行政側の政策の一環であり,常設小売店舗や買い物通りという私的小売空間の自律的発展とは切り 離されたものであった。第三に,市場の利用者側からの分析である。この点で,18世紀には一般庶 民とは一線を画す存在であると自負する新しい中間層,ミドリング・ソートが成長してきたことが 決定的な意味をもつ。伝統的市場は,新たに彼らが共有するようになったブルジョワ的価値観から 最もかけ離れた性格をもつ社会空間であった。このように,商工業者,都市自治体,中間層の消費 者は,それぞれの立場から市場改革を望んだわけだが,各グループの妥協の上に,最終的に落ちつ いた「市場」の形が,近代的市場会館であった。 本稿では,以上の点を踏まえ,1節で一般論としての市場の変遷と市場会館の出現過程を確認 し,2節以降でキングス・リンの市場に目を向ける。2節ではキングス・リンにおける中世以来の 市場の変遷過程,3節では18世紀以降の市場の変化と問題点を整理する。4節ではとりわけ長い18 世紀末に見られた市場広場の改良事業の事例として,市場会館の建築と家畜市場の移動について, 詳細に検討していく。そして5節では,近代的市場会館の建築を挟んだ時期である,18世紀末から 19世紀半ばにおける市場広場に立地する建物の占有者について,複数年の人名録を利用した実証分 析を行う。そこでは市場広場における連続性が明らかにされる。
1.イギリスにおける市場の変遷と市場会館
市場の形態は時代を追って変化していく5)。中世以来のイギリスにおける伝統的な野外市場の形 態は,基本的には18世紀頃まで続くが,その後,人口の増加を背景に変化が生じ始め,ヴィクトリ ア期に入る頃までには近代的市場会館と呼ばれるものが出現し,その中に市場機能がすべて収容さ れる新しい形態が主流になっていく6)。こうした市場の変遷について,まず整理してみよう。 市場は中世以来,仕切りのない野外にあり,市場広場と呼ばれる区画や教会の前の広場,主要な 通りの一部が市場のための空間として使われ,そこに売り台 stall が並べられていたが,野外市場 は公明正大な取引を行わせるための最大の工夫でもあった。次第にこうした広場の中心には「平和 と法の支配の中心」を表現する市場十字架 market cross が台座に乗せて設置されるようになった が,後には建物が建築され,その屋根の上に市場十字架が乗せられることもあった7)。また,伝統 的な市場では,徐々に屠殺場と肉屋の売り台が一区画に集まり,肉屋市場を構成するようになった。 というのも扱っている商品が特殊で,処理にあたっては水や排水設備を要するため,肉屋の一角は 特別な施設を必要としたからである。臭いをできるだけ拡散させず,血なまぐさい屠殺の光景を隠 すことに加え,直射日光を避け肉の腐敗を防ぐためにも,肉屋の区画には簡単な屋根が作られるこ 4)伝統的に,通りは私的な場なので誰でも自由に使えるという認識があったが,18世紀に生まれたブルジョワ的 価値観では,通りもまた公共の場であり,大衆の勝手な使い方に制限をつけるべきという声が中間層から寄せら れた。また,個々の店舗が集まる買い物通りも,私的空間ながらも公共的性格ももちあわせるという理由で,店 舗所有者の勝手な開発が許されなくなっていった。チェスターのロウズ the Rows がその一例である。 5)イングランドの市場の起源およびそれに関連する立法に関しては,ウォルフォード(1984),pp.25―60。 6)市場会館が後のチェーンストアやデパート,スーパー・マーケット,ショッピング・モールの原型と考える者もいる。Schmiechen & Carls(1999), p. ix. 他方,市場会館は,基本的にはすでに永続的な店舗と考える者もいる。 ハルダッハ&シリング(1992),p.230。
とが多くなった。 肉屋の他にもバターや鶏肉,卵のような腐りやすい食品を扱う者や,計量人 meter や使用料の 徴収人も,雨をしのぎ日射しを遮る屋根のある施設を求めた。こうした要望を受け,屋根つきの施 設を広場の一角に作る市場が増えていった。掘っ立て小屋のような粗末なものから,しっかりとし た木枠組みのものまで様々であり,18世紀になると古典様式の石造りの建物も現れた。代表的な形 状の建物は,上階にはいくつかの部屋が作られ,地上階部分はアーケードになっていた8)。一般に マーケット・ハウスと呼ばれるこのような建物は,複合的機能をもっている。上階では計量人が商 品を計測し,決められた基準に達しているかどうかの検査を行ったり,市場使用料を徴収したりす ることもあったし,役人たちの簡易宿泊施設を備え,公的な行政機能を果たす場にもなった。中に は市庁舎やギルドホールとなる場合もあった。一方,地上階のアーケード部分は,売買の場に特化 した。しかしマーケット・ハウスには屋根があったとはいえ,基本的には「屋外」に設置されたも のであり,伝統的な野外市場の補助的手段にすぎなかった。 18世紀になると市場の形態に変化が見られるようになった。都市人口の増加を背景に,新しい建 物や通りができて市場広場を侵食し始めた。市場の敷地内は,すでに荷馬車や商売人,買い物客や 訪問客の増加で飽和状態にあった9)。敷地内におさまりきらなくなった商売人は,売買の場を隣接 する通りに移し,許可なく占拠したが,肉屋通り,バター通り,チーズ通りなど,扱われる商品の 種類により特化した通りができることも多かった10)。一方,人口増加により新たな食料供給の場が 必要とされるにつれ,従来とは全く異なる場所に自生的に売買の場が出現することもあった。しか し,中世以来,王室特許状なくして市場を自由に設置することはできなかったし,市場活動の分散 化は使用料の徴収や違法行為の摘発などの市場の管理を困難にさせた。時には都市の秩序を乱す騒 ぎが起き,住民からの不満が高まることもあった。そのため,都市自治体は通りと市場を分離させ, 本来の市場そのものの管理を強化するための解決策を模索した。 変化は市場を利用する側にも生じた。新しい感性やレスペクタビリティといったブルジョワ的価 値観を次第にもつようになってきた中間層の人々の登場である。彼らは自分たちの新しい感覚に基 づく市場の改良と通りの利用規制を望んだ。市場は,経済的機能をもつだけでなく,公式・非公式 に,人々が集まる場でもあった。商品の取引の場であった市場広場は,昔から民衆の娯楽の場でも あり,熊追いやネズミ殺しのような動物ゲームやどんちゃん騒ぎが行われ,広場内のパブでは民衆 が集まって騒いでいた。さらに,市場には家畜等の糞尿や肉屋や魚屋から出たゴミが散乱し衛生状 況は悪く,通行を妨害するように放置される商売人たちの荷馬車等の障害物や,市場を走り回って いる屠殺場等から逃げ出した家畜が引き起こす混雑や混乱の悪化に,中間層の人々は辟易していた。 市場は口論,喧嘩,暴動,犯罪といった洗練から最もかけ離れている行為が頻繁に見られる場であ り,中間層は無秩序で不快な伝統的市場や野蛮な庶民の統制を求めたのである11)。通りに関しても 同様で,中間層の人々は我が物顔で自由に通りを占拠する民衆を一掃し,安全性から見ても,通り は交通に特化すべきであると考えた。 都市自治体による市場と通りを分離する試みは17世紀末頃から見られた。従来の市場の敷地を壁
8)Schmiechen & Carls(1999), pp.7―8. 9)Ibid., p.5.
10)Ibid., p.5. こうした通りでは,当初は売り台を地面に置くだけであったが,そのうち認可をとって小屋を建てた ものが常設小売店となり,買い物通りに発展していく事例もある。Stobart(2015a),注12,13。
や柵で囲い込み,出入り口を数ヶ所に限定し,人と荷車の出入りを管理する,というものであった。 路上で行われていた取引は敷地の中に入れ込まれ,敷地内における売買行為以外の活動と,市場か らはみ出して通り等で行う取引の抑制をはかったのである。囲い込まれた市場の中は基本的には従 来のままで,マーケット・ハウス等の建物や,計量所,穀物取引所の他,一つずつ独立した屋根つ きの店舗や売り台があったが,中には商品種別ごとの区画ができているところもあった。しかし市 場を囲い込むことに抵抗を感じる都市も多く,19世紀末の段階でもイングランド全体の605の市場 の内,231は完全な野外市場であった12)。ノーフォークではノリッジ,グレート・ヤーマス,キン グス・リンといった三大市場は,囲い込まれることはなかった。 それまでの伝統的市場に終止符を打ったのは,近代的市場会館であった13)。1750年以来700の市 場関連の建物が建築されたが,市場会館はとりわけ1830年以降に顕著であった14)。市場会館は,鉄 道の駅やホテル,海辺の遊歩桟橋に並び,ヴィクトリア期における建築上の革命の一つと見なされ ているが,これにより中世以来の市場の形態が大きく変化し,近代化されることになった。市場会 館の特徴の一つは,市場管理と市場機能の効率化を追求したことにある。市場会館は,屋根のある 一つの建物の中に,市場や通りなどにそれまで散在していた売り台その他を収容するアイディアか ら生まれた。前述の市場の囲い込みでは,市場広場を近くの通りから切り離すことが主目的であっ たが,市場会館はそれに加え,市場を効率的に管理統制することに重点が置かれていた。内部のレ イアウトにも気が配られており,多くの市場会館では商品の種類ごとにブロックに分けられ,人や モノを運ぶための整然とした通路も設けられた。衛生面はとくに配慮されており,排水設備や大規 模な換気設備,照明が施され,中には屋根をガラス張りにし,採光を良くしていた市場会館もあっ た。 二つ目の特徴は,ブルジョワ的価値観が様々な場所に反映されていたことである。都市空間や都 市生活の質の高まり,すなわち都市ルネサンスの拡がりを示す快適性・便利性・安全性の向上は, 中間層の要求に応える市場会館にも見られた。伝統的な市場のように汚くて混沌としていてはなら ず,清潔で,秩序が保たれた場所でなければならなかった。会館の利用の仕方は徹底され,店舗や 売り台の並ぶ売り場には,民衆が娯楽をもち込むこともなければ,荷馬車や家畜が入ってくること もなかった。中間層は安心して買い物と社交を楽しむことが可能になったのである。収容された店 舗側は,顧客の中心が中間層になったこともあり,それぞれが近代的な小売方法を意識するように なった。ディスプレイの工夫や現金即売などの新しい価格のつけ方などがその例である。 三つ目の特徴としてあげられるのは,近代的市場会館の建築を先導したのは都市政府であったこ とである15)。というのも,市場開催権は王室特許状や,のちには議会から付与されている場合が多 かったことに加え,市場会館を作るのに必要な広い土地を都市の中心部に確保する力があるのは都 市自治体くらいしかなかった16)。ただし,都市政府単独で建築から運営に至る過程を担うことは稀 12)Ibid., p.31.1860年代の初頭には,まだ800近い市場が残っていた。ハルダッハ&シリング(1992),p.230。 13)リヴァプールのセント・ジョン・ホール(1822年)が最初の本格的な市場会館と考えられている。 14)Schmiechen & Carls(1999), pp.144―51. 市場会館に関しては,Mitchell(2014),とりわけ ch.8を参照せよ。 15)Schmiechen & Carls(1999), p.111. 都市の市場開催権は,マナ領主が保有する場合もあったが,市場改革に消極
的な者も多く,そのような私的な所有権を都市政府や都市改良委員会などの公的な機関に移管させることも,市 場改革の一つであった。
Riv. Gay Purfleet Millfleet Riv. Ouse Riv. Nar ① ⑦ ④ ⑤ a b ⑦ j i h g a b c f d e l ⑩ ⑨ ⑪ ⑫ ③ ⑥ ② ⑧ ⑳ ⑰ ⑲ ⑱ ⑯ ⑮ ⑬ ⑭ k ! St. Nicholas St. " Austin St. # Common Staith $ Tuesday Market Place % Market Ln.
& Chapel St.
' Norfolk St. a)旧 Grass Marketb)旧 Damgate St. ( Littleport St. ) King St. * High St. + Broad St. , Paradise Ln. - King Staith . Queen St.
/ Saturday Market Place 0 St. James St. 1 Tower Ln. 2 London Rd. 3 St. James Rd. 4 Back Rd. a )Market House(市場会館) b )Globe Inn
c )St. George’s Hall(old theatre) d )Maid’s Head Inn
e )Duke’s Head Inn
f )Coffee House(Freemason’s Tavern) g )Custom House h )Town Hall i )St. Margaret Church j )New Theatre k )South Gate l )East Gate 地図 キングス・リンの通り,広場,建物
なく通りを堂々と占拠して商売をする行商人が,顕著になってきたからである37)。都市自治体はこ うした不法な行商行為を規制する法を出したが,効果はあまりなかった。往時の歳市では100を超 えていた売り台は,1788年にはたった35の売り台と3店舗しか見られず,1795年に歳市に参加する 商工業者の数は30年前の半分であった38)。 しかしながら,歳市の経済的機能は小さくなったものの,訪れる人の数は減らなかった。歳市は 上品なレジャーや社交の場としての性格を強めて変化しつつあり,当時の雑誌には洗練された人々 が催しを目的に市に足を運んでいると描かれている39)。とはいえ,19世紀に入っても,ハイ・スト リートよりも歳市の方が,はるかに多い種類の商品を入手できるという観察もあり,歳市が急速に 衰退していったのは1820年代のことであった40)。そして1840年代までには,商品売買のための市 trading fair としての経済的な存在理由が失われていき,商品の売り台に代わり娯楽施設 pleasure fair bazaar が並ぶ娯楽市 pleasure fair に変化した。
用者側が自前で備えつけることになった。家畜市場の賃借人から構成されるアソシエーションの新 家畜市場賃借人組合(「賃借人組合」と表記)は,その条件を受け入れ,市場の新築に向けて本格 的に動き出した。 市場会館の時とは異なり,賃借人組合がすべての計画をたてて事業を進めた。大きな建物の建築 など,都市自治体の経験を必要とする作業がなかったことも,アソシエーションの主導を強めた要 因の一つであろう。まず,賃借人組合は,新家畜市場への出資者を募るために運営委員会をあらた に設け,キングス・リンと近隣農村地域からそれぞれ10人ずつ委員を選出した。都市自治体からの 資金援助を得られない以上,都市の住民だけでなく近隣からも広く資金の提供を受ける必要があり, そのためにも近隣農村の人々を積極的に運営委員に選出したのである。そのうちの一人はノーフォ ークの名士,フォークス卿 Sir William Folkes であった60)。
表:火曜市広場の建物の占有者
1784 1822 1830 1845 1854 1864 件 % 件 % 件 % 件 % 件 % 件 % 飲食・宿泊 inn/coffee
house 5 23.8inn/tavern 5 17.9inn/pub 3 7.7inn 5 12.5 inn 4 9.5inn/victualler 4 13.3
卸商・商業 サービス
merchant 1 4.8merchant 3 10.7merchant 4 10.3merchant/
brewer 8 20.0 merchant 5 11.9merchant 2 6.7 banker 1 3.6banker 2 5.1banker/bank
manager 4 10.0 banker/bank manager 3 7.1 banker/bank manager 4 13.3 ship owner 2 4.8
agent 1 3.6agent 2 5.1agent 2 5.0 agent 2 4.8broker/agent 1 3.3
専門職
attorney 3 14.3attorney 2 7.1attorney 2 5.1attorney/
solicitor 4 10.0 attorney 1 2.4 attorney/
solicitor 3 10.0 physician/
surgeon 3 14.3 surgeon 1 2.6dentist 2 5.0 surveyor 1 2.4engineer 1 3.3 ジェントルマン gentry 2 5.1gentry 2 5.0 gentry 2 4.8gentry 4 13.3 公的な役職 public clerk 1 4.8public clerk 1 3.6public clerk 2 5.1 public clerk 3 7.1public clerk 2 6.7
小売店 飲食料
grocer 1 4.8grocer/tea dl 2 7.1grocer/tea dl 2 5.1grocer 2 5.0 grocer/tea dl 2 4.8grocer 1 3.3 confectioner/
baker 1 3.6confectioner 1 2.6 confectioner/
fruiterer 1 2.5 confectioner 1 2.4confectioner 1 3.3 maltster 1 3.6fishmonger 1 2.6
fruiterer 2 5.1 butcher 1 2.6
雑貨
druggist 1 4.8chemist/
druggist 2 7.1chemist 1 2.6chemist 1 2.5 chemist 1 2.4 china/
glass dl 1 2.6
衣料
draper 1 4.8 draper &c 2 5.1draper/tailor 2 5.0 draper/tailor 2 4.8draper/tailor 1 3.3 hatter 1 2.5 hatter 1 2.4hatter 1 3.3 toy dl 2 5.0 toy/fancy dps 1 2.4fancy dep 1 3.3 milliner 1 2.6
皮革 currier/
leather cutter 1 4.8glover 1 3.6 leather cutter 1 3.3
木工・ 金属・ その他
upholster 1 4.8ironmonger 1 3.6
saddler 1 4.8saddler 1 3.6saddler 1 2.6saddler 1 2.5 saddler 1 2.4
machine mk 1 4.8machine mk 1 3.6 coach bld 2 4.8coach mk 1 3.3 rope mk 1 2.6 rope mk/ sail mk 2 4.8 brick/tile dl 1 2.4matting manu 1 3.3 奢侈的 新産業 silversmith 1 4.8 silversmith/ jeweller/ watch/ clock mk 4 14.3silversmith/ watch mk 4 10.3 silversmith/ watch mk 2 5.0 silversmith/ watch/ clock mk 1 2.4 hair dresser 1 2.6hair dresser 1 2.5 hair dresser 1 2.4
bookseller/ printer 1 2.4printer 1 3.3 music seller 1 2.4 auctioneer 1 2.6 小売合計 8 38.1 14 50.0 20 51.3 13 32.5 18 42.9 9 30.0 その他 painter/
plumber 1 3.6joiner 1 2.6 slater 1 2.4
TOTAL 21100.0TOTAL 28100.0TOTAL 39100.0TOTAL 40100.0 TOTAL 42100.0TOTAL 30100.0
参考文献(引用分のみ)
<一次資料>
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