• 検索結果がありません。

ピアノ奏法の基礎について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ピアノ奏法の基礎について"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ピアノ奏法の基礎について

 (序)この小論は,筆者の演奏体験と長崎大学教育学部小学校課程の学生に対する指導 とによって学び得たピアノ奏法の基礎および指導法に関して述べたものである。直接には,

子供を対象としたものではなく,初めてピアノを学ぶ大人を対象とした筆者自身のメトー ドが述べられている。従って,このテーマに関するおびただしい文献からの直接の引用は 避けた。教材としては専らFerdinand Beyer:Vorschule im:Klavierspiel, Opus 10/

を用いたので,教材論とメトードに関しては稿を改めたい。この小論はまた,音楽教育に おける「基礎とは何か」というテーマについて,器楽(西洋音楽)の方向から明らかにし ょうという意図も含んでいる。今日これほどピアノが愛好され,音楽教育に重用されてい る理由はただひとつ,ピアノという楽器が音楽全般を広く学ぶために極めて便利な文明の 利器だからである。主に独奏,室内楽,歌曲の伴奏,オーケストラなどで用いられるほか,

音感訓練やソルフェージュのためにも大きな役割を演じている。従って器楽における基礎 的な問題の大部分は何らかの形でピアノと結び付いていると言ってよく,この楽器の基礎 指導は音感とソルフェージュを含めた総合的な「音楽する能力」を養成する使命を担って

いると言える。

 ピアノを始める以前に必要な楽典の知識,三三力などについては略すが,次の2点につ いては特に留意したい。「使用するピアノを常に正しく調整しておくこと」「指導に当って 教師はできる限り優れた実例を示し,用語は最も適切なものを選んで用いること」 これ

らについても述べるべきことは多いが,ここでは用語についてのみ指摘しておく。即ち,

tempo=速度, metre=拍子, rhythm=律動などの頻繁に用いられる用語には明確な概 念の区別があるが,教師と生徒の間にときおり混乱が見られ,円滑な指導と学習の妨げと

なるケースがあるので,充分注意して適切に使い分けたい。

1 音楽の各要素に関して起る問題点

/.tenlpo, metre, rhy thmに関して

 te皿poに関して見られる問題点は次のようである。①「あらかじめテンポを決めて弾 き始める習慣に欠ける」 数小節進んではじめてテンポが定まるような弾き方をしている と,悪いくせがそのまま完成段階まで残っていく。テンポの作り方としては,その曲の最も 細かい刻みのモチーフが可能なテンポを出発のテンポとするのが良い。〔44〕では4分音符 刻みの全音符で出発して,/6分音符の部分で全く弾けないというケースが非常に多く見ら れる。②「からだを大きく揺ってテンポを取る傾向がある」 このような動作は聴く側に不 要な動きを見せることになり,実際に聞こえるテンポとからだの動きがくい違うことも多

く,テンポ感を悪くする原因になっているので,テンポは手足の指先や舌先などからだの末 端で取るように習慣づけたい。③「長い音符や休符の部分でテンポを失うことがある」 こ       ノ

(2)

52

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第22号

の原因は細かいリズムを失っていることにあるので⑧で述べる。④「o紹∫oθπ40でテンポ が速くなり,読〃z伽π例40で遅くなりがちである」〔58g,10〕のように,2小節フレーズ で2小節目の拍頭に重心が落ちるような部分では,理想的にはAgogik即ち6紹∫6.で ごくわずかのα66♂.,4伽.でごくわずかの沈.(プラスマイナス ゼロ)が働く方が自 然であるが,卸度を失った場合にはテンポの欠陥として感じられる。教師の鋭敏な判断力 が要求されるのである。

 metreに関しては,⑤「拍の単位を取り違える」 ごく初歩の段階でmetreを施に縮 めてしまう傾向が強い。筋JJ口Jl→24、[。[,φJJJJ このことは「歌え るテンポ」および指の脱力と深い関係があるので, これらが全く別のものであることを 充分認識したい〔/6〕。⑥「段落のブレスで/拍多く取る傾向がある」 〔258,16〕は%拍 子のフレーズの終りが今4拍子となり易い例だが,日本人は案外変拍子に対して柔軟性を持

っているのではないかと考えられる。その他に弧拍子の曲で小節線を移動させて孤拍子の ように取る傾向が見られるが,特殊なケースである〔82〕。これはモチーフの特殊性と Auftaktに不慣れなために起った現象である。まず左手の弧拍子を確立した後,右手の 旋律を組み合わせたい。

 rhytぬmに関しては,⑦「拍節に機械的で不自然なアクセントがつき,拍の表と裏が寄 る傾向が強い」 細かい刻みを拍節ごとにまとめてしまおうとする心理的な何かが働いて いるようである〔50〕。刻まれた一連の「黒い音符」を見たとたん,緊張のあまりのめっ てしまう現象は,オーケストラなどにおいてもしばしば見られることである。アクセント に関しては次項2①を参照。⑧「長い音符・休符に心の中で細かいリズムを与えること,

および細かいリズムを拍節ごとにまとめることが習慣化されていない」 音型やパッ分一 ジなどによる刻みがなくなった所で急に速くなり,5孟αoo厩。の場合はこの傾向が一層ひ どくなる〔7316〕。即ち,刻みを失うことはテンポを失うことにつながり,5孟α66漉。で 短くなった分は,休符としてはっきり意識すべきであることが知られる。ついでながら,休 符とは「音が終る」のではなくて「沈黙が始まる」即ち,休符に入る時も音符に入る時と同 じくリズムをもってすること。旋律が充分歌えるテンポを作るためには,逆に刻みを拍節に まとめることも大切である〔74,85〕。Beyerではtempo, metre, rhythmを正しく身 につけさせるために教師との連弾による教材を挿入しているが,これはBeyerの良い点 のひとつである。生徒は自分のリズムを積極的に教師に伝え,教師のリズムを積極的に受 け止めることを心掛けたい。一般に息の合った合奏とは,具体的には細かいリズム(刻み)

が統一された場合を言うのである。教師が連弾においてできるだけ良いリズムと良いフレ ーズ感で弾いてやれば,生徒は計り知れない音楽性と音楽することの喜びを得るだろう。

2.Dynamikに関して

 Dynamikに関しては次のようである。①「metreとtempoを確保するために潜在する 拍節の強弱が,そのまま音の強弱として表に出る」 拍の表が強くなり,拍の裏の短い音が 弱くなる〔50,52〕,6フ 656例40の途中である3寄目の表が左手の拍節に影響されて極 端に強くなる〔58g,11〕などはフレーズ感を著しく阻害する。これを避けるためには強弱 を逆にして練習すればよいのであるが,そのためにかえって左手に悪影響がでるので,片 手ずつ別々に行なうのが良い。これらの傾向は,学校教育等における誤った指導の影響が

(3)

大きいと考えられる。強・弱・中強・弱の連続に終始する音楽はほとんど存在しないし,

拍節だけに強拍を与えるようなやり方での器楽指導や身体反応の指導は西洋音楽の本質が ら遠ざかるばかりである。これに対して,音の粒がひとつひとつきれいにそろっているこ とは良いフレーズ感と豊かな表現の基礎となる〔62〕。②「ピアノという楽器の特殊性

(音量の減衰)に対して伸びやかさを補うことのむずかしさ」 3③を参照。③「oブθ50一 επ40,4伽碗膨η40を確実に行なうことのむずかしさ」 一般に6ブ650.よりも4勿z.

の方がうまく行かないようである。どの程度:の長さにわたって行なわれるかにもよるが,

67856.は強くなるのが遅く,4伽.は弱くなるのが早すぎる傾向にある。これに②で述べ たピアノの特殊性が加わって一層はなはだしい結果となるケースが多い。6γ656.も4伽.

も正確に段階的に行なうようにしたい〔951g〜25〕。④「主旋律に対して伴奏音画や副旋律 が強すぎる傾向にある」 1.で述べた連弾に関することは独奏においても同じことが言え る。旋律が右手から左手に移るような場合には,連弾で体験したことが大いに役立つだろ う〔52,55,85〕。バランスに関するその他の聞題については亜3②において述べる。⑤

「ρでは音そのものとリズムの不明確さが目だつ」〔9525〕

3.phrasin拷に関して

 phrasingに関しては次のようである。①「Auftaktから始まるフレーズが自然なフレ ーズであるという認識に欠ける」 ヨーロッパの言葉が冠詞を持っているように,ヨーロ ッパの音楽はAuftaktを持っている。冠詞が名詞と緊密に結ばれているように, Auftakt は次に来る拍節と(小節線を越えて)結ばれている。フレーズはAuftaktの前で終るの であって,Auftaktの直後に終るのではない。これらのことを理解することによって,

フレーズを正しく区切ることが可能となり,Auftaktをていねいに弾くことができるよ        ノうになる〔/8,89〕。Auftaktの前でフレーズを終えることがむずかしいこと〔18,/9〕,

フレーズの冒頭が不明確であること〔833〕は,その直前でわずかに手首を挙げて力を抜 いておくことによって技術的に解決される。②「2①で述べたようなDynamik上の現象 はフレーズ感を著しく阻害する」 粒をそろえることは良いフレーズ感を支える大切な条 件のひとつである。③「精神的な緊張の持続がフレーズ感を決定する」一般に音が痩せる のは,拍の裏で心の緊張が失われるからであるが,oboeなどの木管楽器が持つ伸びやか な音を聴いたり想像したりすることは常に良い結果を生む。

 なお,要素としては和声に関しても述べるべきであるが,ピアノ奏法としてはペダルの 技巧との関係が深いので,項目としては省略し,他の項目において必要に応じて取り上げ

ることにする。

皿 練習の各段階における問題点

/.読譜の段階

 葉序の段階には,目による読譜と音を出しながらの読譜との2段階がある。「楽譜は不完 全な伝達手段にすぎない」と言われる反面,ヨーロッパの音楽はあくまでも「書かれた音 楽」なのであり,譜表に書き込まれたものを正確に読み取ることなしには,それに何かを

(4)

54

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第22号

補っても意味を成さない。音を想像しながら目で読譜すること(solf鰭e)と簡単な楽曲 分析(Analyse)を行なうことは,ピアノの学習に欠くことのできない第一段階である。

そのために必要なソルフェージュの能力および楽典などについては省略する。11⑤およ び13①で述べたことは伺時にこの段階における問題点でもあるのだが,なお次のような 点を指摘したい。①「指の番号だけを読んで音を読まない傾向がある」 この原因による 音の読み違えば,ソルフェージュの習慣と能力の向上および楽典,特に和音の理解(主要三 和音・二七・代理和音など)や臨時記号に関する理解が増すに従って徐々に少なくなって いく〔623,11,27d/〕 〔7816c/〕。/指〜5指の聞隔が5度よりも広くなる場合については,

6度と8度が特に注意を要する。6度と8度は旋律としての緊張度が高く,それ自体豊か な表情を持った音程であり,単にメカニックな練習にとどまらずメロディーとして浮彫り にするよう努力すれば,表情豊かな演奏の可能性が開けるだろう。これらは豆2,皿3の段 階で具体化されるべきことがらである〔548,5615〜16,66,89,9316〕。②「因難な部分に多

くの練習華押を取ろうとする意志と計画が充分でない」 子供にとっては無理な一面もあ るが,理解力と計画性を持った大人の場合には,同じモチーフ(あるいは相似なモチーフ)

ごとにひとまとめにして練習する習慣をつけたい。子供でも教師が具体的に詳しく指示す れば計画的な練習が可能である〔29〕。ピアノによって読譜を行なう段階には次のような 問題点がある。③「目を楽譜にくぎづけにして最後まで弾き通すことがむずかしい」 曲の 全体像を早く正確に把握するためには,是非とも初見視奏能力が必要である。既に述べた

①,次に述べる2①〜⑧は初見視葉能力と関係が深い。数音弾いては鍵盤を見なければな らないような指の形の悪さが音をはずす原因であるのだが,最も大きな欠陥は/指にある。

2指〜5指を打鍵する際に/指が在るべき鍵盤からずり落ちてしまい,ポジションがずれ てミスをするケースが非常に多い〔50〕。④「途中でつまずいた場合に再び曲頭へもどろ

うとする煩向が強い」 このようなことのくり返しに明け暮れていたのでは,いくら練習 しても,いつまでたっても全体が弾けるようにはならない。極端に言えば,常に弾ける部分

(曲弾の数小節)しか練習していないことになる。従って,つまずいたらその音を確認して,

そこから最後まで弾き通すこと。⑤「repeatを省略することの弊害」 各部分の長さの比 は形式感を決定する重要な要素であるから,この程度の長さの練習曲では常に完全な形で の練習を心がけたい。repeatする直前で擁オ.がかかり易いのでテンポに注意したい。

2.技術練習の段階

 写譜をひととおり終えて技術練習の段階に入ると,そこには大変多くの困難な問題が横 たわっている。既に述べたことがらの多くはこの段階と関連しているのであるが,この段 階における主要な目標は「明確な美しい音を作ること」であり,この基礎の上にのみ様々 な表現が可能となる。ここでは打鍵と音階練習に関する問題点を中心に述べる。①「打鍵 に必要な美しい手の形が失われ易い」 良くない例として5指が倒れた形をよく見かける が,むしろ1指の側に幾分傾いている方がよい。指の関節はすべてに軽く丸味を持たせ,

手首は下部を鍵盤の高さ程に置き,俗に言う第/関節 (=metacarp・phalangeal j・int,

以下この俗称を用いる)を最も高く位置させる。第3関節が下方へ折れ曲ったり,使って いない指(2指,5指など)がつっぱってはね上ったりする傾向は,後に述べる「指の独

(5)

立性を高める訓練」と並行して徐々に矯正すべきである。白鍵を打鍵する時は/指以外は 必ず指先を立てて打鍵すべきである。黒鍵は指先を幾分倒して押えてもよいが,各関節の 支えば確実でなければならない〔852,6〕。②「鍵盤のそばから打鍵するという原則が充分に 守られない」 この原則が守られないと,指と鍵盤がぶつかる雑音が大きくなるだけでな

く,指と鍵盤の問に距離があるので奏者の意識したリズムと実際に音となったリズムがず れて来る。この傾向はトレモロやスタカート,ポジションの大幅な移動などにおいて著し い〔62,63,90〕。打鍵,脱力の後に手首を低い位置にもどしておく習慣をつけるべきで ある。また,アプライトピアノの構造上の欠陥がこの問題に関係している。グランドピアノ であれば鍵盤を少し押えたところがら打鍵しても確実に音が出るが,アフ。ライトではこれ ができないので,できる限りグランドピアノを使用すべきである。我々はここで,打鍵の原 則について分析的に詳細に知る必要がある。打鍵前の予備動作として,丸みを持った指の形 を作りながらその指をわずかに持ち上げる。続いて指先に意識を集中し,音の高さや性質 を考えながら静かに目的の鍵盤に近づける。鍵盤のすぐそばまで接近したら時を置かずに 腕の重みをかけ,同時にすばやく関節で支える。これらの一連の動作は,明確な音を作る ためにも,指に音のつながりを記憶させるためにも大変効果のあがる方法である。③「す べての指の独立性を平均して高めることが非常にむずかしい」 ②で述べた打鍵前の予備 において他の指の連動を抑制することが指の独立性を高める。5指から4指への進行にお いてのめりがちな傾向は,根本的には指の構造(5指を動かすと4指は必ず連動する)に原 因があるのだが,②の原則および脱力の訓練によって独立性を保つことができる〔557〕。

3指と4指の問にも同様のことが言える。指の独立性が高まることによって,シンコペー ションなどにおいて自由自在にアクセントをつけることができるようになる〔94〕。④「腕 の重みを支える主要な支点(第/関節)が落ち込み易い」 支えの能力には指の構造やくせ などによる個人差がはなはだしい。/指と5指の第1関節は特に落ち込み易いようである。

②の原則によって徐々に矯正する他はない〔72〕。⑤「打鍵後の脱力が完全に行なわれに くい」 左手のAlherti−bassにおいて,指が次の音を打鍵した後までつっぱっているのは 脱力訓練の不足に原因がある〔48,55〕。同音のZ69砿。においては,脱力後に指先を鍵 盤上に残し音を保持する訓練を行なうとフレーズが生きる 〔345〜6,21〜22〕。脱力不足が metreの誤りにつながる場合があり,徹底指導が必要である〔53,54〕。⑥「指の動きに手 首や腕がついて行かない」〔88〕の場合には手首や肘を非常に柔かくして,腕の重みを指

に注ぎ込むようにする。重音は特に手首を柔かくしておかないと明確な音の連続が得られ ない。2つの音の同時性を確保するためには,ここでも②に述べた原則が重要である〔67,

68,70,7/,72〕。⑦「音階練習において肘を張り,手の角度を変える傾向がある」 こ の状態のままでは,角度のずれを元へもどさないと次のポジションが弾けないので,速い パッセージはもつれる。音階練習の中身は打鍵の練習とポジション移動の練習にあるのだ から,1③に述べた例と打鍵の原則とは重要であるが,ここではポジション移動の原則に ついて述べる。手の形の面から言えば「1指以外は常に鍵盤に平行に移動せよ」というこ と,打鍵の面から言えば「第1のポジションの位置で完全に脱力を終えた後に第2のポジ ションへ移動を開始せよ」ということである。従って1指が他の指の下をくぐる場合は,

脱力が完了したことを確かめるために間を置いて,/指の指先から加速度をもって移動す る。他の指が/指の上を越える場合は,/指の脱力が完了したことを確かめるためにやは

(6)

56

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第22号

り間を置いて,指の形を作りながら今度は第1関節の方から加速度をもって移動する。な お,付点やシンコペーションなどによるリズムの変奏を用いて練習することは有益である。

新しい調に初めて現われる音は,打鍵前にチェックしておくべきである〔704,7〕。⑧「1 指と5指の:最大幅よりも広い動きのむずかしさ」 Beyerでは10ctaveより広いZ69碗。

の動きは現れない。5孟αooα診。で移動する場合には,脱力と同時にすばやく移動する。休 符による間があっても先へ行って待っている習慣をつけたい〔62〕。

 なお/②に述べたことはこの段階で具体化きれねばならない。相似なものの例として縮 小形の実例がある〔17g〜14〕。

 以上のような多くのねらいを持った練習のためには,「ゆっくりと弾く」ことが必然的 に要求される。教師は,ただ「ゆっくり弾きなさい」だけではなく「何のためにゆっくり 弾くか」を具体的に示すべきである。生徒はそれをよく理解して,「ゆっくり弾く」こと のために惜しみなく時間をかけるべきである。

3.完成の段階

 既に述べて来た各要素および二段階における努力の成果は,完成の段階において充分に 生かされるべきものであるが,レッスンであれステージであれ,いやしくも人の前で己を 表現するためには,さらに次のような点に注意を払うべきであろう。①「テンポをはっきり と決めて弾き始め,常に刻みを忘れない」 冒頭の数小節を心の中で歌って後に弾き始め るように習慣づけること。②「旋律と旋律の音量のバランスに注意する」 2つの旋律が 各々独立した動きをするポリフォニックな曲の場合には,「入り」を明確にし,モチーフ

を浮彫りにすること。ポリフォニーとは言えないまでも,主旋律・副旋律の関係にあるも のを含めて,2声部の曲はブロックフレーテなどによる合奏をして6∫ρブθ∬勿。の配置ぐ あいを確かめるのもよい。初心者の場合,左手と右手はたいてい半独立の状態にあって,

同じ動きを行なおうとする。片手ずつ別々の練習は,ポリフォニックな曲にあっては必ず 通らねばならない段階である。旋律とOrge亘punktの関係はおろそかになりがちだが,

Orgelpunktを確実に鳴らすことによってポリフォニックな緊張感を保持することができ る〔29,51,60,68,69,/02〕。和声における音量のバランスに関しては,主旋律(上 声部)と低声部を確実に鳴らし, 内声部を幾分抑制するように練習すること。:Beyerで

は内声部はほとんど分散和音となっているので,自然のうちにバランス感を体得できる

〔/02〕。⑧「テクニック上の脱力と精神的(音楽的)緊張との矛盾を克服すること」 1 音ごとの脱力は完全に行なう必要があっても,フレーズのもつ緊張感は維持しなければな

らない。音の粒がそろうようになったら,今度は滑るようなフレーズ感に努力を集中する こと〔6217〜24〕。④「常に豊かなイマジネーションをもって弾くこと」 /の冒頭で述べた ことがらに関して,この段階では全く逆のことを強調しなければならない。即ち,tempo・

Dynamik・pitchなどについて書かれた諸記号は,すべて仮の枠組みにすぎず,その具 体的な内容は奏者自身によって盛り込まれるべきものである。たとえば∫と言っても,

重さ・固さ・鋭さ・明るさ・深さ・近さ・暖かさなど様々な性質をその中に含み得る。そ れを具体的に規定する主体はあくまでも奏者の感性と知性なのである。常に豊かなイマジ ネーションを保つには,豊かな自然環境・社会環境・音楽的環境が必要である。声楽やオ

(7)

一ケストラをよく聴くことは,ピアノ学習者にとって大変有益なことであり,それらに関 するイマジネーションは最も直接的に奏者の音質に影響を与えるものである。⑤「どんな 弱い音でも部屋の隅々,客席の隅々まで響かせようとする積極的な意志をもって弾くこと」

自己満足的に自分の身のまわりだけを意識している場合と,何とかして遠くまで響かせよ うと思って弾いた場合とは,同じ音量であっても「訴えかける力」において明らかな違い が生じる。グランドピアノは本来多くの聴衆を前にした近代コンサート形式のための性能 を具えている。従って理想的には,小コンサートホール程度の広さをもった所で練習する のが最も良いが,狭い部屋で練習する場合もコンサートホ 一ルを想定して,ρρでも遠く へ伝えようとする情熱を傾けるべきである。⑥「暗譜を確実なものにすること」 ステー ジにおいて優れた演奏をするためには,確実に暗譜していなければならない。一般に初見 が利く人は暗譜に弱く,暗譜の得意な人は初見に弱いと言われる。確かにそういう傾向が あるにはあるが,それらがたがいに相関関係をなしているとは考えられない。おそらくは,

同一人物でも,その人のテクニックより幾分やさしい曲を数多く弾いている間は初見力が 向上し,幾分むずかしい曲と取り組んでいる間は暗譜力が向上するのであろう。ともあれ 学習者にとってはどちらも身につけたい重要な能力である。理想的に言えば,曲の途中任 意の部分から暗譜で弾き出せるのが最も良いが,実際にはほとんど不可能である。そこで,

次に述べる暗譜の方法は,自己暗示のようなものではあるが,おそらく最も効果の上がる 方法のひとつだろう。即ち,「曲の途中に設けた段落を段落と考えないで,新しい曲の冒 頭であると考え直す方法」である。結果として長さの異なる新しい曲が数曲でき上がった ことになる。曲の冒頭を忘れるということはほとんどないので,危くなったらいつでもそ の付近の「冒頭」から出直して先へ進むことができるのである。

(註)〔〕内の大きな数字はBeyerの練習番号を示し,小さな数字は小節数を示す。

〔参考文献〕

 Ferdinand.:Beyer:Vorschule im:Klavierspiel, OP狐s 101

 A聡red Cortot:Principes ratio㎜els ae la techni吼ue pianistique,1928

 Walter Georgii:KIIavierspieler Buchiein,1954(Vom richtigen und falschen Kla−

vier藍ben)

 アンドレ・フォルデス:ピアノへの道(渡辺護訳)

 Wmi Apel:Harvard I)ictona町of Music,1958

 Hugo Leichte皿tritt:musical form,1951(1.the regular construction of mus量cal

phra8es)

参照

関連したドキュメント

られてきている力:,その距離としての性質につ

 音楽は古くから親しまれ,私たちの生活に密着したも

(2)特定死因を除去した場合の平均余命の延び

右の実方説では︑相互拘束と共同認識がカルテルの実態上の問題として区別されているのであるが︑相互拘束によ

、「新たに特例輸入者となつた者については」とあるのは「新たに申告納税

LUNA 上に図、表、数式などを含んだ問題と回答を LUNA の画面上に同一で表示する機能の必要性 などについての意見があった。そのため、 LUNA

下山にはいり、ABさんの名案でロープでつ ながれた子供たちには笑ってしまいました。つ

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場