おいては嗅覚的な表現が目立つ一方で,この作品には視覚文化がウルフに 対して持つ重要性が表れていると論じ,エリザベスとフラッシュが対応す る存在であることが,言葉による描写だけではなく挿絵によっても示され ていることを指摘する。こうしたダブルの問題が,『フラッシュ』におい てはしばしば鏡を通して明らかにされることをハムは指摘する(226)。こ こで,フラッシュとエリザベスの鏡像的な対応,ダブルの問題を見てみた い。没落を極め,仕方なくフラッシュを手放すことにしたミットフォード 嬢に連れてこられた犬のフラッシュと,病身で部屋に籠りきりであったエ リザベスとの出会いの場面で,人間と犬という違いがあるものの,両者は 自分たちの類似性に驚く。
Each was surprised. Heavy curls hung down on either side of Miss Barrett’s face; large bright eyes shone out; a large mouth smiled. Heavy ears hung down on either side of Flush’s face; his eyes, too, were large and bright: his mouth was wide. There was a likeness between them.(20)
つまり,視覚的にエリザベスの分身性が示されているのである。とはいえ, 病人エリザベスと元気な犬のフラッシュは対照的であるうえに,両者には “Between them lay the widest gulf that can separate one being from an-other. She spoke. He was dumb. She was woman; he was dog”(20).と いう犬と人間という大きな違いがある。これは,エリザベスの晩年におけ
るフラッシュの死の場面でも,「大きな口,大きな目をした彼女の顔と豊
かなカールは奇妙なことにいまだにフラッシュに似ていた」(102)と繰り
返される。しかも,“Broken asunder, yet made in the same mould, each, perhaps, completed what was dormant in the other. But she was woman; he was dog”(102).とあるように,両者は「二つに割られているが,同
ベスとウィルスンの間にも見られるという読解の可能性を問うてみたいと 思う。
2.ウルフと周辺的存在
まず,このウィルスンは周辺的な存在で,情報がないながらも「伝記作 家」の好奇心を掻き立てる存在であるということを,「伝記作家」は異様 に長い注の冒頭で語る。ウィルスンに割かれたあまりに長い注はこれまで も注目を集めてきたが(Flint xvii),本稿では「伝記作家」の語りと分身 モチーフに注目して,この注およびウィルスンの表象を考えてみたい。The life of Lily Wilson is extremely obscure and thus cries aloud for the services of a biographer. No human figure in the Browning letters, save the principals, more excites our curiosity and baffles it.(F105―06)
らなく,マクナブ夫人の人生の労苦を垣間見せている。つまり,ウルフの
労働者階級への関心は決して表面的なものではない。10年ほども放置して
おいた別荘で暮らせるように準備しておくよう,突然手紙で頼まれて当惑 するマクナブ夫人の胸の内が明かされている。
All of a sudden, would Mrs. McNab see that the house was ready, one of the young ladies wrote: would she get this done; would she get that done; all in a hurry. They might be coming for the summer; had left everything to the last; ex-pected to find things as they had left them.(118)
ザベスは彼女自身がテイラーに会いに,当時は治安の悪いことで知られて いたホワイトチャペルに向かうことにしたのである。良家の女性がそのよ うな場所に立ち入るというのは,当時の常識では考えられない無茶な行動 である。規範を遵守することを重視し,それゆえにフラッシュにも厳しい ウィルスン6 は,ホワイトチャペルのような悪が跋扈する場所には足を踏 み入れるべきでないと考えていた。メイドの職務(maid)について,ウ ルフは『三ギニー』に彼女自身が付けた注7のなかで説明している。それ によれば,メイドは女主人がピカデリーに行く際には同行しなければなら なかったが,物騒なホワイトチャペルには同行しなくてよかった(TG297)。 つまり,ホワイトチャペルにまで同行したウィルスンの忠誠心は,ウルフ の考えるメイドの職務を超えた強いものであった。 ウィルスンの強い忠誠心は,ホワイトチャペル行きよりも勇気を要する 駆け落ちの際にも示される。「伝記作家」は注のなかで次のように語る。
Where Miss Barrett went, Wilson must go too. This principle was triumphantly demonstrated by her conduct at the time of the elopement. Miss Barrett had been doubtful of Wilson’s courage; but her doubts were unfounded.(106―07)
エリザベスの目には「臆病」(timid)に映っていたウィルスンが駆け落ち
エリザベスが勇気を振り絞って断行したホワイトチャペル行きであった が,結局は,テイラーは不在で,彼の妻としか会えなかった。だが,それ でも妻と話したおかげで,テイラーはフラッシュの返還交渉のために再び バレット家にやって来た。ところが,テイラーと鉢合わせてしまった弟ア ルフレッドがテイラーに悪態をつき,罵倒した。テイラーも応戦し,つい に犬は返さないと捨て台詞を残して帰ってしまう。そこでエリザベスが再 びホワイトチャペルに行くと言い出したために,別の弟セプティマスが身 代金を払ってくることにしたのである(64―65)。こうしたいきさつを経て ようやくフラッシュは無事に戻ってくる。 ウルフは,エリザベスの代表作のひとつである詩による小説『オローラ・
リー』Aurora Leigh(1857)の評論「オローラ・リー」“Aurora Leigh”(1931) において,文学者としてのエリザベスの栄光は過去のものとなってしまっ たと述べ,エリザベスがその作品よりもロバートとの駆け落ちなどの劇的 な人生によって知られていることに言及し(202),『オローラ・リー』に ついては,欠点を指摘しつつも,称賛で締めくくっている。
... but, nevertheless, we read to the end enthralled. What more can an author ask? But the best compliment that we can pay Aurora Leigh is that it makes us wonder why it has left no successors.(213)
こうした文学者としての敬意だけではなく,フラッシュをテイラーから奪
還するまでの父たちとのエリザベスの戦いに,『三ギニー』に見られるよ
えたミラノの宿舎の娘たちは帽子職人であった。セプティマスは,何も感 じられない苦しみが恐怖として彼を押し潰しそうになった晩,妹娘のほう
のレイツィアと婚約した(76)。イギリスでの生活を楽しみにしていたレ
イツィアを待っていたのは,異郷での孤独で不幸な結婚生活であった。
Far was Italy and the white houses and the room where her sister sat making hats, and the streets crowded every evening with people walking, laughing out loud, not half alive like people here, huddled up in Bath chairs, looking at a few ugly flowers stuck in pots!
“For you should see the Milan gardens,” she said aloud.(19)
イギリスとの対比で際立つイタリアの活気が,レイツィアの独白において は花に象徴されているが,『フラッシュ』においてもイギリスとイタリア の対照は顕著であり,階級意識,規則,因襲にがんじがらめの窮屈なイギ リスとは対照的に自由で活発なイタリアとして表象される。ブラウニング 夫妻とその一行が落ちついたイタリアのピサでは,犬の階級差が存在しな かった。ロンドンでは様々な犬種の犬がいて,犬の間に階級差があったが, ピサではすべての犬が雑種であるということに,フラッシュは驚く。“But
here in Pisa, though dogs abounded, there were no ranks; all―could it be possible―were mongrels”(72).雑種しかいないピサにあっては,フラッ
シュは「亡命中の王子」であり,「下層民のなかの唯一の貴族」なのであ
る。“Flush felt himself like a prince in exile. He was the sole aristocrat among a crowd of canaille. He was the only purebred cocker spaniel in the whole of Pisa”(72).
ロンドンで階級を意識するようになってからは,対等の者や,より高位の 者の間で押さえられていた。だが,純血のコッカー・スパニエルは彼だけ という環境で,彼の上流気取りが顕在化する。
フィレンツェで暮らすようになって,カッシーネ公園で彼にとっての決 定的な瞬間が訪れる。
The moment of liberation came one day in the Cascine. As he raced over the grass “like emeralds” with “the pheasants all alive and flying,” Flush suddenly bethought him of Regent’s Park and its proclamation: Dogs must be led on chains. Where was “must” now? Where were chains now? Where were park−keepers and trun-cheons? Gone, with the dog-stealers and Kennel Clubs and Spaniel Clubs of a cor-rupt aristocracy!(75)
ピサで階級意識から解放されたフラッシュは,今度はフィレンツェで,イ
タリアには規則も,犬泥棒のような危険もないということを実感する。“He
was the friend of all the world now. All dogs were his brothers. He had no need of a chain in this new world; he had no need of protection”(75). フラッシュは自由を実感し,新しい世界が眼前に広がるのを感じる。
こうした高揚感は,父からの支配を逃れたエリザベスのそれと同じもの である。フラッシュが,ピサには犬泥棒がいないということで安心するの と対応するように,エリザベスは犬泥棒テイラーに会いにホワイトチャペ ル北部のショアディッチに行った際に見た男たちの顔を思い出し“―‘the faces of those men’ in Shoreditch came again before her eyes. She was al-ways comparing Pisa with London and saying how much she preferred Pisa. In the streets of Pisa pretty women could walk alone”(74),そのよ うな危険がないピサ,きれいな女性が一人で歩くこともできるピサを称え る。
また,エリザベスはイタリアに到着すると,別人のように健康になった。
thim-bleful of port and complaining of the headache, she tossed off a tumbler of Chianti and slept the sounder. There was a flowering branch of oranges on the dinner -table instead of one denuded, sour, yellow fruit. Then instead of driving in a ba-rouche landau to Regent’s Park she pulled on her thick boots and scrambled over rocks.(73)
かつてとは打って変わって,エリザベスは飲み,食べ,岩山を歩く。エリ ザベスにとってのイタリアはそれまでの抑圧された人生とは対極の楽園で あった。
She was never tired of praising Italy at the expense of England. “. . . our poor Eng-lish,” she exclaimed, [. . .] So Mrs Browing every day, as she tossed off her Chi-anti and broke another orange from the branch, praised Italy and lamented poor, dull, damp, sunless, joyless, expensive, conventional England.(74)
ス的お上品ぶりが抑えていたウィルスンの生来の情熱は,次第に頭をもた
げてくる。「伝記作者」は注で次のように語る。
But, though “she was struck back by the indecency of the Venus,” Wilson, greatly to her credit, seems to have bethought her that women are naked when they take their clothes off. Even I myself, she may have thought, am naked for two or three seconds daily. And so “She thinks she shall try again, and the troublesome mod-esty may subside, who knows?” That it did subside rapidly is plain.(107)
このようにウィルスンの「厄介なしとやかさ」が急速に消えていったと「伝 記作家」は注で詳述している。一方で,本文におけるウィルスンの変化に 関する「伝記作家」による描写は,注ほど詳細でないものの,「伝記作家」 の筆が本文のなかでウィルスンに向けられる数少ない箇所である。イタリ アの大公の華麗な宮殿をセント・ジェイムズ宮殿と比較して,大公の宮殿 は「私たちイギリスの宮殿に比べれば大変みすぼらしい」(74)と言うほ どのイギリスへの忠誠心を持っていたウィルスンも,大公の近衛兵の姿に 目を奪われる。
But even as she gazed, the superb figure of one of the Grand Duke’s bodyguard caught her eye. Her fancy was fired; her judgment reeled; her standards toppled. Lily Wilson fell passionately in love with Signor Righi, the guardsman.(74)
こうしてウィルスンは,大公の近衛兵リーギと情熱的な恋に落ちた。フラッ
Then Mrs Browning had died ― there can have been no lack of thoughts in Wil-son’s old head as she sat at the window of the Palazzo Rezzonico in the evening. But nothing can be more vain than to pretend that we can guess what they were, for she was typical of the great army of her kind ― the inscrutable, the all−but−si-lent, the all−but−invisible servant maids of history.(109)
ここで「伝記作者」が白状しているように,ウィルスンの胸の内を推し量 ることはできない。ウィルスンは,語りの主体となることがほとんどなく, ほとんど不可視の存在の大勢の召使いたちのうちの一人だからだ。フラッ シュの伝記である『フラッシュ』は,フラッシュの死の場面で幕を閉じる。 フラッシュ亡き後のエリザベスの人生すら語られないが,注としてではあ れ,ウィルスンはその晩年までもが語られていることは特筆すべきだ。 ここからは,「伝記作者」の注における語りを,本文の「伝記作家」の 語りと比べつつ見てみたい。たとえば,エリザベスが犬泥棒テイラーと会 うために彼女自身がホワイトチャペルに向かうことに決め,ウィルスンに 辻馬車を呼ぶように命じ,先にウィルスンを乗り込ませ,エリザベス自身 が辻馬車の御者にホワイトチャペル北部のショアディッチのマニング街と いう行先を告げて,辻馬車に乗り込み,辻馬車が走り始める際の本文の「伝 記作家」による語りが以下である。
She told Wilson to call a cab. All trembling but submissive, Wilson obeyed. The cab came. Miss Barrett told Wilson to get in. Wilson, though convinced that death awaited her, got in. Miss Barrett told the cabman to drive to Manning Street, Shoreditch. Miss Barrett got in herself and off they drove.(61)
恐怖に震えながらもエリザベスに従順に付き従うという存在でしかない。
だが,注においては,「伝記作家」はウィルスンが死を覚悟してまでホワ
イトチャペルに同行することにした背景にまで踏み込む。まず,「伝記作
家」はウィルスンが,初めは非人間的なまでに慇懃に規範を遵守してきた イギリスのメイドたちのひとりであったことを注で語る。
Yet it is clear from indications in the letters that she was in the beginning one of those demure, almost inhumanly correct British maids who were at that time the glory of the British basement. It is obvious that Wilson was a stickler for rights and ceremonies.(106) 規範遵守を旨とするウィルスンは,正しい行いや儀式だけでなく,召使い 間の序列やしきたりにも厳しい(106)。召使いたちにとっての規範とは, 規範や階級を重んじるイギリス社会の価値意識を反映したものにほかなら ない。つまり,従順な侍女としてのウィルスンの存在の根底にあるのは, 当時のイギリスで支配的であった価値観である。 しきたりを従順に守るウィルスンにとっては,悪の巣窟とされたホワイ トチャペルや犬泥棒に対して抱く恐怖や嫌悪の情は,エリザベスのそれを はるかに上回ったと,「伝記作者」は注で語る。
Such respect for convention, it need hardly be said, breeds extreme horror of any breach of it; so that when Wilson was confronted with the lower orders in Manning Street she was far more alarmed, and far more certain that the dog-stealers were murderers, than Miss Barrett was.(106)
りもまた,ウィルスンに深くしみ込んでいた。
At the same time the heroic way in which she overcame her terror and went with Miss Barrett in the cab shows how deeply the other convention of loyalty to her mistress ingrained in her.(106)
ウィルスンが恐怖を克服し,英雄的にエリザベスに同行するに至るまでの, ウィルスンの行動指針や,その根底にあるイギリスの召使いの価値観を, 注で「伝記作家」はこのように詳述しているのである。本文ではなく,補 足である注は,いわば本文という中心に対する周辺である。ウィルスンと いう存在が周辺的であることを象徴的に示すかのように,注で語られる ウィルスンの物語。この長い注は,本文という中心と対をなす周辺として, 不可視の存在に声を与える試みではないか。たとえ周辺ではあっても,ウィ ルスンの物語を残そうとする「伝記作家」の試みは注目に値する。 注 1)ウルフが『フラッシュ』を「いたずら」と呼んだのは,ヴィタ・サックヴィル=ウェ ストへの手紙のなかであるが,1926年にヴィタがウルフに贈った黒のコッカー・スパ ニエルのピンカ(Pinka or Pinker)の写真は,ホガース・プレスから出版された『フ ラッシュ』の口絵に使われた(Hussey215)。 2)ウルフは,モダン・ライブラリー版『ダロウェイ夫人』に寄せた序文(1928年)の なかで,当初の構想では,自殺かどうかはともかく,クラリッサは死ぬことになって いたが,彼女の分身としてのセプティマスが自殺することで彼女は生き残ることに なったと明らかにしている(“Introduction to the Modern Library Edition”198)。 3)ウィルスンは“Miss Barrett’s maid”(F25)とされている。『フラッシュ』に描か
である。
4)ウルフはウィルスンについて,“Her Christian name was Lily, her surname Wilson” (F106).としているが,フォースターの小説 Lady’s Maid (1990)では Lily は愛称で
あり,本名は Elizabeth であるとされている(8)。侍女は姓で呼ぶという当時の習 慣に従い,エリザベスは彼女を「ウィルスン」と呼び,『フラッシュ』作中でも「ウィ ルスン」として登場するので,本稿でも「ウィルスン」とする。 5)のちに「ブラウンドッグ事件」(1903―10)と呼ばれることになる動物の生体解剖を めぐる一連の騒動。1903年のロンドン大学の講義で解剖された犬が人道的なやり方で 解剖されなかったのではないかという疑惑に端を発する。生体解剖反対派は,このと き解剖された茶色の犬をモデルにした像を1906年にバタシー公園に設置。この像を医 学研究への侮辱と見たロンドン大学の医学生たちによる像の襲撃をきっかけに抗議活 動が相次ぎ,バタシー公園の犬の像は襲撃から守るために厳重な警備が必要となった。 ついに1910年,像の撤去が決定される。 6)フラッシュがバレット家で暮らし始めた頃のエリザベスの侍女はウィルスンではな く彼女の前任者であった(Bishop)。また,実際には2匹存在していたフラッシュを ウルフが作中で1匹にまとめたことなどによる効果は大きい(近藤7)。なお,「伝記 作家」としてのウルフ自身が注で断っているように,フラッシュが犬泥棒の被害にあっ たのは作中では1回だけではあるが,実際には3回であった(F105)。他にも,『フ ラッシュ』には史実と異なる箇所が若干あるが,こうした書き換えはウルフの文学観 によるものであると考えられる(森田)。 7)この『三ギニー』の注においてウルフは,イギリス上流階級の生活にメイドが果た した役割は重要であると指摘し,ウルフの父レズリー・スティーヴン(Leslie Stephen, 1832―1904)が初代編集主任を務めた『イギリス人名辞典』Dictionary of National Biography にメイドの生涯についての記載がないのは遺憾であると述べている(297― 98)。メイドの存在に目を向けることの意義にウルフが意識的であったことが分かる。 8)ルドルフ・ベジア(Rudolf Besier,1878―1942)による演劇『ウィンポール街のバ
レット家』The Barretts of Wimpole Street(1930年ロンドン初演,1931年ニューヨー ク初演),また1934年に公開されたこの劇の映画版(日本語タイトルは『白い蘭』)で, エリザベスの父が娘の結婚に反対であったことは周知の事実となった。ウルフは『三 ギニー』において,「幼児性固着」の有名な例としてエリザベスの父の事例を挙げて いる(258)。なお,ウルフは早速1930年にこの演劇を見ているが,かなり失望したと いう(Letters 4:351)。
9)この息子 Robert Wiedeman Barrett Browning が生まれたのは1849年である。 10)ブラウニング家の息子の養育に専念するため,ウィルスンは彼女自身の息子をイギ
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