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ロシア語の等位接続構造をめぐって

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(1)

ロシア語の等位接続構造をめぐって

匹田 剛

はじめに

1. Zwicky(1985)とHudson(1987)のheadに関する基準について 2. ロシア語の等位接続構造の主要部

2.1. Johannessen(1998)の分析 2.2. 議論のための2つの前提

2.3. ロシア語の等位接続構造へのZwicky(1985)の基準の適用 3. まとめと今後の課題

はじめに

本稿で扱うものは以下のようなロシア語の等位接続構造(coordinate structure)である。

(1) мальчик и девочка boy and girl

「少年と少女」

すなわち、2つあるいはそれ以上の等位項(conjunct)が等位接続詞(coordinating conjunction)に よって結びつけられている構造である。

等 位 接 続 構 造 が ど の 様 な 構 造 を な し て い る の か に つ い て は 古 く か ら Ross(1986)、

Goodall(1987)、Progovac(1997)、Johannessen(1998)、Vassilieva(2002)、Camacho(2001)、 Citko(2004, 2011)、Zhang(2010)など多くの一般的・理論的な研究が成されてきた。これらには、

種々検討の結果構造を提案をしているものもあれば事実上a prioriに構造を決めているものも あるが、検討を加えているものでもそのほとんどは、一般理論を志向するが故であろうか、複 数の言語にまたがったデータを考察し、一般理論としての結論を導き出そうとしている。しか し、それは一つの言語の記述という面から考えると逆に記述がおろそかになっていると言うこ とにもつながる立場でもあろう。本稿では一般理論という視点を敢えて退け、ロシア語という 一つの個別言語のみの視点で等位接続構造の問題を考察することを目的とする。

等位接続構造の形式面を考察する場合、そこには当然多様な側面があり、考えなければなら ないことは多い。等位接続構造が何らかの「句」を形成しているであろうことはほぼ自明のこ

(2)

とと言って良いのかも知れないが、その一方で他の句とは異なり通常のX-bar schemeでは説明 の付かない様々な性質が存在することも指摘されており、等位接続構造には多くの解き明かさ れなければならない問題がある。その中でも今回ターゲットとして絞るのは「等位接続構造の主 要部(head)は何か」という問題である。この問題も様々な解答が過去提案されてきており、例え ば同じスラブ語をメインの研究対象としている Progovac(1997)と Vassilieva(2002)でも前者は 等位項の一方が主要部であると考え、後者は接続詞が主要部として機能していると主張してい る。本稿はこの問題に対してロシア語のみの視点から再検討を行うことを目的としているが、

その第一歩として今回は名詞+名詞の等位接続構造のみを検討し、他の範疇どうしの等位接続 構造については今回は検討しない。

以下、1.では主要部とは何か決定するための基準としてZwicky(1985)とHudson(1987)によっ て提案されたものを検討し、2.ではそれを適用することによってロシア語の等位接続構造がど の様に見えてくるかを考察する。

1. Zwicky(1985)と Hudson(1987)の head に関する基準について

Zwicky(1985)は句の中の主要部がどれかを判断するための一般的な基準として以下のものを 提案した:

(2)Zwicky(1985)が提案する主要部を特定するための基準 (i)意味的主要部(semantic head)

(ii)下位範疇化要素(subcategorisand)

(iii)形態統語的表示位置(morphosyntactic locus) (iv)支配要素(governor)

(v)一致の決定要素(determinant of concord) (vi)分布的等価要素(distributional equivalent) (vii)義務的構成要素(obligatory constituent)

(viii) 依存文法における支配項(ruler in dependency grammar)

まず、(i)意味的主要部であるが、Zwicky(1985)は、句はその主要部が示しているものの「一 種」について語っているものであるとしている。逆に言えば、X+Yからなる句はXの一種につ いて語っているのかYの一種について語っているのかが、主要部を同定する基準となるとする。

例えば、those penguins と言う句は一種のpenguin に関するものであるのでこの場合 penguins が主要部であると考えられる。

続いて、(ii)の下位範疇化要素に関しては、例えば、英語の動詞 give は NP+NP あるいは

NP+toNPと共起するものとして下位範疇化されている。Zwicky(1985)は句において他の要素に

(3)

関して下位範疇化されているものが主要部であるとしている。

さらに、(iii)形態統語的表示位置について、Zwicky(1985)は他要素との統語的な関係を形態統 語的に表示している要素が主要部であると主張している。例えば、英語のDet+N、例えば the

childrenでは、名詞childrenに単数と複数の区別が表示されておりそれはNP+VにおいてVに

おいて具現化するものである。従って、Zwicky(1985)の考え方に従えばDet+Nにおいて主要部 であるのは名詞の方である。

4点目としてZwicky(1985)は(iv)支配要素、即ち他の要素の形態統語的形式を決定づける要素 が主要部と見なすべきであると考えている。例えば英語の動詞句control themでは動詞controlthemの対格を決定しているし、they flyでもtheyが主格なのは動詞flyが決定しているので、

いずれの場合でも主要部は動詞であるとする。

5番目の(v)一致の決定要素として、別の要素の一致を決定する要素が主要部であると考えて いる。例えば、英語のThe penguin swims.とThe penguins swim.ではNPの方が一致を決定して いるし、this penguinthese penguinsではNが一致を決定しているのでそれぞれNPとNが主 要部的な振る舞いを示していると考える。

6点目として、(vi)分布的等価要素が主要部と考えられるとZwicky(1985)は主張する。即ち、

句全体と概略同じ分布を有している要素が主要部である。例えば英語Det+Nにおいて全体と同 じ分布を示すのは N であり、N が主要部であると考えるべきであるとする。理由として、

penguinsKimなど上記NPと同じ分布を示すNが種々存在するということをZwicky(1985) は挙げている。

7 点目は(vii)義務的構成要素が主要部であると考えるべきであるという主張である。例えば 英語のDet+Nであれば、例えばproblemsriceのような限定詞のない名詞句は普通に存在す るので義務的なのはNと考えるべきである。ただしこの場合注意を要するのは省略の問題であ る。省略を認めるとかなりのものが選択的であることになってしまう。Zwicky(1985:13)はこの 点に関して以下のように述べ省略によるものは区別すべきであるとしている:

(3) Speaking very crudely, elliptical constituents must be interpreted from context (linguistic or otherwise), but optionally present constituents do not require such contextual interpretation.

最後の8点目としてZwicky(1985)が挙げているのは(viii)依存文法における支配項が主要部と されるべきであるとしている。ただし、この「支配項」という概念には研究者の間で様々な見 方があり、決して確立された概念ではない。にもかかわらず個別の事例においては何を支配項 とするかに関する一致した見解があるのも事実であるとする。その一致した見解とは以下のよ うなものであるとZwicky(1985:15)は述べている:

(4) for endocentric constructions, the ruler is the distributional equivalent/obligatory

(4)

constituent; for exocentric construction, it is the governor.

この考え方に従うと例えばV+NPではVが支配項、Det+NではNが支配項であるとしている。

このような Zwicky(1985)の考え方に対して Hudson(1987)は一般言語学的な視点から Zwicky(1985)の基準に修正を加えることを提案している。Zwicky(1985)と Hudson(1987)では、

概略以下の各点が異なることをCorbett(1993)は示している。

(5)Zwicky(1985)とHudson(1987)の違い(Corbett 1993)

(a) 意味的項(semantic argument)と意味的関数(semantic functor)のどちらを意味的主要部 とするか: Zwicky(1985)は意味的項、Hudson(1987)は意味的関数をそれぞれ意味的主要 部であると考える。

(b) 形態的な違いを無視するか否か: Zwicky(1985)は形態的な違いを無視しても構わない とし、Hudson(1987)は形態的な違いも無視できないとしている。

(c) 省略要素を考慮に入れるか否か: Zwicky(1985)は省略が可能であることは選択的であ ることにはならないと考えるが、Hudson(1987)は省略可能であれば選択的であることにつ ながるとしている。

(d) 一致の決定要素を基準の一つとしない: Hudson(1987)は一致の決定要素となること が主要部的特徴とは見なしていない。

これらの違いにより、例えば、[数詞+名詞]からなる句において主要部となる要素が Zwicky(1985)では基準によって名詞と数詞の双方であることになるのに対して、Hudson(1987) に従うと全ての基準において数詞と判断されるなどの様々な違いが生じてくる(Corbett 1993:20)。これらの基準のロシア語への適用の妥当性は Corbett(1993:22)がロシア語における

[形容詞+名詞]からなる句に適応することで検討している。それぞれの基準に関して主要部 としての振る舞いを示すのは以下の通りである:

(6)

Zwicky(1985) Hudson(1987)

意味的主要部 noun adjective

下位範疇化要素 neither neither

形態統語的表示位置 noun/adjective both

支配要素 neither neither

一致の決定要素 noun (adjective?)

分布的等価要素 noun ?

義務的構成要素 noun ?

依存文法における支配項 noun noun

(5)

分布的等価要素と義務的構成要素についてHudson(1987)の解釈だと「?」となっているのは、

いずれも省略可能であることがイコール選択的であることになると考えているからである。形 容詞+名詞というごく基本的な句の主要部に関して、Zwicky(1985)では極めて明確に結論がも たらされるにも関わらず、Hudson(1987)の考える基準とその解釈に従うと主要部が極めて曖昧 な存在になることがわかる。これについて Corbett(1993:32)は「直感に反する」もので「あま りにも高い代償」を支払わなければならないものであるとしている。

しかし一方、Zwicky(1985)の基準でも以下の各点については形容詞と名詞のどちらが主要部 で有るかの明確な答えが得られていない:①形態統語的表示位置は形容詞と名詞の両方である。

②下位範疇化要素と支配要素についても形容詞・名詞のいずれともこの特徴に関しては該当し ない。

このうち①の形態統語的表示位置に関しては、いわゆるspec-head agreementが生じており 名詞の文法情報が形容詞にも示されていることによるものであり、この点に関しては両者共に 主要部的的ふるまいを示してしまうのは仕方ないと言えるだろうが、②の下位範疇化要素と支 配要素については一考の余地がある。

Chomsky(1970)以来のX'-schemeは任意の範疇の句構造は共通する以下の定式によって規定 できるとされている:

(7) Chomsky(1986:3) (a) X' → X X''* (b) X'' → X''* X'

これに従って名詞句の構造は以下のようになるが、このschemeはロシア語に関しても有効で あると考えられる:

(8)

NP

Specifier N'

N Complement

(9) [specifier известный] памятник [complement Гагарину]

famous-nom.sg.m. monument-nom.sg.m. Gagarin-dat.

「ガガーリンの有名な記念碑」 (on the web <10.08.2011>1))

これらのうち名詞に先行するspecifierの位置にあるものはいわゆる一致定語で、主要部名詞と 性・数・格(及び有生性)に関して一致を行うのに対して名詞に後続するcomplementの位置 にあるものは前置詞を伴うものを含めた格支配を受ける要素や名詞から必須項として要求され

(6)

るいわゆる不一致定語である。

Corbett(1993)は名詞句の要素として形容詞即ち一致定語と名詞の結合しか考えておらず

complement を全く考慮に入れていない。しかし、ロシア語の名詞句の主要部について考える

のであれば名詞に後続する不一致定語、即ちcomplementの存在についても考慮に入れるべき である。例えば、以下の例をご覧頂きたい:

(10) желание работать desire-nom.sg.n. work-inf.

「働きたいという欲求」(on the web <01.10.2011>) (11) убийство женщины

murder-nom.sg.n. woman-gen.sg.f.

「女性殺し」(on the web <01.10.2011>)

例(10)でжелание「欲求」は動詞の不定形と結合し、(11)では被動者名詞と結合する。このこ とから、名詞句における下位範疇化要素は中央の名詞であると考えられる。

また:

(12) ответственность за нарушение порядка responsibility-nom.sg.f. for violation-acc.sg.n. order-gen.sg.m.

「秩序を乱した責任」(on the web <01.10.2011>)

例(12)ではответственность「責任」は前置詞句за+対格名詞нарушениеを支配しており、名

ответственностьが支配項として機能していることが見て取れる。これらの点は名詞とそれ

に先行するspecifierだけを見ていてはわからないことであるが、名詞に後続するcomplement まで見ると中央の名詞が名詞句全体の主要部としての振る舞いを見せていることがわかる。以 上の点を考慮に入れて(6)のZwicky(1985)に関する表を改変すると以下の通りになる。

(13)

意味的主要部 noun 下位範疇化要素 noun 形態統語的表示位置 noun/adjective 支配要素 noun

一致の決定要素 noun 分布的等価要素 noun 義務的構成要素 noun 依存文法における支配項 noun

即ち、Corbett(1993)の解釈では形容詞+名詞のみを考察対象として名詞句の主要部を探ってい るが、complement まで含めた名詞句全体を考えるとZwicky(1985)の立てた主要部に関する基 準は名詞が主要部であることをより一層明確に示すことになる。

(7)

なお、依存文法における支配項かどうか、と言う基準については、Zwicky(1985)自身も述べ ているように確立した概念とは見なすことができず、理論における研究者の伝統的な傾向のよ うなものであり、自立した概念であるとは言えない。本稿ではこれ以降、依存文法における支 配項かどうかと言う基準は言及しないこととする。その点に関しては次節で検討する Johannessen(1998)における分析でも、理由には触れていないものの、同様である。

2. ロシア語の等位接続構造の主要部

本節では、ロシア語の等位接続構造の主要部について考察するが、まずそれに先立ち 2.1.で は一般理論の立場から等位接続構造の主要部について考察した Johannessen(1998)の議論を概 観する。

2.1. Johannessen(1998)の分析

Johannessen(1998)は上記の Hudson(1987)の基準を適用し、等位接続構造の主要部が一般理 論的な観点から接続詞であると結論づけている。以下、Johannessen(1998)が Hudson(1987)の 基準をどの様に解釈・適用してその結論を出しているのかを項目毎に概観する。

2.1.1. 意味的主要部

Zwicky(1985)もHudson(1987)のいずれともその句が記述しているものが何の「一種」を示し ているかによって主要部が決まるとしていることでは一致しているが、Zwicky(1985)は意味的 項が意味的主要部であると考えている一方で、Hudson(1987)は意味的関数が意味的主要部であ ると考えている。また、Corbett(1993)がHudson(1987)の考えに基づくとA+ Nからなる句の主 要部は形容詞となるとしていることは上で見た。

(14) apples and oranges (Johannessen 1998:76)

Johannessen(1998:76)はこの例を示し、いずれの等位項も意味的関数ではないのと同時にこの 等位接続構造は「andの一種」についてのものでもないとしている一方で以下のようにも述べ ている(Johannessen1998:100):

(15) if we regard and as a functional category, whose role is “contributing to the interpretation”

of its complements, we are closer to seeing conjunctions as semantic functors, as we would like.

そして、例えば「集合」と言う意味がandによって句の解釈にもたらされるものであり、(14) は一種の(リンゴとオレンジからなる)「集合」であると考えられるとするならandが主要部で あると考えることも合理的であろうとし、結論として、等位項が主要部である可能性について

(8)

は‘NO’としているのに対して、接続詞が主要部である可能性については‘MAYBE’としている。

2.1.2. 一致の決定要素

Hudson(1987)は一致の決定要素になるものが何か、ということは主要部を同定する際に無関 係であるとしており、その点Johannessen(1998)も等位接続構造内部での(少なくとも顕在的な) 一致は主要部を同定するのに利用できないと結論づけている。

2.1.3. 形態統語的表示位置

Johannessen(1998:79)は接続詞andは形態統語的表示位置ではないし、また(16)のような例が 可能であることから、等位項であるリンゴとミカンのいずれも形態統語的表示位置とは考えら れないと結論づけている。

(16) [An apple]sg. and [an orange]sg. arepl. on the table. (Johannessen 1998:78)

即ち、ここでのリンゴとオレンジはいずれも等位接続構造全体の持つ素性(ここでは動詞の示す

「複数」)と一致しておらず、形態統語的表示位置とは見なせないと主張している。

Johannessen(1998:79)はこの場合考えられる主要部候補は接続詞andの方であるとしており、

これは上述(2.1.1.)の意味的基準に照らし合わせれば決してこじつけではないと以下の通り述 べている。

(17) although the morphosyntactic features are not located on the conjunction, it is clearly the conjunction which determines the morphosyntactic features of the whole phrase, in virtue of its function as a collector of single elements that are grouped together.

結論として、等位項に関しては「むしろ逆」であることを事実が示しており、接続詞が主要部 かどうかについては‘MAYBE’としている。ただ、この考え方は形態統語的表示位置の問題がい つのまにか一致の問題に変わっていると言うべきであり、議論が混乱していることを感じずに はいられない。

2.1.4. 下位範疇化要素

Johannessen(1998:79-80)は、少なくともノルウェー語の3つの接続詞for, så, menは等位項と してCPを要求するとしている2)

(18) Jeg gikk til byen for jeg haddle ikke penger.

I walked to the.town for I had not money ‘I walked to the town for I had no money.’

(9)

(19) Jeg haddle ikke penger så jeg gikk til byen.

I had not money so I walked to the.town ‘I didn’t have any money so I walked to the town.’

(20) Jeg har ikke sett [ Per, men Marte].

I have not seen Per but Marte ‘I haven’t seen Per but Marte.’

従って、例えばforについて言えば、以下の(21)はDPを等位接続したものであるが非文となる と述べている。

(21)* Jeg gikk til byen for alle gatene.

I walked to the.town for all the streets ‘I walked to the town for all the streets.’

結論として等位項が主要部かどうかについては‘NO’、接続詞については‘YES’としている。しか し、ノルウェー語だけの、しかもわずか 3 語の例を挙げただけなのにも関わらず、なぜ Hudson(1987)の基準の中でこれだけに明確に‘YES’を付けられているのかは不明である。

2.1.5. 分布的等価要素

まず、下の(22b-c)から等位項は分布的等価要素ではなく、従って主要部としての振る舞いも見 せていないと結論づけた上で、(d)から接続詞もそのまま分布的等価要素とはなっていないこと も示した。

(22) Johannessen(1998:81)

(a) An apple and an orange are good for you.

(b)*An apple are good for you.

(c)*An orange are good for you.

(d)*And are good for you.

ここで注意すべきことは、Johannessen(1998)は Hudson(1987)に従って形態的な違いを無視し て考えてはいけない、という原則を守っていることである。例えば、形態的な違いを無視して 良いのであれば、以下の例から等位項が分布的等価要素として振る舞っていると結論づけるこ とができる。

(23)

(b') An apple is good for you.

(c') An orange is good for you.

では、この点に関して主要部的な振る舞いを示しているのは何なのか。Johannessen(1998:101) はいわゆるfunctional headは通常分布的等価要素として振る舞わないことを以下の例を示しな

(10)

がら指摘する。

(24)

(a) Rory sat on the box.

(b)*Rory sat on.

(25)

(a) Thomas saw a boy.

(b)*Thomas saw a.

この問題に関してJohannessen(1998:101)は以下のように述べ、functional headについては別の 振る舞い方をすると主張している。

(26) Instead of requiring that the head is itself a distributional equivalent of the whole phrase, we should ask whether a word that expresses the content of the head could act as an equivalent.

さらにそれではfunctional headが分布的等価要素と見なして良いかどうかを判断するためには どの様に考えるべきかを次のように述べた上でその具体例として(28)の例を挙げている。

(27) The head, (...) will be the element that carries the grammatical content associated with that particular phrase. (...) Various phonologically independent while semantically rather empty elements (28) are distributional equivalents of the relevant phrases (...) (Johannessen 1998:101、省略は匹田。また文中の例文番号も本稿に合わせて改変してある。)

(28)

(a) Rory sat there.

(b) Thomas saw somebody. (Johannessen 1998:101)

この考えを等位接続構造に適用するため、and の内容を以下のように想定している。

(Johannessen 1998:102)

(29) its (=and’s) main grammatical function is to assemble or gather entities or events into a collocation. If a conjunct already carries the relevant grammatical contents, i.e., plural, we predict it to be fine as a distributional equivalent.

このことから、以下のように等位接続構造an apple and an orangeと分布的に等価なのが代名詞 theyであることからandがこの句のfunctional headであることが見て取れると考えているわけ である。

(30)

(a) An apple and an orange are good for you.

(b)*It / a fruit / an apple are good for you.

(11)

(c)*It / a fruit / an orange are good for you.

(d) They / Fruits are good for you. (Johannessen 1998:102)

結論として、分布的等価要素かどうかという基準に関して、等位項は‘NO’、接続詞は‘MAYBE’

と結論づけている。

上でも触れたように、この結論を出すためには形態的な違いを無視せずに論じるという点が ポイントである。だが、こう考えると例えば、The boy lives.とThe boys live.の主語they boy/the boysは分布的に異なると言うことになり、ひいては統語範疇として異なるということになるの ではないであろうか。また、置き換えられる「意味的にemptyな要素」というものの規定があ いまいであることも気になる。「意味」という本質的に曖昧さをはらんだ議論にならざるを得な い上に、さらに曖昧な議論によって結論を出さざるを得ない。

2.1.6. 義務的構成要素

Johannessen(1998:83)はノルウェー語の以下のような例を引用し、等価項の一つが省略され結 果等位接続詞が残っている構造が存在することを紹介している。

(31)

(a) Har du vært bortreist, eller?

have you been away-gone or ‘Say, have you been away?’

(b) Hun likte det ikke, men.

she liked it not but ‘Well, she didn't like it.’

(c) Han har vært i Afrika og.

he has been in Africa and ‘He has even been to Africa.’

(d) Men er du her alt 'a?

but are you here already then ‘Oh, are you here already?’

(e) Og det ble lys and it became light ‘And there was light.’

Johannessen(1998:84)は、これらの例における等位接続詞の用法は訳からもわかるとおり通常 の接続詞の用法と意味的に違いがあり、これらの例が即この問題に関するチェックのための例 として用いられるかはわからないとしながらも以下のように主張する:

(12)

(32) We can conclude that if something is more obligatory than something else, it is the conjunction.

その一方で逆に等位接続詞が見えない場合はそこに接続詞が存在しないのではなく空の接続 詞が有ると言うことを以下の5点を論拠として主張する。

(i) 世界中には空の接続詞が用いられる言語が見られ、それらの言語においてはしばしば明 示的な接続詞どうしの違いと同様の違いが空の接続詞と明示的な接続詞の間に見られることが サーシー語(Sarcee)、シッサラ語(Sissala)、カユガ語(Cayuga)、古ウイグル語(Old Uighur)、デ ィルバル語(Dyirbal)の例に見てとれる。

(ii) 明示的な接続詞と空の接続詞の対立がちょうど形態法におけるゼロ形態素と明示的形態

素の対立と同じように見られる例を古チュルク諸語(Old Turkic languages)、現代トルコ語 (Modern Turkish)、日本語から引用して示した。

(iii) 基本語順のパターンから想定される語順に関わる非対称性が空の接続詞が想定される

構造でも同様に見られることが日本語、古チュルク語(Old Turkic)、フルフルディ語(Fulfulde) に見られること。

(iv) 歴史的に見て多くの言語においてそれまで存在しなかった接続詞が他の言語から借用

してきたりあるいは他の品詞から派生させたりして生まれることがあるが、そのような場合、

例えばチュルク諸語(Turkic languages)において新しく接続詞が生まれてもそれ以上の統語的 影響は生じていない。このような事実はそのような明示的な接続詞が生まれる前から空の接続 詞が存在していたと考えなければ説明ができない。

(v) 子供の言語においても、まだ2つの句からなる文までしか認められない発展段階におい ても[mamma, pappa, Anna, Maria]のようにそれ以上の要素を等位接続させる例をノルウェー 語から引用しているが、このような例は全体が空の接続詞を主要部とする一つの句であると考 えなければ説明が付かない。

これらのことを根拠として議論を展開した結果、、名詞と接続詞のどちらが主要部的な振る舞 いを示しているかという問に対し、いずれも‘MOSTLY’と結論づけている。Johannessen(1998) の議論の結果を以下の(33)にまとめた。

(13)

(33) Johannessen(1998)による分析

(a)意味的主要部 maybe conjunction

(b)一致の決定要素 irrelevant

(c)形態統語的表示位置 maybe conjunction

(d)下位範疇化要素 conjunction

(e)分布的等価要素 maybe conjunction

(f)義務的構成要素 mostly conjunction/noun

以上のように、自身がHudson(1987)の基準に照らし合わせているうち、接続詞が主要部であ ると明確に考えられるとしているのは(d)下位範疇化要素についてのみであり、残りは全て

‘maybe’や‘mostly’などの「但し書き」が付されている。

ちなみに、Johannessen(1998)は主要部判定の基準として支配項に関わるものを、理由はとく に述べずに、入れていない。

また、Johannessen(1998)はこれ以外に、以下の4つの特徴も等位接続構造の主要部の同定の ために利用し、いずれの基準に照らし合わせても主要部は接続詞となると結論づけている。

(34) Johannessen(1998)による分析

(i) uniqueness conjunction

(ii) X0-element conjunction

(iii) determinig word order conjunction (iv) projecter of features of CoP conjunction

しかし、以下の理由から、本稿におけるロシア語の等位接続構造の分析にこれらは利用しない こととした。

(i) uniqueness

動詞は主要部なので繰り返せないのに対して副詞が繰り返しができるのは前者が主要部で後 者がそうではないからである、としている。

(35) slowly, mysteriously evaporated (Johannessen 1998:91)

それを受けて以下のように等位項は(当然)繰り返せるのにも関わらず、通常接続詞はそれがで きない。

(36)

(a) again and again (b)*a girl and a boy and

しかしながら、まずロシア語では等位接続詞が繰り返すことができる。

(37) Перед вами – и учебник и словарь.

in_front_of you and textbook and dictionary

(14)

「あなたの前には教科書も辞書もある」 (on the web <23.09.2011>)

また、それ以前にロシア語に限らず等位接続で繰り返すことを認めるのであれば以下の例のよ うな動詞に限らず多くの要素が繰り返し可能なので、(36a)に意味があるとは思えない。

(38) Он бегал и бегал.

he-nom. run-pa. and run-pa.

「彼は走りに走った」 (on the web <23.09.2011>) (ii) x0-element

主要部はX0要素であり、等位接続構造で間違いなくX0なのは接続詞のみであることから接 続詞が主要部であることが見て取れるとしている。しかし、Johannessen(1998)が大きく依拠し ているZwicky(1985)にせよHudson(1987)にせよ、NP+VPのような句の主要部を検討対象とし ている。この場合、どちらが主要部であったとしてもそれは最大投射でありX0ではない。

(iii) determining word order

様々な言語において‘unbalanced coordination’と Johannessen(1998)が呼ぶ現象が以下の例の ように観察される。

(39) [ Han og meg] var sammen om det he-nom. and me-acc. were together about it ‘He and I were in it together.’ (Johannessen 1998:1)

この例文で、主語として機能している等位接続構造の等位項の内期待されている主格を付与さ れているのは第1項のhanだけで第2項のmegは対格を付与されている。このように等位接続 構 造の等 位項 の1つ が期 待され た文 法的振 る舞 いから 逸脱 してい るも のを‘unbalanced coordination(=UC)’と呼ぶ。Johannessen(1998)はこのような UC において逸脱を起こすのは、

head-initial languageにおいては第2項(即ちX'-schemeによるcomplement)になるとしている。

このことはX'-schemeに照らして接続詞が主要部であることを示すものである。

しかし、この振る舞いと接続詞が主要部であることを結びつけるには Johannessen(1998)が 立てた膨大な理論が前提となる上に、ロシア語においてはこのような現象が観察されない。ロ シア語におけるUCとして観察されるのは以下のような主語と動詞の一致に関わるものである。

(40) В комнату вошла [ молодая женщина и маленький Into room enter-pa.f. young-nom.f. woman-nom.f. and little-nom.sg.

мальчик].

boy-nom.sg. (Розенталь 1998:247)

「部屋に若い女性と小さな男の子が入った」

この例を見ると、動詞は第1項のмолодая женщинаとのみ一致しており、その意味で第2項は 期待から逸脱していることになる。ロシア語は head-initial language と考えられるのでこの点

(15)

Johannessen(1998)の一般化に合致していると言えよう。しかし以下の例にも注意しなければな らない:

(41)[ Каждый новый шаг, каждое новое усилие ] приближало нас к заветной цели.

every_new_step-nom.m. every_new_effort-nom.n. bring_near-pa.n. us to_cherished_goal

「全ての新しい一歩と努力が我々を大切な目標に近づけてくれた。」(Crockett 1976:274) この場合、動詞は等位接続の第2項とのみ一致しており、逆に第1項が逸脱していることにな る。つまり、ロシア語においてこのようなタイプのUCが生じる場合、逸脱するのは第1項か 第2項かではなくどちらが一致する述語に近いかで決まるのである3)

(iv) projecter of features to CoP

等位接続詞の持つ特徴が等位接続構造(=CoP)に投射されており、等位項の特徴はそのような ことはないので、等位接続構造は接続詞を主要部とする最大投射であるとしている。しかし、

Johannessen(1998:93)もはっきりと認めているように、例えば名詞句どうしの等位接続構造で あればその句全体は名詞句としての分布を持っており、名詞句としての特徴を継承している。

それは他の統語範疇でも当然同様である。しかし、等位項から等位接続構造へと伝えられる特 徴に比べて Johannessen(1998)が示す等位接続詞ならではの特徴はあまりにも微細なものであ るにも関わらず、等位接続詞からの特徴の投射を「本筋」と捉え、等位項からの継承を別立て の理論によって捉えようとするのか、その疑問に答える説明はない。また、等位接続詞によっ て 生 じ る 等 位 接 続 構 造 の 振 る 舞 い の 例 と し て 挙 げ ら れ て い る‘extraordinary balanced coordination’はロシア語には観察されないものである4)

2.2. 議論のための2つの前提

前節では Johannessen(1998)がどの様な議論を経て等位接続構造の主要部が等位項ではなく 等位接続詞であると結論づけたかを概観したが、本稿におけるロシア語の等位接続構造に関す る議論を次節2.3.で展開する前に本節2.2.ではその議論に必要な2つの前提を確認する。それは

「主要部としての特徴は必ずしも一つの要素に限って分布しなくても構わない」という点 (2.2.1.)と「主要部としての特徴は必ずしもその句の内部だけで完結しているものでなくても構 わない」という点(2.2.2.)の2点である。

2.2.1. 主要部性の分散可能性

Corbett(1978a, 1978b)はロシア語の数詞+名詞からなる句の示す以下に挙げた(i-vii)の7つの 特徴を見ることでそれが持つ興味深い文法的性質を明らかにした。即ち、ロシア語や他のスラ ブ諸語の数詞はそれが示す数が小さいものから大きくなるに従って一見不連続な関係にある名

(16)

詞を修飾する形容詞から生格名詞を支配する名詞へと連続的に推移していくものであることを 明らかにしたのである。

(i) 名詞との数の一致

名詞を修飾する形容詞は名詞と数に関して一致を行うが、名詞+生格名詞の句においてはそ のような一致は起こらず両者の文法素性は独立している。

(42) интересная книга / интересные книги interesting-sg. book-sg. interesting-pl. book-pl.

「面白い本」

(43) книга студента / книга студентов book-sg. student-gen.sg. book-sg. student-gen.pl.

「1冊の雑誌」、「1つの橇」

(ii) 名詞と全ての格において一致

名詞を修飾する形容詞は名詞と格に関して一致を行うが、数の場合と同様、名詞+生格名詞 の句において両者の格に関する文法素性も無関係に決まる。

(44) интересная книга, интересной книги, интересной книге ...

interesting-nom. book-nom. -gen. -gen. -dat. -dat.

「良い雑誌」

(iii) 名詞と性に関して一致

形容詞は修飾する名詞に性に関しても一致を行うが、名詞+生格名詞の場合は性に関しても 一致は起こらず、それぞれ固有の性を持つ。

(45) красивый журнал, красивая книга, красивое окно beautiful-m. magazine-m. -f. book-f. -n. window-n.

「美しい雑誌、本、窓」

(iv)名詞と有生性(animacy)に関して一致

ロシア語の名詞は対格でのみ有生・無生の形態的区別がある。形容詞も同様に修飾する名詞の 有生性を一致により示す。しかし、名詞+生格名詞の関係においてはやはりこの点に関しても一 致は起こらない。

(46)

(a) Там стоит японский мальчик.

there stand-pr.3.sg. Japanese-nom.m. boy-nom.m.

「そこに日本人の少年がいる」

(b) Я видел японского мальчика.

I see-pa.m. Japanese-acc.m.an. boy-acc.m.an.

「私は日本人の少年を見た」

(17)

(47)

(a) Там стоитt новый дом.

there stand-pr.3.sg. new-nom.m. house-nom.m.

「あそこに新しい家がある」

(b) Я видел новый дом.

I-nom. see-pa.m. new-acc.m.ina. house-acc.m.ina.

「私は新しい家を見た」

(v)それ自体の複数形

名詞+生格名詞においてそれぞれの名詞はそれぞれに固有の数素性を持つので独自の複数形 を持っているが、形容詞の複数形はあくまでも修飾する名詞に一致したものであり、それ自体 の複数形ではない。

(48) книга студента / книги студента book-sg.nom. student-sg.gen. book-pl.nom. student-sg.gen.

「学生(単)の本(単・複)」

(vi)一致する定語

名詞はそれに一致する定語を持ちうるが、形容詞はそれ自体に一致する定語は持ち得ない。

何かが一致しているように見えるとしてもそれは形容詞に対してではなく、(50)に見られるよ うにそれが形容詞と共に修飾している名詞に対してである。

(49) красная книга России red-sg.nom.f. book-sg.nom.f. Russia-gen.

「ロシアレッドデータブック」(on the web <01.10.2011>) (50) наша красная книга

our-sg.nom.f. red-sg.nom.f. book-sg.nom.

「我が国のレッドデータブック」(on the web <01.10.2011>) (vii) 後続する要素が常に生格

名詞が生格名詞を支配する際、名詞句全体がどの格を付与されても生格名詞の格が他に変化 することはない。

(51) книга студента, книги студента, книге студента, книгу студента...

book-nom. student-gen. -gen. -gen. -dat. -gen. -acc. -gen.

「学生の本」

Corbett(1978a, 1978b)がこれらの特徴についてロシア語の数詞をそれが示す数値が小さいもの から大きいものへと順に検討していったところ、ロシア語の数詞は以下のような様相を呈して いることが明らかになった5)

(18)

(52) 数詞の連続体(Corbett 1978a, 1978bに表記上若干の修正を加えたもの)

形容詞的(dependent) ← (head)名詞

1 2 3, 4 5 100 1,000 1,000,000

(i) 名詞との数の一致 a n

(ii) 全ての格で一致 a n

(iii) 性の一致 a n

(iv) 有生性の一致 a n

(v) 自身の複数形 a n

(vi) 数詞に対する一致定語 a n

(vii) 複数属格のみ支配 a n

これを見ると1は全ての特徴に関して形容詞的であるが、数が大きくなればなるほど名詞的な 特徴を示すようになり、100万に至っては全てが名詞的な振る舞いを示していることがわかる。

こ れ は 即 ち 、 ロ シ ア 語 の 数 詞 が 以 下 の 例 に お け る 形 容 詞 бутылочное(53a)か ら 名 詞 бутылка(53b)の間に横たわるものであるということである。

(53)

(a) бутылочное пиво bottled-nom.n. beer-nom.n.

「瓶入りビール」

(b) бутылка пива bottle-nom.f. beer-gen.n.

「一本のビール」

このことは、ロシア語の数詞がВиноградов(1972)やАН СССР(1980)が論じるようにどこか らどこまでが数詞という風に明確に境界線が引けるようなものではなく、数詞という範疇が全 て均質ではない連続体として一体化しているものであるということを意味する。このような連 続体としての文法範疇が他にも見られることは匹田(2007b)で指摘したが、これはCorbett(1979:

xi)が‘non-discrete grammar’と呼ぶ発想に沿ったものである。

文法範疇の非離散性に加えて Corbett(1978a,b)はもう一つロシア語学、ひいては言語学一般 に対して重要なことを示した。それは句の主要部的特徴が複数の要素に分散しうるものであり、

(部分的にであれ)主要部と見なしうる要素が一つの句の中に複数存在しうる、という点である。

例えば(54)における形容詞хорошиеは(i-vii)の特徴全てにおいて形容詞的に振る舞うし、名詞

словари は名詞的に振る舞う。つまり主要部としての振る舞いは上で検討した全ての特徴に関

してсловариが示していると言うことになる。

(54) хорошие словари студентов

(19)

good-pl.nom. dictionary-pl.nom. student-pl.gen.

「学生たちの良い辞書」

ところが数詞+名詞からなる句ではその特徴の内あるものに関しては数詞が、あるものに関し ては名詞の方が主要部的に振る舞っているわけであり、謂わば主要部的特徴が2つの要素に分 散していることになる。言い換えれば、ある点では数詞が主要部的であるが、別の点について は名詞の方が主要部的であるということがロシア語の数詞+名詞からなる構造に関する記述的 な実態であるといえる。つまり、Corbett(1978a,b)は少なくともロシア語という言語において、

ある句の主要部性が複数の要素に分散していると言うことがあり得る、ということを示したの である。

2.2.2.等位接続構造外の従属部の存在

本節ではロシア語の等位接続構造における主要部を考えるにあたって前提とするべきもう一 つの知見について考察する。すなわち、等位接続構造の主要部を同定するにあたって種々基準 を適用する際、等位接続構造外の要素との関係も考えることで状況は異なった様相を呈するよ うになると言う点である。

前節1.においてロシア語の名詞句がX'-scheme(55)に従い(56)のような構造をしていると考え られることは見た:

(55)(=7) Chomsky(1986:3) (a) X' → X X''*

(b) X'' → X''* X' (56)(=8)

NP

Specifier N'

N Complement

また、このことを考慮に入れることによってZwicky(1985)の主要部同定のための基準がロシア 語の名詞句に対してより明確に直感的実態を反映しているものとなることも見た。即ち、AN の関係だけで見ると、A、N のいずれとも下位範疇化する対象も支配する対象も持たないこと になるが、もしANに後続するcomplementも考慮に入れればNがcomplementに関して下位 範疇化し、またそれを支配していることになるので、Spec-N-CompからなるNPの主要部同定 の基準を下位範疇化と支配という2つの基準に関して満たしているのは N であるということ

(20)

になる。このことからZwicky(1985)の提示した基準がよりpowerfulなものであることが示せた わけである。このように1.において、complementまでも考慮に入れてNPの主要部を探ると言 うことを新たな前提として提案した。

これに関連して、本節ではもう一つの考え方を前提として考える。等位接続は必ずしも最大 投射どうしだけでなく他のbar-levelどうしにおいても起こりうることはしばしば指摘されてい ることである。

(57) [N and N]

good [[N linguists] and [N philosopher]] (Radford 1981:60) (58) [N' and N']

the [[N' king of England] and [N' ruler of the Empire]] (Radford 1988:174) (59) [NP and NP]

[[NP a letter] and [NP a postcard]] (Radford 1981:59) この点はロシア語においても同様に見て取れる。

(60) [N и N]

[[N организация] и [N руководство]] студенческими кружками organization and leadership student_club-pl.ins.

「学生サークルの組織と指導」(Кохтев и Розенталь 1984:177) (61) [N' и N']

способные [[N' ученик] и [N' ученица]]

talented-pl. pupil-sg-m. and pupil-sg.f.

「優秀な男子生徒と女子生徒」(Кохтев и Розенталь 1984:159) (62) [NP и NP]

[[NP хороший учебник] и [NP плохой преподаватель]]

good-nom.sg. textbook-nom.sg. and bad -nom.sg. teacher-nom.sg.

「良い教科書と悪い教師」(on the web <23.08.2011>)

上記(13)にまとめたように、Nはcomplementに関して下位範疇化され、またそれを支配して いる一方でspecifierの一致を決定している。これらのNが持つcomplementとspecifierに対す る振る舞いは等位接続構造になっても相変わらず N が保持し続けているものである。それは

(62)のようなNP とNPの等位接続の場合であれば等位項の内部での現象であるが、(60-61)の

ように等位項が最大投射以外の範疇であれば等位項だけでなく等位接続構造の外にある要素と の関係において観察される現象となる。

こう考えると、主要部性は等位接続構造内部の要素間の関係においてのみ捉えなければなら ない理由はない。そもそも、Zwicky(1985)もHudson(1987)も重要な関係として考慮対象として

(21)

いるNP VPの関係(即ち主語と述語の関係)も、厳密に考えれば、NP内にあるNと外にあるVP 内にあるVとの関係で句の境界をまたいだ関係であると言う点において同じである。

(63)[NP ... N ...] [VP ... V ...]

また、一つの句が主要部とspecifier、complementの3者から成立するのだとする以上、逆に Zwicky(1985)/Hudson(1987)の基準は全てが句に含まれる全要素の間で成立しなければならな いものでもない。少なくともロシア語の名詞句において、基準の内の「下位範疇化要素」、「支 配要素」にはspecifierは関係しないし、「一致の決定要素」もcomplementは全く関係しない。

以下、Zwicky(1985)/Hudson(1987)の主要部同定のための基準は必ずしもその句内部の要素 間に成立しなければならないわけでは無いと考え、等位接続構造の外にある要素との関係も考 慮に入れてその主要部性について考察することとする。

2.3. ロシア語の等位接続構造への Zwicky(1985)の基準の適用

以上、前節までで Zwicky(1985)と Hudson(1987)が立てた任意の句における主要部同定のた めの基準と、それを自身の解釈により適用することで等位接続構造の主要部が等位項ではなく 等位接続詞であるとの結論に達した Johannessen(1998)の分析を考察した。また、それに加え てロシア語の等位接続構造の主要部について考えるにあたってのいくつかの前提となる方針に ついて論じた。それらは、(a)Zwicky(1985)の立てた基準の方がロシア語の等位接続構造を分析 するには適していると言うこと、(b)名詞句の主要部を同定する際には名詞とそれを修飾する形 容詞だけではなくいわゆる不一致定語も分析の対象とすること、(c)主要部的特徴は必ずしも句 の中の単一の要素に集中しているとは限らないこと、(d)等位接続構造の主要部的特徴は必ずし も等位接続構造の内部にある要素間にのみ成立するものではないこと、の4点である。以下本 節では、それぞれの基準に照らしてロシア語の等位接続句構造における主要部の同定を試みる にあたって、これら4点を前提とすると結論にどの様な違いが生じるかを考察する。

(i) 意味的主要部

Johannessen(1998)は接続詞andによる等位接続構造は「一種の集合」に関するものであると 考えて接続詞が等位接続構造において主要部的な振る舞いを示していると結論づけているが、

もし2つ以上の要素に主要部的な特徴を認めて良いのなら、等位接続構造は「2つの等位項」

に関するものであることは言うまでもない。そこでは Johannessen(1998)のようなやや強引な 議論が不要になることは非常に重要である。

(ii)一致の決定要素

Hudson(1987)も、またそれに基本的に従う Johannessen(1998)も、一致の決定要素は主要部

(22)

を同定する際に考慮対象にならないとしているが、その結論の是非はさておき、少なくとも一 致を決定するのは2つの名詞である。ただし、この件に関しては但し書きが必要である。即ち、

一致の決定に関与しているのは名詞だけではない。接続詞も重要な役割を担っている。例えば ロシア語においても、単数名詞+単数名詞の等位接続構造が主語となっている場合、いわゆる

number resolutionが起こり、述語は複数形を示すことがしばしば指摘されている。

(64) В комнату вошли молодая женщина и маленький into room enter-pa.pl. young-nom.sg. woman-nom.sg. and little-nom.sg.

мальчик.

boy-nom.sg. (Розенталь 1998:247)

「部屋に若い女性と小さな男の子が入った」

ところがこのような現象が生じ得るかどうかは接続詞によって決まることで、例えば選言接続 詞(разделительный союз)の場合は述語は単数になり、number resolutionは起こらない。

(65) Петя или Ваня поедет на вокзал встречать маму.

Petja-nom.sg. or Vanja-nom.sg. go-3.sg. to station to_meet mama-acc.

「ペーチャとワーニャは母を迎えに駅に向かう」(Бельчиков 2008:248)

つまり、number resolutionが起こるかどうかは接続詞が決定づけているわけであり、その意味

において2つの名詞と接続詞の3者全てが(それぞれの役割において)一致の決定に関与して いることになる。

(iii)形態統語的表示位置 以下のような文において:

(66) [An apple]sg. and [an orange]sg. arepl. on the table. (Johannessen 1998:78)

いずれの等位項とも単数であり、動詞areが示している特徴である複数と異なるというのが等 位項が形態統語的表示位置ではないとする Johannessen(1998)での根拠であったが、少なくと もロシア語において、文中の統語的関係を示す最も重要な素性である個々の等位項の格は等位 接続構造全体のそれと同じである。例えば(64-65)ではいずれの等位項も主語の格である主格が 表示されている。これは他の格でもロシア語においては必ず守られることである。以下は対格 の例である。

(67) скачать книгу и статью to_download book-acc. and paper-acc.

「本と論文をダウンロードする」 (on the web <23.09.2011>)

さらに言えば、等位接続構造と述語動詞との一致の問題は上の「一致の決定要素」で考えるべ き問題でありJohannessen(1998)の議論には混乱が見られることは否定できないであろう。

また、「句全体の形態統語的素性を決めているのは接続詞である(Johannessen 1998:79)」とも

(23)

しているが(もちろんこれが一致の問題で有ることはのぞいても)名詞にもその機能分担がある ことは上でも見た。ちなみに、句全体の文法素性、とくに数を決定することに関与することが 主要部性の一つであることは、等位接続構造以外のタイプの句、例えば数量詞句などでも見ら れることである(匹田 2007a)。

(iv)下位範疇化要素

Johannessenn(1998)はこの特徴に関して等位接続詞を主要部と考えるべきかどうかに関して 極めて明確に‘YES’と答えている。しかし、そのための論拠として挙げたのがノルウェー語の3 つの接続詞だけででは、一般論としての議論を決めてしまうにはさすがに無理があると言わな ければならないだろう。

それに対して、上述のように複数の要素に主要部性が分散しうることと等位接続構造外の要 素に対する関係も考慮に入れることが可能であることを認めるのであれば2つの等位項が主要 部的な振る舞いを示していると自然に考えることができる。例えば、以下の例における等位項 のжеланиенамерениеのいずれとも動詞の不定形を補語として求める名詞である。

(68) желание и намерение быть счастливым desire and intention b-inf. happy 「幸福でありたいという欲求と意図」

(v)分布的等価要素

上述の通りHudson(1987)は形態的な違いを無視してはならないと主張している。即ち:

(69)(=66) [An apple]sg. and [an orange]sg. arepl. on the table.(Johannessen 1998:78)

における個々の等位項即ちan applean orangeを一つだけ取り出し、一切の形態的な異同な くそのまま:

(69')*An apple are good for you.

とはできないことから等位項と等位接続構造全体は分布的に同一とは言えないという議論であ る。そしてJohannessen(1998)もその考え方に従っている。しかし、「分布的に同じかどうか」

を判断する際にこの考え方に従うと、an appleとその複数形であるapplesが分布的に異なるも のであると言うことになってしまう。これはとりもなおさず名詞句の数が異なるだけで統語範 疇が違うと考えなければならないと言うことになってしまい、好ましい結論とは言えないだろ う。本稿では形態的な違いは(少なくとも数に関しては)、分布的同一性を考える際に無視する ものとする。

このように考え、かつ複数の要素に主要部的な特徴が分散することが可であるとするのなら、

等位接続構造全体と分布的に同一なのは等位項、即ち2つの名詞であることになるのは言うま でもない。

(24)

(vi)義務的構成要素

Johannessen(1998)はこの点に関して、空の接続詞を想定するための複数の言語にまたがる論 拠を紹介した上で、等位項と接続詞が主要部的な振る舞いを示しているかどうかは、いずれも

‘MOSTLY’である、と非常に曖昧な解答を出している。が、分布的同一性の場合と同様に、

Zwicky(1985)の見解を採用して(少なくとも数に関する)形態的な違いを無視し、かつ複数の要 素に主要部的特徴が分散できるとするのであれば、2 つの等位項名詞が義務的な要素と考える のが適切であるのは当然のことであろう。

(vii)支配要素

Johannessen(1998)は主要部同定に関する基準のこの項目について、理由は明記されていない が全く考察を行っていない。あるいはどちらとも全く決められなかったのかも知れない。しか し、上述のように等位接続構造外部の要素との関係も考慮に入れ、かつ主要部的特徴が複数の 要素にまたがることができるとするのであれば、2 つの等位項名詞がこの点に関して主要部的 な振る舞いを示していることになる。以下の例は等位項の一つであるруководствоが造格名詞 を補語として支配することによりработойの形態が決定している。

(70) организация и руководство работой organization and leadership work-ins.

「仕事の組織化と指導」(on the web <23.09.2011>)

ちなみに、格の場合、数のように等位項の素性を「足す」というわけにはいかない。そのよう な場合はより近い要素にあわせるというのが原則である。

(70') руководство и организация работы leadership and organization work-gen.

「仕事の指導と組織化」(on the web <23.09.2011>)

これらの例の場合、(70)では造格支配のруководствоに、(70')では生格支配のорганизацияに従 って補語работой/работыの形態が決まっている。

以上、Zwicky(1985)の主要部同定の基準といくつかの前提を踏まえて分析すると、以下のよ うに、ロシア語の等位接続構造の主要部は2つの等位項であると考えられることを見た。少な

くとも Johannessen(1998)の分析と比べてはるかに明快な回答をしめすことができたと言える

だろう。

(71)Zwicky(1985)に若干の解釈変更を加えた分析

(25)

(i)意味的主要部 noun

(ii)一致の決定要素 noun/conjunction (iii)形態統語的表示位置 noun

(iv)下位範疇化要素 noun (v)分布的等価要素 noun (vi)義務的構成要素 noun (vii)支配要素 noun

3. まとめと今後の課題

以上、本稿では句の主要部を同定するために Zwicky(1985)と Hudson(1987)が提案している 基準を種々考察し、さらにそれらを適用することで一般理論として等位接続構造を同定する試 みとしての Johannessen(1998)に関しても検討した。その上で、あくまで個別言語としてのロ シア語に上記基準を適用するとどの様な結論が出得るのか議論を行い、その結果いくつかの点 を前提とした場合、ロシア語の等位接続構造における主要部は Johannessen(1998)の結論とは 異なり、複数の等位項であると結論づけるべきであるとした。なお、いくつかの前提とは以下 の4点である:

(i)Zwicky(1985)の立てた基準とその解釈の方がロシア語の等位接続構造を分析するには適し ていると言うこと;

(ii)名詞句の主要部を同定する際には名詞とそれを修飾する形容詞だけではなくいわゆる不 一致定語も分析の対象とすること;

(iii)主要部的特徴は必ずしも句の中の単一の要素に集中しているとは限らないこと;

(iv)等位接続構造の主要部的特徴は必ずしも等位接続構造の内部にある要素間にのみ成立す るものではないこと。

しかし、今後さらに検討しなければならない問題は多い。先ず、今回はもっぱら名詞どうし の等位接続構造を考察したが、他の統語範疇の等位接続にも考察の対象を広げる必要が当然あ る。例えば、Zwicky(1985)の基準を基本的に採用した場合、前置詞句の主要部は前置詞なのか、

それとも名詞なのか?この点に関して、意味的主要部と支配要素は異なる結論を出す可能性が ある。もちろん、意味的主要部に関して議論は様々なものが可能であると思われるが、この基 準のみ他と違い、形式的ではなく意味的な基準であるということも気にかかる。多様な議論の 可能性は多分に意味という曖昧なものに依存しているが故のものと言えるのかも知れない。ひ ょっとすると「意味的主要部かどうか」は基準から外した方が良いのかも知れない。

また、一致の決定要素の問題も残る。即ち、Zwicky(1985)に従えば、A Nで意味的主要部は

(26)

Nになるが、NP VPだとVPになる。それに対して一致の決定要素はA Nでは同じNを主要部 とするのに対して、NP VPはNPになってしまい食い違いが出てしまう。またHudson(1987) に従えば、いずれの基準もAとVPが主要部となるが、これではCorbett(1993:32)が「直感に反 する」もので「あまりにも高い代償」を支払わなければならないとしたことがここでも生じて しまうことになる。このような矛盾を解消するためにはHudson(1987)の述べたように一致の決 定要素を基準から外すか、あるいは上で触れたように意味的主要部を基準から外す、というこ とが考えられる。ただし、後者の場合は一致に方向性を認めないという近年の生成文法と同じ ような考えを前提とする必要がある。

他にも、ロシア語には以下のような等位接続も可能であることについても検討しなければな らない。

(72)[ здесь и в Москве]

here and in Moscow

「こことモスクワで」(on the web <01.10.2011>) (73)[ кто и где] сказал?

who-nom. and where said

「誰がどこで言ったのか?」(on the web <01.10.2011>)

いずれの場合も等位項の統語範疇が異なっている。即ち(72)では副詞句と前置詞句が、(73)で は名詞句と副詞句が等位接続されているのである。このような異なる統語範疇を等位接続する 場合の全体の統語範疇が何だと考えるべきか、この点では等位接続構造の主要部は接続詞であ ると考えた方が扱いが簡単になるのかも知れない。

なお、本稿ではロシア語にDPが存在することは仮定せずに論を進めたが、この問題につい ても議論が必要であることはもちろんである。先行研究を見ても、Progovac(1998)はセルボ・

クロアチア語のような明示的な限定詞が無い言語に関してもDPを考えるべきであるとしてい る一方、Zlatić (1998)はスラブ語においてはDPよりもむしろNPであると考えるべきであり、

この問題は定・不定の冠詞の有無によって決まると主張している。いずれにせよ、以上の問題 に関して結論を見出すためには、まずより精密かつ広範な記述を行っていくことが重要である ことは言うまでもない。

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