ハイエクと大恐慌
一 理論 と観察の狭間で‑
江 頭 進
1.序
理論 と観察 された現象の間のギ ャップをどの ように埋 めるのか, とい うことについて経済学 者ほど困難な状況に置かれる人々は他 にいない であろう。理論の説明力 には必然的に限界があ り,現象の観察能力 はその手段 に制限 される。
自らの理論 と観察 された現象が整合的でない と き, どちらを放棄すべ きか とい うことについて 実際にはっきりとした態度 を採 りうる経済学者
は少ないのではないだろうか。
本稿 は ,F. A. ハ イエ クが大恐慌 をどの よう に捉 えていたか, とい うテーマを取 り上げた も のである。今世紀前半の経済学 における最大の 事件 は,い うまで もな く世界恐慌 とケインズの
『 一般理論』出版である 。1 9 2 9 年の ウォール街 での株価暴落に象徴 される世界恐慌 は,多 くの 経済学者の人生 をも変えた。 さらに 『 一般理論 』
の登場は,従来の理論 に無力感 を感 じていた若 い世代の経済学者の方向を決定づけた。 また, 既 にその地位 を確立 していた人々の中にも様 々 な形での対応 を迫 った。 自らの理論 を一変 させ なければな らなかったフィッシャー,古典的な 経済学か らケインズ経済学の信奉者 に 「 転向 」
したハ ンセ ンなどはその典型である。だが,中 には自らの経済学の正当性 を信 じ続 けた経済学 者たちもいた。ハ イエ クもその一人である。
ヒックスは,
1 9 3 0 年代 を通ずる経済分析の歴史の決定版が書 かれることになった場合, この ドラマ ( これは
‑8 2
‑まさに一つの ドラマであった)の主役の一人は ハイエ ク教授 になることであろう。‑ ・ ハイエ クの新理論がケインズの新理論の第一の好敵手 であった時期があったことはほとんど忘れ られ ている ( Hi c k s ,1 9 6 7 ; 邦訳 2 8 1 頁)
と書いた。 しか しなが ら,ハ イエ ク理論 はケイ ンズ理論 に一掃 された。だが,ハ イエ クは晩年 まで 自らの理論の正当性 を信 じていると思われ る発言 を繰 り返 している。
ハ イエ クの 『 価格 と生産』の元 となった LSE
での連続講義が行 われたのは ,1 9 3 1 年 2 月のこ とである。ハ イエ クが経済理論家であったこと に比べて,彼が実証家で もあったことはあ ま り 知 られていない。ハ イエクの分析の主な対象は アメリカであった。
ハ イエ クが,大恐慌 をどう捉 えていたか とい うことについては研究者の間で も意見の分かれ るところである。ハ イエ クは,大恐慌 を予測 し ていた とする説 ( S k o u s e n , 1 9 9 1 ; 1 9 9 4 ;La i d l e r ,
1 9 9 4 ) ,ハ イエ クは基本的な ところで事実 を捉 え損 なっているとい う主張,ハ イエ ク理論 は大 恐慌の説明ではな く彼 の自由主義的信条 を支持 するためのものだったする説 ( S e c c a r e c c i a ,1 9 9 4 )
など様 々である。
本稿では,基本的にはハ イエ クの現状認識 は
当時 としてはそれほど大 きく誤 ったものではな
いが,彼の理論ではそれが まった く反映 されな
かったとい う立場 を採 る。 しか し,本稿は,彼
の理論や観察の正否 を検証することを目的 とし
た ものではない。む しろ,ハ イエ クの理論 と観
察のギャップが どこか ら生 じたのか, とい う問 題 について論 じた ものである。 この間題 は,一 方では,経済学者個人の態度の問題で もあるし, 他方では,経済学の抱 える方法論的な問題 も包 含 している。
まず,第 1節で,彼のオース トリア景気経済 研究所時代の論文 をもとに,ハ イエ クが大恐慌 をどのように捉 えていたかを概観する。続いて 第 2 節では , 『 価格 と生産』 を中心 に理論 的な 検討 を行い,続 く第 3 節では,金融制度の人々 の期待形成 に対する影響 についての彼の主張 を 考察する。
2. ハイエクの事実観察
ハ イエ クの職業 としての経済学者の経歴は, 1 9 2 7 年 オース トリア景気研究所の所長に就任 し た ときか ら始 まる 1 ノ2 1 。 この研究所 は,景気循 環の本格的な研究 と,イギ リスお よび大陸 ヨー ロッパの経済学者 との交流を深めるために, ミ‑
ゼスによって設立 された ものである。そこでの ハ イエ クの主な仕事 は,現状分析 を行い,それ についての レポー トを提 出す ることであった。
ハイエ クは,学生時代 に 1 0 ケ月間はどアメリカ に研究生 として留学 し,制度学派で統計学 にお いて先駆的業績 を残 したウェズ リー ・ミッチェ ルの下で学んでいるO後 にハ イエ クは統計学 を
「 本性上,膨大 な数 とい う問題 を,複雑性 を無 視 し,その数える個 々の諸要素 を意識的にあた か も体系的に連関 していないかの ように扱 うこ とによ り,処理する 」( Ha y e k,1 9 6 4 ,p. 3 0 ) と し,複雑系 としての経済現象 を扱 うには不十分 であることを指摘 した。 したがって,後年のハ イエ クの態度のみを知 る者にとっては,このス ター トは意外 に思われるか もしれない。
この当時は,言 うまで もな く世界恐慌前夜で ある。周知のように既 にイギ リスは,第一次世 界大戦以後の金本位制への強行復帰の結果,深 刻な不況 に見舞われてお り,戦勝国,敗戟国 と もに経済的混乱 と国家制度の崩壊 を経験 してい
た。
この時期 にあってアメリカだけが株価の急上 昇 に象徴 される黄金期 を迎 えていた。アメリカ は戟争 には参加 したが,要 した費用 は国富の 8
%に過 ぎず, しか も他の戟勝 国 とは異な り,ア メリカは債権国であった。金保有高 も 1 9 21 年に は 25 億 ドルに達 している。
ハ イエ クの目はまさに絶頂期のアメリカに向 けられていた。 しか も,ハ イエ クの分析 は,ア メリカの強 さの原因究明にあるのではな く,ア メリカの繁栄の陰にある構造的な問題 とその危 険性の指摘す ることにあった。
合衆国が金本位制の頑健生 に関 して ヨーロッパ をうらやんでいるとい うことは奇妙 に思われる か もしれないが,このアメリカでは他の どの国 よりも貨幣経済組織 は不完全であ り,‑ ・ 。大 多数の ヨーロッパの国々において金本位制 は崩 壊 し,支払手段の不安定性 によるすべての困難 が,金本位制基準か らの逸脱 によるものである とされている。一方,アメリカにおいては,完 全な金本位制 を持 っているほ とん ど唯一の国な ので,金本位 システムの中にその ようなものが 内在 してい る とはほ とん ど明 らかではない
。‑‑合衆国が,現在の形の金本位制 に固執する ことによって,継続的な金流入が遅かれ早かれ 異常 な物価の上昇 を経験 した結果, ヨーロ ッパ 諸国が経済的に十分な回復 をするや否や,深刻 な反動が続 くであろう ( Ha y e k,1 9 2 4 ,p. 3 6 7 ) 0
この指摘は実はハ イエ クだけの ものではな く, アメリカの銀行制度の改革の必要性 は,多 くの 経済学者 によって叫ばれていたのである。
ハ イエ クが注 目 したのは,主 に 1 9 1 3 ‑ 1 4 年 に かけて整備 された連邦準備銀行法である。 この 法律 は,南北戦争直後 に成立 した銀行制度 を‑
新 し ,1 2 の連邦準備銀行 を中心 とした統一的通 貨発行政策 を意図 した ものであったが,発足当 初アメリカ国内で も様 々な問題が指摘 されてい
‑8 3‑
三△、[iFFEI
た。ハ イエ クは ,「 1 9 1 4 年来の改革以降のアメ リカ銀行制度」 と題する論文の中で次のように 指摘 している。
( 1 9 1 4 年以来のアメリカの銀行制度 は)二つの 弊害 を示 している。一つは財務省 に銀行か ら預 け られた国債の数量 を通 じて,貨幣発行が著 し
く制限 されていることである。それは異 なる季 節や景気変動の異なった段階の不安定 な要求に 対 して,銀行券の迅速 な対応 を排除するだけで な く, ビジネスが活発 に進んでいる時期 に貨幣 需要が増加 していて,高利子率であるにも関わ らず,わずか しか利子 を生 まない国債 に投資 し なければならないことで銀行券 を制限 している。
‑‑,銀行券の伸縮性の欠如 よ りもはるかに深 刻なのは,投入不足の古いシステムが衰弱 して いることである。これは現金準備 を保持するた めの現金に対する不幸 な規制の効果 よりもむ し ろ全 く信用構造 に付随する ものである ( Ha y e k ,
1 9 2 5 b ,p . 7 9 4 )
ハ イエ クは,新 しい連銀制度が,好況期 には 地方か ら都市部 に大量の通貨 を吸い上げること がで きるが,その結果,収穫期の ような地方で 貨幣が必要 になった ときに,深刻 なクレジッ ト
・クランチを起 こす危険性があること, さらに 現金貨幣 を重ん じ,手形取引にあま り熱心でな いアメリカの取引慣行が この傾向に拍車 をかけ ていることを指摘 している。そ して,このシス テムでは,ニュー ヨークの銀行がいったん支払 い停止 になると,それは直 ちに地方の銀行の信 用不安 を引 き起す ことになると警告 している。
この論文では,貨幣供給 の制度的硬直性 につい て も触れ られているのだが,それは流通貨幣総 量 についての問題ではな く,いわゆる必要な と
ころに必要な貨幣が回らないことへの警告であっ た。この時点でのハ イエ クの恐慌や景気変動へ の認識は,制度的な欠陥か ら発生する貨幣循環 障害 による季節的変動 とい う観が強い
3)。つ ま
‑8 4‑
文
り,ハイエ クが行 っていた現状観察は,金融制 度の問題 によるクレジ ッ ト・クランチを対象 と した ものであ り , 『 価格 と生産』 において見 ら れたような信用創造ではないことは明 らかであ る。
さて, さらに重要なのはその直前 に発表 され た 「 1 9 2 0 年の危機か ら回復 した後の合衆国の貨 幣政策 」( Ha y e k, 1 9 2 5 a ) である。三回に分 けて 発表 されたこの論文 は,後の 『 価格 と生産』の 中の議論がほ とんど含め られているが,特 に金 本位制のインフレーシ ョン抑制機能 についての 言及がなされている。
ここで もハ イエ クは,他の論文 と同様 に,
しか し, さらに 1 9 2 1 年か ら 1 9 2 3 年 にヨーロッパ においては,魅力的なアメリカの有価物への投 資が生 じ,アメリカにおいてはヨーロッパへの 投資 に対する不安感が残 っていたので,それに よって国際収支は ヨーロッパ に不利 になるよう な影響 を受けた。 ヨーロッパでは金本位制 に固 執 していたため,これ らの支払いが金流通 を収 縮 させ,それに伴 ってその支払いは,実質的に 等価値の貨幣輸 出の増大 を招いたのであった。
絶 え間のないインフレーションや少な くとも金 流出の不明瞭性が,金流通の制限の中で, ヨー ロッパの全輸出を必要な程度 まで高めるために, 十分 に価格 を低下することの障害 となっている のである ( 1 9 2 5 a ,p . 3 0 ) 。
としている。ハ イエ クは金本位制の支持者であ るが,現実的にはた とえばイギ リスの不 自然な 金本位制‑の復帰が危険であることを知 ってい たのである。
ハ イエ クは, この中で,
過去1 00 年 にまたが って資本主義的経済の発展
は全てにおいて,追加的な銀行信用の拡大によっ
て もた らされた 「 強制貯蓄」 な しでは,可舵で
はなかったことは疑 うことはできない。 したがっ
て,経済変動 はおそ らく西洋世界の諸国が過去
1 5 0 年 の間,経験 して きた加速 的 な発展 の必然 的なつ きもの として見なされなければな らない。
逆 に,その ような変動 は,成長のテ ンポを,実 際 に自発的貯蓄 によって,可能 な らしめ られる 率 にまで減速す るときにのみ,完全 に排 除す る
ことがで きるのである ( 1 9 2 5 a ,p. 2 1 )0
と している。 この時点でのハ イエ クは,実質的 には景気変動 を排 除で きる と考 えていたわけで はない。つ ま り,資本主義社会の成長が信用拡 大 に支 え られている以上,景気の変動 は回避で きない と考 えていたのである。 これは 「 貨幣理 論 と景気循 環 」 ( Ha ye k,1 9 3 3) の 中で も繰 り返
されている。
最近 イギ リスの文献 の中で繰 り返 し主張 されて いるように,銀行預金の総量 を全 く安定 した水 準 に保 ち得 るな らば,それは景気循環変動か ら 逃れる唯一の手段 となるだろ う。 しか し, これ は,純粋 に空想 的な考 えである。 もしそ うしよ うとすれば,すべ ての銀行貨幣 ‑ す なわち銀 行券 と小切手 ‑ を完全 に廃止 し,銀行 を貯蓄 を扱 うブローカーの役割 に格下げす る必要があ る。 しか し, この ような事態がた とえ基本的に は可能 だ として も,多 くの人々がその結果 に関 して詳 しく知 るな らば,彼 らがそれ を実行す る ことを望 むことについては大い に疑問である。
経済 システムの安定 は経済進歩 を抑 える とい う 代償 を払 って達成で きるのである ( 1 9 3 3 ,p. 1 91 ; 邦訳 8 4 頁)0
だが,ハ イエ クは, この ような景気変動 を拡 大 しているのは,中央銀行 の不適切 な割引政策 である, と考 えていた。ただ し,それは,彼 は その原 因を,後年の ように,独 占的貨幣発行 で はな く,む しろ景気の変動 を正 しく把握す る指 標が無い ことに求めた。平均 的な物価水準が生 産構造の変化 を表す ことがで きず, また相対価
‑8 5‑
格 は きわめて多様 な理 由で変化す ることか ら把 纏が難 しい。景況が正確 に把握 されないために 不適切 な割引政策が行 われ,好 ま しくない量の 追加的貨幣が市場 の流入す ることになるのであ る。
他 の論文 も含めて,ハ イエ クの観察の焦点 は アメ リカの銀行制度 と,それ に伴 う貨幣量 コン トロールの問題点 の指摘 にあ った。 この当時の ハ イエ クは ミ‑ゼスの影響 を受 け,かな り厳密 な金本位制の支持者であ ったが, これ らの観察 を通 じて,ハ イエ クは景気変動 の原 因は銀行制 度 ・通貨制度 にある と確信す るようになった。
彼 は,金本位制が厳密 に守 られない こと,特 に 準備率規制が しば しば緩和 されて しまうことの 問題点 を指摘 している。この時点の彼 にとって, 銀行の活動は明 らかに規制 されるべ きものであっ て,決 して 自由化すべ き対象ではない としてい た とい うことは注 目に値す るであろう。基本的 には1 00% の準備 を理想 と し,その裁 量 的 な引 き下 げによって市場 に誤 った シグナル を送 るこ とを特 に危険視 したのである。
ここまでのハ イエ クの,個 々の現実経済観察 はおおむね正 しかった と言 って よいO彼 の分析 は他 の同時代 の経済学者 ( ホ‑ トレイや フ ィッ シャー,ハ ンセ ン等)な どと比べ て特 に劣 って いた と言 うことはで きず, またわれわれの回顧 的な視点か ら見て も決定的 に誤 っている とは言 い難いのである。
3. 貨幣的景気変動理論の概観
さてここで,ハ イエ クの景気変動 に対す る理 論 的アプローチ を見てお こうOハ イエ クは 『 価 格 と生産』の第‑講の中で次 の ように単純 な貨 幣数量説 を批判す る。
私が不満 なのは,様 々な形 の貨幣数量説が不当
に も貨幣理論 の中心的 な位置 を占めて きただけ
でな く,数量説の源泉 となっている観点が よ り
いっそ うの進歩 に対す る決定的な障害 に もなる
論
ことである。貨幣理論が一般経済理論の中核か ら現在孤立 しているのは,貨幣数量説 とい う特 定の理論の もたらした少 なか らぬ弊害である。
( Ha ye k,1 9 31 ,pp. 3‑ 4; 邦訳 1 4 3 頁)
ハ イエ クは,貨幣数量説が実際上の問題 として 役 に立たない と考えているわけではない。彼が 警戒 したのは,数量方程式で貨幣流通量 と一般 物価の関係 を表 して しまうと,あたか も両者 に 直接的な関係があ り,貨幣市場が完全 に他の経 済現象か ら独立 しているかの ような印象 を与 え て しまうことである。ハイエ クの第一の主張は, 貨幣にかかわる様 々な現象が,決 して実物経済 か ら独立 していない とい うことなのである。
ここで,簡単 にハ イエ ク理論の説明を行 って お こう。『 価格 と生産』 と 『 利潤 ・利子お よび 投資』の中では,用語の使 い方が若干異 なって いるが, ここでは両者の用語法の うち, より現 在のわれわれの用語法 に近い ものを採用 しなが
ら説明する。
彼 は時間に関する資本の限界生産力関数の凸 性 を自明の もの として仮定 している。 したがっ て,生産構造の限界的な変化の影響 は,生産が よ り短期で終わる場合ほど大 きく,長いほど小 さい。
さて,時間をかけて生産 される消費財 につい て考 えてみ よう。説明の簡略化のために,生産 がい くつかの段階に分け られ, しか もそれぞれ の段階が個々の企業 によって担われているよう な過程 を考 える。そ こで生産 に使 われている生 産資源は,非技能的労働の ようなどの段階にで も比較的容易 に利用で きる非特殊財 と,ある特 定の段階での生産で しか使 えない特殊財 に分け られる。ハイエ クは最終消費財 に対する需要が 変化 した場合,すなわち人々が 自発的に貯蓄 を 増加 し投資 を増や した場合 と,外部か ら貨幣が 供給 された場合 に分 けて説明 している。
‑8 6 ‑ 文
3‑ 1 . 自発的貯蓄の場合
いま,最終消費財の需要が減少 し,それに対 して支出 されていた貨幣が,最 も高次の生産財 の購入 に回された とす る。その結果,最終消費 財の価格は下落 し,最高次の生産財価格は上昇 する。その間の中間生産物の価格 も変化するが, それ らは必ず しも一律 に変化するのではな く, 最終段階に近い低次財では消費財価格低下の影 響 を受けて価格が低下 し, よ り上流 になるほど 最高次財 の価格上昇 につ られて相対的に価格上 昇率が大 きくなる。その結果,利潤率 はよ り高 次の財 になるほど高 くなる。
よ り低次の財 とより高次の財の相対価格の変 化は,それぞれの利潤率の間に差 を生 じる。そ のため,非特殊財 はより高次の生産へ と移動 し てい く。 また,特殊財 はそれが使 われている段 階が より高次であればあるほ ど,それに対する 需要が増加 し,逆 によ り低次であればあるほど 減少する。特殊財の需要量の相対的な変化 は, さらに高次財の価格 を押 し上げ,低次財のそれ を引 き下げる。ハ イエ クは,貯蓄の増加 による 貸出利子率の低下が,直接的な利子費用 を下げ ることによって より長期の生産の利潤率が高 ま る部分 はそれほど大 きくない と考 えてお り,質 幣の投入の影響が各生産段階において均等では な く,その結果特殊財の需要が生産の各段 階ご とで異な り, より高次の財 にかかわる特殊財価 格が上昇する結果,高次財価格が一層押 し上げ られ利潤率の上昇 に寄与すると,考 えているの である。
やがて,高次財 に過剰供給が生 じ価格が低下
し利潤率が低下するまで このシフ トは継続する
ことになる。高次財の価格が低下す ると今度 は
相対価格が よ り低次の財 に有利 にな り,生産資
源が よ り低次へ と移動する。 この ような過程 を
繰 り返 して,新 しい均衡 に到達する。ハ イエ ク
は, 自発的貯蓄による新 しい均衡の特徴 を次の
ように述べ る。
われわれの置いた仮定の下で,消費財 と中間生 産物 に対 して均衡状態 にある需要の最初の変化 が永続するとい うこと,そ して,消費財の産出 量が増加 しすべ ての種類 とすべての段階の財の 総収益が大 きく増加 しているにもかかわ らず, 生産要素 に対する総支出 もしくは総費用が,消 費財の販売か ら受け取 られる総額 によって埋め 合わ されるために,貨幣量が不変であるとい う 事実が, この ような生産の増加 に対 してなん ら 根本的な困難 をもたらさない とい うことを確認
しておけば,われわれの現在の 目的は達せ られ る 。( Ha ye k,1 9 31 ,p. 5 4)
つ ま り,人々の自発的な消費財需要の節約 と 貯蓄の増加は,新たな生産構造の確立 と維持 に 寄与 してお り,ひとたび到達 された新 しい均衡 は再び,人々の消費性向が変化 しない限 りは持 続するのである。ハ イエ クによると,利子率の 低下は,生産要素価格に影響 を与え,その結果, 生産者の行動 にも影響 を与 えることになる。例 えば,以前 自ら生産 していた生産物の部品を他 企業か ら買い入れることになるだろう。低次財 の需要減少 によって解雇 された労働者や他の生 産資源は, この ように新たに発生 した需要 に対 応する生産部門で吸収 されると考 えた。自発的 貯蓄の場合 には,生産構造の変化 に応 じて労働 者が段階を移動するのでご く短期 間 しか失業が 発生 しないのである。
3‑2 . 強制貯蓄の場合
今度は,貨幣が人々の 自発的な貯蓄 とは無関 係 に外部か ら供給 された場合 を考 えよう。貨幣 が主に最高次の生産段階に供給 されたとすると,
自発的な貯蓄ほ どではないに しろ,高次財の利 潤率が相対的に上昇 し,結果 として低次財生産 に使 われていた非特殊財や本源的生産手段 は高 次財生産へ とシフ トしてい く。その結果,人々 はい ままで需要 していた量 よ りは少 ない量の最 終消費財 しか受け取れないことになる。つ まり,
‑8 7‑
自発的貯蓄の場合,人々は進んで最終消費財需 要 を減 らしたのだが,今回の場合, 自らの意志 とは関係 な く,従来の消費量の一部 を削減 され ることになる。これを強制貯蓄 と呼ぶ。このよ うなシフ トが起 こるのは,遊休資源 を認めず, 均衡状態か ら議論 を出発 したハ イエ クの仮定 に よるところが大 きい。その結果,消費財価格が 上昇 し,消費財生産が相対的に有利 になる。 さ らに追加的に投入 された貨幣は,やがて労働者 たちの所得 とな り,彼 らはその貨幣を利用 とし て強制的に取 り上げ られていた消費財 を取 り戻 そ うとする。その結果, ます ます消費財価格が 上昇することになる。 もし,外部か ら高次財へ の さらなる貨幣供給がない場合 には,相対価格 は消費財 に有利の ままであ り,生産資源は再び 消費財生産に向か うことになる。
だが,生産が,高次財 にシフ トする ときに比 べて,低次財 に再 シフ トするときほ,高次財生 産か ら放出 された生産資源が低次財生産の中に 吸収 される速度が遅い, とハ イエ クは言 う。高 次財需要が増加 した場合,その原料 を生産する ための上流の段階が比較的少ないため,相対的 に速やかに生産要素 をそろえることがで き供給 の迅速な調整が可能 となる。 これに対 して,最 終消費財生産 には,労働 などの非特殊財 は速や かに移動 して きた として も,非特殊財 である中 間生産物の供給が追いつかない。増加 した最終 生産物 を賄 うためには,最終生産物 だけでは く,
より多 くの上流段階の調整が必要である。その 結果,高次財生産にシフ トした ときに比べて, 低次財生産への シフ トには時間がかかるのであ る。その間,労働 などの非特殊的生産財は雇用 されないまま待 たされることになる
。この ようなよ り高次の生産過程の崩壊 と調整
ラグの間に発生する失業が,恐慌 を構成 してい
るとい うのが,ハ イエ クの恐慌論である。 この
場合,恐慌の前 に一時的なブーム と,相対価格
の変化 ( 当初は生産財での インフレーシ ョン,
続いて消費財の インフレーシ ョン) を伴 うこと
F . 附 多動 が な され るこ と
。基本的 に , 艮 聞銀行の信 屑創造量 は 準 備率 に よって規制 されていることはい うまで もないが, 貨幣発行総 ‡ 封 土なん らかの形 で商品 と結 びつ け
らjLなければな らない とす るのが ハ イエ クの 主 張である。 また, しば しば見逃 されてい るこ と であ るが,ハ イエ ク理論 では,必 要 な最 の貨幣 が必 要 な ところに,必 要 な速 やか さで供給 され るこ とが重要である。 これ は, 前 節 で述べ た よ うにア メリカの銀行制度の不完全性 に対す る観 察か ら導 き出 した ものであ る と推 測で きる。 こ の ような考 え方は , 彼の後年の 『貨幣発行 自由 化論』 ( 1 9 7 6 年)につ なが る議論 と して注 目に値 す る。彼 に とって,最終 的 に望 み うる貨幣供給 の機能 を果 た しうるのは市場 だけだったのであ る。
この ように, ハ イエ ク理論 は,貨幣供給 の実 物経 済 に対 す る影響 に特 化 された理論 であ る。
融合 に さらに貨幣 を導 入 して,景気変動 を描 き 出そ うと した ものである。 しか し,本 来,一般 均 衡理論 に もオー ス ト.
)ア貸本理論 に も貨幣 は 明示的 に登場 しない。そ こに貨幣供給 の問題 を 導 入 しようと した ときに, 大 きな問題が生 じた
(Ⅰ )e s a l ,1 9 82:McCi oughr y,1 982 ㌦ 彼 の基 礎 と した ウ イクセ ル
理論 においては レイ トラー がい うように非 中立的 な貨幣 は景気循環 に対 し てほ とん ど
意味 を持 たず, また彼 の 同時代 人で あ るロバー トソンの議論 では信 用創造 は , 単 に 撹乱要因の 一 つ にす ぎない。 に も関わ らず,ハ イエ クにおいて,それが 重要 な意味 を持つのは,
ミ‑ゼ スの影響 による ものであ る とレイ ドラー は述べ てい る r J, a l dl e r ,1 9 9 4,p. 1 0)O
だが, ここで問題 となるの は単 に ミ‑ゼ スの 理論 的影響 だけでな く,彼が現実観察 で知 り得 た事実があ るに もかかわ らず,彼 の理論 の中で は十
分に生 か され なか った こ とであ る。 この問 題 を節 を変 えて 見てみ よう。
4. 理論 と観 察 の ギ ャッフ
理論 におけるハ イエ クの強調点 は,銀行 の信 用創造 による貨幣の追加 的供給 である。 だが, 単に追加的貨幣が供給 さj tただけでは, イ ンフ レー シ ョンが起 こるだけであ り生産構造 には影 響 が で ない はず で あ る ( Hi cks ,1 967) Oハ イエ クが理論 において仮定 した ような経 済では,貨 幣供給 の増加 の影響 は,必然 的 に部 門に よって 異 なるこ とになるO た とえば人々が合理 的期待 を形成 し得 る とす れば,各部 門の人々は他 の各 財 に対す る需要の変化が, 自分が需要,供給 す る財 の価格 に,最終 的 に どの ような影響 を及ぼ すか 予測 で きる ことになる。その結果,人 々は 一斉 に貨幣需要 を変化 させ,単 に各生産財価格, 最終消費財価格 は斉‑的 に上昇 し,相対価格 は 変化せず,生産構造 に も何 の影響 も及ぼ さない であろ う
of 価格 と生産』 にお けるモデルで は, 人 々は合理 的 な期待 形成がで きない。その ため に貨幣利子率 の変化 に惑 わ され るのであ るが, その惑 わ され方その ものは同質的 なのであ る。
したが って,貨幣が,生産 に対 して中立 的で ないのは,ハ イエ クが,現状 分析 において気づ いていた ように,必 要 な ときに必 要 な量 の貨幣 が必 要 な部門に供給 され ない場 合 に限 られ る。
各経 済主体 の将来 に対す る予測 の差異 を認 めな い とすると,需要は各主体共通である。 したが っ て,具体的 な信用制度 に何 らかの問題点があ っ て, 人々に貨幣 を等 しく供給 す るこ とがで きな い, とい うこ とになる。
ハ イエ クは, ア メリカの連銀制度の問題点 と
して,既 にこれ と同 じ指摘 を してい るこ とは既
に述べ た。だが,ハ イエ クは,生産構造 の変化
をあ くまで貨幣利子率 と均 衡利子率 の差 に求め
る.だが,そi tJ J 、 上 にハ イエ クの この ような議
論 は,学 説史的 な流 れの 中で は,やや不 自然 さ
を感 じさせ る。先述 した ように,ハ イエ クの参
考 に したウ イクセル理論では貨幣供給 の増加 は,
理論 の 中でそれ ほ ど大 きな役割 を持 ってい るわ
ー8 9
‑享∠ゝPFFF
になる。これが景気循環の過程である。ハ イエ クの恐慌論では失業は,いわゆる摩擦的失業 に 他 ならないDだが,彼の説明が他の同時代の失 業の説明 と異 なっていた点は,これが比較的長 く持続するのは,労働組合の賃金切 り下げに対 する抵抗 などによる ものではな く,生産に時間 がかか り,最終消費財の生産段階に近ければ近 いほど調整が困難であるとする点 にある ( ハ イ エ クは労働組合 による調整の抵抗の存在 を認め るのだが)。
ハ イエ クは, さらに追加的に高次段階に貨幣 を供給 し,消費財価格の上昇 による相対価格の 変化 を相殺する程度 に高次財価格 を引 き上げる ことがで きれば,恐慌 を防 ぐことがで きる可能 性 は否定 していない。だが,実際の問題 として そのような適当な水準で貨幣供給 を止めること がで きるか どうか, とい うことには疑問 を隠 さ ない。そ もそ もが不適当な貨幣供給 の増加で始 まった生産構造の変化であるのに,事後的な調 整だけうまくやれるとい うことはあ まり期待で
きないか らだ。
ハイエ クの説明する貨幣の生産構造 に対する 影響の経路 は,い くつ も存在 し単純 な物ではな い。彼の方法の最大の問題点であるが,解析的 な手法の不採用ゆえに, どの経路ではどの程度, 貨幣が生産構造 に影響 を与 えるのか, といった
ことが走かではない。
しか し, これ らの問題 を無視す るとして も, ハ イエ ク理論には致命的な欠陥がある。ハ イエ ク理論 には労働市場がないのだ。『 価格 と生産』
の中では,金融市場 と中間生産物市場,最終消 費財市場が存在 し, これ らの間に一般均衡が達 成 されている状態 を仮定す る4 ' O これに対 して 労働 は,本源的生産手段 として現れるが,それ を調達す る市場が存在 しない。 したが って,
『 価格 と生産』の中では,賃金 も雇用量 も決定 されない。失業の発生は,生産構造の変化に過 渡期的に現れる, とハ イエ クは述べ るが,労働 市場が説明の中に明示 されないので,具体的に
‑
8 8‑
文
長期化 した生産過程 と短期化 した生産過程の にどれだけの失業が生 まれるのかは内生的に 決定 されないのである。
さて,ハ イエ ク理論 に従 うと,現実的な貨 は決 して生産 に対 して中立的ではないことが かるだろう。ハ イエ クは新規の貨幣供給が生 構造 に中立的であるためには,生産物の需給 の各段階の比 を変化 させ ないことが必要であ とする。加 えて,貨幣の流通速度 も考慮 しな ればならない。ハ イエ クは,貨幣の流通速度 必ず しも一定であるとは考 えず,通貨当局は 流通速度が速 くなるときには供給量 を減 らし 流通速度が遅い ときは増加 しなければならなし
と考 えたB
だが, この ような貨幣量の正確 なコン トロ ルが果 た して可 能で あろ うか。ハ イエ クは 政府発行の通貨以外の様 々な代替貨幣が存在 ている現実経済では不可能である, と考えて る
5)。ハイエ クは次の ように言 う。
したがって,われわれは,古 くか らの真理 を 認するだけの結果 に到達する。その真理 とは 拡張 をうま く抑制することによっておそ らく 慌 を防止することがで きるであろうが,ひと び恐慌が到来す ると,それが 自然な終鳶 を迎 る前 にそこか ら脱出す るためにはわれわれが しうる こ とは何 もない とい う もの で あ る ( Ha ye k,1 9 31 ,p. 9 9; 邦訳 2 0 2 ‑ 3 頁)
この 「 恐慌 を防止する方法」 とは,すなわ 人々の現在財 と将来財 に対す る時間選好 を反 しないような形での貨幣供給 を禁止すること ある。つ ま り,ハ イエ クは貨幣 を中立的な存 にする必要があることを主張するのであるが そのポイン トは次の二点 にあると考 えられる
( 1 )政府の貨幣供給量のみならず,民間銀行 信用量 も規制で きること。
( 2 ) 必要 とされる時,場所,分野 に達やかな
幣移動がな されること。
基本的 に,民 間銀行の信用創造量 は準 備率 に よって規制 されていることはい うまで もないが, 貨幣発行総量はなん らかの形 で商品 と結 びつ け
られなければな らない とす るのがハ イエ クの主 張である。 また, しば しば見逃 されていること であるが,ハ イエ ク理論 では,必要 な量の貨幣 が必要 な ところに,必要な速やか さで供給 され ることが重要である。 これは,前節 で述べ た よ うにアメ リカの銀行制度 の不完全性 に対する観 察か ら導 き出 した ものである と推測で きる。 こ の ような考 え方は,彼の後年の 『 貨幣発行 自由 化論』 ( 1 97 6 年)につ なが る議論 として注 目に値 する。彼 に とって,最終的に望み うる貨幣供給 の機能 を果た しうるのは市場 だけだったのであ る。
この ように,ハ イエ ク理論 は,貨幣供給 の実 物経済 に対す る影響 に特化 された理論 である。
これは一般均 衡理論 とオース トリア資本理論 の 融合 にさらに貨幣 を導入 して,景気変動 を描 き 出そ うと した ものであるD しか し,本来,一般 均 衡理論 にもオース トリア資本理論 に も貨幣は 明示的 に登場 しない。そ こに貨幣供給 の問題 を 導入 しようとした ときに,大 きな問題が生 じた ( De s ai ,1 982:McCl oughr y,1 9 82) 。彼 の基 礎 としたヴ イクセル理論 においては レイ ドラー がい うように非 中立的 な貨幣は景気循環 に対 し てほ とん ど意味 を持 たず, また彼 の同時代 人で あるロバー トソンの議論 では信用創造 は,単 に 撹乱要因の一つ にす ぎない。 に も関わ らず,ハ イエ クにおいて,それが重要な意味 を持つのは, ミ‑ゼスの影響 による ものである とレイ ドラー は述べ ている ( La l dl e r ,1 9 9 4,p. 1 0)0
だが, ここで問題 となるのは単 に ミ‑ゼスの 理論的影響 だけでな く,彼が現実観察で知 り得 た事実があるに もかかわ らず,彼の理論の中で は十分 に生か されなかったことである。 この間 題 を節 を変 えて見てみ よう。
‑8 91
4. 理論 と観察のギ ャップ
理論 におけるハ イエ クの強調点 は,銀行 の信 用創造 による貨幣の追加的供給 である。だが, 単に追加的貨幣が供給 されただけでは, イ ンフ レー シ ョンが起 こるだけであ り生産構造 には影 響 が で ない はず であ る ( Hi c ks,1 967) 。ハ イエ クが理論 において仮定 した ような経済では,貨 幣供給の増加の影響 は,必然 的に部 門によって 異 なることになる。た とえば人々が合理的期待 を形成 し得 る とすれば,各部門の人々は他 の各 財 に対す る需要の変化が, 自分が需要,供給す る財 の価格 に,最終的 にどの ような影響 を及ぼ すか予測で きることになる。その結果,人 々は 一斉 に貨幣需要 を変化 させ,単 に各生産財価格, 最終消費財価格 は斉‑的 に上昇 し,相対価格 は 変化せず,生産構造 に も何 の影響 も及ぼ さない であろ う。『 価格 と生産』 におけるモデルでは, 人々は合理的な期待形成がで きない。そのため に貨幣利子率 の変化 に惑 わ されるのであるが, その惑わ され方その ものは同質的 なのである
。したが って,貨幣が,生産 に対 して中立的で ないのは,ハ イエ クが,現状分析 において気づ いていた ように,必要 な ときに必要 な量の貨幣 が必要な部門に供給 されない場合に限 られる。
各経済主体の将来 に対す る予測の差異 を認 めな いとすると,需要は各主体共通である。 したがっ て,具体的な信用制度 に何 らかの問題点があ っ て,人々に貨幣 を等 しく供給す ることがで きな い, とい うことになる。
ハ イエ クは,アメリカの連銀制度の問題点 と
して,既 にこれ と同 じ指摘 を していることは既
に述べ た。だが,ハ イエ クは,生産構造の変化
をあ くまで貨幣利子率 と均衡利子率 の差 に求め
る。だが,それ以上 にハ イエ クの この ような議
論 は,学説史的な流れの中では,やや不 自然 さ
を感 じさせ る。先述 した ように,ハ イエ クの参
考 に したヴイクセル理論では貨幣供給の増加 は,
理論の中でそれほ ど大 きな役割 を持 っているわ
芸∠ゝ ii田
けではない。信用創造を景気循環の原因として 取 り上げるのは特にハイエクの主張なのである。
また,ハ イエ クは議論の出発点 を一般均衡が 成立 している状態か ら始める。この手法は,ケ インズ ( 『 貨幣論』 )やロバー トソンも採用 して いた方法であ り,当時の理論的常識か ら見れば おか しなことではない。この状態では貨幣は実 物取引に完全 に結びつけられてお り完全 に中立 的である。この状態 を一つの理想状態 として考 えると,金本位制に対する支持が導かれること になるのである。
しか し,彼の観察 していた世界経済は少な く ともこのような状態ではなかった。当時,正常 な金本位制 を採 りうる力があるのはアメリカだ けであった。イギ リスの金本位復帰は明 らかに 無理があ り,他のヨーロッパ諸国はそれす ら不 可能な状態にあった。ハイエ クはこの問題 を明 らかに認識 している。現実の問題 に忠実な経済 学者であれば,ここで既存の経済学の体系 をそ のまま採用することが不 自然であることに気が つ くはずであった。
この間題は,彼のモデルが閉鎖経済をあつかっ たものであることに直結 している。だが,彼が 観察の中には国際間の金移動 まで含 まれていた はずだ。この間題 まで考慮 に入れ られたとすれ ば,単純な信用創造 による景気循環モデルには ならなかっただろう。
それではハイエクの中の理論 と観察のギャッ プはどこから来たのだろうか。これには次のよ うな理由が考えられる。
( 1 )ミ‑ゼスからの理論的かつ方法論的継承 ( 2)自由主義論的展開への布石
( 3)アメリカ合衆国の金融構造への批判
( 1 )は既 に繰 り返 して触れているように,当 時の理論的背景, とくに ミ‑ゼスの理論か らの 影響である。均衡論体系 を用いて議論すること が当時の経済学 としては一般的であったことは
‑9 0 ‑
文すでに述べた。 しか し経験 よりも理論的枠組み を優先 させるとい うアプリオリズム的方法は, ミ‑ゼスの強 く主張 した方法である。彼 による と,経済学はアプリオリ的で しかあ りえず,観 察その ものが認識枠組みに左右 されるものであ る以上,経験から機能的に理論 を導 き出 した り, 理論 を経験 によって反駁 した りすることはで き ない ( Mi s e s ,1 9 49) 。 したが って,経済学 は仮 定‑命題 とい う演樺的な方法でのみ構築 される ことにな り,現実 とは説明対象ではあって も, 理論 を反駁する材料 にはな りえないのである。
これはハ イエ クの 1 9 25 a 年論文で既 に見 られる ように,観察 された現象 を,ハイエク自身の作 り上げた理論で切 り直そうという試みに現れて いる。
この点 について,ハイエク本人が認めるとこ ろであるが,彼が受けた哲学的教育は初期的に は論理実証主義 の影響下 にある ものであった ( Ha ye k1 9 4 2,p. 5 7 ‑ 8 , )。 しか し,橋本 ( 1 9 91 ) も指摘するように,ハイエクの理論 と実証の関 係 に対する見解 は しば しば変化する
6)。結局の ところ,ハイエクのこの間題についての主張は, 次のような一節に還元 されているように思われ
る。
か くして科学の進歩は,二つの方向に進 まなけ ればならないだろう。我々の理論 をで きるだけ 反証可能にするのは確かに望 ましいことであるO 同時にわれわれは,前進するにつれて,反証可 能性の程度が必然的に低下するような領域 にも 進 まなければならない。これはわれわれが複雑 現象の領域の中に立ち入るのに支払わなければ ならない代価である ( Ha ye k1 9 6 4,p. 29 ,翻訳 1 2 6 頁)0
ハイエクが,中期か ら後期 にかけて取 り扱 っ
た議論は,確かに反証可能性 を示 し得 ないよう
な問題が多い。例えば,彼の有名な 「 社会に分
散 した知識」 という概念は,本質的に反証可能
性 を示 し得 ない議論が生 じる。
だが,おそ らく 1 9 3 0 年前後のハ イエ クの立場 は,そ こまで行 き着 いた ものではなかったであ ろう。 もちろん,オース トリア学派は,メンガー
・歴史学派論争以来,方法論 に対 して大 きな注 意 を払 って きた学派である と言 える。 しか し, ハ イエ クは, ミ‑ゼスや ヴイクセルによる理論 的流れ ( 彼 自身の言葉 による と 「 洗練 された経 済学 」 ) の範 囲内で用 い られて きた きわめて単 純化 された経済モデルを採用 しただけであろう。
理論的連続性 とい う点 に関 して,ケインズの よ うに過去か らの遺産 を蒔躍 な く断 ち切 る場合の 方が例外であ り,現在で も多 くの経済学者 は, 過去か らの遺産の継承 とマ イナー ・チ ェ ンジの 上 に議論 を構築す る。それがパ ラダイム依存性 の強い経済学の一つの宿命で もあろ う. この視 点か ら考 えると,ハ イエ クの態度 は常識的な も のである と言 える。
( 2) もまた ミ‑ゼスの影響 であ る といえるか もしれない。 ミ‑ゼスは,
利子率の引 き下げを経済政策の主要 な目標 とす ることが実業家や政治家の間で支配的なイデオ ロギー となっている。 これは信用の インフ レー シ ョン的拡大 はこの 目的 を達成す るための最善 の手段 で あ る と考 え られ てい るか らで あ る。
( Mi s e s ,1 9 2 9 ,p . 6 0 )
としてお り,早 くか ら政策の手段 として貨幣 を 利用す るこ とに反対 している
7)0『 価格 と生産 』
の理論 はやが て , 「 商品準 備通貨制度」 を通 じ て ,4 0 年ほ ど後 になって提 出 した 『 貨幣発行 自 由化論』 につ なが ることを考 えれば この考 え方 は説得力 を持つ。ハ イエ クは景気循環の不可避 性 を指摘す ることによって政府の経済 に対す る 裁量的介入 を批判 したのである。 これはある意 味で 自由主義的解答が初めか ら用意 されていた
ことも意味する。
( 3) は,ハ イエ クが,閉鎖経 済 を取 り扱 って
いることに現れている。ハ イエ クは,国際間の 金流通 まで も視野 に入れていなが ら,彼 の景気 変動論の中では国際取引が現れることが ない。
また,当時金本位制 を採用す ることが可能 なほ どの金保有があ ったのはアメ リカ しかない こと を考 えれば,彼の議論が アメ リカの政策批判 と してなされた ものであったことは容易 に理解で きるであろう。ハ イエ クは次の ように言 う。
各国の,特 にアメ リカの中央銀行 は,信用拡大 政策 による不況政策 をいち早 く, これ までにな く熱心 に,行 って きた。 しか し,その結果 は, 不況が これ まで経験 したことが ないほ ど長 く続 き, しか もます ます深刻 になった。 したがって, 今必要 なことはデ フレが発生す る前 に存在 して いて,当時産業界が借 入れ をす ることが不利 と していた生産お よび価格構造 における諸要素の 再調 整 なの で あ る ( Ha ye k1 9 2 9 ,p . 2 0 , 邦訳 4 ‑ 5 頁)0
つ まり,各国同時 に起 こっている不況の中で 彼が特 に問題 としているのは,それ まで好況で あったアメリカで発生 した不況だったのであるo
Lたがって,第一次世界大戦後 ヨーロッパ を襲 っ た不況 な どを含めた 「 世界恐慌」の説明ではな かった と考 え られる。
しか し, この当時の アメリカの金融制度の不 備 は,単 にアメリカの内政的な問題ではな く, 第一次世界大戦終了後のポ ン ドか ら ドルへの基 軸通貨の転換 にアメリカが無関心であったこと とも大 きく関係 している。 したが って もしハ イ エ クが,彼 自身が観察 していた ように,開放経 済 を前提 とし新機軸通貨国 としてのアメリカと い う概念 を導入 しなが ら,理論 を構築 していた な らば,一連の景気変動論 とは異 なった もの に なった可能性 は少 な くないのである。
5 .結 び
ハ イエ ク理論 は,その登場直後一世 を風廃 し
91‑≡ ∠ ゝ
戸阿
なが らも,現代 にはほ とん ど何 も残 してはい な い ( ルー カス らによるアイデ ィアへ の言及 はあ るが)。 しか し,それ はその理論 に内在 す る矛 盾や問題 点 に よる よ りも,世界恐慌 と 『 一般理 論』 の登場 とい う 「 現実 的」 な原 因 に よる もの であ った。ハ イエ ク理論 を信 じてケ イ ンズ と対 立 したロ ピンズは,後 に 自分 の現状認識 の甘 さ
を後悔 してい るが,ハ イエ ク自身は,現実観察 において大 きな過 ちを犯 している とは言 い難 い ことを本稿 では見 た。
む しろ,彼 の失敗 は理論構 築 を行 うときに彼 の得 た観察 を十分 に利用 で きなか った点 にあ る と言 える。 しか もこれは彼 の能力 の問題 で はな く,方法論 的障害 に よる ものであ った こ とを示 した。
ハ イエ クは後 にケ インズの 『 一般理論 』が時 事 的で 「 一般」 的で はない と しなが らも ,1 9 3 0 年当時の異常 な事態 の議論 と してはケ イ ンズの 方が適 当であ った こ とを認 め ざる を得 ない とい う結論 に達 してい る ( 明言 は してい ないが,彼 の理論 的説明 を読 む とそ うなる 。Ha ye k,1 9 41 , 第 2 6 章参 照)。 しか し, これ は好 景気 と恐慌 の
「 一般 的」表現 を目指 した理論 としては問題 が あるだろ う。
ハ イエ クの採 った態度 は,時代 の転換 点 に遭 遇 した ときの経済学者 の立場 の難 しさを象徴 し てい る とい う点で,現在 のわれわれ に も共通 す る問題 であ る。 自分 と自分 の主張 の相対化 の難 しさは,社 会科学者が抱 えた深刻 な障害 なので あ る。む しろ,ハ イエ クが先述 した ような方法 論 的態度 に到達 したのは, この ような問題 に対 す る考察 の結果 ではないだろ うか。
注
1) 実際 には, ミーゼスがデ ィレクターの一人を務め ていた会計庁
( Abr e c hnungs a mt )
での非常 勤職員 がハ イエ クの最初 の仕事 であ る。 ここは平和 条約 の財政条項 を実行 に移す ための準備 をす るための 公的機 関であ り,ハ イエ クは1 9 21
年 か ら27
年 にか文
けて ここで勤務 してい る。
2)
グ レイ( Gr a y,1 9 82)
の作 成 した リス トに よる と, 刊 行 され た論 文 と して最 も古 い もの は1 9 24
年 に ZeitschnjtjTurVolkswirlschajtuγuiSozialpoli批 誌上 に発 表 された 「金本位制 の安定性 問題」 と題 す る論文が最初であ る( Ha ye k,1 9 2 4)
。3)
ハ イエ クが,1 9 28
年 当初の論文 で10月頃の株価暴落 を予測 していた とす る主張 につ いては,少 な く と も論 文 と して刊 行 され て い る もの の 中 で は 確 認 が とれ なか った(c
f
.Skous en,1 991;1 9 9 4;
Lai dl er ,1 99 4) 0
4)
ハ イエ クは ヴ イクセル に倣 って総資本価値 を所与 と し,中間生 産物市場 を仮定 してい るが, これは 不適 当 な仮定 であ る。 なぜ な ら,生産期 間が利子 率 と利潤率 の関係 か ら内生 的 に決定 され る以上, 必 要 とされ る総資本価値 も中間生 産物市場 で決定 される資本財価格 に基づ いて内生 的 に決 まるはず である。5) マ‑ゲ ッ トの 『価格 と生産』 に対す る書評 の結論 は,皮 肉 に満 ちてい る。彼 は,ハ イエ クの結論 は 裏返せ ば, 中央銀行が,遠 い将来 には 「神 の ごと き賢明 さ」 で,最適 な貨幣供給 を行 うこ とがで き る可能性 が あ る とい うことを示 してい る, とした
( Ma r ge t1 93 2)
。 これがハ イエ ク理論 の正 しい解 釈 であ るこ とはい うまで もない。 なお,彼 の書評 はハ イエ ク理論 の中 にあ る成長論へ とつ なが る要 素 を兄い だ した もの と しては最 も早 い ものである と思 われ る。6) ロー ソ ンもまたハ イエ クの方法論 が連続 的 に変化 してい るこ とを指摘 してい る
( La ws o n,1 9 9 4)
。だ が, ロー ソンはそれ をハ イエ クの混乱 と して捉 え るので はな く, む しろ,理論 の相対化 と しての実 証 ,実証 の相対化 と しての理論 とい う形 で研究 を 続 けてい くうちに,超越論 的 リア リズムへ至 ったと してい る。
7) フ ィッシャーの信用 一負債循環理論 とハ イエ クの 過剰信用理論 を比較す るセ ッカ レシア も,ハ イエ クの理論 の背後 に,ハ イエ クの 自由主義論 を見て 取 る
( Se c c ar e c ci a,1 9 9 4,pp. 6 3 ‑ 4)
o参考文献
De s ai ,M.( 1 9 8 2) ," TheTas kofMone t ar yThe or y"i n
‑9 2 ‑
Ba r a nz l nl ,M.e d. ,Ad, i . a, I J C e
Sm Ec o T L O
7T
L, L CThe ‑
071i/ ,Ne w Yor k,SLMar t i n.
Gr a y
,J .N.( 1 9 8
2) ," Bi bl l O gr a P hyo fFr l e dr l C hA.Ha y e k
:'L7 / t e ml u , r eo /i, l b er l . L j , Wi nt er .
橋本努
( 1 9 91 ) ,
「ハ イエ クの迷宮 :方法論的転換 問題」,『現代思想
』 ,Vo l . 1 9‑ 1 2.
Ha yek,F.A.( 1 92 4) ," DasSt a bl l l S l er ungS pr Obl em l n Go l dwa hr ungs an de
rn,''ze L L s c / mfLfurVol k s wL r l ‑ s c ha ftu1 7 dSo z7 al poI L t t k ,N. S . 4,pp. 367 ‑ 9 0.
Ha ye k,F.A.( 1 9 25 a ) ," Di eWahr ungs pol i t l kde rVe r e1 ‑ mg t e nSl a a t e ns ei tde rUber wl ndungde rKr ei s e von1 9
20 ,
"ze L t S C / m jt furVoL ks wms c ha JtL md So
2, L a , l po l 7 t
Lk ,N. S
.5 ,Vo
l.1 ,p p. 25 ‑ 6 3,Vo l . 4‑ 6,pp.
25 4‑ 31 7 ,PP. 2 55 ‑ 6 3.
Ha ye k,F.A.( 1 9 25 b) ," Da sAme r l ka nl S heBankwes en s e l tderRe f or m von1 9
14 : 'De rOs l er r e ? ′ c h7 S C h / e Vol k s u ) L
rt ,1 7 ,pp. 7 9 4‑ 6,82 2
14,9 06 ‑ 8.
Ha y e k,F.A.( 1 9 2 9 /1 9 3 3 ) ," Ge l dt he or l eundKon j unkt ur ‑ t he or
le
"L nMo7 i el ( t r y Theor yC md t heTr ade CL y C
le ,Lo ndon,t r a ns .b yKa l do r ,N.a ndCr o o me
, H.(古賀勝次郎訳,
「貨幣理論 と景気循環」,
『ハ イエ ク全集1
』 春秋社,1 9 8 8
年所収 ).Ha y e k,F.A.( 1 9 3 1 ) ,P7 7 C e Sa7 1 dPr o duc t L
OT7 ,Ne w Yor k
,Ke l l e y
(谷 口洋志訳 『価格 と生 産』,
『ハ イエ ク全集
1
』春秋社,1 9 8 8
年所収 ).Ha ye k,F.A.( 1 9 37 ) ,Pr o f7
ls ,ht t er e s t ,aJ L dhL 7 1 e S l ment
,London,Rout l e dge
(加藤寛他訳,『
利潤,利子および投 資』
,
『ハ イエ ク全集2
』 春秋社,1 9 89
年 所収).
Ha ye k,F.A.( 1 9 43 ) ," ACommodl t yRe s er veCur r e nc y
,Ec oγ 乙 O mL CJou
777al ,5 3
(憲治元郎 .嘉治佐代言札「商品準備通貨
制 度 」(
『個人主義 と経 済秩序』,『ハ イエ ク全集
3』
,春秋社,1 9 9 0
年所収 ).Ha yek,F.A.( 1 9 6 4/1 967 ) ," The Theor y ofCompl e x
Phe nome na,l nSt ′ udZ e SL 7 1Pht l o s o py ,Pol 7 t 7
CS,a? z dEc o 7 WmL C S ,Chi c a go,Unl Ve r S l t yO fChl C a gO
(杉 田秀一訳,
「複雑現 象の理論」,
『現代思想』,Vol . 1 9‑ 1 2
,1991年).HI C ks ,J .R.( 1 9 67 ) ," Ha ye kSt o
ry
"l nC7 7t L C ( 1 , I ,Es s ays
L 7 7 /Mo7 7 e
Fa77 jTJ 〜 e o 7 7 J ,oxf or d,oxf or dUnl Ve r S l t y Pr e s s
(江沢太一 ・鬼木南訳 「ハ イエ ク理論 の再検討
」,
『貨幣理論』東洋経 済新報社1 9 7 3
年所収).Lal dl er ,D.( 1 9 9 4) ," Ha ye konNe ut l ‑ alMone ya ndt he
Cyc l e ' 'i nCol onna,M.andHa gemann,H.e ds .
,Mo 7 そ e yC l / 7 L dB, L L S , l , r t e S SCL / C l e ,Ve r mont ,Edwar d El ga
r.Laws on,T.( 1 994) ∴̀ Rea l l Sm and Hayek:A Cas eof Cont mul l l gTl ̀ anS f or ma t i on"1 nCol o nna,M. e t . a 1 . ,7 l heCa pJ l t ( I l , i s m,So c ? al 7 S 7 T Z a7 7 dK1 7 / O u ) l e dge
,Ve r mont ,Edwar dEl ga
r.Mar ge t
,A.W.( 1 9 3 2) ," Re vi e w of P7 てC e Sa7 L dPr oc i uc 一 托
07%,
"Jour 7 7 alo fPoL 7 t
7/C atEc o7 7 Omy,Vol . 40
,Ap
rl l ,pp. 26ト6.
Mc Cl o ugh
ry, R.( 1 9 8 2 ) ," Ne ut r a l i t ya ndMone t ar yEqul l l l br l um・aNo t eonDe s a i ' 'l nBa r a nz l nl ,M.
ed
.,Ad7 1 07 L C e Sm Ec o 7 7 0mL CThe or y,Ne w Yor k,S t . Ma r t i n.
McCor ml
Ck,B.( 1 992 ) ,HayekaT 乙 d t heKel j 7 L e S
LCmAl . ul c mc j
Ze ,Ne w Yor k,Hal Ve S t e
r.MI S e S , L.( 1 9 4 9 ) ,Hum( m Ac t , L
m? ,Ne w Yor k,Ya l eUnl V.
Pr es s
(村 田稔雄訳 『ヒューマ ン ・ア クシ ョン』, 春秋社,1 991 年) .
Seccar ecc
la,N L ( 1 99 4) ," Cr e dl tMone yand Cycl l Cal Cr l S e S :t l l eVl e WSO fHa y e kandFI S he rCompa r ‑ ed' '1 n Col onna,M.and Hagemann,H.eds
HMo7 7 e yC l J 〜 C IB
,L L S , L 7 1 L e S SC. l j C l e ,Ver mo
nt ,Edwa r d El gar .
Skous e n,A / i( 1 9 91 ) ,Ec o
77 0 mL
CSO 7 7Tr u
zl , I l l l nO
IS ,Do w J ones ‑ I r wi n
(原 田和 明 ・野 田麻理子訳 『経 済学 改造講座』 日本経済新聞社,1 991 年).
Skous en,M.( 1 9 9
1),̀ ̀ TheGr e a tDe pr e s s l On' 'l nBoe ト t e k e ,P.J .e d. ,
77L eEd g
arCc l mPn7 0 花 t OA7 J
St 7 7 a7 1 Ec o7 乙 O m?
CS ,Ve r mont ,Edwar dEl ga
r.Tr a ut we
ln,H.( 1 9 9 4 ) ," Ha ye k' sDoubl eFal l ur el nBus 1 ‑ nes sCy
cleTheor y・A Not e' 'l n Col onna,M.
a ndHa gemann,H.e ds . ,Mor z e ya7 7 dBJ l / S L ′ 7 〜 e S S Cyc l e ,Ve r mont ,Edwar dEl ga
r.‑9 3
論 文
Ha ye ka ndTheGr e a tDe pr e s s i o n
Sus umuEGASHI RA Thepur po s eo ft hi spa pe ri st os t ud yt her e l a t i o ns hi pbe t we e nF. A .Ha ye k' S t he o r ya ndhi so bs e r va t i o nont her e a le c onomy.Hi se a r l ywo r ks ,wr i t t e ni n Ge r ma n,di dno twho l l yr e f l e c tonhi smone t a r ybus i ne s sc yc l et he or y;S ome c r i t i c a lga pl i e sbe t we e nt he m,a ndhi sdi s r e ga r df o rs e ve r a li mpor t a ntf a c t o r s l e dhi m t of o r mul a t eaf a ul t yt he o I Y.
Wea r ec o nc e r ne dn o twi t hpo i nt i n go utt hel i mi t a t i o nso fHa ye k' st he o 叩 ,but wi t hc o ns i de r i ngt her e a s onwhyhi st he o r ya ppe a r st oha vet a ke npr e c e de nc e o v e rhi spr e vi o uso bs e Ⅳa t i o ns .Thef i r s ts e c t i o ni sa ni n t r o d uc t i o n.I nt hes e c o nd s e c t i o n,wes uⅣe yhi swo r ks ,whi c hwe r ema i nl yc o mpo s e di nhi sAu s t r i a nda ys . Thet hi r ds e c t i o ns ho wst heo ut l i neo fhi sbus i ne s sc yc l et he o r y ,t he n,i nt he f o ur t hs e c t i o n,Wec o n s i de rapo s s i bl ee x p l a na t i o nf o rt hega pbe t we e nhi st he o ‑
r