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物質輸送の生態学と室田武さん(随筆)

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著者 川那部 浩哉, 亀田 佳代子

雑誌名 經濟學論叢

巻 65

号 3

ページ 565‑598

発行年 2014‑03‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/00027418

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物質輸送の生態学と室田武さん (随筆)

川 那 部 浩 哉   亀 田 佳 代 子  

1 は じ め に

1. 1 室田さんと川那部との関係

 室田武さんを川那部(以下KWと略称)が強く意識したのは,いつ頃のことだっ たろうか.良くは覚えていないのだが,1988年であった可能性が高く,それ は柴谷篤弘さん(柴谷,1992)を通じてだったと思っている.もちろんそれ以 前から,エントロピー論に関する室田さんの業績をいささかは知ってはいた ものの,このとき初めて,サケ類が海の物質を川ないし森に輸送することに ついて,たいへん大きい関心を持っておられる方だと知った(e.g. 室田,1995,

1997, 2001a, b).その年の9月20日にハバロフスクでアムール川の川岸に立ち,

それを遡るサケ類の幻を見て,さらに詳しく聞いたものである.ついでなが らこの旅は,日本の生物学研究者とソ連科学アカデミー極東支部の研究者と の共同研究の打合せのためのもので,柴谷さんが提唱し,久野英二さん・山 根正気さん・KWの計4人が訪ソしたものである.向こうのアカデミーはウ ラジオストックにあるが,一般の外国人はまだその頃この都市には入れず,

* 室田武さんには,本稿の筆者両人ともここ10年ないし20年以上に亘って近しくして頂き,さ まざまな論議をして下さっている.数々の御指導に深く感謝するとともに,今後のさらなる論議 をお願いしたい.

  和田喜彦さん(同志社大学経済学部)は私どもに,この『経済学論叢:室田武教授古稀記念論 文集』に,文章を寄せることをお勧め頂き,またいろいろ便宜を図りかつ一切の事務的なことを して下さった.このような機会を与えて頂いたことを光栄に思い,あつく御礼申しあげる.

  村上正志さん(千葉大学大学院理学研究科)・中野伸一さん(京都大学生態学研究センター)・

谷田一三さん(元大阪府立大学大学院理学研究科)からは,文献等の収集や学名の訂正などを含 めて,いろいろとご助言を得た.記して感謝の意を表する.

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代わりにナホトカで会談した.この協議に基づいてその後,ソ連ないしロシ ア科学アカデミーの動物学・土壌学研究所や海洋研究所などとの間で共同研 究がいろいろ進んできているが,それは柴谷さんの『ソ連邦沿海州で考えた こと:日本海の向う側 環日本海の環境政治学』(1991)に任せて,ここでは割 愛しておこう.

 ところで,サケの仲間が大挙して川へ遡り,産卵後に累々と死骸を横たえ ることは,誰もが知る事実である.いや,クマやキツネなどがそれを川から 森林へ運ぶのも周知のことで,それは例えばアイヌ民話からも知ることが出 来る(e.g. 萱野,1977,1993).しかし,これを定量的に指摘した業績は当時 知らなかった.その珍しく古い論文の著者として教えて貰ったものの中に,

Chancey Juday(1871―1944)さんの名があったのに,KWは一驚した.アメリ カ合州国の極めて有名な陸水学研究者であり,「生産生態学」と後に呼ばれる ようになった分野の鼻祖の一人として,ある程度私淑していたつもりでもあっ たが,彼にそのような論文(Juday et al., 1932)があるとは,思いのほかのことだっ たからである.

1. 2 Juday さんたちの論文を読み返す

 KWは今回久しぶりに,Juday さんたちの論文を改めて読み直した.余談な がら,この論文が出版されたのはKWの生れ年である.これは,アラスカ半 島南東にあるコデイアク島内を西北に流れてシェリコフ水道に注ぐカーラク 川水系の,ベニザケ(Oncorhyunchus nerka)の年変動調査の一部として行われ たもので,物理化学的資料(地形・透明度・水温,湖水・流入河川水・湖堆積物の 化学組成)と浮遊生物資料からなり,湖底堆積物中の珪藻の種組成資料が付載 されている. 

 Juday さんたちは先ず,流入河川水中のリン(P)の量(可溶態も有機態も)が 湖水中よりも多いこと,川によって量はさまざまに異なること(可溶態は測定 不能の少量から1リッターあたり0.06ミリグラムまで,有機態は同じく0.0003から0.13

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ミリグラムまで),多くの川で下流が上流よりも高いこと(7〜15倍)に注目する.

また窒素(N)も,アンモニア態・亜硝酸態・硝酸態を問わず,リンと同様の 傾向にあることを示す.そして続いて,

 「この湖や川へ産卵にやってくるベニザケは,水体の化学組成にたいへん重 要な結果をもたらしている.産卵後サケは死に,その死骸は水中や岸で分解 していく.その大部分は川においてである.2〜3キログラム以上のサケが毎 年平均100万尾以上遡ってくるから,カルルーク川流域の水体にはおそらく,

合計2000トン以上の有機物が分解可能なかたちで付け加えられることにな る.この素材の分解は,有機的・無機的双方の物質量に対して,たいへん重 要な寄与になる.」また「いくつかの川での1927年夏の観察結果から,サケ の死体数が概算できる.7月17日のキャニオン水路では数は多くなかったが,

7月21日のサム川の2分流では5〜6万尾,7月25日のモレイン水路では約 1万尾の死体が見つかった」と述べるのである.

 次いで,ベニザケの化学分析の論文を引用して,「これから考えれば,400 トン以上の分解可能な物質が死んだサケからもたらされるわけで,この蛋白 質は分解し,水体に窒素化合物を供給する.この化合物が分解されると最後 にはアンモニア・亜硝酸・硝酸になり,この湖や川に分布するさまざまな植 物の窒素源となるわけで,とりわけプランクトン植物などの生きものにとっ てはたいへん重要なものになる.」

 「リンについてはベニザケの資料はないが,他のサケ類から類推すれば五酸 化二リン(P2O5)は0.6%程度であり,これは元素としては0.26%程になる.従っ て2000トンの有機物からは5000キログラムのリンが,産卵にこの流域にやっ て来るベニザケからもたらされることになる.そして,分解過程でこのリン が遊離され,この水体に棲む植物の生長を促すのである.」

 浮遊生物に関する部分では,ニューヨーク・ワシントン・カリフォルニア 3州の4つの湖と比較して,ネットで採集される浮遊動植物の個体数がこの 湖では多いことを述べ,さらに「最も大きい違いは緑藻の量が極めて大きい

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こと」と指摘する.そして,「この湖と流入する川の水体において浮遊植物の 生産が大きいことには,少なくともその一部分において,窒素とリン化合物 の量の多いことが寄与しており,それはこの流域で産卵するベニザケ死体の 分解によってもたらされるものである」と続ける.さらに,「浮遊動物の繁栄 には,この浮遊植物の大量の供給が大いに寄与しており,それが浮遊生物を 専食する若いベニザケに充分な餌を与える」ことになって,結局のところ「サ ケの死体のもたらす肥料が若いベニザケに充分な餌供給を行っているのだ」

とする.また,この湖のベニザケ稚魚はとくに大型だとの論文を引用したのち,

「稚魚の成長状態が良いことの主要因も,この湖における浮遊生物量が大きい ことにあると考えて良いのではないか」と結論するのである.

 読み直してみると,この論文に関する限り,理屈の立てかたにおいても,

また,窒素やリンの量や生物個体数の結果の表からこのような結論を必然的 に導けるかどうかについても,いずれも問題がある,少なくとも早まってい ると判断できる.従って5年ほどにのちに W. E. Ricker さんが,「湖水の水量 からみると考慮に値するほどの量に達するかどうか疑問だ」としたらしいが,

それも理解できないことではない.だが,カムチャツカ半島でカラフトマ

ス(Oncorhunchus gorbuscha)を材料に同様の仕事をした ソ連(当時)の研究者

Krokhin さん(1959, 1962)の,「Juday の仮説は却下されるべきというよりはむ しろ,いっそうの検討に値するもの」(室田,2001b から引用)との指摘が適切

であり,1932 年という早い時期に出た,まさに今後を見通す優れた「仮説」だっ

たのである.付け加えれば,Krokhinさんのロシア語論文をいくつも英訳して 紹介した Forester さんは,Ricker さんの同僚でありかつ仲の良い友人である.

 なお,Krokhin さんの業績やそれ以後のサケによる物質移動に関する議論に 関しては,室田さんの本(2001b)などを見て欲しいし,その後手ごろな総説 もいくつか出ている(e.g. Gende et al., 2002; 中村編,2013).

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1. 3 室田さんと亀田との関係

 いっぽう,亀田(以下KMと略称)が室田さんに最初に教えを乞うたのは,

1990年代後半,カワウという鳥による水域から陸域への物質輸送についての 研究を始めた頃である.学位を取って1年弱で琵琶湖博物館に就職し,琵琶 湖で,鳥を介した湖と陸上とのつながりに関する研究がなにかできないかと しばらく考えあぐねたのち,大学院の指導教官であった安部琢哉さんの助言 もあって,ようやくカワウという水鳥にたどりついた頃だった.KWに紹介 されて室田さんのお名前を知ったように思うが,その後も他の研究者からお 名前をうかがうことがあり,幅広い分野で活躍されている方だという印象が あった.特に,「経済学者」という立場で,生物による物質輸送に関心をもた れ,さらにそれに関する論文や著書を書かれている方がおられるとは,恥ず かしながらそれまでは全く知らなかった.環境経済学という分野があり,そ れが生態学や自然科学と密接な関係にあるということに,新鮮な驚きを感じ た記憶がある.

 最初に室田さんにお会いしたのは,同志社大学で行われたセミナーに参加 したときだったかと思う.カワウによる物質輸送の研究をしていることをお 話しすると,論文や著書などをたくさん送って下さり,その後も関連する研 究会のお知らせなどを送っていただいた.物質輸送研究ではまだ駆け出しの KMであったが,室田さんはたいへん親切に接して下さり,カワウの物質輸 送研究についても励まして下さった.

 室田さんにKMが感銘を受けたもっとも大きい点は,生物による物質輸送 研究を幅広い視点から総合的にとらえておられたことである.またその結果,

たいへん幅広い分野の研究者と交流されていたと思われる.その様子を垣間 見たのは,2002年3月8日に同志社大学で行われた国際セミナー「サケは京 都の河川を天然遡上するか」であった(出口ほか,2002).このセミナーは,サ ケ類による海洋栄養分の陸上への輸送について研究しておられるアメリカの

C. Jeff Cederholmさんを招き,最新の研究成果について紹介してもらうことを

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中心にしたものだったが,日本からは,環境民俗学の視点から,サケ類が遡 上する川でのサケ漁について北陸を例に出口晶子さんが発表し,公共水産資 源の視点から,中部太平洋西部海域のカツオ漁業を例とした実証モデルによ る漁業者の行動予測について,内藤登世一さんの発表があった.他にも,ア メリカのハドソン川の水質と内水面漁業に関する報告がニューヨーク市立大

学のJoseph Rachlinさんからあり,サケ類という生きものを介した物質循環

には,人の営みや経済活動,河川環境の変化など,さまざまな作用や変化が 影響していることを改めて実感した.よく考えればあたりまえのことなのだ が,生物の研究だけにのめり込んでいると,ともすると,物理化学的環境や 人間の影響は,これらが生物に与える直接的な作用の部分だけしか見ないこ とになる.これらを聞いたのは,その背景にある人の暮らしや経済も,サケ による物質循環とつながっているのだということを,改めて実感する機会で もあった.また,鳥から物質輸送研究に関わった者としては,サケ類という 遡河性回遊魚が海から陸への物質輸送に大きく貢献しており,その研究がさ まざまな分野から幅広く行われていることを再確認する貴重な機会でもあっ た.これらの視点を,具体的な研究例や研究者間の交流を通してKMに伝え,

鳥による物質輸送研究を進めていく方向を最初に見せて下さったのは,まさ しく室田さんだったと,改めて思われるのである.

2 川は流れる水である.

しかし下から上へも川を「もの」は移動する

2. 1 川は流れる水である

 川の川たる性格が「流れる水」にあること,そして流れる水は必ず蛇行し,

やや直線的なところには浅くて水の速く流れる瀬が,曲がり角には底がえぐ れて水深が大きく流速の比較的遅い淵が,交互に現れることは周知のところ だろう.直線だけの続く「流れる水」など,そもそも存在し得ない.しかし,

50〜60年前の河川工学では,それは無視されることが多かった.上流から流 れてくるものが,どのようなところに止まり堆積するのかについてすら,資

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料は極めて少なかった.管見の限り,大串さん・斎藤さん(1963)が平水時に,

瀬から淵へ流れ込むところと淵から瀬へ流れ出るところとの,流速の似た2 つの場所で流下物量を測定し,砂泥も有機物破片なども瀬尻(淵頭)で多く瀬 頭(渕尻)で少ないことを明示したのは,流程のごく一部でのものとしても,

比較的早い時期の仕事であった.

 もちろん,川が上流から下流へさまざまなものを移動させることは,人間 の歴史の始まりのころから知られていたことである.また,上流・中流・下 流の区分が,流程を単純に等分したものではなく,さまざまな河川形態と関 連していることも,定式化は可児さん(1944)の業績まで待たなければならな いが,概念的には古くから知られていたところである.大きい川では,筏流 しの終点が河口ではなく,流れが全体として急に遅くなる下流域の上部にあっ たし,アユ(Plecoglossus altivelis altivelis)の産卵場が中流域の下部にあることも,

広く知られていた(e.g. 宮地,1960).また,新潟水俣病(第2水俣病)の重症患 者の多発地点が,少なくとも最初のうち,有機水銀を流出していた昭和電工 鹿瀬工場のすぐ下手ではなく,ずっと下流の河口域付近であったことは,生 きものないしその遺体の上流から下流への移動によるところの大きいことに よるものして,説明されてきたところである(川那部,1968).

 このように,川における上流から下流への物質輸送は当然のこととされな がら,下流から上流へのそれは,少なくとも科学的にはほとんど問題にされ て来なかったのである.

2. 2 多くの魚は上流へも移動する

 魚が下流から上流へ移動することは,良く知られていたところである.

1950年代の戦後第1次「ダム建設ブーム」のときでも,低いダムでは魚道を 造ることも検討されていた.しかしその場合,対象は経済価値のある魚に限 られ,それ以外のものは完全に対象外であった.長良川河口堰建設に伴う「木 曾三川河口資源調査団」(1963〜68)においても,魚道の建設・改良の対象に

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されたのはアユだけだった.経済的価値があったカワマス(現在の標準和名は サツキマス(Oncorhynchus masou ishikawae))に関してすら,報告は最後の巻に1 編あるだけで,それにも魚道との関連は書かれていない.もちろん,それ以 外の両側回遊魚(生活史を全うするためには,淡水域と海水域とを必ず往復しなけれ ばならない魚)には,全く触れられていない.なお,このあたりについて興味 のある方は,例えば川那部(2012)を参照されたい.

 川魚(淡水の中だけで生活史を完結する純淡水魚)においても,上流と下流を 移動する種は数多い.長良川支流の1地点で「登り落ち」と呼ばれる定置網 を長年に亘って設置して調査した後藤さん夫妻(後藤・後藤,1971)によれば,

それはコイ・ドジョウ・ナマズ・ギギ・メダカ科など29種にのぼっている.

この漁法はその名の通り,河川を遡上する魚を捕らえるものなので,これら の魚は大なり小なり川を遡ることを意味する.

 オイカワ(Zacco platypus→ Opsariichthys platypus *)というコイ科の魚は,およ そ中流域に棲んでいるのだが,その稚魚は全長14ミリメートル程度になると,

そこからほとんど姿を消してしまう.流れ流れて,中流域から下流域へ移り 変わるあたりに集まるのだ.そして体長2.5センチメートル程度になって鱗 が完全に体を覆うころから今度は川を遡り始め,生まれたあたりに戻ってく る(水野ほか,1958; 名越ほか.1962).なおオイカワは元来,関西に限られて分 布していたらしい.それがアユの放流などに伴って全国に分布を拡げたのだ が,ダムの上手などでは数の増えているところが多い.その理由について水 野さん・名越さん(1964)は,ダムが下流域の代用になり,下降・遡上の距離 の著しく短くなったことを挙げている.それはともかく川魚には,大きく上 下に移動するものも数多い.しかしこうした魚のための魚道が設置されてい るのは,現時点でもまだ極めて稀なことなのである.

 このように生粋の淡水魚が川の上下を移動すること,さらには湖と川とを

* 学名の途中に → があるのは,その左側が原著者の使用したもの,右側が現時点におけるもの であることを示す.以下同様.

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移動することなどは,今では当然のこととして,広く知られた事実である.

例えば,琵琶湖を中心とする魚の移動様式を概観して細谷さん(2005)は,A)

琵琶湖にだけ棲息するもの,B)琵琶湖と内湖を行き来するもの,C)琵琶湖 と内湖・水田地帯を行き来するもの,D)内湖と水田地帯を行き来するもの,E)

琵琶湖とそれに注ぐ川を行き来するもの,F)琵琶湖とそこから流出する淀川 さらには大阪湾とを行き来するもの,G)内湖だけに棲息するもの,H)川だ けに棲息するもの,の8つを分け,A・G・Hは僅少であることを示している.

しかしながら,Fは南郷洗堰(現在の瀬田川洗堰の前身)の建設によって存在し 得ないものになり,B・C・D・Eは,琵琶湖と内湖・水田・河川との間を水 門で基本的に隔離されたために,相互を移動することはほとんど不可能になっ ている.近年「ゆりかご水田」事業などが試みられているが,その場所や規 模は残念ながらまだ限られているのである.

2. 3 水棲昆虫もまた上流へも移動する

 川の中には,多くの水棲昆虫がいる.トンボ・カワゲラ・カゲロウ・トビ ケラ・ユスリカなどの類はその主なものだ.この連中は,石の上下の表面や 砂泥の中に棲む.洪水が起こったりすると流されるし,自ら流れたりもする.

しかし下流から上流への移動は,それほど大きくない,いや,「無い」とずっ と考えられて来ていたのである.

 それが1950年代になって,少なくともある種の水棲昆虫においては下流か ら上流へ大きく移動することが,北欧と日本とで独立に見つけられた(Mueller, 1954; 西村,1959, 1962; Nishimura, 1967; Ross, 1957).水棲昆虫のほとんどは,一生 を水の中で過ごすわけではない.幼虫(あるいは若虫)期は水中に棲むが,成 虫は空中を飛ぶのが普通なのである.

 日本列島の川の瀬で優占的になることの多いヒゲナガカワトビケラ(Stenop- syche griseipennis S. marmorata)の場合(西村, 1959; Nishimura, 1967),夕方と明 け方に雄が水面上2〜5メートルの高さで群飛しているとき,雌は水面から

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30センチメートル以下の高さを秒速3メートルぐらいで上流に飛ぶ.距離は 1回に4キロメートルぐらいで,成虫の寿命と遡上飛行の気象条件との関係 とから考えると,一生に3〜5回ぐらいは飛ぶと考えられている.ところで,

このように低い位置を水面の反射をたよりに上流へ飛ぶ雌は,合流点に転石 などが多くて水がその下を潜っているような支流へは,水面が連続しては見 えないために,その支流を見つけることができない.逆に滝になって流れ込 むような支流の場合は,水面の反射が連続しているので,滝の高さには関係 なく遡上が自由に行われる.その結果,合流点から上流の地点における幼虫 の分布量は,各支流によって全く異なってくるのである.

 このように生活史の中での生きものの移動については,1960年代前半には,

多くの種で広く知られるようになってきていた.しかしそれを,物質量ない し物質輸送量として算定する試みは,管見の限りほとんどなかった.

3 川と陸の食物連鎖の相互交錯:中野繁さんとその仲間たちの研究の展開

3. 1 陸棲昆虫を食う川の魚

 食物連鎖すなわち「食う―食われるの関係」において,川と陸といった少 し異なった「系」が密接に結びついていることは,ずっと以前から知られて いた.蚊針(毛針)を水面に流すのは,水面に落ちあるいは水面ぎりぎりを 飛ぶ昆虫を「真似」たものだから,その発達は洋の東西を問わず,陸棲昆虫 を魚が食う習性を,人々が昔から広く知っていたことを意味する(e.g. Walton,

1653; 人見,1697).KW自身も川の魚とその餌生物の関係の調査において,陸

棲昆虫の重要性を認め,また餌生物の量だけではなく,魚たちの社会構成自 身によっても,水中の餌と陸上から来る餌を食う比率やその捉えかたに,大 きい変化が現れることを報告したことがある(Kawanabe, 1959).但しこの場合,

水棲生物の量は測定したが,陸上からの落下昆虫量は測定することはできな かった.

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3. 2 苫小牧演習林での野外実験

 1995年の夏,苫小牧にある北海道大学農学部演習林苫小牧演習林(現在の 北海道大学フィールド研究センター苫小牧研究林)の中を流れる小河川,泉を主な 水源とする幌内川で,中規模の野外操作実験が始まった.提唱した担当者は,

中野繁さん(2000年3月27日,コルテス湾(俗称カリフォルニア湾)で遭難・死去)

である.

 彼は,三重大学や飛騨・アルプス自然文化センター(岐阜県吉城郡上宝村(現 在の高山市上宝))において,渓流性マス類の研究に従事していたが,途中か ら日本とアメリカ合州国とのサケ・マス類の共同研究に加わって,両大陸の 川でその研究を進めた.そして北海道大学へ移ってから,幌内川に透明のプ ラスチック=シートをアルミの骨組みで支えるビニール=ハウス型の「覆い」

を設置し,その処理を施した区間と施していない区間とにおいて,川の中と 周辺陸上との生物を定量的に比較する研究を進めたのである(第 1 図).

第 1 図 ビニール=ハウス状装置

北海道大学フィールド科学研究センター苫小牧研究林構内を流れる,幌内川に設置した野外操作実 験施設.ナイロン製のメッシュシートをアルミの骨組みで支えたビニール=ハウス型の装置を作り,

それで川の上を覆って水中から羽化する水棲昆虫や陸上から落下する陸棲節足動物を遮断する場所 と,それを設置せずに陸上から水中へ水中から陸上へ自由に行き来する場所とを比較調査した.村 上正志さん撮影.Nakano, Miyasaka and Kuhara (1999)による.

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 その初期に発表された報文は,陸上から落下する昆虫類が魚たちとその相 互関係に及ぼす影響,またそのことが水棲昆虫に及ぼす影響,さらには付着 藻類量に与える影響についてであった(e.g. Kawaguchi and Nakano, 2001; Nakano et al,. 1999)

 そしてそのすぐ後に,水棲昆虫が陸上鳥類に及ぼす影響を定量的に示す調 査研究が始まり,取り敢えず以下のようなことが明らかになったのである

(Nakano and Murakami, 2001.第 2 図).A)陸上昆虫の資源量は6〜10月とくに 8月に最も高く,12〜3月には極めて少なくなるが,逆に水中の資源の羽化 による供給量は5〜6月に最大になり,他の季節にもある程度存在する.B)

川の中の魚5種,すなわち,ニジマス(Oncorhynchus mykiss)・アメマス(Salvelinus leucomaenis → S. leucomaenis leucomaenis)・オショロコマ(Salvelinuus malma S.

malma kraschennikovi)・サクラマス(Oncorhynchus masou → O. masou masou)・ハナ

カジカ(Cottus nozawae)はいずれも,6〜11月には陸上から落下する昆虫を

第 2 図 食物網

幌内川とそれに隣接する森における,鳥類・魚類とその餌とのあいだの食物連鎖関係.鳥類・魚類 と陸棲無脊椎動物・水生無脊椎動物とを結ぶ線の太さは,それぞれについての年間を通じての相対 的な重要性(個体数や体重を考慮してある)を示している.村上正志さん作図.Nakano and Murakami (2001) による.

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主に食い,年間摂食エネルギー量の44%をそれに依存している.C)陸上の 鳥類においては,留鳥は一般に9〜5月に羽化時の水棲昆虫を多く摂食し,

とくにシジュウカラ(Parus major)とゴジュウカラ(P. palustris → Sitta europaea) はその比率が大きく(30%以上),夏鳥は一般に,渡ってきた直後すなわち樹 木の芽吹く前には水棲昆虫に依存する傾向が高く,芽吹きに伴って大きく減 少し,滞在する4か月間における水棲昆虫依存度はコサメビタキ(Muscicapa latirostris → M. dauurica)・エゾムシクイ(Phylloscopus occipitalis→ P. borealoides)で 30%以上に達し,いっぽう冬鳥のミソサザイ(Troglodytes troglodytes)は滞在す る6か月のあいだ,98%以上を水棲昆虫に依存している.D)その結果10種 の鳥全体では,年間の摂食エネルギーの26%ほどを水棲昆虫に依存している.

 河畔の鳥類はこのように,水中からの餌に年間ずっと依存するわけではな い.しかし鳥の個体数密度自体が,川の多い地域の森林では大きいことも,

その後明らかになっている.川近くの陸上の棲息場所としての価値は,水中 から陸上への物質供給量以上に高められているものらしいのだ(Iwata et al., 2009).

 水棲昆虫の羽化量が陸上に棲む生きものに与える影響は,鳥類だけに止ま るものではない.その後の研究によれば,例えば,コウモリ類の摂食活動 もまた春には水棲昆虫の羽化量に依存するし(Fukui et al., 2006),川岸に近い ところに棲むクモ類も水棲昆虫の羽化の影響を強く受ける(Baxter et al., 2004,

2007).さらに,鳥類は冬から春にかけて水棲昆虫を利用するために水辺に集

まるが,夏にはそれが陸棲昆虫を大量に摂食することになり,その結果陸上 性の昆虫の量が減少するといった,鳥類を媒介とする水棲昆虫から陸上昆虫 への間接効果も認められている(Murakami and Nakano, 2002).

 異なった「生態系」間での物質輸送に関する定量的研究は,砂漠の島に棲 むクモ類の量が異常に多いことが注目されたのを手始めに,1980年代末に開 始され(e.g. Polis and Hurd, 1995),その後世界各地で大きく発展してきている.

このような物質移動はその後,安定同位体の測定によっても,その実態の把

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握が大きく進んでいるのである.このあたりについては,後でも少し述べる ことにしよう.

3. 3 研究開始への動機を振り返る

 ところで中野繁さんは,三重大学大学院水産学研究科に在学中,指導教官 の名越誠さんに同行して,タンガニイカ湖の生態学・陸水学の国際共同研究 に従事したが,KWはこの研究グループの責任者であった.また,サケ・マ ス類の日米研究協力事業においても,合州国の主導研究者 K. D. Fausch さん の要請もあって,日本側の代表者になった.そのためもあってKWは,飛騨 の高原川や苫小牧またモンタナ州の川などで,中野さん・Fausch さんといっ しょに水に潜ったりもした.魚の個体間の関係を水中で観察するだけではな く,小型の釣り竿を水中で駆使して狙った特定の個体を採集するなど,精緻 な種間社会の研究をしていたその折,河原での休憩あるいは宿で夕食後の時 間にサケ類による物質輸送の話題も出て,彼ら2人はそれに大きい興味を示 したものである.苫小牧の林を流れる幌内川に「覆い」を被せ,陸と川との 生きものの関係を定量的に比較する研究を始めたのには,この論議の影響の あったことが確かである.この野外操作実験は,中野さんが1999年に京都 大学生態学研究センターに移ってからも,彼自身と Fausch さんを含む多くの 共同研究者とによって,営々と続けられてきている.なお彼とその研究につ いては,先に引用したもの以外にも多くの業績が出ており,また映像資料も 含めていくつかのレビューもあるので,興味のある方はそれらを見られたい

(Fausch et al., 2002; Monroe, 2011; 中野,2002).

4 鳥類とくにカワウによる湖から陸への物質輸送とその陸上群集への影響

4. 1 生態系における鳥類の機能

 鳥は,空を飛ぶことに特化した生物である.もちろん飛べない鳥も存在す るが,鳥類の形態や生態には飛翔能力を持つための特徴が多数見受けられる.

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形態的な特徴はここでは省くが,多くの鳥類は高い飛翔能力を最大限に利用 し,同時に複数の環境を利用して生活するという,共通の生態的特徴を持っ ている.採食場所とねぐらのあいだを行き来して生活する種や,パッチ状に 分布する複数の採食場所を利用して食物を得る種,また繁殖期と非繁殖期で 異なる環境や地域を利用する種もいる.最も際だった例は,季節による渡り を行う鳥類と,水中と陸上とを利用して生活する水鳥・海鳥類であろう.渡 り鳥は,数百から数千キロメートルにもおよぶ距離を毎年移動しながら生活 する.一方,水中と陸上を利用して生活する水鳥・海鳥類は,水中生活に適 応した形態や行動を持ちながらも,少なくとも繁殖のときだけは必ず陸上ま たは陸に近い水辺を利用する.

 こうした生活特性を持った鳥類は,その移動の結果として,「点と点を結 ぶ」ことができる.すなわち,空を飛んで,ある「系」から遠く離れた「系」

へと移動することが可能である.さらに言うなら,「点」と「点」の間の環境 が全く異なっている場合でも,かなり自由に移動できるわけである.これが,

魚類のように水系をたどって移動する生きものとは大きく異なる鳥類の移動 能力の特徴である.サケなどの魚では,「流れる水」である川が上流と下流を 結んでいることによって遡上が可能となる.すなわち,水系という「線で結 ばれた」連続する環境のあることが,魚の移動には不可欠なのである.昆虫 類は,川と陸という異なる「系」を結ぶことができ,隣接する「系」とは行 き来があるものの,はるか離れた場所へ移ることは移動能力の点からみて難 しい.また,高い移動能力をもつものでも,陸上または海洋を歩いたり泳い だりして移る草食動物やクジラ類では,移動可能な環境が「面的」に連続し ていなければ,それは不可能である.このように鳥類の移動能力は,他の動 物に比べてかなり特異的なのである.

 移動して複数の生態系をつなぐ働きをもつ動物は,移動連結種(mobile link または mobile link species)と呼ばれるが(Lundberg and Moberg, 2003),上記のよう な特性を持つ鳥類はその代表と言って良く,とくに生態系のあいだでの「も

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のを運ぶ」働きが大きい.移動連結種の機能には,植物の花粉や種子を運ぶ ような遺伝的なもの,被食・分解されるものへの影響など過程的なもの,排 泄物や残渣と言った栄養分の輸送のような資源的なものの3つがあるとされ,

これらの機能はいずれも,いわゆる「生態系サービス」の中の基盤機能や調 整機能にあたるものであり,従って,鳥類の持つ生態系機能は人間の生活に もたいへん関係の深いことが指摘されている(Sekercioglu, 2006).

4. 2 海鳥による物質輸送の重要性と特徴

 鳥類の輸送機能については,植物の花粉や種子を運ぶ働き,すなわち「送 粉」と「種子散布」についての研究が従来から盛んに行われている.これらは,

植物の繁殖戦略や植物・動物の共進化といった生態学的観点からみて,たい へん興味深い課題である.しかし栄養分を輸送するという機能は,生態学的 にはもちろんのことながら,さらに幅広い分野からも興味を引くことがらで ある.たとえばリン(P)という元素の地球上の循環を考える場合,海鳥やサ ケ類による海洋から陸上への物質輸送は,さまざまな面でたいへん重要な意 味を持っている(e.g. 室田, 1997, 2001b).

 すでに述べたように,多くの物質は陸上から河川を経て湖,さらには海へ と流れ下る.湖や海に移動した物質は,たとえば炭素(C)や窒素(N)といった 元素の場合,水中生物の呼吸や脱窒(微生物によって水に溶けた硝酸(NO3)から 気体である分子窒素(N2)が生成される過程)の作用によって,水中から空中へと 移動し,植物の光合成や雨などによって再び陸上へ戻る.それに対して,水 には溶けるが通常の温度では気体にならない物質は,流れ込んだ水中に棲む 生きものに利用される以外は,底へ沈んで堆積するだけである.すなわちそ のままでは,火山噴火などの地質学的過程と時間とを経ない限り,陸上に戻 る経路はほとんどなくなってしまう筈である.リンはこのような元素の代表 である.リンは,生物の遺伝子情報を保持するDNA(デオキシリボ核酸)や RNA(リボ核酸),さらに生体内でエネルギーの源となるATP(アデノシン三リ

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ン酸)などに含まれ,生物にとって不可欠な物質である.リンが水底に堆積し,

なかなか陸上に戻らないのであれば,陸上のリンは徐々に枯渇していくこと になる.たしかにリンは,窒素とならんで生物の現存量や生産速度を制限す る律速要因となることが多いが,そうかといって陸上生態系において際立っ て減少していっているわけではない.すなわち,地質学的過程とは別の経路 によって,リンが水中から陸上へと運搬されている必然性が考えられるので あり,その重要な過程を担うのが,サケ類であり海鳥である.室田さん(2001a)

の推定によれば,陸上へのリンの年間輸送量は,海鳥によるものが数万トン,

サケ類では数千トンであり,すなわち,海鳥による輸送量はサケ類によるそ れよりも1桁大きい.ちなみに漁業では,年間数十万トンのリンを陸上へと 運んでいる計算となる.

 海鳥は海洋を主な生息場所とし,魚介類を捕らえて食物としているが,繁 殖時には海洋島や沿岸部に集まる.多くは集団を作って繁殖するコロニー性 を持ち,その集団繁殖地(コロニー)には親鳥やヒナの排泄物や,親鳥がヒナ の食物として運んだ魚介類の吐き戻しや食べ残しなどが集まる.つまり海鳥 は,海洋の物質を魚介類というかたちで水中から取り出し,排泄物などのか たちで陸上へと集中的に運んでいる.生物の体そのものが物質輸送の媒体と なるサケ類とは異なり,海鳥ではその排泄物や餌動物の遺体が陸上への栄養 供給の主な媒体となるのである.

 海鳥の排泄物は,液状で栄養分がすみやかに分解していくため,植物はす ぐに利用することができる.したがって,海鳥による物質輸送は植物の現存 量や生産速度を高め,それを食物とする消費者の増加を促すボトムアップ効 果を持つ(Anderson and Polis, 1999).特に,火山由来で栄養分の乏しい海洋島 では,海鳥がコロニーや集団ねぐらを作ることによって海洋の養分が供給さ れ,それを基盤とした生物群集や生態系の形成されることが知られている(e.

g., Polis et al., 2004; Croll et al., 2005).コルテス海内の島での研究によれば,海鳥 のいる島の土壌中の養分は,海鳥類のいない島に比べ最大6倍に達し,植物

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体内の窒素とリンの濃度も高い(Anderson and Polis, 1999).それに伴い,たと えばゴミムシダマシ科甲虫類の密度は,海鳥が生息する島では棲息しない島 の約5倍になっていた(Sãnchez-Piñero and Polis, 2000).植食者・種子食者(アリ など)・捕食者(クモ類)・最高次捕食者(イグアナ類)のいずれもまた,海鳥が 営巣する島では密度が高い.さらに,コルテス海のような熱帯乾燥気候地域 だけでなく,冷温帯地域のアリューシャン列島でも,海鳥による栄養分供給 の影響が見られる.この列島では,毛皮確保のためにホッキョクギツネ(Alopex

lagopus)が人為的に導入された島がいくつかあるが,その島々の植生はキツ

ネのいない島に比べて大幅に変わっている(Croll et al., 2005).キツネのいない 島では,海鳥が捕食されないためにその密度は高く,海からの栄養分供給が 行われるために,土壌のリン濃度,草本の現存量,草本の窒素濃度のすべてが,

キツネのいる島より有意に高いのである.窒素安定同位体比の測定結果から も,海鳥由来の窒素は,植物のみならず,栄養段階の高い軟体動物・スズメ 目鳥類・ハエ目昆虫類・クモ類にも利用されていることが判っている.

 海鳥によって運ばれた養分は,陸上生物や陸上生態系を支えるだけではな く,人間にも多大の影響を与える.良質の有機肥料としてのグアノの採取と 利用がその顕著な例である.最も有名なのは,ペルー沿岸部でのグアナイヒ メウ(Phalacrocorax bougainvilli)を代表とする海鳥類のコロニーに堆積したグア ノ,いわゆる「ペルーグアノ」の採取である.海鳥のグアノについては,室 田さんも多くの著書(1995, 1997, 2001b)で触れられているので,その重要性や 社会への影響についてはそちらを参照されたい.なお,かつて海洋島の環境 を壊滅的に破壊したこともあったグアノ採取は,ペルー政府が主導して,海 鳥やその繁殖地の保全を図りつつ持続的なグアノの採取が商業的に行われて いる(Tovar and Cabrera, 2005; 亀田ほか 2011).

4. 3 カワウによる物質輸送と陸上生態系への影響,そして人との関わり  海鳥類が海洋から陸上への物質輸送に寄与していることについては,海外

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の多くの研究によって以前から知られていたし,国内でもそのことに注目し た研究者がいた(Mizutani and Wada, 1988).しかし,内陸部に生息する水鳥類 による淡水域から陸域への物質輸送の研究は,1990年代まではあまり多くな かった.すでに述べたように,KMは琵琶湖で鳥類による物質輸送研究を行っ てきたが,その中で,いわゆる「海鳥」による海洋から海洋島や沿岸部への,

とくに熱帯域におけるその物質輸送とは大きく異なる特徴があることも,徐々 に明らかになってきた.

 ここで一つ,水域から陸域への物質輸送研究にとってたいへん有効な測定 手法を紹介しておきたい.それは,安定同位体比分析である.質量数の異な る同位体元素の割合は,その物質の起源や代謝過程によって変化したりしな かったりする.これを自然のトレーサーとして使い,生態学においては食性 解析,栄養段階や食物網構造の解明,生物の移動経路の解明などが行われて きた.特に窒素と炭素の安定同位体比は,それぞれ栄養段階や環境(海域・淡 水域・陸域など)によって値が異なるため,海鳥のような高次捕食者による物 質輸送では,水域由来と陸域由来の窒素と炭素を区別することができる.詳 しくは亀田(2008)などを参照されたいが,生きものと栄養分という物質とを 同じ指標で比較できる点が,物質輸送研究においても大きく貢献できる特徴 である.そのため,海鳥による物質輸送の研究でも安定同位体比は盛んに測 定され,すでにいくつか引用したように,海鳥由来の窒素や炭素の輸送経路 や陸上群集に影響が及ぶ範囲を明らかにするための重要な手法となっている

(e.g. Mizutani and Wada, 1988; Stapp et al., 1999).一方,窒素や炭素と異なり,リン には質量数の異なる安定同位体がなく,従ってその由来や代謝過程を直接測 定することは難しいが,リンは窒素と比べて土壌に吸着し流出しにくい特徴 があるため,窒素/リン比を使うことによって,相対的なリンの変化を検討 することが,以下に示すように可能なのである.

 さてカワウ(Phalacrocorax carbo)は,魚を主な食物とするコロニー性鳥類で あり,沿岸部から内陸の湖沼や河川にも生息する.カワウも他の海鳥と同様に,

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水域から陸域へと栄養分を運ぶが,内陸部にある水辺の森林で樹上に巣を作 るために,それのもたらす養分は,森林の土壌・樹木・リター(落葉落枝)全 体に影響を及ぼす.さらにその影響は,カワウが繁殖をやめて別の場所に移 動した後でもかなりの期間,持続することが明らかになってきた.

 カワウのコロニーが存在する滋賀県近江八幡市の伊崎半島で,コロニー外 の森林(対照区),コロニー内(繁殖区),数年前にはコロニーがあったがカワ ウが移動していなくなった森林(繁殖放棄区)のそれぞれで,土壌の表層(土 壌有機物層)とやや深い層(鉱質土層),それに植物の生葉の窒素安定同位体比 を調べたところ,そのいずれにおいても繁殖区と繁殖放棄区の値が対象区よ りも高い値を示した(Kameda et al., 2006,第 3 図).これはカワウ由来の窒素,

あるいはその養分供給の影響を受けた窒素が,コロニーのある森林では大き い比率を占めること,また,カワウのいなくなった営巣放棄区にも,少なく とも数年の間はその大きい影響が継続することを示すものである.

第 3 図 カワウ窒素

琵琶湖岸(近江八幡市伊崎半島)にあるカワウのコロニー付近における,土壌有機物層・鉱質土層・樹 木生葉の窒素の安定同位体比.下方の薄い灰色の帯(−3〜0間)は,滋賀県の降雨についての平均値・

標準偏差,上方の濃い灰色の帯(12〜15間)は,カワウの排泄物についての平均値・標準偏差を示し ている(Kameda et al., 2006 の資料により,亀田作図)

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 カワウの排泄物によって森林には窒素のほかに多量のリンも供給されるが,

この2つの元素の動態は互いに異なっている(Hobara et al., 2005).繁殖区や繁 殖放棄区は多量の窒素供給があるにもかかわらず,対照区と比べて土壌有機 物層の窒素濃度そのものは高くなく,一方リン濃度は有意に高い.したがっ て,窒素/リン比は繁殖区・繁殖放棄区では対照区より有意に低い.この傾 向は鉱質土層でも同様である.リンは窒素に比べて土壌に吸着し流出しにく い特徴があるので,この動態の差異が,窒素/リン比が低下する要因だと考 えられる.また,優占種のヒノキ(Chamaecyparis obtusa)の生葉の分析によっ て,生葉の窒素・リンの濃度や窒素/リン比は,土壌の値を反映しているこ とが判り(Hobara et al., 2005),さらにリターの分析によって,カワウのコロニー を作る森林では,リター量が多く窒素濃度が高いことも明らかになっている

(Hobara et al., 2001).森林では系内の養分循環が卓越しているため,カワウに よっていったん系内に入った養分は,土壌・樹木・リターなどの間を循環す ることが示唆されたわけである.

 カワウのコロニーが存在する地域では,「森林衰退」という植生変化が顕著 に表れる.琵琶湖畔での Ishida(1996)の研究では,カワウの巣の密度が増え るにつれて,高木層の被覆度が下がり,ついに樹木が枯死するとカワウの巣 の密度も減少する,と言うのが,カワウのコロニー地で見られる大まかな過 程である.そして低木層では,窒素過多を好むヨウシュヤマゴボウ(Phytolacca

americana)などの先駆種が優占し,その被覆度は増加する.高木層の衰退は,

衰退した樹木の年輪幅の測定からみて,数年という短期間で進むことが判っ ており(藤原・高柳, 2001),カワウの排泄物による養分過多や,排泄物の付着 による生葉の光合成能低下などのほか,巣作りのための枝葉の折り取りもま た,その原因である可能性が高い(藤原・高柳, 2001; 石田, 2002).カワウのコ ロニーのある森林とカワウのいない森林とで,植物の総現存量を直接測定し た研究はまだ見あたらないが,高木層が枯死することによって森林の現存量 は減少している可能性が高い.海鳥による海洋島への栄養分輸送では,植物

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の現存量が増加するとしている研究例が多いから,植生への影響という点で も,カワウと海鳥では異なる作用を与えているようである.

 カワウによる物質輸送は,いっぽうで地元の人々に肥料という恩恵をもた らしてきた.国内においても,ペルーグアノの場合ほどの大規模な採取は見 られないものの,地元の人々がカワウやサギ類のコロニーでその排泄物を集 め,肥料として利用していた例はいくつかの場所で知られている(亀田ほか,

2011).その典型的な例は愛知県知多郡美浜町にある「鵜の山」に見られ,こ

こではカワウが長年にわたって棲みついている.地元の上野間区の人々は,

砂を撒いてカワウの排泄物をしみ込ませ,5〜7日おきにそれを回収すると いう方法で,肥料を得ていた(藤井,2010).人々は,カワウが長く棲みつく と樹木を枯らし,その結果別の場所へと移動することをよく知っており,コ ロニーに隣接する場所でクロマツ(Pinus thunbergii)を育て,枯れた木の替わ りに植えるかたちで森林の人工的維持管理を行い,カワウのコロニーの維持 をも行っていた.地元の人々はまた,鵜の山やその周辺を禁猟区や天然記念 物に指定(1934年)することによってカワウを守り,周囲に分散することを防 いでもいた(藤井,2010; 牧野,2013).カワウ排泄物の採取は入札によって決 められ,その収入は,村の公会堂や学校の新築・修理等にも使われ,このグ アノのおかげで,この地域はたいへん豊かだったと言う(藤井,2010).この ように地元の人々は,100年以上にわたってカワウと関わり,良好な肥料を 持続的に得るためのグアノ採取と森林管理の技術を確立し,それを支える社 会的仕組みも構築してきたと言って良い.上野間では,今はグアノの採取は 行っていないものの,身近な鳥としてカワウに親しみを感じている.直接的 な利益がなくても,カワウを町のシンボルとして好意的に受け止めているの である.このような地元の人々による小規模なグアノ採取は,かつての海洋 島のグアノ採取が短期間に収奪的に資源を搾取し,海鳥の生息も島の環境も 破壊したのとは大きく異なっている.地域の狭い範囲で長期持続的な物質循 環を実現していた点,たいへん興味深い事例であり,今後の問題に大きな示

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唆を与えるものだと考えられている.

5 おわりに:室田武さんと生態学,その他

5. 1 「森は海の恋人」の再展開

 ある特定の種の生きものを対象にする場合はともかく,そこに棲んでいる 生きものを全体として記載したり,それらの間の関係を扱ったりする分野で は,特定の地域を対象として限定することが多かった.川の場合にも,源流 から河口まで全部を扱った調査・研究は比較的稀で,上流域とか中流域とか 特定の地域に棲む生きものを対象にすることが多かったのである.近年はこ れに対して,流域を一貫したものとして考えたり,森林から海洋までを通し て川をネットワークとして扱おうとする動きも始められているが(e.g. 中村,

1999,2013),その具体的なものはまだそれほど多くない.

 広く一般的にも知られているものの一つに「森は海の恋人」運動があり(畠 山,1994),その中で科学的調査もまた進められている.だが広く知られてい る限り現在までの実践は,海にとっての森の大切さの方向に偏っており,そ の本の中にもある熊谷龍子さんの歌「森は海を海は森を恋いながら悠久より の愛紡ぎゆく」のような,「森が海を恋う」方向については,まだ強くは取り あげられてこなかったのではないだろうか.この運動の一つとしての「森里 海連環学」(田中,2008)においては,先ずはそれが「森川海連関学」とは異 なることが強調されている.すなわち,「森川海連関学は,水の流れのままに 森から川を介して海への一方的なつながりを表している.一方<森里海連環 学>は,連環に表されるように<森が海を豊にする>という一方向の関係で はなく,さまざまなつながりを通じて<海も森をゆたかにする>という双方 向の密接な関係を示しているのである」というわけだ.そうであればこれは まさに,少なくとも日本では室田さん・柴谷さんから始まった研究を引き継 ぐ動きでもあると言って良い.なお,「里」が入っている意味については,こ こでは敢えて論じないでおこう.それはともかく,「森は海の恋人」運動の発

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祥の地である気仙沼に「森里海研究所」ができたようだが(田中,2013),海 湾や汽水域が森林に与える役割も,いや,それがまた海に返ってくる役割を 含めた循環総体についての調査と運動が進むことを,心から期待するもので ある.

5. 2 「社会」と「経済」に関する関係の生態学

 生態学は,生きものに関する経済学(・社会学)だと言われることがある.「自 然の経済(economy of nature)」という語は,Darwin さん(1859)によって出され,

Elton さん(1927)によって食物連鎖や生態的地位のかたちで具体的に示され

た.また,エコロジー(生態学)とエコノミー(経済学)の語が,ともに「家」

の意味であるギリシャ語のオイコスに由来することは,つとに知られている ところである.

 学問としての発展は,人間の経済学(や社会学)が明らかに先行していた.

その経済学を学ぶことによって,生態学の中に「生物学的生産」の概念が生 まれる(Thienemann, 1931).すなわち「私たちは,ある生活場所における有機 物質の全生産とか,これは生産的なあるいは非生産的な水域だとか,温帯地 方は生産性が低いが熱帯地方は高いとか,いろいろの言いかたをする.こう した<生産>の概念は,生物学の応用・理論の分野を問わずしばしば使われ ているが,その内容はどういうものなのか」,と言うわけである.

 そして,「経済学においては,生産とは経済活動によって必要なものが産出 されること,すなわち,ものの作られる過程を意味する.これに対して農業 や漁業では,毎年あるところから取りあげられる収穫,すなわち作られた全 量つまり生産物を意味しており,あるときには,与えられた条件の下で毎年 取りあげられる最高の収入量を意味することもある.また生産性とは,作ら れる性能のことである」と説明する.ところで,「人間が全く手を入れていな い自然の状態,例えば漁獲の対象になっていないような湖については,生産 は考えられないだろうか」と話を進め,結局,「生物学における生産とは,生

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物体すなわち有機物の生産である」とし,「だが単なる生産ではなくて,<一 定の時間内での生産>だけが問題になりうる」から,「ある与えられた時間内 における,有機物のある生活圏における生産とは,その時間内にその生活圏 の中に作り出した生物とその排出物の全量である」と定義する.

 この生物学的生産の概念と用語のその後の発展と混迷,それをどのように 再定義して解決するかについては,30年以上のちに論議され,用語について はこのときの提案がその後広く使用されてきている(原田・川那部,1964).  ところで,人間の経済学でも同じであろうが,生物学的生産がなされるた めには,生きもの相互間のそして一般の環境とのあいだの関係が必須である.

言うまでもなく,生きもの個体の単独での存在はもちろん,仮に種個体群と して単独で存在しても,その生活は全く成り立たない.生きものは明白に関 係の中で,もう少し正しく言えば「関係の総体」の中で生きているのであり,

また生きものの性質は,過去から現在までの関係の総体の歴史が作り上げて きたものなのである.KWはこの点をかなりくどいほど論じてきた(e.g. 川那部,

1963,1982,1992,1997).中野さんたちの調査研究は,このような関係の総体

の問題を広い範囲で突き詰め,川なら川といった一般に考えられてきた範囲 に止めることなく,その周辺との,いや中心と周辺を越えてのさまざま環境 での関係の総体を,まさに野外操作実験によって確かめたものである.これ への室田さんからの示唆には,先にも触れたように極めて大きいものがある.

5. 3 「系」内だけではなく「系」間の諸関係を明らかにする

 「生態系」なる用語を提唱した Tansleyさん(1935)は,それを「宇宙にお ける種々雑多な物理的系の,大きさは宇宙全体から原始に至る物理的系の,

その一部類である」とし,「ある惑星(地球全体の意味か),ある気候帯,ある 植物または動物の群集,ある個体」などのいずれにせよ,「一つの系はいっそ う大きな系の部分としてそれに含まれるだけではなく,互いに重なり合い,

からみ合い,働き合っているものだ」が,それを「切り出すことは,ものご

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とを押し進めるための唯一の方法なのだ」と論じる.しかし,この概念と用 法はその後著しく変化してきていて,例えば大きさについても,一つの森や 草原程度をそれぞれ別の「生態系」と見なすのが普通になり,森と川や川と 海や,同じ海岸でも砂浜と泥浜とはもちろん別であるとして,それぞれを分 けて扱うのが一般的になってきていた.そして,これに対して「生態系」の 複合したものを考える場合は,「景観」などという別の用語を使おうとする動 きも出て来ていた.

 しかし近年になって,そのような「系」間に見られる関係を本格的に扱う 機運が強く生じてきた.その背後にあるのは,「ものごとは私たちの想像以上 に複雑に絡み合っており,それは時空間的に大きく拡がっている」というこ とが,環境問題の重大な進行とともに広く認識されるようになったことにあ ると思われる(e.g. 川那部,1996).そして,そのことについて警鐘を鳴らした 書としてはやはり,Carson さんの『沈黙の春』(1962)を挙げるのが適当だろう.

 先に述べたように,「系」間の関係を詳しく調べる調査研究は,1990年代 前半から世界的に目立つようになってくる.KWが柴谷さん・室田さんから サケによる海から川や森への物質輸送のことを指摘されたのはおそらく1988 年,室田さんの総説論文が出るのは1995年だ.そして,中野さんが野外操作 実験を始めたのは1995年,それを使った最初の論文の公表されるのは1999 年であり,KMがカワウを材料に研究を始めるのは1997年である.

5. 4 先人たちの視点や成果を掘り起こし,未来に活かす

 室田さんの物質輸送に関する研究では,先人の視点や研究成果を掘り起 こし,その重要性や位置付けを指摘される場面が多い.鳥類による物質輸送 に関して例示すれば,室田さんは17世紀の林政思想家である熊沢蕃山さん の,鳥を呼び寄せて山を緑化する方法について触れ,栄養分と種子の双方を 鳥が輸送することを数百年前に理解していた人物だと指摘されている(室田,

1997).海鳥の排泄物が良質の肥料となることは古くから知られていたが,そ

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れを改めて紐解くことによって,未来の望ましい物質循環のありかたを深く考 えるきっかけにされたのである.サケ類による物質輸送についても,最初の方 で記したように,少なくとも日本の魚類研究者はほとんど注目していなかった Juday さんのベニザケによる物質輸送の論文を掘り起こされたのである.

 物質輸送のプラス面だけではなく,マイナスの側面に対する対応を考える 際にも,室田さんのような緻密でかつ広い視野からの分析的位置付けが,極 めて重要である.先に述べたカワウについては現在,魚の大量摂取による内 水面漁業への影響や森林衰退の問題など,さまざまな点が懸念され,大きく 報道されている.「いなかった頃の状態に戻すのが妥当である」との判断がな されることも多い.分布域においても個体数においても,1960〜70年代に は全国的に数が少なく,その後急に個体数が増え,分布域も拡大したために,

「カワウは近年までいなかった」などと言う印象で語られることも多いのであ る.しかし精密に調査してみると,例えば琵琶湖周辺においても,1930年代 や第2次世界大戦中にはカワウもサギ類も大幅に増加した時期があり,竹生 島では追い払いや駆除を行った記録も残っている(農林省山林局, 1940).「以前 にも増えたことがあり,それに対処した時期があった」という認識で対応す るのと,「今までいなかったのに,突然増えた」という認識で対応するのとで は,対処のしかたはやはり変わってくる.「カワウはかつてもいた」と考えて 対応するほうが,少なくとも幾分かは対応の幅が広がってくるのではないだ ろうか.実際に最近では,「カワウはもともと生息していた在来種」と位置づ けた上で,対策が検討される場合も増えてきた(e.g. 滋賀県,2013).

 先入観に囚われずに,「かつてはあった」関係や「かつては気付いていた」

自然の様相をもう一度掘り起こすことによってしか,未来の自然との関わり 方はほんとうには考えられないのではないだろうか.例えばカワウへの対応 も,そのとき方向がはっきりするのではあるまいか.室田さんの丹念な資料 収集を拝見し,またそれを緻密に解析して,方向を指し示されることを見る たびに,そう思われてならないのである.

(29)

【参考文献】(末尾に*を付した文献は,直接には参照していない) 

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参照

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(4S) Package ID Vendor ID and packing list number (K) Transit ID Customer's purchase order number (P) Customer Prod ID Customer Part Number. (1P)