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見学した博物館の展示について

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見学した博物館の展示について

著者 宮澤 麻理

雑誌名 金大考古

巻 37

ページ 6‑7

発行年 2001‑12‑21

URL http://hdl.handle.net/2297/2879

(2)

− 6 −

騎兵が戦場で活躍していたことは事実である。

重 装 騎 兵 自 体 は 、 決 し て 絵 空 事 で は な い 。 技 術 的 な 理 由 に よ っ て 、 重 装 騎 兵 の 威 力 を 軽 視 す る の は 誤 り で あ ろ う 。 む し ろ 、 技 術 的 に 困 難 で あ る こ と が 重 要 な の で は な い か 。 あ る 技 術 の 習 得 が 困 難 で あ れ ば あ る ほ ど 、 習 得 し た 者 へ の 畏 怖 の 念 は 増 す こ と に な ろ う 。 で あ る と す れ ば 、 重 装 騎 兵 の 威 力 に つ い て も 、 物 理 的 な も の と 同 時 に 、 心 理 的 な も の も あ っ た の ではないかと考えられる。

こ こ で 、 も う 一 度 、 信 長 軍 の 長 槍 に 戻 る 。 扱 い に く い か ら と 言 っ て 、 単 純 に 、 不 正 確 な 復 元 で あ る と か 、 実 戦 用 で は な い 、 と い っ た 断 定 も で き ま い 。 極 端 に 長 大 な 槍 を 装 備 す る こ と 、 そ れ 自 体 に 重 要 な 意 味 が あ っ た か も し れないのである。私は、以上のように考える。

さ て 、 最 後 に 、 印 象 に 残 っ た 点 に つ い て 書 いておこう。ここでは、復元図や人形、模型、

実 際 に 手 に 取 る こ と の で き る 複 製 品 を 駆 使 し た 展 示 が 多 い こ と が 、 特 に 印 象 に 残 っ た 。 遺 物 は 、 か つ て 作 り 使 わ れ た 各 種 の 道 具 ・ 物 質 文 化 の 「 化 石 」 で あ る 。 従 っ て 、 遺 物 を 残 し た 人 々 の 、 生 活 ・ 文 化 ・ 社 会 的 な コ ン テ ク ス ト に 照 ら し て こ そ 、 そ の 遺 物 の 歴 史 的 な 意 義 付 け が で き る わ け で あ る 。 遺 物 が 、 ガ ラ ス ケ ー ス の 中 に 並 べ ら れ た だ け で は 、 単 な る 鑑 賞 の 対 象 、 骨 董 品 で し か な く な っ て し ま う 。 見 学 者 に 展 示 品 の 持 つ 意 味 や 重 要 性 を 正 し く 伝 え る た め に は 、 こ う し た も の の 活 用 は 大 き な 意 味 が あ る と 思 わ れ る 。 残 念 な が ら 、 時 間 の 関 係 で 、 少 々 慌 た だ し い 見 学 で は あ っ た が 、 有 意 義 な も の で あ っ た 。 ま た 、 卒 業 生 の 活 躍 の 一 端 に 触 れ る こ と が で き た の も 、 大 き な 収 穫であろう。

註 1)深井・田辺1983:120-139参照 2)相馬1977

3)だからこそ鐙があったはずだ、という主張もある(増

1970:155)。しかし、今のところ、実物・図像ともに知ら

れていない。

参考文献

相馬隆1977「胡騎考----安息の騎兵に就いて」

『流砂海西古文化論考 (山川出版社)』 深井晋司・田辺勝美1983

『ペルシア美術史 (吉川弘文館)』 増田精一1970「パルティア・サルマタイ」

pp.152-178

『 漢 と ロ ー マ 』 護 雅 夫 編 ( 平 凡 社 )

見学した博物館の展示について

宮澤 麻理

3年

月 日に、滋賀県への見学実習があり、滋

11 29

賀 県 立 琵 琶 湖 博 物 館 と 、 滋 賀 県 立 安 土 城 考 古 博 物 館 、 そ し て 能 登 川 町 神 郷 亀 塚 古 墳 の 発 掘 現場を見学した。ここでは つの博物館につい 2 て 、 そ の 展 示 の 方 法 に 注 目 し て 感 想 を 述 べ た いと思う。

最 初 に 見 学 し た の は 滋 賀 県 立 琵 琶 湖 博 物 館 である。 展示室:琵琶湖のおいたち、B展示 A 室 : 人 と 琵 琶 湖 の 歴 史 、 C 展 示 室 : 湖 の 環 境 と 人 々 の く ら し 、 D 展 示 室 : 淡 水 の 生 き 物 た ち(水族館 、という構成となっている。博物 ) 館全体の規模が大きいことにまず驚いた。 展 A 示 室 で は 、 約 億 千 万 年 前 か ら の 自 然 環 境 の 2 5 変 遷 や 、 研 究 ・ 調 査 現 場 の 再 現 、 化 石 ・ 岩 石

・ 鉱 物 の 標 本 な ど が 紹 介 さ れ て い る 。 研 究 ・ 調 査 現 場 の 再 現 は 、 展 示 と し て 示 さ れ る 研 究 結 果 が 、 ど の よ う に し て 導 き 出 さ れ る の か を 知 る こ と が で き る の で 良 い と 思 っ た 。 B 展 示 室では、世界最大規模の淡水貝塚「粟津貝塚」

の は ぎ と り や 丸 子 船 の 複 製 が 目 を 引 い た 。 ま た 琵 琶 湖 の 大 洪 水 に 関 す る 展 示 で は 、 床 に 物 差 し 状 の 柱 が 立 て て あ り 、 天 井 近 く に 木 の 枝 などを水面に浮いているかのように設置して、

洪 水 時 の 水 位 の 高 さ を 示 し て い る の が 面 白 い と 思 っ た 。 C 展 示 室 で は 水 道 が 設 置 さ れ る 以 前 の 家 庭 の 様 子 な ど の 復 元 や 、 琵 琶 湖 の 自 然 環 境 な ど 、 幅 広 く 展 示 が 行 わ れ て い た が 、 時 間 不 足 で す べ て を 見 る こ と が で き な か っ た 。 ど の 展 示 室 で も 展 示 品 を 見 る だ け で な く 、 実 際 に 触 れ て み た り 、 動 か し て み た り と い っ た 工 夫 が 随 所 に み ら れ 、 幅 広 い 年 齢 層 の 人 が 楽 し め る 展 示 と な っ て い た と 思 う 。 ま た 導 線 が は っ き り し て お り 見 学 順 序 が 分 か り や す か っ た 。 機 会 が あ れ ば ま た 訪 れ た い と 思 っ た 。 神 郷 亀 塚 古 墳 の 発 掘 調 査 現 場 見 学 後 、 最 後 に 滋 賀 県 立 安 土 城 考 古 博 物 館 を 見 学 し た 。 弥 生・古墳時代がテーマの第 常設展示室と、安 1 土 城 を 中 心 と し た 中 世 か ら 近 世 の 城 づ く り を 展示した第 常設展示室がある。博物館の概要 2 を 説 明 し て い た だ い て か ら 、 展 示 室 を 見 学 し た。第 常設展示室では、弥生時代の農具や古 1 墳 時 代 の 装 飾 品 、 馬 具 な ど を 実 際 に 使 用 し た 様子が、人形によって再現されていた。また、

古 墳 の 石 室 も 復 元 模 型 が あ り 、 理 解 し や す い

のでよいと思った。第 常設展示室では、安土 2

城 跡 の 発 掘 調 査 に よ っ て 本 来 の 大 手 道 が 明 ら

か に な っ た 過 程 が 模 型 で 説 明 し て あ り 、 興 味

深 か っ た 。 し か し 、 織 田 信 長 の 描 写 に 関 す る

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− 7 −

展 示 で は 、 天 井 が 高 い 展 示 室 な の に 上 ま で パ ネ ル が あ り 見 づ ら い も の が あ っ た 。 博 物 館 以 外 に も 旧 安 土 巡 査 駐 在 所 や 旧 宮 地 家 住 宅 な ど の 屋 外 展 示 も あ っ た の で こ ち ら も 見 学 し て み たいと思った。

ど ち ら の 博 物 館 も 、 手 に 触 れ ら れ る も の が あ っ た り 、 復 元 に よ る 模 型 が あ っ た り と 、 展 示 ケ ー ス の 中 に 資 料 を 並 べ る だ け で な い 工 夫 が 多 く な さ れ て い る 点 が よ か っ た 。 日 程 の 都 合で見学時間が少なかったのが残念であった。

見学実習を終えて

佐藤 高士

2年

月 日、私は研究室の見学実習で滋賀県へ

11 29

行 っ た 。 今 回 の 目 的 地 は 、 滋 賀 県 立 琵 琶 湖 博 物 館 と 神 郷 亀 塚 古 墳 、 滋 賀 県 立 安 土 城 考 古 学 博 物 館 で あ る 。 事 前 に 分 担 し て 、 見 学 先 と 関 連 の あ る と こ ろ を 調 べ て パ ン フ レ ッ ト を 作 っ た。

最 初 に 見 学 し た の は 滋 賀 県 立 琵 琶 湖 博 物 館 で あ る 。 非 常 に き れ い で 雰 囲 気 も よ く 、 な に よ り 、 短 時 間 で は と て も 全 て を 見 る こ と が で きないほど広いというのが第一印象であった。

館 内 は 「 琵 琶 湖 の お い た ち 」 や 「 人 と 琵 琶 湖 の 歴 史 」 な ど の テ ー マ に そ っ た 展 示 が な さ れている。特に考古学に関する展示室で 「矢 、 板 締 め 切 り 」 に よ る 湖 底 の 発 掘 調 査 と い う も の を 初 め て 知 り 、 こ う い っ た 方 法 も あ る の だ と 勉 強 に な っ た 。 水 族 展 示 室 で は 、 琵 琶 湖 の 固 有 種 で あ る ビ ワ マ ス や 竹 生 島 周 辺 の 様 子 を 再 現 し た 水 中 ト ン ネ ル な ど を 見 る こ と が 出 来 る。中でも体長1 を超えるビワコオオナマズ m は 、 い か に も 湖 の 主 と い っ た 雰 囲 気 を 発 し て い て 圧 巻 で あ っ た 。 ま た 訪 れ て ゆ っ く り と 見 学できたら、と思える場所であった。

神 郷 亀 塚 古 墳 で は 、 能 登 川 町 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー の 植 田 さ ん の 説 明 を 聞 き な が ら 、 遺 跡 を 見 る こ と が で き た 。 こ こ は 前 方 後 方 墳 で あ る が 、 な か な か 全 体 の 形 状 を つ か む こ と が で き な か っ た 。 ち な み に 実 際 に 発 掘 現 場 を 見 る の は 今 回 が 初 め て で あ っ た が 、 発 掘 調 査 は が 意外と地道な作業の繰り返しなのだと感じた。

ま た 、 畑 と 隣 り あ わ せ で 発 掘 を 行 な っ て い る と い う こ と に も 驚 い た 。 も し 機 会 が あ る の な ら 、 私 も 実 際 に 現 場 に 行 き 発 掘 を し て み た い と思う。

最 後 に 訪 れ た の が 滋 賀 県 立 安 土 城 考 古 博 物 館 で あ る 。 常 設 展 示 室 は 二 つ あ り 、 弥 生 ・ 古 墳 時 代 の 展 示 室 と 中 世 か ら 近 世 の 城 づ く り に

関 す る 展 示 室 で あ る 。 後 者 の ほ う は 安 土 城 と 織 田 信 長 が テ ー マ で 、 安 土 城 跡 の 模 型 や 、 織 田 信 長 に 関 す る 資 料 が た く さ ん 置 い て あ っ た り と 興 味 深 い も の で あ っ た 。 私 は 事 前 に パ ン フレットを作る際、観音寺城について調べた。

本 の 中 で は 図 で し か 表 さ れ て お ら ず 、 城 の つ く り が 理 解 し に く か っ た の だ が 、 実 際 の 展 示 で は 模 型 で 表 し て あ り 非 常 に 分 か り や す か っ た。

わ ず か 一 日 の 見 学 実 習 で あ っ た が 、 博 物 館 の 展 示 を 見 た り 、 実 際 の 発 掘 現 場 を 訪 れ た り することは非常によい刺激になると実感した。

講 義 を 聞 い た り 本 を 読 む だ け で は 得 ら れ な い も の が あ る 。 今 後 も 時 間 が あ れ ば 積 極 的 に 博 物館に行ってみたいと思う。

見学実習参加者

教官

佐々木達夫 高浜秀 藤井純夫 中村慎一 大学院生・研究生

酒井康介 松永篤知 柳生俊樹 西森正晃 湯尾和広 北村教純

学部生

池田史人 石橋克崇 業天唯正 平木克幸 江口麻美 太田真琴 川村亜悠美 木村ふさ子 田中範裕 田中美幸 寺村直人 丹羽裕樹 廣田典之 宮澤麻理 村田木綿子 村手裕一 冨田善明 相京和茂 上田康子 織田真理子 川真之介 佐藤高士 庄田孝輔 竹部佑介 田中智絵子 田村友季子 辻本淳哉 富樫陵 福田智子 不破透 吉田風太 林宗偉

***************

講演会記録

古代学協会研究会

『江戸時代の小型窯跡の系譜を探る』

年 月 日(土曜 、 日(日曜)

2001 10 13 ) 14

日 : 〜

13 13 30

(金沢大学)

佐々木達夫

「色絵窯の系譜に関する問題」

(有田町歴史民俗資料館)

村上伸之

「有田の赤絵窯跡」

(愛知県陶磁資料館)

仲野泰裕

「尾張藩の御用窯」

(立命館大学)

木立雅朗

「 鳴 滝 窯 跡 錦 炭 窯 跡 と 京 都 の 錦 薪 窯 跡 」

(石川県教育委員会)

藤田邦雄

「九谷八幡若杉窯跡の色絵窯跡」

参照

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入館者については、有料入館者 146,192 人(個人 112,199 人、団体 33,993 人)、無料入館者(学 生団体の教職員、招待券等)7,546

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