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る女性知識人

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首都大学東京 機関リポジトリ

Title

メモワールの中のマーガレット・フラー : 編集され

る女性知識人

Author(s)

高野, 一良

Citation

人文学報 表象文化論(416): 43‑66

Issue Date

2009‑03‑30

URL

http://hdl.handle.net/10748/5324

Rights

Type

Departmental Bulletin Paper

Textversion

publisher

http://www.tmu.ac.jp/

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43

メ モ ワ ー ル の 中 のマ ー ガ レ ッ ト ・フ ラー:編 集 され る女 性 知 識 人

高 野一 良

あ の 子 は ス フ ィ ン ク ス 蔦(ジ ェイ ムズ ・フ リー マ ン ・ク ラー ク 〉 彼 女 は 私 に とっ て 謎 で あ り続 けた 。彼 女 が 持 っ て いた パ ワ ー は 私

の も の とは ま っ た く性 質 を異 に して い た。驚 異 だ っ た の 蔦(ラ ル フ ・ウォ ル ドー ・エ マ ソ ン)

ア メ リカ合衆 国成立後 、十 九世 紀前 半か ら中盤 にかけて若 き国家 アメ リカは急速 に発展 し、国力をつ けてい く。この時代 を代 表す る作家、知識人 たちが積極 的 に執 筆 活動 を行 い、kな 文 学的 、文 化的 、政治的 テ0マ を掘 り下げてい ったこ とは、

既 に邦 訳 の数 々に よって 日本 の一般 読者 に も知 られ るよ うにな つてきた こ とと思 う。聖 書 に次 ぐ世界的ベ ス トセ ラー とも称 され るハ リエ ッ ト・ビー チャー ・ス トウ の 『アン クル トムの小屋 』(一 八五 二)は 、西へ の領土拡張 と共 に深 刻化 した奴隷 糊 問題 を今 に伝 える力作だ が、児 童文学 として翻案 された ものか ら学者の手 による 分厚 い翻 訳本 まで何 種類か の邦訳 が どこの 図書館 に も揃 え られ てい る。あるい はヘ ン リ 〈D.ソmの 著 作な どは、色彩 豊かな写真 集の ご とき ヴィジ ュアル版 も流 通 し、エ コ ロジス トたち のバイ ブル となって い る。一九九八年 にアメ リカでテ レビ

ドラマ化 も されたハ ーマ ン ・メル ヴィル作 『白鰯 〈 一八五一)な どは代表的 な翻 訳 として も十種類近 くの翻訳 が出 てい る し、 『自鰯 直後 に書かれた 『ピエ ール2 が フ ランス人映画監 督 レオ ス ・カ ラ ックス の手に よって 『 ポー ラX』(一 九九九〉

な る映画 に翻 案 され た ことも記憶 に新 しい。映画 といえば、ジェイムズ ・フェニモ

ア ・クーパ ーの 『 モ ヒカ ン族の最後 』(一 八二 六)や ナサ ニエル ・ホー ソー ンの 『 緋

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AAメ モ ワー ル の 中 の マ ー ガ レット・フ ラー:編 集 され る女 性 知 識

文字』(一 人五 〇〉な どの映画版 は 貝本で も歴 史 鶴マ ンス と してそれ な りに ヒッ ト した よ うな ので、原作 や翻訳 の存在 な ど承知 していないS本 人 に とって も前 々世紀 の アメ リカ文化 は意外 に身近 な存在 にな っているわ けだ』

翻訳 のあるな しは外国 の文化 を知 ろ うとす る考 に とって大 きな影響 を及ぼす。あ る作家 、作品 につ いて偉大で ある とか傑作で ある とか、誰が どの よ うな基準 で決定 してきたの か実 は とて も不確 かな ものを 、あるいは実はきわ めて曖昧 な評 価の積 み 重ねで しか ない もの を、我 々は通 常何 の疑 問 も持たず に受 け入れ て しま ってい る。

特に他国の文 学、文化 に関 しては翻駅 の存在 が評価 の一つ のバ ロメー ター にな って い ることは間違 いない。翻 訳が書店 に並べ られ てい る とい うことがす なわ ち傑 作、

名作の証、 そんな印象 につ なが るわ けだ。

しか しな が ら、読 まれ るべ き作 晶 として翻駅 され続 ける作 品が ある一方で 、なぜ 読 まれ るべ き一 部の作 品はeさ れ るこ ともな く欝本の読 者 に とって縁遠 い存在 であ り続 けて しま うのカ㌔

初期 アメ リカ文化 につ いて学び、調べ続 ける 中で、こん なにわ くわ くす るよ うな 作品が なぜ今 まで翻 訳 紹介 毒れ なか ったのだろ うとい う思 いに包 まれ る ことが よ くある。 あるいは、従来 アメ リカ文 学史 で重 要視 され る人物 よ りもよほ ど面 白 く、

よほ ど意義 深い書 き手 と思 われ る人物 に出会 って 「 発見2の 感 動 を味わ うこ ともし

ば しばだ。 「 発 見」の感 動 な どとい うとど うに も青臭い言い 回 しで 、二十鵜紀 終わ

りか ら二十一世 紀初 め にかけて のア メ リカ文学研 究 とい うアカデ ミックな場 にお

いて はキャ ノン解体の 大合 唱の 中で数 多 くの 「 発殉 、f再 発見」が な され、い く

つか の批評 パ ター ン、読 解ス タイル によって学 問的解 釈 分析 が積 み上 げ られ て き

て いる。 しか し、特定 の批 評パ ター ン、分析 ス タイル にな じまない 、あるいはそれ

だ けでは現 状の アカデ ミズム の場で処 理 しきれ ない類 の書 き手 た ちも存在 してい

る0別 の言 い方 をす るな らば、 「 発 見」 されたの に 曉 見 」の真 の感動 が十分に一

般 の読者 に伝わ って いない、そ うい う書 き手 がまだまだい る。そん な書 き手の一人

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メモ ワー ル の 中のマ ーガ レッeフ ラー:編 集 され る女 性 知識45

がマー ガ レッ ト ・フラー とい う女 性知 識人だ。 ω

む ろん、ア メ リカ文学研 究者 た ちがフラーの よ うな埋 もれ た作家、作品な どの発 見、紹介 に 関 して手 をこまねいて いるわけでは決 してない。 しか しなが ら、例 えば 現在 の フェ ミニズ ム研究 者、ジェ ンダー論研究 者に とって も格好 の研 究対象 になる はず の フラーな ど、後で も述べ る よ うに 同時 代の男性 作家、男姓知識 人たち と様々 な知的 交渉 を持ち、様々 なエ ピソー ドを生み 出 して しまったが故 に、彼 らとの関係 性、 「 男詞士 の絆 」の中でのみ論 じ られ るこ とが多い。残 念 なが ら彼 女の文 章 を丹 念 に精 緻 に読み 切 った上で の分析 とい うこ とが と りわけ 翼本 の研 究者 に よって行 われてい る事例 は皆 無 に近 い。

具体的 な研 究 、分析事 例 を一つ あげよ う。これは現在 の 資本にお けるフェ ミニズ ム研 究 を牽 引 して い る第 一人者 も最 近の フ ラー 読解 で図 らず も陥 って しまっだ フ ラー研 究 の常套 手段の一つ だ。 ホー ソー ンの 『 ブ ライズデイル0ロ マ ンス』 〈 一 八 五二)とい う小 説で男社 会の 中で堀爽 と した姿で魅 力 を振 りま くゼ ノ ビア とい う女 性 が主要 キ ャラク ター として登場す る。後で も触 れ るが 、ホー ソー ン とフラーは一 時期家 族 ぐるみ とい って も よい近 しい交友 関係 を持 ってお り、ゼ ノ ビアは通 常 フラ ー をモデル に した と見な され て いる 。結果.ゼ ノ ビア を論 じる、そ してそ のゼ ノビ アを創 作 した ホー ソー ンを論Dる ことに よってフ ラー を論 じる とい うのが、フ ラー 研 究の一つ の王道 にな って しま ってい るのだ 。実際ゼ ノ ビア以外の登揚 人物 、出来 事 も含 め、現実世 界を模 した もの と読 まれて も仕 方の ないプ 纂 ッ ト設定を しつつ 、 作 品 冒頭 で現 実 の人物 た ちをモデル に した ので はない とホー ソー ン 自身 は言 明 し てい て、 『ブ ライ ズデイル ・ロマ ンス』 とい う作 品は ホー ソー ンの創 作技法、ある いは彼 の人物評 、社会 評 な どを考 察 してい く上 で興,・ い対象で はあ る。 しか し、

フ ラー とい う女 性 を論 じるに あた り、なぜ ホー ソ0ン の フィクシ 甥ンを主た る考察

資 料 と して しま うのカ㌔ フ ラー 自身 の手 によ るテ キス ト分析を忌 避 したま まフラー

を論 じる とい うス タイル が フラ0研 究 の主 流 にな ってはな らない。

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46メ モ ワー ル の 申 の マ ー ガ レット・ラ ラー:編 集 され る 女 性 知 識

フラーを して フラー を語 らしめよ、これ が本論 の ささやかな狙 い とな る。

時代 を駆 け抜 けた フラー

マーガ レッ ト・フラー 、一八四五年 にアメ リカ史上初 のフ ェ ミニス ト宣言 とも称 され る 『 十九世紀 の女糊 を発表 し、十 九世紀随一 といって もいい女性知識人 とし ての評 疵を得 なが ら、若 くして不慮の死 を遂 げ、死後 、ア メ リカ文 学史 上において は徐 々に 「 第二の死」を辿 ることになる彼 女 にっい て、まず は簡 単な伝記的紹 介を してお こ う。 ②

合衆 国議 会で も活躍 した政 治家の父親 ティモ シー ・フラー の第一子 として一八一

〇年 に誕 生 した フラー は、父親 か ら当時男子 が受け る教 育 と同質 の教育を受 け、い わば男 ま さりの知性 を身 にっ ける。しか し、周 囲にい た男友 だ ちがハ ー ヴァー ドな どの学校 に進学す る一方 でe女 性 で あるが故 に彼 らの よ うな進学 の道 を閉 ざされて いた フラー1嵐 か な り早い殺 階か ら女性 の教育の 問題 にっい て考 え始 めた よ うだ。◆

父 親が 認レラで死 亡 し、フラーは 二十 五歳 に して家庭 を守 る主 婦の役割 と家 庭の 経済 を支 える父親 の役 割 とを 圃時 に果 た しな が ら、しだい に知識 人、文筆家 として の社会的地位 を確 固た るものに してい く、元牧師で 、ア メ リカ ・ロマ ン派 を代表す る思想家エマ ソンらと ともに知識 人、思想家 、作家集 団 の一 つ と して有名 な トラン セ ンデ ンタル ・クラブの 中心的人物 として活躍 し、クラブの機 関誌 『ダイ アル』の 初代編集長 を務め、若 きソmが 投稿 した文 章を徹 底的に添削 した ことで も知 られ てい る。あるいは女性 たちを集 めた私的 教育サー クル を主宰 した りもす る。この時 期 にホー ソー ン夫妻 らとも親 しく村 き合 うよ うにな るが、皮 肉な こと1こ 決 して不仲 で あったわ けで もない彼 らとの交友 が、後で述べ る ような フラーの文筆家 としての

f第二の死」 をもた らす一つの要 因 とな った。

当時の フ ロンティア地域 である五大湖地域 に友人 と旅 をした 際には、滅び ゆ くア

メ ジカ ンeイ ンディア ンの人 々 と交流 を持 ち、人種の問題 にっい て良識 と洞察 に満

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メモ ワー ル の 中のマ ーガ レット・ フラー:編 集 され る女性 知識47

ちた言葉 を残 す。 それが彼女 の代表的 な著作 の一つ 『 五大湖 の刻 で ある。フラー の視線 は しか しイ ンデ ィア ンに向かっただ けではない。厳 しい 自然 の中で過酷 な生 活 を強 い られ た女性 たちに関 する観 察や、この女性 たちこそが フロンティアの新た な文化 の担い 手にな り得 る とい う指 摘な どを読み進 めてい くと、 『 五 大湖の夏』が たん なる旅 行記 では ない とい うこ とが 自ず と明 らかにな って くるだろ う。

フラー の社会 問題 に対す る観察 眼、知性 と教養 に溢 れ る文章は 、当時を代 表す る 新聞 『 ニ ュー ヨー ク ・トジビュー ン』紙の編集者 ホ レス ・ グ リー り一 の 鷺に留ま り、

記者 に抜 擢 され た彼 女 は書評や社会評 論な どを次 々 と発表 してい く。(3)三 十 六歳 の頃、 ヨー ロ ッパ 特派員 として まず はイ ギ リスに渡 り、さらには フランス、イ タ リ ア と市 民革 命 の嵐 が吹 きす さぶ只 中に飛 び込み 、イギ リス ・ロマ ン派の詩 人たち、

あるい はフ レデ リック ・シ 霧パ ン、ジ ョル ジュ ・サ ン ド、ジ ュゼ ッペ ・マ ッツィー 二 らと親 交を結ぶ。イ タ リアでは、実 の母親 にもきちん とした報 告を しなか ったス キャ ンダラス な結婚 及び 出産 と して後 に非難 され る こ とにもな るのだが、イ タ リア 人 ジ 翼ヴ ァンニ ・オ ッ ソー りと結 ばれ、男子 ア ンジmを も うける。革命勢力側 の 市 民が立 て こも り、多 くの血 が流れた ローマで は看 護婦 の よ うな仕事 もし、また 、 不介入 の姿勢 を とった ア メ リカ に対 して ローマ市 民 を救 え とい うメッセ ー ジを特 派員 記事 に託 して発 信 し続 けた りも した、文字 どお り実際 の戦 場を も駆 け抜 けたフ ラーは 、夫、息子 と ともに帰米途 中、ア メ リカの海岸 を 羅前 に して乗 っていた船 が 難破 し、家族 もろ とも遭難 死 を遂 げる。 わず か四十年 の生涯だ った。

フ ラー は二度 死ぬ

これ は もちろんた とえ話だ。フラー をア メ リカ文学 史の流れの 中で比喩的 な意味 で殺 した 、あ るいは消 した主犯 をめ ぐってはい ろい ろな議論 が されてい る。

トランセ ンデ ンタル ・クラブの連 中が フランスの社 会主義者 フー リエに影 響 され

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48メ モ ワール の 中のマ ーガ レット・ フラー:編 集 される女 性 知識

て設 立 した共 同実験農場ブル ックaフ ァー ムの試 みに参加 した経 験 を持っ ホー ソー ンは、この ときの体験 を元 に して 『 ブ ライ ズデイル ・ロマ ンス』 を書 く。既に前 々 節で触れ たよ うに、実際に はこの農 揚 に参加 していない フラー をおそ らく問違いな くモ デルに した ゼ ノ ビア とい う女性 をホー ソ0ン は主要 人物 として この小説 に登 揚 させてい る。このゼ ノ ビア、一方 で活動的 で知 性盗れ る魅力 的な女 性 として描か れて いるのは確 かなのだが 、そ の圧倒 的な存在感 故に周 りの者 た ちに疎 ま しく思 わ れ る存在 として、そ して最終 的には一人 の野 心に満 ちた男 に翻弄 され 、自殺 とい う 道 しか選べ なかった女性 として描かれ ている。フラー に惹 かれつ つ も、その類い庸 な る頭脳 の働 きに距離 を置 きたか った に違い ない 、ひ いては女性の あ り方 として否 定 した かったのか もしれ ないホー ソー ンの感 跨が生 々 しく伝 わ って くる。旨本の ア メ リカ文学 研究者の間で も比較 的 よ く知 られてい るエ ピソー ドであ り.本論 冒頭 で も述 べた よ うに フラ;t究 を微 妙 にず らし続 ける誘 惑 の多い エ ピ ソー ドとい って もよい。

フラー殺 しの犯人 としてホ.̲..ソ ー ンの息子 ジュ リア ンをあげる説が ある。フラー とホー ソー ン夫妻が親 しい関係 にあった とい うこ とはかな り有名 な話 で、既 に一巻 本 の研究 書 もア メ リカで出てい る。(4)こ の研 究書の著T・R° ミッチ ェル が分 析 している対象 は、ジ ュ リアンが一ノ)四 年 に出 した 『 ナサニエル ・ホー ソー ン と 妻還 とい う書 物だ。この書物の 中で、ジュ リア ンは、理想酌 な形 の結婚 生活 を営ん

でいた 自らの両親 をたたえ、父 親の作家 と しての実績 を確 立 させ る一 方で、結婚 も しない薪 しい タイプの女性 の代表 格 と 鼠され ていた フラーを既 めるため に、父親 が プライ ヴェイ トな形 で書 き留 めていた フラーに対す る悪 口を公 開 してい る。そ して その公開に あた って、父親 の文章 に手 を加 え るな ど、一種 の編 集作業 を も行 った。

父 ホー ソー ン 自身 は、イ タ リアで アメ リカ人彫 刻家モ ジアか らフラー の悪 口を聞き、

感 想を付 け加 えた程 度の記 述 しか残 していないのだ が0こ の彫刻 家の人柄 、つ ま り

この彫 刻家の言葉 の信 懸性 につい て父 親が疑 問 を差 し挟 ん でい る言葉 な どを息子

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メモ ワー ル の 中のマー ガ レット・ フラー:編 集 される女 性 知識49

ジュ リア ンは 自分 の本 の中でカ ッ トして しま う。残 ったのは フラー に対す る悪 口ば か りとい うわけだ。こ うしたエ ピ ソー ドを取 り上 げなが ら、一ノ)四 年頃 を境 に し て フラーの人 気が急落 した主犯 としてジ ュ リアンを指名 す る、これが ミッチェル論 文の骨子 だ。

ミッチ ェル も紹介 している よ うに、十 九鞍 紀末まで はフラーに対す る人気 は一貫 してな かなか 高か った。後で も触 れ る初の伝記 的記録 『 マーガ レッ ト0フ ラー ・オ ッソー り伝 』 は初版 千部が 一 資で売 り麺 れたそ うだ し、代表作 『 十 九世 紀の女糊 も、彼女 の死後 、十 九世紀 中は十 回ほ ど再版 が出てい る。それ が しだ いに版 が出な い よ うにな り、しか し二十世 紀 も終盤 になって フラ0へ の関心が再度 高ま り、ペ ン ギン版 、 ノー トン版 な どで も彼女 の作晶 を手軽に読 む ことが できる よ うに なった。

十 九世紀 末に フラーが アメ リカ文学 史の本 流か ら姿 を消 して い くよ うにな った理 由は これか らもい ろい ろ分析 されてい くのだ ろうが 、む しろ、彼 女が不慮 の事故 で 四十歳 とい う若 さで死んだ、そ の死の直後 に彼 女は比喩的 な意 味で第二 の死 を遂 げ ざるを得 な かった、 このあた りの事情 について注 目したいO

ホ ー ソー ン よ りもは るか に濃密 な人 間 関係 をフ ラー との問 に築い ていた のがエ マ ソンだ。著 い フラ,̲...が 当時 を代 表す る知識 人エマ ソンに傾倒 し、エ マソンの方 も 頭脳 明噺、=̲か なフ ラーの魅 力 に引 きつけ られ た。これは手マ ソン研 究史の 中 で も有名 な話 蔦 フラー が トラ ンセ ンデ ンタル ・クラブの機関誌 『ダイ アル戯の初 代編集長 を 引き受 け、二代 目がエマ ソンで あった。 しか し簡 単 にい うな ら、フラー の濫れ るパ ワー 、エ マ ソンの ある種 の冷 た さが、ふ た りの間の距離 を広 げてい く。

こ ういった こ とがaふ た りの 目記、手紙な どの実証研究 が進 む につれ 、研 究者 の間

で一定 の了解 事項 となって きてい る。彼 女 の死後 、 「 マー ガ レ ッ トと友 人た ち」 と

い った書 物 を出そ うとい う話 が持 ち上 が り、エマ ソン、エマ ソン とフラー共通 の友

人で 、詩 人 と して も有名 な ウィ リアム0ヘ ン リー ・チャニ ング、そ して、フラー の

長 年 の友 人で 、彼 女の五 大湖旅 行 を金銭 的 に援 助 した こ とで も知 られ る ジェー ム

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50メ モ ワール の 中のマ ーガ レット・ フラー:編 集 され る女 牲 知識

ズ ・フ リーマ ン ・ク ラー クが 中心 とな り、一八五 二年 に出版 した のが 『 マー ガ レッ ト・フラー ・オ ッソー り伝』 とい う伝記 的記録 だ。(5)も ちろん 、フラー の手紙 日記 な どの資料の提洪 とい った点で、フラー め家族た ちの協力 は不可欠 だった。表 紙にはベ ン ・ジ 糞ンソンか らの引用 として 「 男 らしい」とい う言葉 が フラー に冠せ られてお り、既 に この本の編集 方針 力瀕 をのぞかせ てい る。

この伝記 ではエマ ソン らが 自らの文章 を載 せ る一方 で、フラー 自身 の 貝記、手紙 な どの文章 が紹 介 され てい る。彼女 の死 をきっ魁 ナに して 出 された書 物なので、当 然の こ となが ら彼女の魅 力を伝 え る努力 は されてい る、だか らこそ 、この伝記は 当 時大変 な人気 を博 し、伝 記ジャ ンル の中では∴番売 れた よ うで 、かの 『 アン クル ト ムの小劉(一 八五 二)が 出版 され なければ もっ ともっと売れ たはずだ とい う、編 者の一 人クラ0ク の言葉 も残 ってい る。 ところが、ハー ヴァー ドのホ0ト ン図書館 やボ ス トン公 立図 書館 な どに残 された フラー直 筆の 霞記 や書簡 の調 査、研 究が進む につれ 、フラー の言葉 、文章 溺、編 集者 た ちの手 に よって相 当に改蜜 され 、書 き換 え られ 、編集 されて いる とい うこ とが明 らか になってきた。例 えば、書かれた時 期 の違 う二つの手紙 を一 っにま とめ、なお かつその言葉 を改変 し、フラーの議論 を歪 めて しま うな どとい うこ とも平気で行 われて いる。フラー とい うのは こ うい う女性 なのだ とい う、編 集者 のいわば編 集方針 とい うものを意識 せ ざる を得 ない 。現 在の あ る批 評家 の言葉 を借 りるな らば、エ ゴイ ステ ィックで、頭で っかちで、気 位の高 いフェ ミニ ス トとい うフラーのイ メー ジが 、この伝配で確 立 して しまった、そ うい

うことは確 かに言 える よ うだ。

この伝記以後 も、次 々 とフ ラーの伝艶 は書か れ、一八 八四年 に出た141A)0ヒ ギ

ンソンのものな どは、フ ラー研 究が本格化す る以前に 出され た もの の中では秀逸 と

され る伝記 だ。ヒギン ソンは、先程 触れた ホー ソー ンの息子 ジ ュ リア ンとフラー評

価 をめぐって激 しく議論 した ことで も知 られてい る人物 ここで さらに問題 に した

い のは、 こ うい う伝記 群の 中で さらな る編 集作業 が行われ続 けてい た ことを示す 、

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メモ ワー ル の 中のマ ーガ レッeフ ラー:編集 される女性 知識51

あるエ ピ ソー ドにっいてだ。

このエ ピソー ドを議論 してい くた めには『 五大湖 の夏』とい う作品が欠かせ な臨 この作品 は基本的 には旅行 記で あ りな溺 ら、実 にいろい ろなテ0マ につ いてい ろい ろな形 式で 書かれ 、 ドイツに実在 した ある夢遊 病患 者の女性 をめ ぐる記述(五 章) な どは、そ の女性を取 り扱 った ドイツの書物 か ら延 々 と引用 を繰 り出 して、読者 を 辟易 させ るほ どだ0も ち ろん、 この長大 な脱 線 とも思 える記 述だが、女性 の精神 的 病、そ して精霊界 の如 き驚 異の世界へ 寄せ るフラー の関心の強 さが窺 えて興 味深い し、同時にそ うい う問題意 識が フロンテ ィア の草原 、森林地帯で湧 き起 こった とい うよ うに話 題 展開 を して い く彼女 のイ ンス ピレー シ 預ンの有 り様 に も注 目してい いだ ろ う。

さて 、ここで取 り上 げたいエ ピ ソー ドは、も う一 入マ リアナ とい う架 空の女 性に っいて長 々 と語 られ る箇 所(四 章)だ 。多 くの伝記作家 が飛 びつい た箇所で 、マ リ アナ とい う少女 の寄宿学 校時代の事 件、そ して彼 女が大人 にな り結婚 した後の悲劇 につい て述べ られ て いる箇所 だ。伝記 作家た ち、あ るいは現在 の研 究者た ちが飛び つ くの は、特 にマ リアナの少 女時 代のエ ピソー ド。上記 『 マー ガ レッ ト・フ ラー ・ オ ッソー リ剣 の第 一章、f時 代の 自伝」 と題 された章 に も登場す るこのマ リ アナ のエ ピ ソー ドのあ らま しを、手短 に紹介 してお くことに しよ う。才気換 発なマ リアナ は女友 だち の問で人気者 であ ったに もかか わ らず、しだい に孤 立 し、い じめ を受 ける。演 劇に熱 をあげ る彼女 をか らかって 、食堂 で女 の子た ち全 員力 瀕 に赤い 頬紅 を厚 く塗 って彼女 を待 ち受 けた り、人嫌 い に陥 った彼女がっ く嘘、陰 口を教師 たち に告げ 口しA彼女 を全校生徒 の前で さら し者 に した りす る。そ の度に気 を失 い、

ます ます 強 い心の病 に陥 って い くマ リアナ。このマ リアナ をめ ぐるエ ピソー ドをフ

ラー 自身 の子供 時 代に 実際 に起 きた出来 事 として記 述 してい る伝記 がい くつ も存

在 す る。 もち ろん実 証研究 が進 ん でい る現在 、最 近出版 された伝記 の中では、何 か

が子供 時代 の フラー に起 こったのは 間違い ないだ ろ う、作 中人物 マ リアナ の体験 は

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52メ モ ワーソレの 中 の マ ー ガ レット・フラ ー:編 集 され る女 性 知 識

フラー 自身の体験 だ ったのか もしれ ない といった よ うな慎 重 な扱 いは され るよ う にな って きて いるが、安 易にマ リアナ とフラー を同一化 す る伝記 がい まだ に見 られ るとい うの も事 実だる

このあた り、フ ラー 自身 の コメ ン トもあ る。 『 五 大湖 の夏』 が 出版 された直後 、 友 人のW・H・ チ ャニン グに書かれ た手紙で は、フ ラーの代表 作 『 十九世紀 の女醐

の下書き にもなった 『 大 いなる訴繭(一 八 四三)に 登場 し、マ リアナ 同様、フ ラ 0の 自画像 を写 した もの として多 くの読者 た ち に解 釈 され て きた架 空 の女性 ミラ ンダ、nれ る知 性、強す ぎる個 性、気 位の高 さといった気 質 を与 え られて いる この ミランダ よ りもマ1ア ナの方が私 らしいの に とい う、そんなニ ュアンスの込 め られ た一節 が記 され る。

このマ リアナ とい う女性 の子供 時 代か ら不幸 な結 婚、そ して死 を遂げ るまでのエ ピソー ドは、 『 五大湖の刻 とい う作 品の中でエ ピソー ドと して ど う機 能 している のか、フラーの嬬 論全体 を見回 した とき ど うい う意味 を持 ってい るのか 、きちん と分析 、解釈 され るべ きテーマ を秘 めた面 白い箇所 蔦 しか しな ぶ ら、マ リアナの 後 半生、つま り不幸な結婚及 び死 はフラー 自身の身 に起 こった 出来 事では ないに も 関わ らず、マ リアナ とフ ラー を安 易に結 びっ け、彼女 たちの よ うな 霞意識 の強 い女 性 は不幸な結婚 、不幸な死 に至 る とい うメ ッセー ジば か りが ギ フラー編集者}た ち の手に よって 図 らず も流布 され て しま ってい る。我々がマ リアナのエ ピソー ドに関 して読み と らなけれ ばい けないのは、フラー がマ リアナの よ うな架空 の女性 を創 出 す るに あた って何 を企 図 したのか とい うこ とだ ろ う。 フラ0と い う人 は、 どうも、

彼 女が書いた作 贔を分析す るこ とに読者 を誘 うとい うよ り、ど うい う人 間なのか と にか く知 りた い とい う欲 望を読者 に もた らす。 あ るフ ラー研究 者の言葉 を借 りる な ら、 「 フラー の生涯 そ のものが、あ らゆる女性 た ちの 自己探求物語 の原 型 を形成 す る伝説 的物語 だ った のだ。」(6)

ここで はマ リアナのエ ピソー ドをこれ 以上分析す る作 業は行 わない。た だ、一 人

(12)

メモ ワー ル の 中のマ ーガ レット・フラー:編 集 される女性 知識 §3

の書き手 が 噛 らの主体 」をモデル に した、あるいはモデルに した可能性 のあ る一 個 の人格 を フィ クシ 召ン色 の濃 い文 章の 中に登場 させ た ときの 自己演 出的 な身振

りにつ いて は慎 重な扱 いが され るべ きで あろ うとい う指摘 を してお くに と どめる。

フラー とい う女性 は ど うい う女 性だ ったの か とい う一種 禅話 化の ための編集作 業 が営 々 として行 われ てい く申で、フラー 自身 力牲 み 出 した虚 構の キャラクターをフ ラー とい う女性 の実像そ の もの として信 じて疑 わない ギ フラー編 集者Jが 横 行 して い る とい うこ との非 常に分 か りや す い一例 としてマ リアナ の ことを ここで取 り上 げた。

フィクシ ョンな どでの取 り扱 われ 方 といい 、手紙 、 環記の改憲 といい、マ リアナ のエ ピ ソー ドといい、こ うして フラーは 、死後、数多 くの人間た ちの解 釈 と編集作 業の 中で本来 の実像 を奪 われ 続 けた。

神 話 でない フラ0

では 、フラー とい う人物で はな く、彼 女が生 前発 表 した文章 、作 品は、フラー研 究、あ るいは アメ リカ女性 作家研 究の中でい かに評価 され 、いかな る位置づ けを与 え られ てきた のだ ろ うか。アメ リカ本国で は一九九二年 にマーガ レッ ト・フラー協 会が発足 し、1の 大会 な どで もほ とん ど毎 年セ ッシ 簑ンが組 まれm評 伝 、研究 書 も次 々 と出るな ど、本 国におい ては急速 にフ ラー熱 が高ま ってい る。 貝本のア メ リカ文学 研究 の場 で もフェ ミニ ズム研究 、女性 作家研究 が盛ん になってきてい るの は確 か だが 、 そ の中で フラーの作 品は ど う位 置づ け られ、ど う利用 されてい るのか。

『 十 九世 紀の女糊 。これ がおそ らくアメ リカ文学 とい う場 で女性 問題 を考 える

研 究者 たち に とって試金石 に なる よ うな作 品 なのだ と思 う。一 八四三年五月 、フラ

ー は前節 で も触 れたf大 いな る訴Pと い う論文 を書 き上 げ、七月 、この論文 は 『ダ

イアル』 に掲載 され る。 この論文 に大幅 な加 筆修 正が行 われ る形 で出版 された本 、

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54メ モ ワー ル の 申 の マ ー ガ レット・フ ラー一:編 集 され る女 性 知 識

それ がこの 狸 十九世 紀の女糊 とい う、いか に もとい った タイ トル のっけ られた作 品だ。 揖本 で近年出てい るアメ リカ文学史 の本の 中でも、アメ1力 文学 史上 初の フ ェ ミニス ト宣言 といった手短 な灘メ ン トつ きで紹介 され た 紛は してい るよ うだが、

本格的 な読解、分析 が試 み られた例はか な り少な い。

端的 にい うな らば、これ は非常 に難 解 な作 晶であ る。だか ら、きちん とした分析 、 解釈 が試 み られた こ とが 罠本 ではほ とん ど無 い。そ うい う簡 単な こ となのでは ない

か と思 ってい る。それ では ど う難 しいのか。

彼女 の作品はそ もそ も文章表現 自体の レヴェル で難 解蔦 一つ には文章全体 の構 成 に問題 があ る.賦 十九世紀 の女糊 な どは章分け も され ていな い しe話 題1塘 突 に、自由 自在 に飛 んでい く。ふ と気 がつ くと違 う話 に なっていた りす る。と同時 に、

基本的に散 文スタイ ルの文章の 中に、詩 、ドラマ 、説教 、書評 な どの文体が交 じり、

その上内容的 にも、短編 小説の類や 他の文 献 か らの引用な どが次か ら次へ と織 り込 まれてい く。まず はこ うい った要素 が私 た ち読 者を悩ませ る。フ ラー の作品を編 集 し、出版 しよ うとした者 た ちの 中には こ うい った悩ま しい箇所 を削除 して しま った 者た ちもいる。例 えば 『 五大湖 の刻 に関 してい うな ら、前節 で も触れた ドイツ に 実在 したあ る夢 遊病患者 の女性 を め ぐってkと 書 き綴 られ る脱線 な どを丸 ご と カ ッ トして しま うとい う版 潔出版 され続 けてい る。彼 女の弟 であ るアー サー ・8・

フラー がフ ラー選 集 『 故 国にて、そ して海外 にて麟(一 八五 六〉 に 『 五大 湖の夏墨 を収録す るに際 して大幅 な削除 を行 ったの を手始 めに、二十世 紀の フラー選集 の編 者た ちの中に もこの路線 を支持、踏 襲 してい る者 が複数 いる。大御 所ペ リー ・ミラ ー もその一人で 、フ ラー のf寄 せ 集 め」の文体 につい てr哀 れ なほ どに混 乱 してお

り」 、 「 耐 え難 いほ どに醜怪な るもの1と 酷 評 してい る。(7)

伝 認的事実 を紹介 してお くと、フラーは幼少 の頃、国会議 員 として活 躍 した父親

か ら当時の男子 が受 け るの と岡質 の教育 を施 され.特 に文章 表現に おいては論 理明

快 、簡潔 であれ と厳 しく指 導 されていた よ うだ。批 評家 によっては.フ ラーが父親

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メモワール の 中のマ ーガ レット・ フラー:編 集 され る女性 知 識55

とい う権威 の束縛 を脱 し、女性的 な文体 を模 索 してい たのだ と考 える人 もいるが、

とにか く彼 女 の文 章はお 世辞 に も うまい とはい えな い、後 に 『ニュー ヨー ク ・トリ ビュー ン』紙 の記事 を書 くよ うにな り.ジ ャー ナ リズ ムの世界 に身をお くよ うにな って、文 章が分 か りやす い、洗 練 された ものにな ってきた、そんな印象 もある。

彼女の文 章 の難 解 さは文体 に とどまるものではむ ろんない。彼 女が文章の各所 に 散 りば める知識 の雨 あ られ 漢、私 た ちを圧倒 す るの だ。 『 十九世 紀の女糊 な ど、

例 えば この作 晶の補遺 にペ トラルカ 、ス ピノザ 、エ ウ リピデスの文章、そ して彼 ら につ いての解 説 な どが無造作 に放 り出され て い るよ うに次 々 と並べ られ てい るの を 録にすれ ば 、相 当に西洋 の知 的教養 に精通 している読み手 でない限 り、作品全体 に 冒を通す とい う意欲 も萎 えて しま うか も しれ ない。この濫れ る知 識 とい う点にお いては、 当時 の読 者の 中で も辟易 していた人 が多 か ったよ うだ。

塒 代 を駆 け抜 けた フラー」の飾で フ ラーが主宰 した女 牲向け私 的教育機関 のこ とに触 れた。 陰 話 』 と命 名 され た一種 自己啓発セ ミナーの よ うな この機 関は、フ ラーが与 え る一定のテー マにつ いて出席者 たちが 自分 の考 えを述べ あい、教養及 び 自己表現 の技 を磨 い てい こ うと した一種 の学校だ。エマ ソン ら当時 を代表す る男性 知 識人 たち も出席者 の申に名 を連 ねてい るが、特 に女性 たちの啓発 を第一 の 鼠標に したユ ニー クな教育 の揚 で あった よ う蔦 出席者の 一入で あったキ ャ灘ライ ン ・ヒ ー り一 がつ けていた ノー トをも とに して授 業風 景を懐古 的に記 録 した ものが、この

「 会話 」で行 われて いた こ とを今 に伝 える数 少 ない貴重 な資料 にな ってい る。この 資 料にはな かな か面 白い人 物寸評 が書 き留 め られ て いて、先生 フラーについ ては、

あま りに も知 識が豊 かな上 に、その知識 を 自由奔放 に応用 してい く、例 えばギ リシ ャ神 話 と 獄一マ神話 に 出て くる人物名 を 自由 自在 に使 い分 け るので、私 にはち ょっ とっ いて いけな い とい った感 想 を読む ことができ る。(8>

話 を整 理 しよ う。 ど うもフラー の作品 は難 しい。一っ には文章が下 手であ る0同

時 に、読者 を圧倒す るほ どに知識 が溢 れて い る。このあた りの こ とを逆手に とるこ

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56メ モワールの 中の マー ガレット・ フラー:編 集 される女牲 知識

とに よって、フラーの作 晶を読 み、フラー について考 えてみ る ことの意義 を導 き出 せそ うだ。

P五大湖 の刻 とい う作 品で少 し具体的 に検証 してみ よ う。 この作 品では旅 の記 録 とい う本筋 を離 れて、詩や ドラマ のス タイル を織 り込んだ り、旅 の途 中で読 んだ 本にっい て長 々 と書 いた り、自 らの心の旅 を物 語化す るた めに、様々 な自己表 現の 手段 方法が 自由 自在 に用い られ てい る。一例 を示そ う。 二章 冒頭部。

五大湖

場 面:蒸 気 船0バ ッファロー 出発 直前。荷物 が積み込 まれ てい る。乗 客たち も船 に急 いでい る。 男 の子た ちが新 闘や らパ ンフ レッ トや らを亮 りつ けよ うと す るので 、 とって も うっ とうしい。」、S、 殖 の三人は、人 の寄 りつかない 隅

っこの大 きな柱 の陰で話 を始め鶴 雨 が激 しく降 り続 いてい る。

M:も うず っ と水 ばか り。 も うナイ アガ ラに別れ を告 げたんだ か ら、水 とは縁 を切 りたい ものだ わ。船の下 は もちろん水 だ し、こんな大雨 じゃ、頭の上 も水ば か り、

」:水 に文句 を言 って も始 ま らない さ。 こんな機会 もまた とない じゃないカ㌔

土 、水、空気 火 の 中か ら何か 選ばな きゃいけな い とした ら、僕は断 然水 に取 り 囲まれ る ことを選ぶ よ。

S:可 愛 ら しい水の精 にでもなったつ もり?

」:そ れ を言 うな ら1饒 はfト リ トンJ、 そ う、あの 「 傍 若無人な トリ トン」

になってみ たい もの蔦 そ うな る と、瓢 さん 、君は 灰 とか げJあ た りがふ さ わ しいかな。

顛:だ めだめ、よ く分か らない、それLや 。なんだ か今風 の神話 か、ホフマ ン

のお とぎ話 に 出て くるお話みた いだけ ど。わた しな ら、ノー ム(地 の精)が いい

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メモ ワール の 中 のマーガ レット・ フラー:編 集 され る女 性 知識57

な 。 … 働7‑78)(9)

」 は概 に名 前 を挙 げ た ジ ェー ム ズ ・フ リー マ ン ・ク ラ0ク で 、バ ッフ ァmま で 一 緒 に 旅 を し た

。Sは サ ラ ・ア ンeク ラー ク 、 ジ ェ ー ム ズ の妹 で 、 フ ラ ー と共 に 最 後 ま で旅 をす る。 瓢 は も ち ろ ん マ ー ガUッ ト ・フ ラ0。 三 つ の ア ル フ ァベ ッ トで 記 号 化 され た旅 の 主 役 た ち に よ る ドラ マ の 台 本 の よ うな ぺ0ジ が 数 ペ ー ジ 続 き、そ

して こ の 台 本 の 終 わ りの部 分 は 以 下 の よ うに散 文 へ と接 続 され て い く。

J:大 地 の上 で使 われ る言葉 には妙 に退 屈極 ま りない ものや、妙 に人 の心を詮 索す る よ うな言葉遣 いが見 られ る ものだ溺、水 の上で はそ んな ことはない。すべ ての ものが激 しく、すばや く動 く世界 で求 められ る ものは、力強 さ と明解 さ。だ か ら、海 の男 たち渉使 う荒 っぽい言葉 は知的 でもあ り、 あ らゆ る言葉 と出来事 、 行為 が見 事 に対応 して いる0海 の男た ちは、す ばや く、かっ堂 々 としゃべ らなけ れ ばい けない。的確 さも要求 され る。ホ メRス の よ うな、修飾 が多い言葉遣い を す るわけ にはいか ない。 で ・・a(蒸 気 船の汽笛 が闘 こえて くる)ち ょっ と、あ っ ちに行か ない と。

厳:こ れ だけ話 してきたの に結 局は陸地 の方に行 っちゃ うん じゃない。ホ メロ ス っぽい言葉 なんて 、 普 段闘 いた ことないわ、今風 のホメ 灘ス とい うことか しら。

Jは 返事もせ ず に遠 ざかって いっ鶴 微笑 みを浮か べてはいたが。む ろん己 自身 に笑 っていただけだ。

Sと 蟹 は 自分たちの船室 に戻 りe湿った冷気 、蒸気船 の臭いか ら遠ざか り、買った ばか りの小 説に読 み耽り始 めた。

翌 臼クリーブランドに停 泊した頃 には嵐 も上がり、断崖の 上に登ってみ ました。そこ

から眺 めるエリー 湖 は絶 景でした。湖 のそ こ ごこの深 さの違 い が影 響 してい るせ

いか 、湖 面は様 々な色合 いで彩 られ てい ま した。荒 れ模様 の天候 で、空 か ら差 し

込む光線 が激 しく変化 する こ ともあ って、 光 を映す 湖面が 一つの万華鏡 の よ うに

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58メ モ ワール の 中のマ ーガ レッoフ ラー:編 集 され る女 牲知 識

なってい ま した。ただ、 豊か な色彩 の基調 をな してい るのは陰 鯵な色合 いで した。

私 が心惹かれ たのが、赤土 の断崖 がぼ ろぼ ろ と湖 に崩れ落 ちてい る光景 で した。

水 際に どっ しりとそび える岩肌 とい うのが私 に とってはな じみ の深い情景 、 で も そ こでは陸地 と水 と力杯 思議 な形 で入 り交 じってい るので し鳥 そ う激 しくはな くぶっか りあい、互いをま った く寄せつ けない とい うわ けで はない のですが、た しか に相手 を拒 絶 してい るとい う誇 りの よ うな もの を感 じさせ るの です 。しか し、

土や岩が崩れ 落ちてい くた めに、陸地 と水 は絶 えず互い の領 分 を侵犯 し、そ の風 景を変化 させ 、その結果、自然 の造形 のダイナ ミズ ムを眼前に してい るとい った 印象 を人 に与え続 け るのです。(5齪9‑8◎ 〉

次々 と繰 り出 され る知識 、教養が ドラマの台本 とい う形 で縦 横無 尽に披露 され 、 読 者に よって は蹄易寸前 とい うところで散 文スタイルへ と文体 が転 換 され 、風 景に 関す る実 に丹念 な観 察、描 写が行 われ る。 この よ うな記 述のス タイ ル、 『五大湖の 夏』とい う作品が旅行記 であ るとい う前提で読 んでい る読者 に とって は好 みが分か れ よ う。

文章 ス タイル 及び 話題 の転 換が唐突 で急す ぎる といった文 章作法 上の 問題 に 関 しては、幼少の折 に父親 か ら厳 し く指導 された 、文章 は簡潔 であれ 、明快で あれ と い う教 えにあえて反す る女性 独 自の文体 の追求 を 霞指 していた のだ とい う考 え方 が ある ことは既 に指摘 しておいた。ただ、ジャ ンル の混溝 とい う問題 を含 め、 フラ ー の よく言 えば 自由奔放 な文体 について 、な にも女性独 自の文体 云々 とい うフ ェミ ニス ト的議論 に集約 させ て しま うだけでは味 気ない。ある一定 の枠組み の中で一 つ のテーマ を理論 的に論述 してい くことばか りに気を使 うのではな く、様 々な思考 回 路に 自らを置 く、柔 らかに次か ら次 へ と思考 してい く、そ うい う思考 ス タイル が 自 然 と文体 として現れた もの 、そ うい う風 に考 えてみ るの も面 白い と思 うの だ。

む ろんその一方で、フラーが例 えば 『 十九世 紀の女燭 でや ってい ることの一つ

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メモワール の 中 のマー ガレット・ フラ謄:編 集 され る女性 知 識59

は、結 婚 とい う制度 な どに関 して.ギ リシャ、ローマ 以来の西洋 の知的伝統、歴 史 の枠組み の 中で脈 々 と行 われ てきた思想 の試 みを編 集 し直す 、彼女 な りに理 論化 す る とい う大 作業だ。博 引秀証 も当然なの だ。 フラ0批 判 の代 表例 として、ホー ソー ンの妻 ソフィアの有名 なコメ ン トがあ る。簡単 に言 うな らば、女牲 は結婚 しなきゃ 駄 黛。 レヴェルの低 い憎 まれQだ が、この程 度の脆弱な理屈 で も、それ を論 破 して い くた めにはそれ な りの強靭 な理論 武装 が試み られ る必 要が ある。女性 の問題 に関 して、身近 な 目常 的な経験 だけに裏打 ち され た問題意識 を、はるかに大 きな知的 な 枠組 みの 中で考 え抜 いてい こ うとい う意 志に高 めて いかなければ な らない。そ うい う野望が フラー にはある よ うで、そ の野 望にっ きあ うためには、読者 もまた、知的 レ ヴェル にお いて彼 女 に追いつ いて い こ うとい う意 欲 と努 力が求 め られ てい る と い える。 『 十 九世紀 の女 燭 とい う作 品は、男性 支配の原理 に基づ く社会的束縛か

ら女性 を解 放せ ねばな らない とい うことだ けをただ念仏 のよ うに唱 えてい る、そ う い うフェ ミニ ス ト宣言では決 して ない。

しか し、まだ考 える必要が ある。難 しす ぎ るとい うのはやは りまず いのではない のか。一般 の読 者 と共有 し得 ない知 的活動、思考 の冒険は、所 詮、知 識人 たちの問 でだ け通 じる言葉遊 びに な りかね ない。 西洋 の古典 か ら近代 にいた るま での教養 、 知識 につい て例 えば女牲 問題 を軸 に して編 集 し直す とい う類い希 な る知性を、フラ ーは確 かに持 ってい る 。その卓抜 した知性 の持 ち主で ある彼 女が一般 の普通 の女性 たち に とって足 元を照 らして くれ る光 にな り うるの か。

『 五大 湖の夏』の中 にフラ0の 言葉 を追 ってい くこ とに しよ う。ナイ アガラの滝 に始 ま る旅 がイ ジノイ、 ウィス コンシン とい った 中西部 にさ しかか るあた りで、フ ラ0は いわ ゆ るフ ロンテ ィアに生 き る女性 たち の過 酷 な生活状 態 を 欝の当た りに す る。

現在 の とこ ろ、こ うい うフ雛ンテ ィア開擁者 た ちの生活で 一番 の問題 とすべ き

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soメ モ ワ ー一ル の 中 の マ ー ガ レット・フ ラー:編 集 され る 女 性 知 識

は、女性 たちが この薪 しい世界 に うま く遥応 してい ない とい うこ とです。西部 に 行 くとい う選 択は、たいてい の場 合、男性 が勝 手にす るもので、女性 はただたん に連れ て こられた に過 ぎ ませ ん。 女性 の側 に 自発的 な意 志が ある とい う場合 も、

好 きな人についてい きたい とい う思い がなせ るわ ざで 、こ うい う場合 も、女性 は 身 も心 も くた くた になって しま ってい る とい うのが ほ とん どです。薪 しい世 界で 生活す るのが最 良の選択 である とか 、 確 固た る意。 志を持 って薪 世界へ乗 り込んで きた など とい う女性 以外 に とっては、なお の こと、過酷な生活 が彼女た ちを待 ち 受 け、薪生活 にま った く馴 染む こ とがで きない とい うことに な りがちなのです。

男性た ちは、野 良仕 事や、鉄砲や 釣竿を使 った レジ ャーに精 を出す こ とがで きま す。肉体的 にも頑 丈で 、フaン テ ィアでの生活 に耐える ことも、それ を楽 しむ こ

ともで きるわ けです。(5a◎6)

フ ロンテ ィア に彼 女た ちは 自分の意 志で来たわ けではな い。 一発 当ててや ろ う、

土地が欲 しい、そんな気持 ちで フロンテ ィア を 翼指 した夫 や父親 たち に彼 女た ちは っ いてい くしかなか った。そ うい う彼女 たちには厳 しい 碍常労働 があ るだけで楽 し み な どほ とん どない。彼 女の考察 はこの よ うに生の観察 に も墓 ついてい る。頭 の中 でのみ思 索 し続 け る知識 人の文体 とは異な る側面 も見せてい るの法 そ の文体 には 同情 が灘れ ている、さ らには女性 知識人 として女牲蜀有 の文化 を実際 に花咲か せる こ とへ の期 待感 も表明 され る。 花 も咲 き乱れ る この美 しい大 平原(そ う、夏 の時期 、 霞本 の読者 の想 像 を絶す るほ どに、大平原 、大草原 は無 数の花々 に よって鮮 やかに 彩 られ る)で 、東 海岸 で育 まれた文化 とは異な った新 たな力強い文化 を女牲 たちが 産み 出す こ とも可能な のでは ないのか。 そ うい う議 論を もフラーは展 開 してい る。

こ うして一般 女性 への共感 、そ して期待 、夢 を語 り続 ける彼 女の語 り口に触 れてい

くな ら、知性の結 晶た る彼女 の難 解な文章 か ら漏れて くる彼 女の生 の声に耳 を澄 ま

す努力 はや は り読者 の側 にある とい うしかない。

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メモワール の 中の マーガ レット・ フラー:編 集され る女性 知 識81

また 、彼 女の視線 はア メ リカ ン ・イ ンデ ィアンの女性 たちに も向け られてい く.

彼 女が実 際にイ ンデ ィアンた ちの生活の環揚 にも足 を踏み入れ なが ら、特 に女性 た ちの悲 惨な有 り様 に っいてかな り細 か く観察 して いる ことは、本稿では詳 しく取 り 扱わ ない。フラーは、女牲 の問題 にっ いて西洋の知的伝統 とい う大 きな枠組み の中 で理論化 を試み る とい うタフな知 性を身 につ けてい るばか りでな く、一般 の女性た ちの生活 の現実 を見つめ、彼女 た ちの立場 に身 を置いて思考 しよ うとするバ ランス 感 覚 も持 ち合わせ てい る。 そ して、 白人女性 の問題 だ けを取 りあげるのではな く、

インデ ィアンの女牲 たち の問題 を も取 り扱お うとす るこ とで、 ジェンダー の問題、

人種 の問題 、そ して階 級の問題な どをク 灘スmバ ー させ なが ら、より大 きな知の 枠組み を構築 しよ うとしてい る。そ うい う柔軟 な思想 があ りうる とい うことを フラ ーは教 えて くれ てい る。

フ ラー と と も に知 の フ ロ ン テ ィ アへ

フラー は根 っか らの知 識人 、根 っか らの知の編 集者だ。 『 五 大湖の鋼 の後半に

は 、彼 女が旅 の間、そ して旅 の後 で読みま くったアメ リカ ン ・イ ンディアンをめ ぐ

る記録 につ いての紹介及 び 翻 の よ うな記 述が数多 く現れ る。ハー ヴァー ドの図書

館で調 べ ものをLた 女性 第 一号 が フラー だ、 駈 大湖 の刻 でイ ンディアンをめ ぐ

る代表 的な書 物につ いて紹 介 し、書評 を加 えてい くのを読 んでい る と、これ はま さ

しく知 の編 集者が 行 ってい る作業 だ と意識 せ ざるを得 ない。滅 び ゆ くイ ンディア ン

は記録 、書物 と して図書館 、博 物館 に保 存 してい くしかな い とい うフラー の意 識に

関 して は別 の場所 で議 論 した こ とが ある。 《1◎)自 らの父祖 や伸 問たちが過去 か ら

現在 に至 るまで しでか した こ とが大 きな要 因 とな って いるにはせ よ、少 な くとも直

接的 には 自らに原 因 と責任 があ るわけでは ない滅 びゆ く昆た ちに対 して、ひ とりの

人間 に何 が で きるの か。

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62メ モ ワー ル の 中 の マ ー ガ レット・フ ラー:編 集 され る女 性 知 識

先程 、フ ラー はた だ知 識に溢 れた知識人 だ ったわ けではな く、現実 の世界 に触れ ようとい う意志 を持 った知識 人で もあった と好意的 な評 価を示 し鳥 ただ しこの場 合、それはたん にフラー が ヒューマ エズ ムを兼ね備 えた知 識人だ った とい うこ とを 指摘 してい るわけではない。観察 者 として観 察対象 に関わ る世界 の外 部 に身 を置 い てい るとい う意識 が明瞭 にな けれ ば、観 察 した こ とを書き物 の申で正 しく編集 し直 す とい う作業iの客観性 は失われ て しま うか も しれ ないのだ。インデ ィアンの生活 の 中に飛び込 んで彼 らの生活 の悲 惨 さを身 を持 って体験 した として も、それ を人 に伝 えるた めには観察者、そ して 自ら渉得た情報 の書 き手 あるい は編集者 としての立場 は冷静 に保 っていな けれ ばな らなか った はずだ。観 察眼 に優 れた傍観 者、そ うい う 立場 を 自覚 してい る者 の 自意識 につ いて あま り簡単 に評価 を決め て しま うのは ま ず い。

また 、彼 女がイ ンデ ィアンを描写す る際、そ してそれ は フロンティアの風景 を描 写す る際の特徴 と も通 じる もの なのだが、彼 らをギ リシャ、mマ の神 話.あ るい は彫 像な どに見立 てる とい う手法 が頻 繁 に見 られ る。これは一 つには彼女が父 親か ら受けた少女期 の教 育の影響 とい うこ ともで き よう。あるい は、西洋的知 性の体現 者で ある彼女 の観察 ス タイル と表 裏一体 をなす手法 である ともい え よ う。生身 のイ ンデ ィアンの外 観につ いて描 写す るに際 し、彼 女の視覚 にはイ ンデ ィア ンでは なく、

ギ リシャ、灘一マ神話 の登場 人物や彫刻 が本 当に写 っていた に違 いない。フラー と い う知識 人の 「 眼差 し」のあ り方につい ては この よ うにい ろい ろ と考察す る余地 が あるのだがa本 稿で は これ 以上議論 を尽 くす スペ0ス がない。一 例だ け下に示 して お く。

雨の 中、くすぶ り加 減 のた き火 の上 にや かんが棒 でぶ ら下げ られaお 湯の沸騰

す る音が 闘 こえます4年 をとった舞台俳優 の ようなイ ンデ ィア ンが腕 を組んだ ま

ま立 ち上 が り.天 を見上げます。雨はひたす ら大地 をたたき続 け、雷は空気 を揺

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メモ ワー ルの 中 のマーガ レット・ フラー:編 集 され る女 性知 識63

ら します。立 ち上 がった彼の姿 は、ローマ風 の彫 像 よ りロマネス クな、フランス に根付 いたmマ 風彫像 とい った印象 です。(砺 盤1)

フラー にな らって とい うわけで はないぶ、私 自身 、フラ0が 『 五大 湖の刻 の旅 で足 を運 んだ 中西 部の各地 をほぼすべ て見 て回 り、また彼女 が作 晶の中に引用 した イ ンデ ィア ンをめ ぐる記録 を大 体チ ェック し、読む こ ともできた。 フラ0の 記述 に 導 かれ るまま に文 献の数々 を探 索 して い く作業は知 的興 奮に満ちていた。しか しど こかで引 け 虞を感 じ続 けて いた の も確 か蔦 私 は フラー に憶 れて旅 を してい るにす ぎない。 私 はた だ書物の 中だ けでイ ンデ ィアンにつ いて調ぺ 、知 ろ うとしてい る。

そ んな引 け 馨だ。異 国の過去 の人物 にっい て知 るた めには、翼本 にいれ ばなお さ ら それ しかで きない わけだが、基 本的に書物 に頼 らざるを得 ない。本稿 で紹介 してき た フラー とい うの もaあ くまで も、私が書物 の 中でそ して旅 の 申で調べた私 な りの 編集方針 で編 集 した フラーで しかない。

た だ、フ ラー があ る一 つのお決 ま りの議論 だ とか主 張だ とか をしてい たわけでは な く、よ り大 きな知的 枠組 みの 中で様 々 な声 を反響 させ、柔 軟 に思考 の輪 をつ なげ てい くとい う作業 を行 っていた 、そ うい う営 為 を見習 ってみたい と思 った りもす る。

フラー の 中西部へ の旅 の記録 も、十九世紀前 半の アメ リカの西へ の拡 大 とい う大 き な歴史 的事象 を背景 に して 、当時 フ ロンテ ィア地域 に旅 した 白人た ちが残 した様々 な記録 、文 書の一つ として見た とき 、か な り面 白い思索の種 を与 えて くれ てい る気 が してい る。フ ロンテ ィアは一 定のイ メージ を人 々に呼び起 こ し続けて きた。 しか し、 そのイ メー ジ形成 が実 際 に どの よ うに され てきた かはまだ曖昧 といって良い。

映画 やテ レ ビとい うメ デ ィアが表 現 し続 け てきた いわ ゆる西部劇 の世界 のみが フ

ロンテ ィア のイメー ジ形成 の主 役 をな して きたわけで もあるまい。フロンテ ィア拡

張 期の現揚 で記録 され た文字テ キス トも豊 富 に存 在 し、当時 か ら現在 に至 るフ ロン

テ ィア表 象 を支 え続 けて きた はずなの だ。当時 のフ ロンテ ィア地域を描 いて いる作

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64メ モ ワール の 中のマー ガ レット・ フラー;編 集 され る女 性 知識

品群が アメ リカ文 学、ひいて はアメ リカ文 化の大きな母胎 を構成 す る重要 なジ ャン ル の一っ とな り得 てい るので はないのか。多様 な人種、民族 に よって構成 され てい た移民 たちが、そ して女性 たちがいかな るフ ロンテ ィアを、いかな るア メ リカを形 成す るこ とになったのか、思 考、解明すべ きテーマは まだまだ未知 のままだ。

① 私 的 な こ と を こ こ で 書 き 留 めて お く と、彼 女 が 残 した 二 つ の 主 要 著 作 の 内の 一 つ に 『五 大 湖 の 夏 』 とい う旅 行 記 が あ り 、 注 ② に も あ げ たW捻 §ゆ 痴 簸 大 学 .c:f校 の 髭 伽yS伽1e教 授 と共 同研 究 も行 い 、試 訳 はす で に用 意 して い るg だ が 、 出版 社 の 事 情 な ども あ っ て 出 版 に こぎ 着 け る こ とぶ で きな い ま ま で い る。

② 以 下 本 文 申 で 扱 うフ ラ ー の 伝 記 的 事 実 関 係 に っ い て は 以 下 の も の を参 照 した 。 厳 謝 難W漉,!晦 霧撚 ヲ ψ酬 撚 陥 εお繊 θげ 伽 誌 劔 鱒Yb翌k:V癒 聡,194①;

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(24)

メモ ワー ル の中 のマ ーガ レヅト・ フラー:編 集 され る女性 知 識65

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(3)ニ ュ ー ヨ ー ク に 拠 点 を 置 き 、 主 に ジ ャ ー ナ リズ ム の 立 揚 か ら りベ ラ リ ズ ム 、 社 会 改 革 の 推 進 を 唱 え た グ リ ー リ ー に っ い て は 、 論 搬 紐 頒 亙se妙,伽 6魏 幽 ダx顔 θ 」'」/sf伽 朔1躍 ゼ6窃 ノ濃 ㎡ 必81}微

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(25)

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依 っ た。S醗 】 艶 ぬ 脚S癒 癒 が 編 集 した 以 下 の テ キ ス トで は 、 フ ラー の旅 を 金 銭 的 に援 助 し、旅 の 一 部 を問 行 したJa灘 鈴 鞭 憩 腿C}縫k¢ に よ る挿 絵 が掲 載 され て い る。3遡 酬 偲 麺 θ五凶 爾 血1j‑(敬 舳kf:#t#r

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(1◎)r額 縁 の 中 の 自然 、 イ ンデ ィ ア ン:マ ー ガ レ ッ ト0フ ラ ー た ちが 見 た ア メ

ジカ の風 蜘 『ア メ リカ文 学 幽(筑 波 大 学 ア メ リカ 文 学 会 、 蟹購)17:亙 ・ 鎗

参照

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