は︑ 討議 制意 見調 査︵
D e l i b e r a t i v e P o l l
︶︑ コン セン サス 会議
︑計 画細 胞︑ 市
民陪 審制 など の具 体的 な制 度の 実例 を挙 げ︑ これ らが どれ も﹁ 参加 と熟 議︵ 討議
︶を ミッ クス した も(38
の)
﹂で ある と主 張 する
︒篠 原の この よう な立 場か らす れば
︑上 述の よう な﹁ 二回 路制
﹂の 熟議 民主 主義 の構 想は
︑政 策形 成に あた る政 治 シス テム
︵政 府︶ と市 民社 会と の熟 議の あり 方を 分断 する もの であ り︑ 市民 社会 の民 主主 義を 複線 化す るこ とに はつ な がら ない とし て︑ 否定 的に 捉え るこ とも でき るの かも しれ ない
︒む しろ
︑篠 原は
︑市 民社 会に おけ る熟 議の 活性 化を 要 求し てい るほ どで あ(39
る)
︒も っと も︑
﹁二 回路 制﹂ の熟 議民 主主 義を どう 評価 する かに つい ては
︑篠 原の 見解 にも 微妙 な揺 らぎ が見 られ る点 は注 意を 要す
(40
る)
︒ハ ーバ ーマ スの よう に︑
﹁二 回路 制﹂ の熟 議民 主主 義の 構想 は︑ 市民 社会 にお ける 議 論に 代議 制度 のよ うな 強い 手続 き的 拘束 が掛 かっ てい ない こと から
︑逆 に︑ より 自由 に議 論の でき る空 間を 確保 する も のと して 理解 する こと も可 能だ から であ
(41
る)
︒ 六 主権 者教 育へ の含 意 最後 に︑ 以上 のよ うな 議論 を行 うこ とで
︑秘 密投 票制 批判 以外 のい かな る含 意を 得る こと がで きる のか
︒日 本で は︑ 選挙 権年 齢が 一八 歳に 引き 下げ られ
︑二
〇二 二年 度よ り高 等学 校公 民科 で﹁ 公共
﹂と いう 新科 目が 設置 され るこ とが 決 まっ てい る︒ これ らの 結果
︑主 権者 教育 の一 環と して 学校 の授 業で 模擬 投票 が行 われ る機 会が 増大 して いる
︒現 在の 主 権者 教育 にお いて
︑投 票先 は政 策だ けを 純粋 に見 て判 断す ると いう 方法 を取 るこ とが 大半 であ るが
︑果 たし て︑ 投票 先 の判 断基 準は 本当 にそ れだ けで よい のか とい う問 いを この 問題 は投 げか ける
︒す なわ ち︑ 政策 判断 の基 準は
﹁共 通善
﹂ でな くて よい のか とい う問 いと
︑﹁ 共通 善﹂ や政 策以 外の 事柄 は投 票先 の決 定理 由と して 適切 でな いの か︑ とい う問 いで ある こ ︒ のこ とに 関連 して
︑M
・サ ンデ ルは
︑学 校や 礼拝 所な ど市 民社 会が
︑人 々の 目を
﹁共 通善
﹂に 向け させ
︑よ き市 民 を育 成す る機 能を 果た して いる こと を主 張す る文 脈で
︑ たと えば
︑全 体の 利益 につ いて どう 考え るか
︑他 人へ の責 任を どう 果た すか
︑利 害の 対立 にど う対 処す るか
︑他 人
の意 見を 尊重 しな がら 自分 の意 見を 守る には どう すれ ばい いか
︑と いっ たこ とを われ われ は学 ぶの
(42
だ)
︒ と述 べる
︒共 同体 主義 者で ある サン デル にと って
︑﹁ 共通 善﹂ は確 かに 我々 の自 己利 益と 衝突 する 可能 性が ある
︒そ れに もか かわ らず
︑人 々が 身に 付け るよ うに 求め られ るの は︑
﹁他 人の 意見 を尊 重﹂ する と同 時に
﹁自 分の 意見 を守 る﹂ こと
︑ つま り︑ 必ず しも 単純 に﹁ 共通 善﹂ を自 己利 益に 優越 させ るも のと して 捉え るこ とで はな く︑ 両者 の葛 藤の 中で 思慮 あ る判 断を 行う こと だと 言う ので ある
︒ サン デル のこ の指 摘は
︑極 めて 示唆 に富 む︒ 国家 規模 より 小規 模な 集団 の方 がよ りよ くこ うし た事 柄を 身に 付け るこ とが でき るの か否 かは 純粋 に経 験的 な問 題で ある とし ても
︑﹁ 共通 善﹂ を絶 対の 規範 とし て捉 える べき では ない とい う可 能性 を示 して いる から であ る︒ この こと の含 意は 興味 深い
︒な ぜな ら︑ 例え ば︑ 候補 者の 政策 とは 独立 に︑ その 人柄
︑ 能力
︑所 属政 党な どを 投票 にあ たり 考慮 に入 れる こと に道 徳的 に価 値を 付与 する 可能 性に 開か れる から であ る︒ さら に言 えば
︑こ うし た議 論は
︑む しろ
︑﹁ 共通 善﹂ と私 的利 益と を弁 証法 的な 関係 に捉 え︑ それ を止 揚す るこ とを 求 めて いる よう にす ら見 える
︒こ のこ とは
︑正 義の 倫理 とケ アの 倫理 との 論争 を念 頭に 置い た場 合に
︑特 に積 極的 に考 慮 すべ き論 点で ある
︒と いう のも
︑両 者の 対立 は︑ 普遍 的な 規則 とい う道 徳観 と個 別具 体的 状況 への 配慮 とい う道 徳観 と の対 立だ から であ る︒
﹁共 通善
﹂概 念を 特権 視す る思 考法 は正 義の 倫理 の一 形態 であ るの に対 して
︑ケ アの 倫理 の立 場か らは
︑投 票者 個々 人の 置か れた 具体 的状 況を より 適切 に考 慮に 入れ るべ きこ とが 主張 され る︒ 正義 の倫 理と ケア の倫 理 との どち らも 重要 な道 徳観 であ ると すれ ば︑ ここ での 議論 も︑
﹁共 通善
﹂と 個々 人の 私的 利益 との 間で いか なる 折り 合い をつ ける かと いう 点こ そが
︑個 々の 投票 者に 求め られ るも のだ とい うこ とが でき よ(43
う)
︒ おわ りに 以上 の通 り︑
﹁共 通善
﹂に 投票 すべ きか との 問い には
︑投 票す べき であ ると 回答 する こと はで きる
︒も ちろ んこ れは
︑ どこ か特 定の 候補 への 投票 が義 務で ある とい うよ うな こと を全 く意 味し てい ない
︒そ れは
︑﹁ 共通 善﹂ の構 想が 多元 的な
もの であ るか らと いう ばか りで なく
︑お そら く︑
﹁共 通善
﹂自 体が 個々 人の 私的 利益 と折 り合 いを つけ るべ き規 範の 一つ だか らと いう こと から も言 える こと であ る︒ もし
︑﹁ 共通 善﹂ のみ が投 票先 の規 範で ある とい うこ とに なれ ば︑ 例え ば︑ 候補 者の 人柄 や能 力を 理由 に投 票す るこ とや
︑政 策の 道徳 性な ど︑
﹁共 通善
﹂以 外の 理由 は︑ あま り適 切な 基準 でな いと いう こと にな りか ねな い︒ 本当 にそ れで 良い のか につ いて は︑ さら なる 検討 の余 地が あろ う︒ こう した 点が 特に 重要 なの は︑ 日本 が一 九四 二年 に翼 賛選 挙を 経験 して いる よう に︑ 時の 政府 が推 薦す る候 補と 推薦 しな い候 補を 選り 分け
︑推 薦候 補へ の投 票を 陰に 陽に 投票 者に 強制 しよ うと する よう な事 態は
︑現 実に 起こ りう るか ら であ る︒ また
︑ナ チス が﹁ 公益 は私 益に 優先 する
﹂と の標 語を 掲げ たよ うに
︑﹁ 共通 善﹂ の概 念が
︑そ のよ うな 動員 のた めの 道具 とな り︑ 自由 で民 主的 な社 会の あり 方を 根本 的に 引っ 繰り 返し てし まう よう なも のに なる なら ば︑ この 議論 そ のも のが 大変 危険 なも のと なっ てし まう
︒こ うし た点 には 繊細 な注 意が 必要 であ る︒ そこ で︑ 本稿 では
︑ロ ール ズの
﹁理 に適 った 多元 性の 事実
﹂概 念を 導入 する こと で︑
﹁共 通善
﹂概 念が 実体 化す るこ とを
︑熟 議民 主主 義の 二回 路制 を導 入す るこ とで
︑投 票に おけ る市 民の 負担 が過 度に なる こと を︑ サン デル の共 同体 主義 的市 民教 育論 を援 用す るこ とで
︑﹁ 共通 善﹂ 概念 が特 権化 され るこ とを
︑そ れぞ れ回 避す るよ う試 みた
︒さ らに は︑
﹁共 通善
﹂へ の投 票が 適用 可能 な最 低条 件と して
︑第 一に 立憲 的政 策領 域で ある こと
︑第 二に 投票 者に 一定 の生 活水 準が 保証 され てい るこ とを 挙げ た︒ こう した 議 論が
﹁自 由選 挙﹂ の原 則を 修正 する とい って も︑ それ は︑ ロー ルズ のい う﹁ シビ リテ ィ﹂ と同 様に
︑法 的な 問題 とい う より は道 徳的 な問 題と して
︑強 制で はな く教 育に よっ て社 会に 広範 に広 がる べき 規範 の一 つと いう こと にな る︒ 投票 先の 規範 理論 を構 築す る本 研究 はま だ端 緒に つい たば かり であ り︑ 今後 さら に議 論を 発展 させ てい く必 要が ある と考 えて いる
︒そ のた めに も︑ ここ での よう に自 由主 義・ 共和 主義 の枠 を越 えて
﹁公 共善
﹂概 念を いか に飼 い馴 らす か につ いて 知恵 をは たら かせ る必 要が ある ので はな かろ うか
︒ 注
︵1
︶J
・J
・ル ソー
﹃社 会契 約論
﹄井 上幸 治訳
︵中 央公 論社
︑一 九七 四年
︶︑ 一三 九頁
︒