エミリー・ディキンスンが死んだのは一八八六年︑明治十九年であ
った︒五十五年の生涯は︑ほぼ一年間の寄宿生活をのぞけば︑ほとん
どニュー・イングランドはアマーストの父母の家に閉じこもったまま
であったといってよい︒職業詩人ではなかったから︑もちろん︑世間
は彼女の存在を知る由もなかった︒その書き残した詩が︑決定版とし
て集注版の体裁で出たのが一九五五年になってからであり︑つい近年
になって本格的研究が始まったのである︒一七七五篇を収録する︑こ
の集注版の出現はアメリカ詩の研究史上画期的であるが︑最近におい
てでは︑修正を求めるような調査報告も出はじめた︒
彼女は時代に先んじていた︑とよく評される︒あるいはそうかも知
れない︒彼女が最も詩に打ち込んだ一八六二年は︑フランスでシャル
ル・ボードレールが﹃悪の華﹄の第二版の出版後で︑病に冒されはじ
めながら︑﹃パリの憂麓﹄として知られるようになる散文詩の制作を
エミリー・ディキンスンの可ふるさとL︵輪島士郎︶
■■■■■■
エミリー・ディキンスンの可ふるさと﹂
いつも有難いことが一つあります1人はその人自身であって他の
誰れかではないということです︒ 続けていた頃にあたる︒一方︑英国では︑これも二十世紀の英詩に衝撃を与えるジェラード・マンリー・ホプキンズが十九才であり︑まさに詩作を始めていたのである︒すぐれて個性的な詩人は︑すべて︑
人間の魂を洞見することにおいて世人に先んじることは慥かである︒
だが人間のこころそのものは︑そう変わるものではあるまい︒こころ
の中の暗部に新しい照明が投げかけられると︑今までと違った様相を
露わにするにすぎない︒しかしもしも変化するところがあれば︑それ
は深い海の波立つ水面に似ている︒
︵1︶
とポードレールがうたって﹁自分の魂をみつめること﹂に沈潜していた時︑エミリー・ディキンスンは静かに鉛錘を降ろして︑人のここ↓
ろ︑というより︑自分のこころを測ったのだ︒詩人が時代の水先とな
るといえるなら︑それは︑詩人が新しい人間だからではなくて︑未知
の暗礁を指し示すからなのだ︒そしてそれは︑あくまでも自分のここ つつ人と海よ君たちはともに暗黒で慎しみ深い
ほか人よ︑君の心の深淵を測った者は誰もいない︒
輪島士
三
七 郎
441
︵3︶
とうたったことはよく知られている︒ポードレールといい︑ズといい︑エミリー・ディキンスンも含めて︑その文学は︑
う﹁人間の文学﹂に連なるものである︒ ろの探索であった︒﹁ソート−7.汝自身を探検することだ?./その中に自ら見つけるだろう/﹃未発見の大陸﹄をl﹂というのがあるが︵P八三二︶︑ソートーとは︑もちろんペルーなどの探検で有名なス
︑︑ ︑︑
ペインの探検家のことである︒己れのこころの開拓が人間の開拓になるのである︒﹁人間の文学﹂は何世紀もの歳月を無にする主題をもつこころている︑それは﹁われわれ互いの精神に係わる主題﹂なのだ︑と彼女
︵2︶
自身が︑ある詩の中で証言している︒ちなみに︑ホプキンズについて一言すれば︑彼は人間のこころの奥深さを髻えて︑
一一
あの恐ろしい他人l意識
エミリー・ディキンスンが全く世間と没交渉で︑常に白の服装で自 する︒
︵3︶W・H
大学.
へ へ 戸
2 1 註
一 一 臼
こころこころ
おお精神︑精神には山がある︑落下の絶壁恐怖の︑切立った︑どの人間も測ったことのないような︒
可人と海Lから︒佐藤朔氏の訳による︒
T・H・ジョンスン編司エミリー・ディキンスンの詩し︵ハーヴァード大学・一九六三・第三版︶︑第一巻︑二九五頁︒以下このテキストに付された詩の番号により︑P三七一のように本文中に記すことにエミリー・ディキンスンの可ふる式〒とL︵輪島士郎︶
・ガードナー編司G・M・ホプキンズの詩鴎︵オクスフォード
一九六一・第三版︶︑一○七頁︒
ホプキン彼女のい 分の部屋に閉じこもるようになったことについては︑いろいろな猯摩憶測がある︒失恋の結果︑自らを尼僧と化したという考えがある︒異常を通り越して精神分裂症のあらわれだとさえいわれることもある︒真偽は別として︑いずれも安易な仮想である︒とくにあとの考えについては︑デモクリトス流に︑狂気のない大詩人はない︑とばかりに︑分裂症的心性を疑うことによって詩人を﹁神聖化﹂したい気持も手伝ってのことであろう︒彼女の伝記的事項はさて措くとしても︑詩や散文︵彼女の場合に散文は手紙のことである︶に︑狂気︑あるいは狂気を意味する語が多いのは事実である︒だが読者は次のような詩を注意して読む必要がある︒これを読んで︑エミリー・ディキンスンが詩人以外の何者でもないこ
とを知るには︑特別﹁明敏な目﹂を必要としない︒詩人は世間の常識を
疑問視する︒常識は多数決によって採用されたものに過ぎない︒﹁正
気﹂として通用しているだけである︒少数派が﹁狂気﹂といわれるの 大狂気はいとも神聖な意識l明敏な目には1大分別l正真正銘の狂気lそれが大多数なのだこの中で︑すべてとして通用しているl賛成すればIあなたは正気l反対すればllあなたは直ちに危険人物lそして鎖をもって扱われるI
︵P四三五︶
八
だ︒数の問題だ︑というのが彼女の変わらぬ信念だった︒﹁狂気は正
気の人々には余計なものに見えるのです﹂と手紙に書いている︑﹁l
が私はただ一人ですし︑かれらは﹃四十四人﹄なので︑数というその
︵1︶
小さなことで私は無力にされるのです︒﹂彼女の﹁正気﹂の探求は仮借ないものであった︒その探求は常に曇
りない意識を必要条件とする︒険しい岩山も霞がかかれば抹殺されて
しまうように︑﹁霧さながらの曇りが/意識をすっぽり包む﹂と︑そ
れは﹁苦痛よりも差し迫った﹂ところの﹁生の倦怠﹂といわねばなら
ない︵P三九六︶︒彼女にとって︑それは死を意味した・だから﹁あ
の恐ろしい他人l意識﹂︵P一三二三︶に直面することが彼女の
終生の課題であった︒自分の中に入り込んだこの余所者と︑時には折
り合いをつけようとし︑時には対立したままで︑時には駆遂しようと
して彼女の日々は過ごされた︒実際︑意識をこれほど詩の題材にした
詩人は︑後にも先にも︑英米にはまずないといってよい︒それはほと
んど︑意識の科学と呼んでもいい位の関心であった︒
意識の科学といえば︑同じニュー︒イングランド出身のウイリアム
・ジェームズの﹁心理学の原理﹄が発表されたのが︑エミリー・ディ
キンスンの死後四年目の一八九○年︑またエトムント・フッサールが
﹃論理学研究﹄第一巻を世に問うたのは︑それより更に十年後の一九
○○年であることを考え併せると大変興味深い︒というのも︑これら
二十世紀思考の先駆的役割を果たした学者が関心を示した問題の或る
ものは︑すでに見事に︑隠栖の一女性の走書きした詩に劇化されてい
た︑と断言しても決して誇張ではないからである︒
ことわっておきたいのだが︑フッサールによってエミリー・ディキ
ンスンのすべてを解釈しようとしているのではないことだ︒ただ彼の
エミリー・ディキンスンの司ふるさとL︵輪島士郎︶ 現象学の方法が︑彼女の認識様式と大変似通ったものをもっていることが私の興味のひくことなのである︒もともと︑詩は本質的に現象学の方法と共通のものを備えている︒だがそれ故にまた現象学を越えるのでもある︒詩は︑なんの膠着した先入感なしに事象そのものへと向い︑同時に︑先入感を構成している常識を逆手にとって︑日常の言葉に︑新しい︑今まで自覚されないままになっていた存在を開示するものである︒詩は︑エミリー・ディキンスンが日常の﹁正気﹂を疑問視したように︑またフッサールが日常的な無反省の﹁自然的な﹂態度︑︑︑︑︑︑︑を﹁妥当の外に措く﹂ことによって︑﹁客観的世界を括孤に入れるこ
︑︵◎色︶
と﹂を説いたように︑われわれが当然だとして省みなかった人間の現実を︑人間の意識に照らして表現し直すものである︒この意味で︑何よりもまず︑彼女が自己意識に向ける執勧な凝視ときびしい分折は︑フッサールのあの厳密な現象学的還元への努力にのみ比べることが出来ると思ったのである︒一例をあげよう︒フッサールが﹃内的時間意識の現象学﹄︵一九二八︶で展開した時
間論で︑意識流の観念を導入したが︑この観念についてはジェームズ
︵3︶
から影響を受けたことを︑フッサール目身はっきりと認めている︒そのジェームズが﹃心理学の原理﹄の中で︑主観的生の第一の事実とし
て︑思考の流れ︑意識の流れを指摘したことは周知の通りである︒だ
が︑詩人エミリー・ディキンスンにとって︑思考︑意識の連続は発見
ではなくて︑自明の事実であった︒彼女にとって衝撃的な発見は︑思
考と意識の流れの直中に深淵が横たわっていることの確認であつ〃たの
である︒﹁その深淵を掘り返しつつ︑/狂気を覚え︑一度か二度/あ
シ﹄︾﹂アハ一んぐりと口を開く意識をもった/日常の精神﹂︵P二三三︶の発
見であった︒日常のこころの中に﹁あんぐりと口を開く意識﹂が存在
九
439
前連においては思考の断絶は空間的形象を与えられているのに対し
て︑後連は時間的な感覚が導入されている︒但し注目すべきは︑それ
は通俗的な時間意識とは少々違うことである︒すなわち︑﹁後ろの思
考﹂︑﹁前の思考﹂を簡単に過去︑未来といい替える訳にはいかない︒
実際︑この詩の末二行には︑そうした既成の概念をよせつけない︑強
烈な臨場感がある︒﹁連続がほぐれる﹂イメヂは︑意識の流れによって形成された自己が︑転がりながら次第に小さくなる毛糸の毬のよう
に︑どうしようもないままに分解してゆき︑展開しつつ退いてゆくた︑︑︑︑めに︑いまをいまとして意識的に捕捉し得ない状況を表現しているよ︑︑︑︑うに思われる︒この場合︑﹁後ろの思考﹂とは︑ひとたびここにいま することの恐怖感は︑殊更に感情をおし殺して記述された次の詩においては︑自己同一の解体感と結びついて︑かえって生々しい戦快を与えている︒
後ろの思考をわたしは継ごうとした
前の思考へとl
つづきだが連続がほぐれて音もなく
毬のように1床の上を︒ こころわたしはわたしの精神の中に割れ目を感じたlあたかもわたしの脳が裂けたごとくlわたしは合わせようとしたl継ぎ目と継ぎ目をlだがぴったりさせることが出来なかった︒ エミリー・ディキンスンの可ふるさとL︵輪島士郎︶
︵P九三七︶
︑︑
の思考としてあったものであり︑一方︑﹁前の思考﹂は︑やがてここ・︑︑
いまへやって来るものである︒これら三つの位相を含む︑流れゆく統シークウエソス一が︑﹁連続﹂なのだから︑フッサールの表現では︑ちょうど﹁流
︵4︶
れている現在﹂に相当する︒つまり︑単なる時間の流れを表わしているのではなくて︑立ち止まりつつ流れゆく﹁恒常的に機能する自我の
存在様態﹂を構成するのである︒従って﹁連続がほぐれる﹂ということ↑
は︑その恒常的自我が自らを最早自己同一としてとらえることが出
来なくなった状況を指している︒この詩の醸し出す恐怖感は︑﹁前の
思考﹂と﹁後ろの思考﹂の間に断絶が生じたことにあり︑いい替えれ︑︑︑︑ば︑いま・ここの意識が欠落したことである︒この意識の深淵が前後の
︑︑ ︑︑
思考の同一視を拒んでいるのである︒いつの間にかいまでありここで︑︑
ある現点をつぎつぎ失ってゆく︒﹁永久はいまによって構成される﹂︑︑
︵P六二四︶のであって︑一切の時間はいまがつくり上げるものであ︾るのに︑失いつつある時間を意識できないのだ︒
わたしたちには失う時間がわからないのだI
恐ろしい時間がある
そしてその基本的な場を
確実なものの間に占めるl
しっかりした外観が膨脹させるのだトランプをl機会をl友をI
影の詮固性を
その実体は砂なのにI
︵P二○六︶