• 検索結果がありません。

所蔵古写真カタログ : その1

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "所蔵古写真カタログ : その1"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

所蔵古写真カタログ : その1

URL http://doi.org/10.15055/00005554

(2)

古写真の研究 と保存

吉 田 成

東京大学史料編纂所

は じめ に

近 年 、 い わ ゆ る 「古 写 真 」 に 関 心 が 寄 せ られ て い る 。 この10数 年 の 間 に 、 幕 末 ・明 治 期 に 撮 影 され た写 真 を 集 め た 写 真 集 等 が 相 次 い で 出 版 され た り、 古 写 真 展 等 も盛 ん に 企 画 ・開 催 さ れ 、 多 く の 人 々 の 関 心 を 集 め て い る 。 ま た 、1999年 4月 、 鹿 児 島 市 に あ る 尚 古 集 成 館 所 蔵 の 銀 板 写 真 「島 津 齋 彬 像 」 が 写 真 と して は 初 め て 、 国 の 重 要 文 化 財 に 指 定 され た 。 こ れ らの こ と は 、 写 真 が 貴 重 な文 化 財 、 あ る い は歴 史 資 料 等 と し て 重 視 され る よ うに な っ た こ と を示 す 一 つ の 表 れ と考 え られ る。

ま た 昨 今 、 写 真 の 保 存 ・修 復 に 対 す る 関 心 が 高 ま っ て い る。 と い う の も 、 貴 重 な写 真 史 料 の 多 く が 、 程 度 の 差 こ そ あ れ 、 す で に 劣 化 し は じ め て い る か ら で あ る 。 こ の 現 実 を 前 に して 、 私 た ち は 写 真 を保 存 す る こ と の 重 要 性 を 再 認 識 した と い え る で あ ろ う。

写 真 の 発 明

現 代 に 生 き る私 た ち は一 日 と し て 写 真 を見 ず に 過 ご す こ と は な い 。 朝 起 き て 新 聞 を見 れ ば 、 そ こ に は報 道 写 真 が 掲 載 され て い る 。 ま た 一 歩 家 を 出 る と 、 さ ま ざ ま な ポ ス ター や 広 告 写 真 等 が 目 に飛 び 込 ん で く る 。 この よ う に 写 真 は 今 、 ご く あ た り ま え の も の と して 日 常 生 活 に溶 け込 ん で い る とい え る で あ ろ う。

と こ ろ で 、現 代 の 日 常 生 活 に す っ か り と け込 ん で い る写 真 、 そ れ は 何 時 、 誰 に よ っ て 発 明 され た の で あ ろ うか?現 存 す る最 古 の 外 界 を写 し た 写 真 「ル ・グ ラの 自宅 窓 か ら の 眺 め 」(1826〜27年 頃)は 、 フ ラ ン ス 人 の ジ ョ セ フ ・ニ セ フ ォ

ール ・ニ エ フ.ス(JosephNic駱holeNi駱ce

,1765〜1833)に よ っ て 撮 影 され た(写 真1)。 こ の 写 真 術 は 、 ア ス フ ァル トの 感 光 性 を 利 用 した 方 法 で 、 ヘ リオ グ ラ フ ィ ー と命 名 さ れ た 。 そ の 後 、 ニ エ プ ス と協 力 して 研 究 を進 め た フ ラ ン ス 人 画 家 の ル イ ・ジ ャ ック ・マ ン デ ・ダ ゲ ー ル(LouisJacquesMand颯aguerre ,,1787〜1851)が 、銀 板 上 に画 像 を形 成 す る方 法 を完 成 し、 ダ ゲ レ オ タ イ プ(以 下 「銀 板 写 真 」 と称 す る)と 名 付 け て1839年1月7日 に 、 同 じ く フ ラ ン ス人 の 科 学 者 で 政 治 家 で も あ っ た フ ラ ン ソ ワ ・ア ラ ゴ ー を介 して フ ラ ン ス 学 士 院 で 公 表 し た 。 も う一 人 、 写 真 の 発 明 者 と して 度 々 名 前 を 挙 げ ら れ る 人 物 と して 、 イ ギ リ ス 人 科 学 者 で 後 述 す る カ ロ タ イ プ の 発 明 者 で あ る ウ ィ リ ア ム ・ヘ ン リ ー ・フ ォ ッ ク ス ・タ ル ボ ッ ト(WilliamHenryFoxTalbot ,1800〜1877)が い る 。

写 真 の 発 明 者 と し て 一 般 に知 ら れ て い る の は 以 上 の 三 人 、す な わ ち ニ エ プ ス 、 ダ ゲ ー ル 、 そ して タル ボ ッ トで あ るが 、 画 像 を 定 着 させ る 方 法 を考 案 して い た の は彼 ら三 人 だ け で は な く、 そ の 他 多 くの 国 々 で 、 ほ ぼ 同 じ時 期 に 写 真 術 と同 様 の 技 術 が 考 案 され て い た と も い わ れ て い る 。 しか し これ らの 数 多 く の 写 真 術 発 明 者 の 中 で 、 写 真 の 父 と して 特 に賞 賛 さ れ た の は ダ ゲ ー ル で あ っ た 。 そ の 理 由 と し て は い ろ い ろ な こ と が 考 え ら れ る が 、 そ の 一 つ に 、 銀 板 写 真 が 持 つ 美 麗 さ を 挙 げ る こ とが で き よ う 。 ダ ゲ ー ル が 完 成 させ た 銀 板 写 真 は 、 銅 板 に 銀 メ ッキ を 施 し、 沃 素 の 蒸 気 を あ て た 感 光 板 を 、 カ メ ラ(注1)で 撮 影 し 、 水 銀 蒸 気 で 現 像 した 後 、 チ オ 硫 酸 ナ トリ ウ ム(ハ イ ポ)で 定 着(注2)す る と い う方 法 で 、 い わ ゆ る 「一 点 も の 」 で あ っ た 。 今 日、 私 た ち が 日常 的 に使 い慣 れ て い る 写 真 は 、 原 板 か ら複 数 の プ リ ン トを 作 る こ と が で き る 「ネ ガ ・ポ ジ法 」 で あ る が 、 銀 板 写 真 で は 一 度 の 撮 影 で 一 枚 の 写 真 しか 得 る こ と は で き な い 。 しか し金 属 板 上 に 写 し出 され た シ ャ ー プで 美 しい 画 像 は 、 当 時 の 人 々 に と っ て 充 分 に魅 力 的 な もの で あ っ た の で あ る。

ダ ゲ ー ル の 方 法 に対 して 、 タル ボ ッ トは 感 光 性 を 与 え た 紙 を 、 小 さ な カ メ ラ に 入 れ て 撮 影 す る こ と を 試 み た 。 こ の 方 法 で 得 られ た 画 像 は 、 明 暗 が逆 に な っ て 現 れ た 。 これ が 今 日の ネ ガ ・ポ ジ方 式 の 原 点 で 、 密 着 焼 き 付 け をす る こ と に よ り、 明 暗 の 正 し い ポ ジ 像 が 得 ら れ る と い う もの で る 。 しか し カ ロ タ イ プ(注3)と 命 名 され た こ の 方 法 は 、 紙 ネ ガ を 焼 き付 け て プ リ ン トを作 る た め 、 紙 の 繊 維 が写 真 に 現 れ 、 シ ャ ー プ さ が 損 な わ れ た こ と が 一 因 して ダ ゲ レ オ タ イ プ ほ ど に は普 及 し な か っ た の で あ る 。

1851年 に 、 イ ギ リス 人 の 彫 刻 家 フ レデ リ ッ ク ・ス コ ッ ト ・ア ー チ ャ ー(FrederickScottArcher ,1813〜1857)に よ っ て 写 真 史 に 新 た な展 開 が も た ら さ れ た 。 ウ ェ ッ ト ・コ ロ ジ オ ン ・プ ロ セ ス(湿 板 写 真 術)の 発 明 で あ る 。 こ の 写 真 術 は 、

一5一

(3)

写 真1

ジ ョ セ ブ ・ニ セ フ ォ ー ル ・ニ エ プ ス 「ル ・グ ラ の 自 宅 窓 か ら の 眺 め 」 年1827年

写 真 技 法 ヘ リ オ グ ラ フ

所 蔵 機 関GemsheimCollection,HumanitiesResearchCenter, UniversityofTexas,Austin

(写 真 は 、 ナ オ ミ ・ ロ ー ゼ ン ブ ラ ム 著 、 飯 沢 耕 太 郎 日 本 語 監 修 、 大 日 方 欽 一 ・森 山 朋 絵 他 訳 、1998『 写 真 の 歴 史 』 美 術 出 版 社p.19よ り 転 載)

ガ ラ ス板 の 上 に 沃 化 カ リウ ム を含 む コ ロ ジ オ ン(注4)を ム ラ な く均 一 に 塗 布 し 、 硝 酸 銀 溶 液 に浸 して 感 光 性 を与 え た 後 に 、 す ぐ に 撮 影 し、 露 光 後 た だ ち に焦 性 没 食 子 酸 ま た は硫 化 第 一 鉄 で 現 像 し 、 ハ イ ポ も し くは シ ア ン化 カ リ ウ ム で 定 着 す る 。 この 方 法 は 、 す べ て の 工 程 を 、 ガ ラ ス 板 が湿 っ て い る 間 に 行 わ な け れ ば な ら な か っ た(注5)こ と か ら 、 日 本 で は 湿 板 写 真 術 と呼 ば れ た 。 湿 板 写 真 は 、 ダ ゲ レ オ タ イ プ と比 較 して 感 光 度 が 高 く 、 露 光 時 間 を大 幅 に 短 縮 す る こ と が で き た 。 初 期 の ダ ゲ レオ タ イ プ が 露 光 す るの に20〜30分 必 要 だ っ た(注6)の に 対 し、 湿 板 写 真 は5〜15秒 に 短 縮 され た の で あ る 。 この よ う な 露 光 時 間 の 短 縮 は 、写 真 表 現 の 可 能 性 を 大 き く拡 大 し、 ポ ー トレ ー トの 撮 影 等 を 容 易 に し た が 、 湿 板 写 真 は 、 常 に 暗 室 一 式 を携 帯 しな け らば な ら な い とい う欠 点 が あ っ た 。

1871年 、 イ ギ リ ス の 医 師 で顕 微 鏡 に 関 心 を も っ て い た リチ ャ ー ド ・リ ー チ ・マ ー ド ッ ク ス(RichardLeachMaddox, 1816〜1902)博 士 が 、 ガ ラ ス 板 を支 持 体 と し、 コ ロ ジ オ ンの か わ り に ゼ ラ チ ン をバ イ ン ダ ー に 用 い た 臭 化 銀 乳 剤 の 実 験 結 果 を発 表 し た 。 こ の 方 法 は 発 表 当 初 、 あ ま り注 目 され な か っ た よ う で あ る が 、2年 後 に は 、 別 の 何 人 か の イ ギ リス 人 が こ の 方 法 を 改 良 し 、 ゼ ラ チ ン乳 剤 の 商 業 的 生 産 を始 め た 。 こ の 方 法 の 考 案 に よ り、 写 真 家 は暗 室 を携 帯 す る 必 要 が な く な っ た ば か り で な く、 自 ら感 光 材 料 を 作 ら な くて す む よ うに な っ た 。 ま た 、1秒 以 下 の 露 光 が 可 能 と な っ て 、 事 物 の 瞬 間 を捉 え る こ と が で き る よ う に な っ た の で あ る 。

日本 の 写 真 小 史

日本 に 写 真 術 が 渡 来 した(輸 入)の は 嘉 永 元 年(1848)で 、 場 所 は 長 崎 、 輸 入 者 は 上 野 俊 之 丞 で あ っ た とす る の が現 在 の と こ ろ最 も有 力 な説 で あ る。 写 真 術 の 渡 来 期 に は 、 銀 板 写 真 の 研 究 は 、 蘭 学 に よ る西 洋 新 知 識 の 導 入 お よ び 諸 科 学 研 究 の 重 要 な 項 目の 一 つ と して 、幕 府 や 藩 の 諸 機 関 で 行 わ れ 、 当 初 は 、 薩 摩 藩 が 銀 板 写 真 研 究 の 指 導 的 役 割 を 果 た し た 。

日本 の 銀 板 写 真 時 代 は 、 次 の湿 板 写 真 が 輸 入 され る ま で の 約10年 間 と い う短 い 年 月 で あ り 、 各 藩 に お け る 試 行 の 時 代 と も い うべ き もの で あ っ た 。 日本 人 が 日本 人 を 写 し た 銀 板 写 真 と して は 、 薩 摩 藩 の 市 来 四 郎 ら が 撮 影 した 「島 津1rホ彬 像 」 が 、 現 在 の と こ ろ唯 一 点 発 見 され て い る(写 真2)。 こ の 写 真 は 、 冒 頭 で も 述 べ た よ う に 平 成11年 に 、 写 真 と し て は初 め て 国 の 重 要 文 化 財 に 指 定 さ れ た 。 そ の 他 、 外 国 人 写 真 家 に よ る撮 影 の も の を含 め 、 日本 人 を 写 した ダ ゲ レ オ タ イ プ 、 お よ び 日本 の 風 景 を撮 影 し た銀 板 写 真 の う ち で 、 現 在 、 所 在 の 明 らか な 銀 板 写 真 の 数 は表 で 示 す 通 り非 常 に 限 ら れ て い る (注9)。

こ う した 理 由 か ら 、 日本 に お け る 写 真 の 実 際 上 の 幕 開 け は 、 湿 板 写 真 か ら とい わ れ て い る。 湿 板 写 真 は 前 述 し た よ う に1851年 に 発 表 され た 写 真 技 法 で 、 コ ロ ジ オ ン を ひ い た ガ ラ ス板 を硝 酸 銀 に浸 して 感 光 性 を与 え 、 ぬ れ て い る う ち に カ メ ラ に セ ッ トして 撮 影 し、 現 像 し な け れ ば な らな か っ た 。 湿 板 写 真 の 日本 へ の 導 入 は 、 安 政 年 間 に 、 長 崎 、 横 浜 、 函 館 とい う三 つ の 開 港 場 、 す な わ ち 幕 末 の 西 欧 新 文 化 の 導 入 口 か ら な さ れ た 。 湿 板 写 真 術 が 導 入 され た 当 初 は 、 蘭 学 愛 好 の 各 藩 の 蘭 学 者 た ち が 中心 と な って 研 究 を行 っ て い た が 、 や が て 大 衆 の 中 か ら写 真 を習 得 し、 職 業 と す る 者 が現 れ た 。

こ れ ら三 つ の 写 真 導 入 口 の う ち 、 長 崎 か らの 湿 板 写 真 伝 習 の 実 際 は 、 安 政4年(1867)に 、 ポ ン ペ(注10)が 来 日 し た こ と に よ っ て もた ら され た とい わ れ て い る。 長 崎 で は 、松 本 良 順 、 前 田 玄 造 、 上 野 彦 馬 、 古 川 俊 平 ら が 、 ポ ン ペ の 指 導 の 下 で 舎 密 学(化 学)の 一 項 目 と して 写 真 の 研 究 を 開 始 し た 。 も っ と も 、 ポ ンペ は 写 真 術 に 関 す る 充 分 な経 験 を有 し て お らず 、 写 真 研 究 の 指 導 者 と い う よ り は 、 協 同 研 究 者 で あ っ た よ うで あ る 。

6

(4)

写 真2

撮 影 者 市 来 四郎 他 島 津 齋 彬 」 撮 影 年 安 政4年(1857)9月17日 写真 技 法 銀 板 写 真

所 蔵 機 関 尚 古 集 成 館

(写真 は 、 渡 辺 義 雄 ・小 西 四 郎 監 修 、 小 沢 健 志 編 集 、1994『 幕 末 ・写 真 の 時 代 』 筑 摩 書 房p.17よ り転 載)

ま た 長 崎 以 外 で は 、横 浜 で 、 下 岡 蓮 杖 が ア メ リ カ 人 職 業 写 真 師 ウ ン シ ン(注11)か 、 函 館 で は 木 津 幸 吉 が ロ シ ア 領 事 ゴ シ ケ ヴ ィ ッチ(IosofAntonovichiGoskevich,1814〜1875)か ら湿 板 写 真 の 伝 習 を受 け た 。 以 後 、 湿 板 写 真 時 代 は 明 治 半 ば に乾 板 が 輸 入 され る ま で 続 い た 。 写 真 を初 め て 職 業 と した の は 、 文 久2年(1862)に 横 浜 で 下 岡 蓮 杖 が 、 同 じ年 長 崎 で 上 野 彦 馬 が 開 業 し た の が 日本 の 最 初 だ と い わ れ て い る 。 後 に 「東 の 下 岡 蓮 杖 、 西 の 上 野 彦 馬 」 と な らび 称 され た こ の 二 人 は 、 と も に 職 業 写 真 家 の 開 祖 で あ り、 多 くの 門 下 生 を育 成 し、 幕 末 ・明 治 期 に 大 き な影 響 を 残 した 先 覚 者 と い え よ う 。 ま た 京 都 で は 、 堀 与 兵 衛 が 寺 町 通 り に 写 真 場 を創 業 した 。 開 業 年 代 は慶 応 元 年(1865)で あ っ た と い わ れ 、 幕 末 政 変 の 渦 中 に あ っ た歴 史 的 人 物 や 、 無 名 の 人 々 を 、 京 の 風 俗 と と もに 写 真 に 残 した 。

明 治 中 期 に な る と 、 写 真 の 歴 史 は 湿 板 写 真 の 時 代 か ら乾 板 写 真 の 時 代 へ と 移 り変 わ っ た。 この よ う な技 術 の 進 歩 は 、 写 真 表 現 の 内 容 を変 化 させ 、 写 真 の 歴 史 は 一 つ の 大 き な 転 換 期 を迎 え た と い う こ と が で き る。 明 治16年(1883)、 江 崎 礼 二 は 新 輸 入 の 乾 板 写 真 法 で 水 雷 爆 発 の 水 煙 の 瞬 間 等 を撮 影 す る こ と に成 功 し た 。 こ れ を 契 機 に 乾 板 写 真 が普 及 し 、 明 治20年 代 の 前 半 頃 ま で に は 湿 板 写 真 は ほ と ん ど見 られ な くな っ た とい わ れ て い る 。湿 板 写 真 を 野 外 で 撮 影 す る た め に は 、 技 術 的 な 理 由 か ら 、 大 型 カ メ ラ ・薬 品 ・現 像 器 具 一 式 、 さ らに は 暗 室 ま で も持 ち運 ば な け れ ば な ら な か っ た。 しか し乾 板 時 代 を 迎 え 、 暗 室 を携 行 す る 必 要 が な く な り、 ま た 感 光 性 は 、 は る か に 早 く な っ た 。 乾 板 写 真 の 輸 入 に よ っ て、 日 本 の 写 真 史 は 次 の 時 代 へ と大 き く移 り変 わ っ た の で あ る 。 そ して 乾 板 時 代 の 新 た な 主 役 は 、 秘 宝 相 伝 の 時 代 の 大 家 た ち か ら 、 若 手 の 写 真 師 へ と移 り変 わ っ た 。 彼 らの 中 に は 、 直 接 欧 米 に 留 学 して 新 知 識 や 新 技 術 を 吸 収 した 者 も い た 。 ま た 、 中 央 志 向 の 傾 向 は 一 層 強 ま り、 優 れ た 写 真 師 が 東 京 に 集 中 して 互 い に 競 い 合 う 時 代 と な っ た。 当 時 の 東 京 で は 、 鈴 木 真 、 江 崎 礼 二 、 清 水 東 谷 、 二 見 朝 隅 、 丸 木 利 陽 、 中 島 待 乳 等 、 ま さに 絢 爛 た る顔 ぶ れ の 写 真 師 た ち が 競 い 合 い な が ら活 躍 し て い た の で あ る 。 ち な み に 当 時 の 写 真 代 金 の 一 例 を 挙 げ る と 、 手 札 判 、 鈴 木 真 一 ・1円 、二 見 朝 隅 ・1円 、 江 崎 礼 二 ・75銭 、 丸 木 利 陽 ・50銭 、 開 業 早 々 の 小 川 一 真 は50銭 で あ っ た 。

この よ う に乾 板 写 真 が 導 入 され 、 露 光 時 間 が 大 幅 に 短 縮 さ れ た と い う こ と は、 表 現 の 領 域 を一 挙 に 拡 大 す る こ と と な り 、 新 し い 表 現 の 試 行 が 写 真 師 に 求 め られ た 。 し か し、 明 治 中 ・後 期 の 写 真 師 た ち の 多 くは 技 術 的 に は 優 れ て い た が 写 真 表 現 に 対 す る深 い 洞 察 や 追 究 を行 っ た と は い い が た い 。 彼 ら の 仕 事 は 、 肖 像 、 名 勝 風 景 、 役 者 、芸 妓 等 営 業 目的 の 写 真 が ほ と ん ど で あ っ た 。 外 国 人 旅 行 者 の お 土 産 品 と し て 数 多 く売 られ 、 絵 葉 書 写 真 の 原 形 と も い わ れ る 「横 浜 写 真 」

が 流 行 し た の も こ の 頃 で あ る。 横 浜 写 真 の 多 く は 、 名 勝 風 景 、社 寺 、風 俗 、 人 物 等 の 写 真 に 絵 の 具 で 美 し く着 色 さ れ た 。 ま た そ の 多 くが 、 表 紙 を 蒔 絵 づ く りの 豪 華 な アル バ ム に 仕 立 て た こ と か ら 「蒔 絵 アル バ ム 」 と も呼 ば れ て 外 国 人 旅 行 者 の 、 本 国 へ の 最 適 な お 土 産 と して 、 数 多 く売 られ た 。 しか し写 真 表 現 と い う観 点 か ら見 れ ば 、 西欧 人の 求 め る東 洋の 神

7

(5)

表.日 本 人 、 お よ び 日本 の風 景 を写 した銀 板 写 真

(1)日 本 で写 され た 日本 人 撮影者 撮影時期 所 蔵(者)・ 寄 託 機 関

島津齋彬 」 市来 四郎ら 安 政4(1857)年 尚古集成館

松前藩 用人遠藤 又左衛 門と従者」 E.ブ ラウ ン ・ジ ュ ニ ア 安 政 元(1854)年 横浜美術館

松前藩 家老松前 勘解 由と従 者たち」 E.ブ ラウ ン ・ジ ュ ニ ァ 安 政 元(1854)年 松前町郷土資料館

松前藩 奉行 、石塚 官蔵と従者たち」 Eブ ラウン・ジュニ ア 安 政 元(1854)年 石塚茂之助 氏

浦賀奉 行所与 力、田中光儀」 E.ブ ラウ ン ・ジ ュ ニ ア 安 政 元(1854)年 東京都写真美術

名村 五八郎」 E.ブ ラウ ン ・ジ ュ ニ ァ 安 政 元(1854)年 ビシ ョツプ博 物 館

黒川 嘉兵衛」 E.ブ ラウ ン ・ジ ュ ニ ァ 嘉 永7(1854)年 日本 大学芸 術学部

眉毛 和尚」(玉泉寺 住職) A.F.モ ジ ヤイス キ ー 安 政 元(1854)年 玉泉寺(下 田)

(2)外国で写 された日本人

野 々村市之 進」 C.D.フ レ ドリックス 万 延 元(1860)年 東京都写真美術館

安 田善一郎為 政」(注7) C.D.フ レ ドリックス 万 延 元(1860)年 東京:大学史料編 纂所

ダゲ レオタイプに 写 され た侍 」(注8) 撮影者不詳 1850年 代 川 崎 市 市 民 ミュー ジァ ム

「ダゲ レオタイプに 写 され た侍 」 撮影者不詳 1850年 代 川 崎 市 市 民 ミュー ジァム

ニ ューヨークで発 見 され た 日本 人 像 」 撮影者不詳 1850年 代 横浜美術館

ニ ューヨークで発 見 され た 日本 人 像 」 撮影者不詳 1850年 代 横浜美術館

(3)日本 を写 した風 景写真

日本 の風 景」 撮影者不詳 安 政2〜5(1855〜58)

年 頃?

ジョージ・イーストマ ン・ハ ウス 国 際 写 真 美 術 館

秘 性 、 異 国 的 趣 味 に迎 合 した 商 業 性 の 強 い 内容(注12)で あ っ た と い え る。

明 治 中期 の 乾 板 時 代 、 写 真 師 た ち の 情 熱 が写 真 表 現 よ り も営 業 に 向 け られ て い た 頃 、 写 真 表 現 へ の 追 求 は 、 職 業 写 真 師 に代 わ っ て 、 新 し く誕 生 し た ア マ チ ュ ァ 写 真 家 が 担 う時 代 に な っ て い っ た 。 そ の 理 由 と して は 、 技 術 的 に平 易 に な っ た こ と 、機 材 が 軽 量 化 され て 便 利 に な っ た こ と等 が 挙 げ られ る 。 ま た 、 こ う した 新 技 術 は 、 写 真 雑 誌 や 講 義 録 の 出 版 等 に よ っ て 公 開 され 、 趣 味 的 な 写 真 撮 影 の 試 み が ア マ チ ュ ア 写 真 家 に 浸 透 し、 そ の 数 は 急 増 して い っ た 。 も っ と も、 当 時 は カ メ ラ等 の 機 材 が 高 価 だ っ た た め 、 初 期 の ア マ チ ュ ア は 、経 済 的 に ゆ と り の あ る 華 族 や 高 級 官 僚 、 豪 商 、 医 者 、 大 学 教 授 等 の一 部 の 上 流 階 層 に限 ら れ て い た 。 こ の 頃 の 啓 蒙 的 指 導 者 と して は 、 東 京 帝 国 大 学 の お 雇 い 外 国 人 教 授W.Kバ

トン 、C.D.ウ エ ス ト、 石 川 巌 教 授 らの 学 者 た ち が活 躍 し た 。 彼 らは 小 川 一 真 、丸 木 利 陽 ら と と もに 、 明 治22年(1889)、

東 京 、 横 浜 の ア マ チ ュ ア を 中 心 とす る写 真 団 体 「日本 写 真 会 」(会 長:榎 本 武 揚)を 創 立 した 。次 い で 明 治26年(1893)、

明 治 の 写 真 大 尽 と い わ れ た 鹿 島 清 兵 衛 ら の 提 唱 で 「大 日 本 写 真 品 評 会 」 が 、 ま た 華 族 だ け の 会 員 に よ る 「華 族 写 真 会 」 等 が 次 々 に 創 立 され 、 写 真 技 術 、 写 真 材 料 の紹 介 、 写 真 芸 術 の 研 究 等 が 進 め られ て い っ た 。

大 正 期 に な っ て 、 ア マ チ ュ ア 団 体 の 活 動 は 、 第 一 次 世 界 大 戦 と戦 後 の 社 会 的 変 動 の 影 響 で 一 時 沈 滞 した 。 し か し経 済 の 復 調 と と もに ア マ チ ュ ア 団 体 が 増 加 し、 大 正 後 半 期 に は 、 写 真 は さ らに 普 及 し、 や が て ア マ チ ュ ア写 真 の 隆 盛 期 を迎

えて 、 い わ ゆ る 「芸 術 写 真 」(注13)が 流 行 し た 。

1920年 代 の ア マ チ ュ ア 写 真 界 は 、欧 米 の 技 術 を い ち早 く導 入 して 、 内 容 ・技 術 と も に進 歩 した 。 技 法 的 に は ゴ ム 印 画 、 プ ロ ム オ イル 印 画 等 が 流 行 し、 内 容 的 に は 、軟 調 描 写 の 雰 囲 気 を求 め る作 画 が 主 流 と な っ た 。 日本 に お け る 「芸 術 写 真 」 は 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 「リ ア リズ ム写 真 運 動 」 の 強 い 影 響 力 等 に よ っ て 批 判 さ れ 、 や が て 終 焉 す る こ と に な る 。

ま た 、 こ の 頃 の 特 色 の ひ とつ と して 、 新 聞 社 の 写 真 界 へ の 影 響 を 見 逃 す こ と は で きな い 。 朝 日新 聞 ・毎 日新 聞 の 二 大 新 聞 社 は 、全 国 規 模 の 写 真 行 事 の 開 催 、 写 真 雑 誌 の 発 行 等 と い っ た 活 動 を展 開 した 。 こ う し た こ と が 新 聞社 の 写 真 界 へ の 貢 献 の は じ ま り で あ り、 そ の 流 れ は 今 日 まで 続 い て い る。

古 写 真 研 究 、 そ の 方 法 と 課 題

さ て 、 以 上 の よ う に 、 日本 に は 約150年 に 及 ぶ 写 真 の 歴 史 が あ り 、 日本 の 写 真 史 に 関 す る優 れ た 研 究 書(注14)も 版 され て い る 。 しか し、 そ の 数 は 決 して 多 い と は い え ず 、 ま た 古 写 真 学(注15)、 写 真 史 料 学 、 写 真 鑑 定 学 等 と い っ た 分 野 は 、 未 だ 確 立 さ れ て い な い の が 現 状 で あ る 。 しか し前 述 し た よ うに 、近 年 、 日本 に お い て も写 真 を 、歴 史 学 を は じ め とす る様 々 な分 野 の 研 究 資 料 と し て 活 用 し よ う と す る社 会 的 要 求 が 高 ま っ て き て い る 。 そ の 意 味 で 、 今 後 は 古 写 真 の

8

(6)

調 査 ・研 究 法 を確 立 して ゆ く こ と が 必 要 で あ る(注16)。

ま た 、 最 近 は デ ィ ジ タ ル技 術 を活 用 し 、 古 写 真 の デ ー タ ベ ー ス を構 築 して 研 究 機 関 や 研 究 者 同 士 の 情 報 交 換 を盛 ん に し た り、 一 般 に公 開 され る よ うに な っ て き て い る。 例 え ば 長 崎 大 学 で は 、 横 浜 写 真 を 中 心 と した 古 写 真 の デ ー タ ベ ー ス を構 築 し、 一 般 に 公 開 して い る 。 同 大 学 の 古 写 真 デ ー タ ベ ー ス の サ イ トは 英 訳 も され て い る こ と か ら 、 海 外 か らの ア ク セ ス件 数 も非 常 に 多 い 。 ま た 、 筆 者 が 所 属 して い る東 京 大 学 史 料 編 纂 所 で は 、 同 画 像 史 料 解 析 セ ン タ ー の プ ロ ジ ェ ク ト 研 究 の 一 つ と して 、1998年 度 か ら古 写 真 の 研 究 と デ ー タ ベ ー ス 構 …築 を 開 始 し、 随 時 、研 究 成 果 を公 開 して い る 。 こ う し た 現 状 を 踏 ま え 、 今 後 は 、 デ ー タ ベ ー ス 構 築 と イ ン タ ー ネ ッ トに よ る公 開 を 前 提 と した 古 写 真 の 調 査 ・研 究 法 を確 立 し て ゆ く必 要 が あ ろ う 。 以 下 に 、 筆 者 が 写 真 技 術 史 の 立 場 か ら、 現 状 で 考 え て い る 古 写 真 の 調 査 ・研 究 の 要 点 と課 題 等 に つ い て 述 べ る 。

(1)被 写 体 に よ る 分 類 ・整 理

古 写 真 を研 究 す る場 合 に は 、 まず 、 写 真 を被 写 体 に よ っ て 分 類 ・整 理 す る 必 要 が あ る。 これ ま で に 出 版 され た 古 写 真 集 等 を 見 る と、 人 物 ・風 景 ・生 活 ・風 俗 ・事 件 ・戦 争 ・建 物 等 と い っ た 分 類 ・整 理 が な され て い る 。 この よ うな 分 類 ・ 整 理 は 、 写 真 を 見 る以 前 に 概 ね 写 っ て い る 内 容 が 想 像 で き る と い う点 に お い て も大 変 便 利 な 方 法 だ と い え る。 し か し 、 デ ー タベ ー ス構 築 と イ ン タ ー ネ ッ ト公 開 を前 提 と して 考 え る と、 こ う し た 分 類 に も検 討 の 余 地 が あ る 。書 物 の 場 合 に は 、 読 者 が ペ ー ジ を め く り な が ら 目的 の 写 真 を探 す と い う作 業 を 比 較 的 自 然 に 行 う こ と が で き るの で 、 こ れ ま で の 分 類 で 問 題 は な い と 思 わ れ る 。 しか しイ ン タ ー ネ ッ ト公 開 を 前 提 と し た場 合 に は 、 膨 大 な 古 写 真 の デ ー タ に 対 して 、 不 特 定 多 数 の 利 用 者 が ア ク セ ス して く る の で 、 利 用 者 が 、 ど の よ うな 目的 で 、 ど の よ うな ル ー トで デ ー タ を検 索 して く る の か 予 測 が つ き に くい 。 こ う し た理 由 か ら 、 複 数 の カ テ ゴ リ ー に ま た が る可 能 性 の あ る よ う な古 写 真 に は 、 ど こ か らで も検 索 で

き る よ う に分 類 す る必 要 性 が 生 じて き て い る 。

(2)署 名 ・注 記 ・添 付 資 料 等

写 真 を 調 査 ・研 究 す る た め の 有 力 な 手 が か りの 一 つ と し て 署 名 等 の 有 無 が あ る 。 しか し写 真 の 場 合 、 署 名 は 画 面 の 外 に 書 か れ る こ と が 多 く 、 そ の 意 味 で 、 写 真 の 署 名 は 撮 影 者 を 特 定 す る決 定 的 な 証 拠 と は な ら な い 場 合 も あ る。 し か し例 えば 、 エ リ フ ァ レ ッ ト ・ブ ラ ウ ン ・ジ ュ ニ ア(EliphaletBrown,Jr.1816〜1886)の 銀 板 写 真 の 場 合 に は 、 画 面 内 に 、 先 の 尖 っ た 道 具 を使 用 して 、 銀 板 を削 る よ う に署 名 して い る も の が あ る。 こ の 種 の 署 名 は 、E・ ブ ラ ウ ン ・ジ ュ ニ ア撮 影 の オ リ ジ ナ ル 写 真 で あ る こ と を証 明 す る材 料 の 一 つ に な り得 る で あ ろ う 。

ま た 名 刺 写 真(注17)等 の 場 合 に は 、 台 紙 の 裏 に 写 真 家 の 名 前 や ス タ ジ オ 名 、 住 所 、 撮 影 年 等 が 印 刷 さ れ て い る こ と が あ る。 これ ら の 情 報 は 撮 影 年 月 日 を 特 定 し た り 、 撮 影 者 や 被 写 体 を 特 定 す る場 合 等 に大 変 役 立 つ 。

ま た 、 この よ う な 印 刷 に よ る情 報 の 他 に 、 撮 影 者 に よ る 手 書 き の 注 記 や 添 付 資 料 等 が付 け ら れ た 写 真 も 少 な く な い 。 こ う し た 手 書 き の 情 報 も、 写 真 の 調 査 ・研 究 に は有 効 な 情 報 と な る 。 た だ し、 手 書 き に よ る注 記 ・添 付 資 料 等 は 、後 年 に な っ て 第 三 者 が 書 き込 ん で い る場 合 も あ り 、 時 に は 間 違 っ た 情 報 が 書 か れ て い る こ と も あ る の で 、 情 報 と して 利 用 す

る場 合 に は 、 充 分 に注 意 す る必 要 が あ る 。

(3)形 態(ケ ー ス ・ア ル バ ム ・台 紙 の 有 無 等)

写 真 の 形 態 、 す な わ ち ケ ー ス や 額 、 ア ル バ ムや 台 紙 等 に よ っ て 、 そ の 写 真 が 制 作 され た 年 代 や 地 域 等 を あ る 程 度 推 定 す る こ と が で き る。 した が っ て 、銀 板 写 真 や ア ン ブ ロ タ イ プ 等 の よ う な 、 ケ ー ス 入 りの 写 真 を調 査 ・研 究 す る 場 合 に は 、 ケ ー ス が オ リ ジ ナ ル か ど う か を観 察 す る こ と は 重 要 で あ る 。 ま た例 え 、 そ れ が オ リ ジ ナ ル の ケ ー ス の 場 合 で も、 ケ ー ス

を解 体 し た形 跡 が あ るか ど う か を充 分 に調 査 す る 必 要 が あ る 。素 人 が ケ ー ス を 解 体 した 場 合 に は 痕 跡 が残 る こ と が 多 く、

そ の 場 合 に は 不 適 切 な ク リ ー ニ ン グ 等 が施 され て い る こ と も あ る。

ア ル バ ム や 台 紙 等 に よ っ て も 、 写 真 が 制 作 され た 国 や 年 代 を 大 ま か に 推 定 で き る こ と が あ る 。 ま た 、 ア ル バ ム や 台 紙 に は 、 写 真 の タ イ トル や 撮 影 場 所 等 の デ ー タ が 書 き込 ま れ て い る こ と も あ る 。

(4)写 真技 法の 識別

古 写真 を調査 ・研 究 す る上で 、特 に専 門的 知識 が要 求 され るの が 、写真 技法 の識 別 で ある。写 真 が発 明 されて か ら今

一9一

(7)

日 ま で に 、 数 多 くの 写 真 技 法 が 発 明 、 利 用 され て き た 。 そ う した 種 々 の 写 真 技 法 の 中 で 、 調 査 ・研 究 対 象 と な っ て い る 古 写 真 が 、 ど の 技 法 で 撮 影 さ れ た か を識 別 す る こ と に よ り 、 撮 影 時 期 等 を検 討 す る こ と が で き る 。 ま た 特 に 、 古 写 真 を コ レ ク シ ョ ン と して 保 存 し よ う と す る場 合 に は 、 写 真 技 法 に よ っ て 写 真 の 保 存 や 利 用 方 法 等 が異 な る場 合 も あ る 。

(5)写 真 の保存 状態(コ ンデ ィシ ョン)

古写 真 を収集 ・保存 ・利 用す る場 合 には 、 その保存 状 態 を調査 す る必 要 が ある。 あ ま り劣化 が著 しい場 合 に は、利 用 を限定 し、必要 が あれば保 護対 策等 を講 じる必要 があ る。 また 、写真 の 保存 状態 を調 査 す るこ とは、写 真 の保存 の 目的 以外 に重 要 な意 味 が あ る。 写真 の劣 化の 状態 や程 度 、劣 化 の進行 方 向等 を観 察 す る ことに よ り、 その写 真 が 、 どの よ う な環境 条 件の もとで保 存 され て きたか等 、写 真 その もの の履 歴 に関 す る情 報 を得 るこ とがで き る。 こ う して得 られ た情 報 は、写 真の 史料 と しての 性格 を知 る手 掛 か り となる。 また、古 写真 を調査 ・研 究す る際 には、劣 化 の状態 や 程度 が 自

然 にで きた ものか ど うか等 を観 察 す るこ と も必要 で あ る。

(6)修 復 の有無

過去 に修 復 され た形 跡 が あるか ない か を調 査す るこ と も、古写 真 を研 究す るため には重 要で ある。 も しも修復 され た 形 跡 が あ る場合 には 、修 復 の 内容 や技術 水準 等 を調査 ・研 究 す る こ とは、 その写 真史 料 の性格 を知 る上 で重 大 な要 素 と

な る。

(7)寸 法

古 写 真 の 調 書 作 成 に は 写 真 の 寸 法 を 計 る こ と は 不 可 欠 で あ る 。 と り わ け 、 銀 板 写 真 や ア ン プpタ イ プ 等 の よ う な

「一 点 も の 」 で は 寸 法 情 報 が 重 要 な こ と は い う ま で も な い 。 し か しそ れ 以 外 の 場 合 で も 、 特 に 古 典 印 画 の 場 合 に は 密 着 焼 き付 け され て い る こ と が 多 く、 プ リ ン トの 寸 法 を計 る こ と は 、 原 板 の サ イ ズ を 知 る こ と に な り 、 さ ら に使 用 し た カ メ

ラ の 大 き さや フ ォ ー マ ッ トを知 る手 が か り と な る 。

(8)歴 史考証

古写 真 を調査 ・研 究 す る場 合 に文字 史料 等 に よ る歴 史考 証 をす るこ とは、 他の 文化 財の 調査 や鑑 定の 場合 と同 じよ う に重 要 で あ る。例 えば、歴 史上 の人物 は、 日記等 の文 字史 料 を残 してい る場合 も少 な くない。 写真 は絵 画 や文学 と異 な り、記 憶 や想像 で は画像 を残 す ことがで きない。 したが って 写真 を撮 るため に は、 その時 、 その場所 にい な けれ ばな ら ない。 写真 の 裏書 き等 に記 され た撮 影者 ・撮影 場所 ・撮影 年 月 日等 と、 日記 や その他 の文 字 史料 とを照 合す る こ とは、

写 され て い る人 物 の特定 に役 立つ 。 また、風景 や建 物 等 を写 した古 写 真 を調査 す る場合 には、古 地 図や 古 図面等 との照 合 が有 効で あ る。

(9)写 真 の技 術水 準

撮 影技 術 や プ リ ン ト技 術 、彩色 技術 等 、写真 の技 術 水準 に関す る精 細 な調査 は、古 写真 を調査 ・研 究 す る上 で重 要 な ポ イ ン トとな る。写真 の技 術水準 は、撮影 者 の写真 史 的 な位 置 づ けや 、写真 の性格 を知 るため の手掛 か りとな る。

(10)現 地調査

野 外 で撮影 され た人物 写真 や風 景写 真等 の被 写体 や撮 影 場所 、撮 影 時期 や 時問等 を特 定す るため に適 宜現 地調 査 を行 う必 要 が ある。

(11)他 の写真 との比較

撮影 者 や被 写体 、撮 影場 所 等 がすで に特 定 され て い る他 の写 真 と比較 す るこ とに よ り、調 査対 象 となっ てい る写真 史 料 の撮 影者 や被 写体 、撮 影場 所等 を特 定で きる ことが あ る。

(12)写 真 の 出所

古写 真 が他 の文 字 史料等 と同様 に 、当該 写真 と関係 の あ る子 孫 の家等 か ら出て くるこ とが しば しば ある。 こ うした場

一10一

(8)

合 には、伝 承 や関連 史料 等 か ら、被写体 や撮 影者 等 の特定 に役立 つ種 々の情 報 が得 られ るこ とが 多い。

写 真 に お け る オ リ ジ ナ ル と コ ピ ー

以 上 が 、 筆 者 が 写 真 技 術 史 の 立 場 か ら古 写 真 を調 査 ・研 究 す る場 合 の 要 点 の 概 略 で あ る。 ま た 、 研 究 対 象 が 特 に 人 物 写 真 の 場 合 に は 、 上 記 の 項 目 の 他 に 、 ポ ー ズ や 構 図 、 ス タ ジ オ の 背 景 や 小 道 具 、 モ デ ル と な っ た 人 物 の 服 装 や 髪 型 等 も 考 慮 の 対 象 と な る 。 こ れ らの う ち で 、 人 物 撮 影 に 使 用 され た ス タ ジ オ の 背 景 や 小 道 具 等 は 、 撮 影 者 の 特 定 に 役 立 つ こ と が 少 な く な い 。 人 物 写 真 の ポ ー ズ の つ け方 や 構 図 等 の 類 似 性 等 か ら も 、 撮 影 者 を あ る 程 度 絞 り込 む こ と が で き る が 、 ポ ー ズ や 構 図 等 に は 、流 行 や様 式 等 も あ る の で 、 よ ほ ど 特 徴 が な い 限 り、 こ れ だ け で 作 者 を特 定 す る こ と は難 しい 。 ま た 、 モ デ ル と な っ た 人 物 の 服 装 や 髪 型 等 は 、 撮 影 時 期 や モ デ ル の 身 分 ・年 齢 ・生 活 等 を 読 み 取 る場 合 に貴 重 な情 報 と な る。

ま た 、 古 写 真 を調 査 ・研 究 す る 上 で 重 要 な ポ イ ン トと して 、 写 真 が オ リ ジ ナ ル か コ ピ ー か と い う問 題 が あ る 。 近 年 、 日本 に お い て も 「オ リ ジ ナ ル 写 真 」 と か 「オ リ ジ ナ ル プ リ ン ト」 等 と い っ た 言 葉 を し ば しば 耳 に す る よ う に な っ た 。 しか し 、 写 真 と い う メ デ ィ ア の 特 殊 性 の た め か 、 意 外 に も これ らの 言 葉 は 今 日 も な お 、 明 確 に 定 義 が な され な い ま ま曖 昧 に 使 用 さ れ て い る 。 そ の 理 由 と し て は 、 「写 真 に お け る オ リ ジ ナ ル 」 と は 一 体 何 か と い う大 き な 問 題 が 存 在 す る と 同 時 に 、 オ リ ジ ナ ル と い う 問 題 を 厳 密 に追 求 し過 ぎ る と 、 写 真 の 歴 史 を完 全 に 辿 る こ と が難 し く な っ て し ま う と い う こ と が あ る か らで あ る 。 単 純 に 複 写 か否 か と い う こ と だ け で 、 オ リ ジ ナ ル か コ ピ ー か を 判 断 す る こ と は 難 し い の で あ る 。 銀 板 写 真 の よ うに 「一 点 も の 」 で あ る場 合 は別 と し て 、 ネ ガ ・ポ ジ法 に よ る写 真 は 、 一 枚 の 原 板 か ら複 数 の プ リ ン トを作 る こ と が で き る 。 ま た 、写 真 撮 影 か ら プ リ ン トま で の 流 れ で 、共 同 作 業 が存 在 す る場 合 も あ る。 ま た 制 作 工 程 に お い て 、 技 法 上 、複 写 と い う工 程 を経 る写 真 も あ る 。 こ う し た理 由 か ら、 現 状 で 、 特 に古 写 真 に 関 して は 、 オ リジ ナ ル 写 真 と い

う言 葉 を敢 え て 柔 軟 に 定 義 し、 必 要 に応 じて 専 門 家 が 判 断 す る と い っ た 状 況 が生 じて い る よ う に 思 わ れ る 。 しか し、 今 後 、 古 写 真 を 歴 史 資 料 と して 活 用 す る場 合 に は 、 研 究 対 象 の 写 真 が オ リ ジ ナ ル か 否 か を 判 断 す る こ と は 必 要 で あ る 。 写 真 が オ リ ジ ナ ル か コ ピ ー か に よ っ て 得 られ る情 報 の 質 や 量 が 異 な る か らで あ る 。 さ ら に 、 古 写 真 研 究 が 進 み 、 イ ン タ ー ネ ッ トで 所 在 情 報 を公 開 す る よ うな 場 合 に は 、 発 信 情 報 が 「オ リジ ナ ル 写 真 」 か 「コ ピ ー写 真 」 の い ず れ に基 づ くか を 明 示 す る 必 要 が あ る と思 わ れ る 。 オ リ ジ ナ ル 写 真 を 閲 覧 す る 目 的 で 遠 方 ま で 出 向 い て 行 っ た と こ ろ 、 実 際 は 複 写 で あ っ た と い う こ と は 、 極 力 さけ な け れ ば な ら な い か ら で あ る 。 写 真 に お け る オ リ ジ ナ ル と コ ピ ー の 問題 は 、 引 き続 き検 討 さ れ る べ き課 題 で あ る。

国 際 日本 文 化 研 究 セ ン タ ー 所 蔵 古 写 真 コ レク シ ョ ン に つ い て

国 際 日本 文 化 研 究 セ ン タ ー 所 蔵 古 写 真 コ レ ク シ ョ ン(以 下 日文 研 コ レ ク シ ョン と称 す る)を 写 真 技 法 別 に概 観 す る と 、 銀 板 写 真 、 ガ ラ ス 湿 板 写 真(ア ン ブ ロ タ イ プ)、 ガ ラ ス 乾 板 ネ ガ デ ィ ブ 、 ガ ラ ス 乾 板 写 真(ポ ジ テ ィ ブ 、 ス テ レ オ)等 か ら構 成 さ れ て い る 。 ま た 写 さ れ た 内 容 は 、 人 物 、 風 景 、 生 活 、風 俗 、 建 物 、 さ ら に学 術 研 究 資 料 等 、 多 岐 に わ た っ て い る 。

銀 板 写 真 は 、 す べ て 外 国 人 の 肖 像 写 真 で あ り、 欧 米 で 撮 影 され た 写 真 と 考 え られ る 。 現 状 で 、 銀 板 写 真 を ケ ー ス の 外 か ら観 察 す る限 り に お い て は 、 ケ ー ス の 形 状 等 か ら 、撮 影 され た 国 や 大 ま か な 撮 影 時 期 を推 定 す る こ と が で き る 。 ア メ リ カ 製 の銀 板 写 真 の場 合 、 ブ ラ ス マ ッ ト(ケ ー ス の カ バ ー ガ ラ ス の 下 に 入 れ られ る)と 呼 ば れ る金 属 製 マ ッ トに 、 撮 影 者 が 名 前 や 住 所 等 を打 刻 す る 場 合 も あ る が 、 今 回 概 観 し た 限 り 、 日文 研 コ レ ク シ ョ ン の 中 に は 、 撮 影 者 の 氏 名 や 撮 影 年 月 日等 を示 す 文 字 は見 つ け ら れ な か っ た 。 し か し 、今 後 、 ケ ー ス を 解 体(注18)す る等 の 詳 しい 調 査 を す る こ と に よ り 、 ケ ー ス 内 部 に 印 さ れ た 注 記 等 を 手 が か り に して 撮 影 者 や 撮 影 地 、 あ るい は 撮 影 に使 用 し た銀 板 の 銘 柄 等 を特 定 で き る 可 能 性 も あ る 。

ガ ラ ス湿 板 写 真 の 多 く は 、 明 治 期 に 日本 人 を写 した 肖像 写 真 で あ り、 日本 特 有 の 桐 製 ケ ー ス に 収 め られ て い る。 ま た 、 桐 製 ケ ー ス の 蓋 の 裏 側 に は墨 書 に よ る注 記 が 多 く見 受 け られ 、 今 後 は こ れ ら の 情 報 を 調 査 解 読 す る こ と に よ り 、 撮 影 者 や モ デ ル と な っ た 人 物 を特 定 で き る 可 能 性 が あ る 。 こ う し た 点 に お い て 、 ガ ラ ス湿 板 写 真 は 、 日文 研 コ レ ク シ ョ ン の 中 核 を な す 貴 重 な写 真 史 料 とい え よ う。

次 に 乾 板 写 真 で あ る 。 文 献(注19)に よ れ ば 、 一 般 に ガ ラ ス 乾 板 の 技 法 が盛 ん に 使 わ れ た 時 期 は1920年 頃 まで で あ る が 、 小 規 模 に は1980年 頃 ま で 使 用 され て い た 。 近 年 は 、眠 っ て い た ガ ラ ス 乾 板 の 調 査 や 保 護 、 デ ィ ジ タ ル 化 等 が 盛 ん に 行 わ れ 、 あ る種 の ブ ー ム に さ え な っ て い る と い え る 。 しか し ガ ラ ス乾 板 に は 比 較 的 新 し い も の も存 在 し、 日文 研 コ レ ク

一11一

(9)

シ ョ ンの 中 に も昭 和 初 期 か ら昭 和10年 代 に 撮 影 され た ガ ラ ス乾 板 も 多 く含 ま れ て い る 。 ま た コ レ ク シ ョ ン に 含 ま れ る ガ ラ ス 乾 板 ネ ガ の 中 に は 、 素 朴 な 撮 影 技 術 で 写 され た 写 真 も少 な くな い 。 これ らの 写 真 が 専 門 家 に よ っ て 撮 影 さ れ た も の な の か 、 あ る い は ア マ チ ュ ア 写 真 家 が 撮 影 した 写 真 な の か は 、 今 後 の 調 査 に よ っ て 次 第 に 明 らか に され る と 考 え る 。 そ して 、 これ らの ガ ラ ス 乾 板 写 真 は 営 業 写 真 的 な香 り が 少 な い も の も 多 く存 在 し 、 そ れ だ け に 、 当 時 の 生 活 や 習 慣 、 あ る い は 当 時 の 日本 の 文 化 を伝 え る 貴 重 な記 録 と な り う る 。 ま た 乾 板 写 真 の 中 に は 、 そ の 写 真 の 出 所 を 示 す ラ ベ ル や 、 被 写 体 を 特 定 す るた め に役 立 つ 注 記 や 添 付 資 料 が 付 され た 写 真 が 多 数 存 在 し、 こ れ らの 写 真 は 史 料 的 価 値 が 高 い と 評 価 で き

る 。 さ ら に 、 写 真 の 来 歴 を 知 る た め の ラベ ル が貼 ら れ て い る 写 真 や 、 明 ら か に京 都 の 建 物 を 撮 影 し た と考 え られ る写 真 が 含 ま れ て い る 。 し か も そ れ らの 写 真 の 中 に は 、 建 物 を 特 定 す る た め の 有 力 な手 が か りが 写 っ て い る もの や 、 添 付 資 料

が貼 られ て い る も の も 少 な く な い 。

こ の よ う に 日文 研 コ レ ク シ ョ ンは 主 に 、 銀 板 写 真 、 湿 板 写 真 、 乾 板 写 真 か ら成 り立 っ て い る 。 そ れ は 、 写 真 技 術 の 発 達 の 大 き な 流 れ を概 観 す る こ と が で き る一 つ の 資 料 群 に な っ て い る 。 今 回 、 この 資 料 群 は 、 ① 写 真 技 法 別 に 分 類 してID 番 号 を付 け 、② 銀 板 写 真 と ガ ラ ス 湿 板 写 真 に つ い て は複 写(銀 塩 写 真)を 行 い 、 ③ ガ ラ ス 乾 板 ネ ガ に つ い て は 銀 塩 写 真

に よ る密 着 プ リ ン トを 作 り、 ④ す べ て の 写 真 を デ ィ ジ タル 化 し 、⑤ 書 誌 お よび 画 像 情 報 の デ ー タ ベ ー ス を作 成 し た上 で 、

⑥ オ リジ ナ ル 写 真 を 包 材 で 保 護 し て 収 蔵 庫 に 収 め る と い う方 式 で 系 統 的 に 整 理 さ れ た 。 こ の 一 環 作 業 は 、 写 真 の 保 存 と 利 用 と い う相 反 す る 目的 を達 成 す る理 想 的 な 方 法 と して も評 価 さ れ る 。

お わ り に

百 の 言 葉 よ り も一 枚 の 写 真 が 多 く の こ と を 雄 弁 に語 っ て く れ る こ と が あ る 。 幕 末 ・明 治 期 に生 き た 人 の 肖 像 や 群 像 、 昔 の 日本 の 風 景 や 人 々 の 生 活 ・風 俗 、 歴 史 上 重 要 な 事 件 ・出 来 事 等 、 これ ら を写 した 写 真 は 、 今 日 、私 達 に 多 くの メ ッ セ ー ジ を送 り続 け 、 種 々 の 分 野 の 学 術 資 料 と して 見 直 され て き て い る 。

国 際 日 本 文 化 研 究 セ ン タ ー に は 、 今 回 取 り上 げ た コ レ ク シ ョ ンの 他 に 、 「横 浜 写 真 」 等 さ ま ざ ま な写 真 資 料 を所 蔵 す る 。 長 崎 大 学 環 境 科 学 部 の 姫 野 順 一 教 授 に よれ ば 、 「日本 の 古 写 真 は 幕 末 ・開 港 期 の 国 際 交 流 の 歴 史 を多 角 的 に 照 射 す る 」 とい う。 こ う した 観 点 か ら 、 近 年 、横 浜 写 真 の 学 術 資 料 的 価 値 の評 価 が 高 ま りつ つ あ る 。 これ まで 写 真 表 現 の 歴 史 の観 点 か ら は 、 横 浜 写 真 を 「異 国 的 趣 味 に 迎 合 した 商 業 性 の 強 い 内 容 」 とす る 見 方 も あ っ た が 、 最 近 は写 真 史 の 観 点 か

ら も 、 ま た そ れ 以 外 の 観 点 か ら も 、 横 浜 写 真 の 学 術 資 料 的 価 値 が 再 評 価 され て き て い る と い え よ う 。

ま た 今 回 の 出 版 は 、 今 後 の 古 写 真 関 係 の 出 版 や 、 デ ー タ ベ ー ス 構 築 と イ ン タ ー ネ ッ ト公 開 等 の 一 種 の プ ロ ト タ イ プ と な り う る 。 こ の コ レ ク シ ョ ン は 今 後 、種 々 の 学 術 分 野 か ら 、 深 く、 そ して 多 角 的 に 調 査 ・研 究 され る こ と と思 う 。 ま た 将 来 は 、 こ の コ レ ク シ ョン を核 と して 、 網 羅 的 に 、 あ る い は 一 定 の 収 集 方 針 に 基 づ い て コ レ ク シ ョ ン が 一 層 充 実 し、 研 究 的 ・教 育 的 に優 れ た コ レ ク シ ョ ン に成 長 す る もの と信 じ て い る。 さ ら に今 回 の 出 版 を機 会 に 、 世 界 中 の 研 究 者 が 貴 重 な 写 真 史 料 を 共 有 で き る条 件 が 整 備 され 、 今 後 、 国 際 日本 文 化 研 究 セ ン タ ー が 世 界 を舞 台 と し た古 写 真 研 究 の 拠 点 の 一 つ に な る こ と を期 待 す る 次 第 で あ る 。

今 後 、 古 写 真 や 写 真 史 料 の 調 査 ・研 究 が 公 的機 関 等 で 進 め られ れ ば 、 現 在 は埋 も れ て い る 幕 末 ・維 新 期 に撮 影 され た 古 写 真 を は じ め 、 多 くの 貴 重 な 写 真 史 料 が 発 見 され る と思 わ れ る 。 ま た 特 に 、 明 治 後 期 か ら大 正 ・昭 和 に か け て の ガ ラ ス 乾 板 は 、 大 量 に 発 見 され る 可 能 性 が 高 い 。 通 常 、 ガ ラ ス 写 真 は一 般 家 庭 等 で 保 存 す る の は 困 難 で あ り 、 負 担 に な る こ と が 多 く 、 こ う し た理 由 か ら貴 重 な 写 真 史 料 が 廃 棄 さ れ て し ま う こ と も少 な くな い で あ ろ う。 そ の 意 味 で は 、 大 学 や 美 術 館 ・博 物 館 、 あ る い は そ の 他 の 公 的 な研 究 機 関 で 、 貴 重 な 写 真 史 料 を収 集 し、 適 切 に 保 存 ・利 用 して 、 後 世 に 伝 え て い く必 要 が あ る と考 え る 。

1.当 時 は ま だ 、 カ メ ラ オ ブ ス キ ュ ラ と 呼 ば れ て い た 。

2.当 初 ダ ゲ ー ル は 、 ハ ー シ ェル(J.EW.Herschel,1792〜1871)に よ っ て 発 見 され た ハ イ ポ に よ る 定 着 で は な く 、 食 塩 の 飽 和 液 を 用 い て 画 像 を 固 定 し て い た 。

3.タ ル ボ ッ トが 考 案 し た 写 真 術 は 、 当 初 フ ォ トジ ェ ニ ッ ク ・ ド ロ ー イ ン グ と い う名 称 が 与 え られ た が 、 後 に 改 良 が 加 え ら れ て 、 カ ロ タ イ プ(タ ル ボ タ イ プ と も呼 ば れ た)と 命 名 さ れ た 。

4.1847年 に ス イ ス の シ ェ ー ン バ イ ン と ドイ ツ の ボ ッ トゲ ル の 協 同 研 究 に よ っ て 発 明 さ れ た 。 こ の 溶 液 は 透 明 で 粘 性 を も ち 、 け が 等 の 傷 口 を ふ さ ぐ の に 利 用 され て い た が 、 ア ー チ ャ ー が そ の 粘 性 に 注 目 し て 、 そ

一12

(10)

れ まで 使 用 され て い た卵 白や ゼ ラチ ンの代 わ りに写 真 感 光 材 料 のバ イ ンダ ー に用 い る よ うに な った 。 5.コ ロ ジオ ンが乾 燥 す る につ れ て 、感 光度 が急 速 に低 下 す る。

6.後 に改 良 され て1〜5分 程 度 に短 縮 され た。

7.C.D.フ レ ドリ ックス(CharlsDeForestFredericks1823‑1894)撮 影 に よ る安 田善 一郎 の銀 板 写真 は、 最 近 、東 京 大 学 史 料編 纂 所 か ら発 見 され 、 同 所 古 写 真研 究 プ ロ ジ ェ ク トに よ っ て鑑 定 が行 わ れ た 。 この ダ ゲ レオ タ イプ は 劣化 が著 し く、 肉眼 で は ほ とん ど画像 を見 る こ とが で きな い た め、 東 京 大 学 生 産技 術 研 究 所 と同 大 学 史料 編 纂 所 と の共 同研 究 の結 果 、 赤 外線 ビデ オ カメ ラで撮 影 した画 像 をデ ジ タル処 理 す る こ とに よ り、 あ る程 度 画 像 を復 元 す る こと に成 功 、研 究 成 果 は 、平成12年1月 にNHKニ ュー スや 新 聞各 社 か ら報 道 され た。

8.川 崎 市 市 民 ミュ ー ジ ア ム所 蔵 の 日本 人 を写 した 撮 影者 不 詳 の 銀板 写真 は 、同 館 学 芸 員 の 深川 雅文 氏 の 研 究 に よ り、1850〜51年 に米 国 ボル テ ィモ アの 写 真 家H.R.マ ー クス(HarveyR.Marks,1821‑1902)が 撮 影 した もの で あ る可 能 性 が 高 い との 説 が 出て き て い る。 ま た 、現 在 も深 川 氏 に よ っ て 写 され た人 物 を同 定 す る た めの 研 究 も行 わ れ て お り、 これ らの 銀 板 写 真 につ い て は今 後 も調 査 ・研 究 す る必 要 が指 摘 され て い る 。詳 しくは 深 川雅 文 「ダゲ レオ タ イ プ に写 され た 日本 人 」 川 崎 市 市 民 ミュ ー ジ ア ム紀 要 第11集 、 平 成11年3月 を参 照 され たい 。

9.「 万延 元 年 遣 米 使 節 史 料 集 成 第七 巻 」(風 間 書 房 、1961年 刊)に は 、以 上 に 挙 げ た銀 板 写 真 以 外 に も、 日 本 人 を写 した銀 板 写真 が現 存 して い る こ と が印 され て い る が、 現 在 は所 在 が わ か らな くな って お り、現 在 、 所在 が明 らか と な って い る 日本 の銀 板 写真 は表 で 示 した十 数 点 を数 え るにす ぎな い 。

10.オ ラ ンダ人 医師 ポ ンペ ・フ ォン ・メ ー デル フ ォール ト(PompevanMeeedervoort ,1829‑1908)は 、28才 の と き、長 崎海 軍 伝 習所 の第 二次 派 遣 隊 の一 員 、 軍 医 、二 等 士 官 と して 来 日 し、長崎 に おい て 、医 学 ・諸 科 学 の教 育 、養 生 所 の建 設 等 にお いて 貢献 した他 、 写真 の指 導 者 と して も影 響 を残 した。

11.長 年 ウ ン シ ンと呼 ば れ て き た この人 物 は 、斉 藤 多喜 夫 氏(横 浜 開講 資 料館)の 調査 に よ り、文 久 年 間 に横 浜 に在 住 した船 長 出 身 の写 真 師 で 、ニ ュー ヨー ク生 ま れ の ジ ョン ・ウ ィル ソン(JohonWilson)で あ る こ とが確 認 されて い る。

12.最 近 は、 「横 浜 写真 」 の 学 術 資料 的価値 が再 評 価 されて きて い る。

13.日 本 で は この 「芸 術 写 真 」 とい う言 葉 が 、欧 米 諸 国 と少 し異 な った意 味 で 使 用 され た。 す な わ ち それ は 、

芸 術 と して の写 真 」 とい っ た一 般 的 な意 味 で は な く、 明治 後 期 か ら昭 和 初期 に至 る時 代 に 、 ア マチ ュア 写 真 家 を 中心 に制 作 され た絵 画 的 効 果 を重 視 した写 真 群 を総称 して使 用 され た。

14.『 幕 末 ・明治 の写 真 』 小 沢健 志 著 、 ち くま学 術文 庫 、 筑 摩 書房 、1997

15.こ れ まで古 写真 とい う言 葉 に、 は っ き りした定 義 を与 え られ た形 跡 は ない が 、一般 に 日本 にお け る古 写真 とは 、写 真 の渡 来 か ら明治 時 代 に制 作 され た写 真 を意 味 してい る こと が多 い よ うに 推測 され る。

16.吉 田成 「古写 真 の 調査 ・鑑 定 に 関 す る一考 察 一人 物 写真 を 中心 に 一」 東 京大 学 史 料編 纂 所 研 究紀 要 第9号 、 1999を 参 照 。

17.1枚 の大 きな ネ ガ(湿 板)に8〜10枚 の 肖像 を撮 り、 印画 を1枚 ず つ切 って3.5×2.5イン チの小 さな画像 をや や大 き めの台 紙 に 張 り付 け た もの。1854年 に フ ラ ンス の写 真 家 ア ン ドレ ・ア ドル フ ・デ ィズ レ リが特 許 を 取得 した。

18.保 存 上 、 ケ ー スの 解体 に は賛 否の 意 見 が あ る と思 わ れ る。 も し も解 体 す る場 合 に は 、専 門家 が慎 重 に判 断 して、 作業 に当 た る必 要 が ある。

19.Archives&Manuscripts:AdministrationofPhotographicCollections .MaryLynnRitzenthaler,GeraldJ.

Munoff,MargeryS.Longp.28.1984

引用 ・参考 文献 飯 沢 耕太 郎

1986『 「芸 術 写真 」 とその時代 』筑 摩 書房 石 黒 敬七

1990「 写 され た幕 末一 石 黒敬 七 コ レク シ ョンー』明石 書 店 小 沢健 志(責 任編 集)小 沢 健志 ・澤 本徳美 他

1985『 日本 写真 全集1一 写真 の幕 開 け 一』小 学館 小 沢健 志(監 修)

1990『 写 真 で見 る幕 末 ・明治 』世界 文化 社

一13一

(11)

小 沢健 志

1997『 幕 末 ・明治 の写真 』 ち くま学術 文庫,筑摩 書房 渡辺 義雄 ・小西 四郎(監 修)小 沢健 志(編 集)

1994『 幕 末 ・写真 の時代 』筑 摩書 房 鎌田 彌壽治

1956『 写 真発 達史 』写 真技術 講座 別巻,共立 出版 株式 会社 小西 四郎 ・岡秀 行(構 成)

1983『 モ ース ・コ レク シ ョン/写真編 百 年前 の 日本 』小学 館 小西 四郎 ・小 沢健志 ・沼 田次 郎(監 修)

1986『 甦 る幕末一 オ ラ ンダで保存 されて い た800枚 の写 真 か ら一』朝 日新 聞社 田 中雅夫

1970『 写真130年 史』 ダヴ ィ ッ ト社

東京 都写 真美 術館 ・北海 道立 函館美 術館 展 覧会 図録 1997『 冩眞 渡來 の頃 』

東京 都 写真美 術館展 覧 会図録

1991『 幕末 ・明治 の 東京一 横 山松三 郎 を中心 に一』

徳川 慶 喜(撮 影)・ 徳 川慶 朝(監 修) 1986『 将軍 が撮 った明治 』毎 日新 聞社 日本 写 真家協 会(編)

1971『 日本 写真 史1840‑1945』 平凡 社

日本 写 真機光 学機 器検 協会/歴 史的 カ メ ラ検査 委員 会(編) 1975『 日本 カメ ラの歴史 』(資 料編 ・歴 史編)毎 日新 聞社 日本写 真学会 画像 保存 研究 会(編)

1996『 写真 の保 存 ・展示 ・修復 』武 蔵野 ク リエ イ ト 宮 地正 人(監 修)

1996『 将軍 ・殿 様 が撮 った幕 末 ・明治 』(別 冊歴 史読 本)新 人 物往 来社 八幡政 男

1993『 評伝 上 野彦 馬一 日本最 初 のプ ロカ メ ラマ ンー』武蔵 野 書房 横 浜美 術館横 浜 開港資 料館(編)

1987『 幕 末 日本 の風 景 と人 び と一 フェ リ ックス ・ベ ア ト写真 集一 』明 石書店 横 浜美 術館 学芸部(編 集)

2000『 幕 末 ・明治 の横浜 展 』横浜美 術館

Coe,Brian(1978)CamerasfromDaguerreotypestoInstantPictures.ABNordbok

(高 島 鎮 雄 ・宮 部 甫 他 訳 ・北 野 邦 雄 監 修1980.ブ ラ イ ア ン ・W・ 、コ ー 著 『CAMERAS;FromDaguerreotypestoInstant Pictures』 朝 日 ソ ノ ラ マ)

Daguerre,LJ.M.(1839)HistoriqueetDescriptiondesProcedesdu1)aguerreotypeetduDiorama.Paris(中 崎 昌 雄 解 説 訳1998.LJ.M.ダ ゲ ー ル 著 『[完 訳 】ダ ゲ レ オ タ イ プ 教 本 一 銀 板 写 真 の 歴 史 と 操 作 法 一 』 朝 日 ソ ノ ラ マ)

Gernsheim,Helmut&AlisonGernsheim(1965)AConciseHistoryofPhotography.London:

ThamesandHudson(伊 藤 逸 平 訳1967.ヘ ル ム ー ト ・ゲ ル ン シ ャ イ ム,ア リ ソ ン ・ゲ ル ン シ ャ イ ム 著 世 界 の 写 真 史 』 美 術 出 版 社)

Jenkins,ReeseV.(1971)ImagesandEnterprise:TechnologyandtheAmericanPhotographicIndustry.TheJohns

HopkinsUniversityPress.(中 岡 哲 郎 他 訳1998.リ ー ズ ・V・ ジ ェ ン キ ン ズ 著 『フ ィ ル ム と カ メ ラ の 世 界 史 一 技 術 革 新 と 企 業 一 』 平 凡 社)

Keefe,LaurenceE.andDennisInch(1990)TheLifeofaPhotograph;ArchivalProcessing,Matting,Framing,Storage.

FocalPress

Newhal1,Beaumont(1967)LatentImage.EducationalServicesIncorporated.(小 泉 定 弘 ・小 斯 波 泰 訳1981.バ ー モ ン ト ・ニ ュ ー ホ ー ル 著 『写 真 の 夜 明 け 』 朝 日 ソ ノ ラ マ)

14

(12)

Reilly,JamesM.(1986)CareandIdentificationof19th‑CenturyPhotographicPrints.EastmanKodakCompany Rempel,Siegried(1987)TheCareofPhotographs.Lyons&Burford

Rizenthaler,MaryLynn,GeraldJ.Munoff,andMargeryS.Long(1984)Archives&Manuscripts:Administrationof PhotographicCollections.BasicManualsertes,TheSocietyofAmericanArchives .

Rosenblum,Naomi(1984)AWorldHistoryofPhotography .AbbevillePress.(大 日 方 欽 一 ・森 山 朋 絵 他 訳 ・飯 沢 耕 太 郎 監 修1998.ナ オ ミ ・ ロ ー ゼ ン ブ ラ ム 著 写 真 の 歴 史 』 美 術 出 版 社)

一15一

参照

関連したドキュメント

LA-446 LA-448 LA-449 LA-436 LA-437 LA-435 LA-480 LA-481 LA-482.

(2013) Tactics for The TOEIC Test: Listening and Reading Test Introductory Course, Oxford University Press. There is a lamp in the corner of

 撮影対象が幅約 0.4 ㎜[魚水 2018 ]と細い撚糸によ る文様であるため、拡大して撮影する必要がある。そ こで撮影にはマクロレンズ LAOWA

P.17 VFFF VF穴あきフランジ P.18 VFBF VFブランクフランジ P.18 JISBNW

2003 Helmut Krasser: “On the Ascertainment of Validity in the Buddhist Epistemological Tradition.” Journal of Indian Philosophy: Proceedings of the International Seminar

[r]

 渡嘉敷島の慰安所は慶良間空襲が始まった23日に爆撃され全焼した。7 人の「慰安婦」のうちハルコ

専用区画の有無 平面図、写真など 情報通信機器専用の有無 写真など.