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オルフェウスと『リシダス』 : ルネサンス・パス トラル・エレジー論のひとつの展開

著者 清水 宏

雑誌名 主流

号 55

ページ 1‑20

発行年 1994‑02‑25

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015111

(2)

オルフェウスと『リシダス』

ル ネ サ ン ス ・ パ ス ト ラ ル ・ エ レ ジ ー 論 の ひ と つ の 展 開

清 水 宏

ミルトンの『リシダス.1(Lycidas, 1637)を解釈するとき,その手ほどき となるキー・ワードのひとつカfルネサンス・パストラル・エレジーであり,

またその主要なモチーフのひとつが作品上に登場するオルフェウスであるこ とは周知の事実である

J

この古くて新しい視点からミルトンの初期の作品

『リシダス』をあらためて検証し直してみると,いわばルネサンス・オルフェ ウスを基調とするルネサンス・パストラル・エレジーの世界が,作品『リシ ダス

J

の背後にひとつの文学的な伝統となって脈々と連なっている事実を鮮 明に見ることができる 2このルネサンス・パストラル・エレジーの成立過 程を説明する者は誰でも,遠く古代ギリシアの牧歌詩人テオクリトス,モス カス,ピオンの『牧歌詩.1(IDYL, BUCOLIC)にその起源を求めるのが通 例である.そしてラテン詩人ウェルギリウスがそれを引き継いで、,より洗練 されたラテン『牧歌詩j(ECLOGA)を確立し,かれ独自のパストラル・エ レジーの世界を唄い始める.さらにイタリア・ルネサンス期の初期において,

詩人ダンテ,ベトラルカ,ボッカッチョカTこのウェルギリウスのエクローガ を踏襲し,キリスト教詩人の手によるネオ・ラテンのパストラル世界を,こ とにわれわれの言うパストラル・エレジー(牧歌的哀悼詩)の世界を切り開 くのである.ここにルネサンス・パストラル・エレジーの隆盛の先鞭がつけ られたといえる.ちなみに彼らに続くルネサンス詩人としては,イタリアに おけるマンテュアン,アラマンニ,サンナツアーロ,カスティリオーネ,ま たフランスにおいては,マロー,パイーフ,ロンサール,さらにイギリスで は,シドニー,スベンサー,ジャイルズ・フレッチャー(父),そしてミル

(3)

オルフェウスと fリシ夕、スj

トンといったところがそれぞれ一連のエレジ一作品を世に問うことになる 3

ここで問題なのは,われわれは,はたしてミルトンの『リシダス』をテオク リトスに端を発するパストラル・エレジーの系譜に組み込んで解釈するだけ で事が足りるかである.言い換えれば,ルネサンス・パストラル・エレジー の成立過程を見るとき,今のべたその成立にいたる通史的な側面の一端を理 解するだけで,はたして作品『リシダス』を構成す二る要素すべてを捕らえ切 れるかどうかである.今日までの『リシダス

J

批評がこの点を鋭く問うてい るところである 4そこで本稿のねらいとするところは,

r

リシダス』解釈に ひとつの示唆にとむ視点を投げかけてみることにある.それは『リシダスj を基本的にはルネサンス・パストラル・エレジーの系譜に組み込みながら も,いくつかのオルフェウス的要素が必然的に『リシダス』の構成の基となっ ている事実を再認識する作業となってくるのである.すなわち『リシダス』

を始めとするルネサンス・パストラル・エレジーの成立する過程において,

このオルフェウス的諸要素がその重要な成立要因となって大きく作用してい ることをあらためて思い知るのである.ではこれらのオルフェウス的諸要素 とはどんなものか一つひとつ明らかにしながら,

r

リシダス』とその成立の 基盤となるルネサンス・パストラル・エレジーの特質をそれぞれ関連させ論 を進めてみたい.

オルフェウスがパストラル・エレジーの原形を構成する上で,まず取り上 げられるべき要素としては,彼がホメロス以前の伝説上のいわば「詩人の祖 にして楽人の祖

J

として現代に至るまで広く知れ渡っている事実である.こ こで彼のプロフィールの一端を知ることのできるこつの墓碑銘 (Sepulchra1 Epigrams, i.e.  Epitaphs)を紹介してみよう.

(1)  No more, Orpheus, sha1t thou lead the charmed oaks and. rocks  and the shepherd1ess herds of wi1d beasts. No more sha1t thou 1ull  to  sleep the howling winds and the  hai1, and the  drifting  snow, 

(4)

オルフェウスと『リシダス』 and the roaring sea. For dead thou art; and the daughters of Mne‑

mosyne bewailed thee much,丘ndbefore al1 thy mother Calliop

Why sigh we for  our dead sons, when not even the gods have  powrto protect their children from death? 

(2)  The tomb on the Thracian skirts of Olympus holds Orpheus, son  of Muse Calliop巴;Whom the tresdiso beye.d not and the lifeless  rocks followed. and the herds of the forstbeasts; who discovered  the mystic ritsof Bacchus, and first  linked vrsein heroic f t; who charmed with his lyre, even the hevysense o .fthe implac‑ able Lord of Hell, and his unyielding wrath. 

これらは『ギリシア詞華集.1(The Greek Anthology, 10th c.  A. D.)に見られ る(1)シドンのアンテイノfテル (Antipaterof Sidon, circ.  1st c. B.C.)と(2)ダ マゲートス (Damagetus,circ. 2nd c. B.C.) との手になるオルフェウスの死 に対する哀悼の詩である.詩人による詩人の祖オルフェウスを悼む詩の見本 といってよい.ここで唄われている生前のオルフェウスは,烏や獣は言うに およばず山川草木をも自らの竪琴と唄でもって魅了してやまない森に住む詩 人であり楽人であった.また彼の「オルフェウス密儀

J

の創始者としての一 面も触れられている.さらに亡き妻エウリディスを追って黄泉の固に降り,

無情のブルートー王を竪琴で和ませ,妻を地上に連れ帰る約束を得る.だが その途上,王との約束を破り彼女を再び黄泉の固に送り込む羽目に陥り,ひ たすら悲嘆の涙に暮れる.その挙げ句,パッコスの信女によって残酷なまで に八つ裂きにされ殺されるという一連の悲劇がプルートーの一節に暗示され ている.

これらの墓碑銘はパストラル・エレジーの特質を知る上で,非常に重要な 手掛かりを我々に提供する.まず(1)の墓碑銘において,詩人をしてこの場で 最も戦傑させる「死

J

の認識が Fordead thou art" (死んだ、のだ,おまえは)

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オルフェウスと fリシダス』

というエレジーの本質をなす最も簡潔で最も衝動的な表現となって定型化さ れていくのである.まず,テオクリトスの場合は神話上のダフネスの死を,

そしてピオンも同じくアドーニスの死をそれぞれエレジーの主題とする.特 にピオンの詩『アドーニスへの嘆き j(The Lament for Adonis)の冒頭に注 目したい.

1 cry woe for  Adonis and say The beauteous Adonis is  dead; and the  loves cry me woe again and say The beauteous Adonis is必ad

イタリック体のフレーズがこのエレジーの基調となって, くり返し詩人に よって唄い叫ばれ,森の中に響きわたる.それに呼応して,野も山も,谷も 泉も,すべての自然が嘆きの声を上げ涙する.

With all  the hills  'tis Woe for CY1risand with the vales 'tis Woe for  Aゐnis;the  rivers  weep the  sorrows  of  Aphrodite, the  wells  of  the  mountains shed tears for Adonis; thflowertsflush red for grief, and  Cythera's isle  over every foothill and every glen of it  sings pitifully  Woe for Cytherea, the beautωus Adonis is  dead, and Echo ever cried her  back again, The beauteous Adonis is dead Who would not have wept his  woe over the dire tale of Cypris' love? 

ここにパストラル・エレジーを形成するひとつのモチーフが見られるのであ る.それは詩人ともども万物自然が死者を弔うというモチーフにほかならな い. このモチーフは,詩人の干且にして楽人の干且であるオルフェウスカ宝自らの 竪琴でもって万物自然を魅了する秘術的な力が受け入れられる世界で初めて 成立するのである.すなわち,オルフェウスとエウリディス,ダフネスとク ロエ,ヴィーナスとアドーニス等の神話に主題を求めながら,詩人と万物が 一体となり死者に対する弔いの声を高らかに上げられる土壌が必要となる.

ここにパストラル・エレジーの成立の契機がはっきりと読み取れるのであ

(6)

オルフェウスと『リシダスJ る.この土壌はラテン・エレジストにも引き継がれる.スタティウスは『詩 歌集

J

(Silvae)の中で,森の住人すべてが詩人の父の死に対して悲嘆に暮 れる場面を現出させる.詩人の想像力を大いに駆り立てる世界でもあった.

The godesses [i.e. Muses]stand dismayed around the bard, and with  neither  voice  nor finger  make sweet me1ody.  Their queen [i.e. Ca1‑ liope]  herself  sinks  her  head  upon her  si1nt 1yre, as  when aftr Orpheus' 10ss  she ha1ted by thstream0 Hebrus, and gzedat  the  troops of beasts that listened no more,丘ndthe woods that moved not 

SlllCthestrains were gone. 

ここでは明らかにスタティウスはオルフェウスを意識して父の死を嘆き悲し むのである.

特に詩人が先達の詩人の死との遭遇に際した場合は,新たなパストラル・

エレジーの世界が展開される.それはとりもなおさず、パストラル・エレジー のアレゴリー化現象である.すなわち,死者への呼びかけがその直接的な現 実の名前から,いわば牧人の名前を借りてなされ,それが痛ましくも森や谷 間に響きわたるというパストラル独特の世界を構築する.ギリシアの詩人モ スカスにその例を見てみたい.

Be it  wa1y with you, Strymon swans, by the waterside, with voice of  moaning up1ift  you such a song of sorrow as  old  age singeth from  your throats, and say  to  the 0agrian damse1s  andke to  all  the  Bistonian Nymphs  The Dorian Orpheus is  dead." 10 

これは『ピオンへの嘆き.J (The Lament for Bion)の一節であり,シチリア 生まれの詩人ピオンに対する哀悼歌である.モスカスはピオンの名前をこれ に先立って表に出すが,寓意的に「ドーリアのオルフェウスは死んだ」と叫 ぶことによって,彼をトラキアの詩人オルフェウスになぞらえる.また「麗

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6  オルフェウスと fリシダスj

しい楽人は死んだ

J l l

と嘆き,ビオンの楽人としての名声をも惜しむ.すな わち「山羊使いのビオンは死んだ.一緒に音楽も死んだ、. ドーリアの詩も死 んだj1Zのである.完全にどオンの死がオルフェウスの死と同化され,詩人 にして楽人のオルフェウスの名声が一手にピオンの許に委ねられるのであ る.ここに「トラキアのオルフェウス」が詩人のアーキタイプ(原型)となっ てその後のパストラル・エレジーの中で特異な役割を果たすことになる.ち なみにイタリア・ルネサンス詩人のアラマンニ (LuigiAlamanni, 1495‑ 1556)も『牧歌詩j1巻「コスモ」の中で「新たなトスカナのオルフェウ スが余りにも早くに死んでしまった

J

(poiche nel mondo e spento/ Pr morte acerba il  nuovo tosco Orfeo.) 13とコジモ@ルチェライの死をオル フェウスの死に見立て,ギリシアの詩人と同じ悲しみの芦を上げるのである.

オルフェウスがパストラル・エレジーを成立させる他の重要な要素とし て,さらに次のことを強調しなければならない.死者を弔う詩人もじっは牧 人オルフェウスにあやかり,できることならば黄泉の固からその死者を連れ 戻したいとする心情を吐露する.オルフェウスをパストラル・エレジストの 祖として詩人は自らのアイデンティティを彼に見出そうとするのである.先 のモスカスの詩にその例を見てみよう.

Could 1 but have gone down into Tartarus as Orpheus went and Odys‑

seus of yore and Alcides long ago, then would 1 might see thee, and if  so be thou singest to Pluteus, harwhat that thou singest may b

Even as once she [Pluteus, i.e. Persephone) granted Orpheus his Eury‑ dice's return because he harped so swtlyso likewise she shall give  my Bion back unto the hills;  and had this my pipthepower of that  his harp, 1 had played for this in thhouseof Pluteus myself. 14 

モスカスは死者ピオンをオルフェウスになぞらえ,同時に自らをオルフェウ スに見立てるという視点をこのエレジーで見事に打ち立てるのである.それ

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オルフェウスと『リシダス』 は他ならぬオルフェウスに付与される資質から来るのである.すなわち,詩 人の祖にして楽人の祖であるオルフェウス,最愛の妻エウリディスの死を悼 むオルフェウス,自らの悲惨な死に様で悲嘆の涙に暮れさせるオルフェウス,

これらの資質があいまって後世のエレジストにその詩作の良き範となりメン 卜ールとなるのである.先に見たルネサンス期の詩人アラマンニもまったく 同じ心情を唄っている.

Ah, could 1 but like  good, Thracian Orpheus, like  the fierce  Tiryn‑ thian, and the  wise  Ulysses descend yonder, whrethou art  in  the  dusky realms'  F or  by relating to  fair  Proserpina and to  great Pluto  how thworldis  now saddened by thdpartureperhaps 1 could fill  them with such pity that thou mightst yet rturn.15 

さらにオルフェウスが森の住人であり牧者であることがパストラル・エレ ジーの成立において無視できない要素であることをここで再確認しておきた い.まずウェルギリウスの『牧歌詩j (X, 31) 

I

アルカディアの者のみが唄 う術を心得ている」とガッルースに言わせているが,牧者であるこのアルカ ディアの住人が詩人となり楽人となって森を俳個し,その楽の音が森にこだ まする.いわばアルカデイアをパストラル世界の象徴的な地(トポス)とし,

さらにその住人を詩人の象徴ともするのである.ちなみにウェルギリウスは 他の箇所で羊飼いのリシダスを他の羊飼いをして「牧歌詩人

J

(VATEM  PASTORES) 

U

牧歌詩j

x r

, 34)と呼ばせ,また他の箇所で牧人ティテゥ ルスを「一人のオルフェウス 森の中のオルフェウスにしよう

J ( r

牧歌詩』

珊, 55‑56)と言わせている.このことはオルフェウスを森の詩人のアーキ タイプとみなすひとつの証しとなる.この事実はルネサンス詩人ベトラルカ の『牧歌詩j10巻の中でより明確に述べられている.さらにこのことを再認 識する意味で少し引用してみたい.

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8  オルフェウスと Iリシダスj

There was another whose song was wont to  tame raging lions, vener‑ able for. his years and acclaimed for his harp and his justice. He w

the first  of the  woodsmen [SIL V AR UM PRIMUS]:  in  days  of  old一 Thrace was witness ‑ solely  by swetnessof  notes  he moved th

Rhodopian summits, and with his chords persuasive checked the im  petuous Hebrus. 16 

ここに言及されているのはオルフェウスである.特にSILV AR UM PRIMUS  に注目ヒたい.ラテン語のSILVA[pl.  SILVA司の第一義は「森jであるが,

上記に挙げたラテン詩人スタテイウスが『詩歌集』を SILVAEと命名して 以来,詩歌の「作品集」ないしは「小品集」という意味が派生的にそれに付 与されたのである 17例えばこれにちなんでベン・ジョンソンが自らの作品 をTHEFORESTと名付けた.その中で自分もあの古のオルフェウスに劣 らず木石をも動かすほどの詩歌を作ろうとする 18さらに彼は別の小品集を UNDER‑WOODS CONSISTING OF DIVERS POEMSと名をうち,その扉 に「読書へ」として次のように解説する.

With the same leave the Ancients call'd  that kind of body Sylva, or  U A 1J' in which there were works of divrsnatl問 、 andmatter congest‑

ed;as the multitude call Timber‑trees, promisciously growing, a Wood,  or Forest, of later growth, by this  of Under‑wood, out of the Analogie  they hold to the Forest, in my former bookε, and no otherwis 19

ジョンソンはいつかは森へと成長する「下生え」とでも言う意味合いの「小 品集」か「作品集」のつもりでこう命名したのであろう.ここから次のよう な類推がさらに生まれるのである‑

r

森」に踏み込むとはパストラルの世界 に踏み込むことであり,ひいては詩人が牧歌詩の世界に踏み込むことを意味 する.反対に詩人が「森

J

から抜け出すことは牧歌の世界から足を洗い,別

(10)

オルブェウスと『リシダスj の詩歌の世界(ルネサンス的コンテキストからすれば英雄叙事詩の世界)へ

と移行することになる.このアナロジーをミルトンはうまく彼の作品に組み 込んでいるといえる.すなわちミルトンはラテン・エレジー『ダモンの墓碑

銘 . 1

(EPITAPHIUM DAMONIS)において「おお,退け,森よ,おまえは」

(vos cedite, sil vae) 20と宣言するのである.これはミルトンのパストラル・

エレジーへの決別宣言である.このようにラテン語SILVAEはパストラル の世界を的確に象徴する言葉となる.そしてオルフェウスが最初の森の住人 となり,パストラル・エレジストとなって,後世のエレジストの道を指し示 す役割を担うのである.

以上のようにパストラル。エレジーの原型を構築する上で,いくつかの基 本的なオルフェウス的要素を順次取り上げてきた.ここいらでミルトンの『リ シダス』を中心において,それらの,また新たなオルフェウス的諸要素を取

り出しながら,作品『リシダス』の特質を,ひいてはルネサンス・パストラ ル・エレジー全般の特質を見極めていきたい.この作業の中で,ルネサンス・

パストラル・エレジー独自の世界が作品『リシダスj にみごとに展開されて いることを我々はあらためて見るであろう.

ミルトンは『リシダス』の冒頭にエピグラフを記す.その中で彼はこの作 品をモノディー (MONODY)と呼んで、いる事実に注目したい.簡単に言えば,

それはソロ・シンガーによる哀悼歌を意味するが,ここでルイーズ シュレ イナーが取り上げる当時のイタリアで流布したドーニ (G.B. Doni)の『音 楽 の 様 式 と 旋 法 に 関 す る 概 論

J

(Conpendio del Trattato de' Generi・ede' Modi  della Musica, 1635)を紹介する価値があろう.

In calling  Lycidas" a monody he indicated what could be surmised  anyway, that his  pastoral  lamento in  modified canzone verse was re‑ lated to  contemporary monodies, dramatic monologues usually of la‑ ment, sung in  camera, laegely in  recitative ‑ for which modofper‑

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10  オルフェウスと fリシダス

J

formance Lycidas" is  well suitd21 

こ れ は ミ ル ト ン が 『 リ シ ダ ス

J

を 「 劇 場 ( 表 現 } 様 式

J

(STILE  RAPPRESENTA TIVO)の一環として,エレゲイア形式でなく,カンツォー ネ形式で全体を唄いあげたとする視点である.この視点はF.T.プリンスや G. L.フイニイーらによっても主張されている 22ドーニはイタリア・フィ レンツェで、興った古代ギリシア音楽なかんずくギ、リシオ悲劇を忠実に再現し ようとするグループ「カメラータ

J

(CAMERA TA)の一員であった.ギリ シア人に真似てモノ、ディ一風に唄うという考え方に立てば,独唱の声は言葉 の自然な流れとアクセントに従って自由なリズムで朗唱するようになると彼 らは考えた 23この結果生まれたのが初期のイタリア・オペラであり,その 代表作はベーリとカッチーニの曲でオッターヴィオ・リヌッチーニの台本に よる『エウリディーチエj(Euridice, 1600)であり,またモンテヴ、ェルデイ 作曲のストゥリッジョ台本による『オルフェーオ j (0ザ

e o

1607)である.

これらに先立つタッソーの『アミンタ.1(Aminta, 1573)やグアリーニの『忠 実な牧人j

Pastor Fido, 1590)に代表されるパストラル・ドラマも自由 なカンツォーネ風の劇形式で書かれたのである.この一連の流れの中に『リ シダス』を置くことによって, ミルトンがモノディーと自ら呼ぶところの作 品の本質がよりはっきりと見えてくる.すなわち『リシダスjがソロ・シン ガーによるカンツォーネ形式で唄われることによって,その音楽的側面がよ り浮き彫りにされるのである.オルフェウスはこのルネサンス期においてパ ストラル・エレジーという詩の世界に留まることなく,このように劇場やオ ペラ・ハウスにまでその主題を提供していくのである.言い換えれば,ルネ サンス・パストラル・エレジーにこの音楽性が反対に付与されてくるといえ

る.

『リシダスjがカンツォーネ形式で唄われているということは,ダンテの カンツォーネ論からすれば,長短入り交じったスタンツァの連鎖から全体が

(12)

オルフェウスと『リシダス』 11  成り立っていることを意味する 24このスタンツァは「あらゆる技法を収容 するに足る小部屋もしくは容器を意味し

J

25さらに「一定の旋律と調和的配 置の条件のもとで詩句と音節を結合したものであるJ.26では全体が11のスタ ンツァからなる『リシダス』はいかなる一定の旋律と調和的配置の条件のも とに構成されているのか.ここでは次の五つのセクションに大きく分けてこ のエレジーの内容を見てみよう.すなわち(1)ソロ・シンガーによるプロロー グ(1‑14)  (2)詩神たちへのインヴォケーション(呼び出し)(15‑84)  (3)葬 送者の行進 (85‑131)(4)死者の霊への慰め(132‑185)(5)詩人によるエピロー グ(コンミアート) (186‑193)となろう.なおそれぞれのセクションを見る 場合,我々の視点であるオルフェウス的要素とルネサンス・パストラル・エ

レジーの背景を踏まえて論を進めたい.

まず(1)のソロ・シンガーと(5)の語り手の詩人との関係に注意したい.(5)の 語り手は荘重な8行詩(オッターヴァ・リーマ)でもってこの詩を締めくく る.カンツォーネの末尾に付して,詩人が唄に寄せて締めくくりの感想、を唄 う,いわゆるコンミアートである.一部引用してみよう.

Thus sang the uncouth Swain to th' Oaks and rills,  While the still morn went out with Sandals gray;  He touch'd the tender stops of various Quills,  With eager thought warbling his Doric lay: (186‑189) 

この手法はなにも『リシダスj だけではなく,ロンサールのエレジー『アド ニス.1(AaI is) においても使われている

r

かくしてヴィーナスは語り終 えた.そして亡き人の唇に唇を重ね,涙して最後の吐息をわがうちに吸い求 めた.

(Ainsi disoit  Venus, qui sa leure  approchantl Sur les  leures  du  mort, pleurante alloit cherchantl Les reliques de l' ame, 347‑49) 27ソロ・シ

ンガーによって唄われた世界を額縁のようにある一定の空間に配置すること ができる効果をこれらはもつのである.そしてソロ・シンガーのプロフイー

(13)

12  オルフェウスと『リシダス

J

ルが極めて客観的に語られ得る.

r

リシダスj の場合は「名も知られぬ粗野 な若者」が麦笛 (myOat, 88)でもってさまざまな音色を奏でまた唄ったの である.これは詩作当時の偽らざるミルトンのプロフィールである.このエ レジーを書く契機となったのは親友のエドワード・キングが海難事故で若く して死んだからだ.その『追悼詩集J28に名を連ねなければならない,だが まだ詩人としてのその技量は持ち合わせていない それには早過ぎるとする ミルトンの心境をよく表わすものである.さらにいえば「詩集」を表わすギ リ シ ア 語 ア ン ト ロ ギ ア (ANTHOLOGIA)の語源は「花を摘むこと」

(FLOWER‑GATHERING) である.先に見たラテン語「シルヴァエ」

(SIL VAE, FORESTS) が派生的に「詩集」を意味したことと関連して言 えば,森に踏み込み,花や葉を摘むにはまだ早過ぎ,未熟過ぎるとするアレ ゴリーが成立してくる.それゆえに『リシダス』のプロローグのもつ意味が アレゴリカルにこのエピローグからはっきりと見えてくるのだ.

r

リシダスj を解釈する作業はある意味でその隠されたエソテリックな意味を掘り起こし 明らかにしていく作業となるのである.

プロローグの歌い手である「粗野な若者j はこのようにミルトンの分身で もある.だがそれ以上にオルフェウスの分身となって急いで森の中に立ち入 るのである.それはちょうどスベンサーの『羊飼いの暦』 牧歌詩12月[Dido]

のコリンと同一状況といってよい.

Thenot, to that 1 choose thou dost me tempt:  But ah! to well 1 wote my humble vaine,  And howe my rhmes bberugged and unkempt: 

Yet, as 1 conne, my conning 1 will strayne. 29 

コリンも溺死したデイードのためにつたない悲しみの調べを唄い出す.この 調べはさらにマローのエレジー『サヴォイのルイーズ皇太后への嘆き

J

へと さかのぼっていく.必要に迫られあるいは同僚の牧人に無理に請われて唄い

(14)

オルフェウスと『リシダスj 13  出す点は共通するのである.ということはパストラル・エレジーの出だしの ひとつのコンヴ、ェンションと見ていいかもしれない.そこには謙虚さと秘め られた野心が見られなくもないが.

だが,溺死したキングも詩人とじての資質を十分兼ね備えた前途ある若者 であった.ゆえにこの若き詩人リシダスを弔わない詩人が呆たしていていい のかという強い義憤もこの出だしからすでに伺えるのである.というのは,

「酸っぱい青い実をもぎ取り

J

(pluck your Berri harshand crude) , 

r

れる時を待たずに葉叢を散らしたり

J

(shatter your leaves beforthmel‑ lowing year)したのはこの粗暴な若者だけではなかったからだ.他ならぬ「残 忍な死jがキングの若き命の未熟な実と葉叢を散らしてしまったからである.

ここにイメージの重複が見られるのである.カステイリオーネの次の一節が ミルトンの念頭にあったにちがいない.

The reaper does not gather before its  time thyoungwheat, the rude  husbandman does  not pluck the  unripe  fruit:  but savage death  has  plunged thee [Alcon] in  black Avernus before thy tim and has laid  greedy hands upon thy springing years30 

さらにキングの溺死は,イメージとして, トロキアのヘブロス)1!からエーゲ 海へ,さらにレスボス島へと漂うあの八つ裂きにされたオルフェウスの死体 とつよくダブるのは, ミルトンならずともパストラル・エレジストなら誰で も心底感じ取るのである.

(2)のセクション (15‑84) においてこの「若者」がすることは詩神を始め とする森の住人を呼ぴ出し,今は亡きリシダスを偲ぴ悲嘆に暮れることだ、っ た.ただし主旋律を唄うのはあくまで若者であり他のものは伴奏とコーラス 的役割を果たす.この哀調に帯び、た音が森にこだまするパストラル・エレ ジー独特のコンヴェンショナルな世界がここに見られる.生前ともに過ごし た回想シーンから現実に戻ってその友が死んでおらないと認識する瞬間の

(15)

14  オルフェウスと『リシダス』

トーンの変化は悲劇的であり,オペラの通奏低音の伴奏を伴うひときわ痛切 なアリアとなろう.

r

だが,おお何と悲しい変わりょうか,今は君はいない,

今は君はいない,二度と帰ってきはしないのだ

J

(But 0 the heavy change,  now thou art gone,l Now thou art gone, and never must return!)  (37‑38) 

と唄いだすスタンツァである. ミルトンはここでモンテヴェルディの『オル フェーオ』の中でエウリディスの死を知らされた直後のオルフェウスの言葉 が耳の底に響いていたに違いない.

Tu se' morta, mia vita ed io respiro?  Tu se' da me partita 

Per mai piu non tornare, edio rimango? 31 

Thou art  dead, my life, and  1 am living.  Thou now from  m art sever'd.  sever'd from me now forever.  Thou mayest rεturn never and  shall 1 remain? 32 

この親しい人の死の認識は,先に述べたように,パストラル・エレジー全般 に見られる詩人の魂を最も揺るがす瞬間であり芸術的に最も昇華された簡潔 な詩句を生み出すのである.

リシダスの死の瞬間に思いを馳せる時若者の発する言葉は「どこにいたの かニンフらよ

J

(Where were ye Nymphs. . .?)  (50)と怒りの調子に変わる.

これはテオクリトス

( W

牧歌詩j1, 66)やウェルギリウス

( W

牧歌詩j

X

,  9 ‑10)譲りの定型化された疑問である.問題は次に若者の頭によぎるオル フェウスの死の瞬間である.

What could the Muse herslfthat Orpheus bore?  The Muse herself, for her enchanting son  Whom Universal nature did lament, 

(16)

オルフェウスと『リシダス』

When by the rout that made thhideousroar,  His gory visage down the stream was sent,  Down the swift Herbrus to the Lesbian shore? (58‑63) 

15 

オルフェウスの母の詩神カリオベーへの恨み節で、ある.詩神すらどうするこ ともできなかったのに,ましてやニンフや我々に何ができたというのかとす るいささか自廟気味なトーンをヲ│っ張るのである.ミルトンは推蔽をかさね,

このオルフェウス・パッセージを三度修正しているのである 33この事実は ミルトンにとってオルフェウスが『リシダス

J

執筆に際していかに重要な要 素であったかを物語る.この唄い手の若者の心境は先に挙げたシドンのアン ティパテルの墓碑銘に記されている「神々ですら自分の子を死から守ってや ることも出来ないというのに,死んだ子を嘆いたとて[何になる]Jとまっ たく同じトーンである.

このあと若者は詩神を頼みとして詩作を続けて行く事に絶望感をつのらせ ていく. しがない羊飼いの仕事に励んだとて何の益があるのかとアレゴリカ ルに表明するのである. しかし「名声はこの世の土に生える草木ではない.

ー←天上のかほどの名声を汝の報酬として待ち望め

J

と太陽神フイーボスに 諭される.このいわゆる「フェイム・パッセージ」には栄光と名声を飽くな きまでに追い求めるルネサンス詩人の声が色濃く反映されているのである.

その好例のひとつにベトラルカのラテン『牧歌詩.1

( 1

, 120‑24)の末尾を 紹介したい.

Hitherto, great though his[Scipio] fame, he has wanted a singer.  His  virtue Merits a proper reward. So timidly 1 have been shaping Vers

to laud him. 1'11  try my skill, my voice may avail me; And on my mod‑

est reed 1'11  sing of onworthyof Orpheus. Go then, if  you must, in  safety. Have a care for throadand its hazards. 34 

(17)

16  オルフェウスと fリシダスj

身を低くしながらもパストラルの世界に踏み込み駆り立てられゆく詩人の姿 がここにある.オルフェウスの名に相応しい詩人に自らならんとするベトラ ルカがここにある.詩神への思いが彼を燃え立たせ,名声への欲望が彼を駆 り立てるのである.事実ミルトンもまたこの思いにひそやかに身を焦がした 詩人であったのだ 35

三つ目のセクション (85‑131)はいわゆる葬送行進曲の感を呈するところ となる.若者の麦笛を聞きつけて6人の弔いのものが参列する.リシダスの 海難現場に居合わせた海神ネプトューンの使者トリトーンやケンブリッジの 河神ケイマス,それにガリラヤ湖の水先案内人ベテロらである.河神ケイマ スはリシダスの恩師のひとりで,

r

わが最愛の子を奪ったのは誰だ

J

(Who  has reft my darestpledge?, 107)と痛切な声を上げんばかりである. my dearest pledge"に注目したい,サンナツアーロの『アルカーデイア j11巻 の『牧歌詩』でこれと同じ意味のフレイズ miocaro pegno"  (72)を使っ ている 36この詩はサンナツアーロがエルガストの名を借りて死んだ母に捧 げたものである.この場合は子が母に呼びかけたものである.エルガストは 自らをオルフェウスになぞ、ってさらに詩神に訴える.

And if  my verses are not so far renouned 

as those of Orpheus, yet should pity in heaven  make them sweet, and filled with devotion37

このフレイズのみならずこの詩の何か所かは『リシダス

J

の場面を訪悌とさ せる.

r

ヒアキントス・パッセージ

J

がそのひとつである

[ r

リシダス j(105

6), 

r

牧歌詩j(31‑33)]. さらにこの詩はモノデイーで唄われていることか らしても, ミルトンの参考としたエレジーのひとつであったであろう.

次に来る聖ベトロのパッセージ (110‑31)はローマ教皇庁の堕落ぶりを糾 弾するものとして有名である.エレジーにおいてこのようなサティリカルな トーンをもっ例として,マンテュアンやスペンサーが広く知られている.こ

(18)

オルフL ウスと『リシ夕、ス』 17  こではオルフェウスとの関連で少し触れてみたい.従来このパッセージ、はパ ストラル・エレジーには相応しくない箇所として非難された. しかしオル フェウスを範とするエレジストはオルフェウスの預言者的かっ祭司的詩人と しての資質を持ち合わすのである.それは先に挙げたウェルギリウスのラテ ン語

VATEMPASTORES

と関係する.特にラテン語「ウァーテス

J (VATE

S)  にはモーセ,ダヴィデ,エレミアを含む宗教詩人(テオロギア)の意味が付 される.それはボッカッチョやシドニーの『詩論j をひもとけばよく解 る 38オルフェウスは清貧にして菜食主義者的ピューリタンとしても知られ ていた.このようなコンテキストからして必然的にミルトンはベテロをして このような糾弾に出たものと思う.ちなみにマンテュアンの『牧歌詩j9巻

「ファルコ」がここの重要の下敷きとなっていることはよく知られている.

だがその中でオルフェウスに張り合う詩人がその糾弾の先鋒に立っている事 実は余り指摘されていないのである 39

紙面が尽きたが『リシダスjの死者の霊への慰め(132‑185)の場面につ いてーご言及してみたい.ここから詩人のトーンが変わる.まず指摘したい のはオルフェウスは古来オシリウス,タンムズ,アドーニスらと並んで黄泉 下り(カタパシス)をしたひとりであり,復活の象徴もしくはアポテオーシ ス(神格化)されたギリシアの祭司的詩人であった.彼は中世,ルネサンス 期を通じてイエス・キリストのひとつのタイプとなって流布した 40この意 味でルネサンス・パストラル・エレジーの結末はたいてい死者は天上に上げ られていく.これが弔う者の大いなる唯一の慰めとなったのである.先に挙 げたモンテヴェルディの『オルフェーォ』においても父アポロンの同情をか い文字通り昇天する.サンナツアーロの『牧歌詩j5巻がそうでありスベン サーのエレジー『アストロフェル』もそうである.スベンサーは高らかに唄 う

r

常しえの至福にかの人は生きている,麗しの御霊となって二度と死を 恐れることなく.J41マローもしかりである.特にルネサンス・パストラル・

エレジー特有のリフレインの転換が見られる.

r

唄え,わが詩よ,唄え.す

(19)

18  オルフェウスと『リシダス』

べての喜ぴよ,さようなら

J

(Chantz,mes vers, chantez: Adieu liesse.")  から「やめろ,わが詩よ,思い煩うことを

J

(Cessez, mes vers, cessez de  vous douloir.つへといわば転調するのである 42このようにリシダスも,一 度は海に沈んだがキリストを通して天上に上げられ寿ぎの歌を聴くのであ る.まさしくソロ・シンガーの『若者j の朗々とした歌声が「死」に対する 勝利となって森に響き渡るのである.そしてミルトン自らの肉声で先に見た エピローグすなわちコンミアートの幕を静かに引くのである.

以上のように『リシダス j は古典から脈々と流れるルネサンス・パストラ ル・エレジー固有の世界をもちつつ,オペラの「音楽によるドラマ

J

(Dramma 

per musica) としての特質をも備えているのである.この両者を結ぶのは詩 人の干且にして楽人のネ且であるオルフェウスにほかならない.ことのほかルネ サンス・パストラル・エレジーの世界で息吹くオルフェウスの姿は印象深い ものである.ルネサンス・コンテキストの中で『リシダス

J

を解釈してみる とその奥行きの深さに感嘆するばかりである.何にもまして『リシダス』固 有のアレゴリーに包まれたいわば,エソテリックな世界を遺遥するにはいく つかの扉を一つひとつ開けていかなければならない.そうでなければ,なか なかその実態を我々の前に示してくれないのがルネサンス。パストラル・工 レジーの世界であり,

r

リシダス』の世界である.

1 オルフェウスの視点からの『リシダス』論としてはまずCaro1ineW. Mayerson,  The Orpheus Image in Lycidas," PMLA, 64 (1949) 189.207; Patricia Vicari,The  Triumph of Art, the Triumph of Death: Orpheus in Spenser and 1¥ilton"Orpheus:  the  Metamoruplwses 0/ a Myth, edited  by Joh11 Warden (Toronto:  University  of  Toronto Press, 1985) 207.230; Charles Segal, Orpheus: the Myth 0/ the Poet (Balti‑ more: The Johns Hopkins U. P., 1989)等が挙げられる.

2 Cf.  Scott Elledge, ed., Milt聞き Lycidas"(New York: Harper & Low, 1966);  Thomas Perrin HarrIson, The Pastoral Elegy:  an Anthologッ(New Y ork: Octagon  Books, 1968); Ellen Zetzel Lambert, 目 的'ngSorro似目AStua砂0/the Pastoral Elegy  Convention /rom TheocritusωMilon(Chapel Hill:  the University of North Caro1i‑

(20)

オルフェウスと『リシダス』 19  na Press) 154‑186; G.  W. Pigman III, Grief and English Renaissance Elegy (Cam‑

bridge: Cambridge U. P., 1985) 104‑124; Sukanta ChudhuuRenaissance Pastoral  and its English Developments (Oxford: Clarendon Press, 1989) 414‑426 

3 Cf.  Walter W. Greg, Pastoral Poetη& Pastoral Drama (New Y ork:  Russell & 

Russell, 1959);  Thomas G.  Rosenmeyer, The Green  Cabinet:  Theocritus  and the  European Pastoral Lyric (Berkeley: University of  CaliforniPress1969);  Helen  Cooper Pastoral: Mediaeval into Renaissance (Ipswich: D. S.  Brewer, 1977); D.  W  Rosenberg, Oa Reedsand Trumpets: Pastoral and Epic in  Virgil尋問S andMil‑ ton (London: Associated U. P., 1981); Richard Mallette, Spenser, Milton, and Re‑ nazssan Pastoral(Lewisburg: Bucknell University Press, 1981) 

4 Cf. A. S. P. Woodhouse and Douglas Bush, eds., A Variorum Commentary on the  Poems of John Milton:  The Minor English Poems (London:  Routledge  & Keg

Paul, 1972) Vo. 1II, Part II:  549‑636 

5 W. R. Paton, trans., The Greek Anthology, 5 vols. (London: William Heinemann,  1960) 27&9

6 W. R Paton, 2:  9. 

7 ].  M. Edmonds, trans., The Greek Bucolic Poets (London: William Heinemann,  1970) 387

8 ].  M. Edmonds, 389 

9 ].  H.  Mozley, trans., Statiω, 2 vols.  (London: William Heinemalln, 1955) 1:  305 

10  ].  M. Edmonds, 445.  11  ].  M. Edmonds, 445  12  ].  M. Edmonds, 445  13  Thomas P. Harrison, 128  14  ].  M. Edmonds, 445.  15  Thomas P. Harrison, 133 

16  Thonas G. Bergin, trans., Petrarch's Bucolicum Carmen (New Haven: Yale U. P.,  1974) 155 & 157. 

17  Cf  Silvae," The Oxford CnpanionωClassicalLiterature, New ed. 1989  18  William B. Hunter, r. ed., The Complete Poetry of Ben Jonson (New Y ork: The 

Norton Library, 1968) 104‑105  19  William B. Hunter, J. r117 

20  Merritt Y. Hughes, ed., John Milton: Complete Poems and Major Prose (New York:  The Odyssey Press, 1957) 137 

(21)

20  オルフェウスと

r

1)ーシダスj

21  Louise Schleiner, Tlw Living Lyre in  English Verse From Elizabeth Through the  Restoration (Columbia: University of Missouri Press, 1984) 103. 

22  Cf F. T. Prince TheItalian Element in Miltoπv'erse(Oxford: At the Clarendon  Press, 1954) 84‑88A.S. P Woodhouse 565 

23  D. Jグラウト著服部幸三/戸口幸三共訳 f西洋音楽史=上J(東京:音楽の友社,

昭和47年)362頁.

24  岩倉具忠訳注 fダンテ俗語試論j (東京:東海大学出版会,昭和59年)113頁.

25  岩倉具志、訳注, 113 26  岩倉具忠訳i 115頁.

27  Thomas P Harrison. 173  28  Scott Elledge, 150‑160  29  Thomas P. Harrison, 175  30  Thomas P. Harrison113

31  Alessandro Striggio, 'Orfeo (A.rchiv Production1955)14 

32  Alessandro Striggio. L 'Olfeo trans., Robert Stuart, (il.rchive Production, 1955)  14 

33  GeoiIry Tillotsonedj1ilton5 The  minor Poems B.Leishman (London:  Hutchinson of London1969)291‑320 

34  Thomas B. Bergin. 15  35  C .fMilton. Ad Patrem. 101‑104 

36  Enrico Carrara.  edOperedi  Iacopo Saπηαzarο(Torinese: Unione Tipografico,  1952) 188 

37  Ral ph N ash trans JacopoSannazaro: Arcadiα& Piscatorial  Eclogues (Detroit  Wayne State U. P..  1966) 130 

38  Cf拙論「ルネサンス詩論にみるオルフェウス像:その成立と背景をめぐって

H

スフォデル

J

,第27 (京都:同志社女子大学英文学会, 1993) 1‑17頁.

39  C. fMantunEcloga, IX, 212‑216  40  Cf larden51‑83 

4J  Thomas P Harrison. 192  42  Thomas P. Hrrison.139 & 143 

参照

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