企業の意思決定に役立っ損益分岐点分析
売上高目標およびコスト削減目標の決定にどう役立っか一
浅野敬志
1.はじめに
企業を取り巻く経営環境は日々変化しています。特にここ数年の変化は激しく、金融システ ムの破綻、IT革命の進展、急激なグローバル化など、数年前には予想することのできなかった ことが次々と起こっています。このような激しい環境変化の中で企業を維持し成長させていく ためには、変化に柔軟に適応していくことが必要です。そしてそのためには、企業の経営者、
そして従業員は、日々いろいろな場面で適切な意思決定を行わなければなりません。
しかしながら、過去の経験から得られた勘や将来に対する読みだけを基に意思決定をしてい るケースが決して少なくありません。日本が高度経済成長期にあり、国内外の経営環境が比較 的安定していた頃には、このような経験や勘に基づく意思決定でも問題はありませんでした。
しかし、新しいことが次々と起こり、日本国内だけでなく全世界にも目を配らなければならな い昨今の経営環境下では、こうした従来型の意思決定を安易に行うことはきわめて危険です。
それでは、どのように意思決定を行えばよいのでしょうか。結論を先取りすると、今後は、
企業のおかれている経営環境やその中でとるべき戦略などについて、いろいろなツールを使っ て定量的な分析やシミュレーションを行い、その結果に基づいて企業の進むべき方向や実施す べき施策の選択肢を絞り込み、その中からできるだけ成功の確率が高いと考えられるものを選 んでいく必要があると思われます。本稿では、損益分岐点分析というツールを使って、企業が 売上高目標やコスト(費用)の削減目標をどのように決定しているのかについて、いろいろシ
ミュレートしながら見ていきます。
2.費用は変動費と固定費に分類される
損益分岐点分析は、企業の採算性を判定するために行います。損益分岐点というのは、売上
高とコストが同じになる売上高、つまり、損益ゼロの売上高を示す採算点のことです。この損
益分岐点が実際の売上高に対してどの位置にあるのかを調べます。低い位置にある低重心経営 であれば企業は安定しているし、高し粒置にあればすぐに倒れてしまいます。
損益分岐点がわかれば、利益を獲得するためにはいくらの売上やコスト削減が必要なのかと いう目安が立ち、経営の意思決定に大変役立ちます。損益分岐点を使った採算性分析の結果は、
収益性分析の結果を補うと同時に、経営上の問題点を再確認する資料となります。
損益分岐点分析を行う場合に、まず最初にしなければならないことは、費用を売上高に連動 して発生する「変動費」と売上高に関係なく発生する「固定費」に分類することです。
ケーキ屋の例を使って費用を分類してみましょう。ケーキ屋で発生する費用の中には、一個 作って売れば一個分、二個作って売れば二個分というように、作って売れば売っただけ増加し ていく費用があります。例えば、小麦粉・砂糖・卵・牛乳などの材料費がこれに該当します。
このように、売上高に連動して増加する費用を「変動費」と呼びます。一方、店員の給料や家 賃などのように、売上高に関係なく必ず一定額が発生する費用があります。これを「固定費」
と呼びます。
この変動費と固定費の関係は図表1のように表されます。横軸が売上高で、縦軸が費用です。
変動費は、売上高に比例して発生しますから、右肩上がりの直線になります。一方、固定費は 売上高に関係なく一定額のみ発生しますから、水平の直線になります。この変動費と固定費を 合計したものが総費用線です。
図表1:変動費と固定費 費用
売上高
3.損益分岐点を計算しよう
費用を変動費と固定費に分類したら、次に損益分岐点を計算します。ここでのポイントは、
「限界利益」という通常の損益計算書では使わない「利益」を活用することです。
限界利益は、売上高から変動費を差し引いた額です。この限界利益から固定費を引くと利益
が計算されます。限界利益は、固定費を回収して利益を生み出すための「おおもと」です。仮に
固定費がゼロになっても、これ以上の利益は望めない「限界額を示している」とでも覚えてお
きましょう。限界利益を売上高で割った比率のことを「限界利益率」と呼び、損益分岐点の算 出で重要な役割を果たします。また、変動費を売上高で割った比率を「変動費比率」、固定費を 売上高で割った比率を「固定費比率」と呼びます。
図表2:A社の経営成績
1,000万円
300万円 700万円 560万円 140万円
100%
30%(=変動費比率)
70%(=限界利益率)
56%(=固定費比率)
14%
図表2を見てください。利益は固定費を限界利益によって回収することで生まれてきます。
つまり、限界利益と固定費が同じ金額であるときが、損益ゼロということになります。この限 界利益と固定費が一致する時点での売上高が、損益分岐点となるのです。
それでは、損益分岐点はどのように計算されるでしょうか。図表3を見てください。損益分 岐点は損益ゼロの売上高ですから、まず限界利益率の計算式である(1)式を(2)式のように 展開します。損益分岐点の条件が限界利益=固定費なので、この条件を(2)式に当てはめると、
(3)式のように展開できます。限界利益率は加工データなので、加工前の数字を使って損益分 岐点を表すと、(4)式のようになります。また、損益分岐点比率は、(5)式のように計算され ます。これは実際の売上高に比べて、損益分岐点の売上高が、どの程度まで接近しているのか を表す指標であり、数値が低いほど良好とみなされます。これが100%を超えると、実際の売 上高が損益分岐点に達しておらず、損失が生じていることを意味します。
図表3:損益分岐点の算出方法 限界利益率=(限界利益/売上高)×100(%)
売上高=(限界利益/限界利益率(%))×100 限界利益=固定費(損益分岐点の条件)
ゆえに、損益分岐点(売上高)ニ(固定費/限界利益率(%))×100 =固定費/(1一変動費/売上高)
(限界利益率を%で表さない場合は、損益分岐点=固定費/限界利益率)
損益分岐点比率=(損益分岐点(売上高)/売上高)×100(%)
︶︶ 19一 ︵︵ ︶︶
nδ4︵︵
(5)
図表2の数字を基に、A社の損益分岐点を計算すると、いくらになるでしょうか。限界利益
率が70%、固定費が560万円ですから、損益分岐点は800万円(=560万円/0.7)、損益分岐
点比率は80%(=(800万円/1,000万円)×100)になります。つまり、A社は800万円以 上売らない限り赤字になります。
4.変動費中心型と固定費中心型の損益分岐点図表
図表1に45度線(売上高線)を書き込むと、図表4や図表5のように損益分岐点図表がで きます。図表4は変動費中心型、図表5は固定費中心型の損益分岐点図表です。ここでは、固 定費中心型の特徴を2点挙げます。
①固定費中心型は、変動費中心型に比べ、損益分岐点が高し裡置にある。
②固定費中心型は、変動費中 L型に比べ、ハイリスク・ハイリターンである。
まず①ですが、図表から明らかなように、固定費中心型は損益分岐点が高くなっています。
つまり、変動費中心型に比べて、製品・商品をたくさん売らないと損益トントンになりません。
次に②ですが、図表の太線枠内を比べてみるとわかります。固定費中心型のほうが太線枠内の 面積が広くなっています。これは、ビジネスの性質がハイリスク・ハイリターンであることを 意味します。つまり、損益分岐点を越えて売上を伸ばせば増益幅が大きい反面、売上が損益分 岐点を下回ってしまうと減益幅も大きくなります。
固定費中心型の代表例は、コンピュータ・ゲームのソフト産業です。この産業に最も必要な 資源は人材と研究開発力です。実際、費用の大半を人件費と研究開発費が占めており、変動費 に該当する費用は、固定費に比べると少額になっています。最近、この産業において、急成長 の企業が見られる一方で倒産が相次ぐのは、②のような体質によるものです。人気ゲーム「ぷ よぷよ」の製作会社コンパイルが1998年に和議申請したほか、急成長からあっという間に転 落するソフト会社が目立っています。成長時には飛ぶ鳥を落とす勢いだが、転がり落ちるのも 早い一これが固定費中心型企業の特徴です。
図表4:変動費中心型の損益分岐点図表 図表5:固定費中心型の損益分岐点図表 費用 費用
変動費
固定費
売上高
変動費
固定費
売上高
5.損益分岐点分析をしてみよう
次に、損益分岐点を使って分析してみましょう。ここでは前述したA社(図表2参照)を例 にとり、いくつかのシミュレーションを行ってみます。
【設例1】A社の来期の売上高が、不況と市場の競争激化によって800万円まで低下すること が予想される場合、目標利益150万円を達成するためにはどうすればよいでしょう か?
①固定費を削減する場合
固定費の削減のみで150万円の利益確保を考える場合、固定費をいくら削減すればよいでし ょうか。ここでは変動費の削減を考えていませんから、変動費比率(売上高に対する変動費の 割合)は以前と変わらず30%のままであり、変動費は240万円、限界利益は560万円になり ます。目標利益は150万円に設定されていますので、固定費は差額の410万円になります(図 表6参照)。現在の固定費は560万円ですから、目標利益150万円を固定費の削減だけで達成
しようとした場合、削減しなければならない固定費は150万になります。
この場合、損益分岐点は585、7万円、損益分岐点比率は73.2%になり、削減前の損益分岐点 800万円、損益分岐点比率80%に比べて低くなります。つまり、売上が800万円まで低下する
中で、目標利益150万円を達成するためには、企業は低重心の経営を行い、安定する必要があ
ります。
図表6:固定費を削減した際のA社の経営成績
項目 金額(以前⇒変更後) 割合(対売上高)
売上高 1,000万円 ⇒8㏄1万円 100%
c)変動費 300万円 ⇒240万円 30%(=変動費比率)
限界利益 700万円 ⇒ 560万円
㌶. 感藤 Wr彩 汲
羅鱒瞭翼瞬騨襲1蘂ぷ
70%(=限界利益率)
e 已 ㌫ 一 工 メ
利益
140万円 ⇒ 150万円 1&75%
②変動費を削減する場合
次に、変動費の削減のみで150万円の利益確保を考えてみましょう。ここでは固定費の削減
を考えていませんから、金額は以前と変わらず560万円のままです。目標利益は150万円です
から、固定費と利益の合計額である限界利益は710万円になります。売上高が800万円ですか
ら、売上高と限界利益の差額である変動費は90万円になります(図表7参照)。現在の変動費
比率30%を維持する場合、売上高800万円の時の変動費は240万円になります。したがって、
目標利益150万円を変動費の削減だけで達成しようとした場合、削減しなければならない変動 費は150万円になります。
この場合、損益分岐点は631万円、損益分岐点比率は78.9%になり、削減前の損益分岐点お よび損益分岐点比率に比べると低くなっていますが、固定費削減後の損益分岐点および損益分 岐点比率に比べると高くなっています。変動費中心型(変動費⑧・固定費◎)より固定費中心 型(変動費◎・固定費㊧)の方が損益分岐点が高くなりますから、これは当然の結果です(図 表4・5参照)。
今の日本は、物価が下落し続けるデフレスパイラルに陥っています。製品や商品の値段が下 落しているわけですから、企業からすると売上が伸びるわけがありません。そのような中で、
株主重視の経営を追求し、できるだけ多くの利益を確保しようとすれば、変動費か固定費を削 減するしかありません。固定費を削減した方が、損益分岐点が低くなり利益の出やすい構造に なります。したがって、デフレスパイラルで売上が伸び悩む環境下では、必然的に固定費の削 減が企業に好まれます。
固定費の代表例は、従業員などの人件費です。多くの企業が、従業員の賃金カットや人員カ ットを行っています。この方策の是非はともかく、企業が賃金カットや人員カットを行う背景 には、このような理由があるのです。
図表7:変動費を削減した際のA社の経営成績
項目 金額 (以前⇒変更後) 割合(対売上高)
売上高 1,000万円 ⇒ 800万円 100%
・難
1.会黶@1 会
蟹 墨を零
@⇔壷 灘
蟹 ゜ @ −e .㌻
限界利益 700万円 ⇒ 710万円 8&75%(=限界利益率)
←)固定費 560万円 ⇒ 560万円 70% (=固定費比率)
利益