課程博士・論文博士共通
博 士 学 位 論 文 要 約
論 文 題 目: ネグレクト児童の学校ソーシャルワーク実践に関する研究-拠点巡 回型スクールソーシャルワーカーの専門的役割を中心に-
氏 名: 奥村 賢一
要 約:
本研究は,ネグレクト家庭で生活する小学生(以下,ネグレクト児童)の教育を保障してい くための諸課題を明らかにしたうえで、ネグレクト児童の学校ソーシャルワーク実践において 求められるスクールソーシャルワーカーの専門的役割を拠点巡回型の活動形態を中心に検討し ていくことを目的とする.
本研究の特徴は,①児童虐待のなかでも最も抽象的な概念で専門的な判断や対応が難しいネ グレクトに着目し,②学校生活上の諸問題の低年齢化が顕著となっている小学校でのネグレク ト児童の支援に向けた現状と課題を整理したうえで,③ネグレクト児童の支援において拠点巡 回型スクールーシャルワーカーに求められる専門的役割について検討していくことにある.こ れらの研究により種々の教育問題を抱えたネグレクト児童に対する支援の重要性が明らかにな るとともに,多職種協働に向けた取り組みが進む学校現場において,拠点巡回型スクールソー シャルワーカーの専門的役割を中心に教育保障に向けた学校ソーシャルワーク実践の有効性に ついて提案することができる点に意義がある.本研究では文献研究(序章,研究課題1,研究 課題2,総合考察),定量的研究(研究課題3,研究課題4),定性的研究(研究課題5)に基 づいて行うものであり,以下その具体的内容について説明を行う.
研究課題1(第1章)では,本研究のテーマに関連する先行研究の検討を行った.「CiNii」
を利用して国内外の児童虐待に関する先行研究を渉猟した結果,国内のネグレクト研究は他の 虐待に比べても蓄積が乏しく,とりわけ学校を中心とした教育分野での研究は希少であり,ネ グレクト児童に対するスクールソーシャルワーカーの専門的役割を示したものは存在しな いことが明らかとなった.他方,わが国のスクールソーシャルワーカーに関する研究の歴 史は浅く,これまで山下らの【スクールソーシャルワーク】と門田らの【学校ソーシャル ワーク】が専門用語として中心的に用いられてきた.両者の主張はソーシャルワークを基 盤とする点は共通しながらも,特に学校との関係性に対する捉え方に違いがあることを示 唆している.なお,本研究ではスクールソーシャルワーカーが行う支援活動の総体を「ソーシ ャルワークの理念に則り児童生徒の教育保障を目的とした学校を拠点に展開していく専門的支 援活動」であると定義して「学校ソーシャルワーク」を用いることとした.
研究課題2(第2章)では,ネグレクトの遠因となりうる学校・家庭・地域(関係機関)の 課題について文献研究を中心に検討を行った.学校では,ゆとり教育の見直しに伴う授業時間 数の増加や時間外の生徒指導や保護者対応などにより教員に過重な業務負担が課せられている.
年間約5,000人の精神疾患による病気休職者や団塊の世代の退職に伴う教員不足から新卒教員
の採用増加など,学校の組織体制そのものが脆弱化しているなかで子どもと充分に向き合う時
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間と余裕のない実態が明らかとなった.家庭では,少子化に伴う核家族化や両親の共働きなど 家族で過ごす時間が不足する家庭が増加している.また,近年では子どもの貧困に象徴される ように格差社会の拡大から経済的困窮や社会的孤立などの問題を抱える子育て世帯が増えてい る.このような状況は子どもの教育にも大きな影響を与え,親の収入が子ども学習環境を大き く左右する状態となっている.地域(関係機関)では,児童虐待相談対応の増加により児童相 談所が機能不全を起こすほど職員の過酷な労働が問題となっている.国は 2016 年の児童福祉 法一部改正により市町村の強化を推し進めていく方針を示しており,そのなかで重要性を増す のが要保護児童対策地域協議会(以下,要対協)である.要対協を活用した虐待の早期発見・
未然防止に注力していく仕組み作りにおいて,スクールソーシャルワーカーが学校や教育委員 会の積極的関与を促す潤滑油としての役割を果たしていくことが求められている.
研究課題3(第3章)では,教員のネグレクトに対する認識と小学校の対応課題について検 討を行った.A市内の公立小学校(145校)に勤務する教員(5,759名)を対象に無記名自記式 質問紙調査を実施した.その結果,回答した教員の90%以上がネグレクト児童の支援を学校だ けで対応することが困難だと認識していることが明らかとなった.ネグレクト家庭は地域との 関係性が希薄であることが多く,教員の大半が保護者との関わりに難しさを感じていた.また,
不登校や非行は約75%以上の教員がネグレクト児童に関連する問題と捉えているが,ネグレク ト家庭で生活する児童の増加に関しては学級担任とその他の教員(管理職を除いた担任をして いない教員)の間に認識の差が示された.一方,校内でネグレクト児童に対するケース会議を 定期的に実施することや児童相談所など関係機関との連携を行うことについては,学級担任の 認識が管理職やその他の教員に比べて乏しいことが認められた.この状況はスクールソーシャ ルワーカーと連携することの効果に対する考え方と同様の結果が示された.以上のことから,
小学校でのネグレクト児童の支援は管理職やその他の教員と比べて学級担任の関わりが乏しく,
チームアプローチを行うための共通理解・共通実践に課題があることが明らかとなった.
研究課題4(第4章)では,スクールソーシャルワーカーのネグレクト児童に対する支援実 態と活動上の課題を明らかにするため,B 県内の 24 市町教育委員会に協力を依頼してスクー ルソーシャルワーカー(42 名)を対象に無記名自記式質問紙を用いた託送調査法を実施した.
本調査では虐待事例に対する相談対応の実態およびスクールソーシャルワーカーが取り組むべ きと考える支援内容について回答を求めた.その結果,スクールソーシャルワーカーに寄せら れる虐待相談ではネグレクトが最も多く,小・中学校ともに50%以上を占めていいた.しかし ながら,これらの虐待事例に対する児童相談所の介入状況は配置型・派遣型ともにネグレクト の割合が最も低いことが明らかとなった.一方,スクールソーシャルワーカーが虐待事例で取 り組むべき支援内容において高い割合を示したのが【アドボカシー活動】【ネットワーキング】
【アセスメント】であった.スクールソーシャルワーカーは被虐待児童生徒の権利擁護や代弁 機能を発揮していくためにアセスメントを丁寧に行うほか,地域で子どもや家庭を支えるネッ トワーク作りなどを重視することが示唆された.しかしながら,そのように捉える根拠につい ては活動形態による違いがあり,自治体の特徴も加味したうえで配置型・派遣型に応じた実行 可能な支援内容についてはさらなる検討が必要である.
研究課題5(第5章)では,ネグレクト児童に対する支援プロセスの一例について定性的 研究から検討を行った.拠点巡回型で活動するA市教育委員会のスクールソーシャルワーカー
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(12名)に対し,ネグレクト状況の改善により教育保障がなされた小学生の事例について半構 造化面接によるインタビュー調査を行った.調査により得たデータの分析方法は,修正版グラ ウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach)を用いた.その 結果,拠点巡回型スクールソーシャルワーカーは支援導入期に≪校内・校外から集約される気 になる児童のネグレクトキャッチ≫を通してネグレクト児童の支援を開始する.校内では<手 詰まり感がある学校(教員)から寄せられた状況分析>を行い,校外で<ノーマークの情報支 援に繋げる学校の窓口機能>の役割を果たす.支援展開期では学校・家庭・関係機関で広汎的 な活動を積極的に行う.学校では,≪ネグレクト児童のために学校が取り組む協働的支援のプ ロデュース≫として<学校のサポート集団づくり>を通して学校の意識改革からの行動変容を 促す役割を果たすとともに,<児童目線の支援ディベロッパー>として常に子どもに寄り添う 支援を率先して企画・実行していく.家庭では,≪保護者とのパートナーシップ形成≫を行う ため,<保護者と繋がるための下地作り>を慎重かつ大胆に行った後,<裏方に徹する保護者 ガイド>をして学校との協力関係を仲介する.関係機関では,≪連係的ネットワーク活用≫で きるように学校との組織的対話ができるシステム作りを行っていく.支援潤滑期では,≪ネグ レクト環境の改善状況を維持していくための自律機能を促進≫していくために,学校・家庭・
関係機関の交互作用を導きながら,安定した協働体制を提供できるよう下支えを継続していく という支援プロセスを明らかにした.
総合考察では,これまでの研究結果を踏まえたうえでスクールソーシャルワーカーには,① 学校教育を保障する個別的機会を創出する役割,②学校(教員)の児童虐待専門化を支援する 役割,③学校の組織的ソーシャルワークを支援する役割,④ネグレクト家庭の保護者を支える 役割,⑤学校・家庭・地域の協働に向けた連係促進の役割,以上の5点がネグレクト児童の学 校ソーシャルワーク実践における専門的役割であるとの結論に至った.ネグレクトという学校 や関係機関が関与し難い事象に対して,小学生の段階から支援を行うことの有効性を明らかに した点に本研究の意義があると考える.最後に本研究の限界として,今回は小学校のネグレク ト児童を対象に研究を行ったが,限定された自治体での調査結果および実践例であるため,今 後は他の自治体でも同様の調査を積み重ねていくことで本研究の有効性を検証していきたい.
また,不登校,いじめ,暴力行為などが顕著となる中学校でのネグレクト生徒に対する支援に ついても研究を進めていきたいと考える.さらに,研究課題5(第5章)で行った定性的研究 については,未改善事例との比較や拠点巡回型以外の活動形態におけるスクールソーシャルワ ーカーの専門的役割を検討していくことも今後の課題である.ネグレクト児童に対する学校ソ ーシャルワーク実践の充実が一人でも多くの教育保障に繋がるよう研究を継続していかなけれ ばならない.