買主危険負担主義(民法五三四条一項)の制限解釈 : わが国の学説状況の整理
その他のタイトル Die Beschrankungsauslegung von der Regel
"periculum est emptoris" (§534 I Japanisches BGB) : von den Umstanden der heutigen Lehren in Japan
著者 多治川 卓郎
雑誌名 關西大學法學論集
巻 46
号 1
ページ 39‑115
発行年 1996‑04‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00024566
問題の所在
1 1沿革と法制度
一買主危険負担主義の意味 ニ ロ ー マ 法 と 自 然 法
1
ロ ー マ 法
2
自然法による危険負担理論への影響
三 契 約 主 義
1
スイス債務法
四 所 有 者 王 義
1
フランス民法
2
イギリス動産売買法 五 引 渡 主 義
1
ドイツ普通法
ドイツ民法
買主危険負担王義︵民法五三四条一項︶の制限解釈 2 ーわが国の学説状況の整理
I
買主危険負担主義
︵ 民 法 五 三 四 条 一
一 九
m
日本法の展開
一 民 法 の 規 定 二 学 説 の 展 開
1 立法の経緯
日 旧 民 法 の 規 定 口 立 法 者 の 意 思 2 買主危険負担主義に関する学説の変遷 日 初 期 の 学 説 口制限的解釈論の展開
m
我妻説
② 広 中 説
③ 更 な る 制 限 解 釈
三 分 析1 学説の状況
項 ︶
︵ 三
九 ︶
多 治 川 卓 朗
の制限解釈
ー
日債権者主義適用説︵買主危険負担主義︶ ロ﹁登記・引渡・代金支払﹂時説 曰﹁登記・引渡﹂時説・﹁引渡﹂時説 四債務者主義適用説︵売主危険負担主義︶
2所有者主義的理解と引渡主義的理解の分化
3
所有者主義的理解と引渡主義的理解の相違
日 論 理 構 造 の 相 違
問 題 の 所 在
危険移転時期との関係
ー特に︑代金支払の取り扱いについてーー'
曰第三者に対する不法行為訴権の帰属の処理
4 若 干 の 指 摘 曰所有者主義的理解への指摘 口引渡主義的理解への指摘 お わ り に ( 1
X 2 )
︵3
)
︵
4
)
︵
5 J )
危険負担とは︑双務契約上の対立債務の一方が︑債務者の責めに帰すべからざる事由により︑後発的不能となり債
(6 )
︵
7
)
務が消滅した場合に︑他方の債務が存続するか消滅するかの問題である︒例えば︑売買契約の成立後に目的物たる家
(8 )
屋が類焼し︑売主の家屋引渡債務が単純に消滅した場合に︑買主の代金債務はどうなるか︒代金債務が存続するとす
るば︑買主たる債権者が家屋の滅失による不利益を被ることになり︑代金債務が消滅するとすれば︑売主たる債務者
が売買代金を受領しそこなうことにより︑代わりにその不利益を被ることになる︒前者を債権者主義︑後者を債務者
( 9 )
主義
とい
う︒
わが民法は︑原則として債務者主義︵民五三六条一項︶︑例外として特定物債権につき債権者主義︵民五三四条一
( 1 0 )
項︶を採用するが︑履行不能が多くは特定物債権において生じるため︑実際には︑むしろ債権者主義が危険負担に関
( 1 1 )
する原則規範として妥当することになる︒危険負担における債権者主義の非合理性は︑売買契約に関連して指摘され
る︒売買契約において︑契約成立と共に債権者主義が適用される制度を︑買主危険負担主義という︒学説は︑買主危 関法第四六巻第一号
w
口
四〇
︵四〇
買主危険負担主義の制限解釈に関する学説の関心は︑危険移転の徴表として登記・引渡・代金支払のいずれを重視
する
かと
の点
︑
つまり︑危険移転の時期に集中する︒というのは︑危険移転の根拠は支配の移転に求められるのであ
( 13 )
るが︑問題はその支配の内容をどのように解するかにある︑との共通の認識が存在するからである︒これにつき︑従
( 1 4 )
︵
1 5 )
来は﹁登記・引渡・代金支払﹂時説が支配的であったが︑現在では﹁登記・引渡﹂時説も有力となりつつあり︑また︑
( 1 6 )
︵
1 7 )
﹁引渡﹂時説︑債務者主義適用説も主張されている︒
これら危険移転の徴表のうち︑特に問題とされるのは代金支払の取り扱いである︒
ら﹁登記・引渡・代金支払﹂時説に対して︑代金支払によって買主は支配を取得するものではない︑との指摘がなさ
れることが多い︒つまり︑代金支払により同時履行の抗弁権が消滅したり果実収取権が移転するが︑これにより危険
移転を認めるべきではないと言うのである︒通常︑果実収取権は売買代金の利息に相当する価値を有する︑と考えら
( 1 8 )
れている︵民五七五条参照︶︒したがって︑一般論として︑このような価値の移転により代金債務の存続を認めるべ
( 1 9 )
きではないとの指摘は︑充分に説得力があるように思われる︒
しかし︑単純にそう言い切って良いのであろうか︒というのは︑﹁登記・引渡・代金支払﹂時説につき︑これを提
唱した広中説を詳細に検討すると︑﹁果実収取権が移転するから危険が移転する﹂と考えているのではなくて︑﹁果実
買王
危険
負担
王義
︵民
法五
三四
条一
項︶
の制
限解
釈
の問題を指摘したいからである︒ 細な議論が展開されて︑
四
︵四
一般に︑﹁登記・引渡﹂時説か 険負担主義を批判し︑その適用を制限する解釈論を展開してきた︒すなわち︑危険移転の根拠を﹁支配﹂の移転に求
( 1 2 )
め︑その具体的内容は﹁登記・引渡・代金支払﹂のいずれかであると解するのである︒この点に関しては︑すでに詳
一応の決着を見たような観がある︒にもかかわらず︑あえてこのテーマを論じるのは︑以下
︵四二︶
収取権の移転を基準に危険の移転を決定する﹂と言っているに過ぎないのではないか︑と分析されるからである︒つ
まり︑この考え方では︑果実収取権の移転は危険移転の基準であっても︑危険移転の根拠ではない︒危険移転の根拠
は︑ここでは︑物権変動に求められているように解される︒要するに︑広中説では︑﹁所有権が移転するから危険が
移転する﹂のであって︑﹁所有権の移転は果実収取権の移転を基準に決定される﹂と考えているように思われるので
( 20 )
ある
このように見ると︑﹁登記・引渡﹂時説と﹁登記・引渡・代金支払﹂時説とは︑危険移転の根拠につき異なった考 ︒
え方を採っているように見受けられる︒結論から言うと︑﹁登記・引渡・代金支払﹂時説では︑危険移転の根拠を所
有権の移転に求め︑他方︑﹁登記・引渡﹂時説では︑危険移転の根拠を所有権の権能の移転に求めているように分析
る考え方である される︒前者は所有者主義に依拠する考え方であって
( 2 1 )
︵以下︑引渡主義的理解という︶︒ ︵以下︑所有者主義的理解という︶︑後者は引渡主義に依拠す
この両理解は︑基本的な発想を異にする︒そして︑その相違は︑買主危険負担主義の制限解釈の全般を通じて︑重
要なポイントでありうる︒というのは︑両理解の相違は︑その論理構造の違いに基づいて︑危険移転時期︑第三者に
対する不法行為訴権の帰属の処理などに具体的に現われるからである︒これら相違点につき︑所有者主義的理解と引
渡王義的理解の間で相互理解のないままに議論しても︑それぞれの主張がかみ合わないおそれがある︒したがって︑
両者が相互理解を深めることは︑買主危険負担主義の制限解釈を論じるに際して不可欠である︒この点で︑現在の学
説状況を危険移転の根拠に着目して整理しなおすことには︑なお意味があるように思われるのである︒
本稿では︑買主危険負担主義の制限解釈につき︑わが国の学説状況を︑危険移転の根拠に着目して整理・分析する︒
関 法 第 四 六 巻 第 一 号
四
四
ま ず
︑ 所 有 者 主 義
・ 引 渡 主 義 と い う 考 え 方 を 理 解 す る た め に
︑ 外 国 の 法 制 度 を 簡 単 に 概 観 す る
︒ そ の 後
︑ わ が 国 の 学 説 の 展 開 を 踏 ま え た 上 で
︑ 危 険 移 転 の 根 拠 に 着 目 し て 学 説 状 況 を 整 理 し な お す
︒ そ し て
︑ こ れ に 基 づ い て
︑ 所 有 者 主 義 的 理 解
・ 引 渡 主 義 的 理 解 そ れ ぞ れ が 主 張 さ れ る に 至 っ た 経 緯 や
︑ 両 理 解 の 論 理 構 造 の 相 違
︑ 両 理 解 の 具 体 的 な 相 違
点を分析する︒最後に︑両理解それぞれについて︑若干の問題点を指摘することにする︒
( 1
) 危険負担は︑双務契約における存続上の牽連関係の問題として位置づけられる︒例えば︑我妻栄﹃債権各論上巻﹄︵岩波
書店・一九五四年︶八五頁︒
( 2
) 危険概念は︑その不利益が生じる対象を基準に︑次の一二者に分かれる︒
物危険
(S ac hg ef ah r)
は︑物の損失の危険がそれ自体問題となるものである︒この危険は︑当然に︑所有者が負担する
(c as um se nt it do mi nu
s)︒
さて︑売買目的物が毀損・滅失すると︑この物危険とは別に︑買主は売主に対してなお目的物の引渡を請求しうるのか︑
との点が問題となる︒これを給付危険
(L ei st un gs ge fa hr )
という︒給付危険は︑種類物売買において問題となる︒すなわち︑
形式的には︑売買目的物が毀損・滅失しても︑種類物の売主は︑同種・同等の目的物がこの世に存在する限り︑目的物の引 渡義務から免責されない︒そこで︑売主をこの絶対的な義務から解放するための制度が必要となる︒これを集中︵特定︶と
いう︒つまり︑給付危険は集中︵特定︶により買主に移転する︑ということである︒
そして︑目的物の毀損・滅失により買主が売主に対して何らの請求もなしえない場合には︵引渡請求権・損害賠償請求
権︶︑更に︑売主は買主に対して売買代金の支払を請求しうるのか︑との点が問題となる︒これを反対給付危険
(G eg en le is tu ng sg ef ah r)
という︒反対給付危険につき︑報酬危険
(V er gu tu ng sg ef ah r)
・対価危険
(P re is ge fa hr )
との用語
を用いる場合もある︒
Vg l. , B ro x, Be
s on
e d re s S ch ul dr ec ht , 1 9. A uf l . , 19 93 , S . 2 3
f f .
; M
ed ic us , S ch ul dr ec ht BT ., 6 . A uf l . , 19 93 , S . 14
f f .
; L
ar en z, S ch ul dr ec ht BT . 1• Ha lb ba nd , 1 3. Au fl , , 19 86 , S . 95
f f .
; F
ik en ts ch er , Sc hu ld re ch t, 8 . A uf l . , 19 92 , S. 40 4 f f .
;
Es se r/ We ye rs , S ch ul dr ec ht BT ,. 7 . A uf l . , 19 91 , S . 94
f f ,
; B
ro x, Di e G ef ah rt ra gu ng e b i
U
nt er ga ng d o er Ver sc hl ec ht er un g d er Ka uf sa ch e, Ju S 1 97 5, S .
1
f f .
; RGRK BGB Komm
,•
1 2. Au fl , , 19 78 ,
§4 46 , R dN r. l ; So rg e!
BGB
Ko mm ., 2 . 1 A uf
l , ,
19 91 , Vo r§
買主危険負担主義︵民法五三四条一項︶の制限解釈
︵ 四
三 ︶
44 6, R dN r. 4
f f .
なお︑危険の意義については︑谷口知平編﹃注釈民法( 1 3 )
債権い﹄︵有斐閣・一九六六年︶二八三頁以下︵甲斐道太郎︶
に詳
しい
︒
(3)
双務契約の他にも、危険負担の問題を生じることがある。負担付贈与、双務契約の無効•取消あるいは解除の場合等であ
る︒谷口編・前掲注
( 2
i
)
二八六頁以下加藤雅信﹃財産法の体系と不当利得法の構造﹄︵有斐閣・一九八六年︶四四六頁以
( 4
)
債務者に帰責事由の存する場合には︑債務不履行責任︵民四一五条︶が成立する︒即ち︑目的物引渡請求権は︑損害賠償 請求権(填補賠償請求権)として転換・存続する。我妻•前掲注(1)10
0頁 ︒
( 5
)
正確には︑契約締結から履行完了までの間である︒水本浩﹁危険負担﹂﹃民法セミナー⑤債権各論山﹄︵一粒社・一九七九年︶三五頁︒
( 6
)
目的物の毀損・一部滅失によっても︑危険負担の問題を生じる︒例えば︑家屋の売買契約において︑目的物たる家屋が一 部類焼した場合には︑類焼部分に対応する代金債務の存否が問題となる︒我妻・前掲注・(1)10
五頁泊い井裕﹁危険負担﹂
﹃現代契約法大系②﹄︵有斐閣・一九八四年︶一〇八頁︒
従来︑債権者主義の適用を前提としていたため︑この問題を論じる必要がなかった︒仮に︑債務者主義が適用され代金債 務が縮減するならば︑買主は︑その範囲につき代金の支払い拒否︵一種の減額請求権︶をなしうることになると思われる︒
(7)沢井•前掲注(6)
10
0頁 ︒
( 8
)
類焼前に代金が支払われていた場合には︑危険負担の問題を生じないとする見解が存する︒すなわち︑代金支払により代 金債務それ自体は有効に消滅しているのであるから︑すでに消滅した筈の代金債務につき︑再びその事後的消滅を論じる必 要がないと考える︒そして︑買主はその受領した売買代金の返還義務を負わないという︒水本・前掲注( 5
i
)
三六頁森泉章﹃契約法総論﹄︵日本評論社・一九九一年︶一三七頁以下︒これに対しては︑債務者の債務の履行とその反対給付とを同等 に位置づけている点で賛成できないとする批判がある︒田山輝明・﹁危険負担﹂﹃契約法︵第二版︶﹄︵成文堂・一九八九年︶
四六
頁︒
これにつき︑売買代金の返還義務の成否は︑不能を生じる以前になされた代金支払の有効性にかかる︒危険負担は︑不能 関
法 第 四 六 巻 第 一 号
四四
︵四四
買主危険負担主義︵民法五三四条一項︶の制限解釈
四 五
︵ 四
五
10
二 頁
以 下
︵ 三
輪 一
博 ︶
︒
を生じた後の代金債務の存否を問題とすることは当然であるが︑これには遡及的な判断が及ばないと考えるべきであろうか︒
おそらく︑通説的理解は︑代金支払がなされていた場合であっても︑危険負担の問題を生じると解するように推測される︒
というのは︑有力説にいう﹁代金支払により危険が移転する﹂との結論は︑逆からいうと︑﹁代金支払により危険が移転し
ないとすれば︑当然に︑既に支払われた売買代金の返還が問題となる﹂ことを前提としたものであると考えられるからであ
る︒また︑代金支払につき先履行の特約がなされた場合であっても︑代金支払の後に不能を生じたときには︑すでに支払わ
れた売買代金の返還義務の存否という形で︑危険負担の問題を生じると解するのが当事者の意思にも合致するように思われ
なお︑ドイツ民法では︑債務の事後的消滅は不当利得返還請求権の発生原因であり る ︒
( co n d ic t i o ob
ca
us am i n f i ta m )
︑これ には︑反対給付履行後の債務者主義の適用が挙げられている
(B
GB
三二三条三項︑八︱二条一項二文前段︶︒
V gl . , Pa la nd
t BGB
Ko mm ., 5 3. A uf l, 1 99 4,
§812,
Rd Nr .
76;
Re ut er /M ar ti ne k, Un ge re ch tf er ti gt e B er ei ch er un g, 1 98 3, S .
139
f f . ,
S
.
734
f f .
; K
op pe ns te in er /K ra me r, U ng er ec ht fe rt ig te Be re ic he ru ng , 2. A u f l. , 1 98 8, S .
55 ;
Lo ew en he im , B er ei ch er un gs re ch t, 1 98 9, S . 4 8 ;
臣
di ge rM ar ti s, Be re ic he ru ng sr ec ht , 19 94 , S.
1
3.
( 9
)
﹁物権の設定または移転を目的とする双務契約では︑両当事者が相互に対価的意義を有する物または物に関する権利を負
担しているから︑それぞれの給付目的物について危険負担が問題となり得る︒これに対して売買契約では一方の債務が金銭
債務であるため︑給付不能がありえない︵四一九条二項︶から︑金銭給付以外の目的物についてのみ危険負担が問題となる︒
従って︑売買契約では常に売主が債務者で買主が債権者である︒﹂田山・前掲注(8)四五頁︒
( 1 0 )
半田吉信﹁危険負担﹂﹃民法講座固﹄︵有斐閣・一九八五年︶八五頁︒
( 1 1 )
半田吉信﹁売買契約における危険負担﹂﹃現代私法学の課題と展望団﹄︵有斐閣・一九八二年︶︱‑五頁︒
( 1 2 )
広中俊雄﹁危険負担﹂﹃民法論集﹂︵東大出版会・一九七一年︶九三頁註生中俊雄﹃債権各論講義︵第六版︶﹄︵有斐閣・一
九 九
四 年
︶ =
= ︱
‑ 三
頁 以
下 ︒
( 1 3 )
例えば︑遠藤浩ほか編﹃双書民法⑤契約総論
J( 有
斐 閣
・ 一
九 八
七 年
︶
( 1 4 )
広中・前掲注
( 1 2 )
の 文
献 を
参 照
︒
(15)沢井•前掲注(6)の文献を参照。
買主危険負担主義は︑
のローマ法が継受された地域では︑買主危険負担主義が残存することになる︒この他に︑地域固有の危険負担原理も︑
I I
( 1 6 )
半田・前掲注
( 1 0 )
注
( 1 1 )
の 文
献 を
参 照
︒
( 1 7 )
小野秀誠﹁特定物売買における危険負担口﹂福島大学商学論集五四巻三号二七頁(‑九八六年︶︒
( 1 8 )
我妻栄﹃債権各論中巻日﹄︵岩波書店・一九五七年︶二六八頁以下︒
(19)沢井•前掲注(6)-―六頁i半田・前掲注(10)九九頁以下。( 2 0 )
﹁以上のような意思解釈の基準を立てるとなると︑それは結局︑所有権の移転と危険の移転とを一致させたものとしての
フランス民法︱一三八条に類似したものであるということになろう︒そして︑このことは正当であるといわなければならな
い︒この点は︑所有権の移転が登記または︵動産の場合に︶引渡をまって生ぜしめられる法制のもとで所有権の移転と危険
の移転とが必ずしも一致させられていないのとは︑同一に論ずるわけにはいかないのである︒﹂広中俊雄﹃債権各論講義
︵ 第
六 版
︶ ﹄
︵ 有
斐 閣
・ 一
九 九
四 年
︶ 三
三 九
頁 ︒
( 2 1 )
﹁登記・引渡﹂時説が引渡主義に依拠するとの点につき︑半田説の指摘に従う︒そして︑この立場は︑危険移転の根拠を
所有権の権能の移転に求めるため︑実質的所有者主義と言い換えられることがある︒半田・前掲注
( 1 1 )
一 四
三 頁
以 下
を 参
照 ︒
なお︑広中・前掲注
( 2 0 )
三三九頁泣十田・前掲注
( 1 0 )
九 八
頁 以
下 ︒
V gl . , Br ox , a a O. , S . 2 5
ら
f fMd ic us ,a a O ., S . 15 : Lar en z, a aO . S . , 2 4 , S . 9 6 f f .
: F
ik en ts ch er , a a O. , S. 40 7 f f ・ : Es se r/ We ye rs , a aO ., . S 94
f f .
: W
es te rm an n, Ge fa hr un d G ef ah ri ib er ga ng m i Sc hu ld re ch t ( 1 . T ei ! ) ,
JA 1
9 78 , 4 81
f f . ,
Br ox , D ie Gef ah rt ra gu ng e i b U nt er ga ng d o er Ve rs ch le ch te ru ng e d r K au fs ac he , a aO .
2 ,
f f . ; So rg e! BGB
Ko mm ., aa
0
.
,
Vo r§ 44 6, d R Nr . 1 5 f f. ,
§4 46 , R dN r. 4 ,
1 0
f f .
: M
ii nc he rn er
BGB
Ko mm ., 2 . A u f l. , 1 98 8, §4 46 , R dN r. 1 , 7: Pa la nd
t BGB
Ko mm ., aa O . , § 44 6. Rd Nr . 4 : S ta ud in ge r B
GB K
om m. , 1 2 . A uf l . , 19 78 , § 44 6, Rd Nr . 3 : RGRK BGB
Ko mm ., a aO . , § 44 6, d R Nr
. 5
f f .
(l )
沿 革 と 法 制 度
ローマ法に端を発する︒そこでは︑契約主義が売買契約の一般原則として妥当していた︒こ
関 法 第 四 六 巻 第 一 号
四 六
︵ 四
六
買主危険負担主義︵民法五三四条一項︶の制限解釈
一七世紀に至って︑自然法の思想家達が︑自然法上の衡平の観点から買主危険負担主 義を批判する︒そこでは︑契約主義の否定と新たな理論の発展がもたらされる︒それらの影響を受けて︑
な契約主義と︑自然法的な所有者主義・債務者主義またはゲルマン法的な引渡主義との間で︑葛藤が展開されてゆく︒
(2 )
各国の立法は︑これらの法制度の妥協の歴史的所産であるという面が否定できない︒
以下︑最初に買主危険負担主義という概念を説明した上で︑
ローマ法と自然法の見解に触れた後︑契約主義・所有 者主義・引渡主義を採用する外国の制度を簡単に概観することにする︒
買主危険負担主義の意味
四七︵四七
従来︑危険負担における債権者主義の問題は︑売買の場面において強く意識され︑論じられてきた︒これは︑契約 法全体における売買契約の重要性や︑売買における危険負担制度が双務契約の牽連関係とは別個に発展してきたこと
(3 )
が原因であるとされている︒売買契約において︑契約成立と共に債権者主義が適用される制度を︑買主危険負担主義
( 4)
と呼ぶ︒買主危険負担主義は︑ローマ法に端を発し︑フランス法を経由し︑日本法に採り入れられたものであるとい
( 5 )
う︒但し︑買主危険負担主義という概念は複合的な内容を有するが︑このことは必ずしも明確に意識されてきた訳で
( 6 )
はな
い︒
売買契約における危険負担制度に関しては︑主に︑契約主義・所有者主義・引渡主義・分担主義の四者が存すると
( 7 )
される︒契約主義は︑契約の成立または効力の発生と共に危険が移転する制度をいい︑ローマ法︑スイス債務法︑日
本民法等がこの制度を採用する︒所有者主義は︑所有権の移転と危険移転とを結びつける制度をいい︑ 独自に生成して行く︒その後︑
ローマ法的
フラ
ンス
民法
︑
義・引渡主義と所有者主義とは︑相互に関係を有している︒ イギリス動産売買法︑アメリカ統一売買法等がこの制度を採用する︒引渡主義とは︑引渡により危険が移転する制度
をいい︑ドイツ民法︑オーストリア一般民法︑アメリカ統一商事法︑国際統一売買法等がこの制度を採用する︒分担
主義とは︑履行過程に応じて︑債権者と債務者がそれぞれ割合的に危険を分担しあう制度をいう︒なお︑分担主義は
( 8 )
現実の立法例としては存在しない︒
このうち︑危険移転時期の観点から危険負担を把握する制度は︑契約主義と引渡主義である︒契約成立の時期や引
渡の時期につき解釈の余地はあるが︑原則として︑契約主義では契約の成立または効力の発生と共に︑引渡主義では
引渡により︑それぞれ危険が移転することになる︒これに対して︑所有者主義は︑危険移転の根拠の観点から危険負
担を把握している︒危険移転の時期は︑所有権移転の時期により決定され︑所有者主義それ自体から導かれるもので
はない︒仮に︑所有権の移転が契約成立により生じるとするのであれば︑危険は契約成立と共に買主に移転する︒ま
た︑所有権の移転が引渡により生じるとするのであれば︑危険は引渡により買主に移転することになる︒本来︑所有
者主義は︑危険移転の根拠としての概念であった︒歴史的には︑所有者主義を根拠とする考え方は︑所有権移転時期
と関連して︑買主危険負担主義を肯定する方向と否定する方向の両方に分化していく︒この意味で︑買主危険負担主
負担されるべき危険または損害の観点から危険負担を把握する制度が︑分担主義である︒契約主義・所有者主義・
引渡主義は︑契約当事者のいずれが不可分一体の危険を負担するかという﹁
al lo
r n
ot
hi
ng
﹂的な危険の存在を前提と
する︒これに対して︑分担主義では︑このような危険概念を否定して︑契約当事者による危険の割合的分担を主張す
る︒したがって︑前者では︑画一的な危険移転時期が問題となるのに対して︑後者では︑具体的時期における危険分
関法第四六巻第一号
四八︵四八
以上述べた危険負担に関する用語につき︑相互の関係を整理すると︑次のとおりである︒
危険負担における債権者主義・債務者主義とは︑危険が発生した場合に︑その具体的状況の下で︑債権者・債務者
のいずれが不利益を負担するかを意味する概念である︒これとは別に︑契約締結により買主が危険を負担する制度を
買主危険負担主義︵債権者主義︶︑契約成立後の一時点において危険が移転する制度を債務者主義︑履行完了により
危険が移転する制度を売主危険負担主義︵債務者主義︶と呼ぶことがある︒
さて︑契約主義は︑常に買主危険負担主義である︒引渡主義は︑契約締結と同時に引渡が生じるものではないとい
う意味において︵契約締結後の一時点において危険が移転するという意味で︶債務者主義である︒所有者主義は︑所
買王
危険
負担
王義
︵民
法五
三四
条一
項︶
の制
限解
釈
二通りの意味がある︒ がある︒ここでは︑債権者主義︵買主危険負担主義︶ これとは別に︑売買契約の成立と共に買主が危険を負担する制度を︑債権者主義︵買主危険負担主義︶と呼ぶこと
観点から把握されている︒但し︑買主危険負担主義に対応する売主危険負担主義︵債務者主義︶との用語は︑履行完
( 1 0 )
了により危険が移転する制度を指して言う︒したがって︑債務者主義との用語には︑契約締結後の一時点において危
険が移転する制度を意味する場合と︑履行完了により危険が移転する制度︵売主危険負担主義︶を意味する場合の︑ るかということである︒ さて︑危険負担制度における債権者主義・債務者主義とは︑本来は︑危険の負担者の観点から危険負担を把握する
概念である︒すなわち︑危険が発生した場合に︑その具体的状況の下で︑債権者・債務者のいずれが不利益を負担す
( 9 )
担率が問題となる︒
四 九
︵ 四
九
・債務者主義との用語が︑契約成立時における危険の負担者の
ローマ法と自然法
ローマ法大全
( c o r p u s j u r i s
c i v i l i s )
一般に︑売買契約の歴史 有権移転時期をどの時点に予定するかにより︑契約主義的結果や引渡主義的結果またはそれ以外の結果を生じうる︒このように︑買主危険負担主義としては︑契約主義と︑所有権の移転が契約の成立と共に生じる法制度の下での所有者王義の両者が挙げられる︒また︑所有権移転が引渡により生じる法制度の下での所有者主義は︑結果的に引渡主義となる︒引渡主義は︑必ずしも所有者主義を根拠に成立するものではないが︑この所有者主義を含めて引渡主義とい
( 1 1 )
では︑売買の完成
( e m p t i o p e r f e c t a )
と共に︑危険は買主に移転した︒そして︑
この売買の完成は原則として契約締結により生じると考えられたので︑通常︑買主は契約締結時より危険を負担する
ことになった︒この買主危険負担主義は︑
p e r i c u l u e m s t e m p t o r i s
(危険は買主に存する︶という原則により表現され
( 1 2 )
ている︒ユスティニアヌス帝は︑買主危険負担主義につき︑滅失することのある特定物を売って滅失の虞れのない金
銭を取得しようとする売主の意思に合致すること︑買主は売買成立後の客体について生じた全ての利益を取得するこ
( 1 3 )
とを理由とするとされる︒
ローマ法が︑何故︑買主危険負担主義を採用するに至ったかについては︑必ずしも明らかではない︒この原則が︑
( 1 4 )
古典的ローマ法を承継したものか︑
i n t e r p o l a t i o
によるものかは︑争われている︒学説は︑
( 1 5 )
的発展の観点から説明するものが多い︒ 1
ロ ー マ 法
う概念が用いられる場合がある︒
関法第四六巻第一号
五〇
︵五〇
2自然法による危険負担理論への影響 買主の危険負担を論じる必要はなく︑
五
︵五
一般に︑物の毀損・滅失は︑売主の過失を超
( 1 6 )
すなわち︑売買の諾成契約性がどのように確立されたかにつき諸説あるが︑いずれの見解においても︑物々交換に
( 1 7 )
類する現実売買を起源とすることが想定されている︒現実売買では︑売買当事者双方の債権債務関係が生じないため︑
いずれの当事者が所有者として損害を被るかとの点のみが問題となる︒通常︑
現実売買の実行により買主が所有者となるのであるから︑物の毀損・滅失による損害は︑必然的に買主が被る︒
p e r i c u l u r n e s t e m p t o r i s
(~
吟tげ
g i
貝主に左"する︶という原則は︑この現実売買における危険の分配を︑諾成契約として( 1 8 )
の売買契約に持ち込んだものと考えられている︒
但し︑現実売買が広く行なわれた古典期においては︑むしろ買主危険負担主義に対する例外が発達した︒この例外
は個々の売買において認められるものであったが︑実際上は極めて重要な売買に適用されたため︑買主危険負担主義
( 1 9 )
は︑著しく限定された範囲に適用されるに過ぎなかったものと想像されている︒また︑売買契約の締結と共に売主が
負担する保管義務
( c u s t o d i a )
が広範に認められ︑この保管義務が︑売主と買主の危険を分配する機能を果たしてい
た︒すなわち︑保管義務の程度は各種の売買において異なっていたが︑
えてより高度な事故に関しても売主の保管義務違反を構成したため︑その結果︑買主が危険を負担すべき場面は極め
( 2 0 )
て限定されていたのである︒
ローマ法においては︑双務契約の牽連関係という概念は未だ存在しない︒売買より発生した債権債務関係の相互に
生じる拘束は︑売買が誠意契約であることを根拠として説明されていたとされる︒売買の双務契約性の確立は︑未だ︑
( 2 1 )
法理論の発展を待たなければならない︒
買主
危険
負担
主義
︵民
法五
三四
条一
項︶
の制
限解
釈
︵ 五
二 ︶
自然法の思想家達は︑
p e r i c u l u m e s t e m p t
o r i s
(危険は買主に存する︶とのローマ法上の原則に対して批判的立場を
採ったとされる︒ある有力な見解は︑所有権の移転と危険移転を結合させる考えを主張した︒そして︑買主が所有権
の取得の前に危険を負担することは︑実定法の規定に過ぎないと批判した︒但し︑この見解は︑契約成立と同時に所
( 2 2 )
有権が移転するとの立場を採るので︑結論的には︑買主危険負担主義を肯定することになった︒また︑別の見解によ
れば
︑
r e s p e r i t o d m i n o
(所有者は物の損害の危険を負担する︶とのローマ法上の原則を批評して︑売主が契約上負
担した債務を未だ履行していないのに、何故、買主が代金を支払わなければならないのかは、•この原則によっては解
決されていない問題であると指摘した︒結局︑契約成立から履行がなされるまでの間の履行の猶予が︑売主の遅滞に
よるか︑売買契約の性質によるものかによって︑売主が危険を負担するべきか︑買主が危険を負担するべきかが決定
( 23 )
されるとする︒そして︑このことは︑個々の売買契約の性質によって異なると言うのである︒
自然法の思想家達による買主危険負担主義に対する批判は︑現代的な視点から分析すると︑二つの注目すべき内容
を有していたといえる︒第一は︑契約主義が自然法的な衡平に合致しないという指摘である︒このことは︑現在の買
主危険負担主義に対する批判に関してそのまま引き継がれている︒第二は︑買主危険負担主義の根拠を具体的に指摘
した点である︒ここで注目すべきは︑買主危険負担主義それ自体を不都合であると否定するのではなく︑買主危険負
担主義の適用が︑当事者の衡平に合致する限り肯定されている点である︒その肯定の根拠の一っとして︑所有者主義
( 2 4 )
という内容が明確に主張された︒自然法の思想家によって指摘された所有者主義は︑その後の危険負担理論に多大な
( 2 5 )
影響を与える︒所有者主義は︑所有権移転時期と関連して︑所有者主義から導かれる買主危険負担主義とその否定と
( 26 )
しての引渡主義とに分化していく︒
関法第四六巻第一号
五
買主
危険
負担
主義
︵民
法五
三四
条一
項︶
の制
限解
釈
五
一八五条は売買契約に関し スイス債務法は︑危険負担に関して︑原則として債務者主義︵︱‑九条二項︶を採用しつつ︑譲渡契約に際して契
約主義(‑八五条一項︶を採用する︒すなわち︑全ての債務法上の請求権は︑債務者の責めに帰すべからざる後発的
( 2 8 )
不能により消滅する︵︱‑九条一項︶︒この場合︑双務契約においては︑給付を免れた債務者は︑原則として反対給
( 2 9 )
付の請求権を失うが︵︱‑九条二項︶︑危険が移転している場合は反対給付の請求権を喪失しない︵︱‑九条三項︶︒
( 3 0 )
譲渡契約においては︑契約締結とともに危険が移転する(‑八五条一項︶︒条文配置上︑
て規定されているが︑同条は売買契約に限定されず︑広く譲渡契約一般に適用される︒また︑不動産売買に関しては︑
( 3 1 )
引渡時期が定められていると︑その時点で危険が移転する︵ニニ0
条 ︶ ︒
スイス債務法では︑譲渡契約における危険分配に関する立法は︑ドイツ法的な伝統的体系とフランス法的解決との
間の
対立
から
︑
いずれの立場を採用するかが争われた︒当初︑
終的には︑物権変動に形式主義を採用しながら︵七一四条︶︑買主危険負担主義を採用する(‑八五条︶という形で︑
( 3 2 )
両者の妥協的な制度として成立することになる︒
契約主義の採用に際して︑立法者は︑危険負担と損害賠償の体系を混同したとする指摘がある︒すなわち︑債務者
は︑その責めに帰すべき後発的不能に関して︑損害賠償義務を負担し︵九七条一項︶︑その反面︑責めに帰すべから
ざる履行不能では︑契約当事者の双方は免責される筈である︵︱‑九条一項︑二項︶︒そして︑この原則に対する例
外として︑履行補助者の過失
( 1
0
一条
一項
︶
( 27 )
1スイス債務法
契 約 主 義
フランス法的な所有者主義を採用した第一草案は︑最
や履行遅滞後の偶然の事故
( 1
0
三条一項︶が定められたが︑この一︵ 五 ︱ ︱
‑ ︶
( 3 6 )
フランス民法は︑危険負担に関して︑原則として債務者主義を採用しつつ︑売買契約につき所有者主義を採用する
( 37 )
︵︱‑三八条二項︶︒そして︑所有権移転につき意思主義を採用するため(‑五八三条︶︑結局︑買主危険負担主義が
妥当することになる︒但し︑当事者の合意により所有権移転が留保された場合︑停止条件付売買の場合︑売買の目的
物が集中を生じる以前の種類物である場合には︑所有権の移転が生じない結果として︑危険は移転しない︒また︑売
( 3 8 )
主が目的物の引渡につき遅滞にあるときには︑例外的に︑危険は移転しない︒
p e r i c u l u m e s t e m p t o r i e s
(~吟ti
は貝ヽ王に左"する︶というローマ法の原則に対して︑自然法の思想家達は強く反発し
( 3 9 )
た︒そこでは︑契約主義が自然法上の衡平に反するとして批判されたとされる︒但し︑これら自然法法学による契約
主義に対する批判は︑所有者主義という概念を用いることにより︑必ずしも買主危険負担主義の全面否定にはつな
( 4 0 )
がっては来ない︒フランス民法の起草者達は︑買主危険負担主義の採用に際して︑
p e r i c u l u m e s t e m p t o r i e s
(危険
は
買主に存する︶というローマ法の原則に反対して︑
r e s p e r i t d o m i n o
(所有者は物の損害の危険を負担する︶という
四
( 3 5 )
1フランス民法 環として︑譲渡契約における契約主義(‑八五条一項︶が採用されたというのである︒しかし︑損害賠償法と危険負担規範とは原理を異にするから︑譲渡契約に関して契約主義を採用することは︑このことからは説明がつかない︒結
( 3 3 )
局︑契約主義の採用は︑歴史的沿革からの所産であって︑理論的説明に欠けるというのである︒
( 3 4 )
現在では︑契約主義の不合理性は強く意識され︑緩和の方向が強く示されている︒
所有者王義
関法第四六巻第一号
五四︵五四