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ミャンマーの情勢 と企業経営環境

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Academic year: 2021

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(1)

ミャンマーの情勢 と企業経営環境

丹 野 勲

は じめに

アジア諸国で、潜在的には大 きなポテ ンシャルのある国であるが、政治的問 題 によ り、残念 なが ら発展が阻害 されてい る国 として ミャンマーがある。

ミャンマーは、面積が約67万平方 キロ (日本 の約1.8倍)で、人 口が約5,700 万人で、東南アジアで大 きな国の一つである。民族別 にみ ると、 ビルマ族が約 70%、シャン族 が約8.5%、カイ ン(カ レン)族が約6.2%、アラカ ン族が約4%、 華人が約3.6%、モ ン族が約2.5%、チ ン族 が約2%、イ ン ド系が約2%、カチ ン族 が約

1 . 4 %

となってい る。 ミャンマー は、民族 の宝庫 といわれ るほ ど多様 な民族 が存在す る。言語 は、 ミャンマー語 、宗教は仏教 (人 口の約90%)、キ

リス ト教 (約5%)、イスラム教 (約4%)である。

本稿 では、 ミャンマーの政治、経済、投資環境 、人的資源 を中心に、著者 の 現地調査の結果 を踏 まえて、最新の ミャンマー情勢 について考察す る0

なお、本論文は、神奈川大学国際経営研究所 「アジアのコーポ レー トガバナ ンス と文化」お よび文部科学省科学研究費補助金基盤研究

C

「アジア ・太平洋 のフロンテ ィア地域の国際経営」 (課題番号18530309)の研究成果で もある。

1

節 ミャンマーの政治 と国際環境

ミャンマー政府 は、2005年11月、首都 をヤ ンゴンか ら突如 ミャンマー中部の 都市 ビンナマ‑近郊‑のネー ビー ド一に首都移転 を発表 した。2008年までに各 197

(2)

省庁の移転がほぼ終わ り、閣議 も行 われてい る。大統領府 が完成 し、国会議事 堂の建物 も完成 してい る。

ミャンマーの政治体制 は

、1 9 8 8

年 国軍の クーデ ター以降現在 まで軍事政権 で あ る。議会 は人民議会議 (席数 は

4 9 2 )

であるが、現在 は停止 され てい る

。9 0

年実施 の総選挙 で、ア ウン ・サ ン ・ス‑チ‑女史率い る国民民主連盟が勝利 し た ことに対 し、軍政は憲法制 定が先である と主張 し、人民議会 は閉鎖 された。

2 0 0 7

年9月には、民主化デモ に対す る弾圧 があ り、国際的に非難 を浴びた。

日本人 ジャーナ リス ト永井 さんが、デモ取材 中に軍人 によ り発砲 を受 けて死亡 した

。2 0 0 8

年9月、 ミャンマーは、サイ クロンに よ り大 きな被害 を受 けた。

2 0 0 7

年 か ら憲法草案が議論 され た

。2 0 0 8

年5月 に憲法草案 に対す る国民投票 が実施 され

、9 2 . 4 8%

とい う圧倒的多数 で採択 され た。

ア メ リカ、

EU

な どの欧米諸 国は、軍事独裁 政権 、ア ウンサ ン女 史の軟禁 な どに極 めて批判 的な対応 である。 アメ リカは、経済制裁 、援助 ・直接投資の禁 止措置 を実施 してい る。 世界銀行やIMFな どの国際機 関の援助 は原則停止 して い る。 これは、 ミャンマーのイ ンフラ建設 に とって大 きな障害である。 しか し、

中国、ロシア、アセアン、イ ン ドな どは、 ミャンマーに対 して友好的立場 をとっ てい る。 中国は、電力、鉄道 、道路 な どのイ ンフラ関連 で支援措置 を行 い、対 中経済交流 が活発化 してい る。 アセ ア ン との関係 では、 ミャンマー が

AFTA

加盟 した こと、マ レー シア、 タイ との天然 ガス、食料 な どの貿易、投資が活発 である。 日本 とは、援助 と貿易関係 は継続 してい る。

ミャンマーの現在 までの政治体制 と情勢 について概説 してみ よ う(1)。

1

. ネ ・ウィ ン政権

1 9 4 7

年 の新憲法 に基づ き

1 9 4 8

年1月独 立後 、 ウ ・ヌ首相率い る 「反 ファシ ス ト人民 自由連盟

( AFPF

L)」が多数党 として政権 を担 当 していたが

、1 9 5 8

年 同連 は内紛 によ り分裂 し政情が不安定 となった。 このため、 ウ ・ヌ首相 は国軍 に事態の収拾 を依頼 し、同年

1 0

月ネ ・ウィ ン最高司令官 を首班 とす る選挙管理 内閣を樹立 した。ネ ・ウィ ン司令官率い る国軍は

、1 9 6 2

3

月 クーデ ターによ

り政権 を掌握 し、直ちに革命評議会 を設置 した。ネ ・ウィ ンは、クーデ ター後、

ビルマ社会主義計画党

( BS PP)

を設 立 し、 同党の一党支配 の下、社会主義経

(3)

済政策 を進 めた。 これまでの経済政策か ら転換 して、閉鎖的な ビルマ式社会主 義 を採用 した。ネ ・ウィ ン司令官は、 ビルマ社会主義計画党の議長 に就 くと共 に、大統領 にも就任 し、絶対的な指導権 を掌握 した。

この閉鎖的な ビルマ式社会主義は、長期 にわたる経済停滞 をもた らした。 国 営化 した企業 ・事業部門の経営は非効率で、生産は停滞 し、各種の国家統制は 国民の生産意欲 を減退 させた。80年代後半なって長年 の経済困難、軍の力 を背 景 とす る一党支配等 に対す る国民の不満 が高ま り、1988年6月以降ネ ・ウィ ン 政権の退陣を求める全国的な民主化運動に発展 した。

2.国家法律秩序回復評議会 (SLORC)政権 の登場

ソー ・マ ウン司令官率い る国軍が1988年9月18日にクーデ ター を起 こし全権 を掌握 した。 国軍 は、 クーデ ター直後 、 国家法律秩序 回復評議会

( S LORC;

S t a t eLa w a n dOr d e rRe s t o r a t i o nCo u n c i

l) を設 立 し、 ソー ・マ ウン司令官が 議長 に就 いた。

国家法律秩序回復評議会政権は、1990年5月に複数政党制 による総選挙 を実 施 し、ア ウン ・サン ・スー ・チー女史な どが率いる国民民主連盟

( NLD; Na t i o n a l Le a g u ef o rDe mo c r a c y)

、4 8 5

議席 中392議席 を獲得 して圧勝 した。 これ に対

してネ ・ウィ ン政権 当時、唯一の政党であった ビルマ社会主義計画党の後身で ある 「国民統一党

( NUP; Na t i o n a l Un i t yPa r t y)

」は当選 が10議席 のみであ り大 敗 した。

しか し、 この総選挙で選 ばれた議員で構成 され る国会 (人民議会)は開かれ なかった。人民議会は解散 されたままで、立法機 関 としての任 には、軍事政権 の母体である国家法律秩序回復評議会

( S LORC)

が これ に当ってい る状況が 続いた。 国民民主連合 は総選挙後、早期の民政移管実現のため暫定憲法 を作成 し、それ によ り政権委譲 を図 ることを求めた。 これ に対 して国家法律秩序回復 評議会は、政権委譲のためには しっか りした新憲法 を作成す ることが必要であ ると主張 した。 1992年4月、 ソー ・マ ウン議長は辞任 し、タン ・シュエ副議長 が議長に就任 した。現在まで、このような軍事政権による体制は基本的に変わっ ていない。

軍政は、93年1月に新憲法の基本原則 を審議す る国民議会 を開催 した。 しか 199

(4)

し、国民民主連合は、国民会議 をボイ コッ トし、93年3月に休会 した。

2000年か ら、ア ウン ・サ ン ・スー ・チーが率いる国民民主連盟 (NLD)と軍 事政権 との、民主化 に向けての話 し合いが始まってい る状況である。

3.新憲法制定 と総選挙の実施

2003年8月、キンニ ヨン首相が7段階の民主化 ロー ドマ ップを発表 した(2)0 その内容は、①96年以来停止 している憲法制定会議 (国民会議)の開催 、②真 の民主的制度構築のための必要なプ ロセスの実行、③新憲法制定、④国民投票 による憲法採択、⑤新憲法に基づ く国家議員選挙、⑥国会開催 、⑦近代的、発 展的、民主的国家の建設。国会の議決に基づ く政府の樹立である。また、スチ‑

女史 らとの和解 に向けた動 きが始まった。

2004年5月か ら国民会議が再開 され、2007年 9月に最後の会議 が終了 した。

2007年9月中旬、僧侶 を中心 とす る民主化要求デモが発生 し死傷者 が出たが、

軍事政権 の力 による制圧 によ り徐 々に沈静化 した。軍政は、2008年 2月に新憲 法草案 を決定 し、2008年5月に国民投票 を行 った。 その結果 は、92.48%の賛 成 で、新憲法は採択 された。2010年 に国会議員 を選ぶ総選挙 を実施す る計画で ある。

国際関係 では、 ミャンマーは、1997年7月に、アセアンに正式に加盟 した こ とは重要である。 ミャンマーはアセアン加盟が国際社会復帰の第 1歩 につなが るもの として期待 している。

2

節 ミ ャ ンマ ー 経 済

1. ミャンマー経済の推移(3)

ミャンマーは、1962年3月のクーデ ター以後、 ビルマ社会主義計画党による 一党独裁体制の下で農業 を除 く主要経済分野 を国有化す る等、閉鎖的社会主義 経済政策 を実施 した。 同政策の下で国内の生産活動 は低迷 し、雇用の減少 ・極 度の物資不足が もた らされた結果、1986年度 には経済成長 はマイナス成長‑ と 落ち込み、1987年には国連によ り後発開発途上国の認定を受けるまでに至った。

この よ うな状況下、1987年9月 コメを含む農産物 ・品 目に対す る流通が 自由

(5)

化 され価格管理政策が放棄 された ものの、 これに伴 う米価上昇や高額紙幣の廃 止 を行 った こと等 によ り国民の不満 が高ま り、学生や市民による民主化要求デ モが発生す るよ うになった

。1 9 8 8

年 9月、国軍はクーデ ターによ り全権 を掌握 し、経済面では市場経済開放政策‑の転換 をその基本 に掲 げた。 この軍事政権 の中核 であ る国家法律秩序回復評議会

( S LORC)

、1 9 8 8

1 0

月民間貿易の 自由化 、同年

1

1月外国投資法の公布お よび国境貿易の合法化 と相次いで市場経 済開放政策 を発表 し、特 に

8 9

年3月 には社会主義経済政策の放棄 を正式 に発表 す ると共 に国営企業の独 占を廃止す る国営企業法 を公布 したo

これ らの諸施策の結果、民間部門における経済活動が比較的活発 に推移す る ようにな り、中国、タイ、シンガポールか らの輸入品を中心に多様な物資がマー ヶ ッ トで流通す るよ うになった。外国企業による投資は当初、欧米企業 を中心 とす る石油 ・ガス開発 が主要な部分 を占め、韓国、タイ、香港、中国、シンガ ポール等周辺アジア諸国が製造業等に比較的小規模 な投資 を行 ってきていたo ミャンマー経済は豆類、木材 、水産物等の 1次産品に大 きく依存 し、輸 出基 盤が脆弱であったため、輸入は大幅に増加 した ものの、輸出が伸び悩んだため、

経常収支赤字が拡大 し、外貨準備 は減少 した。そのため、政府 は、輸入制限措 置 に踏み切 り、97年7月か ら民間に輸入 ライセ ンス発給や輸入信用状開設 の規 制 を実施 した。 この よ うな外貨不足は現在 まで続いてお り、 ミャンマー‑の海 外か らの直接投資の大 きな問題点 となってい る。

97年 か らのアジアの経済危機 は、 ミャンマー経済にも深刻な影響 を与 え、現 地通貨チ ャ ッ トの下落、アジア諸国の需要低迷 による輸 出不振、外国直接投資 の大幅 な減少、労働者送金の減少 な どをもた らした。 ミャンマーは外貨危機 に 陥 り、輸入規制の強化 、外国送金規制 、外貨の集 中管理、輸 出品 目の国家管理 の拡大、輸出税の他品 目‑の拡大、対外債務返済の延期、等 を実施す ることを 余儀 な くされた。外資系企業の ミャンマー投資 リスクは、よ り高い状況 となっ た。

今後政府 は、外資導入 による工業化、お よび観光業、農林水産物加 工業 を中 心に経済開発 を進 めてい く方針 である。 しか し、現実 と大きく乗離 した非現実 的な公定為替 レー ト、依然 として著 しく立ち遅れた電力、道路、通信等の経済 ィ ンフラ、不透明な政治状況による先進国か らの援助の停止等、経済発展に対

2 01

(6)

す る制約 も多 く、経済 を本格的に成長軌道 に乗せ るためには今後 これ らの制約 を克服 してい くことが必要不可欠である と考 え られ る。

2.ミャンマー経済の現状

政府 は、2000年代初頭 あた りか ら2005‑6年頃まで経済統計 を公表 していな かったが、近年公表す るよ うになった。 しか し、 ミャンマー政府 の統計は、そ の信頼性 に疑問を持つ見方 もある。

図表 1は、 ミャンマー政府統計局が出 した国内総生産 (GDP)の実質成長率 の推移 を表 した ものである(4)。 これ によると、 ミャンマーの実質GDP成長率は、

1985‑86年度 は2.9%、1990‑91年度は2.8%、1995196年度は6.9%、2000‑01 年度 は13.7%、2001‑02年度 は11.3%、2002‑03年度 は12.0%、2003‑04年度

は13.8%、2004‑05年度 は13.6%、2005‑06年度 は13.6%、2006‑07年度 は 12.7%、 となってい る。 この統計では、2000年頃か らミャンマーは10%以上の 経済成長 を遂げていることになる。

ミャンマー政府統計局が出 した1人 当た りの国内総生産 (GDP)を見 る と、

2005‑06年度 で84,396チ ャ ッ トとしてい る(5)。 この数字は現地通貨によるもの であるので、 ドル換算す ると、政府公定 レー トで14,913ドル (1米 ドル5.7チャッ ト)、政府公認市場 レー トで187ドル (1米 ドル450チ ャ ッ ト)、実勢 レー トで84 ドル (1米 ドル1,000チャッ ト) となる。 ミャンマーは、後述す るよ うに公定 レー トと実勢 レー トの乗雛が著 しいので、 ドル換算す るとこのよ うな結果 となった。

ミャンマー の1人 当た りのGDPは、IMFの推 定 に よる と235ドル と してい る(6)。 現地 の物価水 準 を考慮 した購 買力平価 に基づ く 1人 あた りのGDPは、

UNDPによると1,027ドル としている(7)。著者 の現地調査の感覚か らす ると、 こ の程度の水準ではな か と思われ る。 ミャンマーの1人あた りのGDPは、ベ ト ナムよ り少 し下 とい う水準であろ う。

ミャンマーのGDP (2006‑2007年度) を部門別 に見 る と、農業 と工業が67.8

%、サー ビスが14.5%、貿易が21.7%となってい る(8)。農業 と工業部門のGDP の内訳み ると、農業57.9%、加工業21.7%、畜産お よび漁業11.9%、建設6.0%、

資源お よび鉱業1.1%、林業0.9%、電力0.3%である。サー ビス部門のGDPの内 訳 をみ ると、輸送74.3%、公共サー ビス11.2%、 コミュニケーシ ョン7.8%、金

(7)

図表1 ミャンマーの国内総生産 (GDP)の実質成長率

0 996TS96L L66T066L

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ぐZ! EiZI CZB ぐZI

(出所 TheGovermentortheUnionofMyanmer(2007),

"StatisticalYearBook2007",p.314)

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203

(8)

0. 6%

、その他

6. 1 %

であ る。

ミャンマー の経済 は、外貨事情 が依然厳 しい ものの、近年天然 ガス を背景 に 輸 出が伸び、外 貨準備 高がやや改善 してい る。 豆類 、縫製業 の輸 出 も増加 して い る。 ミャンマー政府 統計局 に よる と(9)

、2 0 07‑0 8

年度 では、総輸 出額 が約

3 5 2

9, 6 0 0

万チ ャ ッ トに対 して、総輸入額 は

1 8 4

1 , 8 0 0

万チ ャ ッ トと、貿易黒字

となってい る。

海外 か らの投資 は、 中国、イ ン ド、 ロシア、 タイか らの天然 ガスや原 油な ど の資源 、電力 開発 が 中心であ る。 委託加 工 も増加 してい る。大型案件 として、

中国海洋石 油 に よる原 油、天然 ガスの開発 が あった。

ミャンマーの通貨単位 は、チ ャ ッ ト

( k y a t )

で あ る。公 定 レー ト

( 2 0 0 8

1 2

月) は、1米 ドル が約

5. 7

チ ャ ッ トで あ るが 、実勢 レー トは、1米 ドル が

1 , 0 0 0

チ ャ ッ ト程度 で あ る(10)。 現 地調 査 に よる と、 ミャ ンマー の通 貨 チ ャ ッ トは、

2 0 0 8

年 のアメ リカに端 を発 した世界的な金融危機 に よる ドル安の影響 を受 けて、

2 0 0 8

年 の後半あた りか らややチ ャ ッ ト高で推移 してい る。著者が現地調査 を行 っ た

2 0 0 7

年8月 の時点 での実勢 レー トは1米 ドル が

1 , 2 7 0

チ ャ ッ ト程 度 で あ った の と比較す る と、若干 チ ャ ッ ト高 とな ってい る。

2 0 07

年 か ら

2 0 0 8

年 の前 半の期 間、イ ンフ レ懸念 、ガ ソ リンな どの大幅値 上 げ な どで、経済が不安定 となった

。2 0 07

年 8月に、ガ ソ リンな どが 2倍 か ら 3倍 の値 上が り、バ ス代 、 タクシー代 に も影響 した。 それ をきっか けに市民、僧 侶 な どのデモ が発 生 し、軍政 が力 でデモ を弾圧 した こ とか ら、国際的 に大 きな非 難 を浴 びた。 しか し

、2 0 0 8

年 の後 半か ら、ガ ソ リンな どの価格 の引 き下げ もあ

り、 ミャンマー の物価 は落 ちついて きてい る。

3

節 輸入ライセンスと輸出第一主義

ミャ ンマー は 、輸 出で得 た外 貨 の範 囲 内でのみ輸入 を認 め る輸 出第 一 主義

( Ex p o r tFi r s tPo l i c y)

を と り、輸入 を厳 しく規制 してい る。 その背景 に、厳 し い外貨事情 があ る。 そのた め、現地 で販 売す るために生産す る輸入代替型外資 系企業 では、原材料 、設備 、部 品な どが調達 困難 とな ってい る。

輸入 ライセ ンスの取得 の困難 さとい う問題 もあ る。 多重為替 に よ り、輸 出に

(9)

対 して輸入 は相対的 に優位 な環境 の もとで、輸入割 当は国有企業‑ の優 先配分 とな り、民間企業 は輸入 ライセ ンスの割 当 とい う形 で行 われ る。 そのた め、輸 出入 は国有企業 の独 占状況 とな り、外資系企業 は輸 出入 ライセ ンスの取得 が困 難 な状況 となってい る。

さらに

、2 0 0 2

年 よ り外 国企業 の貿易業が事 実上の禁止状態 となった。 生産活 動 に関す る原材料 の購 入 は、 この措置 か ら除外 され てい るが、新規 の輸入 ライ セ ンスの取得 は困難 であ るこ とか ら、事 実上外資系企業 は輸入 で きな くな って い る。 このた め、輸 出企 業 は十分 な原材料 を確保 で きない状況 となってい る。

また、送金制 限、 ミャンマー国内か ら海外‑ の ドル送金 の制 限、国内 口座 か ら外貨 引 き出 しを制 限 してい る。外 国人が、海外 か ら送金 され た資金 を米 ドル で引 き出す こ とは制 限 され てい る。輸 出税

1 0 %

も、外資系企業 に とっては重荷 で あ る。

4

節 外資政策 と外資増入

1998年 に 「外 国投資法」が公布 され 、外 国投資 を積極 的 に受 け入れ る政策 に 転換 した。

1 0 0%

外資企業 を認 め、合弁企 業 は外 資側 出資比率 を

3 5 %

以 上 とし た。

図表 2は、 ミャンマー政府統計局 に よる ミャンマー‑の海外投資の認 可額 と 企 業数 の推移 を表 した ものであ る。 これ に よる と、 ミャンマー の海外 か らの直 接投資 は

、2 0 0 0

年 頃か ら堅調 に推移 してい る。

図表3は、 ミャンマー‑の海外投資 の認 可累計額 と企業数 を国 ご とに見た も ので ある。 これ に よる と、認 可額 の上位 国は、第1位 タイ、第2位 イ ギ リス、

第3位 シンガポール 、第4位 マ レー シア、第5位 香港 、第6位 中国、第7位 フ ランス、第

8

位 ア メ リカ、第

9

位 イ ン ドネ シア、の順 で ある。 日本 は

、2 2

企業 で、認 可 累計額 は 2億

1 , 1 6 3

万 ドル で あ る。

2 0 0 0

年 以降 の外 国投 資 を見 る と、

シンガポール 、 タイ 、マ レー シア、イ ン ドネ シアな どのアセ ア ン諸 国、お よび 中国、韓 国、香港 が 中心で ある。

図表 4は、 ミャンマー‑の海外投資の認 可額 と企業数 を業種 ご とに見た もの であ る。 これ に よる と、外 国 に よる投資額 は、第1位 は電力 、第2位 は石油 と

2 0 5

(10)

図表2 ミャンマーへの海外投資の認可額 と企業数 (累計)

[ コ

企業数

直接投資額

企莱数 単位 100万米 ドル

L66L066L

く亡) き豆

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tL)l

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⊂⊃くつ

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NOON00Z COONNOON 00NCOOZ

(出所 TheGovermentoftheUnionofMyanmer(2007),

"StatisticalYearBook2007",p.246)

SOOZ00Z

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Ln 工)

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⊂⊃ ⊂⊃

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(11)

図表3 国別 にみた海外投資の認可額 と企業数

単位 100万米 ドル 2007331日までの累計

外 国 投 資 額

1 Australia 2 Aust「ia 3 Bangladesh 4 BruneiDarussalam 5 Canada

6 China 7 Cyp「us 8 Denmark 9 France 10 Germany ll Hon°Kong l2 lndia 13 lndonesia 14 lsrae1 15 Japan

l6 TheRepublicofKorea 17 Macau

l8 Malaysla 19 TheNetherlands 20 Panama

2l PhiLipplneS 22 Singapore 23 SriLanka 24 Switzerlamd 25 Thailand 26 UK 27 U.S.A 28 VietNam

合計

14 2 2 21471・I3rI1

31 4 12 1 22 36 2 33

5120111‑7051075514

(出所 TheGovermentortheUnionorMyanmer(2007),

"statisticalYearBook2007",p.258)

207 82.080

72.500 2.957 2.040 39.781 475.443 5.250 13.370 470.370 15.000 504.218 82.575 241.497 2.400 2日.634 231.308 4.400 660.747 238.835 29.101 146.667 1,515.213 1.000 3.382 7,375.623 1,860.954 243.565 3.649 14,535.559

(12)

図表4 業種別 にみた海外投資の認可額 と企業数

2007年331日までの累計 (単位100万) 企莱数 累計額 国内資本 によ る 投 資 チャッ外国による投資

米ドル

1農業 2水産業 3鉱業 4原油 とガス 5製造業 6電力 7運輸 8ホテル と観光 9不動産開発 10工業団地 11 建設 12その他

合計

4 231.754 25.670 206.084 34.351 24 2,350.730 398.084 1,952.646 312.358 58 3,494.255 190.260 3,303.995 534.890 81 18,440.868 ‑ 18,440.868 3,073.478 152 11,249.077 1,532.943 9,716.134 I,610.408 2 37,867.332 ‑ 37,867.332 6,311.222 16 1,820.702 2.040 1,818.662 313.272 43 7,146.327 832.598 6,313.729 1,034.561 19 6,362.878 36.180 6,326.698 1,056.453 3 1,927.125 768.450 1,158.675 193.113 2 3.660.611 3,434.000 226.611 37.767 6 180.950 38.830 142.120 23.686 410 94,732.609 7,259.055 87,473.554

(出所 TheGovermentoftheUnionofMyanmer(2007),

"statisticalYearBook2007",p.254)

(13)

ガス、第3位製造業 、第4位 不動産開発 、第5位 ホテル と観 光、で あ るo ミャ ンマー は、近年特 に石油 とガス開発 を 目的 とした直接投資が増 えてい る。 ミャ ンマー政府 は、1996年 を ミャンマー観 光年 とす る構想 を発表 した ことに よって、

ホテル ・観 光関連 の投資 が拡大 した。

日本 か らミャンマー‑ の直接 投資 は、近年低迷 してい る098年 は470万 ドル (1件)、99年 は200万 ドル (1件)、2001年度 は470万 ドル (2件)、2004年度 は 270万 ドル (拡 張投 資) のみ で あ る(ll)。 現在 までの投資件数 の累計 は24件 、投 資金額合 計 2億4,030万 ドル で あ る。2000年 、味 の素 の撤退 、 トヨタ 自動 車 の 事務所 閉鎖 、全 日空 はヤ ンゴン直行便 を休 止 したo近年委託加 工に よる縫製分 野の進 出が ある。

5

節 ミャンマーの観光産業のケース

ミャンマー の重要 な産業 であ る観 光産業 のケー スを取 り上 げてみ よ う。

ミャンマーは豊富な観光資源 を持 ってい る。首都ヤ ンゴンには、パ ゴタ (シュ ェ タ ゴンパ ゴダ、 ス‑ レ‑パ ゴタな ど)、マー ケ ッ ト (ボー ジ ョー ア ウンサ ン マー ケ ッ ト、 シ ョッピングセ ンター な ど)、 中国人街 、イ ン ド人街 、イ ギ リス 植 民地時代 の建物 な どが有名 で あ る。 マ ンダ レ‑ は、 ミャンマー最後 の王朝の 王宮 、マ ンダ レ‑ ヒル な どが有名 で ある○ バ カ ンは、パ カ ン王朝仏教遺跡 な ど が有名 であ る。

ミャンマーへの外 国人観 光客 を国別 に見てみ よ う。2006‑07年度 で は第 1位 タイ 、第2位 ドイ ツ、第3位 フランス、第4位 韓 国、第5位 日本 、第6位 イ タ リアで ある。 ミャンマー は、隣国の タイ を除 くと、 ドイ ツ、フランス、イ タ リ ァ とい った ヨー ロ ッパ か ら観 光客 、韓 国、 日本 か らの観 光客 が多い。 日本 の観 光客 は、1997年 頃か ら2007年初頭 までは堅調 に推移 したが、2007年9月の民主 化デモ、2008年9月のサイ クロン被 害 な どの影響 で、2007年後 半か ら 日本人観 光客 は減少 した。 日本 人観 光客 は、2004‑05年度 は13,713人、2005‑2006年度 は12,651人、2006‑07年度 は12,998人で あったが、2007‑2008年度 は6,820人、

2008‑09年 (2008年3月か ら09年12月 まで) は3・114人 とかな り減少 してい る。

ミャンマー政府 は、2007年9月 か ら一時期 ビザの発給停 止 、 ビザ審査 の厳格 209

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化 な どを行 った。現在 は、観光 ビザに関 しては、審査 を厳格化 して通常通 り発 給 している。

観光に関連す るイ ンフラの状況についてみてみ よ う。

首都のヤ ンゴン空港の新 しいター ミナルが完成 し、 2008年頃か ら使用 された。

この新 ター ミナルは、ゲー ト施設、通関や税 関、免税 シ ョップ、チャ ックイ ン カ ウンターな どが新 しくな り、以前 よ りかな り拡張 され、国際空港 として十分 な規模 と機能 を持 ってい る。

ヤ ンゴン‑の国際線 として、 ミャンマー航空、タイ航空、ベ トナム航空、マ レーシア航空な どが乗 り入れている。以前は 日本の全 日空の 日本‑の直行便が あったが、 2000年か ら休止 してい る。 ミャンマーの国内線 として、主要な都市 に ミャンマー航空、エアーバカン、エアーマ ンダ レ一、ヤ ンゴン航空が運行 し ている。

ヤンゴンのホテル事情を見ると、1990年頃か ら香港、マ レーシア、シンガポー ル、タイな どアジア諸国のホテル建設投資な どによ り外資系の高級ホテルがか な り増加 した。ヤ ンゴンでは、外国人が宿泊できる高級ホテル は多 く存在 して い る 日系ホテル として、ホテル 日航 ロイヤル レー クヤ ンゴンとして運営 して いたが、 2008年か ら日航 ホテルはフランチ ャイジング契約 を打ち切 った。その 他の観光都市マ ンダ レ一、バカンでは、外国人の宿泊に適す る高級 ホテル は少

ない状況である。

観光に関す る、その他の現状 を見てお こ う。 ミャンマーの観光では、外国人 の観光に制限を設 けている地域がある。 ミャンマーの治安は、全般的に良い状 況である。衛生状態 も特に問題 がある状況ではない。 ミャンマーは、通信事情 が悪い。首都ヤンゴンで も国際携帯電話は通 じない状況である。 ミャンマーで は、観光施設 の入場料な どで割高の外国人料金 を支払わなければな らない問題 がある。通貨に関 しては、以前は買い物 な どで外貨允換券、米 ドル による支払 を要求 され るな どがあったが、現在ではほ とん どの店で現地通貨チャ ッ トの支 払 を要求 され る。外貨允換券が廃止 され、イ ンフ レが落 ち着いたな どのためで あろ う ク レジ ッ トカー ドはほ とん ど使用できない状況である。

(15)

6

節 ミャンマーの人的資源

UNDP

に よる と̀12'、 ミャンマーの成人識字率は

8 9. 9%

となってお り、同程度 の開発途上国 と比較 して も高い状況である。 ミャンマーの

2 0 0 5

年 での初等教育 就学率は

9 0%

、中等教育就学率は

3 7 %

である̀13'。高等教育 レベルでは

、2 0 0 7

年 の大学の学生数は約

5 8

万人である̀14)。全般的に見ると、教育か ら見た ミャンマー の人的資源 は、同程度の経済 レベルの国 と比較す ると高い水準にあるといえる であろ う。

著者の現地調査によると、外資系企業の現場従業員の月額賃金 は

、3 0‑5 0

米 ドル、現地通貨で

3 0・ 0 0 0‑6 0 , 0 0 0

チ ャ ッ ト程度 である。近年イ ンフ レによ り、

毎年賃上げが余儀 な くされている。

ミャンマー人従業員 は、労働力 としては質が高 く、潜在的な能力は優秀であ り、勤勉であるとい う意見が多い。

政府 は、労働組合活動 を禁止 し、外資企業の多 くは労働組合が存在 していな い。

おわ りに‑ ミャンマーの投資環境

最後に、 ミャンマーの投資環境 とその将来性 について考察 してみ よ う。

ミャンマーの貿易 ・投資上の優位性 として以下があろ う15

第1は、豊富で安価 な労働力である。第2は、対 日感情の良 さである。仏教 徒が多い とい うこともあろ う。第3は、豊富な天然資源 、広大で肥沃 な国土、

豊かな農産品である。第 4は、地理的重要性 、優位性 (対 中、印、アセアン、

日本) である。 第5は、消費市場 としての潜在的魅力 (人 口約

5 , 7 0 0

万人) で あるo第5は、 ミャンマーの人的資源が比較的優秀である点である。 ミャンマー は、義務教育が行 き届いてお り、識字率 も高い。かな りの大学生が存在す る。

しか し、 ミャンマーは劣位性 としての リス ク要因 も多い。 まず、大 きいの は政治的な問題である。軍事独裁政権 である点である。 閉鎖的な経済で、経済 制裁 な どの問題 が大 きいo そのほかの リスクとして以下がある。

第1は、イ ンフラの未整備 である。 この原因 として、国際的援助 の少な さ、

211

(16)

経済制裁 の影響がある。電力、通信、道路、 ロジステ ックな どのイ ンフラが遅 れている。電力については、電力供給の脆弱 さ、 自家発電 コス トの増大、停電 が多いな どの問題 がる。通信 については、国際携帯電話 が通 じない国である。

また通信 コス トも高い。道路、ロジステ ックについては、対 日貿易 を考 えた場 合の ロジステ ック上、た とえばシンガポールまたはマ レーシア経 由で3‑4週 間かかるとい う問題 がある。三井物産の ミンガラ ドン工場団地が98年オープ ン したが、まだ 日系企業の進 出は少ない状況である。そのほか、金融、決済上の 問題点 も多い。銀行の未整備、ク レジッ トの決済が出来ないな どの問題である。

第2の リスク要因は、多重為替問題である。為替 レー トは、公定 レー トで1 米 ドルが5.7チ ャ ッ ト、政府公認市場 レー トで450チャ ッ ト (貿易取引での為替

レー ト)、実勢 レー トで約1,000チャ ッ ト程度である。 この公定 と実勢 レー トの 著 しい乗離 とい う多重為替問題 が、外国か らの投資 を妨げ、大 きな リスク要因 となってい る。 この よ うな貿易 レー トが実勢 レー トの約2分の1であるとい う チャッ ト高、為替高は、輸出に不利で、輸入に有利 となる。輸出志向の製造業、

外資系企業に とっては不利 な環境 となる。 この為替高は、輸入 に有利であるの で、輸入 ライセ ンスを持つ国有企業は大 きな利益 を得てお り、 この制度 は国有 企業の温存のためであるともいえる。

そのほかの リスク要因 として、イ ンフ レー シ ョンの問題 があ る。95年 か ら 2000年頃まで、3桁 を超 えるイ ンフ レであった。2007年8月 にガ ソ リン価格 の 大幅値上げがあ り、イ ンフ レの懸念が拡大 した。 しか し、2008年の後半か ら、

国際的な資源価格の低下 とい うよ う要因 もあ り、物価 はやや落 ち着いてきてい る。

ミャンマー‑の投資は、現状では リスクが多いが、潜在的には可能性 のある 国ではないか と思 う。現状では、 日本企業の ミャンマー進 出は、縫製 な どの委 託加工による形態がベス トであろ う。や は り、 ミャンマーの最大の問題 は軍事 政権 による政治的 リスクである。 ミャンマーは、2010年 に総選挙が予定 されて お り、2010年以降の政治情勢が どう動 くか、また対外関係 が どう変化す るかが 最大の課題 となるであろ う。

(17)

1 ミャンマー の1990年代前 半 までの政治情勢 につ いては、以 下の資料 に多 くを負 ってい る。

ミャンマー 日本 大使館(199卜a)、 ミャンマー 日本 大使館(1991‑b),ミャンマー 日本 大使館 (1 994)0

2 小 島英太郎 (2009)0

3 ミャンマ ー の1990年 代前 半 までの経 済 の概 要 につ いて は、以 下 の資料 に多 くを負 ってい る。 ミャ ンマ ー 日本 大使館(199卜a)、 ミャ ンマー 日本 大使館(1991‑b)ミャ ンマ ー 日本 大使 館(1994)0

4 The Governmentofthe Union ofMyanmar,Ministry orNationalPlanning and Economic Development(2007),P.314‑320.

5 The Governmentorthe Union ofMyanmar,Ministry ofNationalPlanning and Economic Development(2007),P.319.

6 ジェ トロ編(2008) 7 UNDP(2007)に よる統計。

8 The Governmentofthe Union ofMyanmar,Ministry ofNationalPlanning and Economic Development(2007),P.318.

9 The Governmentorthe Union orMyanmar,Ministry ofNationalPlanning and Economic Development(2008),P.1.

10 The Governmentorthe Union orMyanmar,Ministry orNationalPlanning and Economic Development(2008),P.50 .

11 ジェ トロ編(2007)、223‑224頁。

12 UNDP(2007)に よる統計。

13 UNDP(2007)に よる統計。

14 The Governmentofthe Union orMyanmar,Ministry orNationalPlanning and Economic Development(2007),P.364.

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図表 1 ミャンマーの国内総生産 ( GDP)の実質成長率 0 99 6 T S9 6 L L66T066L く . ⊂ )の ⊂⊃の ⊂⊃EiZ IllUnO 〜 rYつ 寸⊂)⊂⊃ ⊂つく:⊃⊂つく⊃N(\J〜lIIN(Yつのく⊃⊂⊃⊂⊃ ⊂)のくつ⊂つく⊃⊂⊃ ぐZ ! E i Z I CZ B ぐZ I
図表 2 ミャンマーへの海外投資の認可額 と企業数 ( 累計) [ コ 企業数 図 直接投資額 企莱数 単位 1 0 0 万米 ドル L 6 6 L ・ 0 6 6 L く 亡 )き豆α「.llltL)lαEiE ⊂⊃ くつ〜lくつ⊂⊃⊂: ) ぐ NOON⊥00Z COON・NOON 寸00N・COOZ
図表 3 国別 にみた海外投資の認可額 と企業数 単位 1 0 0 万米 ドル 2 0 0 7 年 3 月 31日までの累計 国 企 業 数 外 国 投 資 額 1 Au s t r a l i a 2 Au s t 「 i a 3 Ba n gl a de s h 4 Br un e iDa r u s s a l a m 5 Ca n a da 6 Chi n a 7 Cy p「 u s 8 Den ma r k 9 F r a n c e 1 0 Ge r ma n y l l Hon °Kon g
図表 4 業種別 にみた海外投資の認可額 と企業数 業 種 2 0 0 7 年 3 月 31 日までの累計 ( 単位 1 0 0 万) 企莱数 投 累計額 資 国内資本 によ る 投 資 チャッ 外国による投資 ト 米 ドル 1 農業 2 水産業 3 鉱業 4 原油 とガス 5 製造業 6 電力 7 運輸 8 ホテル と観光 9 不動産開発 1 0 工業団地 1 1 建設 1 2 その他 合計 4 2 31

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