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一国の租税支払い能力に対する穀物法廃止の影響

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社会哲学と経済思想研究会

一国の租税支払い能力に対する穀物法廃止の影響

──1814〜15年のマルサス説の検討──

益 永 淳

本稿の目的は,1814〜15年のマルサスのつのパンフレットを用いて穀物法廃止が一国 の租税支払い能力を低下させるという彼の学説の理論的根拠を再構成し,その意味を考察 することである。マルサスのこの学説は,穀物価格が労働と他の諸商品の価格を規制する というスミスの連動説と密接な関連をもつ。『諸考察』のマルサスはこのスミスの連動説 を明確に批判し,連動説が暗に想定している価値の尺度としての穀物という観念も否定し た。『地代論』における地代分析は穀物貿易政策が地主の利害関係に与える影響の点でマ ルサスをスミスの連動説的な世界から脱却させた一方で,貴金属価値の実際的尺度として

(『諸考察』で否定したはずの)穀物を用いることにより,マルサスを再びスミスの連動説 的な世界に引き戻す要素を内包していた。穀物法廃止は一国の租税支払い能力を低下させ るという『諸根拠』の命題は,以上のような点をふまえて理解されなければならない。

.は じ め に

本稿の目的は,1814〜15年のトマス・ロバート・マルサスのつのパンフレットを用いて 穀物法廃止が一国の租税支払い能力を低下させるという彼の学説の理論的根拠を再構成し,

その意味を考察することである。考察の軸は,穀物価格が労働と他の諸商品の価格を規制す るというアダム・スミスの連動説に対するマルサスの立場に置かれるであろう。

1813年以降,議会では1804年穀物法の改正をめぐる議論が活発化した。その是非の判断に 必要な穀物法問題の正確な理解のために,マルサスは1814年の春に『穀物法の影響と一国の 農業および一般的富に対する穀物価格の騰落の影響に関する諸考察』(以下『諸考察』)を出 版した。1815年月には,彼は差額地代論を定式化した『地代の性質と増進およびそれが規 制される諸原理の研究』(以下『地代論』),さらに『諸考察』の付録として『外国穀物の輸 入を制限する政策に関する意見の諸根拠』(以下『諸根拠』)を相次いで出版する。

これらつのパンフレットで示された諸議論は,『人口論』初版(1798年)から『経済学

(2)

原理』第版(1836年)までのマルサス経済学の発展の一段階を示すものである(James 1979, pp. 249-85;Winch 2013, pp. 67-75)。だが,当時の穀物法論争を背景として出版され たこともあり,これらつの著作がマルサスの穀物貿易政策論や地代論の面で特に重要であ ることは疑いない。そこで,これらの面に絞って1814〜15年のマルサスのつのパンフレッ トに関する代表的な先行研究を整理してみよう。

第に,それ以前の時期と比べて穀物法に対するマルサスの態度に関して1814〜15年に何 らかの変更がみられるか,という点が論じられてきた。『人口論』第版(1803年),第版

(1806年)および第版(1807年)において,マルサスが穀物輸入制限を擁護する立場をと ったことは疑いない。羽鳥(1986)は,マルサスが『人口論』第版から一貫して『諸考 察』においても穀物輸入制限を支持する立場を崩さなかったとみる。だが横山(1998,

105-32ページ)は,『人口論』諸版の議論と『諸考察』の議論とを比較し,『諸考察』のマル サスが穀物輸入の自由と制限の問題に関して中立的な立場を保持していたことを強調した。

この場合,横山説に対しては,『諸考察』の翌年に出版された『諸根拠』では再

穀物輸入 制限を支持した理由が問われなければならない。横山によれば,『諸考察』では穀物と労働 の高価格は製造品の輸出を困難にして商工業に悪影響を与えるとされていたが,『諸根拠』

では製造業の国際競争力は穀物価格には依存しないとされた。他方『地代論』と『諸根拠』

では,(安価な穀物輸入に伴う)穀物価格の低下は農業利潤と地代の減少によって製造品へ の国内需要を減少させる。こうした『諸考察』から『諸根拠』の間の変化が,穀物価格下落 による農業不況は製造業部門をも害するという議論に結実し,マルサスに再

穀物輸入制限 を支持させることになった(横山 1998,133-64ページ)

1)

。なお武田(2011,201-6ページ)

および横山(2016)は,穀物法論争期のマルサスの立場および諸議論の簡潔な要約である。

第に,1814〜15年にも維持されていたマルサスの農業重視の立場は,どの程度重農主義 的とみなせるであろうか。センメル(Semmel 1965, p. 529)は穀物法論争期のマルサスの著 作にも依然として重農主義の影響がみられるとし,ホランダー(Hollander 1997, pp.

369-79)に至っては,この時期のマルサスはむしろ重農主義的な傾向を強めていたという。

他方,羽鳥(1998a,46ページ)および渡会(1998,105-6ページ)は,こうした解釈に否定 的である。

1) 本稿の直接の主題ではないが,マルサスが1826年までに穀物法擁護の立場を撤回したか否かにつ いても,撤回したとする Hollander(1997, pp. 807-67)とそれを否定する論者(Pullen 1995;2008, pp. 254-55;蔵方 2002;羽鳥 2007)の間で見解の対立がある。各論者の主張については渡会

(1998: 107-9ページ)も参照。なお,佐藤(2003,290-91ページ;2005,257ページ)は,マルサ スが後に開放経済の必要性を認めるに至ったことを重視し,ホランダー説に一定の評価を与えてい る。

(3)

第に,マルサス地代論の発展という観点から穀物法論争期のマルサスのつの著作に注 目する諸研究がある。特に『地代論』は,その後に加筆・修正を加えられて『経済学原理』

(初版1820年,第版1836年)の第章「土地の地代について」として結実するだけに

2)

, 中心的な分析対象となる。羽鳥(2001)および横山(2005;2007)は両著作間の異同に注目 し,その理由や意味を考察した。特に横山は『地代論』の議論の一部が『経済学原理』で修 正された理由について,リカードウによるマルサス批判の影響を重視した。

このタイプの研究に関連して,第に,例えば遠藤(2012,157-87ページ)のように,ア ダム・スミスの地代論との比較でマルサス地代論を論じる文献もある。中でも羽鳥(1995,

79-107ページ;2006)は,スミスによる農業投資の有利性命題がその後マルサスとリカード ウによっていかに批判的に検討されたか,という点を詳細に論じた。農業投資の有利性命題 とは,農業では自然が人間とともに労働するから等量の資本が投下されても他の産業よりも 社会の富と収入に多くの価値をつけ加えるという『国富論』第編第章の主張を指す。

地代を富と収入の創出または移転のいずれとみなすかは,一国の租税支払い能力という本 稿の主題にも重要な含意をもつ。だが羽鳥は,一国の租税支払い能力という主題をリカード ウについて分析するにとどまった(羽鳥 1998b)。そこではリカードウの学説を分析する前 提として穀物法廃止が一国の租税支払い能力を低下させるというマルサス『諸根拠』の議論 が紹介されているが,彼の学説自体の内在的な考察はなされていない。本稿の狙いは,その 点を補完する理論的な準備作業を行うことにある。

第節では,『諸考察』におけるスミスの連動説に対するマルサスの批判を分析する。第

節と第節では,『地代論』におけるマルサスの地代分析がスミス連動説に対してもつ含

意を考察したい。第節では,『諸根拠』における穀物法廃止と一国の租税支払い能力の関 係についてのマルサス説が検討されるであろう。最後に,第節において本稿の結論を簡潔 に示す。

.『諸考察』──スミスの連動説への批判

『人口論』第版から第版までのマルサスは,穀物価格の変動が労働と他の諸商品の価 格に伝わるまでのタイムラグの重要性などを指摘しつつも,スミスの連動説の論理を根本的 に拒絶するには至らなかった

3)

。だが『諸考察』に至って,マルサスは連動説に対する批判 的立場を強めていく。この連動説に対する態度は,一国の租税支払い能力に与える穀物法の

2) 『地代論』と『経済学原理』初版の第章における諸パラグラフの対照表については,横山

(2005,ページの脚注 )を参照。

3) これは,マルサスが(例えば後のリカードウのように)スミスの連動説という学説自体を明確に かつ完全に否定したわけではない,という意味である。もちろんマルサスは『人口論』第版以

(4)

影響に関してマルサスとリカードウの間で意見が分かれる根本理由のつとなるものであっ た。

『諸考察』の冒頭において,マルサスは穀物法の影響や穀物価格が一国の農業や富に及ぼ す影響に関する理解の混乱がスミスの穀物輸出奨励金論に根差していたことを指摘した。こ うしてマルサスは,スミスの穀物輸出奨励金論の再検討に着手する。

スミスの議論は,次のつの命題から成っていた。第に,穀物は他の諸商品とは異なる 特別な性質をもつ。第に,たとえ穀物輸出奨励金によって穀物の貨幣価格が騰貴しても,

穀物の真の価格(穀物が購買しうる労働または他の諸商品の量)は騰貴しない。第に,穀 物生産を刺激するのは穀物の真の価格の騰貴である以上,穀物輸出奨励金は穀物生産の拡大 に寄与しない。これらつの命題の基礎にあったのが,穀物価格は労働と他の諸商品の価格 を比例的に騰落させるというスミスの連動説であった。

最初に,マルサスはスミスの連動説の誤りをつの側面から明らかにしていく。すなわ ち,⑴ 穀物価格が労働の価格に及ぼす影響と⑵ 連動説の論理的帰結と経験的事実との間の 齟齬である。

マルサス自身も「相当の年数の平均に基づくと」穀物価格の騰落が労働の価格を騰落 させることは否定しない(Malthus [1814] 1986, p. 89 / 訳12ページ)。だが,穀物価格の騰 落は労働の価格を即

騰落させるわけではなかった。というのも,労働の価格の中には穀 物以外の賃金財の価格も含まれるからである。マルサスはイーデンの研究に依拠しながら,

一般的な労働者家庭は全支出額の40%を「穀粉またはパン(meal or bread)」,40%を「家 賃,燃料,石鹸,ろうそく,茶,砂糖および衣服」,残りの20%を「肉,ミルク,バター,

チーズおよびじゃがいも」に充てていると想定した(Malthus [1814] 1986, p. 89 / 訳13ペー ジ)。穀物価格の変化に対して「穀粉またはパン」以外の諸商品の価格は緩慢ないし部分的 な影響しか受けないから,穀物価格の変化は労働の価格を即

変化させるわけではな い

4)

穀物価格が労働の価格に漸次的な影響しか与えないことは,労働供給に関する考察からも 裏づけられる。労働を含むあらゆる商品の価格は,需要供給の原理に応じて変化する。だが 他の諸商品とは異なり,労働供給>労働需要となる場合にも,労働供給は緩慢にしか減少し ない。そのため,人口増加率の低下が労働の価格を騰貴させるまでは,穀物価格の騰貴は即

降,スミスの連動説に部分的な批判は加えていた。例えば,横山(1998,52-55,90-92ページ)お よび益永(2017,60-65ページ)を参照。

4) なお皮革,亜麻,綿,石鹸およびろうそくのような「外国の原料」から製造された賃金財や「茶 と砂糖」については,穀物価格の影響をまったく受けないであろう(Malthus [1814] 1986, p. 89 / 訳13ページ)。

(5)

座に労働の価格を騰貴させず,境遇の悪化という形で労働者自身が負担することになるであ ろう

5)

スミス連動説の論理的帰結と現実との間の齟齬について。穀物価格に比例して労働と 他の諸商品の価格が騰落するならば,穀物の真の価格(穀物が購買しうる労働または他の諸 商品の量)はつねに一定である。その結果,農業者は穀物の貨幣価格の騰落にかかわらず,

つねに同じ量の労働を雇用しうる。また販売価格と生産経費の差も拡大・縮小しないから,

耕作は奨励も阻害もされない。地主も以前と同量の諸商品を購入しうる。スミス連動説のこ うした論理的帰結は,明らかに経験的事実に反していた。需要増加による穀物価格の騰貴 は,実際に農業生産を刺激している。そうである以上,連動説自体に欠陥があるに違いない。

次に,マルサスはスミスが連動説的な推論をするに至った理論的背景を論じていく。連動 説は,「労働を価値の標準的尺度とみなし,また穀物を労働の尺度とみなす彼の習慣」に起 因していた(Malthus [1814] 1986, p. 92 / 訳18ページ)。スミスによれば,商品の価値はそ の商品が交換において購買・支配しうる労働の量によって測られる。労働はつねに一定量の 穀物と交換されるという意味において,「価値の標準的尺度」であった。だが実際には,労 働の価格は穀物価格に即座に比例して騰落しないから,労働はつねに一定量の穀物と交換さ れるわけではない。それゆえ,労働は(他のいかなる商品とも同じく)「価値の標準的尺度」

になりえないであろう。またスミスのように,「穀物があらゆる諸商品の価格を規制するこ とを認めることは,直ちにそれを真の価値の標準尺度に祭り上げることである」(Malthus [1814] 1986, pp. 92-93 / 訳19ページ)。というのも,穀物はこの場合つねに一定量の諸商品 と交換されるからである。だがスミスの連動説が誤っている以上,穀物も(他のいかなる商 品とも同じく)真の価値の正確な尺度ではなかった。

最後に,マルサスは穀物の貨幣価格の変動要因である穀物と銀の価値の騰落が財産の分配 や諸商品の需給関係を変化させる点にスミスの連動説は十分な注意を払っていない,と論じ た(Malthus [1814] 1986, pp. 93-94 / 訳20-21ページ)。換言すれば,マルサスはスミスの連 動説が需給関係による価格変化というスミス自身も認めた原理と矛盾している点を強調す る。連動説という「スミス博士のこの特有な議論は根本的に誤っており,それは供給と需要 の大原理を侵害することなしには……主張されえないと私はつねに考えてきたし,今なおそ う考えている」(Malthus [1814] 1986, p. 88 / 訳10-11ページ)。

例えば,アメリカでの鉱山の発見によって穀物価格が〜倍に騰貴した時期でも労働の 価格が倍に騰貴することはほとんどなかった。これは穀物と労働に対する需給関係の変化

5) 労働者が家族を維持できないほど大きな穀物価格の騰貴の場合は除く。この場合は,穀物価格の 騰貴は比較的すみやかに労働の価格を騰貴させるであろう。

(6)

から説明できる。また,この銀の価値下落は一定の名目額を受け取って生計を立てていた固 定所得生活者の購買力を減少させた一方で,地主や資本家の購買力を増加させた。こうした 財産の分配は諸商品の需給関係を複雑に変化させ,穀物価格に比例した諸商品価格の変動を 困難にした。さらに,18世紀半ばに生じた穀物価格の下落は商工業部門での労働需要増加の ために労働の価格を(下落ではなく)騰貴させ,農業生産に打撃を与えるとともに人口増加 を促した。これがイギリスを穀物輸出国から穀物輸入国に転換させる契機になったが,いず れにせよ,穀物価格に比例した労働と他の諸商品の価格の変動が生じたわけではない。

こうしてマルサスは,スミスの連動説に関して次のように結論した。

供給と需要のまさに同じ事情のもとで穀物価格が労働の価格を決定するということは,

スミス博士の議論にとって決して十分ではない。それを彼の目的〔連動説の論証〕にと って適切なものにするためには,彼はさらに,穀物価格または銀の価値における自然的 ないし人為的な騰貴が財産の状態と穀物および労働の需給を何も変化させないであろう ということを示さなければならないが,それは経験と一様に矛盾する立場である。/そ うすると,理論と経験の双方から,穀物価格は即

労働と他のあらゆる 諸商品の価格を規制しないということ,また穀物の真の価格は十分な長さの期間にわた って農業に対して決定的な刺激または障害を与えるほど変動しうるということ以上に明 白なことはありえない。(Malthus [1814] 1986, p. 94 / 訳21ページ,傍点と〔 〕内の 補足は筆者)

スミスは連動説によって穀物の貨幣価格は騰落するが穀物の真の価格は変動しえず,この 点で穀物は他の諸商品とは異なる特殊な性質をもつと主張した。マルサスはそれを否定し,

他の諸商品と同様に穀物も需要の変動に伴う価格の騰落によって生産が刺激ないし阻害され る,と論じたのである

6)

スミス連動説を批判した後,『諸考察』のマルサスはイギリスが穀物輸出国に戻る可能性 はほぼないし,穀物輸出奨励金も長年にわたって有名無実化していたと指摘した

7)

。そのた め,彼は穀物法の考察を穀物輸入制限政策の是非に絞り込む。彼の考察は次のつの主題か ら成っていた。すなわち,⑴ 穀物貿易の完全自由を仮定した場合にイギリスは穀物を自給 できるか,⑵ 自給できない場合,穀物の自給は政策的介入を正当化しうるほど望ましい目

6) ただし前述のように,マルサスは穀物価格の変化が労働の価格に緩影響を与える こと自体は認めていた(Malthus [1814] 1986, p. 98 / 訳29ページ)。Malthus [1814] 1986, p. 107 / 訳45ページ,Malthus [1815a] 1986, pp. 138-39 / 訳151-52ページも参照。

7) そして最終的に穀物輸出奨励金は1814年に廃止された(Barns [1930] 2006, p. 126)。

(7)

的であるか,⑶ 望ましい目的である場合,それは穀物の輸入制限政策によってどの程度ま たはいかなる犠牲を払って実現できるか,である。この際,スミスの連動説に対するマルサ スの立場が読み取れる以下の諸議論が含まれていた。

⑴について論じた際,マルサスは1804年から1808年の状況について次のように論評した。

当時の穀物価格はクォーターあたり約75シリングであった。この時に安価な外国穀物を輸 入して穀物価格が約45ないし50シリングに低下していたならば,それに比べて労働の価格と 他の耕作経費は緩慢にしか低下しないので,イギリスの劣等地耕作の一部は放棄されていた であろう(Malthus [1814] 1986, p. 96 / 訳25ページ)。このマルサスの論評は,上記のスミ ス連動説批判との論理的な一貫性をもってなされたことが確認できる。

⑵について論じた際,マルサスは諸国間での穀物貿易自由化が諸商品の価格に及ぼす影響

を次のように述べた。

穀物価格は労働の価格に緩

影響を与えないし,決してそれを完全に規制しない けれども,穀物価格は疑いもなくそれに強力な影響力を有している。穀物という商品に おける異なる諸国間での最も完全な通商の自由は,諸価格(prices)と貴金属の価値の 水準の均等化に大いに寄与する。そして製造業における努力の成功のためにある特有な 便宜をもつ国は,その労働と他の諸商品の価格が他の諸国に比べて下落しなければ,そ

貿

,その強みを完全には利用できないであ ろう,ということが認められなければならない。(Malthus [1814] 1986, p. 98 / 訳29ペ ージ,傍点筆者)

みられるように,「穀物価格は労働の価格に緩慢にしか影響を与えない」が,「穀物貿易の 最も完全な自由の結果」,その国の「労働と他の諸商品の価格」は他の諸国よりも下落しう る。マルサスはここで,タイムラグを伴うとはいえ,スミスの連動説的な状況が生じうると 述べているように読める。

穀物と労働の高価格が(後述のように純外国産の諸商品などを除いた)国産の輸出諸商品

の価格に影響しうることは,マルサスが穀物輸入制限の利点のつに言及した際にも示され

た。「第3に,比較的低い貴金属の価値,すなわち穀物と労働の高い名目価格は商工業をむし

ろ抑制する傾向があるが,その影響は労働の賃金で暮らす人々にとって永続的に有利であ

る。」(Malthus [1814] 1986, p. 102 / 訳36-37ページ)「穀物と労働の高い名目価格」が輸出

用の国産製造品の価格に影響を与えて「商工業」を抑制しうるという限りにおいて,スミス

の連動説的な状況が読み取れるであろう。他方,「純粋に外国産のあらゆる諸商品」,「その

原材料が完全にまたは部分的に外国産の諸商品」,および「課税されてはいるが従価税で課

(8)

税されていないあらゆる国産の諸商品」は「小屋住み農(cottager)の支出においてさえ取 るに足りないものではない」(Malthus [1814] 1986, pp. 102-3 / 訳37ページ)。それゆえ,労 働の高い名目価格でこれらの(価格がそれに応じて騰貴しない)諸商品をより多く購入しう るから,労働者は穀物輸入制限による穀物の高価格から永続的な利益を得るであろう

8)

。こ こでマルサスは,スミス『国富論』の増補と訂正および第版以降の連動説を想起させる議 論をしていた。なぜならば,穀物価格の変化は(タイムラグを伴って)労働と国産諸商品の 価格を変化させるが,外国商品の価格は変化しないことが暗示されているからである

9)

⑶について論じた際にも,マルサスは「外国穀物の輸入制限」につねに伴う弊害のつと

して,「輸出諸商品に影響を与える限りにおいての,穀物と労働の高い比較価格と銀の低い 価値によって引き起こされるあらゆる対外的な商取引における相対的不利益」に言及した

(Malthus [1814] 1986, p. 104 / 訳40ページ)。ここでも,「穀物と労働の高い比較価格と銀の 低い価値」が「輸出諸商品」の価格を引き上げ,「対外的な商取引」に悪影響を与えること が示唆されている。「輸出諸商品」への「影響」の仕方が明確ではないが,穀物と労働の高 価格はスミスの連動説的な状況を引き起こしうる。ただし実際には,穀物と労働の高価格に もかかわらず対仏戦争中のイギリスは諸商品の輸出を増加させた。なぜならば,戦時中に

「労働を節約するための我が国の発明の並外れた成功と戦争によって我々の手に飛び込んだ ヨーロッパの商業に関する並外れた独占」を享受したからである(Malthus [1814] 1986, p.

105 / 訳41ページ)。だが,この状態が戦後も続く可能性は低いであろう。

この節の議論は次のように要約できる。マルサスは,スミスの連動説に対して異なる強調 点を置きながら,⑴ 農業生産への穀物価格の影響と

商工業(輸出産業)への穀物価格の 影響を論じた。⑴を論ずる場合,マルサスは穀物価格が労働の価格に及ぼす影響に焦点を当 てる。彼によれば,穀物価格の騰貴は労働の価格を即座には騰貴させない。こうして,穀物 価格を騰貴させる穀物輸出奨励金がもつ農業の生産拡大効果が強調される。穀物価格の変化 が終局的には労働の価格に影響を及ぼすことは否定されないが,労働の価格が諸商品の価格 に及ぼす影響についてはほとんど考察されていない。他方,⑵を論ずる場合,マルサスは穀

8) 逆に,穀物の自由輸入に伴う穀物価格下落が人口増加を刺激する「20年または25年の経過」後に 労働の価格を下落させるならば,比例的に価格が下落しない諸商品の獲得量の減少によって労働者 の境遇は悪化する(Malthus [1814] 1986, p. 103 / 訳37ページ)。ただし,(本稿の第節と第節 で示されるように)『地代論』および『諸根拠』でも繰り返し主張されるこうしたマルサスの穀物 高価格擁護論に対して,ホランダー(Hollander 1997, pp. 830-31)を除く多くの論者は批判的であ る(吉澤 1999;佐藤 2003,281-82ページ;佐藤 2005,255-57ページ)。

9) スミスは『国富論』第版(1784年)以降,穀物の貨幣価格は労働と他の国産品の貨幣価格を規 制するとし,そこに外国諸商品の貨幣価格を含めていない(益永 2017,53ページの脚注,61-62 ページの脚注16)。

(9)

物と労働の高い(または低い)価格が輸出製造品の価格に及ぼす影響に焦点を当てた。彼に よれば,穀物と労働の高(低)価格は輸出商品価格の引き上げ(下げ)を伴いうる。こうし て,穀物輸入制限(穀物自由輸入)に伴う穀物の高(低)価格はイギリスの商工業に悪

(好)影響を与えるであろう。タイムラグを伴うとはいえ穀物価格の変化が労働の価格に影 響を及ぼすこと自体は否定されていないし,穀物と労働の価格が輸出製造品の価格に影響を 与えることも(少なくとも明確には)否定されていない。この意味において,『諸考察』の マルサスはスミス連動説を批判したにもかかわらず,その枠内から完全には抜け出ていなか った

10)

.『地代論』⑴──地代の本質,起源および騰落原因

前節で検討した『諸考察』に続いて,マルサスは翌1815年月日に『地代論』を出版し た。その冒頭部分において,地代は次のように定義されている。

土地の地代は全生産物の価値のうち,いかなる種類のものであれ,その耕作に属するあ らゆる支出が支払われた後に土地の所有者に残る部分であると定義されうるが,その支 出の中には,その時の農業資本の通例かつ通常の利潤率に応じて測られた使用される資 本の利潤を含んでいる。(Malthus [1815a] 1986, pp. 115-16 / 訳106ページ)

そして「地代の直接原因」は,「原生産物が生産費を上回って市場で販売される価格の超 過額」にあった(Malthus [1815a] 1986, p. 116 / 訳107ページ)。そこで,なぜ市場において 原生産物(穀物)が通常利潤を含む生産費を上回る価格で販売されるのかが問われなければ ならない。彼はまず,スミス,重農主義者,セイ,シスモンディおよびブキャナンの諸見解 を批判的に紹介した後に自説を提示していく。最も肥沃な土地(最優等地)が量的に限られ ているという意味で土地が独占のような状態にあり,肥沃な土地の稀少性が地代の原因の つであることは確かである。だが,「最優等地の比較的稀少性」だ

では穀物の高価格は生

10) 大村によれば,『諸考察』以前の『人口論』第版(1803年)以降,マルサスは「穀物価格の騰 落が他の財貨の騰落に連動するものではなく,したがって穀物の真実価値は不変ではありえないこ とが,後の各版を通じて繰り返し主張されていた。」(大村 1998,180ページの注11)こうした立場 が第版以降の『人口論』で表明されていることは確かであるし,『諸考察』でも表明されていた ことは,この節でも注目したとおりである。だが,少なくとも『諸考察』における商工業(輸出産 業)への穀物価格の影響に関する限り,マルサスはスミスの連動説から完全に決別していたとまで はいえない。それゆえ筆者は,ホランダーとともに,この時期のマルサスはスミス連動説から決定 的に離反したわけではなかったとみなす(Hollander 1979, pp. 45-51, 訳[上]59-67ページ)。なお,

第節で述べるように,『地代論』では穀物を貴金属の価値の尺度として用いている。

(10)

じない(Malthus [1815a] 1986, p. 118 / 訳113ぺージ)。マルサスにとって,生産費を上回る 高い価格で穀物が販売される理由は次のつであった。

第に,そして主

,土地に使用される人々の維持のために必要とされるよりも多 くの生活必需品の部分の産出を可能にする土地の性質。/第に,それ自体の需要をつ くり出せる,または生産される必需品の量に比例して需要者の数を上げることができる という必需品に特有な性質。/そして第 に,最も肥沃な土地の比較的稀少性。

(Malthus [1815a] 1986, p. 119 / 訳113-14ページ,傍点はマルサス)

11)

傍点部分から明らかなように,マルサスによれば第の理由が「原生産物の高価格の主要 原因」であり,それは「人間に対する自然の贈り物」であった(Malthus [1815a] 1986, p.

119 / 訳114ページ)。たとえ肥沃な土地が地主によって所有(独占)されていたとしても,

その土地が耕作者の維持に必要な分の収穫(通常利潤を含む経費分)しか産出しえなけれ ば,生産費を上回る原生産物価格の超過額(地代)は存在しえない。

また製造業で使用される機械とは異なり,土地は食物だけでなく衣食住の衣と住に必要な ものも生み出す。こうして土地における必需品生産の増加は,それを需要する人口の増加を 伴う。他方,製造業の機械は衣服や家具の一部の原材料しか生産しえない。このように,製 造品の供給とともにその需要者の数を増加させて生産費以上の高価格を持続できないため,

製造業では地代が生じない。必需品の需要はその生産自体から生じるが,製造品の需要はそ の生産自体に依存するものではなかった。

こうしてマルサスは,原生産物価格を生産費以上に超過させる基本原因が,耕作の経費を 通常利潤とともに回収する以上の収穫量をもたらす土地の性質(豊饒性)にあることを強調 した。「この豊饒性(plenty)を減少させよ,土地の肥沃性(fertility)を減少させよ,そう すればその超過額は減少するであろう。それをさらに減少させよ,そうすれば超過額は消滅 するであろう。」(Malthus [1815a] 1986, p. 121 / 訳118ページ)通常の独占商品の場合,そ の稀少性から高価格が生じる。だが,必需品の場合には土地の豊饒性ないし肥沃性から高価 格が生じる。この点で両者は根本的に異なっていた。

以上が地代の性質(発生根拠)に関するマルサスの基本的な議論である。これに関して,

次の点を指摘しておきたい。第に,土地の豊饒性を地代発生の主要原因とする点で,マ ルサスは(通常利潤を含む)生産費を超える原生産物価格の超過分という地代の定義にもか

11) 遠藤(2012,166-67ページ,182ページ)によれば,文中の第と第の要因はアダム・スミス から継承されたものであった。第は利潤と賃金から地代を分離させる要因である。

(11)

かわらず,実物的な地代把握を理論の中心に据えていた。「自然の贈り物」としての地代認 識こそが,地代は富の裏づけをもたない名目価値でもないし消費者から地主への収入の移転 でもないというマルサス説の根幹をなす。第に,耕作に必要な経費を賄うよりも多くの収 穫量を産む土地の性質(第原因)とともに,その豊富な収穫量に伴って増える需要者の数

(第原因)がなければ,「労働の高い穀物価格」(Malthus [1815a] 1986, p. 120 / 訳115ペー ジ)すなわち労働と交換される穀物量の増大が起こる。逆にいえば,みずからの需要を生み 出す原生産物に特有な性質という第2原因が作用しなければ,「労働の高い穀物価格」のため に穀物価格は「製造品価格と同様に」生産費まで低下し,地代の存在を不可能にしてしまう

(Malthus [1815a] 1986, p. 120 / 訳115ページ)。その意味で,第に,地代発生に関するマ ルサスの説明は需要供給の原理に基づいていた。第に,地代を穀物価格総

と(総)経費 との差として説明した時,マルサスはクォーターまたは最劣等地で生産される追加的な穀 物量ではなく,穀

の観点から地代を論じている。ゆえに自然の贈り物としての地代が 強調され,最も不利な条件で生産される穀物価格がそれよりも有利な条件で生産される穀物 にも適用されるという点は,まだ議論の前面に出てこない。

以上のような地代の性質に続けて,マルサスは「地主の地代だけでなく農業者の利潤を含 む」「いっそう一般的な剰余」(Malthus [1815a] 1986, p. 123n / 訳121ページ)を出発点とし て地代発生の起源を述べていく。社会の初期段階または新しい国の土地に古い国の知識と資 本が使用される場合,この一般的な剰余は異常に高い賃金と利潤として現れる。最も肥沃な 土地の全部がまだ所有されていない場合,人々は地代を支払ってすでに所有されている肥沃 な土地を耕作するよりも,自分自身で未所有の肥沃な土地を耕作するからである。

だが,この最も肥沃な土地の耕作に必要な分以上に資本が蓄積されると,有利な資本投下 先の不足のために利潤(率)は低下せざるをえない。また,食料よりも速く増加する人口の ために(穀物)賃金も低下せざるをえない。こうして肥沃な土地の稀少性は,利潤と賃金か ら成る生産経費を低下させる。こうして「生産費は減少するであろうが,生産物の価値,す なわち労働の量および労働が支配しうる穀物以外の他の労働生産物の量は減少する代わりに 増加するであろう。」(Malthus [1815a] 1986, p. 123 / 訳122ページ)マルサスはここで,生 産物の価値をそれが交換において支配しうる労働の量で測っていた。こうした(利潤を含 む)生産経費と生産物価値との差の拡大は地代を増加させる。

もしも資本の一般的利潤が20%であり,土地の特定部分が使用される資本に対して30%

をもたらすならば,30%のうちの10%は誰によって受け取られるにしても,明らかに地

代であろう。(Malthus [1815a] 1986, p. 124 / 訳123ページ)

(12)

そして富と人口への一国の自然的増進における肥沃な土地の比較的稀少性のために利潤 と賃金が下落するやいなや,利潤からのその分離が始まることがわかった。(Malthus [1815a] 1986, p. 125 / 訳125ページ)

以上の地代発生の起源に関する議論については,次の点に注目しておきたい。前述のよう に,マルサスは地代+農業利潤から成る「いっそう一般的な剰余」を前提して地代の起源を 説いた。この「いっそう一般的な剰余」自体は,自然の贈り物だから富の創造といえるかも しれない。だが上のつの引用文では,以前に利潤であったものが地代として分離していく ことが明確に示されている。ここから『利潤論』(1815年)のリカードウは,地代がすでに 創出された富の移転であるという結論を引き出した(Ricardo [1815-23] 1951, p. 18 / 訳25 ページ)。「いっそう一般的な剰余」自体(マルサス)とその内部の利潤と地代への分割(リ カードウ)のいずれに強調点を置くかが,両者の地代観の分岐点のつになったといえるで あろう。

地代の起源に関する以上の分析に続けて,マルサスは地代の増減を左右する原理を考察し て い く。そ の 際,生 産 の 経 費 以 上 の 穀 物 価 格 の 超 過 額 が 地 代 の「直 接 原 因」だ か ら

(Malthus [1815a] 1986, p. 116 / 訳107ページ),この超過額を拡大・縮小させる原因が重要 である。その主要な原因は次のつであった。

第に資本の利潤を低下させるような資本の蓄積,第に労働の賃金を低下させるよう な人口の増加,第にある一定の結果を生み出すために必要な労働者数を減少させるよ うな農業改良または努力の増加,そして第に,需要の増大から生じ,生産の経費を名 目的に低下させることなしにこの経費と生産物価格との間の差額を増加させるような農 産物価格の増大である。(Malthus [1815a] 1986, p. 126 / 訳126-27ページ)

最初のつの原因は,生産物価格に比べた生産費の低下のために地代を増加させる。ただ し価格や経費が穀物・支配労働・貨幣または他の何で測られているかは明示されていない。

だが,最後の原因は明らかに貨幣タームである。ある国の農産物(穀物)に対して周辺諸国 から大きくて持続的な需要がある場合,穀物価格は騰貴するであろう。他方,労働の価格を 含む「耕作の諸経費は緩慢かつ漸次的にのみ同じ割合にまで騰貴する」ため,その差額は農 業利潤の一時的増加として農業生産を刺激し,借地契約の更新後は地代増加となる

(Malthus [1815a] 1986, p. 124 / 訳123ページ)

12)

。ここでは穀物価格の騰貴は労働(と他の

12) マルサスによれば,(農産物ではなく)製造品に対する周辺諸国からの需要増大,および製造業

(13)

諸商品)の価格を即

引き上げないという『諸考察』のスミス連動説批判が,穀物価格 と(利潤を含む)生産費の差という『地代論』の地代把握と結びつけられていた。

.『地代論』⑵──スミス連動説に対する地代分析の含意

『地代論』で提示されたマルサスの理論は,別の面でもスミスの連動説に対して重要な関 連ないし含意を有していた。この節では,マルサスの地代分析からスミスの連動説に対して どのような含意が引き出せるか,について考察したい。

前述のように,穀物価格と(通常利潤を含む)生産費の差を拡大させる原因は地代を増加 させ,その差を縮小させる原因は地代を減少させる。ここでマルサスによれば,既耕地で穀 物価格と生産費の差が実際に拡大するか,拡大可能な状況になるまでは,「さらに劣等な新 しい土地を耕作に引き入れることは決して割に合わない。」(Malthus [1815a] 1986, p. 129 / 訳132ページ)また,こうした状況に至るまでは,「旧来の土地の改良」も行われない

(Malthus [1815a] 1986, p. 129 / 訳133ページ)。

これに関連して,大村は次のように注記した。「ここで注意したい事は,マルサスが地代 の増減を支配する法則を説明する際,常にこれらの原因が耕作拡張力および生産増加力を促 し,その結果として地代が騰貴するということである。これらの原因が直接に地代をすぐさ ま引き上げるとは考えられていないのである」(大村 1985, 153ページ)。穀物価格と通常利 潤を含む生産費の差の拡大,または拡大しうる状況は,既耕地への追加的資本投下か劣等地 への新たな資本投下を可能にし,耕作の拡張ないし生産物増加の結果として地代を増大させ る。こうしてマルサスは,土地生産物の増減が地代の増減を伴う点を強調した。

私見によれば,『地代論』のこの議論が,『諸根拠』においてスミス連動説に基づくものと は異なる地代認識をマルサスに提示させた際の理論的基礎をなす。『諸根拠』の検討は次節 の中心課題であるが,この私見を裏づけるために『諸根拠』の文章を先取りして引用しよ う。

一部の人々は,そしてその中にアダム・スミス自身がいるのだが,穀

。だが,理論と経験の両者 は反対のことを証明している。そして,あらゆる通常の状態のもとでは,価

,生産物の減少はおのずと地代の減少を伴うであろう

での新機械の導入と分業の改善も原生産物価格と生産の名目経費の差を拡大させる(Malthus [1815a] 1986, pp. 126-27 / 訳127-29ページ)。マルサスは地代を増減させるこの第の原因につい て,後の『経済学原理』においてさらに分析を拡充した。益永(2008)を参照。

(14)

ということを示している。/それゆえ,地主の真のおよび名目上の地代の双方を減少さ せる際の諸港の開放の結果に関しては,何の疑いもありえない。(Malthus[1815b]

1986, p. 167 / 訳90ページ)

穀物価格の騰落が労働と他の諸商品の価格を比例的に騰落させるならば,地主の名目所得 も騰落するが,その騰落した名目所得は以前と同量の諸商品を購入しうる。それゆえ,穀物 価格の騰落は地主の利害関係に影響しない。だがマルサスによれば,これは「理論と経験の 両者」に反していた

13)

。ここで「理論」とは何を指すのであろうか。上の引用文には『地代 論』を参照せよという注が付されたが,具体的なページ数は書かれていない(Malthus

[1815b]1986, p. 167n / 訳90ページ)。だがこの節における上の引用文以前の議論から,こ の「理論」は,利潤を含む生産費と比べた穀物価格の相対的な騰落が耕作の拡大・縮小によ り生産物の増減を促し,その結果として地代を増減させるという『地代論』の主張を指すと 解釈しうるであろう。

マルサスの例(Malthus [1815a] 1986, p. 130 / 訳135ページ)を現在の文脈にあわせてア レンジし,この解釈をさらに補強したい。以前に10単位の土地生産物のうち地主が単位を 得ていた状態から,今や耕作の縮小によって単位の土地生産物のうち地主が1.5単位を得 る状態になったとしよう。この場合,「穀物と労働のいっそう大きな支配力」(Malthus [1815a] 1986, p. 130 / 訳135ページ)をもつか否かで測られる地主の真の地代は単位から 1.5単位へ25%だけ減少するであろう。こうして,「生産物が減少し,また地代が下落する 時,地代の量はつねにいっそう小さくなるであろうが,それが資本および生産物に対して有 する割合はつねにいっそう大きくなるであろう」(Malthus [1815a] 1986, p. 131 / 訳137-38 ページ)。実際,その割合は以前の分のから現在の分のへと大きくなった。

ここで耕作の縮小に伴う穀物価格の下落を考慮すると,『諸根拠』からの上の引用文が述 べるように,「価格の下落は生産物の減少を伴うに違いないし,生産物の減少はおのずと地 代の減少を伴」い,「地主の真のおよび名目上の地代」は減少する(Malthus[1815b]1986, p. 167 / 訳90ページ)。換言すれば,穀物価格の下落は地主の利害関係を損なう。こうして マルサスは,『地代論』における地代分析からスミス連動説への批判的含意を引き出した。

13) 第節で注目したように,マルサスは『諸考察』において,スミス連動説の以下の論理的帰結が 経験的事実と矛盾することを指摘していた。すなわち連動説が真実ならば,「穀物価格の騰貴は労 働と他のあらゆる諸商品の比例的な価格騰貴を即座に伴ったであろう。そして,農業者と地主は自 分たちの穀物に対して平均でクォーターあたり60シリングの代わりに75シリングを得るかもしれ ないけれども,農業者はよりよく耕作できるわけではないし,地であろう」(Malthus[1814]1986, p. 92 / 訳18ページ,傍点筆者)。

(15)

ここから再び『地代論』におけるマルサスの所説の検討に戻ろう。耕作の拡大・縮小が穀 物価格を騰落させる点について,『地代論』には後のリカードウを思わせるような穀物価値

(価格)と密接に結びついた差額地代論が見出せる。

そうすると次のようになる。原生産物の価格は生産される総量に関しては自然または必 要価格で,すなわち実際の生産物量を得るために必要な価格で販売されるが,その断然 多くの部分は,この部分がいっそう少ない経費で生産される一方でその交換価値は依然 として減少しないままであるために,その生産に必要なものをはるかに上回る価格で販 売されるのである。(Malthus [1815a] 1986, p. 133 / 訳140ページ)

商品の自然価格または必要価格とは,その商品の現実の量を生産するために必要な価格を 指す。製造業の機械とは違い,農業の機械(土地)は生産性(肥沃度と位置)が異なる。そ のため富と人口の増進につれて,現実に必要な量の穀物を得るために以前よりも劣等な土地 に頼らなければならない。この新たな耕作地では,ある一定の量の穀物を生産するために既 耕地よりも多くの生産費を要するであろう。だが,「同じ質の穀物に対してつの価格は存 在しえない」(Malthus [1815a] 1986, p. 134 / 訳142ページ)。この時,最劣等地で生産され る穀物も現実に必要な量に含まれている以上,穀物価格は最劣等地における通常利潤を含む 生産費に依存する。この最劣等地では生産費を通常利潤とともに回収できさえすれば耕作が 割に合うから,地代は支払われない

14)

。こうして富と人口の増進とともに穀物価格は騰貴す る傾向をもつ。その一方で,最劣等地よりも低い個別的生産費でその一定の量の穀物を生産 できる優等地では,最劣等地の生産費に基づく社会的な穀物価格と個別的な穀物価格の差に あたる地代が得られるであろう。それゆえ,生産される穀物総量は必要価格または自然価格 で販売されるにもかかわらず,優等地には地代が生じるのである。

マルサスによれば,この学説は,穀物のような原生産物は(製造品とは異なり)つねに独 占価格で販売されると主張するスミスや重農主義者への批判を意味していた。

穀物が現

に関しては製造品と同様にその必要価格で販売されるという 学説を私が少し詳しく述べ,さまざまな形で読者に提示することを許してほしい,なぜ ならば,私はそれを最高の重要性をもつ真理だとみなしており,それは重農主義者た

14) 他方,後の『経済学原理』(初版・第版)において,マルサスは最劣等地を含むすべての土地 で地代が発生しうるという見解に転向した。こうした意味でのマルサスの自然地代論に関しては,

遠藤(2012, 175-81ページ),大村(1985, 149-94ページ),横山(2006;2010, 38-43ページ)を参 照。

(16)

ち,アダム・スミス,およびつねに原生産物を独占価格で販売されるものと述べてきた すべての著作家たちによってまったく見落とされてきたからである。(Malthus [1815a]

1986, p. 134 / 訳143ページ,傍点はマルサス)

富と人口の増進が劣等地耕作を拡大させるのは,いっそう多くの穀物が現実に生産される 必要があるためであった。その過程で穀物価格は騰貴していくが,この騰貴は現存人口の生 存の必要から生じるのであり,独占商品のように流行や気紛れから生じるのではない。現実 の生産量に関して,穀物は(独占価格ではなく)自然価格ないし必要価格で販売される。高 い穀物価格は地代をもたらすが,それは独占に起因するのではない。独占のために穀物に不 当に高い価格を支払っているのではない以上,地代は消費者から地主への収入の移転ではな い。これが,穀物総量ではなくそのうちの最劣等地の穀物部分に注目した地代分析からマル サスが引き出した結論であった。

続けて『地代論』のマルサスは,スミスの穀物価格決定論への批判を展開する。マルサス によれば,スミスは「その時に商業界の流通媒介物を供給する鉱山の状態」によって穀物価 格が決定されるかのように論じた(Malthus [1815a] 1986, p. 134 / 訳143ページ)。だがこの 要因では,貴金属(貨幣)を産出する鉱山からほぼ等距離にある国々の間での穀物の貨幣価 格の違いを説明できない。そこでマルサスは,次の要因を強調した。

私は以下のことを述べる際に何の躊躇もしない。すなわち,一国の通貨の不規則性や他 の一時的および偶発的な諸事情とは無関係に,穀物の高い比較的貨幣価格の原因はその 高い比較的な真の価格,すなわちそれを生産するために用いなければならないより多く の量の資本と労働である。また穀物の真の価格がすでに富裕な,そして繁栄と人口にお いてなお増進している諸国においていっそう高く継続的に騰貴していく理由は,……穀 物は進

ではその実際の供給をもたらすために必要な価格で販売され,この供給 がますます困難になるために価格は比例的に騰貴するという重要な真理の中に見出され るべきである。(Malthus [1815a] 1986, p. 135 / 訳144ページ,傍点はマルサス)

15)

15) 『諸根拠』の次の文章も参照。「穀物の真の栽培価格によって,私は国民的生産物に対してなされ る最後の追加分を取得するために用いられた労働と資本の真の分量を意味する。あらゆる富裕かつ 進歩的な国では,劣等地を次第に用いる必要性のために,不断に増大していく原生産物価格への自 然的かつ強力な傾向がある。しかしこの傾向は,耕作の大改良および労働の節約によって部分的に 相殺されうるであろう。」(Malthus [1815b] 1986, p. 161n / 訳78ページ)。他方,「製造品の真の価 格」つまり「一定量の製造品を生産するために必要な労働と資本の量」は減少していく傾向があっ た(Malthus [1815a] 1986, p. 137 / 訳148ページ)。

(17)

ここでマルサスが,穀物の生産条件の変化に起因する穀物の貨幣価格の変化に言及してい ることは明白である。また彼は,上の引用文に次の注をつけた。「あらゆる我々の議論にお いて,我々は高価格のうち自然的かつ永続的な諸原因のために生じる部分から通貨の過剰の ために生じる部分を分離することができるし,分離するように努めるべきである。」

(Malthus [1815a] 1986, p. 135n / 訳144ページ)さらに劣等地耕作の進展に伴う穀物の貨幣 価格の騰貴傾向は「直接税および間接税」,「耕作方式の改善」,「土地に対する労働の節約」,

特に「外国穀物の輸入」のために修正をこうむる(Malthus [1815a] 1986, p. 135 / 訳145ペ ージ)。いずれにせよマルサスは,穀物の貨幣価格が貨幣側の要因と穀物側の要因の双方に よって変動することを明確に認識・区別していた

16)

さらに,富裕かつ人口稠密な国で穀物の貨幣価格が最も高いならば,貴金属の低価値は一 国の繁栄を示すものではないというスミス説も否定されなければならない。というのも,

「異なる諸国および同じ国における異なる時期の貴金属の価値」を測る最も近似的な実際的 尺度として「穀物および労働の価格」を採用すれば,富国の貴金属価値は低い(穀物と労働 の貨幣価格は高い)からである(Malthus [1815a] 1986, p. 137 / 訳149ページ)。しかも,

「穀物はアダム・スミス自身によって用いられている尺度である」(同)。

第節でみたように,『諸考察』のマルサスはスミスの連動説を批判した際に,それが

「労働を価値の標準尺度とみなし,また穀物を労働の尺度とみなす」スミスの習慣に根差す と指摘した(Malthus [1814] 1986, p. 92 / 訳18ページ)。穀物価格が労働と他の諸商品の価 格を規制するという命題からは,穀物はつねに一定量の労働および他の諸商品と交換される という帰結が出てくるからである。だが,穀物価格に応じて労働の価格が変化するまでに一 定期間を要する以上,労働はつねに一定量の穀物と交換されるわけではない。それゆえ,

「穀物は労働の非常に不正確な尺度である」(Malthus [1814] 1986, p. 92 / 訳18ページ)。

にもかかわらず,『地代論』のマルサスは,貴金属の低い価値が一国の富と繁栄の証拠で はないというスミス説を批判するために,穀物(と労働)という『諸考察』で否定した尺度 を用いて議論を展開した。理論的観点からは尺度としての穀物の妥当性を否定せざるをえな いが,実際に貴金属の価値を測る場合,マルサスも穀物という近似的な尺度に頼らざるをえ なかったのである。こうしてマルサスは,富と人口の増大に伴う穀物価格の騰貴傾向に立脚

16) このつの要因による穀物の貨幣価格の変動は,『諸考察』においても区別されていた。「前世紀 の前半の間の穀物の安価は,スミス博士によってむしろ奇妙なことに,銀の価値の騰貴と間違えら れた。それが穀物に特有な豊富さのためであったということは,他のあらゆる諸商品が下落するの ではなくむしろ騰貴していたことから明らかである。」(Malthus [1814] 1986, p. 107n / 訳44ペー ジ)。「銀の価値の騰貴」ではなく穀物に特有な供給増加により穀物価格が安価だったからこそ,

「他のあらゆる諸商品」の価格は下落しなかったのである。

(18)

する自己の地代分析を用いて富国の貴金属価値に関するスミス説を批判した。「貴金属の低 い価値,すなわち原生産物の高い価格以上に富の卓越性の確実な兆候はないし,またそれ以 上にその不可避的な結果はない。」(Malthus [1815a] 1986, pp. 137-38 /訳149ページ)

前述のように,マルサスはスミスの穀物価格論を批判しながら,穀物の貨幣価格が貴金属 を産出する鉱山の状態と穀物の生産に必要な資本と労働の量に依存すると主張した。ここで は,穀物の貨幣価格を変動させる貨幣側と穀物側の双方の要因が認識・区別されている。だ が,マルサスが富と人口の増加に起因する穀物価格の騰貴傾向に基づく地代分析と貴金属の 価値尺度としての穀物を結びつけた時,彼はスミスの連動説的な世界へ引き戻されてしま う。すなわち,富と人口の増加に伴ってさらなる劣等地に耕作が拡大するから,穀物の貨幣 価格は騰

する傾向をもつ。そして貴金属の価値を穀物で測れば,貴金属価値は低下する。

この時,鉱山の状態とは無関係に,穀

ことに注目してほしい。その結果,貴金属で測るならば,労働と他の諸商品の貨

価格も騰

するであろう

17)

。こうして『諸考察』でスミス連動説を批判したはずのマルサス は,劣等地耕作拡大による穀物価格の騰貴傾向と貴金属の価値尺度としての穀物を結びつけ た結果,連動説的な立場への道を再び開くことになった。

同様のことは,『地代論』に見出せる次の文章にも暗示されている。

わずかな例外はあるが,ヨーロッパをつうじての貴金属価値の漸進的な下落と,土地か ら得られる生産物の増加とともに最も富裕な国々で起こったなおいっそう大きな下落と はすべて,借地契約の更新に際して地代の増加を地主に期待させることに導くに違いな い。(Malthus[1815a]1986, p. 142 / 訳158ページ)

ここでは,「最も富裕な国々」において劣等地耕作進展に伴う「土地から得られる生産物 の増加」とともに「貴金属価値」の「なおいっそう大きな下落」が生じた,と述べられてい る。劣等地耕作の進展による穀物の貨幣価格の騰貴は穀物側の要因から起こったものであ り,本来は貴金属(貨幣)価値の変化とは関係がない。にもかかわらず,上の引用文では,

劣等地耕作進展に伴う「土地から得られる生産物の増加」が「貴金属価値」の「なおいっそ う大きな下落」をもたらしたかのように論じられている。

これは,マルサスが貴金属の価値を穀物で測っていたことを想起すれば,理解可能であろ

17) 『諸考察』には,「地金が穀物,労働および大部分の他の諸商品と比較してその現在の価値であり 続ける一方で」というように,貴金属(地金)の価値を穀物,労働だけでなく「大部分の他の諸商 品」との比較で論じる文章もみられる(Malthus[1814]1986, p. 106 / 訳43ページ)。

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