有責配偶者の離婚請求における「相当の長期間の別 居」(佐藤信夫教授 須賀昭徳教授 退職記念号)
著者名(日) 成澤 寛
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 74
ページ 41‑88
発行年 2014‑07‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00003023/
有責 配偶 者の 離婚 請求 にお ける
﹁相 当の 長期 間の 別居
﹂
成 澤 寛
はじ めに 一 六二 年判 決の 概要 二
﹁相 当の 長期 間の 別居
﹂に 関す る学 説 三 裁判 例の 検討 四 裁判 例に おけ る﹁ 相当 の長 期間 の別 居﹂ の意 義 おわ りに
はじ めに 本稿
は︑ 有責 配偶 者の 離婚 請求 にお ける
﹁相 当の 長期 間の 別居
﹂の 要件 に焦 点を あて
︑こ れま での 議論 を整 理し た上 で︑ 六二 年判 決以 降の 裁判 例を 分析 し︑ 裁判 例に おけ る﹁ 相当 の長 期間 の別 居﹂ の意 義お よび 内容 につ いて 考 察す るも ので ある
︒ 有責 配偶 者か らの 離婚 請求 とは
︑不 貞行 為な ど︑ 専ら また は主 とし て婚 姻の 破綻 の原 因を 作っ た一 方の 配偶 者か
ら︑ 相手 方配 偶者 に対 して 裁判 上な され る離 婚請 求で ある
︒裁 判上 の離 婚に つき
︑そ の離 婚原 因を 規定 する 民法 七 七〇 条は
︑一 般に
︑婚 姻が 破綻 した 場合 には 離婚 を認 める とい う破 綻主 義に 立脚 する もの とさ れ︑ 同条 一項 五号 に いう
﹁そ の他 婚姻 を継 続し 難い 重大 な事 由が ある とき
﹂と いう 離婚 原因 はそ の趣 旨を 示す もの であ ると 理解 され て いる
︒そ して
︑同 号は
︑そ の文 言上
︑破 綻の 原因 が配 偶者 のい ずれ の行 為に あっ たの かを 明示 して いな い︒ その た め︑ 有責 配偶 者で あっ ても 同号 に基 づく 離婚 請求 が可 能で ある と読 むこ とが 可能 であ る︒ しか し︑ わが 国で は昭 和 二七 年の
﹁踏 んだ り蹴 った り判 決﹂
︵最 判昭 和二 七年 二月 一九 日民 集六 巻二 号一 一〇 頁︶ およ びそ の後 の一 連の 最 高裁 判決 によ りい わゆ る消 極的 破綻 主義 が確 立さ れ︑ 婚姻 の破 綻に つき 専ら また は主 とし て責 任の ある 配偶 者が 同 号に 基づ いて 離婚 請求 をす るこ とは 許さ れな いと され た︒ これ が有 責配 偶者 から の離 婚請 求否 定の 法理 であ る︒ この 有責 配偶 者か らの 離婚 請求 否定 の法 理は
︑当 時の 学説 では 一般 的に 受容 され たが
︑離 婚の 増加 に伴 い︑ 破綻 した 婚姻 を法 律に より 維持 させ るこ との 無益 さが 主張 され るよ うに なり
︑婚 姻の 破綻 が決 定的 であ る場 合に は︑ 離 婚を 請求 する 配偶 者の 有責
・無 責を 問わ ず︑ 離婚 を認 める べき であ ると する 積極 的破 綻主 義の 考え 方が 次第 に強 く なっ てい った
︒し かし
︑判 例上 確立 した 有責 配偶 者か らの 離婚 請求 否定 の法 理は
︑双 方が 有責 の場 合や 婚姻 破綻 後 の有 責行 為な どの 若干 の例 外を 認め つつ もな かな か変 更さ れず
︑昭 和六 二年 九月 二日 の大 法廷 判決
︵最 大判 昭和 六 二年 九月 二日 民集 四一 巻六 号一 四二 三頁
︒以 下︑
﹁六 二年 判決
﹂と いう
︒︶ まで 約三 五年 にわ たり 維持 され るこ とと なっ た︒ 六二 年判 決は
︑有 責配 偶者 から の請 求で ある とい う一 事を もっ て離 婚が 許さ れな いと はい えな いと して
︑従 来の 消極 的破 綻主 義を 変更 する 一方 で︑ 離婚 請求 は信 義誠 実の 原則 に従 った もの でな けれ ばな らな いと し︑ その 要件 と
して
①同 居期 間や 当事 者双 方の 年齢 と対 比し て別 居期 間が 相当 の長 期間 に及 んで いる こと
︑② 未成 熟子 がい ない こ と︑
③相 手方 配偶 者が 離婚 によ り精 神的
・社 会的
・経 済的 に極 めて 苛酷 な状 態に おか れる など 離婚 請求 を認 容す る こと が著 しく 社会 正義 に反 する とい える よう な特 段の 事情 のな いこ とと いう
︑い わゆ る三 要件 を示 した
︒以 降の 裁 判例 では
︑同 判決 によ って 示さ れた 判断 基準 を前 提と して 有責 配偶 者か らの 離婚 請求 に関 する 裁判 例が 蓄積 され
︑ 六二 年判 決に おい て必 ずし も明 らか でな かっ た三 要件 の明 確化 がな され てき た︒ それ らの 裁判 例か ら︑ 別居 期間 や 未成 熟子 の有 無に 関す る緩 和傾 向が 指摘
( )
され
︑精 神的
・経 済的
・社 会的 苛酷 をも たら す特 段の 事情 につ いて もそ の
判断 要素 が分 析さ れて
( )
きた
︒こ うし た潮 流は
︑や がて 立法 作業 にも 影響 し︑ 平成 八年 二月 には
︑﹁ 夫婦 が五 年以 上
継続 して 婚姻 の本 旨に 反す る別 居を して いる とき
﹂を 新た に離 婚原 因と する 民法 改正 法律 案要 綱が 答申 され るに 至 った が︑ いま だ立 法化 され てい ない
︒ しか し︑ そも そも 六二 年判 決は
︑そ れ自 体曖 昧な 部分 を含 んで おり
︑同 判決 を消 極的 破綻 主義 の一 部緩 和と 読む か︑ 積極 的破 綻主 義へ の転 換と 読む かと いう こと つい ても 議論 があ り︑ 三要 件つ いて もそ の意 義や 内容 に不 明確 な 部分 があ るこ とが つと に指 摘さ れて きた
︒と りわ け﹁ 相当 の長 期間 の別 居﹂ につ いて は︑ その 重要 性が 指摘 され る もの の︑ それ が何 を評 価す るた めの 要件 であ るの か︑ また
︑何 年間 の別 居が
﹁相 当の 長期 間﹂ とし て評 価さ れる の か︑ なぜ 同居 期間 や年 齢と の対 比が 要求 され るの かと いう こと は必 ずし も明 確と なっ てい ると はい え
( )
ない
︒そ の結
果︑ ある 裁判 例で は六 年程 度の 別居 が相 当の 長期 間と 判断 され る一 方で
︑別 の裁 判例 では 別居 期間 が一
〇年 を超 え ても 相当 の長 期間 とは いえ ない とさ れる など
︑裁 判所 の判 断に はば らつ きが 見ら れ︑ 裁判 の行 方を 予測 する こと を 困難 にし てい る︒
たし かに
︑民 法改 正法 律案 要綱 が公 表さ れ︑ 別居 期間 につ いて 五年 とい う一 応の 標準 が示 され てい るが
︑立 法化 に至 って いな い以 上︑ 裁判 所は 現在 の判 例理 論に 基づ き判 断せ ざる を得 ない ので あり
︑あ まり にも 法的 安定 性を 欠 く状 態を 放置 する こと は望 まし くな い︒ また
︑現 在の 裁判 例が 採用 する 判断 基準 やそ の方 向性 は︑ 仮に 改正 法律 案 要綱 のよ うな 法改 正が 成立 した 後に おい ても
︑裁 判所 の運 用に 相当 程度 の影 響を 与え る可 能性 もあ るで あろ うし
︑ また
︑同 要綱 後の 状況 をふ まえ た新 たな 立法 を検 討の ため の素 材と なる 可能 性も ある
︒そ うだ とす れば
︑現 在に お ける 同要 件の 意義 やそ の判 断要 素を 確認 し︑ 検討 する こと にも 一定 の意 義が ある と思 われ る︒ 一
六二 年判 決の 概要
︵一
︶事 案の 概要 六二 年判 決の 事案 は次 の通 りで ある
︒ X︵ 男︶ とY
︵女
︶は
︑昭 和一 二年 に婚 姻し
︑当 初は 平穏 な婚 姻関 係を 続け てい たが
︑子 がな かっ たた め昭 和二 三年 にA 女の 子を 養子 とし た︒ 昭和 二四 年こ ろに Xと Aと の間 の不 貞行 為が 発覚 した ため 不和 とな り︑ 同年 八月 に Xと Aが 同棲 する よう にな って 以来
︑控 訴審 判決 まで 三六 年に わた り別 居状 態に ある
︒な お︑ 昭和 二九 年に Xは A との 間の 子を 認知 して いる
︒Y はX と別 居後
︑生 活に 困っ たた め昭 和二 五年 にX 名義 の建 物を 売却 しそ の代 金を 生 活費 に充 てた こと があ った が︑ その ほか はX から 生活 費な どは 受け 取っ てい ない
︒Y は実 兄の 家の 一室 を借 りて 住
み︑ 昭和 五三 年こ ろま で働 きに 出て いた が︑ 現在 は無 職で 資産 を持 って いな い︒ これ に対 し︑ Xは 会社 の代 表取 締 役で あり
︑経 済的 には 極め て安 定し てい る︒ 昭和 二六 年こ ろ︑ Xは Yに 対し 離婚 を求 める 訴え を起 こし たが
︑X は 有責 配偶 者に 当た ると して 請求 が棄 却さ れた
︒X は︑ 昭和 五八 年こ ろY を突 然訪 ね︑ 離婚 など への 同意 を求 めた が︑ Yに 拒絶 され たた め離 婚調 停を 申し 立て たが 不調 に終 わっ たた め︑ 本件 離婚 の訴 えを 提起 した
︒第 一審 およ び控 訴 審は
︑X が有 責配 偶者 であ るこ とを 理由 に離 婚請 求を 棄却 した
︒
︵二
︶判 旨 Xか らの 上告 に対 し︑ 最高 裁の 多数 意見 は概 要次 のよ うに 判示 して
︑原 判決 を破 棄し た上
︑特 段の 事情 につ き審 理を 尽く させ るた め︑ 原審 に事 件を 差し 戻し た︒ まず
︑民 法七 七〇 条一 項五 号に つき
︑同 条の 立法 経緯 およ び規 定の 文言 から みて
︑①
﹁同 条一 項五 号は
︑夫 婦が 婚姻 の目 的で ある 共同 生活 を達 成し えな くな り︑ その 回復 の見 込み がな くな った 場合 には
︑夫 婦の 一方 は他 方に 対 し訴 えに より 離婚 を請 求す るこ とが でき る旨 を定 めた もの と解 され るの であ って
︑同 号所 定の 事由
︵以 下﹁ 五号 所 定の 事由
﹂と いう
︒︶ につ き責 任の ある 一方 の当 事者 から の離 婚請 求を 許容 すべ きで ない とい う趣 旨ま でを 読み と るこ とは でき ない
﹂と した
︒
②し かし
︑他 方で
︑﹁ 五号 所定 の事 由が ある とき は当 該離 婚請 求が 常に 許容 され るべ きも のと すれ ば︑ 自ら その 原因 とな るべ き事 実を 作出 した 者が それ を自 己に 有利 に利 用す るこ とを 裁判 所に 承認 させ
︑相 手方 配偶 者の 離婚 に つい ての 意思 を全 く封 ずる こと とな り︑ つい には 裁判 離婚 制度 を否 定す るよ うな 結果 をも 招来 しか ねな いの であ っ
て︑ 右の よう な結 果を もた らす 離婚 請求 が許 容さ れる べき でな いこ とは いう まで もな い﹂ と判 示し て︑ 有責 配偶 者 から の離 婚請 求に つい ては 裁判 離婚 制度 から くる 制約 があ るこ とを 指摘 した
︒
③最 高裁 は次 に婚 姻の 本質 につ いて 考察 し︑
﹁婚 姻の 本質 は︑ 両性 が永 続的 な精 神的 及び 肉体 的結 合を 目的 とし て真 摯な 意思 をも って 共同 生活 を営 むこ とに ある から
︑夫 婦の 一方 又は 双方 が既 に右 の意 思を 確定 的に 喪失 する と とも に︑ 夫婦 とし ての 共同 生活 の実 体を 欠く よう にな り︑ その 回復 の見 込み が全 くな い状 態に 至っ た場 合に は︑ 当 該婚 姻は
︑も はや 社会 生活 上の 実質 的基 礎を 失っ てい るも のと いう べき であ り︑ かか る状 態に おい てな お戸 籍上 だ けの 婚姻 を存 続さ せる こと は︑ かえ って 不自 然で ある
﹂と 述べ る一 方で
︑﹁ しか しな がら
︑離 婚は 社会 的・ 法的 秩 序と して の婚 姻を 廃絶 する もの であ るか ら︑ 離婚 請求 は︑ 正義
・公 平の 観念
︑社 会的 倫理 観に 反す るも ので あっ て はな らな いこ とは 当然 であ って
︑こ の意 味で 離婚 請求 は︑ 身分 法を も包 含す る民 法全 体の 指導 理念 たる 信義 誠実 の 原則 に照 らし ても 容認 され うる もの であ るこ とを 要す るも のと いわ なけ れば なら ない
﹂と し︑ 社会 的・ 法的 秩序 と して の婚 姻に つい ては
︑そ れを 解消 する 場合 には
︑信 義則 に適 合す るも ので なけ れば なら ない とし た︒
④そ して
︑有 責配 偶者 の離 婚請 求が 信義 則の 原則 に照 らし て許 され るも ので ある かど うか の判 断に おけ る考 慮事 項に つい て︑
﹁有 責配 偶者 の責 任の 態様
・程 度を 考慮 すべ きで ある が︑ 相手 方配 偶者 の婚 姻継 続に つい ての 意思 及 び請 求者 に対 する 感情
︑離 婚を 認め た場 合に おけ る相 手方 配偶 者の 精神 的・ 社会 的・ 経済 的状 態及 び夫 婦間 の子
︑ 殊に 未成 熟の 子の 監護
・教 育・ 福祉 の状 況︑ 別居 後に 形成 され た生 活関 係︑ たと えば 夫婦 の一 方又 は双 方が 既に 内 縁関 係を 形成 して いる 場合 には その 相手 方や 子ら の状 況等 が斟 酌さ れな けれ ばな らず
︑更 には
︑時 の経 過と とも に︑ これ らの 諸事 情が それ 自体 ある いは 相互 に影 響し 合っ て変 容し
︑ま た︑ これ らの 諸事 情の もつ 社会 的意 味な いし は