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松本睦樹・江頭紀代美

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(1)

経営と経済 第74巻第3号1994年12月

《資   料》

長崎大学東南アジア研究所所蔵

旧植民地関係機関等刊行物について(3)

−満州国・関東州編(上)−

松本睦樹・江頭紀代美

解  説

I 長崎大学東南アジア研究所所蔵の満州国・関東州関係文献 l 概 要

長崎大学東南アジア研究所(以下,研究所)が所蔵する戦前期文献のうち,

1)

本稿が対象とする満州国・関東州関係の文献は625点に達する。その内訳は

*本稿は「長崎大学東南アジア研究所所蔵旧植民地関係機関等刊行物について(1)一台 湾編」(『経営と経済』第73巻第2号,1993年9月[以下,「台湾編」]),「同(2)一朝鮮編」

(『経営と経済』第73巻第4号,1994年3月[以下,「朝鮮編」])の続編である(この一 連の企画の詳細については「台湾編」を参照)。前2稿の場合と同様,「解説」は松本と 江頭が共同で執筆し,「目録」は江頭が作成し,松本が点検した。なお,今回の「満州国

・関東州編」は,都合により2回に分けて掲載する。本号には「解説」および「目録」の うち「官庁」の項目までを掲載し,「会社」以下の項目については次号に掲載の予定である。

1)本稿でいう「満州国・関東州関係の文献」とは,満州国・関東州に本拠(本社)を置 く機関や団体が1945年以前に刊行あるいは編纂した刊行物,および満州国・関東州での 個人による1945年以前の刊行物である。ただし,南満州鉄道株式会社の刊行物について は「台湾編」で述べた通り,独立した項目として分類・企画されており,本稿の対象と はなっていない。

(2)

1 長崎大学東南アジア研究所所蔵の満州国・関東州関係

官 庁

満州国

中央官庁本地方官庁 関東州 小 計 その他 小 計 1916  ...  ...  ...  ...  ... 

1917  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1918  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1919  ...  ...  ...  ...  ...  ... 

1920  ...  ...  ...  ...  ...  ...   .. ...  1921  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1922  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1923  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1924  ...  ...  ...  ... 

1925  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1926  ...  ...  ...  ... 

1927  ...  ...  ...  ...  ...  1928  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1929  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1930  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1931  ...  ...  ...  ... 

1932  ...  ...  ...  1933  15  ...  ... 

1934  20  29  ...  ...  1935  13  24  ...  17  21  1936  18  11  30  ...  11  1937  21  26  ...  13  17  1938  ...  10  1939  ...  15  1940  ...  13  ...  12  1941  ...  ...  ...  1942  ...  ...  1943  ...  18  ...  23  1944  ...  ...  ...  1945  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  刊行年不明 ...  ...  ...  ...  ...  ... 

116  10  62  188  30  27  75  132 

[注] 1)  ( )内は関東州関係の刊行物の点数(内数)。

)編集機関と刊行機関が異なる場合には,編集機関によって分類した。また,雑誌はす )本拠(本社)の所在地が不明である場合には,発行地によって分類した。

4)  *満州帝国協和会を含む。

(3)

長崎大学東南アジア研究所所蔵旧植民地関係機関等刊行物についてい 183 文献625点の内訳(刊行年,編集・刊行機関別の点数)

商工会議所 そ の 他

商工大会連議所 その他 小 計 団 体 個 人 小 計

. .

  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1 ( 1)  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ... 

...  ...  ...  ...  ...  1 ( 1) 

...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ( 

...  ...  ...  ...  ...  1)  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  1)  ...  ...  ...  2  2)  ...  ...  ...  ...  2  2l) )  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  ...  (…) 

13  ...  ...  ...  15 (1 11  ...  13  9  23 (15) 

...  ...  7 ( 

...  ...  ...  8 ( 8) 

...  2  12  ( 9)  ...  ...  10  (  11  ...  13  ...  2  23 (19) 

...  12  4  32 (19) 

20  30  8  71  (21)  10  ...  14  ...  7  66  (21) 

10  ...  12  11  ...  11  64  (30) 

14  ...  19  69  (21)  13  17  ...  39 (1

15  ...  5  43 (10) 

...  2  35((11)  ...  2  22  ( 

...  13  ...  7  30  ( 8) 

...  ...  ...  ...  ...  30  ( 4)  ...  ...  ...  4  10  ( 3) 

...  ...  ...  ...  ...  (…) 

...  ...  ...  ...  ...  (…)  139  40  43  222  78  83  625 (255) 

べて除外されている。

(4)

満州国関係の刊行物が370点,関東州関係の刊行物が255点となっている。そ れらを刊行年および編集・刊行機関別に分類したものが表1である。同表を 手がかりにして,当該文献の全体像を把握することから始めよう。

まず,これらの刊行物を刊行年別に見るならば,大正期すなわち1925年以 前の刊行物は極端に少なく,それ以降の刊行物がほとんどを占めている。中 でも, 1930年(昭和5年)以降の刊行物が全体の約9割近くにも及んでいる。

このことは,満州国関係の刊行物 (370点)の場合とりわけ顕著である。すな わち,満州国関係の刊行物のうち1925年以前の刊行物はわずか3点のみであ 1930年以降の刊行物が全体の約95パーセントを占めている。その最大の 理由は,満州国の建国が1932年(昭和7年/大同元年)であり, したがってそ れ以前には官庁の刊行物は存在しなかったという事実に求められよう。

興味深いのは, 1945年(昭和20年)の刊行物が1点(満州商工公会中央会の刊 行物)存在するという事実である。研究所が所蔵する旧植民地関係機関等刊 行物(全2600点余り)のうち,終戦のこの年に刊行されたものは,おそらく

この1点のみと思われる(J"、ずれも雑誌を除く)。

次に,編集・刊行機関別の所蔵状況に目を移そうo個々の機関ごとに見れ ば,その刊行物の所蔵点数が最も多いのは大連商工[業]会議所であり(139 点),満州国政府あるいは関東州官署の刊行物(それぞれ116点および62点)よ

りも多い。この点で,中央官庁(総督府)の所蔵点数が最も多かった「台湾 編」および「朝鮮編」の場合と大きく異なる。また,編集・刊行機関を「官 JI会社JI商工会議所J(商業会議所および商工公会を含む[以下,機関の分類 等について述べる場合には同じJ)Iその他」の4つに大別し,その所蔵点数を

)満州国は日本側による飽{品国家であり,実際にも国際的な認知を受けることはなかっ た。したがって,その名称を使用するに際しては,常にカッコ付きで表記すべきであろ う。しかし,本稿では煩雑さを避けるため,あえてカッコを付していない。また,当時 の慣習的な表記方法である満洲は用いず,満州に統ーした。

(5)

長崎大学東南アジア研究所所蔵旧植民地関係機関等刊行物についてい 185 比較した場合でも,商工会議所の刊行物(222点)が最も多く,官庁のそれ(186 点)を凌いでいる。この点でも,官庁に分類される刊行物が最も多かった「台 湾編」および「朝鮮編」の場合とは対照的である。このように個々の機関に ついて見ても,また官庁や会社などに分類するという手法を採っても,商工 会議所の刊行物が大きな比重を占めていることは否定できず,そのことが今 回の特色の1つであると言える。

他方,会社や「その他」による刊行物の所蔵も決して少なくはない。両者 の所蔵点数を合わせると215点となり,全体の約3分のlにも達することに なる。

次に,全刊行物を編集・刊行機関の本拠(本社)の所在地によって満州国 と関東州とに2分した上で,それぞれについて編集‑刊行機関別の傾向を見 てみよう。まず満州国関係の場合であるが,表 1には現われないが,単一の 機関としては満州国政府の刊行物がきわだって多い。しかし,官庁の刊行物 の合計点数(126点)は会社の刊行物の合計点数(120点)とほぼ同等であり,

官庁による刊行物の所蔵が特に多いとは言えない。商工会議所は79 i の他Jについては45点所蔵している。各種の機関の刊行物を全体的に偏りな

く所蔵していると言えるであろう。

関東州関係の刊行物について見るならば,商工会議所の刊行物が全体の約 6割近くを占めており最も多い。これに対して,官庁の刊行物の占める割合 は全体の約2割程にすぎないし,会社の刊行物に至ってはわずか12点を所蔵

しているにすぎない。

官庁による刊行物

官庁による刊行物は合わせて188点である(満州国関係126点,関東川関係62 点)。満州国関係の刊行物は,地方官庁による刊行物10点(恰爾漬[特別]市 による9点と奉天省によるl点)を除けば,すべて満州国政府による刊行物(116 点)である。

(6)

満州国政府の刊行物を刊行年で見るならば,当然ながら満州国が建国され 1932年より古い時期のものはない。満州国が存在した136カ月のうち,

帝政移行の年である1934年(康徳元年)から1937年(康徳4年)の4年間にお ける刊行物は,満州国政府の刊行物全体の約3分の 2を占めている。それら の大半は大同学院の『満州園地方事情~,国務院総務庁情報処の『満州国大 系~,実業部臨時産業調査局の『産調資料』などの叢書である。

満州国政府の刊行物を編集・刊行部局別に分類するならば表2のようにな る。国務院総務庁による刊行物が最も多く,その中でも情報処の刊行物が最 も多い。情報処の刊行物の主なものは前述の『満州国大系』である。

国務院総務庁に次いで所蔵する刊行物が多い部局は実業部である。さらに,

同部の中では臨時産業調査局の刊行物が最も多い。同局の刊行物は17点のう 1点を除いて前述の『産調資料』である。次に所蔵点数が多いのは経済部 である。同部による刊行物のうち商務司による12点の刊行物はすべて年報で あり,かつ物価に関する統計書である CW卸売(批発)物価統計年報J], W小売物 価統計年報』など)。

関東州官署の刊行物は,関東都督府l点,関東庁29点,関東局32点(関東 州庁の4点を含む)の合わせて62点である。最も古いものでは関東都督府時代 1916年(大正5年)の刊行物を所蔵している。関東庁時代の1930年(昭和5 年)から関東局時代の1940年(昭和15年)の間の刊行物が多く全体の約9 を占めている。

関東州官署の刊行物を編集・刊行部局別で見るならば,関東局官房文書課 や関東庁長官官房調査課による刊行物および関東局や関東庁の部局名が明示 されていない刊行物が多い(表3,参照)。それらは主に,人口‑物価などに 関する統計 CW関東庁[局]管内現住人口統計J], W物価賃金調査年報』など)や国 勢調査,さらには関東州についての各種データ CW関東庁[局]統計書J], W関東 庁[局]要覧J])などである。

(7)

長崎大学東南アジア研究所所蔵旧植民地関係機関等刊行物についてい 187 2 満州国政府の刊行物の所蔵状況(編集・刊行部局別)

編集・刊行部局等の名称

情報処 23 

国 務 院 弘報処

(国務院総務庁)*

総 務 庁

臨時国勢調査事務局

小 計 27 

臨時産業調査局 17 

中央観象台**

実 業 部 総務司

(実業部)*

小 計 23 

商務司 12 

経 済 部 専売総局

小 計 16 

(財政部門

理財司 財 政 部 税務司関税科

専売総署

小 計

総務司

民 政 部 土地局

小 計

大 同 学 院

中央観象台**

交 通 部 郵政総局

小 計

建国大学研究院

産業部大臣官房

そ の 他 11 

115 

[注] 1) 部局等は刊行時のものであって,その後の改廃等は考慮していない。また,満州帝国 協和会の刊行物は含まれていなし、。

2)  *司名等の特定が困難なもの。

林中央観象台は1933年(大同2年)11月に実業部の外局として設置されたが, 1937  年(康徳4年)7月には中央行政機構改苧により産業部の管轄下に置かれ,さらに翌年

4月には交通部の外局として再発足した。

(8)

3 関東州官署の刊行物の所蔵状況(編集・刊行部局別)

編集・刊行部局等の名称

官房文書課 15 

(関東局)*

関 東 局 関東州庁長官官房庶務課

官房学務課

可政部

関東逓信官署逓信局 大連品等商業学校

小 計 32 

長官官房調査課 12 

(関東庁)*

関 東 庁 長官官房文書課

逓信局

長官官房臨時国勢調査課 臨時戸口調査部 民政部殖産課

小 計 29 

関東都督府 民政部庶務課

5 62 

[注] 1)部局等は刊行時のものであって,その後の改廃等は考慮、していない。

2) *課名等の特定が困難なもの。

次に表4によって,アジア経済研究所が刊行した関係目録(以下,アジ研 目録)を利用して,研究所による当該文献の所蔵状況の傾向を探ってみよう (同表では中央官庁の刊行物のみが対象である)。まず,満州国政府の場合であ るが,研究所の場合には単行書の所蔵がやや少ないものの,単行書・叢書・

年報どれもバランスよく所蔵していると言える。これをアジ研目録の収録件 数に照らし合わせるならば,単行書の所蔵はやはり少なく,年報が比較的よ

く所蔵されていることがわかるであろう。

次に,関東州官署の刊行物について見ると,研究所の所蔵は年報が48点と 最も多いのに対し,叢書は2点のみ,また単行書も12点(このうち9点は国勢

(9)

長 崎 大 学 東 南 ア ジ ア 研 究 所 所 蔵 旧 植 民 地 関 係 機 関 等 刊 行 物 に つ い て い 189 調査)と少ない。アジ研目録の場合と比較してみるならば,満州国政府同様,

年報についてはよく所蔵されているが,単行書の所蔵は少ないことがわかる。

また,叢書に関しては刊行点数自体がそれほど多くないと考えられる。

4 中央官庁による刊行物の比較(満州国および関東州)

文¥献¥地の域区分および¥対¥

満 州 国 * 関 東 川

ア ア**の 長ア ア**の 単行書(点数) 28  616  12  208  叢書(タイトル数) 13  89  12  (個別点数) 49  556  53  年報(点数) 21  181  19  87 

(総年次数) 38  48 

雑誌(タイトル数) 33  79  19  [注]1)  I単行書JI設苫JI年報JI雑誌」の区分方法は,本稿「目録Jでの場合とアジア経済

研究所図書資料部編『旧植民地関係機関刊行物総合目録一ー満州国・関東州編J(アジア 経済所究所, 1975年)の場合とでは若干異なる。

2) *満州帝国協和会は含まれていない。

3) **アジア経済研究所図書資料部編前掲書に収録された件数。採録の対象となったのは 国内の各大学など41機関。

なお,表1には雑誌の所蔵点数は含まれていないが,表4では満州国政府 および関東州官署の雑誌について,研究所の所蔵状況をも揚げてみた。そこ から明らかなように,満州、│国政府刊行の雑誌については研究所はアジ研目録 の収録タイトル数の約4割を所蔵していることになり,かなりよく所蔵され ている。他方,関東州官署刊行の雑誌の場合でもアジ研目録の収録タイトル 数のおよそ4分のlを所蔵しており,所蔵は決して悪くはないと言えよう。

会社による刊行物

会社による刊行物の所蔵点数は132点で全体の約2割を占めている。それ

(10)

らを本社の所在地によって満州国と関東州とに分類するなら,関東州の会社 の刊行物は12点だけで,残りの120点は満州国の会社の刊行物ということに なる。所蔵点数が最も多いのは銀行による刊行物であり,この点は「台湾編」

および「朝鮮編」の場合と同様である。

個々の会社ごとに見るならば,最も所蔵が多いのは満州興業銀行の刊行物 である。同行の刊行物(全30点)のうち21点が叢書であり,その主なものは

『産業経済関係法令解説~ (1 0点)と『満州財界事情~ (7点)である。この2 つの叢書の刊行年はすべて1943年(昭和18年/康徳10年)に集中している。単 行書は8点所蔵しているが,年報はわずかl点のみである。調査報告書の類 は友末・平川の両人による執筆が多い。また全体の約 3分の 2が謄写版によ る印刷物である。

次に所蔵が多いのは満州中央銀行の刊行物である。前述したように満州興 業銀行の刊行物には年報がl点のみであるのに対して,満州中央銀行の刊行 物の約半分は年報である(~金融経済統計年報J1, ~満州物価年報』など)。年報の 他は,単行書7点,叢書8点を所蔵している。年報の刊行年は1935年(昭和10 年/康徳2年)から1940年(昭和20年/康徳7年)の間に集中しており,また単 行書・叢書の場合には1936年(昭和11年/康徳3年)のものが多い。

銀行以外で所蔵する刊行物が多いのは満州電業株式会社であり,それらの ほとんどは『調査資料』の叢書である。それを個別タイトルごとに見れば,

主に満州、|・中国・ソ連の電気事業の概要を述べたものが多い(~北満鉄道沿線

に於ける電気事業概況J1, ~ソヴエート連邦の電気事業概説』など)。満州電業株式

会社の刊行物の表紙や奥付には,満州国法人であるにもかかわらず,日本の 元号で刊行年が記載されている場合が少なくない。全22点のうち約3分の2 14点が1935年(昭和10年/康徳2年)に刊行されたものである。

ところで,研究所が刊行物を所蔵している満州の会社の多くは国策会社(特 殊会社および準特殊会社等)であり,それらの刊行物は満州、│国の建国後に刊行 されたものがほとんどである。ただ,例外的にl点のみ1919年(大正8年)の

(11)

長崎大学東南アジア研究所所蔵旧植民地関係機関等刊行物について(3) 191  刊行物がある。これは,株式会社本渓湖媒鉄公司が1935年に準特殊会社に組 織変更される以前の日支合弁本渓湖媒鉄有限公司時代に刊行されたものであ る。その奥付には,印刷年として民国と大正の2つの年号が並記されている。

商工会議所等による刊行物

前述のように,商工会議所の刊行物は合わせて222点であり,官庁や会社 等による刊行物を上回っている。このうちの約6割(139点)は関東州に所在 した大連商工[業]会議所の刊行物が占めている。その刊行年を見れば, 1925  年(大正14年)以前のものは3点のみで, 1925年以降の刊行物がほとんどで ある。その中では1935年(昭和10年)‑39年(昭和15年)のち年間に刊行され たものが多い。大連商工[業]会議所の刊行物は年報が57点と最も多い (r

連商工[業]会議所統計年報~, r満州経済統計年報』など)。単行書と叢書につい ては研究所はそれぞれ40点ならびに42点を所蔵している。単行書は貿易や関 税に関する内容のものが多く,叢書はそのほとんどを『満州経済法令集』

(37点)が占めている。概して,大連商工[業]会議所の刊行物が対象とし ている地域は,大連および関東州だけではなく満州全般にわたっていると言 えるであろう。

大連商工[業]会議所以外はすべて満州国に所在した商工[業]会議所お よび商工公会の刊行物である。満州国においては1937年(昭和12年/康徳4年) 12月に「商工公会法」が発布され,翌1938年(昭和13年/康徳5年)には満州 側の従前の商会,日本側の商工会議所およびその他を合併した新機構として の商工公会が設立された。研究所では,安東,新京(長春),恰爾漬日本,

奉天の4つの商工[業]会議所,および安東,吉林,新京,海投爾, 11合爾演,

漬江省,奉天省の7つの商工公会の干桁物を所蔵している

i

その中では恰爾

3) r目録」においては,たとえば安東商工会議所と安東商工公会,新京商工会議所と新京 商工公会などのように継続関係にある商工会議所と商工公会についてもそれぞれ別のも のとして扱った。

(12)

演日本商工[業]会議所の刊行物が40点と最も多い。同商工[業]会議所の 刊行物は, w日合商発jJ (1点)および『恰商jJ(24点)と表紙に記載されている 謄写版による印刷物が合わせて25点と大半を占めている。『恰商』と記載さ れた印刷物のそれぞれのタイトルを見てみると『恰爾演「ダリバンクJ( )jJ W香港上海銀行jJ, W紐育ナショナルシティー銀行恰爾演支庖』な ど満州系の銀行以外の世界各地の銀行やその在満支庖を紹介したものが目に つく。この『恰商』と記載された24点の印刷物は,すべて1933年(昭和8年/

大同2年)および1934年(昭和9年/大同3年・康徳元年)の2年間に刊行された ものばかりである。

最後に, Iその他」に分類される刊行物に少し触れてみよう。「その他」の 刊行物83点のうち団体による刊行物は78点,個人による刊行物は5点である。

また,満州国関係のものは45点,関東州関係のものは38点である。所蔵点数 10点以上の団体としては,満州輸入組合連合会,満州事情案内所,恰爾演 商品陳列館があげられる。

E  主要な編集・刊行機関 関東州官署

1905年(明治38年)9月の日露講和条約(ポーツマス条約)に基づいて, 日 本は遼東半島におけるロシアの租借権および東清鉄道(東支鉄道)南部支線

に関する一切の権利を継承することになった。ロシアによる租借権は1898 (明治31年)以後1923年(大正12年)までの25年間であったが,それを継承し た日本は後に対華21か条要求(1915年[大正4年J)によって租借期限を99 間に延期することを中国側(哀世凱政権)に認めさせた。こうして,同地で の統治機関は関東総督府一関東都督府一関東庁一関東局(関東州庁)と変遷 するものの,関東州の租借それ自体は日本の敗戦まで続くことになった。

日本側による現地の統治機構は1905年(明治38年)10月に設置された関東 総督府に始まる。同総督府は満州軍総司令官の下の軍事機関であり,関東州

(13)

長崎大学東南アジア研究所所蔵旧植民地関係機関等刊行物について(3) 193  5 歴代の関東総督・都督・長官

職 名 就任年月 就任前の役職 就任前後の主な経歴 (就任ないし発令年)

関東総督 大 島 義 昌 1905.  10  3師団長 陸軍大将(1905)

関東部督 大 島 義 昌 1906.  9 

福 島 安 正 1912.  4 参謀次長 陸軍大将(1914) 中村 1914.  9 侍従武官長 陸軍大将(1915) 中村雄次郎 1917.  7 満 鉄 総 裁 陸軍中将(1902)

関東長官 権 助 1919.  4 駐 華 大 使 駐英大使(1920),枢密顧問官(1934) 山鯨伊三郎 1920.  5 朝鮮総督府政務総監 逓信相(1906),貴族院議員(1908) 伊集院彦吉 1922.  9 駐伊大使 外相(1923)

児 玉 秀 雄 1923.  9 賞勲局総裁 拓相(1934),逓相(1937) 木下謙次郎 1927.  12  衆議院議員 衆議院議員当選9 太 田 政 弘 1929.  8 貴族院議員 台湾総督(1931) 塚 本 清 治 1931.  内問書記官長 貴族院議員(1926)

山岡万之助 1932.  1 内務省害保局長 貴族院議員(1929),日大総長(1933) 武 藤 信 義 1932.  8 教育総監 陸軍元帥(1933)

菱刈 1933.  7 軍事参議官 陸軍大将(1929)

次 郎 1934.  12  軍事参議官 陸軍大将(1930),朝鮮総督(1936)

駐満大使 I 次郎 1934.  12 

植 田 謙 吉 1936.  3 軍事参議官 (934),ノモンハン事件で引責辞任 梅津美治郎 1939.  9 陸軍次官 陸軍大将(1940),参謀総長(1944) 山 田 乙 三 1944.  7 教育総監 陸軍大将(1940),戦後シベリア抑留11 [ 1932年(昭和7年)9月に日本が満州国を承認して以来,関東軍司令官が関東長官と満

ナト│国駐剖特命全権大使を兼務した。さらに1934年(昭和9年)12月の対j商事務局官制によ り,同大使は行政権をも有する特殊な大使となり,新京の大使館内に関東局が設位された。

表 1 長崎大学東南アジア研究所所蔵の満州国・関東州関係 官 庁 三 ヱ ミ』 社 満州国 中央官庁本地方官庁 関東州 小 計 業 満 銀 州 興 行 満 央 銀 州 、 │ 行 中 その他 小 計 1 9 1 6 
表 3 関東州官署の刊行物の所蔵状況(編集・刊行部局別) 編集・刊行部局等の名称 占 数 官房文書課 1 5  (関東局)* 8  関 東 局 関東州庁長官官房庶務課 4  官房学務課 2  可政部 関東逓信官署逓信局 大連品等商業学校 小 計 3 2  長官官房調査課 1 2  (関東庁)* 8  関 東 庁 長官官房文書課 4  逓信局 2  長官官房臨時国勢調査課 臨時戸口調査部 民政部殖産課 小 計 2 9  関東都督府 民政部庶務課 1  メ 口 L  5 十 6 2  [注] 1)部局等は刊行時

参照

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