現代日本語音韻における音声学と音韻論の間隙
著者 龍城 正明
雑誌名 主流
号 40
ページ 35‑51
発行年 1979‑03‑25
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014927
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現代日本語音韻における音声学と音韻論の間隙
龍 域 正 明
I
序 論現代日本語を論じる際, 外来語"という一面は,最早,避けて通る事 が出来ない程,重要な意味を持っているのは,周知の事実である. 日本語 における外来語の歴史は,古くは, i,英語に端を発し,時代背景に促して,
色々な意味で重要な役割を演じてきた.
本論では,現代日本語に於て,この外来語がどの様な役割を演じている かを,音声面から考察し,それらがどの様に現代日本語の音韻組織に影響 を与えているかを論じた上で,その結果生じた,新モーラを基に,従来の モーラ表の改定を試みる事にする.
日本語における,外来語の影響というのもワインライヒ (Weinreich) のいう,言語聞の接触,あるいは,干渉として知られている現象に他なら ない.そこで,先ず Weinreichの説に基づいて,一般的に,言語聞の接 触,あるいは干渉という現象が,どの様な条件の下で生じるのかという点 から論を進めていく事にする.
可Neinreichは,干渉言語を Secondary"(第二次言語), そして被干 渉言語を, Primary" (第一次言語〕と呼び, 音声干渉については,以 下の様に述べている.
The problem of phonic interference concerns the manner in which a speaker perceives and produces the sounds of one language, which might be designated secondary, in terms of another to be called primary.
さらに続けて,
Interference arises when a bilingual identifies a phoneme of the secondary system with one in the primary system and in reproducing it, subjects it to the phonetic rules of the pri‑ mary language1•
Weinreichの論に従うと, 日本語を, 第一次言語そして, 英米語を主 とした諸外国語を,第二次言語として定義することができる.
上述の第一次言語と,第二次言語聞に於て 借用"とL、う現象が生じる と,幾つかの可能な要因が,それらの音声面で生じてくる.
Weinreichは,それらの内の1っとして,以下の点を記している.
If the speaker is bilingual, he
: a
ttempts to reproduce the borrowed morpheme with its original sounds. If he is unilin‑ gual, he is more likely to force the loan words to conform to the native phonetic and phonemic pattern2•そこで, 彼は上の例として Menomini語3からの例をあげている. 即 ち, automobile "という語葉の発音のされ方が, 単一言語話者は,
/ atamo:pen / と発音し,二国語併用者は/atamo:pil /と発音して, 各 々に違いがあるという事実である.
類1rLした例としては,オーストラリア北西部で話されている原住民の言 語である, Nyagumarda (ニャグマダ語4)にも見い出せる. この言語社 会にも英語との接触がおこり,多くの英語よりの借用語が入ってきたので あるが,その際, bicycle"と business"という語棄も借用語として 定着した. しかし, bicycle'二 business"とL、う語棄を各々,
単一言語話者は, / pa Fikil / / pi tyini Fi / 二国語併用者は, / payslk;)l / / PIZ四
s /
現代日本語音韻における音声学と音頭論の間隙
の様に発音している例が報告されている
37
日本に於ては,そのほとんどが単一言語話者の為,二国語併用者の発音 という点にたってのデータを残しておくのは,難かしかったであろうと思 われるが,単一言語話者の間では, 1930年代に借用された語実については,
Weinreichのいう nativephonetic and phonemic pattern"に,適合 して発音されてきたという事が出来る.
例えば, ticket"は, [cike? to],team"は [6:mm], jelly"は [!.eri:],そして,卓球,テニス等で, 使う用語である deuce"は
[ 1
m:sm]の如く発音され, それが現代日本語にも, それらの外来語の発音と して定着している. 即ち, [ci]に対する [ti],[ze]に対する[je],そし て[ju]に対する [dyu]などという音価は, おこり得べくもなかったの である.
第二の要因として, Weinreichは次の点をあげている.
If that language enjoys great cultural or social prestige in the P司languagecommunity, the pronunciation of loanwords in a phonic form close to the original S may serve as a mark of education or statusB•
この点については, Weinreich は,英語の,フランス語からの借用語で ある salon"を例にとって説明している.即ち, この語, salon"を [salo]と発音するか, [salDn]と発音するかで,或る英語社会では,そ の話者が二国語併用者であるか否かにかかわらず¥大きな意味を持つとい う事実である.他の例としては, garage という語. かなりのヴァリ エーションを持って発音されているとはいえ, [g~ráz] の方が [gæ rIj]
と発音されるより,その話者の社会的,教養の水準の高さを示しているの は,英語圏社会では周知の事実である
上記二例は,フランス語が英語に及ぼした影響といえるものである.次 に,英語が他の国語に及ぼしている影響を観てみたい.
オーストリアを中心に,雪の多い地域で,話されるドイツ語に,最近特 によく使われる英語からの借用語に, S
〆
kes"とL、う語がある. これは,日本でも最近ポピュラーになった,スパイグ付のスノータイヤの事である.
この語における語頭子音連結 (cluster)の spであるが, ドイツ語にお けるclusterのspは [sp]と発音されるのは周知の事実である.例えば,
spat [spe: t] (遅い)
s
戸el[spi: 1] (遊び)S
戸nne[Spln;:l] (くも (掬 妹))の如く発音される. しかし, この語 Sρikesでは [spayks]と発音 されず, [spayks]と発音されている. この英語からの借用語 Sρikesに ついては,上記フランス語からの借用語における英語例の如く,Weinreich のいう第二要因が大きく働いているのである.同様に,こういった現象は,現代日本語にも最近特によく見うけられ,
最近の日本における言語生活上,重要な要因となっている点を見逃がして はならない.
即ち, 50年代では, party"を [pa:Ci:] (パーティ〉 P.T. A."
を [pi:ci: ei] (ピーティーエイ〉そして jet plane"を [ze?toki]
〈ジェット機〕と発音する.否,上記の様にしか発音出来なかったのがそ の当時の現状であった.しかし,最近では,ほとんど上記の様な発音は聞 かれる事はなく,これらは,以下に記す如く, [ci]は [ti]という発音に
とって替わられた.
party [pa: ci:]→ [pa: ti:] P. T. A." [pi: ci: e:]→ [pi: ti: ei] 同様に [ze]は[je]と替わった.
jet plane" [ze? toki]→[je? toki]
これらの原因の一つには,マスメディアの発達により,日本人の言語生 活に,多くの外国語の発音が聞かれるようになったことがあげられる.が,
さらには,後者の発音が現代社会に於て,社会的,教養的に高い水準を示 しているという,いわゆる prestigefactor,即ち, Weinreichのいう,
現代日本語音韻における音声学と音韻論の間際
第二要因が大いに働いているのである.
39
この様に,第一次言語である日本語が,第二次言語である諸外国語の彰 響をうけ, ζれ即ち Weinreichのいう借用における音声干渉の要因が 働き,外来語の増加が,現代日本語音韻組織に多大な影響を与えているの は明白な事実である.その結果,現代日本話音韻組織上に大いに変化があ らわれ,外来語を表わすカタカナことばの音韻の変化という点に大いに留 意したい.
以上の点を踏まえた上で,現代日本語の音韻組織について考察してみた L
、 .
E
現 代 日 本 語 の 音 韻 組 織本論で扱かう,外来カタカナ書き語棄を重視して,色々な面から考察し ていくと全体としておの音素が抽出され,以下の様に分類される.
(1) 母音音素
e a 0 U
(2) 半母音音素 y w (3) 子音音素
p b φ 8 m t d C9 n s Z 邑 ,s 、 r k g h (4) モーラ音素10
J
R N Qこれらの内,母音音素,及び,半母音音素については,前述の如く,外 国語との頻繁な接触にもかかわらず従来の五母音体系をかたくなに保持し ている.従って,ある意味では外国語学習者にとって, [<l], [i]対[1],
[U] 対 [U]~ の発音の差違の習得を未だ困難なものとしているが,いいか えれば,単一言語話者の中にあっては,第二次言語からの母音に対する影
響は,子音に対するそれほど大きなものではないといえる.
次にモーラ音素について考えてみたい.これは日本語における特殊音素 の為,今回のテーマ,即ち,現時点に対しての諸外国語の影響という観点 からは,切り離して考えるべきであるが,歴史的には,これらは漢語によ ってもたらされたものといえることができる.ここに挙げた,四つのモー ラ音素の解釈については,未だ定説といえるものはなく,学者によってそ の意見はまちまちである11
ここでは,各々がモーラを構成し得る点を重視して,それぞれの持つ音 声的事実を基に,モーラ音素として一括して扱う立場をとる.
まず、
11/
であるが,これは二重母音の副音部を示し, 日本語の二重母 音は,降り二重母音であり,その副音は, [1]に限られることから/kaJ/(会), /koJ/ (恋), /kuJ / (抗〕における ,
11/
を示すことになる.ソナグラムで観ると, 明らかに わたり"の特徴が見い出せ, 単母音の
/ i /
とは性質を異にしているのが判る.次に /R/であるが, これは, / toki / (時〉と/toRki / (陶器),
/oku/ (奥〉と /oRku/(多く〉などを区別する長母音「オー」に対する 音韻論的解釈を意味するものである.ソナグラムで観ると,単母音に対し て約1.5倍の持続時聞が観察出来る. 従って短母音に,ある時間的ひきの ばしを加えて意味の相違が生じてくることになる.この様に特続時聞は厳 密には,二倍ではなく,即ち一拍分を加えることはいし、難い.故に,音声 的特徴からは,
/R/
を ひき音"あるいは, 時間的持続音"と解釈し て, この特殊音素を設けるのが, 特策のようである. その意味では,/00/
と単母音を二つ続けるより, より正確な概念を得るζとになる./N/
,/Q/
はそれぞれ,接音,および,促音として区別されてきたも のである.日本語の援音には,それのおこる環境により,一[♀],一[1p.], ‑[1)]ー,
‑[l)]‑[Y]‑,一[叫一,一[J1]‑, ‑[n]ーの様に種々の allophone1J'
現代日本語音韻における音戸学と音韻論の間際 41 観察されている.それらは,ソナグラムでは,それぞれの後続の音素と同
じ特徴を示し, 逆行同化"によって得られた音であることを示している.
例えば, / simi / と /siNmi /の差は, [m]の持続時間の差が意味の分 化に役立っていることになる.この事は, /Q/についても同様で, / isi /
と /iQsi /の差は, [s]の時間的差として表わされる.
この様に,ソナグラム上では,各々の音素は, 他に対して0.2fやという 持続時聞をもって表われ,それぞれが,モーラを構成するという点から,
[J], [R], rN], [Q]はモーラ音素として扱かう事ができる12
以上,母音9 半母音,及びモーラ音素について概観してきたが,ここで,
本来の目的である子音音素についての考察に論を進めて行くことにする.
しかし, もう 1っここで,日本人の音の単位のとらえ方という観点から,
欧米人と日本人の日常の最小単位を確かめておきたい.
日本語に於て,単音としての音素による分析という概念は極めて薄いと いえる. これは日本語が開音節言語であると同事に, 仮名という視覚的 なシンボルにより書き著わされることから普通一般の話し手にとっては,
語"はモーラの単位迄しか分析されないというのが学者の通説である.
この点については, しりとり"や さかさことば"などがよく引き合い に出される. 即ち, 諸外国語, ここでは英語を例にとるが, 例えば,
eye"や Madam,1 'm Adam"などはアルファベット,一文字を基に して,それを単音,即ち音素のレベル迄分析していることになり これが,
欧米人の日常の最小単位ということが出来る. しかし,日本語では, し んぶんし'に トマト"のように仮名を単位として分析するのが日常である.
これらは [sinbunsi],[tomato]であり,音素というレベルからはさかさ ことばにはならない. それ故, 駅"と 池" 秋"と イカ"との関係 は一般の日本人にはその互いの関係は容易に理解し難い.さらに,このこ とは,英米人に馴み深い日本の地名, 横浜"という地名を説明するの に,彼等には Yokohamaと八文字で親しまれているので, 日本語ではヨ
コハマと4文字だと説明すると,彼等が,けげんな顔をするのと,上記,
駅"と 池"との関係をきいてけげんな顔をする日本人と同じ発想とい えるのである13
この様に日本語では音素というレベルよりもモーラというレベルに立つ ての音声の把握がより一般的であり,本論では,一般話者に対する外来語 からの影響という観点から日本語音韻の変化を考察しているので,モーラ
という概念を通しての外国語との接触後の新音素の設定を試みる方が妥当 と思われるので,先ずモーラという概念を基に考察を進めていきたい.
E
日 本 語 に お け る 音 声 学 的 音 と 音 韻 論 的 音 と の 間 際 従来のモーラ表を見ていくと,いくつかの子音分布に空所があることが 判る.それらは タ行ヘ ダ行" サ行ヘ ザ行"に見られ,タ行子音分 布における, [ti]と[tu]とL、う結合がないのは, あきま"と呼ばれ,サ行子音分布の [si]は すきま"と呼ばれて,服部四郎によって区別さ れてきた14
即ち, [ti]の位置には口蓋化されたドi]がそして, [tu]の位置には 破擦音の [cu]がそれぞれあてられており, この [ti],[tu]という結合 は日本語にはなしそれ故, [""あきま」になっているというのが服部の説 である.[c]と[c]はそれぞれ前舌狭母音, [i]と,後舌狭母音 [u]と の結合によっておける [t]のallophoneとされてきた,即ち,
jtj
→口/ーに)
しかし,近年,外国語,特に英米語との接触によって, phonetic [t]が, 前舌狭母音との結合という環境下で観察されるようになった.そして,こ れが従来の[けとの結合日i]と対立して意味の分化を示すようになって きている.即ち [ciR](ジャンケンのハサミ〕と [tiR](紅茶〕のように,
さらに, jpaRtiRj (パーティー)j tiQsyu j (ティシュペーパー〉の如
現代日本語音韻における音声学と音韻論の間際 43 く,語頭,語中に頻繁に現われ,現代日本語の新結合モーラとしてその位 置を築きつつある.ここで,タ行子音分布の [ti]は,上述の如く,新結 合によってうめられたことになる. 新結合の [ti]によって,従来の,口 蓋 化 さ れ た 日i]は, タ行から追放される結果となるが,幸い日本語には,
口蓋化された 行"である [ca],日0],[cu]があるので,この 行"へ [6]をうめることにする. さらに ,j ceQkuj (チェック )j cesu j (チ ェス〉などによって獲得された, 新結合 [ce]が新たに加わり, [ci], 日e],[ca], [co], [cu]という完全な jcj行が創られる結果となったe
タ行子音分布における, もう一つの異音素結合として, [cu]がある.
タ行に於ては,この あきま"をうめるべく [cu]に替わる新結合, [tu]
の出現が待たれるところであるが, [c]と[t]は互いにその調音点が非 常に近い為15[c]が, [t]との後舌狭母音との結合に大きく干渉している.
それ故, [tU]という新結合によって発音されるべき, 比較的ポピュラー な外来語棄も未だ [cu]として発音されている.例えば,
j cuaRj (ツアー (tour)) j cuiN j (ツイン (twin)) j cuRj (ツー (two))
などカ2そのf列としてあげることカミできる.
この様に,現時点では, [tU]は, あきま"となっており,音声面での [tu]を日本語が新結合モーラとして獲得するには,さらに時間がかかり そうである.
上述の如く, [c]は,明らかに [t]及び[りとは異なった音素として 扱かわれるべきで, [ci], [CU]をタ行子音分布のあきまにおける,異結 合とするも, [ci] [Cu]を同行とする従来の説には同意し難い.即ち,従 来は,以下に示す如くし, ド[ci汀]と [cu叶]を同行に扱かつてきた泊
(ti) te ta to (tU) ci (ce) (ca) (co) cu
44
この表における [ci]は, 本論では [6]として扱かっているモーラで あり, ここに [c]と[けとの明らかな音声学的見地からの混合がある事 に留意したい. さらに, この例として服部 (1960)p. 289からの引用を 以下に記す.
もし, [tfi], [tsu], [tja] を j tsi j j tsu j j tsja jと
解釈すると,ccv, ccjvという例外な構造が現われるのでこれらは jci j j cu j j cja jと解釈すべきものと考えられる"
これは,フォーマリズムに基づいた考え方であり,整理はされるが,音 戸学的に異なる音素を同行とするは難かしく,ここに,音声学的音と音韻 論的音の考え方のギャップがあるように思われる.
即ち,本論でいう [ci]とは最近マスコミを通してきかれる様になった,
ソ連の作家 jsorujeniRcin j (ソルジェニーツイン〉における [ci]であ って, これを口蓋化されたドi]とは決して混合してはならないのである.
最近よく聞かれる様になった以下の語会,即ち,一 j KaNcoRne j (カンツォーネ〉
jPiQcaj (ピッツァ〉
j cecebae j (ツェツェパェ) などと共に ,jc行/を築きつつあるのである
ここに,新しいモーラ表としては三組のモーラ去を設けることが出来る.
llDち
(1) ti te ta to (tu) (2) 6 ce ca CO cu (3) ci ce ca co cu
各々,前舌狭母音との結合によっておこる [ti],[ci], [ci]を例にと ると
現代日本語音韻における音声学と音韻論の間隙
(1) [ti] j paRtiR j (パーティ〉
j tiR j (ティー〉
表記法は ティ"
(正書法
7 )
(2) [ci] j cikeQto j (チケット〉
jCiQpuj (キップ〉
表記法は チ"
(3) [ci] j sorujeniRciN j (ソルジェニーツイン) j ciRru j (ツィール〉
表記法は ツィ"
45
以上の如く [t ,] [c], [c]は各々区別され, 独立した音素として確 立されるべきである.生成音韻論の立場から見れば [t] を underlying formとし, [c], [c]は各々 PalatalizationRule17そして Frication Rule18によって Surfaceformとなる様 Orderingが必要であったが,
現代日本語における,外来カタカナ語業については, 各々を underlying formとして考えるべき時期にきている.
同様にして [d]行, [8]行 , そ し て 日1行での分布空所も外国語との 接触により新結合モーラでうめられていく事が説明可能となる.
即ち, [d]行における [di,] [du]
[s]行における [si] [8]行における[Se]
[j]行における[je]
が各々の行における新結合モーラである.
また ,j purodyuRsaR j (プロデューサー), j dyueQto j (デュエット〉
の如き,全く新しいモーラとしての jdyujの出現も見られるようにな った.さらに,両唇摩擦音[<1>]も単に (h)のallophoneとしてではな
く,独自の [φ]行を創る過程にある. これについては後述するが, 、加 、 眠ー」ー で, 日本語子音音素としては,従来の [p],[b], [m], [t], [d], [n], [s], [z], [r], [k], [g], [h],に次の五つを新たに加える. 即ち,
Iφ], [c], [c], [j],日]であって,全体として, 18の子音音素が抽出さ jもることになるのである.
N
バ イ リ ン ガ ル に お け る 日 本 語 へ の 英 語 の 影 響 (ハワイでの日本語に対する英語の影響について〉ここでは,ハワイで話されている日本語の音韻に対する英語の影響を概 観し,将来,これから外国語との頻繁な接触によって,さらに変化するで
あろう日本語の音韻体系について考察していきたい.
ハワイで話されている日本語の状況は,その話者のほとんどが英語との こ国語使用者である為, 日本国内における状況と性質を異にしているのは いうまでもない. しかしながら本国内では, バイリンガルによる日本語 に対する外国語の影響という観点からのデータは少なく,その意味では,
Weinreichのいう, 単一言語話者と, 二国語使用話者による日本語音韻 体系への外国語の影響を観るのに適していると思われる.
これを調査した Kessの報告によると,以下の事が判る.
① 語頭における新音素
/ c ‑
, f‑, j一,v‑/
@ 語尾における新音素 /ーC19,‑C, ‑f /
① 新 結 合 モ ー ラ
/ ti / , / tu / , / di / / du ,/ / we ,/ / wi /
以上のデータから,特に①の新結合については,現代日本語に現われる それらとほぼ同じ結果といえるものである.しかしながら,新音素として
現代日本語音韻における音声学と音韻論の間際 47 の,有無声唇歯摩擦音である.[v], [f],は未だ,現代日本語には見出せ ない.有戸唇歯摩擦音を含む外来語の場合それらは有声両唇閉鎖音に置き 替えられて発音されている. 例えば, five"は,jφaibuj diver"は j daibaR jの如く, [v]は[b]に代替される. しかし無声唇歯摩擦音 [f]は,声門摩擦音 [h]とはならず,無声両唇摩擦音 [φ]に代替されて
いくことに注目したい.
これによって最近は, [h] vs [φ]の対立が minimal pair として意 味の分化に役立っている. 例えば, 野球, あるいは映画, レコードの jhiQto jに対する,服や下着が体によく合うのを意味する /φiQtojま た, 家"を jhoRmuj, 姿勢"は /φoRmujとして,若い世代のみな らず現在では,この語は,はっきり区別して使われている.このことから,
従来 [φ]は [h]のallophoneとされてきたが, ζれも新音素とし,さ らに [φi],[φe], [φa ,] [φ0]という [φ]行を創りあげていく過程に ある点に大いに注目したい20
Kessは, ハワイでの日本語における子音連結と,子音終止についても 以下の例を使って報告している.
① 子音連結
sk j haiskuRru j (ハイスグール〉
sp j spoNsaR j (スポンサ‑) st j stoaRj (ストアー〉
@ 子音終止
jpaRKj (パーク〉
jkoQpj 〈コップ〉
jbas j (パス〉
以上の外来語棄も現代日本語における使用頻度 大"の外来語である,
この報告による子音終止の語業については,全て後舌狭母音の脱落という ことになる.現代日本語においても,前後舌狭母音は,無声子音に狭まれ
た環境にあっては,無戸化される傾向にあり,同じ事が,語尾における前 後舌狭母音の場合にあてはまる.これらの現象は,日本語がある条件下で の母音脱落現象を意味し,現在それにむかつても過度期にあるといえる.
近い将来,諸外国語との頻繁な接触により,それらの影響を強くうけた日 本語は,一つの音声変化として,完全に母音脱落現象をおこすかもしれな いといっても決して過言ではないといえるのである.
V 終 論
近い将来,諸外国語との頻繁な接触により強い影響をうけた日本語は,遂 には
/ suki / を /ski / / hito / を /cto /
として発音する様になる.いいかえれば,ハワイでの日本語がそうである ように母音脱落現象がおこり得る可能性が大変強いという事で,前章でも 述べた通りである.
以上の事は,将来の日本語にとっていくつかの重要な言語変化を意味し ている.
そのーっとして,
(1) 日本語に語頭子音連結の生じる可能性があること.ただし,これは,
無声子音が,前後狭舌母音を狭んだ環境下に限る.
(2) 現在では相補分布となっている音素, [φ], [c]が underlying formの 日
1
より完全に分化して,それぞれ独立の新音素としての地位を 確保する可能性があること.即ち,Rule ( 1)
ぃ l U / ‑ l f J )
従って
現代日本語音韻における音声学と音韻論の間際
a. / hito / b. / huto /
49
Rule (1) cito φuto
0 6L
︑ ︐ u・ れ
φ φ
旬0
・ ・
A O '
十L
P y p u a
g m n. hu
. α
目4・
1 E
o n v u e r D T
一 一
v v
上述の変化がおきれば, [c]と[φ1は互いに新音素としての地位を確 立する.
(3) 無声子音に続く語尾の後舌狭母音の無声化現象は,現在でもすでに 生じているが,それはさらに,語尾後舌狭母音脱落現象を生じる可能性が ある.
a. / desu / b. / masu /
u ︒
Q M q u
a a m m
u︒
Q u g u
e e d d n g o n. t
・1 t e t
‑ ‑ c
o n v u e r D T
一 一
v v
以上三点から,将来の日本語には,
CCV" CVC"
という音節構造が生じる結果となり,従来の 開音節言語"としての日本 語は, 閉音節単語"をも合わせ持つこととなり, 開音節言語"とはいい
きれなくなるのである.
現在,諸外国語との接触により幾多の変化を生み,又変化途上にある日 本語にとって,上述の件は,単なる可能性ではなく,すでにハワイでの日 本語がそうである様に,近い将来必ずや生じる言語変化であると思われる 日本語音韻組織については, McCawley (1968)の様に,それをNative, Sino‑]apanese and Onomatopoeiaそして Foreignの様に区別して, そ れぞれに別個の音素を設ける試みがあるが,現行の様に,外来語が氾濫し,
且つその要因の一つに, Weinreichのいう諸外来語に対しての Prestige factorが働いている現状では, こういった外来語, カタカナ書き要素は
50 現代日本語音韻における音声学と音韻論の間際
決して無視されるべきでなく,日本語音韻組織へ導入されるべきものであ る.
以上の事からも,本論で提議してきた
/t/
に対する三音素の分離,即 ち [t],[c], [c]は重要な意味を持つものである.従って, 新しい音"が獲得された現代日本語音韻としては,ここに修正されなくてはならず,
このことは,即ち,音韻論的音と,音声学的音との間際をうめることに他 ならない.
言語は常に変化している"という言語学の真理を基に,現代日本語が,
諸外国語との接触後,新しい音素を獲得し,それと共に minimalpairが 出来つつある現状を鑑みた場合,音韻組織,またモーラ表の改定は当然の 仕事であり,音韻論的音と,音声学的音との間隙をうめる作業は,常に考 えねばならぬことである.
注
1 U. Weinreich, Language in Contact (The Hague: Mouton, 1974), p. 14. 2 Ibid. p. 26 & p. 27.
3 アメリカ五大湖地帯で話されているインディアンの言語.ブ、ルームフィールド により調査された.jpj, jbjはこの言語では非示差的である.よってjatamo:penj あるいは jatamo:piljのjpjは時には jpj,時には jbjと発音されるのであ る.詳しくは LeonardBloomfield, Language, p. 72, p. 80, p. 446などを参照.
4 オーストラリア北西部で話されている原住民の言語.現在話者は500人位.若 い世代は,英語との bilingualである Menominiと同じく ,jpj, /bjは非示 差的であり,いいかえると,有声,無声音の区別は非示差的である.音韻目録に ついては Sloatet a ,.lIntroduction to Phonology (1978)等を参照.
5 ここでの例は,筆者と O'Gradyとの個人的談話によるものである.
6 Weinreich, op. cit. p. 27.
7 これら 借用"の例はBloom五eld,LanguageのChapter25, Cultural Bor‑ rowingの中で詳しく述べられているので参照されたい.
8 無声両唇摩擦音.現在までは, (hJの異音とされ, 後舌狭母音 (uJとの結合 でよく発音される.例, (φ寸iJ(富士)(toRφuJ (立腐〕など.
9 無声歯茎破擦音.タ行, ツ"を発音する時の調音点によって発せられる.こ
現代日本語音韻における音声学と音韻論の間隙 51 こでは (tJ,(cJ, (c)と各々異なる音素である事を注意されたい.
10 モーラ"については N. Trubetzkoy, Princ勿lesof Phonology (1969)に詳 しく述べられている.このモーラの概念を利用して日本語に応用し,モーラ音素 なるものを服部四郎が設けた.これについては,服部氏 (1960,1961)及び金田 一氏 (1967)の著書に説明が詳しい.
11 /J/, /R/, /N/, /Q/の四音素間にある種の共通性のあることは周知の事実で あり,その意味でもこの四音素を設けることは妥当といえる.
/R/~/N/ /N/~ /Q/
/ ¥ / m a N (同/~ /rnaQ (k吋 /
│¥/
/J/一一/Q/等のように交替がみられる.これについては,域生伯太郎『現代 日本語の音韻11 (1977)参照.
12城生氏の上掲書参照及び,筆者自身の経験による.
13服部四郎『言語学の方法11 (1960) p. 289.
14注9にも著しておいたが, (tJは無声歯茎破裂音, (cJは無声歯茎破擦音であ り調音点はほとんど同じである.この二つの音の違いは,発声の方法,即ち破裂 音か破擦音の違いに他ならない.生成音韻論でいう distinctiv巴feature(弁別的 素性〉では, stridentの有無による.即ち (cJは(+stridJ,(tJは C‑stridJ.
15 上村 (1972)p. 305,域生 (1977)p. 113等のモーラ表を参照.
16 Okada (1975) p. 246
( ; ; : : : : J 一日誌 t ) /一日諜… ) 1
〔
+coronal] / 〔 1‑
→ ( + strident) /‑consonantal]‑1
十 consonantalj 0 / ̲一一 + high )
18 Kessにおける (cJも本編での (cJと同じ音素を示している.彼は以下の伊j を挙げている.J. F. Kess English !nfluence in the Phonology 01 Japanese as Spoken in Hawaii p. 34
/kokonac/ coconut"
/nac/ nuts"
/tel王ec/ ticket"
/tel王ec/ tickets"
19 注8で述べた如く, (<Tu)は(hu)の異音としての地{立が高く, (<T), ChJは 後舌狭母音の前では非示差的であることから, Cφ〕行から〔φu) は,はずして ある.