現代語訳「観心本尊抄」下
その他のタイトル A Modern Version of the "Kanjinhonzonsho" II
著者 中農 晶三
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 15
号 2
ページ 255‑267
発行年 1984‑03‑28
URL http://hdl.handle.net/10112/00022765
研 究 ノ ー ト
現代語訳「観心本尊抄」 下
中 農 晶
(承前)
質問していう。先に出た大きな疑惑には,未だよく通じる説明がなされていない。どうである か。
ろ つ ば ら み つ
答えていう。無量義経にいう。「菩薩がまだ悟りに到達するための六波羅蜜(布施・持戒・忍 辱・精進・禅定・知恵の六種の徳目)を実践修行することができなくても,その功徳(六波羅蜜)
は自然に現われる」と。法華経に「完全な教え(正法または妙法)の道を聞きたいと思う」とあ る。涅槃経に「薩(サンスクリットのサットー正の音写で,沙ともいう)とは,完全な教えに名 づける」と。竜樹菩薩はいう。「薩とは六である」と。無依無得大乗四論玄義記にいう。「沙とは 訳して六という。胡国の法では六をもって完全な教えの意味としている」と。吉蔵の疏(法華義 疏)にいう。「沙とはことばをかえると,完全な教えになる」と。天台大師は「薩とはサンスク
リットで,ここには妙とことばをかえる」といっている。
わたしが通じやすいように追加すると,本文をけがすようだ。そうはいっても文の心は,釈尊 が因位において修行したすべての善行と,仏の果位において達成したすべての万徳の因果の二法 は,妙法蓮華経の五字に完全無欠である。われわれがこの五字を受持すれば,おのずから自然に 仏は因果の功徳を譲り与えて下さる。
し ゅ ぼ だ い
四人の大声聞(須菩提.嘉誓覧.誠菫.眉笛筵)が悟っていう。「無上の宝珠を,求めないの におのずから手に入れた(声聞界にも仏界がそなわっていることを明らかにした)」と。われわ れの心にそなわっている声聞界である。
「(一切の衆を)わたし(釈尊)の如く同等にして,異なることがないようにさせよう。わた しがむかし願ったところのものは,いまはすでに満たされている。一切の衆生を教化して,みな 仏道に入らさせる」(法華経方便品)とある。妙覚の釈尊はわれわれの血肉である。その因果の 功徳はわれわれの骨髄ではないか。
宝塔品にいう。「よくこの経法(法華経)を護るものがあるなら, その者たちは, すなわちわ たし(釈尊)と多宝如来を供養することになるのだ。·…••また多くの集まってこられた化仏が,
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巻第2
号もろもろの世界をうるわしくおごそかにし,光で飾られた者をも供養することになる」と。釈迦
•多宝・十方の諸仏は,わたしの心にそなわる仏界である。その跡を受けついで,その功徳を手 に入れるのだ。「しばらくの間でもこれ(法華経)を聞いたら, すなわち至上の完全な悟りを無 上にまで極めることができるからだ」(法華経法師品)というのはこれである。
じゅうりよほん
寿量品にいう。「それなのにわたし(釈尊)は実に仏に成ってからこれまで,無量無辺・百千
な ゆ た こう
万億・那由多(ナュタの音写で, 1千億あるいは 1兆)劫(カルパの音写で,想像を絶した長い
じんでん
期間)である」と。われわれの心のなかの釈尊は,五百塵点という想像も計算も絶した長い数字 をかりて現われた,法身・報身・応身の三身をそなえた永遠無始の古仏である(自分の心に仏界 がそなわっている証拠)。
経(寿量品)にいう。「わたし(釈尊)がかつて菩薩の道を実践しながら, そのために得たと ころの寿命は,いまもなお満了していないから,先にあげた年数の二倍もある」と。わたしたち の心のなかにそなわっている菩薩界である。大地の割れ目から出現した千界の菩薩は,自分の心 のなかの釈尊の脊属である。たとえば周の文王に見出され文王,武王に仕えた太公望,文王の子
こうたん
で武王の弟であり,甥の成王を輔佐して,国の安泰をはかった周公旦は,周の武王の臣下,おさ
す く ね
ない成王の巻属である。景行から仁徳の各朝に仕えた武内宿禰は神宮皇后の棟梁(重任にたえら れる人)で,仁徳王子の臣下であるようなものだ。上行・無辺行・浄行・安立行(地涌の四大菩 薩)は,わたしたちの心のなかの菩薩である。
妙楽大師はいう。「わが身と国土とは,一念にそなわっている三千の姿であることを, まさに 知らなければならない。だから無上の悟りを開くときは,十界が相互に関連し合っている教理に 合致して,一身一念は宇宙に遍満する」と。
釈尊がはじめて悟りを開いて華厳経を説いた場所である寂滅道場,華厳経に説く浄土である華 蔵世界から,涅槃経を説いて釈尊が涅槃に入った場所である沙羅林で,教化を終るまでの50余年
みつごん さんぺんどでん
の間,華蔵世界・密厳教の密厳世界・三変土田(三度にわたって釈尊が裟婆世界を変え,清浄な
ど う ご ど
国土にした一見宝塔品)•四見(凡夫と聖者が同居する凡聖同居土,声聞・縁覚の二乗と菩薩の
う よ ど む し よ う げ ど じようじゃつこうど
住所である方便有余土,菩薩だけが住む実報無障凝土,仏の住む常寂光土の四種の仏土)の三 土・四土は,すべて一世界が成立し,やがて空無に帰してから,次の世界が成立するまでの間の 無常の国土であって,仏が変化して見せた方便・実報・寂光・安養(阿弥陀仏の浄土)・浄瑠璃
(薬師仏の浄土)・蜜厳などの浄土である。生滅変化する歴史上の教主釈尊が涅槃に入ると,変 化する諸仏もしたがって滅びつきてしまう。仏の国土もまた同様である。
法華経の本門に説かれた久遠実成の本仏が,永遠に住する裟婆世界は,三つの災害(大は火・
しこう
水・風,小は飢饉・疫病・兵乱)を離れ,成立・存続・破壊・空無の変化を繰り返す四劫の世界 を超えた常住の浄土である。無始無終の仏には生滅はなく,過去にも滅しないし,未来にも生じ ない。教化される九界の衆生も同様に常住の存在である。これすなわち,仏の教えを受持する心 にそなわっている三千世界,三種の世間(ものと心のかかわり合いの境地である五陰世間と衆生
現代語訳『観心本尊抄』(中農)
世間,国土世間)である。法華経の迩門十四品(前半の十四品)には,まだこの国土常住と,仏 と衆生には生滅のないことが説かれていない。法華経のなかでもまだその時が来ず,機が熟して いなかったからであろうか。
この本門の肝心かなめである南無妙法蓮華経の五字においては,仏はなお文珠・薬王などの菩 薩にも,これを授けて託されなかった。ましてそれ以下の者には当然のことだろう。ただ涌出品
はつぼん
で地涌千界の菩薩を召して,嘱累品に至るまでの八品(涌出品・寿量品・分別品・随喜功徳品・
法師功徳品・常不軽品・神力品・嘱累品の八品)を説いて, これを授け託されたのである。(こ のくだりは四十五字法体段と呼ばれ,本抄中最重要箇所のひとつ)。
その本尊のありさまはといえば, 教主釈尊の国土である娑婆世界の上に, 宝塔が空中にかか り,塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏と多宝仏,釈尊の脇士は上行などの四菩薩である。文 珠・弥勒などの四菩薩は,脊属として末座におり,久遠実成の仏が仮りの姿を現して教化した菩 薩や,娑婆世界以外の他方の国土から集まってきた大小の菩薩たちは,万民が大地にとどまって いて,殿上人を見るようなものである。十方の大勢の仏は大地の上に場所を占めておられる。そ れは久遠実成の仏が仮りの姿をかりて教化した仏と,それにふさわしい仮りの世界を現わすから だ。(日蓮の曼荼羅の原典)。
このような本尊は,仏の在世
5 0
余年の間にはなかった。法華経8
年(釈尊最後の8
年間が法華しようぽう
時)の間にも,ただ八品に限られている。正法(釈尊入滅後千年の間で,教・行・証の三つのそ ろっている時代)・『蔽麗(つぎの千年の間で,教・行のみの時代)の
2
千年の間は, 小乗の釈尊かしよう あ な ん こんだいじよう
は迦葉・阿難を脇士とし,権大乗ならびに涅槃経や法華経の迩門における釈尊は,文珠・普賢菩 薩などを脇士とされた。これらの仏を正法・像法の間に造ったり,描いたりしたけれども,いま だ寿量品の仏はいらっしゃらなかった。菜筐(正法・像法
2
千年をすぎて後の時代で,教だけが ある。永承6
年,西歴1 0 5 1
年が仏滅2
千年で,それ以後の時代を末法という。日蓮が本抄を著わ したのは文永1 0
年,西歴1 2 7 3
年。翌年1 0
月蒙古軍が壱岐・対馬を侵し,筑前に上陸したが,大風 おこり戦艦2
百余沈没。同1 2
月日蓮独自の曼荼羅を図顕)に入って,はじめてこの仏像を出現さ せるべきだろうか。質問する。正法・像法
2
千余年の間,小乗・大乗・法華経迩門の衆生が依りどころとする菩薩 ならびに人師たちは,さまざまな仏,小乗・権大乗・法華経以前の経・または法華経迩門の釈尊 などの寺や塔を建立したけれども,法華経本門寿量品の本尊ならびに上行・無辺行・浄行・安立 行の四大菩薩(本門の四依)をば,インド・中国・日本の三国の王も家臣もともに,いまだ尊び 重んじなかったいわれを申された。このことは大略聞いたといっても,前代未聞のことだから耳目が驚き騒ぎ,心が迷ってしまう。どうかもう一度説明してほしい。くわしく聞くでしょう。
ら( しようそ
答えていう。法華経一部八巻二十八品,それ以前の乳味(華厳)・酪味(阿含)•生蘇味(方等)
・熟猷味(般若)の四味の教え,以後の涅槃経の釈尊一代に説かれた諸経を総括すれば,ただ法 華経ー経に帰する。釈尊一代の教えを三段に分けると,はじめ寂滅道場で説かれた華厳経から,
関西大学「社会学部紀要』第
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巻第2
号じよぷん しようしゅうぶん
般若経に至るまでは序分である。無量義経・法華経・普賢経(法華三部経)の十巻は正宗分
るつうぷん
(本経を述べる部分)である。涅槃経などは流通分(正宗の流通をすすめる部分)である。正宗
じよほん ほう
分十巻のなかにおいてもまた,序・正・流通がある。無量義経と法華経の序品は序分である。方
べんぼん ふんべつくどくほん
便品から分別功徳品の
1 9
行の詩頌(この品の前半は内容的には正宗分である寿量品のつづき)ま での十五品半は,正宗分である。分別功徳品の釈尊在世中の四つの信仰のあり方から,普賢経に 至る十一品半と一巻とは,流通分である。また法華経などの十巻においても,迩門と本門があって,そのおのおのに序・正・流通がそな
1こんきほん
わっている。迩門である無量義経と法華経の序品は序分である。方便品から人記品に至る八品
ほ つ し ほ ん あんらくぎようほん
は,正宗分である。法師品から安楽行品に至る五品は流通分である(迩門三段)。その教主を論 じるなら,ブッダガヤの菩提樹下ではじめて悟りを開いた仏である。久遠実成の釈尊に対してい えば,娑婆世界に常住不滅の百界千如(十界がまた一界ごとに十界をそなえているから百界とな り,その百界が十種の範疇,すなわち十如是をそなえているから千如となる)ではなくて,迷い を転じて悟りを開き,もともとはそなわっていない百界千如を説いて,すでに説かれた己説(前 四味諸経),いま説かれている今説(無量義経・迩門),まさに説かれるであろう当説(涅槃経な ど)を超えた,自らの悟りの境地をありのままに説きつくす,信じがたく理解しにくい正法であ る。過去に仏法に縁を結んだいわれをたずねると,釈尊が大通智勝仏のもとで,
1 6
人の王子のな かの第16
番目の王子と生まれて仏となる種を下ろし,さらに進んで華厳経などの前四味の諸経をけじようゆほん
説いて,仏法に縁を結ぶ助けとし,大通知勝仏のもとでの種子をさとり知らしめた(化城喩品)。
これは仏の本意ではない。ただ毒を塗った鼓が,たまたまその響きによって潜在する毒を発さし めてしまうように(涅槃経),一分の機根のものだけにできることである。大通知勝仏によって 仏になる種をまかれた二乗(声聞・縁覚)と凡夫は前四味の諸経を縁とし,だんだんに法華経に 近寄って種子を顕わし,仏種を開顕して成仏する。これが仏の正機である。また在世においては じめて八品を聞く人と天の神は,ときには一旬一詩頌を聞いて仏となる種を心中にまき,それぞ れの機根に応じてあるいは熟し,あるいは解脱して利益を得,あるいは法華経の結経である普賢 経や涅槃経に至り,あるいは正法・像法・末法の時代に,小乗経や権経などを縁として,法華経
に入る者もある。たとえてみれば,釈尊在世のころの前四味の者のようである。
ゆじゆつぼん
また本門十四品にも序・正・流通がある。涌出品の半品(同品の冒頭から,「仏今答之。汝等 自当。因是得聞。」までの前半部)を序分として, 寿量品とその前後の涌出品後半部の半品,分 別品の半品を正宗分とする。それ以外は流通分である。その教主を論じるなら,菩提樹の下では じめで悟りを開いた釈尊ではない。説かれたところの法門も,また天地のちがいがある。すなわ ち釈尊の久遠実成が明白にされ, そして十界の存在と, 国土世間の永遠であることも現わされ た。竹膜は竹の内側に生ずる薄皮であるから,一念三千というのも,竹に比較される本門の事
(実践)の一念三千と膜に比較される理(理論,観照)の一念三千とは,あたかも薄皮一枚を隔 てた程度の僅差がある。また迩門ならびに前四味・無量義経・涅槃経などの己説・今説・当説の
現代語訳『鍋心本尊抄」(中農)
三説は,ことごとく衆生の性情に応じて種々に説く方便の教えであって,信じやすく理解しやす い。本門は三説と異って,信じがたく理解しにくいし,久遠実成の釈尊が自らの悟りの境地をあ りのままに説きつくしている。
また経文から導き出される経文の文の底にしずめた意味での本門(「一念三千の法門は但寿量 品の文の底にしずめたり」開目抄)においても,序・正・流通がある。三千塵点劫という無限の 過去に大通知勝仏が説いた法華経(化城喩品)から…・・・現在の華厳経……法華経の迩門十四品・
涅槃経などの釈尊一代
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余年に説いたもろもろの経・十方三世の諸仏のほこりのようにこまかい 諸経は,みな寿量品の序分である。一品二半(寿量経一品と涌出品と分別品のそれぞれ半品)以 外は,小乗教・邪教・真の悟りを開かなぃ簗籠鼠薮・ 真実の教えを覆いかくして明かさない覆籍きよう
教と名づける。これらの教えを聞いた者の機根を論じたら,徳薄く,煩悩の垢を重く身につけ,
幼稚,貧窮,孤児同然で,禽獣と変わらない。法華経以前の経や法華経の迩門のなかで,仏の悟 りをありのままに説いた円教でさえ,それでも成仏の本源ではない。まして大日経などのもろも ろの小乗教はなおさらである。だからこそ華厳・真言など七宗のインドの論師・中国の人師の宗
ぞうきよう
派はいうまでもない。肯定的に論じたら,内容が小乗教である蔵教,方等経や般若経に通じ声聞
つうぎよう
・縁覚・菩薩の三乗にも通じる大乗経である通教,菩薩だけに通じすべてのものを差別の面から
ペつきよう
見る別教の三教の域を出ない。否定的にいえば,蔵教・通教と同じである。たとえ仏法は深甚だ といっても,まだ下種益・成熟益・解脱益の三益を論じないから「かえって小乗仏教の最終目的 である一種の自殺行為ともいうべき,身体と心を無に帰するのと同じだ。教化は貫徹していな い」(法華文句)とは,これをいうのだ。たとえば, 王女だといっても畜生の種を懐妊したら,
その子はインドの最下級の種族にも劣るようなものである。閑話休題。
迩門十四品のなかの正宗八品(方便品から人記品までの八品)は,ひと通りこれを見ると,声 聞・縁覚の二乗をもって正とし,菩薩・凡夫をもって傍としている。再度これを考えてみると,
凡夫と正法・像法・末法をもって正としている。正法・像法・末法の三時代の中でも,末法のは じめをもって正がなかの正としている。
質問していう。その証拠はどうか。
ほ つ し ほ ん
答えていう。法師品に「しかもこの経は,如来がおられる現在でさえ,それでも恨み嫉まれる ことが多い。まして如来が入滅したのちはなおさらである」といっている。宝塔品にいう。「こ
け ぷ つ
の法が久しくとどまるようにさせるべきである。……ここに集まってきた化仏たちは,必ずわた
か ん じ ほ ん
し(釈尊)の意志を知っているにちがいない」と。勧持品にいう「多くの無智の人が悪口をいい,
あんらくぎようぼん
ののしり,また刀杖を加えるものがあるだろう」,安楽行品にいう「のちの末世に,法が滅びよ うとしているときにおいて」などの文に,これを見なさい。迩門でさえ,この通りだ。
本門をもってこれを論じると,ひたすらに末法のはじめをもって正機としている。いわゆるひ と通りこれを見るときは,釈尊が過去に大通知勝仏の第1
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番目の王子として生まれ,出家して悟 りを開き,衆生に仏に成るための種子を下したのをもって下種とし,その衆生が法華経大通・前関西大学「社会学部紀要」第
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巻第2
号四味・迩門の教えを聞いて教化され,機根が成熟していったのを熟とし,最後に本門に到達し て,菩薩が悟りを達成した位である妙覚• その次の位である等覚に登らせた。再度これをよく見 ると,迩門とは同じでない。本門は序・正・流通ともに,末法のはじめにそなわるとしている。
仏在世中の本門と末法のはじめとを,純円(完全無欠な教え)はひとしく対象にする。ただし,
仏在世中の衆生は解脱益を与えられたが,末法の衆生は過去に下種を受けていないから,下種益 が与えられる。また仏在世中は一品二半,末法にはただ題目の五字である。
質問していう。その証文はどうか。
答えていう。涌出品に「そのとき,この娑婆世界以外の他方の国土から集まってきた菩薩たち で,
8
つのガンジス河の砂の数を超えたものが,大勢の会衆のなかから立ち上がり,合掌し,礼 拝して仏に申し上げた。世尊よ,もしわたしたちに,仏が入滅されたあと,この娑婆世界にあっ て,勤めて精進を重ねて,この経典(法華経)を護持し,読誦し,書写し,供養することをお許 し下さるなら,まさにこの国土において,広くこの経を説くでありましょう,と。そのとき,仏 は多くの菩薩たちに告げられた。善男子よ,やめなさい。おまえたちが,この経を護持すること にこだわる必要はない」といっている。ほ つ し ぼ ん けんほうとうぼん だ い ば だ つ た ぼ ん か ん じ ぼ ん ぁんら<Ifよう
右の涌出品の仏のことばは,法師品より以下の五品(見宝塔品・提婆達多品・勧持品・安楽行
ぼん
品)の経文で,仏が入滅したのちに法華経の弘通を勧めてきたのに比ぺると,前と後では水と火 ほどの違いである。宝塔品の本文の末尾でいう。「釈尊は大音声をあげて, あまねく四衆に告げ られた。おまえたちの中で娑婆世界で,広く妙法華経を説くことができるのはだれなのだ」と。
たとえ教主は釈尊一仏だといっても,これを勧められたら,薬王などの大菩薩・大梵天王・帝釈 天・日天•月天•四天王らはこれを重んじる上に, 多宝仏や十方の世界から集まってきた諸仏 も,主人である釈尊の客仏となって,ともにいさめさとされた。多くの菩薩たちは,ねんごろな この教えを後世に伝えるように委嘱されたのを聞いて「わたしは一身の命を愛しません。ただ無 上の仏道だけを惜しみます」 (勧持品)との,誓いのことばを立てた。これらはひとえに,仏の 御心にかなおうとしたためである。だのにほんのつかの間に,仏のことばが相違して, 8つのガ ンジス河の砂の数よりも多い菩薩たちが,この娑婆世界で法華経を広めるのを制止された。進退 ここにきわまる。凡夫の知恵では及ばない。天台智者大師(知顕)は前三後三の六釈(法華文句 による
6
つの解釈。他方の世界から集まってきた菩薩たちに,法華経弘通を制止した理由の3
は( 1 )
他方の世界でそれぞれの任務がある,( 2 )
この世界に関係が薄い,( 3 )
地涌の菩薩によって,迩門 を破り本門を顕わさんがため。地涌の菩薩たちを召集した理由の3
は( 1 )
本仏によって教化された 弟子による弘通を望む,( 2 )
この世界に関係が深い,( 3 )
久遠実成を顕わさんがための六釈)を作っ て, これを理解された。 しょせん迩化(迩仏の化導を受けたもの)や, 他方の世界の大菩薩らしゃくけに,寿量品の文底に秘めた教えを授与すべきではない。末法のはじめは,正法である法華経にそ むき,誹謗する謗法の国であって,機根は邪悪だから,耐えることのできない迩化の菩薩に授与ほうぼう
するのを止め,地涌千界の大菩薩を召集して,寿量品の肝心である妙法蓮華経の五字をもって,
現代語訳『槻心本尊抄」(中農)
人間世界の衆生に授与させたもうのである。また迩化の大衆は,久遠実成の釈尊に教化されて,
初めて発心した本化の弟子ではないからである。天台大師は「これら地涌の菩薩は,わたしの弟 子である。まさにわたしの法を弘めるだろう」と述べているら妙楽大師(湛然)はいう。「子が
ふしようき
父の法を弘める。世界の願いに従って法を説き,利益を得させる」と。輔生記には「法はこれ久
じよう
成の仏の法であるからして久成の人に授ける」といっている。
また涌出品のなかで, 弥勒菩薩は心に疑惑を生じ, 仏に請うていった。「わたしたちはまた,
仏が時と場所に応じて説かれたことと,仏が出されたことばとは,いまだかつて偽りであったこ とはないし,仏は知っているはずのものをば,みなすべて通達しておられると信じていますけれ ども,それでも新しく発心したばかりの菩薩たちは,仏が入滅されたあとで,もし仏が始成正覚 の仏ではなく,久遠実成の仏であることを明かされたことばを聞きますと,あるいは信じ受け入 れることができなくて,法を破るという罪業の因縁をおこすかもしれません。そうでありますか ら,世尊よ,どうかそのために解説をして,わたしたちの疑いを除いて下さい。また未来におい て善男子たちが,このことを聞いていたら,ふたたび疑いを生じることがないでしょう」と。文
かいCん
面の心は,寿量品に示された釈尊が菩提樹下での近成を開払して,久遠の実成を顕わされた開近 顕遠の教理を,仏が入滅したのちのために懇請したのである。けんのん
寿量品のなかで良医の比喩に説かれている,父の良医が他国へ旅行中に,毒薬を誤って飲んだ 子どもたちのなかで「ある者は本心を失い,ある者は失わないでいた。……本心を失わなかった 者は,父が与えた良薬が色も香りもともにすぐれているのを見て,すぐにこれを服用したので,
病気はすっかり治って全快した」と。心を失わなかった者に当たる久遠下種,大通結縁,……前 四味,迩門などの一切の菩薩・ニ乗・人・天の神らが,本門において得道するのはこれである。
同じく寿量品にいう。 「その他の本心を失ってしまった者(末法の衆生)は,その父(仏)が 帰って来たのを見て, 同じように歓喜し問い尋ねて,病気を治して下さいと求めたのだけれど も,それでも薬を与えたのに,服用しなかった。なぜかといえば毒気に当てられて,本心を失っ てしまっているから, このようにすぐれた色と香りがある薬でも, おいしくないと思ったから だ。……それならわたしは,いままさに巧みな教育方法を使って,この薬を服用させなければな らない。……このすぐれた良薬をいまここに用意しておく。おまえたちょ,これを取って服用し なさい。病気が治らないのではないかと心配してはいけない。この教えを告げてから,また他国 に出かけ,使いを遣わし,その者に帰国させて告げさせた(おまえの父は死んでしまった)」と。
分別功徳品に「悪世末法のとき」といっている。
質問していう。この経文の「使いを遣わし帰国させて告げさせた」とはどういう意味か。
し ぇ
答えていう。四つの依りどころとすべきものを指す。四依に
4
種類がある。人についての四依 に関しては,小乗の四依は,正法千年の前半5
百年(仏の滅後5
百年)ぐらいの間に出現する。大乗の四依は,正法の後半
5
百年(仏滅後5
百年から1
千年)ぐらいの間に出現する。つぎに法 華経迩門の四依は,像法時代(仏滅後1
千年から2
千年)の1
千年の間に出現し,少数は末法の関西大学「社会学部紀要』第
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巻 第2
号初期にも出現する(迩化の菩薩)。最後に本門の四依は,地涌千界の本化の菩薩であって,末法 の始めに必ず出現する。いまいわれた「使いを遣わして帰国させて告げさせた」とは,末法救済 のために本仏から特派された遣使である地涌の菩薩のことである。 「このすぐれた良薬」とは,
寿量品の肝要であって,天台大師知顛が法華経の題目を
5
つの範疇に解釈した釈名・弁体・明宗・論用・判教をすべてそなえた南無妙法蓮華経が,これである。この良薬を,仏は迩門で化導さ れた菩薩にさえ授与されなかった。まして他方の世界の大菩薩に授けられるわけがない。
じんりきほん
神力品にいう。「そのとき,千世界の微麿の数にも等しい大地の割れ目から涌き出てきた菩薩 は,みな仏の面前で,一心に合掌し尊顔を仰ぎ見て,仏に申し上げた。世尊よ,わたしたちは仏 が入滅されたのちには,世尊と分身の仏がおられる国土の中で,涅槃に入られる場所という場所 で,必ず広くこの経を説くでありましょう」と。天台大師は「ただ下方(地涌の菩薩)の弘経の
どうせん ふぞく
誓いだけを見た」といっている。道宣はいう。「付嘱(仏が法を与えて,その経の護持と弘通を 委嘱)することは,この経をただ下方の大地から涌き出た菩薩だけに授けるのである。なぜそう なのか。法が久遠実成の法に従っているから, 久遠実成の人に授けるのだ」と。文珠師利菩薩
こんじき
は,東方金色世界の不動仏の弟子,観世音菩薩は西方無量寿仏の弟子,薬王菩薩は日月浄明徳仏 の弟子,普賢菩薩は宝威徳上王仏の弟子である。いちおう釈尊の教化をたすけようとして,この 娑婆世界にやってきたのだ。いずれも法華経以前の経,または迩門の菩薩である。久遠実成の教 えを所持する人ではないから,末法の時代に妙法(本法)を弘通する資格の足りない者というべ きだろうか。
経(神力品)にいう。「そのとき,世尊は••…•すべての衆の前で,大神通力を現わされた。世 尊は広長舌(仏の三十二相の一つで所説の真実であることを現わす相)を出して,上は梵天の世 界にまで届かせ……十方世界のもろもろの宝樹の下の獅子座の上の諸仏も,また同様に広長舌を 出された」と。だが顕教・蜜教の二道,一切の大小乗教のなかに, 釈迦と多くの仏が並んで座 り,舌相が梵天にまで至った経文は,ほかにはない。阿弥陀経に多くの仏が広くて長い舌を出さ れ,三千大千世界を覆うというのは,釈迦の説法の一節であって,法華経のなかのように諸仏が 集ってこられたのではない(『守護国家論」)。だから, 名だけはあるが実はない。般若経に,
世尊が舌相を出して三千大千世界を覆い,無量の光を放って般若経を説いたというのも,ぜんぜ ん証明ではない。これらはみな仏の悟りをそのまま説いて,すべてのものがとけ合って完全にそ なわっている円教を主としながら,仮りの教えである権教を兼ねたり帯びたりして,久遠実成を 説く法華経の教えを覆いかくし,十分明らかにしていないからである。
このように十種の神通力(神力品)を現わし,地涌の菩薩に妙法の五字の法を与えて,その経 の護持と弘通を委嘱していう。神力品にいう。「そのとき,仏は上行菩薩をはじめとする菩薩の 大衆に告げられた。諸仏の神通力は,このように無量無辺で考えもおよばない。もしわたしが,
この神通力を使って,無量無辺百千万億阿僧祗劫という無限に長い期間にわたって,教えを広め ることを委嘱するために,この経の功徳について語っても,それでも語りつくせない。要点だけ
現代語訳「観心本尊抄」 (中農)
をいうと,如来が説く一切のあらゆる法と,如来の一切の自在の神通力と,如来の一切の森羅万 象の理を収める蔵と, 如来の一切のきわめて深い実相の因果とが,みなこの経の中で,述べ示
し,あきらかに説かれている。」(妙法五字が結要付嘱の要法)。
天台大師は「そのとき, 仏は上行菩薩に告げられた以下の文は, (天台大師が)神力品の散文 を,
3
等分した第3
の部分で,結要付嘱(教えの中心を要約して,護持と弘通を委嘱すること)である」といっている。伝教大師はいう。「また神力品にいう。要点だけをいうと,如来が説く 一切のあらゆる法。……述べ示し,あきらかに説かれている〔以上経文〕。あきらかに了解した。
仏が悟られた内容の一切のあらゆる法,悟られた内容の一切の自在の神通力,悟られた内容の一 切の神秘な蔵,悟られた内容の一切の深遠な立場は, みな法華経のなかで,述べ示し, あきら
じようぎよう あんりゆうぎよう
かに説かれている」と。この十種の神通力は,妙法蓮華経の五字をもって,上行・安立行・
じようぎよう むへんぎよう
浄行・無辺行の四大菩薩に授け与えられた。十種の神通力の前の五神通力(広長舌・放光・菩 欽・弾指・地動)は在世のため,後の五神通力(普見大会・空中唱声・咸皆帰命・蓬散諸物・通 一仏土)は滅後のためである。そうはいっても,もう一度これを論じると,ひたすらに滅後のた めである。だから神力品の上記の散文につづく詩頌で「仏が入滅されたのちに,この経を護持す れば,諸仏はみな歓喜して,無量の神通力を現わされる」といっている。
ぞくるいほん
神力品第2
1
の次の嘱累品第22にいう。「そのとき,釈迦牟尼仏は法座より立ち上って,大神通 力を現わし,右の手をもって量りしれない菩薩の頭をなでて•…••いまこの経を,おまえたちに与 ぇ,経の護持と弘通を委嘱する」と。地涌の菩薩をはじめ,迩門で化導された迩化•他方から来 た菩薩……梵天・帝釈天• 四天王らに, この経を与え,護持と弘通を委嘱されたのである。「十 方から集ってきた多くの分身の仏を,それぞれ本土にかえらせ……多宝仏の塔は,また元のよう にされますように」と。法華経の薬王品より以下の各品や涅槃経では,地涌の菩薩が退散されてしまって,迩化の衆・
くんじゅういぞく
他方の菩薩らのために,重ねてこの経を与え,その護持と弘通を委嘱された。据拾遺嘱(天台大 師は法華経を大収教, 涅槃経を据拾教とした。据拾とはひろい取ることで,落穂ひろいを意味 し,薬王品以下も拮拾教としたのは,本門の正宗分に対する流通分だからである)とは,これで ある。
疑問を感じていう。正法・像法
2
千年の間に,地涌千界の菩薩はこの人間世界に出現して,こ の法華経を弘められるのか。答えていう。そうではない。
驚いていう。法華経ならびに法華経の本門は,仏の滅後を根本として,まず地涌千界の菩薩に これを授けられた。どうして正法・像法の時代に出現して,この経を弘めなかったのか。
答えていう。のべない。
重ねて質問していう。どうしてか。
答う。これをのべない。
‑263‑
関西大学「社会学部紀要」第
1 5
巻第2
号また重ねて質問する。どういうわけか。
じようふきよう
答えていう。これをのべると,一切世間の人びとは,法華経常不軽菩薩品にとかれているよ うに,正法を誹謗する罪を犯すだろう(はるかな昔,大成国に威音王仏がいたが,その滅後像法 の世に常不軽菩薩が出て,人びとに出会うごとに「わたしは決してあなたがたを軽べつしませ ん。あなたがたはみなきっと,仏に成られるでしょう」とほめたたえ,礼拝したが,心清らかで ない者はからかわれていると思い,悪口罵詈し,杖木で打ち,石を投げつけた。常不軽とは人に 会うたびに「わたしはあなたがたを軽べつしない」という菩薩に,この連中が悔ってつけた名前 であって,釈迦牟尼仏の前身である)。またわたしの弟子のなかにも,大略これを説いたら, み な誹謗するだろう。沈黙を守るだけだ。
求めていう。説かなければ,あなたは法をむさぼりおしむことになるだろう。
ほ つ し ほ ん
答えていう。進退きわまった。ためしに大略を説いてみよう。法師品にいう「まして入滅した 後はいうまでもない」と。寿量品にいう「(このすぐれた良薬を)いまここに置いておく」と。
ふつべつくどくほん やくぷうぼん
分別功徳品にいう「悪世末法のとき」と。薬王品にいう「(わたしが入滅したのち)後の 5百歳 のなかで,現実の人間世界に広くのべ流布して」と。涅槃経に「たとえば
7
人の子どもがあっ て,父母はどの子にも平等でないはずはないのだが,たまたま病気の子どもがあれば,すなわち 心はひとえに重くかたよるようなものである」といっている。この経文の明鏡をもって仏の心をりようじゆせん
推察すると,仏がこの世に出現したのは,釈尊が在世中に王舎城の郊外にある霊鷲山で, 8年間 法華経を説いたのを聞いた人びとのためではない。正法・像法・末法の世の人のためである。ま た正法・像法
2
千年の時代の人のためではない。末法の始め,日蓮のような者のためだ。「たま たま病気の子どもがあれば」というのは,入滅したあとで法華経を誹謗する者を指すのである。「(このすぐれた良薬を)いまここに置いておく」というのは「このすぐれた色と香りと味でも,
それでもおいしくないと思う者」を指すのだ。
地涌千界の菩薩が正法・像法の世に出てこないのは,正法
1
千年の間は,小乗・権大乗(かり そめの大乗)の時代である。機・時ともにこれがない。本門の四依の大士(上行・無辺行・浄行し ぇ•安立行の四大菩薩に代表される地涌千界の大士)は,小乗教・権教を縁として,釈尊在世中に 下された仏種を成熟させて,解脱させた。たとえ法華経を説いたとしても,そしる者が多くて,
仏種を成熟させる利益をそこねようとするから,これを説かなかったのだ。たとえば,釈尊在世 のときの前四味の教えの機根と同様である。像法の時代の末に,観音が南岳大師慧思,薬王が天 台大師知顕に生まれ変わって出現して,法華経の迩門を面とし,本門を裏として(迩門本裏),
百界千如・一念三千の意義をつくしたけれども,ただ迩門における一念三千の理具(観念的に理 本事末を観察する)だけを論じて,本門における一念三千の事行(具体的で実践的な受持と唱題 の事本理末)の南無妙法蓮華経の五字ならびに本門の本尊は,いまだ広く行われていない。しよ せん,完全な教えを受け入れる機はあったが,完全な教え(南無妙法蓮華経の五字・本門の本尊)
を弘める時が至らなかったからだ。
‑264‑
現代語訳『観心本尊抄」(中農)
末法の初めであるいまのありさまは,小乗(律宗)が大乗を,権教(浄土・禅・真言宗)が二 乗作仏・久遠実成を説く実教(法華宗)を打ち破っている。東を西,西を東といい,天と地がさ かさまになって,権実混乱のときだ。法華経迩門で化導された四依の導師は,かくれて姿を現わ さず,諸天はその国を捨ててこれを守護しない。 このとき,地涌の菩薩はじめてこの世に出現 し,ただ妙法蓮華経の五字をもって,病気にかかっていながら本心を失ってしまっている幼稚な 者に服用させる。「正法を誹謗することによって,悪道に堕ちると,逆縁によって必ず成仏の利 益を得よう」(常不軽菩薩は過去の正法誹謗一謗法の罪によって,杖木で打たれ,石を投げつけ られたが,現世での忍難弘経の功により罪障が消え,至高の完全な悟りに到達した。また常不軽 と悔った人びとも,至高の悟りを得た菩薩を見て,信伏しつきしたがうようになったが,それま での謗法の罪によって,千劫の間阿鼻地獄の苦しみを受けたのち,再び常不軽菩薩から至高の完 全な悟りの教化を受けた)とはこれである。わたしの弟子はこれを思え。地涌千界の菩薩は,教 主釈尊が久遠のむかし最初に教化した本仏の弟子である。実在の釈尊が解脱された寂滅道場にも やって来ず,沙羅双樹の林間での最後のときにも訪ねず,不孝のとががあるようにみえる。さら に,法華経の迩門十四品にもやって来ず,本門の薬王品以下の六品では座をはずし,ただ本門八 品(涌出品から嘱累品まで)の間だけかえってきたのである。このような高貴な大菩薩が,釈迦 牟尼仏・多宝仏・十方の諸仏の三仏に,末法の時代の要法である五字の弘通を,約束して受持し た。末法の初めに出現しないはずがあろうか。必ず知らねばならない。この地涌の四菩薩が,仏 法追求の欠点を論難して矯正する折伏を現わすときは,賢王となって愚王を責めいましめ,ゆる
しようじゅ
やかにその人の長所を育成する摂受を行うときは,僧となって正法を護持し弘通させるのだ。
質問していう。仏が未来(日蓮にとっての現在)を予言した経文や先人の文章(未来記)は,
どうなっているか。
答えていう。「(釈尊入滅)後の 5百歳のなかで,現実の人間世界に広くのべ,流布して」(薬 王品)と。天台大師は記していう。 「後の
5
百歳,あまねく妙道にうるおうだろう」と。妙楽大みようり
師は記していう。「末法の初めは,冥利がないわけではない」と。伝教大師はいう。「正法・像法 の時代はようやく過ぎ終って,末法の時代がすでに近づいている」と。「末法の時代がすでに近 づいている」わけは,自分の時代は法華経が弘まる末法の時ではないという意味だ。伝教大師は 日本における末法の始めを記して「時代を語ると,すなわち像法の終り,末法の初めで,国をた
Cじよく
ずねると,唐の東,匈奴(胡戎)の西で,人をたずねると,すなわち五濁の生,闘争の時である。
経(法師品)にいう。(如来がおられる現在でさえ)なお, うらみねたまれることが多い。まし て入滅された後はいうまでもないと。 このことばはまことに深いわけがあるのだ」 といってい る。この説明に「闘争の時である」とは, いまの国内での内乱
( 1 2 7 2
年の北条時輔の乱),海外 からの蒙古の侵略( 1 2 6 7
年に蒙古の国書が到来し,1 2 6 9
年蒙古の使,対島に来て返書を求め,島 民を奪ってかえる。襲来はその後の1274年)の二難を指すのである。このとき,地涌千界の菩薩が出現して,本門の釈尊の脇士となり,人間世界第一の本尊を,こ
‑265‑
関 西 大 学 「 社 会 学 部 紀 要 』 第
1 5
巻 第2
号の国に立てるのだ。インド・中国にも, まだこのような本尊はおられない。 日本国の聖徳太子 は,四天王寺を建立されたが,まだその時が来なくて,他方の西方浄土の教主である阿弥陀如来 をもって本尊とした。聖武天皇は東大寺を建立されたが,華厳経の教主毘慮遮那仏である。いま だ法華経の実義をあらわさなかった。伝教大師がほぽ法華経の実義をあきらかに示した。そうは いっても,時がまだ至らなかったので,東方の浄瑠璃世界の教主薬師瑠璃光如来を建立して,本 門の四大菩薩をあらわさなかった。しよせん,地涌千界の菩薩のために,これを譲り与えたから である。 この菩薩は仏のご命令である結要付嘱を受け出番を待って(神力品),大地のすぐ下に いた。正法・像法の時代には,まだ出現しなかった。末法の時代にも,また出て来なかったなら ば,たいへんな虚言の大士である。釈迦牟尼仏・多宝仏・十方の諸仏の未来記(未来を予言した 記文)もまた,はかない水上の泡と同様になるだろう。
これをもってこれを思うに,正法・像法にない大地震
( 1 2 4 5
年京都大地震,1 2 5 7
年鎌倉大地震)・大彗星
( 1 2 6 4
年7
月彗星現われる)などが起こった。これらは地・水を動かし地震などを起こ すといわれる金翅鳥・修羅・竜神などが動かす変化ではない。ひとえに四大菩薩を出現させよう とする前兆だろうか。天台大師はいう。「雨がはげしく降るのを見て,竜が大きいことを知り,花がさかりであるのを見て, 池が深いことを知る」と。妙楽大師は「智者はものの起こりを知 り, 蛇は自ら蛇を知る」といわれた。天が晴れたなら,大地は明らかである。法華経を知る者 は,仏法も調和する世間法を得ようか。一念三千を知らない者には,仏が大慈悲を起こし,五字 の内にこの事行の一念三千の珠をつつみ,末代の幼稚な者のくびに懸けさしめたもう。四大菩薩 が末代の幼稚な人を守護したもうことは,太公望・周公旦が年少の成王をたすけておさめ,商山
しこう
に隠棲していた四皓(眉もひげも真白な東園公など
4
人の老人)が,幼い前漢第2
代恵帝につき そったのに,異ならないことである。たいさいみずのととり
文永十年太才癸酉卯月二十五日
日蓮これを註す
かんじんほんぞんしようそえじよう
(観心本尊抄副状)
かたびら さんちよう
帷一枚,墨三長,筆五管たしかに頂戴した。
さえもんのじよう 曇ようしんCぼう
本尊抄で示した観心•本尊の法門,少々これを注釈して,下総の太田左衛門尉殿・教信御房ら
に奉る。このこと,日蓮の身にとっての最大事である。これを秘めて,貴殿・太田殿・教信御房
む に
以外の者でも,無二の志をもっていることを見れば,巻を開いて見せられるがよい。
この書は難問が多くて答は少ない。いまだ聞いたことのないことばかりだから,人の耳目は驚 きさわぐだろう。たとえ他人に見せる場合でも,無二の志のない者には
3
人,4
人座を並べて,現代語訳『観心本尊抄』
(中農)
これを読まないでもらいたい。仏の滅後二千二百二十余年の間,いまだ本尊抄で述べたような心 は説かれていない。国王の弾圧を顧みず,必ず弘通する末法の初め,第五の五百歳(五々百歳)
りようぜん
の機会に,これを説きひろめる。乞い願わくは,本尊抄を一見する門弟, 師弟ともに霊山浄土 にもうでて,釈迦牟尼仏。多宝仏・十方分身の諸仏の顔かたちを拝見したてまつろう。恐々謹言。
文永十年太才癸酉卯月二十六日
か お う
日蓮(花押)
と き
富木(常忍)殿御返事